2015/04/01

Post #1456

やあ、こんばんわ。Sparksです。
今日は少し趣向を変えてみた。
なんといっても、エイプリルフールだしな。
俺は46歳だけど、まだまだこんなんだ。
とんでもない馬鹿野郎なんだ。並の男じゃない。
自分でも呆れるぜ。
けど、この退屈な日本に、こんな奴が一人や二人いたって、かまわないだろう?
そうは思わないかい?

若いころ、ずっと憧れのロックスターみたいになりたいと思っていた。もう30年も前のことだ。
けれどある時、ここまで歩いてきて、あっちに頭をぶつけ、こっちに足を取られしてきて、ふと気が付くと、自分は自分自身にしかなれなかったことに気が付いた。

それでいいのだ。

そう気が付いたら、他人に対しても寛容になれたような気がする。

さて、俺のことを左翼と呼ぶ奴が多い。
俺自身は、中道左派だと思ってはいるが、極左とか左翼とか言われるのは心外だ。
共産党は選挙のたびに投票しているけれど、たまたま俺の考えに近いというだけで、共産主義者になったことはないつもりだ。
俺はどちらかといえば、無政府主義者だし、コスモポリタンでありたいと思っているんだ。
もし俺が、左翼だ、共産主義者だといわれるのなら、俺の好きなカート・ヴォネガットの小説の一説を引用したい。

『そう、ぼくの考えていることは、大多数の人たちにいわせれば、たぶん共産主義思想ということになるでしょうね』エリオットは無邪気に答えた。『だってそうじゃないですか、おとうさん。貧乏人の中で働いていれば、だれだってときにはカール・マルクスにかぶれずにはいられませんよ。―そうでなければ、いっそ聖書にかぶれるかだ。ぼくはそう思うんですが、この国の人たちが平等に物を分け合わないのは恐ろしいことです。こっちの赤ん坊は、このぼくがそうでしたが、広大な地所を持って生まれてくるのに、あっちの赤ん坊はなんにも持たずに生まれてくる―そんなことを許しておく政府は、不人情な政府です。ぼくにいわせれば、いやしくも政府と名がつく以上、せめて赤ん坊にだけは公平に物を分配してやるべきです。それでなくても人生は苦しいのに、貧乏人はそのうえお金のことで病気になるほど心配しなくちゃならない。もっとうまく分配をしさえすれば、だれにもたっぷりゆきわたるだけの品物が、この国にはあるんですよ』
(『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』早川文庫刊 浅倉久志訳 P137)

俺は、長い間、貧乏な連中のなかで暮らしていた。
今もなお、そうかもしれない。ルイヴィトンやシャネルやフェラーリになんか、まったく縁がない。まぁ、君もそうだろうとは思うけれど。それどころか、自分の家も、ローンもない。銀行が相手にしてくれないからだ。

けれど、かまわない。

そうやって、俺は俺になったのだから。
考えなしに浮かれまくって勇ましいことを言い、戦争になったら真っ先にひどい目にあうのがこの貧乏人だ。だから、平和がイイと思っているのさ。
なにしろ貧乏人は、政府からも見放されている。貧乏人は、じぶんよりひどい境遇の人間を見つけて、優越感と安心感に浸るしかない。

さみしい世の中だ。
そんな世の中が、面白くないと思っているから、俺は世間から左翼呼ばわりされてしまうのだ。

ほんとの俺は、そんなイデオロギーなんかに振り回されたくないし、どんな組織にも属したくない。
個人で独立して世間に対峙してゆきたいと願っている一人のおっさんなんだ。

それを強いて名づけるなら、Free Thinker、自由思想家さ。

読者諸君、失礼する。

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