2015/03/20

Post #1444

Paris
先日、蕾だった木蓮が、昨日の雨が上がった途端に、満開だった。
毎日春を実感する。歩く度に、花の薫りに誘われて、心浮き立つような気分が湧いてくるのさ。

しかし、陽気がよくなると、おかしな奴がたくさん出てくるようになる。
毎日、新聞を開くたびに、奇妙な出来事ばかりなのに驚き呆れる。
この国のことだ。
自分の国の国民が、海外でテロにあって亡くなったというのに、『危険なところへ行くやつが悪い』というような発言を垂れ流す阿呆な大臣。
海外の邦人を救出するために、自衛隊の運用法規を変えようと躍起になっている政党の人間の言葉とは、さらさら思えないね。
きっと、そんなのは憲法を骨抜きにして、アメ公の戦争の片棒担ぎをするための口実だけで、実際に海外で国民が危機に巻き込まれたとしても、そんなところへ行くやつが悪い、自己責任だとおっしゃって、見捨てることになるに相違あるまい。
後藤さんの時も、結局見捨てたようなもんだったしな。

日本の政治家は、どんな阿呆なことを思い付きで抜かしても、いやいやいや、言葉が足らなかったんだ、発言を撤回するよ、陳謝します、ご不快に思われたなら申し訳ない、といえば、誰からも追及されない、ぬるい商売だ。
普通の社会では、言ったからには自分の言葉に責任を持たなくちゃなるめぇが、信義ある言葉を武器にしているはずの政治家の世界では、何を言っても、無かったことにですんじまうんだから、驚くよりもうんざりするぜ。
何かを言うということは、自分の立ち位置を明らかにすることだ。そして、何かを言えば、それに対する責任が生じる。つまり、自分の背後に、ここから後ろには退けないという線を引くことだ。仕事だろうが、女の子相手の睦言だろうが同じことさ。ましてや、国のまつりごとを担う人間の言葉が、そうやすやすと無かったことに出来るはずがないだろ?
知ってるかい?言葉には言霊が宿っているんだぜ。

自民党と安全保障法制の改革に合意した、平和の党・公明党。
奴等は、いつだって創価学会の信者とその他大勢の国民に、軽減税率だの平和の党だの、自民党のブレーキ役だのと、やり抜く気概もないようなきれいごとを並べて、自分たちをよく見せておきながら、いつだってそんなのポーズだけで、必死に政権にしがみついている薄みっともないドぐされ集団だが、今回もなんだかんだ言って、自民党に丸め込まれやがった。予定通りだ。
とりあえず、議論したっていう自民党のアリバイ作りのために政権にいるんだろうよ。
とっくに看板倒れしている理念を掲げながら、とりあえずごねてみるだけみたいなのはとっとと止めて、今すぐ連立解消して、下野したらどうなんだい?

1票の格差が、2倍以上でも憲法違反じゃないという判決を下した東京高等裁判所。
ということは、都市部の人間の政治的な権利は、ド田舎の人間の半分以下ってことか。
田舎の人間の政治的な価値は、都市部に住む人間の倍もあるってことだ。
都市部から吸い上げた税金を、田舎にじゃぶじゃぶつぎ込むのは、田舎のじんさん、ばあさんの人間の値打ちが、大都市で生きている人間の値打ちより、倍もあるからだってことだよ!

これは、民主主義の根幹にかかわることなんだが、それがこんな有様でいいってんだから、民主国家が聞いてあきれるぜ。

司法も、立法も、行政もすべて腐ってるぜ。
民主主義と三権分立の名のもとに、こんな無法がまかり通る世の中だ。
もしくは、世の中のことなんて、自分にはカンケーないし、関係があっても何も変わらないって、考えることを放棄してしまう奴ばかりになっちまっても、テロリズムという直接行動でしか、この世の中は変わらないって思い込馬鹿野郎がごまんと出てきても、ちっとも驚くような事じゃないのさ。

読者諸君、失礼する。俺はバカバカしくてやってられないぜ。もう眠らせてもらうとするぜ。腹が立って、眠くもならないぜ。

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