2015/03/04

Post #1428

Bhaktapur,Nepal
毎度おなじみネパールの古都バクタプルでゴムとびに興じる子供たち。

俺が子供の頃の日本の子供と、全く同じだ。
この子たちの将来に、幸あれ!
そういえば、最近ゴムとびやっている子供なんて、とんと見ないもんだな。
みんな妖怪ウォッチでもやっているに違いない。結構なこった。


3月の俺は、どうにも殺人的な忙しさだ。
馬車馬のように休みなく働く羽目になりそうだ。
冗談じゃない。俺は働くために生まれて来たんじゃないんだ。
しかし、遊び暮らすにもこれまた金が要る。それに、託された仕事を放り出しては、俺の男がすたるというもんだ。
まったく悩ましいことだ。俺の永遠の課題だ。

俺は仕事も遊びも、ほどほどなんて出来やしない。いつだってなんだって、全力疾走だ。散々使ったマヨネーズを、チューブから絞り出すようにして生きてるんだ。時折憂鬱になって、全力で失踪したりしたくなるけどな。

うっかり気を抜くと、仕事に忙殺されて、道行く街の人々と同じ男に成り下がってしまう。
鏡に映った自分の顔を見て、目に力を込めてみる。
怪しい眼光が光り出す。
全然OKだ。
歳食った非行少年がそこに潜んでいるのが解かるのさ。ブルースとグルーヴがぐるぐる渦巻いている。
俺はスペシャルな奴だ。間違いない。痴漢の漢と書くほうのおとこだ。それでこそ、君たちに恥ずかしくない大馬鹿野郎だ。

俺が、社会に対して自分が納得できないことを、自分の言葉で異議申し立てする気概を失っていない限り、俺は並の男に成り下がったりはしないんだ。
異論はあるだろうが、俺的には特上だ。
もっとも、財布の中身はサイテーレベルだがな。

俺はいつだって、イギリスのストリートアーティストのバンクシーや、フランスのストリートアーティストJRの活動を見たり、イギリスの社会活動家にしてフォークミュージシャン、ビリー・ブラッグや、一昔前のレイジ・アゲインスト・マシーンの音楽を聴いたりすると、それぞれにやり方は違うけれど、彼らが持っている社会に対して挑戦してゆく気概ってものに、心を打たれる。思わず泣けてくるくらいだ。歳を取ると、涙腺と膀胱が緩くなるのさ。
音楽なりアートなり、それぞれが選んだ武器で、時に激しく、時にユーモラスに、時には優しく諭すように、世間の皆さんの意識を揺さぶり、世界を少しでもマシにしようって誠意を感じる。

いくら仕事が忙しいからって、俺が彼らに共感を感じなくなったり、自分の内側のささやかな、しかし硬質な気概を失ってしまったら、俺はおしまいだ。
そして、俺はまだまだおしまいになる気は、サラサラないのさ。
そして、俺は自分の武器として、気が付いたらバールやこん棒やマシンガンじゃなくて、カメラを握っていたんだ。
この人生、行けるところまで、行ってみるつもりさ。老後の資産のことなんか、考えて暮らすような、しみったれた生き方は御免蒙るってもんさ。生きていけなくなったら、さっさと死ねばイイのさ。自然なこった。後のことは、君たちに託すよ。

読者諸君、失礼する。今夜も俺は大忙しで働いているのさ。また会おう!

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