2014/11/26

Post #1330

士林夜市、台北、台湾
さまざまな言説が世に満ち満ちている。
差別や暴力など、人間性の蹂躙を煽るようね思慮分別の足りない言説も、それに対して眉を顰めて嘆息するようなものも多い。
ひどい世の中になったものだと嘆くのは容易い。
けれど、歴史を振り返れば、人類の社会はいつだってそりゃひでぇもんだった。
これでも今は、表面的にはずいぶんとマシになったのかもしれない。
けれど、その分深く根ぐされているのさ。
何しろ、虚々実々の情報が溢れかえっている。
そして、惑わされた奴も、新たな言説をお手軽に垂れ流す。
どんな嘘だって、世の中の八割がたの連中が本当だと信じ込まされたら、真実になっちまうんだろう。
情報化社会万歳だ!

そうさ、自分という物差しがしっかりしていないと、飛び交う言説に惑わされるばかりだ。

邪悪な言説にくみする気持ちは毛頭ない。
けれど、諸手を挙げてそれを非難するような言説にいいね!とか押す気にもなれない。
どちらも浅薄な気がするからだ。
それに何よりも、自分に他者を断罪する資格があるのかわからない。
人間の価値観は相対的なものだから、ある人々からしたら、俺は極悪無惨な人間なのかもしれないしな。
出来る事なら、自分が嫌だと思えることは、他人に対してやらかしたくはない。
どうしても承服できかねるときは、自分の識見、経験、言説、そして腕力の全てを総動員して、あくまで個として対峙しよう。
正義のお題目を唱えて、群れるのは趣味じゃないからだ。
今までも、そうしてきた。昔から付き合ってくれている読者諸君は、俺が時折みせるそんな姿を知っているだろう。

どんな情報も、いったん心の中の暗室に運び込み、闇の中で独りで向かい合わなければ、踊らされるばかりだと思えるのさ。

読者諸君、失礼いたす。出来る事なら俺は、誰かの価値観ではなく、自分自身の生活に基づいた、地に足の着いた価値観を持ちたいと思ってるんだ。

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