2014/07/20

Post #1201

Singapore
誰もかれも、知っているのは生きる手段に関することばかりで、生きる目的について知っている奴はいない。
如何にして仕事のスキルを上げるのか、如何にしてより多くの利益を得るのか、そして、それによって得る、快楽や安穏な生活の事。
俺の接するたいていの人々は、そんなことぐらいしか考えてはいない。
一言で言えば、価値という概念に立脚していることばかりだ。

それは、乗ってる車のスペックや燃費を如何にあげるのかということばかり考え、どこに向かうのか知らないという状況と似ているような気がする。
俺は価値という考えは、総じてどこか、功利主義的な卑しさを感じる。

俺が本当に知りたいこと。それは、俺たちの魂の行方だ。

振り返ってみれば、高校生くらいの頃から、俺の興味関心は、突き詰めればその一点だったようにも思う。

学校でも実社会でも、誰も教えてはくれない。
これはどうしたことだろう。
それとも、そんなことを考えても、百害あって一利なしといったところなのだろうか。
実際、そんなことをつらつら考えても、金ももうからんし、下手すると自殺なんかする奴が出てきたりするかもしれないしな。

正直言って、誰もかれもが、生まれちゃったから仕方なく生きているというのが、ぎりぎりの真実って気もするぜ。

そんな由無しごとを考えながら、毎朝、夜勤明けの肉体を引きずるようにして歩き、家に帰ってくる俺のなのさ。

読者諸君、失礼する。そろそろ梅雨明けだ。今日の空は青い。

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