2015/01/12

Post #1377

Paris
早朝、粉雪の舞う中とぼとぼと帰ってきた。新聞が届いている。いつものように取り出して、何の気なしに一面を開いてみて、驚きかつ感動した。
パリが凄いことになっている。
100万人もの人々が、テロに屈しないとレピュブリック広場に集まり、3キロにも及ぶデモ行進をしたというのだ。その熱狂ぶりはナチスドイツからのパリ解放以来のものだという。

凄い。素晴らしい。こんなの見るのは、ベルリンの壁崩壊以来だ。
出来る事なら、俺もパリでそのデモに参加して、フランスの皆の衆に連帯を表明したかった。

ネットから引っ張ってきた写真を見ても、すごい人だ。
200万人くらいしか住んでないパリで、100万人のデモ行進って、すごいことだよ。
ほとんど世界史レベルのことが起きてるんだ。
つくづく、フランスの、いやヨーロッパの市民社会の成熟度に敬意を表するよ。
彼らにとっては、社会というのは、お上がうまいことどうにかしてくれるものではなく、自分たち一人一人の市民がつくり上げていくものだというのは、きっと『自明の理』なんだろう。
そして、その根底には、『自由、平等、博愛』という、フランスの国是が社会の根本原理として存在してるんだ。
なんて民度が高いんだ。
俺は、今回のテロで、俺自身が何度か訪れて感じたパリの最大の魅力、つまり誰がどんな価値観を持っていたり、どんな肌の色をしていようが、なんら構わない、それは個々の人間の自由だという、風通しの良い心地よさが、失われてしまったら悲しいことだと思っていた。
けれど、今回のデモのニュースを知り、パリジャンのエスプリは毫も揺るぎはしていないことが分かった。
こんなうれしいことはない。

そもそも、テロリズムってのは人々に恐怖を与え、委縮させ、人々を疑心暗鬼に陥らせて、社会を分断させることがその究極の目的だ。
確かに、デモをしたからといって、無惨なテロがなくなるわけではない。現に、同じ新聞には、アフリカで猛威をふるっているボコ・ハラムが、10歳ほどの女の子に爆弾を取り付けて、市場で爆破させて多くの人々を殺傷したという、憤る以外にないような卑劣なテロが報じられていた。
けれど、ヨーロッパの人々は、テロに屈しないという強い姿勢を示した。
それはとても心強いことだ。

読者諸君、失礼する。俺は、人間が人間であるというただそれだけで、尊重される世界が、いつの日かきっと来ると信じている。そして、いまを生きている俺たちは、その長くて遠い道のりの一歩を、日々歩んでいるんだ。

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