2014/11/06

Post #1310

Patan,Kathmandu,Nepal
先日、家でNHKのニュースを見ていたら、バングラデシュで大規模な停電が起こっていると報道されていた。
俺はそれを見ながら、だからどうしたんだって思う。停電くらいするわいな。10年くらい前に、アメリカでもカルフォルニアあたりで大停電が起こったこともあったしな。
電気があるのが当たり前ってのは、実は当たり前ではないのさってことだ。
そんなの大変じゃねぇか、どうやって生活すればいいんだって君たちは非難GOGO!とまではいかなくても、困惑することしきりだろう。
しかし、それはチミぃ、チミたちの常識が、日本国内専用だってことだ。
俺が旅したネパールでは、毎日まいにち計画停電が実施されていた。
一日に8時間から12時間くらい、停電してるのが普通だ。
山間地の高低差を利用した水力発電が主力なんだが、水の量とか開発の遅れとかで、送電できる発電量が絶対的に不足しているんだろう。
ホテルでは自家発電や太陽電池で照明はついているから、不便を感じることは少ないが、カメラや携帯を充電しようとコンセントにプラグをさすと、充電されない。ホテルですら、必要最小限しか電気を使えないようになっているんだ。昼間に4,5時間、夜にも4,5時間停電するんだ。
これは何も、とんでもないド田舎の話じゃない。首都のカトマンズでそうなんだ。
スマホのアプリで、位置情報からその場所の停電時間を表示してくれるものもある。俺の携帯にもそのアプリが入っているぜ。
おかげで夜は真っ暗だ。もちろん24時間営業のコンビニなどない。
日が暮れると、人々の数は目に見えて減ってくる。うろついているのは、野犬や野良ヤギばかりだ。俺はそんな闇の中、オスヤギに触ってみて、即座に強烈な頭突きをお見舞いされたくらいだ。夜の闇を舐めてはいけないということだ。ついでに言えば、飛行機から見ても、真っ暗だ。
みんな、いったいどうして暮しているんだ?
別に、普通に暮らしている。灯明を灯したり、ろうそくをつけたりしている。俺のお気に入りだった東屋のような喫茶店では、太陽電池式のLED懐中電灯ひとつで、人々はチャイを飲んだり、酒を飲んだりしながら、世間話に興じていたっけ。慣れれば何とかなるものさ。
そして何より、暗い夜は眠っているに違いない。それは自然なことさ。
じゃぁ、そんな不便な暮らしで、彼らが不幸そうかと言えば、ぜんぜんそうは見えないぜ。
むしろ、俺たち日本人よりも愉しそうに暮らしている。娯楽は少ないけれど、人生そのものを楽しんでいるように見える。昼も夜も仕事に追いまくられて、何のための人生か分かんなくなってるように見受けられる奴は、どこにもいなかった。
生活が便利になったからと言って、人生が豊かになるわけじゃないんだということがわかる。
どんなに科学や技術が進歩しても、人間の本質ってのは変わらないってことが見えてくる。

この神州日本では、原発を稼働させないと日本経済は衰退するばかりだというおかしな人たちがたくさんいる。火力に頼っていては、原料の調達コストが高くつくという一方で、円安になればなるほどありがたいとかいう、頭のおかしい連中だ。円安になれば、海外からの原料の調達コストは、当然膨れ上がるんだがな。自分とこの車やらなんやらが海外に調子よく輸出できさえすれば、庶民がどうなっても屁でもねぇっていうんだろう。身勝手な話さ。自分は原発から遠く離れて暮らしながら、リスクは経済発展にはつきものだとか自分に調子のイイ寝言を垂れ流す、いかれた奴らだ。

電気がなくても屈託なく生きてる連中と、たくさんの人が放射能のおかげで苦しんでるのに、原発が必要だ、再稼働だとか言ってる奴等、どちらが友達にしたいかって言ったら、俺は断然前者だな。君はどうだい?

読者諸君、失礼する。懐中電灯の灯りの下で飲む、一杯15円ほどのマサラティーは、そりゃ味わい深かったぜ。君にも味あわせてやりたいよ。

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