2015/03/18

Post #1442

Praha,Czech
道端の木蓮の蕾がふくらんできた。
もう少しで、俺の好きな木蓮の花が咲くだろう。
白い木蓮は、ヴェルヴェットのような花びらが、清楚な女性の姿のようで、大好きだ。
紫色の木蓮も、艶やかでいながらも、少し人見知りな女性のような可愛らしさがある。
俺は、桜のこれでもっかっていう美しさより、木蓮の大振りだけれど、それでいてひっそりとしたたたずまいが好きなんだ。

やっと、春が来る。

暖かな日差しの中、昨日はアパートの階段の踊り場で、煙草を吹かしながら口笛を吹いていた。
心地いいのさ。
実は俺、口笛の名手なんだ。息を吐いても、息を吸っても、自在に音が出せる。そういえば、口笛を吹いて歩いてる奴なんて、俺以外に見たことがないな。たぶん、みんな俺のように自由自在に吹くことが出来ないんだろう。人生の楽しみ、半減だ。
いつだって、心の中に流れる旋律を、俺は自分の体一つで奏でることが出来るのさ。
そうして手を叩けば、リズムが生まれるんだ。
俺の頭の中には、いつだってゴキゲンなロックが流れているんだぜ。
そいつが俺を躍らせるんだ。
先日出たばかりのノエル・ギャラガーのアルバムの中から、お気に入りの曲を吹いていたのさ。
いつだって、渦巻く思いは、大好きなロックの形を借りて、俺のなかから吹き上がるのさ。
自然と腰も動いちゃうってものさ。

すると、どこからか『こんにちは』って小さな声がする。

俺は周囲を見渡した。
俺の目は近視で乱視で老眼+1だそうだが、心の目が肉体の欠陥を補って余りあるのさ。
声の主は、すぐに見つかった。
俺のアパートの向かいのアパート、一本道を挟んだ向う側の二階の部屋。
その部屋の窓に、小学三年生くらいの小さな女の子が、俺をじっと見ているんだ。
俺も『こんにちは』って手を振ってやったら、彼女も小さく手を振った。
嬉しそうに笑っているのがわかる。
しばしばおっかなそうなおかあちゃんに、叱られている女の子だ。何度か見たことがあるぜ。

俺はいつだって、子供たちの興味の的なのさ。
どうやら俺のようなロックでファンキーな大人は、そうそういないみたいだからな。
ひょっとしたら、子供たちには、大人には見えない何かが、俺の身体から陽炎のように立ち上ってるのが見えるのかもしれないぜ。

彼女は、イイ年をしたおじさんが、口笛を吹いて、独りで愉しそうにしているのが、よほど不思議なんだろう。
けど、何の不思議もないんだぜ。
心の中でロックが鳴っているときには、俺はいつだってゴキゲンなのさ。
俺には、俺以外のおっさんたちが、ちっともゴキゲンそうに見えなくて、いつも疲れた顔をしていることの方が、よほど不思議さ。
せっかくの人生がしおれてるぜ。
俺はそんな生き方は御免蒙る。
いつだって、サイコーな俺でいたいんだ。
第一、そんなふうにしおれていちゃ、君に申し訳がないぜ。恥ずかしいことさ。

俺はにっこりと笑ってから、口笛に合わせて手を叩き、リズムをとってみた。
ちょっと子供には複雑なリズムだ。ついて来れるかな?

すると彼女も、見よう見まねで手を叩く。

楽しそうだ。いいぞ。

俺の中からは、クラッシュやキンクスとか、懐かしいブリティッシュ・ロックが次々溢れてくる。俺はそのメロディーを口笛で奏で、手を打ち鳴らし、ステップを踏み、リズムを表現する。
春の風にのって、俺の口笛は通りをどこまでも流れていく。
女の子は、つられるように手を叩く。

OK、心の中にグルーヴがあれば、水に入っても濡れることもない。これはP-FUNKの総帥、ジョージ・クリントンの名言だ。
小さな君に、俺のグルーブを分けてあげよう。これはどんなに分け与えても、一向に減らないものなのさ。物理法則を超越してるんだ。
君がこれから生きていくあいだ、くじけそうになったって、心の中にグルーヴさえあれば、心が折れる事なんてないはずだ。
さぁ、その小さな手を叩け!

俺は今朝も、その子にあったぜ。学校に出かけるところだったんだろう。俺は雪駄を履いて、不燃ごみを捨てに行った帰り。
彼女は『おはよう』と手を振っていた。俺も手を振って『おはよう!』って挨拶したのさ。

読者諸君、失礼する。今日は15時から打合せがあるんだ。それまでにしっかりと眠って、連日の夜勤で摩耗した肉体を、しっかり休めなけりゃならないんだ。けれど、どれだけ疲れ果てていたって、胸のなかにはグルーヴがとぐろを巻いているのさ。君にも分け与えてあげたいよ。

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