2014/09/30

Post #1273

士林夜市、台北、台湾
本日、久々にプリント。
フィルム2本分、25カットくらいか。
いずれまた、君たちにもお見せしよう。

明日もやらせてもらうさ。

読者諸君、失礼する。やっぱり、プリントはやめられないな。

2014/09/29

Post #1272

HongKong
香港で、民主的な選挙を求める人々のデモが続いている。
香港島のメインストリートには多くの人々が押し寄せて、警察などの治安部隊と対峙している。警察は丸腰で平和的なデモ参加者に対して、催涙弾を発射している。

今回の騒乱の発端は、香港長官の選挙に立候補できるのが、予め中国共産党政府のお眼鏡にかなった3人の候補しか立候補できないという、一見民主的を装った、胡散臭い制度導入に、人々が激しく反発したことに端を発する。

民主主義ってのは、当たり前にあるものではなく人類の長い歴史によって、勝ち取られてきたものだ。香港の場合は、1997年までイギリスの植民地だったこともあり、この欺瞞的な選挙制度は、明らかに市民の権利権限の後退であり、反動的なものだということが理解できる。

俺は、香港市民が自分たちの権利を守り通すことができるように、強く願っている。

しかし、同じような反動的な選挙制度改悪がこの日本で起こったなら、人々はどうふるまうだろう。

日本の国政選挙は、ほとんど2世、3世議員ばかりで、実際には世襲の貴族制のように俺には思える。実際、社会に異議申し立てをしたい貧乏人には、ほとんど勝ち目がないし、仕事もあれば、供託金だって馬鹿にならん。だから、庶民にはそもそも門戸は閉ざされている。

また、地方議会の選挙に至っては、地方議会自体何をやっているのか市民に全く見えないことが多く、たいていの市民が、そんなものどうでもイイと思っているに違いない。
実際に、政務活動費の使い込みだの、セクハラ発言だのばかりが次から次に明らかになる一方で、候補者が定員以下の為に無投票で当選という話も、珍しいものではないという。

う~む、困ったものだ。やはり日本の民主主義は、アメリカ様から頂いたものだから、ダメなんだろうか?それとも、日本人そのものが、見た目ばかりは変わっても、中身は未だに吾作や与平だからであろうか?そういうのを奴隷根性というんではなかろうか?中国や韓国や朝日新聞の批判をしていればイイというものでもあるまいて。
しまった、また要らんことを言ってしまった。こういうこと言うと、面倒くせぇことになるんだよなぁ。

読者諸君、失礼する。そのうち俺も、市会議員選挙でも出てみようかな?そん時は夜露死苦頼むぜ!

2014/09/28

Post #1271

台北、西門
突如、仕事が舞い込んできた。今夜も単発で出撃せねばならないんだなぁ。
働きすぎは、身体にも悪いし、社会や人生について考える時間を奪ってしまう。
働くために生まれてきたわけでもあるまいし…。

読者諸君、失礼する。またゆっくり話し合おう。

2014/09/27

Post #1270

木曽福島 御嶽教教会にて
子供のころから見慣れている御岳山が噴火した。
俺の育った濃尾平野から、少し小高いところに登れば、東北方面に御岳山や恵那山が、西北方面には伊吹山が遠望できた。だから、何となく親しみを持っている。
御岳山の噴火自体は、俺の人生で何回か起こっているが、今回は規模も大きそうだ。死者や行方不明者も出ているようだ。折からの登山ブームで多くの人々が山頂付近にとり遺されているという。速やかに救出されるよう、願うばかりだ。

写真は、ずいぶん昔にリバーサルフィルムで撮ったもので、御岳山のふもと木曽福島にある御嶽教の教会に祀られている神々の像だ。
中央に鎮座し、目が三つあるのが國常立尊、左右が大己貴命、少彦名命だろう。そして全面中央に杖を突いて座っているのは、御岳登拝を拓いた覚明行者であろう。

國常立尊は、日本書紀では最も初めに現れた神だと言われている。
大本教では開祖出口なおに神懸った『艮の金神』こそが、この國常立尊とされている。それによれば、かつて神界を治めていたのだが、その統治に不満を持つ神々に、鬼門の方角である艮に封印されていた神であるされている。
いずれにしても、古い荒ぶる神なのだ。
それは、この像のどことなく不気味で威圧感のある容貌からも、なんとなく伺えるような気がする。
荒ぶる自然のエッセンスが込められているようだ。そう、八百万の神々は、ほとんどが自然現象の擬人化された姿なのだ。

読者諸君、失礼する。自然の力は、人間には抗うことなんか出来やしない。

2014/09/26

Post #1269

家の近所だろう
河村たかし名古屋市長が、NHKに対して大河ドラマの信長、秀吉、家康に名古屋弁や三河弁を使わせるように要望書を出したという記事を読んだ。

名古屋弁に関しては、俺も地に足の着いたことが言えるというもんだ。
空中戦ではない。地を這うような泥臭いゲリラ戦だ。泥まみれ、だなくて、赤みそまみれだわ。

確かに、ネイティブ尾張弁(名古屋弁と岐阜弁の程よいミックス)の俺からすると、標準語で下知する信長や、その前に這いつくばっとる秀吉が、歯切れの良い標準語というのは、まぁ見とってしゃらくしゃぁでかんわ。

ちょっと、攻略が上手くいかず手こずっとる秀吉を、信長が叱責する場面を考えてみよまい。

信長『サル、おみゃぁ何手ぬるいことやっとらっせるんだ?まぁ、一揆衆みてゃぁなもん、はよ片づけてまわなあかんがや!わしの天下がかかっとるんだぞ!』

秀吉『うわぁ、殿様、どえりゃぁおこっとらっせるがね・・・。それがなかなかうみゃぁこといかんもんで、わしも困っとるんだわ』

信長『たわけぇ!とれぇこといっとらんと、つぅーっとやらなかんわ!わしに逆らっとる一向宗みてゃぁなもん、高野山ときみてゃぁに、火ぃかけて殺したったらええがや!なに、女子供を殺したにゃぁだ?たわけかぁ!おみゃぁは!なにあみゃぁこといっとらっせるんだて!とろくしゃぁ!そんなもん、戦に女も子供もあれせんて!もたもたしとったら、まぁ、今までの苦労が、全部わやになってまうがや!』

確かに締まらん。
それに、いまどき名古屋人でも、こんなこてこての名古屋弁、通じいへんでかんわ。こんなもん、にこちゃん大王か河村たかしくりゃしか使わせんてぇ。あとはわし(名古屋弁でよくつかわれる一人称)くりゃぁだわ。

NHKが役者に名古屋弁を使わせたがらないのも道理だ。
名古屋弁でキツイことを言っても、名古屋人にはなんとなく面白みが感じられてしまうし、それ以外の地域の人(じんと発音する)には、何しゃべっとるかちぃとも分れせんでかんわ・・・。
しかも、文中で『ゃぁ』と表記される複合母音æは、ネイティブだにゃぁとうみゃぁこと発音できぃせんでかんわ。
実は俺も、現場で職人さんやアルバイト君に指示を出す時は、意図的に名古屋弁を使っとるがね。
そうするとさいが、言いにくいことでも、何となくニュアンスが柔らかなって、うみゃあこと相手に伝わるがね。こないだみてぇぁ、現場のクリーニングの来てちょうたおねぇさんに、どえりゃぁ笑われてまったでかんわ!東京の職人さんには、まったく通じいせんし・・・。

やはり当分、NHKの大河ドラマで名古屋弁が炸裂することはないな。

読者諸君、失礼する。名古屋弁の灯はわしが守ってかなかんわ。わし、愛国心はあんまりにゃあけど、郷土愛はどえりゃぁあるでねぇ。

2014/09/25

Post #1268

Bruxelles
お喋りするのは退屈で、物の本質を誤らせるだけだと思えるときがある。

せめて地に足の着いたことを話すべきだ。

そう思えるということは、このブログも、そろそろ曲がり角なのか。

読者諸君、失礼する。今から車を転がして、男の仕事に出撃せねばならないんだ。

2014/09/24

Post #1267

Istanbul,Turk
本日、無為にして終わる。
ただ、換気扇の修理が終わったことには大きな意義があると言ってイイだろう。いつでもプリントが出来るってもんだ。
しかし、明日はまた夜通し仕事だし、明後日は夜仕事仲間と会食だしで、なかなかプリントはできそうにない。まいったなぁ…。
まぁ、どうせ大した写真なんて撮ってないことは、君たちが一番よく知っていることだろう。
そんなつまらん男から、今日はイスタンブールで出会った子供たちの写真をお送りしよう。
観光客に、その辺の野良猫を売りつけようとするような、おかしなガキどもだ。
そうして、やり手の商売人に育っていくことだろう。
逞しいもんだ。

読者諸君、失礼する。フラストレーションが溜まるなぁ…。

2014/09/23

Post #1266

士林夜市、台北、台湾
今日は今日とて、実に清々しい一日だった。
暑くなく寒くもなく、プリントするにはもってこいだ。
抱えていた仕事もほとんど片付いた。最高だ。
プリントでもしようと思っていたのだが、かねてから懸念事項があった。
風呂場の換気扇が壊れているのだ。
こういったものは、使わなくても壊れるし、さりとて、使い続けていても壊れる。つまり、形あるものは必ず壊れる!という宇宙の法則を体現したような存在なのだ。
スイッチを入れると、すごい音がする。
隣近所にも響き渡るほどだ。もちろん、夜眠るのにも差し障りがある。

俺は既にアパートの管理会社に修理の依頼をしていたのだが、今日直しに来た業者のおじさんは、自分が持っている換気扇と、仕様が違うので今日は修理できないと、恐縮して帰ってしまったのだ。

換気扇がなくっても、プリントはできるだろうとお考えのあなた。
それは実際にケミカルプリントをしたことのない方の発想だ。

強烈な臭いをプンプンツンツンと発する酢酸や、地味に嫌なにおいを発する定着液や現像液。
日常生活では、なかなかお世話にならない強烈な薬品と一緒に、暗くて狭くて密閉された空間に閉じこもるのだ。
換気扇がお達者でも、衣服はもちろん、髪の毛や手指に臭いが染み付くほどだ。

換気扇がなけりゃ、出来ないってのがわかってもらえただろう?

仕方ない。今日は溜まっている領収書の整理をしたり、請求書を作ったりして過ごしたんだ。薬品だって調合しておいたし、掃除だってしっかりやったというのに、この空振り感は何だろう?

人生は思った通りには運ばないものだな。

読者諸君、失礼する。落胆していても始まらないぜ。人生はいつだってそんなものさ。

2014/09/22

Post #1265

台北
本日、写真のみ。
読者諸君、失礼する。明日の祝日を満喫しておくれよ。

2014/09/21

Post #1264

加古川
久々に家に帰ってみると、市役所から市県民税の督促状が届いていた。
33000円。
がっくりだ。
俺の棲む町の収税課の小役人は、いつも言うように、納税者が首をつろうがどうしようがお構いなしっていう、酷薄な奴らなんだ。それを思うと、むかっ腹が立ってくる。しかし、仕方ない。いまから銀行に行って金を引き出して、コンビニで払ってくるとするか。

読者諸君、失礼する。俺はいつも、役人をぎゃふんと言わせてやりたいと思ってるんだけどな。

2014/09/20

Post #1263

Paris
久々に家に帰ってきた。
なかなかに眠いので、今夜も写真だけで失礼させてもらうぜ。

2014/09/19

Post #1262

大阪
写真のみで失礼する。まったくもって、退屈極まるぜ。

2014/09/18

Post #1261

Ubud,Bali,Indonesia
本日も写真のみお送りしよう。

読者諸君、失礼する。出張暮らしは退屈だ。

2014/09/17

Post #1260

香港
本日も、写真のみお送りしよう。

読者諸君、失礼する。おやすみ。

2014/09/16

Post #1259

士林夜市、台北、台湾
本日写真のみ。
読者諸君、失礼する。御機嫌よう。

2014/09/15

Post #1258

Paris
出張先で、夜勤明けとはいえ、一日仕事がなかったのに、あろうことか目が覚めたら夕方の5時だった。
仕方ないので、本屋に行って武田泰淳の『十三妹』を買ってきて読んでいたら、またまた途中で眠ってしまった。
人生は夢のようだ。
確かにこの調子で眠っていたら、夢を見るだけで終わってしまうというもんだ。

読者諸君、失礼する。それはそれで悪くないか。荒唐無稽な夢ばかり見てるからな。

2014/09/14

Post #1257

Praha,Czech
俺が心中ひそかに抱き続けてきた長年の不思議。

洋の東西を問わず、どうしておばさんってのは、わけの判らないセンスの服を着たがるのか?
おしゃれ上級者とか甘辛ミックスコーデとか思い込んでいるんだろうか?

不思議だ。

読者諸君、失礼する。その心理を説明できるのなら、是が非でも俺に教えてほしいぜ。

2014/09/13

Post #1256

士林夜市、台北、台湾
本日、何事も申し上げること無し。
ただ眠って、コインランドリーで洗濯し、再び仕事に出かけるだけ。
なんだか寂しい生活だ。

読者諸君、失礼する。人生全編にわたってこれじゃ、やりきれんな。冒険はないのか?

2014/09/12

Post #1255

士林夜市、台北
こういう写真をプリントしていると、いつもふと断崖絶壁の縁に立っているような感覚に襲われる。
どうしてかって?
だって、この人は今までどれほど饅頭だか餃子だかをつくり続けてきて、これから年老いて辞めるまで、どれだけ饅頭だか餃子だかをつくり続けていくのか、考えると恐ろしくなってくるんだ。
キリがないぜ。

坂口安吾の『桜の森の満開の下』で、主人公の山男が世界の無窮さと、女の欲望の限りなさに怖れと不安を抱いた時に、夜な夜な山男が人を殺して取ってくる生首を愛玩する女は「何を言ってるんだい、ご飯を毎日食べるのだって、キリがないじゃないか」というようなことを言って、その不安を一蹴したけれど、俺がこのような人々の姿を見て思う不安も、空が果てしないというそのことを思う不安によく似ているように思える。

いやむしろ、この世界で、人は本来、如何様にでもなりうる可能性を持ちながら、無限の可能性の中から、自らの意思と否応ない状況によって、饅頭だか餃子だかを作り続けるということに、人生を費やさざるを得ないということに、ほとんど戦慄するのだ。

いやいや、それは饅頭売りが卑賤な職業だと言っているわけではなく、サラリーマンも職人も、風俗嬢も農民も、皆、無限の可能性をもってこの世に生を受けながら、社会という巨大な機構の中の歯車となって、年老い、病み疲れ果てて摩耗しきるまでその営みを続けていかなければならないという、この世の成り立ちに戦慄するのだ。

斯く言う俺、落ち着きどころなく今日まで職を転々とし、今や現場から現場を彷徨うことを生業としているのさ。
当然、接する人もまた、現場限り。
ほとんど旅から旅のような落ち着きどころのない暮らしを送っているわけだが、それはまた見ることのできなかった世界への憧れと、つかみ伸ばすことのできなかった自らの可能性に対する悔恨の思いが、底の底に流れていないとは思えないものなのさ。

読者諸君、失礼する。なぁに、そうして自らの取るに足らない卑小卑賤な人生を、慰めひとり心の中で、彩っているだけのことに過ぎないんだがね。

2014/09/11

Post #1254

Zagreb,Croatia
新しく、美しく磨き上げられたような建物には、魅力を感じないんだ。
ちょうど、一部のすきもなくばっちりメイクして、スゲー美人に見えるんだけど、どこかで見たことがあるというか、わかるでしょ、ほらすっぴんが想像できないくらい顔作り込んでるみたいなの?それがどうも好きになれないっていうか、あぁ、キレイダネ・・・って、ついスルーしてしまうようなカンジだよ。
もちろん、断っておくけれど、俺だってブス専ではない。けど、百貨店の化粧品売り場のお姉さん型みたいに、一部のすきもなくメイクで顔をつくってるのは、苦手なだけだよ。
この年まで生きてくると、モノの見方に多少の深みが出るものさ。

建物だって同じだ。

味気ないタイル調のサイディングなんかはもうすっかり食傷だ。
美しさは細部に宿るんだ。
長年風雪に耐えてきて、遠からぬ将来、人が住めなくなる日を迎えるであろうという風情が漂っているのが好きだ。そこに偏屈そうな老夫婦なんかが住んでいたら、そりゃもう最高だ。申し分ない。
絵になりすぎるってもんだ。
いっそ、屋根が落ち生い茂る草に覆われてしまっているような住居だったものにも、何とも言えない愛着を感じる。そんな廃屋があることで、むしろ町並みにアクセントが生まれ、体臭のようなその町特有の何かが醸し出されるんだ。
それは時間の問題で速やかに失われてしまうんで、見つけたらすぐに写真を撮っておくべきだ。

この写真の住宅も、急ピッチで再開発が進むザグレブの一角で、おしゃれなカフェやら真新しいファッショナブルなビルの間に、ぽつんと取り残されていた。

素晴らしい。

こういう物件があることで、街並みってのは、ぐっと魅力的になると思うんだが、君はどうだい?

読者諸君、失礼する。

2014/09/10

Post #1253

Zagreb,Croatia
本日も、特に言うこと無し。
読者諸君、失礼する。仕事以外で遠くに行きたい。

2014/09/09

Post #1252

Istanbul,Turk
今日から出張だというのに、朝っぱらから何件も仕事の引き合いの電話が入ってくる。
業界は深刻な人手不足だという。海にでも行って、ヒトデでも捕ってくるこった。特に、俺のようなフリーランスの監督は引手あまただが、残念ながら、どこも金額的には今一つだったりする。しかし、慢心油断は禁物だ。いつ、干されるか分かったもんじゃないぜ。カラカラの干物になっちまうのは、正直御免こうむる。今が絶好調なら、下り坂が待ってると考えたほうがイイぜ。俺は慎重な男なのさ。
とはいえ、金額的に今一つだったりするので、みな将来に絶望し、この業界に見切りをつけて去っていったのだが、人件費に対する圧縮傾向は未だに続いている。
需要と供給を考えてみれば、もう少し値上がりしてくれてもよさそうなもんだけれど、なかなか世の中そうはいかない。
まぁ、イイだろう。
俺は目の前の仕事を、一つ一つ手を抜かずにこなしていくだけだ。

読者諸君、失礼する。俺には義理も恩もない。ただ一番高く評価してくれる相手と組みたいだけさ。

2014/09/08

Post #1251

Istanbul,Turk
本日、特に言うほどのことも無し。
明日から新しい現場に乗り込みだ。どんなに小さな現場でも、乗り込む前には不安とおののきがある。まぁ、それはそれで悪い事じゃないけどな。

読者諸君、失礼する。この胸の内に去来する、わびしさは何なんだろう?

2014/09/07

Post #1250

Denpasar,Bali,Indonesia
不本意なことに、今日も雑事に忙殺されて、プリントすることができなかった。
来週から新しい現場が始まってしまうというのに。
痛恨だ。

雑事とは、父親に関する様々な問題だ。
実は昨日の朝も、当の親父と話し合っていたのだ。

俺の親父は、どうしようもないダニのような男で、そのくせ安物のメッキのようなプライドだけが高く、周囲の人間を拝み倒しては金を借り、まったく返す気もないという困った男だ。
そのくせ、自分が他人に何か貸しを作ると、自分の借りは棚に上げて、いつまでもあの時こうしてやっただろうと、恩着せがましく言い続ける。

血のつながりがなければ、とっくに殴り飛ばしていることだろう。

とにかく俺とは全く気性が違うのだ。
俺はさしずめ、トンビが鷹を生んだ類の男だろう。

俺は何度か煮え湯を飲まされたので、ここ20年ほどほとんど関わることなくやり過ごしてきた。
そして、そのツケが回ってきたのだ。
俺は今日一日、債権者の方と話し合っていたのだ。

俺も債権者の方も、俺の親父については、可能な限り資産を整理して、自己破産するしかないという共通認識を持っているのだが、いかんせん、当の本人が世の中を舐めているので、どうなることやらだ。

俺は、今日一日を、空費してしまったという悔恨の思いで、自らの写真を見つめる。

あぁ、バリ島の照りつける太陽が懐かしい。

むんと鼻にくる蒸せるようなにおいが懐かしい。

暗室の暗がりをほのかに照らす赤いライトが懐かしい。

つんと鼻にくる酢酸の臭いが懐かしい。

読者諸君、失礼する。俺は、俺の大切な時間を奪う奴が、大嫌いだ。

2014/09/06

Post #1249

Istanbul,Turk
フツーの写真の基準から言ったら、この写真は決していい写真ではないんだろうな。
画面右手になんか通行人の一部ががっつりと写り込んでいるしね。
けど、お父ちゃんの味のある表情と、子供の表情がね、捨てがたいわけですよ、俺には。俺はいつも言うように、いちいちファインダーなんか覗いて写真撮ったりしてないから、ネガが上がってきてから初めて気が付くわけ。そもそも、立ち止まって写真撮ること自体が少ないんだもんね、どうしようもないでしょ。
で、ネガを見るとどうしてもこういうの、プリントしたくなっちゃうわけです。
で、プリントすると、不味い写真でも君たちに見せたくなってしまうわけなんですよ。

上手い下手よりも、そういうのって写真にとって大事だと思えるんですわ。

その辺の感覚、解かってほしいなぁ・・。

読者諸君、失礼する。明日こそ、プリントするぞ!

2014/09/05

Post #1248

Istanbul,Turk
まるっとひと夏を費やした長い現場が、終わろうとしている。
やれやれだ。何とかたどり着いた。
一体どうなることやらと思っていても、結局なるようになるものだな。この宇宙というのは、そういうふうにできているわけだ。
さて、そろそろプリントしたいな。その前に、プリンターのインクを買って、請求書をつくって送りたいな。領収書も溜まっているから、帳簿もつけておかなけりゃな。
すぐに次の現場が始まるんだ。
うかうかしてるような暇はどこにもないんだ。

読者諸君、失礼する。明日くらい、久々にプリントしたいもんだな。そうはいっても、掃除から始めなけりゃならないし、薬品の調合もやらなけりゃならないから、結構骨が折れるもんだ。やれやれ、それはそれで気が重いぜ。

2014/09/04

Post #1247

台南市
疲れ果てています。まさに、金が欲しくて働いて、眠るだけです。

読者諸君、失礼する。少しのんびりしたいよ。

2014/09/03

Post #1246

Praha,Czech
最近、疲れているのか、眠るとよく夢を見る。
先日は、森山大道が夢に出てきた。森山大道と一緒に、彼が昔訪ねた田舎の集落を訪れると、そこは見る影もなく荒廃し、人の棲まぬ廃村になっていたという夢だ。
森山大道は、「だから写真を撮っておかないとダメなんだよ・・・。』と煙草を吸いながら、俺に言った。

今さっき見た夢は、混乱していた。
曲がりくねった川が、眼下に見える。高楼のような建物に俺はいて、その川を眺めている。
二匹の象が、戯れながら川を渡っている。
俺は夢中でシャッターをきるが、フィルムがすぐになくなってしまう。
カバンの中から出てくるのは、既に撮影済みのフィルムだ。
見れば、川から象の姿は消えて、川の中を何匹もの大きな鮫やクジラが悠然と泳いでいる。
フィルムは見つからない。
俺は外に出る。
そこは日本庭園のようになっており、市民の憩いの場だ。
人々のかわす言葉から、そこが兵庫県にあるのだと直感するが、兵庫県には象はいないし、クジラやサメが泳いでいるような川もない。
俺は飛び石の上を飛び跳ねるようにして、庭園の中を走り抜けていく。

独りの子供連れの30過ぎの女性の姿が目に入った。
俺は思わずその女性の名を呼んだ!昔むかしに付き合っていた女性だと思った。しかし、何と名を呼んだのか、思い出せない。
俺の声に振り向いた女性は、きっと憎悪の視線で俺を見た。
いや、やめてくれ、俺は君に恨まれたりするようなことがあったのか。

しばらくして、俺は階段に座り込んでいる子供と話していた。さっきの女性の子供だ。俺の心には、もしかしてこの子は自分の血を引いているのではという思いがよぎる。

その子の顔は薄汚れていた。肌はカサカサして、皺っぽかった。子供のくせに爺さんみたいだ。
お腹がすいているという。今朝も薄い塩味のおかゆを母親と食べただけだという。
彼女たちは、どうにも貧しい暮らしぶりらしい。

俺は、その責任のすべてが自分にあるような気がして、自責の念に駆られる。

その皺坊ちゃんを、母親が呼ぶ。『知らない人と話してはダメ!』と。
明らかに、その女性が俺を誰かわかったうえで、俺の心を萎えさせるために言っているのがわかる。ますます俺は、その子供と俺とのつながりを確信したけれど、どう考えても、名前も思い出せない女性(しかも彼女は片足が悪く、びっこをひいていた)と関係のあった時期を考えると、それは間違っているような気がした。

そして、そんなときに目が覚めた。女性の名前も顔も、はっきりとは思い出せない。

読者諸君、失礼する。


2014/09/02

Post #1245

Istanbul,Turk
着衣の女性の写真を撮影して、逮捕されるという事件が起こっているそうだ。警察が画像を確認したら、ブラジャーだのパンティーだのは写っていなかったそうだ。
http://netallica.yahoo.co.jp/news/20140831-00000001-a_aaac
11年にも、女性の後ろ姿を撮影した自衛官が、逮捕起訴され、最高裁!で有罪が確定しているという。意味が分からねぇ。俺たち市民の姿は、常にどこかの監視カメラで撮影されまくっているというのに。密かに映像の一元支配をもくろむ勢力が、世の裏側に潜んでいるんじゃないかって思うぜ。
冗談じゃない。
それで逮捕なら、俺は死ぬまで豚箱だ。
記事に出てきた弁護士によれば、服を着ていようが、着ていなかろうが、カメラを向けて恥ずかしい思いをさせたらアウトなんだとよ。どうにも生きにくい時代になったものだ。
阿呆じゃないか?
小娘どもは、へそ出し半ケツはみ出し当たり前で、親が見たら悲しくなってくるような格好で歩いているというのに、カメラを向けられたら恥ずかしいって、どういうことだよ?
カメラはむけられなくても、みんな見てるんだけど、それは恥ずかしくないのかよ?
そもそも、ファッションちゅうのは街という近代的な舞台が成立し、そこを行き交うものがある意味で役者として、見る=見られる関係性のなかに自分を繰り込むことで、成立し、意味を持ってきたものだ。
それを撮ってはいけないとは、どういう考えなんだろう?
それとも、自分自身の存在が恥ずかしいのか?
俺は今まで、散々他人の写真を撮ってきたけれど、街角でカメラを向けられたことも同じように多々ある。一度など、トルコの街角で携帯電話で話をしていたら、俺の周りに子供が寄り添ってポーズをとり、親が勝手に記念撮影していたこともある。
面白すぎて、ポーズを決めてやったよ。
なんたって、俺は自分に自信満々だからな。気にもならないぜ。

面倒臭せぇな。いっそ、我が国の小娘どもも、へジャブとかブルカとか着たらどうだ?よく見れば、これはこれで想像力が鍛えられる。目元や足首がちらりとのぞいただけで、興奮できるようになるかもしれないぜ。
まぁ、いまどきそんなこと言うと、世界中から袋叩きにあっちまうから、これぐらいにしておきますがね。
どっちにしても自意識過剰の小娘はかなわないよ。やっぱり女性は若くても25以上。出来れば子供の一人や二人産んで、あっちの方も脂が乗りきったくらいがイイんじゃないかな?話も分かるって気がするぜ。熟女キャバクラに人妻ヘルスが巷では大流行さ。

読者諸君、失礼する。因みに俺は、とっくに生理もなくなったようなおばちゃんや、棺桶に片足突っ込んだような近所のおばあちゃんに大人気だ。冗談じゃない。50年遅いよって言いたいぜ。

2014/09/01

Post #1244

Dubrovnik,Croatia
今日もまた、忙しい。そして、倒れそうに眠い。
よって、写真のみお送りしよう。
読者諸君、失礼つかまつる。働きすぎは体に悪いな。