2015/03/07

Post #1431

HomeTown/Nagoya
最近、このブログにロシアからアクセスが多い。
どうにも半分以上がロシアからのアクセスだ。
別にロシアで大人気なわけじゃない。
訳の判らんスパムかなんかが、連日ドバドバ送り付けられているだけのことさ。
ひょっとしたらプーチンが次に暗殺しようと考えてるのは、俺なのかもしれないがね。
おかげさんで、PVカウンターの数字だけは水増しされて伸びている。
まぁ、実際にコメントくれたり何らかのリアクションがない限り、君が辛抱強く読んでくれていても、ロシアからスパムが送られてきていようが、俺にとっては同じようなものさ。
だから、さみしい中年スパークスに、コメントでもくれてやって楽しませてやってくれ!
いつだって、迅速かつ誠実に対応させてもらうぜ。

先日、俺が憤慨していたブロガーの新しいアダルトコンテンツポリシーは、実施されないことになったそうだ。
よかった、よかった。これで俺のこのブログもしばらく安泰だ。相変わらず読者は少ないけどね。

ざまぁ見ろ!

きっと俺のように、各々の表現の自由を守りたい奴らが、ブースカ不満の声を上げたんで、グーグルも方針を見直すことにしたんだろう。
よかったな。どいつもこいつも型苦しいことばっかり言いやがって。
All Good Thing Is NASTYなんだ。憶えとけよ!

俺ははっきりここで言っておきたいのだけれど、いいかなぁ?

どんな物事にも、人間が絡むことには大なり小なり性的な要素が含まれている、ってことだ。

そして、もう一点。

充実したセックスくらい、多幸感を人間に与えてくれるものは、他にないんじゃないの?ってことだ。
それを、不謹慎だの、セクハラだの何だのって抑圧ばっかりするもんだから、世の中なんだか息苦しくなっちまうんだよ。
確かに、多幸感があるから、習慣性強いのは間違いないわなぁ。しゃあないわ。
しかし、性的なことが罪深いってのは、そもそもどっから来た考えなんだ?

江戸時代までの日本人は、性的にあけすけで、スケベなことに関しては、世界トップクラスだったはずだが。
やはり、明治維新以降、ヨーロッパからキリスト教を基盤とする欧米の文化が入ったことからだな。
ヨーロッパの文化ってのは、キリスト教が基礎になってるんだけど、そいつがいろいろと抑圧するもんだからな、いろいろとビザールな文化が発達してるのさ。SMだってその一つだろう。いろいろと考え出すとそれはそれでおもしろそうだが、長くなるのでやめる。ただ、キリスト教の禁欲的な宗教態度空の影響で、あんまりストレートに性を愉しむってカンジじゃなくって、背徳的で淫靡なカンジになってるわけだ。

ニーチェは、『ツァラトゥストラは斯く語りき』のなかで、ツァラトゥストラをして、『イエスがもう少し長生きしたなら、大地を愛すること、笑うことを憶えたはずだ』みたいなことを言っていたけれど、そうかもしれないな。
天上の清浄さよりも、大地の混沌と豊穣を愛することは、相手のむさくるしさを受け入れて、それをいとおしむことと何ら変わりないだろう?
そして、その果てに、笑いと喜びがあふれてくるものさ。
十字架の上のイエス様の像には、確かにそういった世界への肯定と、その末の哄笑は見当たらないな。
いかがわしさの欠片もない。
しかし、世界はいやらしく、いかがわしいものだと思う。そしてそのまま同時に、崇高で美しい。
いいセックスをすれば、その意味が分かるだろうよ。
どんなに気取ってみても、親父とおふくろが二人なかよくおめこして生まれて来たってのは、人類みな共通だろ?
そこには宗教も民族も関係なけりゃ、貧乏人も金持ちもなんら違いはない。

大昔の都都逸にもこんなのがあるぞ。

楽は苦の種 苦は楽の種 ふたりしてする人の種

OK、それが解かったらみんなお互い仲良くしようじゃないか。

読者諸君、失礼する。だいたい、そういうことをやかましく言う奴に限って、むっつりスケベだったりするもんだろ。嫌になっちまうぜ!

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