2014/07/12

Post #1193

Praha,Czech
ちょうど一年前、旅行でプラハにいた。
ブダペストから電車でプラハに行ったのだが、この移動中に愛用のタブレットを壊してしまった。
カバンの中に入れておいたら、いっしょに入れておいたペットボトルの口が緩んでいて、水浸しになり、水没状態になってしまったのだ。
それから一年。保障によって代替機に代わった俺のタブレットは、仕事に趣味にそこそこ健闘してくれていた。とりわけ、年齢とともに細かい字の見えにくくなった俺には、重宝すること限りないのだ。
何しろ、図面が見えないんだからな。3なのか8なのか、5なのか6なのか、薄暗い現場の中で、細かい寸法の並ぶ図面を見るのは、中年にはつらい。
そこでタブレットの出番だ。
PDFに変換した図面を、スイスイと拡大して寸法やおさまりを確認しているってわけだ。
老眼鏡かタブレットか。それが問題だ。
俺としては、老眼鏡なんてまだまだ御免蒙るぜ。如何に一昔前ならば初老という年齢に差し掛かったとはいえ、正直気が進まないぜ。
だから、そんなおれにタブレットは欠かせないんだ。マストアイテムだ。


因みに言っておくと、俺はいつだって反主流派だから、タブレットもiPadではない。
携帯もタブレットも、ソニーのエクスペリアだ。

みんなと同じじゃ、一般大衆に埋もれてしまうぜ。それは面白い事じゃないだろう。

未だにカメラだって、デジカメよりもフィルムだ。
そのフィルムカメラだって、多数派のライカではなく、通好みな反主流派の巨頭コンタックスだ。
好きな思想家は、反体制の巨頭と言われた市井の一大衆、吉本隆明だ。
好きなバンドは、ビートルズでもストーンズでもなく、ザ・フーだ。ちょっと古いか。
好きな政党は、圧倒多数の自民党では断じてなく、共産党だ。
多数派が民主主義を形成しているのではないんだぜ。多様な意見を持つ少数派の存在こそが、民主主義社会を支えているのだ。
そうじゃなかったら、一党独裁の中国共産党や、戦中のナチスや大政翼賛会になっちまうだろう。
少数派がその持つべき権利と尊厳を失わず、少数派たる矜持を持って生きていける社会こそ、真に民主的な社会だって言えるだろう。異論を排除してはいけない。しかし、日本の社会風土から、異論を認める寛大さが失われてきている。朝日新聞は、いつだって媚中派とか反日新聞と言って叩かれている。

勝ち戦の尻馬に乗るようなみっともない真似ができるかと、花の慶次こと前田慶次郎も言っていたぜ。そんなのは、玉無し野郎のするこった。俺のはデカいらしい。

タブレットの話から、ずいぶん風呂敷が広がってしまった。

そのご愛用のタブレットをですね、今朝、現場の机の上からコンクリートの床にしたたかに落としてしまった。使えることは使えるのだが、コーナーはへこみ、ガラスはひびが入っている。
いやぁ、まいったなぁ。さっそく修理の手配をしたぜ。

ちょうど一年前、ぶっ壊したんだよね。水没に落下。来年あたりは火だるまかもしれないな。ある意味、楽しみだな。

読者諸君、失礼する。やっぱり老眼鏡を買った方がイイってことかな。

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