2015/02/26

Post #1422

Boudhanath,Nepal
ここんところ、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』ちゅう本が巷で大人気だ。
俺の予想では、今はメディアの連中も大騒ぎしているが、熱しやすく冷めやすい、そしてなおかつ忘れっぽい我が国の国民性を考えると、一過的なブームで終ることは間違いないように思える。
俺も近々、ブームに便乗してみすず書房から出ている翻訳書を買って読んでみようと思ってるんだれど、いかんせん完膚なきまでに金がないので、もう少し先延ばしというわけだ。読んでもいないのに俎上にのせるとは、俺もなかなか肝が据わっているってもんだ。ダッハッハ!

ピケティ氏の言っていることは、方々で紹介されているし、高額でページ数の多い翻訳書だけでなく、柳の下の泥鰌的な多くの解説書が出ているので、いちいちここで俺が説明するような事ではないだろう?
けれど、報道等で目にするところから大まかに言ってみれば次のようになるようだ。

①資本は富裕層に集中してゆく。

②これによって、社会の格差は拡大していく傾向にある。

③社会の格差が拡大してゆけばしてゆくほど、経済的な成長は鈍化する。

④それを防ぐには、逆累進性が強い消費税を見直し、累進性の強い所得税に力点を置き、富裕層の富を、再分配する必要がある。

陋巷暮らしの貧民にして、一を聞いて十を知る(が、2から8が抜けている)と言われている俺からすれば、全て自明の理なんだけれど、アカデミズムの世界ってのは仮説を立て、データに基づいて検証し、その上で初めて世に出され、評価されるというものだから面倒極まりないものだ。
余談ながら、俺が世間一般でイマイチ評価されないのは、その地道な努力が欠けているからだって思えるよ。
とはいえ、マルクスの『資本論』(俺は挫折したけどね)は、膨大な例証を積み重ね、その事実の重みによって論を展開していたし、いかなる学問というものは、思い込みを排して、謙虚にデータに向かい合うことが必要なんだってのは、よく理解してるつもりだ。

だからこそ、トミー(トマってのはトーマス=トミーのフランス語読みだからね)の労作を、近々手に入れて読んでみたいと思ってるのさ。
たまには、地道な努力をしてみるつもりさ。

今日まで歴史も経済も、歴史の舞台上でスポットライトを浴びる人間や、巨大な資本を操り世界経済の潮流を左右してゆくようなパワーを持った者たちをテーマにおいて語られることがほとんどだった。
しかし、世界を本当に構成しているのは、一見、自分のことしか考えないような、フツーの人々が大半なんだ。そして、フツーの人々なんてのは、世界でブイブイ言わせている富裕層の方々からご覧いただくと、アリンコみたいなとるに足らないものに見えるのかもしれない。
その証拠に、発展途上国の経済や政治は、先進国の経済や政治に常に翻弄されてきたし、庶民の感覚が、政治に反映されることはほとんどない。この日本では、政治家なんてうなるほど資産を持っている富裕層にしか勤まらないものだからだ。

そして、俺たちの社会は行き詰っている。水面下で秘かに、新たな階級社会へと近づいている。
いやぁ、参ったなぁ…。
希望は戦争しかないとか、イスラム国に憧れるだとかってのも、そんな社会の閉塞した退行的な動きへのリアクションだと思えるぜ。

そろそろ俺たちは、大多数の貧乏人を基準にして、社会を考えていかなければ、どうにもならない時期に差し掛かってるってことさ。

読者諸君、失礼する。忘れたころに、この本について触れることだろうさ。どんな学問だって、人間の幸福に役立たないようなものは、世界をよりマシにしないようなものは、何の意味もないのさ。

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