2014/10/31

Post #1304

Patan,Kathmandu,Nepal
今夜も、写真のみお送りしよう。
読者諸君、失礼する。

2014/10/30

Post #1303

Patan,Kathmandu,Nepal
疲れ果てて、泥のように眠っていたんだ。

読者諸君、失礼する。

2014/10/29

Post #1302

Patan,Kathmandu,Nepal
本日、多忙につき、写真のみお送りしよう。
読者諸君、失礼する。

2014/10/28

Post #1301

Patan,Kathmandu,Nepal
忙しいんだ。朝8時から打合せをして、書類を作成し、道具の準備をして、現場の定例会議にも出て慌ただしい一日を送っている。仕方ない、明日から新しい現場が始まるのだ。
遊んでばかりいられたら、人生楽しいのかもしれないが、それはそれで不安になってくるってもんだろう?だから粉骨砕身して働かなければならないのさ。

その忙しいさなかに、知らない番号から電話がかかってきやがった。

誰だ?と思えば、公正取引委員会だ。
公正取引委員会が、俺に何の御用かしらん?なんかヤバいことやったかなぁ・・・?と思っていると、どうもこの4月に消費税が上がった際に、買いたたきが行われていないかという調査があったのさ。その調査に、実際に客先から買いたたきにあって、消費税増税分を払ってもらえなかったという報告を、俺は自分で怒りを込めて書いて送っていたことを、すっかり忘れ去っていた。

公正取引委員会の担当者さんが言うには、実際にそういう事例はそんなに多くはないという話だ。しかし、世の中ってのは、統計だけではわからない。世の弱い立場の下請けの皆さんは、元請さんから干されるのが怖くて、そんなことをお上に正直に報告したりはしていないに違いない。
世の中には、法律の抜け穴を探しちゃ潜ろうとする、小狡い奴が多いのさ。しかし、その小狡い奴らも、家に帰ればよき父親、良き夫だったりするので、困ったもんだ。

人間とは、そもそもが善くもなければ、そう悪くもないという、どっちつかずのふらふらした存在なのだ。

あぁ、また話がそれた。で、忙しさに拍車をかけるようにして、請求書や契約書を引っ張り出し、銀行の通帳をスキャンして、公正取引委員会にお送りしたわけだ。これで、少しでも俺を舐めやがった奴らに煮え湯を飲ましてやることができたら、これはまたちょっと面白いもんだ。けっ、ざまぁ見やがれだ!
とはいえ、そんな話はすっかり忘れてたんだけどね。いつまでも過去のいざこざに振り回されてるような暇はない。俺の目は前に向いてついてるんだ。ケツについてるわけじゃない。もっとも、ケツに目がついてたら、パンツもはけやしないがな。

読者諸君、失礼する。こんなことやってる場合じゃない、明日から新しい現場なんだ!

2014/10/27

Post #1300

Patan,Kathmandu,Nepal
先日読んだ新聞に、若いころアスベストの工場で働いていた老人が、迫りくる死に怯えているという記事があった。
俺は、それを読んで、その老人には申し訳ないが、人間は誰しも死んでしまう有限の存在であり、その意味では、誰しも刻一刻と迫ってくる死に対して、おそれを抱き、真剣に今を生きるべきなのだと思った。
そして今朝、新聞に赤瀬川原平さんの訃報を見つけた。
ついでに言えば、クリームのベーシスト、ジャック・ブルースも亡くなっていた。

『老人力』『ライカ同盟』『超芸術トマソン』『新解さんの謎』などで広く一般にも知られる赤瀬川氏は、かつて千円札の精巧な模写を作って国家をおちょくったことで裁判にかけられ、有罪判決もうけた前衛芸術家だった。
また、70年頃には、左翼学生の好む朝日ジャーナル誌上で、左翼運動を野次馬的な観点から面白おかしく扱った『桜画報』で、天下の左寄り新聞社朝日すらも揺るがす騒動を巻き起こした。何故か少年の頃の俺の家には、この『桜画報』の文庫版があり、俺は当時の世相も十分には分からぬまま、読んでへらへらと笑っていたものだ。
記憶喪失に陥った中平卓馬が、80年頃に赤瀬川氏に電話をかけ、『80年安保はいつ来るのだ?』と執拗に問いただしたという逸話もあった。
アラーキーこと荒木経惟を主砲に据えた80年代の伝説の雑誌『写真時代』誌上では、「芸術のように実社会にまるで役に立たないのに、芸術品のように大事に保存され、あたかも美しく展示されているようなたたずまいを持っている、それでありながら作品と思って造った者すらいない、芸術を越えた超芸術トマソン」を世に問い、世の中のモノの見方に衝撃を与えた。

世の中の出来事を、微妙に視線をずらすことで、面白みを見出す天才だったと思う。

俺にとっては何より、中古カメラの宣教師としての赤瀬川氏、いや原平さんの存在が大きい。
中古カメラウィルスを発見し、そのウィルスに感染すると患者仲間ができ、町の診療所=中古カメラ店に病気の治療に行き、治療に行くことによってますます病気が重篤になるということを発見した。
斯く言う俺も、かつては重篤な患者だった。その当時、原平さんの機械式中古カメラを扱った本は、俺の教本だった。どんな曲者のカメラも、けなすことなく、愛情をもって描いていた。それがなければ、今日の俺はなかっただろう。

2006年に刊行された『中古カメラの逆襲』のあとがきには、なかなか味のあるイイことが書いてある。少し長いが引用しよう。これを読めば、原平さんのユーモラスで、それでいて鋭いモノの見方の一端を理解してもらえることだろう。

『(前略)いま現在はデジタルカメラが増えてきて、新製品発売といえば、ほとんど全部デジタルカメラだ。だからデジタルの中古カメラだって、もう既に出はじめている。でもそれはここには登場しない。デジタルカメラは電池がなければまったく動かない。それにシステムがどんどん変わるから、現役を引退した瞬間からゴミとなる。だからここに登場する機械式カメラのように「逆襲」することは不可能である。
 機械式カメラは現役を引退したとはいえ、まだ生きている。引退したのは、あるいは後進に道を譲るという謙譲の美徳のなすところで、フィルムさえあればまだまだ写真を写せる。むしろ仕事をしたくてうずうずしている。たしかにスピードでは若い者に敵わないが、足腰は丈夫だ。オイルを一口くいっと引っかけりゃ、もう大丈夫。シャッターが多少遅れても、そこは絞りとかほかでいろいろかげんすればいい。とにかくいつでも動くんだから、電池がなければ一歩も動けないような、ヒヨワな若者とは違います。いまは、やれ速写だとか、やれ秒間何コマだとかいってるけれど、人生そんなに急いでどこに行く。
 と思うのだけど、いまはほとんどのカメラメーカーが、フィルムを離れてデジタルの方へ民族大移動をしている。フィルムはまだ全然枯渇していないというのに、アナログのオアシスを離れて、デジタルの砂漠へ向かっているのだ。
 デジタルにはたしかに砂粒が無限にあるけれど、潤いがない。完全な人工空間だから、野生動物にも出会えない。ペットボトルの水はあっても、恵みの雨は降ってこない。人工空間だから都合はいいけれど、自分の都合だけに閉じこもってしまって、天の恵みとは無縁になるのだった。』

読者諸君、失礼する。原平さんがこの世からいなくなって、あったことはないけれど、なんだかとても寂しいよ。

2014/10/26

Post #1299

Patan,Kathmandu,Nepal
やっと今日、ネパール旅行のすべてのネガをチェックし終えた。
フィルムにして41本、約1500カット。
もちろん、あたりもあればはずれもある。けど、約束しよう、君たちも見たらグッとくるような写真が、ジャンジャンプリントされてゆくことになるだろう。

ずっと、ライトボックスとルーペを使ってチェックしていたんで、目が疲れ果てたよ。しょぼしょぼだ。
しかし、これからプリントしてゆくのが楽しみだ。
この厳しい人生に、楽しみは少しでも多い方がいいからな。まったくもって結構なことだ。

けれども、その前の台湾旅行だって、なんだかんだ言って全然プリントは進んでいない。
それどころか、プリントしたいネガは、山のようにたまっている。まるで、不良債権だ。
どれもどうでもイイものなんてない。
その瞬間は、その瞬間だけのもので、かけがえのないものだからだ。

まぁいいさ、ボチボチやっていくしかないな。
それが俺の人生だ。せいぜい効率よく仕事をして、時間と金を捻り出すとするさ。

さてと、明日は朝もはよから仕事に出撃しなけりゃならんのさ。ひょいと舞い込んだ仕事だが、今月はすっかり遊びほうけていたから、断るわけにもいかなくてね。
それに、その次の仕事の図面もチェックしておかなけりゃならないんだ。
こんな年寄りの繰言みたいな文章を、ダラダラ書いている訳にもいかないぜ。

読者諸君、そんなわけで今夜も失礼する。しばらくはネパールものをお届けするぜ。俺の中の余韻がさめないうちにね。

2014/10/25

Post #1298

HomeTown
本日、フィルム1本24カットプリント。先日旅行したネパールはカトマンズ盆地の古都、パタンの写真だ。濃密だ。人間があふれている。シャッター通りばかりのどこかの国とは、えらい違いだ。
いろいろあったので、3時間で焼き上げた。
これはこれで集中力を要するので、疲れたよ。

そんな訳で、今日はこれで失礼する。読者諸君、また明日会おう。

2014/10/24

Post #1297

士林夜市、台北、台湾
本日も、写真のみお送りしよう。
ネパール旅行のフィルムがラボから帰ってきたのだ。
41本だ。すぐにでもプリントしたいが、まずはじっくりネガを見てみないといけない。
だから、ここで与太話をうだうだしてるような暇はないんだ。
だから、読者諸君、失礼する。俺は今、自分が実際に見たものにしか興味がないのさ。

2014/10/23

Post #1296

Bali,Indonesia
本日、写真のみお送りしよう。
読者諸君、失礼する。

2014/10/22

Post #1295

東門市場、台北、台湾
旅に出ると、俺はしばしば肉屋の店先の写真を撮る。
そこでは、日本のスーパーマーケットの肉売り場と違って、生々しい生き物がストレートに並べられ、あるいは吊るされ、売られている。
最初のうちは、面くらったものだ。
しかし、だんだんとそれがなんとも面白く感じられ、また、実にうまそうに見えてきた。

この手の写真を見て、グロテスクだとか感じるのは勝手だけれど、よく考えてみてほしい。
キレイにスライスされて、白いトレーに乗せられ、フィルムで包まれた肉は、まるでクリーンな工場で作り出されたもののように感じられるだろう。
けれど、それは俺たち人間と、さほど大差ない生き物を殺して、切り刻んだものなんだ。
旅行に行けば、そこらをニワトリが歩き回っているというところもあるので、そういったところでこんな店先を見ると、そこいらを歩いている奴や、コケコッコー!と鼻息荒く叫んでいる奴が、羽根をむしられ丸裸にされているのだと、ストレートに了解される。
解かりやすいったらない。

そう、その当たり前のことを、海外の肉屋の店先は気づかせてくれる。
俺たちが、他の命を奪って、自らの命を繋いでいるということを。
そして、俺たちが他の生き物の命を奪うという気の重い仕事を、どこかのクリーンな工場のなかにしまい込んで、見ないようにして暮らしていることを。

読者諸君、失礼する。だからと言って、俺はまったくベジタリアンじゃないんだぜ。

2014/10/21

Post #1294

HomeTown/Nagoya
さてと、そろそろまじめに働きますかねぇ・・・。
気は乗らないけどね。

読者諸君、失礼する。安倍内閣の女性閣僚辞任劇には、あほらしくって何も言う気になれないさ。

2014/10/20

Post #1293

Dubrovnik,Croatia
本日も写真のみお送りしよう。
明日から現場なんだが、きちんとマトモに現場復帰できるか、大いに心配なところだよ。

読者諸君、失礼する。旅に出ると、何時だって面白いものに遭遇する。

2014/10/19

Post #1292

HomeTown/Nagoya
今夜は腹いっぱいで、何か書く気になれないので、写真のみお送りしよう。
精力剤で有名な名古屋の赤ひげ薬局の店頭で撮ったものだ。
この薬局は、積極的にラジオCMなどをしているんだが、そのCMのコピーが結構気に入っているのさ。『男と女の精力剤。効きます、効きます、効かせます!』って奴だ。

読者諸君、失礼する。明日からまた憂鬱な労働の日々が始まるのさ。

2014/10/18

Post #1291

HomeTown
本日、借金達磨の親父と話して、もんげー疲れたずら・・。
俺としては、自己破産してほしいし、そのためには力も貸すつもりでいるのだけれど、なんだか本人、ちょいとイイ儲け話が舞い込んできてるらしくて、変な色気が出てきやがってね。
こっちも会うたびに話が変わってくるもんだから、ついイラッとして怒声罵声を浴びせかけることしばしばなわけです。

面白くない奴と、面白くない話をすると、無性に疲れますね・・・。
ネガティブな感情を抱くと、どうにも最近、身体にキックバックが来ることに気が付いた。やはり、人間は笑っている方が健康になれるってもんだ。
ネパールに旅行して時には、ニコニコ笑いすぎて、頬の筋肉が引きつりかけていたというのに。
今日は終日、眉間にしわが刻まれて、眉毛のあたりが引きつっちまったよ。
畜生、これ以上皺が増えたらたまらないぜ。

読者諸君、失礼する。商売も度を超えると、ギャンブルと同じだってことだ。

2014/10/17

Post #1290

HomeTown
旅先でマシンのように写真を撮った。
ネパールは、本来のネパール人的文化と、チベットやインドなどの外来の文化が完全に融合することなく、モザイクのように絡み合っていた。だから、場所によっては360度、どこを切り取っても写真として成立してしまうだろうと思わせるものがあった。

物売りの声喧しい市場と真剣なまなざしで品定めする男や女。

行き交う人々の波、それを強引にかき分けて進む軽自動車、バイク、トラック、そしてリキシャ。

突如として現れるゴミの山。

所在なく街をうろつく犬、犬、犬、そしてニワトリとヤギ。

辻辻に現れる寺院。

レンガ造りの建物の向こうに聳えるストゥーパ。

駆け回る子供たち。

神々を讃えて歌う老人たち。

森の中を進む象。

強烈な色彩で神々の姿を描き、曲がりくねった道を疾走するデコトラ。

可能な限り、考えるまでもなく、歩きながら夢中でシャッターを切った。
ファインダーも見ることなく、ひたすらにシャッターを切った。
肉眼にも焼き付けるようにして、目を見開いて歩き回り、言葉も満足に通じぬ人々とたどたどしい英語と時には身振り手振りで話し合い、カメラに収めた。
インドを襲った巨大サイクロンの余波で、季節外れの叩きつけるように降りしきる雨の中でも、ずぶぬれになって写真を撮り歩いた。

それでも、捕らえ切れなかったたくさんのイメージ。
走りすぎる車の中から、一瞬垣間見た数々の映像的断片。

トラックや長距離バスが疾駆する道沿いで、木陰に胡坐で座っていた少年は、どこか生身の仏を思わせた。

切り崩された山肌からドクドクあふれる赤茶色の水は、山の流す血潮のようにも感じられた。

水場で髪を洗う女の、濡れた服は、女の身体のラインを露わにし、一瞬にしてその肉体の手触りを感じさせた。

狭い道で、正面衝突をものともせず、追い越してゆくツーリストバスの客席で、疲れ果てて眠る女や男。

そのバスの屋根の上に、無造作に積まれた荷物とともに座り、前を見つめ、来し方を眺め、あるいは流れる景色に思いを馳せる若者たち。

町はずれに、粗末な布で作ったテントで暮らす難民のような人々。


或いはまた、その現実を突如として突きつけられて、思わずひるんでしまって、カメラを向ける事すらできなかった人々もたくさんいる。

癩病だろうか、崩れた手足を包帯でつつみ、道端にうずくまる女性。

顔と身体の右半分が、溶けた蝋燭のように変形して、立つことすらままならず、道行く人々に施しを求める男。

観光客に写真を撮らせ、法外なチップを要求するヒンドゥー教の苦行者サドゥーたち。

勝手に人の荷物を運んでおいて、厚かましく日本語でチップをねだる口髭の空港職員。

誰かに全て切り取られたのか、それとも生まれながらなのか、一本も指の無い手を差し出して、キラキラ輝く瞳でギブミーマネーと施しを求める小さな女の子。

一瞬で飛び去ってしまった、美しく輝く色鮮やかな翼を持った鳥たち。

それら自分の網膜という肉眼レフに捕らえることが精一杯だった数々を思うと、自分の腕の未熟さと、非情なまでの度胸がないことが、ただ口惜しい。

ともあれ、25日には、ラボからネガが帰ってくる。何がどう写ってるか、俺は知らないのさ・・・。

読者諸君、失礼する。君たちに、本当に見せたいのさ、俺が見てきたものを。

2014/10/16

Post #1289

homeTown/俺がこの写真に感じるカッコ良さを、君はわかってくれるかな?
いろいろと面白い経験をして、帰ってきました。
おいおい、お話ししてゆくことでしょう。
モノクロフィルムでざっくり1500カットほど撮ってきました。フィルムに換算すると41本です。
机の上に並べたパトローネに入ったままのフィルムは、可愛らしくてなりません。
どうして、みな、この可愛らしいものをあっさり使わなくなってしまったのか、さっぱり意味が分かりません。とりわけ、コダック、アグファ、イルフォード、ロモグラフィー、フジなどいろんなメーカーのフィルムをかき集めて使っていると、まるでブロックで作ったお城のようで、嬉しくなってきます。
今回のフィルムたち。可愛らしいったらないさ・・・。
ネパールのカトマンズ郊外、バクタプルのダッタタラヤ広場の一本裏手のカメラ屋さんのショウウィンドーには、ローライコードが埃をかぶっていました。
そこの店主のおやじさんは、俺たちのカメラを見て、それはフィルムカメラか?フィルムはどこで買ったんだと聞いてきました。
おやじさんが言うには、もうネパールではフィルムは手に入らないのだそうだ。手に入っても期限切れのいわゆるエクスファイヤードものしか手に入らないし、それもめっぽう高価なんだということだった。おやじさんは、俺たちのフィルムカメラを見て、嬉しそうに目を細めていたっけ。それでいて、どこか悲しげだったな。
どうしてみんな、忘れたんだろう?
読者諸君、失礼する。今日は疲れてるんだ。リフレッシュするつもりで疲れてちゃ、我ながら全く世話ないぜ。

2014/10/15

Post #1288

Helsinki
明日くらいには帰ってくると思う。
何事もなければね。
もし帰ってこなかったら、これが絶筆になるのか・・・。
よし、俺が常々死ぬときにかましてやろうと思っていた言葉を書いておこう。万一の時も、これで安心だ。行くぞ。
『地球の皆さん、さようなら~』

読者諸君、失礼する。

2014/10/14

Post #1287

Helsinki
今日も俺は旅の空、上の空だ。

読者諸君、失礼する。もう少しの辛抱だ。

2014/10/13

Post #1286

Helsinki
本日も写真のみお送りするよ。
俺は今日もカトマンズかどっかその辺を、雪駄を履いてぶらついていることだろう。
読者諸君、失礼する。

2014/10/12

Post #1285

Helsinki
本日も旅行中につき、写真のみお送りしよう。あんまり足が長すぎて、頭が身切れてしまったが、そんなこと俺はきにしないさ。
読者諸君、失礼する。

2014/10/11

Post #1284

マックのドナルドみたいなおっさんが、駅前をカートで走っていた。みんな、見て見ぬふりだ。
読者諸君、本日も旅行中につき、写真のみお送りしよう。失礼させてもらうぜ。

2014/10/10

Post #1283

HomeTown
今日、十月十日は日本が誇る写真家、森山大道の誕生日だ。
旅の空からお祝い申し上げる。
たしか、76歳になるんじゃなかったっけ?
末永く活躍していただきたいものだ。

読者諸君、失礼させていただくぜ。

2014/10/09

Post #1282

三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい 東行
読者諸君、本日もまた、写真のみお送りしよう。御機嫌よう。

2014/10/08

Post #1281

かつて、この廃屋の壁のなかに子猫が閉じ込められていた。
読者諸君、今日も写真だけお送りしよう。失礼する。

2014/10/07

Post #1280

再び廃屋の藤。今度はベタ光線で。
読者諸君、今日もまた写真のみお送りするぜ。御機嫌よう。

2014/10/06

Post #1279

思わぬところにも花は咲く
読者諸君、今日もまた旅行中につき写真のみお送りさせていただくぜ。

2014/10/05

Post #1278

廃屋にも花は咲く
読者諸君、今日も写真のみで失礼する。良い日曜日を過ごしてくれたまえ。

2014/10/04

Post #1277

近所の廃屋。味わい深いぜ。
本日、旅行中のため写真のみお送りしよう。

読者諸君、失礼する。日本のことは君たちに任せた。

2014/10/03

Post #1276

路傍の花。見る者がいなくても、勝手に咲いている。
買い物に出て、近所の信号で信号待ちをしていると、その交差点の角にある葬儀場の柵の周りに、TV局のカメラが何台も並んでいた。スタッフも、ざっと十人以上はいたことだろう。
おそらく、先の御嶽山の噴火によって亡くなられた方の葬儀が行われているのだろう。

当たり前のことではあるが、人は誰しも死んでしまう。俺たちは、それをなるべく考えないようにして、死なない前提で今日も生きている。しかし、しかしですよ、人生というのはいつなんどき、不意に切断されてしまうかもしれない不確かなものなんだよなぁ。

今日、俺が生きていて、あの日御嶽山に登ったその人は、死んでしまった。
思えば、それは不思議なことに感じる。
生きているということは、何とも不確かで頼りないもんだ。

俺たちは誰しも、その生の不確かさには抗うことはできないんだが、唯一できるのは、今やれることは、いま精一杯やっておくということに尽きるな。

そんなわけで、今日もフィルム2本、26カットプリントした。
出来はまぁまぁだ。悪くない。
しかし、その悪くないってのが俺にしか理解できないんだろうなぁと思うと、少し寂しい。

写真は、気の合った仲間とワイワイいいながら見るのが愉しいものなのだ。

さて、明日からしばらく旅行に出かけるんだ。
カバンの中には例によって、ぎっしりみっしりとフィルムが詰まっている。
コダック、イルフォード、アグファ、ロモグラフィー、とにかく手に入るフィルムをかき集めたんだ。
いまどき旅先じゃ、どうやったってモノクロフィルムなんて手に入らないだろうからな。
俺としては、肉眼レフでもイイんだが、それじゃ楽しみが長続きしないだろう。

今度はネパールだ。途中、トランジットで香港にも立ち寄るんだ。
なかなか良いタイミングじゃないかね?
そんなわけで、しばらく店主不在につき、ブログはおやすみしようかとも思ったんだが、しばらく更新しないと、君たちに忘れ去れてしまいかねないから、毎日写真だけはお送りすることにしよう。
どうせ、そう面白い写真じゃないんだろうけどね。

読者諸君、失礼する。今回は象にでも乗ってこようと画策しているんだ。

2014/10/02

Post #1275

仕事帰りの道すがら、子供の落書きを見つけた。いとおしい。
今日もまた、暗室に籠ってプリントしようと思う。
午前中に、知り合いの家に行って犬と戯れたら、左目が犬アレルギーで真っ赤に充血してしまった。思わず薬局で抗アレルギー目薬を買って点眼したら、充血は引いたけれど、まだ左目の奥がうずくような違和感がある。だから本当は暗室で闇の視力を酷使するのは如何なものかとも思えるのだけれど、何かと理由をつけて苦役のような営みから、逃げ出そうとする身体に鞭打ってでも、這いずるようにして前に進んでゆくしかないんだなぁ…。
なんだか最近、俺にとって写真が、趣味道楽というよりも、修行になってきた趣があるぜ。

読者諸君、失礼する。こうしちゃいられない。

2014/10/01

Post #1274

春、近所の廃屋に朝日を浴びながら藤が咲き誇っていた
本日、性懲りもなくプリント。
フィルム2本、37カット。

プリントの量を重ねていけばいくほどに、自分の目指しているものと、撮影も含めて、自分の技量の拙さに気づき、愕然とし、懊悩煩悶することしきりだ。

たかが道楽なんだけど、道楽が故に譲れぬものが、俺の中には、確かにある。
ほどほどの出来で、君たちも含めた他人から、褒めてもらえば確かにウレシーが、それで満足してるわけでもない。問題なのは、自分の思い描いた写真に、どれだけ近づけるか、どれだけ満足できるかなんだから。

楽がしたいだけなら、こんなこと止めて、デジカメで愉しく撮ればいいのさ。世間のみんなは、楽しそうにやってるじゃないか?
そんな金も手間もかかること、どうしていつまでもやり続けるのか?そういう問いすら、時折自分自身の中から湧き上がってくる。

けれど、俺が求めてる描写は、とっくに時代遅れな手法でしか、俺にはつかむことができないし、その悪戦苦闘の営みが、実は愉しかったりもする。
しかしやはり、その過程がいくら愉しくても、出来上がりがイマイチだとしか思えないと、一体ぜんたい、俺は何をやってるんだと、悲しいような、情けないような気分になってしまう。

こんな時は、プリントをしていても、ちっとも愉しくはない。
むしろ、焦燥感と無力感に打ちのめされて、とっとと止めて昼寝でもした方がイイとさえ思える。

けれど、そんなネガティブな想いを吹っ切るには、自分で手ごたえを掴むまで、やってやって、やりまくるしかないんだと自分に言い聞かせて、また引伸機に向かうのだ。
君たちには、そんなことはないだろうか?

俺にとっては、写真は自分を取り巻く世界との格闘でもあるし、自分自身との格闘でもあると思える。その果てに何があるのか、俺は知らない。

読者諸君、失礼する。明日ももう一度チャレンジだ。