2015/05/31

Post #1516

Copenhagen,Denmark
本日、写真のみお送りしよう。こんな写真のどこが面白いというのか?
五月も今日で終わる。

読者諸君、失礼する。And I'm getting old.

2015/05/30

Post #1515

Boudhanath,Nepal
自分が本当に思いを伝えたいあの人に、何も伝わっていないように思えるもどかしさ、虚しさ。そして、もの悲しさ。

あなたはどこにいるんだ?
俺は今日も、ここであなたを待っているのに。

読者諸君、失礼する。

2015/05/29

Post #1514

Hong Kong
また一人、俺の大切な人が俺から去っていった。
まぁ何というか、潮時だ。金の切れ目が縁の切れ目だ。

仕方ない。どうだってイイさ。俺は名残惜しそうなそぶりもなく、じゃあなといって違う道を進んだ。
それだけのことさ。サヨナラだけが人生だ。

読者諸君、失礼する。人の心を手に取って、鎖につないでおくことはできないものさ。

2015/05/28

Post #1513

Home Town,Ichinomiya,Aichi
自分自身の心に真正面から向き合い続けて、ここでさらけ出し続けるのは、正直言えば、時に苦痛だと感じるよ。

読者諸君、失礼する。

2015/05/27

Post #1512

金城埠頭、名古屋
読者諸君、写真だけお送りしよう。失礼する。

2015/05/26

Post #1511

木蓮。俺の好きな花

しばらく、文章のほうは休ませてもらおうかと思うんだ。
どうしても書きたい時だけ、書かせてもらうってことで勘弁してもらえないかな。
そんな気分の時もあるさ。
ほんの数日なのか、1週間なのか、それより長くなるのか自分でもわからないけれど、しばらく写真だけでお茶を濁させてくれないか。

木蓮。しっとりとした姿の女性を思い浮かべる。

読者諸君、失礼する。いつかまた語り合おう。

2015/05/25

Post #1510

Sweden
ちょっと仕事で福井まで行ってきた。
片道160キロってところだ。別にたいした距離じゃない。名古屋人は自動車民族なんだ。燃料さえあれば、どこまでだって走ってみせるさ。
仕事自体は15分もあれば片が付くような仕事だった。行きは高速で行ったんだが、帰りは仕事がさっさと片付いたので、ひたすら下道を4時間ほど走り続けて帰ってきた。俺は知らない道を走るのが好きなのさ。人生だって同じようなものだろう?

どこもかしこも、真っ暗だ。試しに走りながらライトを切ってみると、まったく何も見えない。もし10秒もライトなしで走ってたら、峠道のガードレールを突き破って、あの世までドライブできるのは間違いないだろう。
けど、退屈しのぎに何度か試してみたけどな。わかっちゃいるけど、やめられないぜ。
俺には時折、人生がなんだか退屈に感じられるんだ。
退屈な人生を、退屈とも思わずに素直に受け入れることができるのが大人なんだろう。そうおもうと、俺は大人になり切ってないってことになるな。冗談じゃないぜ。
だから、あえて危なっかしいことをやってみたくなる。別に、俺が死んだからって、誰も大騒ぎしないさ。そういうことを言うと、またカミさんにこっぴどく説教喰らったり、泣かれたりして困るんだが、実際そんなもんさ。なにしろ、同級生の間では、俺は死んだことにされてたくらいだからな。

これを読んでくれてる君たちだって、最近そういえば更新ないなぁ。あいつ、仕事が忙しいんだろうな。それとも旅行にでも行ってるのかな、って思うのが関の山さ。何しろ、死んじまったら、こうして俺は死んだのさってブログに書くわけにもいかないしな。そりゃそうだろうよ。それが出来たらなかなかに痛快だ。


真っ暗な夜道を一人でひたすら運転していると、世界のなかで自分が独りぼっちだという気がしてくる。
誰にも必要とされずに、自分のことで精一杯になって生きているような情けない気分だ。
そして、しょせんどんなに突き詰めても、他人の事なんかわかりっこないのかなという気すらしてくる。
縁ある人々を理解したいし、信じたいけれど、どこまで行っても理解しきれないところはあるし、信じきれないところもある。他人なんだから当たり前と言えば、これほど当たり前のこともないな。
愛情とか、幸せとか、信頼とか、目に見えないものって、つかもうとすればするだけ、指の間からすり抜けていくように感じないかい?それは銀行の貸金庫にしまっておけるようなものじゃないからな。陽炎のようなものなのなんだ。

知れば知るほど、よくわからなくなる。
大切に思えば思うほど、どこか信じきれない思いが募る。

まったくおかしなものさ。そんなことって君にはないのかい?
だからと言って、はなっから理解する気もないし、信じる気持ちもない、自分のことで精一杯だし、他人なんて構っちゃいられないなんて開き直る気にもなれないんだ。

夜道を走りながら、俺は信と不信の間を行ったり来たりしているのさ。
それは、どこまで車を飛ばしても、どこにも帰れない、どこにもたどり着けない真夜中のドライブみたいだ。
相棒はスピーカーから流れるロックンロールだけだ。

けど、実際には長いドライブにも、必ず終わりは来る。こうして真夜中には家にたどり着いてるんだからな。
けど、俺の心のドライブは、いったいいつまで続くんだ?
こんな時、いつもシベリアの針葉樹の森や、アマゾン河やサハラ砂漠なんかに行ってみたくなるんだ。

読者諸君、失礼する。今日は午後から伊勢まで車を飛ばして仕事に行かなけりゃならないんだ。毎日ドライブだ。東奔西走だ。我ながらご苦労なこった。けど、そんな生き方が俺の性に合ってるんだろうよ。転石苔むさずって奴さ。いつか君のもとにたどり着きたいよ。

2015/05/24

Post #1509

Bremen,Germany 久々にこんなのを焼いてみた。
同窓会に行ってきた。

そもそもあまり乗り気ではなかったんだが、今回はしぶしぶながら行ってみることにした。なにしろ、俺の通っていた高校は、中高一貫の私立学校で、同級生は医者の倅だの結構な会社の社長だのなんだのかんだのって、羽振りのよさそうな連中が勢ぞろいだ。
そんな連中の中に、地虫のように世間を這い回ってきた俺がのこのこ顔を出しても、扇風機に糞をぶっつけたような気分を味わうことになるんじゃないかと思っていたのさ。

一応、俺だって社長なんだけどな。社員は俺しかいないけど・・・。

そんなわけで、気後れというか、世界が違うっていうか、そんな思いが先行してたんで、まったく乗り気じゃなかった。そんなに会いたい奴もいないし、そもそも俺、同級生のこと、ほとんど覚えちゃいないしな。卒業アルバムすら、若い時期のどさくさで失われてしまったんだ。

仕方ないだろう、高校を出たのが、1987年だぜ。
世界はまだ冷戦構造末期だった。ソ連があったし、ドイツは東西に分かれていた、そんな大昔だ。以来、ほとんどの同級生とあったことはない。
そういえば、卒業式も寝坊して、しかも雪が舞っていたんで、そのまま欠席した覚えがあるな。
いまさら、どうだってイイと思っていたんだ。
けれど、すっかり爺さんばあさんになった先生方が、一番印象に残ってるのは俺ということで、ずいぶん会いたがってると聞いたんで、仕方ない、冥途の土産に出かけてくるぜってことにしたんだ。

普段着でイイって聞いたんで、俺はいつものようにヒョウ柄の薄手のカットソーに、スキニーパンツ、パイソン柄の型押しを施した黒の革ジャン、そしてピンクのパイソン柄の横着そうな靴を履いて出かけたんだが、はめられた・・・。
こんな格好の奴は他には一人もいなかった。たいていどいつもこいつも、ジャケット姿だ。百貨店の紳士服売り場の広告に載ってるような、俺からすれば野暮ったい格好だ。日曜日のおじさん候だ。中にはスーツの奴もいる。

誰だよ、普段着でイイって言ったのは!もっとも、俺がスーツを着てきても、絶対にカタギの世界の人間に見えないからな。これでよかったのかもしれないな。まぁ、誰もかれも、俺のスタイルは、俺らしいといって受け入れてくれたからよかったがな。

結論から言うと、俺は死んだっていう噂が立っていた。冗談じゃないぜ。
これは、おもに女性たちの間でまことしやかに信じられてきたようだ。
もう一つの噂は、俺が作家になったっていう話だ。こっちは野郎どもの間にささやかれていたようだ。
どいつもこいつも、今の俺が、30年前のイメージと体型のまま現れて、いったい何をして暮らしているのかさっぱりわからなかったようだ。俺は職業を尋ねられると、『あててごらんよ?職務質問されると、おまわりはバンドマンか?美容師か?って聞いてくるけどね』ってはぐらかしてたからな。

一通り、名前と顔が一致する奴、向こうは俺を覚えてるけど、俺はすっかり忘れ去っている奴と挨拶をかわし、ホテルの11階の窓から外を眺めていた。
すると、誰かがすごい勢いで近づいてくる気配を感じて、俺は振り向いた。

そこには、小学校から同級生だったK子が、嬉しそうに立っていた。そうして、すごくうれしそうに俺が同窓会に来たことを喜んでくれている。俺は、女性にこんな風に扱われるのに慣れていないんで、きっと頓馬な表情で彼女を見つめていたんだろう。

相変わらず、可愛らしい。
へんに老け込んでなく、昔の少女時代のイメージのまま大人になっている。他のおっさんどもはわからなくても、この人だけはわかる。笑顔も、えくぼも、少し茶色いきれいな瞳も、昔のままだ。肌だって、きれいだ。
俺は世間の塵芥にまみれて、こんな体たらくだというのに・・・。

高校を卒業して、彼女はすぐに結婚したと聞いていた。今は東京に住んでいるという。
もう30年近く思い出すことすらなかった人なのに、も・の・す・ご・く、切ないような、照れくさいような思いが胸の奥から瞬間的に吹き上がってきて、俺は思わず一歩、二歩と距離をおいてしまう。
すると彼女はその距離を、一歩、二歩と詰めてくる。俺はまたまた一歩、二歩と動くが、それすらも彼女は詰めてくるんだ。いや、そんなに喜んでもらえると、ますます照れくさいじゃないか・・。
まだ素面だったんだが、何をしゃべったかまったく記憶にないくらいだ。まったく、この俺をそんな風にしちまうなんて、彼女は素敵な女性だってことだ。素敵な女性には、歳なんてカンケーないんだぜ。

他の同級生の女性には、軽口だってぶちかませる。けど、彼女にだけはちょっと照れくさくて、なんにも言えなくなってしまう。
俺にとっては別格の存在なんだ。
そもそも、俺が中学受験することにしたのは、この学校の数学教師の娘である彼女が受験するってんで、俺もその気になったわけだ。そう考えれば、彼女は今日の俺を作ったキーパーソンだ。

う~む、まいったなぁ・・・。こんなこと、予想してなかったぞ、俺。
俺は、照れくさく、会が始まっても、彼女から離れて座り、素面じゃやってられないぜって風情で焼酎をロックでガンガン飲み続け、誰よりも大騒ぎ、ゲラゲラ高笑いして、何度も椅子から転げ落ちていた。
まぁ、いつもの仲間うちの飲み会のノリ、そのままってこった。金回りでは負けてても、ノリにおいて俺の右に出るもの無しだ。俺自体が別格の存在だ。圧倒的なプレゼンスだ。良識ある人々には、まったく顰蹙ものだな。司会をやってた同級生に、名指しで注意されちまったよ。

他の同級生の女の子が、K子と話しておいでよって、何度も言ってくれたけれど、俺は恥ずかしいから、無理!って言って、焼酎をロックで飲み続けた。

会が終わって、一言二言彼女と言葉を交わした。ついでに携帯の番号も交換したけどな。
何とも言えない、恥ずかしいような、有り難いような、切ないような感情がこみあげてきて、泣きそうになっちまったよ。これから先、逢う機会なんてあるのかな?
やっぱり、もっと話しておけば良かったな・・・。

彼女たちは、女性だけでお茶をしに行くと言って帰って行った。
俺は二次会にもゆかず、一人電車に乗って帰った。
電車を降りて駅舎を出た途端、猛烈な吐き気に見舞われて、ロータリーの雨水マスのグレージングに反吐をぶちまけた。そうして、よろよろとタクシーに乗り込み、動き出したとたん、再度吐き気に見舞われて、車を止めてゲロはいた。

そうしてさっきまで、ひっくり返ってねむっていたのさ。あぁ、腹がすいて眠れないぜ。

読者諸君、失礼する。どうせ俺にはこんなのがお似合いさ。ロマンチックの欠片もないのさ。昔の彼女に反吐が出るって言われたことすらあるくらいだからな。

2015/05/23

Post #1508

Rabat,Morocco
本日、写真のみ。お送りしよう。そんな夜もある。
Rabat,Morocco
読者諸君、失礼する。いずれまた会おう。

2015/05/22

Post #1507

Bremen,Germany
今日も何も言いたいことはない。
君たちに取り立てて言うほどのこともない。
ここんところ、いろいろと立て続けに合って、落ち込んでいるわけでもない。
いつまでもがっくりしてるわけにはいかないからな。
なにしろ俺は今日もこうして生きてるんだから、OK、全然問題ない。なるようになるってもんさ。

昨日は久々に気心知れた仲間と、楽しく仕事をしたってだけだ。それはそれなりに充実してるよ。
けど、毎日こんなんじゃ、脳みそのしわがなくなっちまうぜ。顔や首筋にしわが増えるのは御免だけれどな。
もっと、俺を考え込ませるようなことが、次から次に起こってくれないかな。まったく、こんなんじゃ毎日が退屈で仕方ないぜ。
もっと、困難でへヴィーで、一息つく暇もないってくらいじゃないと、俺はどうにも退屈しちまうのさ。

読者諸君、失礼する。やれやれ、我ながら困った性分だな。

2015/05/21

Post #1506

Bremen,Germany
昨日は打ち合わせを二件こなすくらいしかやることのない一日だった。
仕事が暇だと、そんなことでもないと他人とほとんど話さないありさまだ。
こりゃ、偏屈で寂しい老後を迎えることになるだろう。間違いないぜ。
こんな俺をわざわざ訪ねてくるのは、生命保険のセールスのおばちゃんくらいだ。相変わらずおばちゃんには大人気だけどな。
こんな時に、君が訪ねてきてくれたなら、どんなに楽しい時間を過ごせるだろうか?
若い頃から俺はずっと反体制でやってきた。だから、俺には友人が少ないのさ。仕方ないぜ。何しろ俺は上っ面の話題だけが上滑りするような友人じゃ、退屈しちまうからな。本音の話で盛り上がりたいのさ。
昨日は初夏の陽気だったなとか、アマゾンからCDが届いたんだなんて話をしても仕方ないだろう。俺がする話じゃないのさ。だれか別の人にお任せしよう。

そうだなぁ、何か話題になるようなことはないかなぁ・・・。

そうそう、実は今度の土曜日に、高校時代の同窓会があるんだが、イマイチ気乗りしないながらも、つい出ることにしちまったんだ。まったくもって、金と時間を無駄にしにゆくのさ。会いたい奴もそうはいないし、俺の高校は男女の比率が7対3くらいだったから、集まるのはおっさんばかりだ。さえないぜ。
だいたい、何十年もあっていない奴らと話をしたって、お互い話題もないだろうよ。
なにしろ、俺の通っていた高校の連中ときたら、医者の倅とか、とにかくやたら金持ちのボンボンばかりだったからな。今となっては、反体制でドロップアウトの俺とは、まったく住む世界が違うのさ。
こりゃ、天気の話でもするしかなさそうだな。やれやれ・・・。それについては、また話す機会もあるだろうよ。

毎日なにか面白おかしいことがないとな。人生が萎れちまうぜ。
しかし、そんなことを言っていられるのも今のうちだけだ。俺にははっきりわかってる。今は自分を休ませて充電する時期だって。そんなときもないとな。

なにしろ7月になれば、長期出張ででかい現場が俺を持っているんだ。
漢の仕事だ。浮ついた奴なんてついてこれないぜ。
未だかつてない重責なんだ。しびれまくること請け合いだ。正直、今の俺の実力でやり切れるか不安で仕方ないけれど、こいつをやり遂げれば、俺の仕事のレベルはまた何段かステップアップすること間違いないだろう。七転八倒してピンチを切り抜けるのが楽しみだ。
ワクワクするぜ。
だから、いま大してすることがなくったって、その長丁場を思えば、その手持無沙汰を愉しめばいいってことがよくわかる。これでいいのさ。

まぁ、どこでどんな現場と格闘することになるかなんてことは、ここには書けないけどな。こう見えて俺にだって、仕事上の守秘義務ってのがあるのさ。
そして、その現場を何とか切り抜けることができたなら、そのあとは息継ぎする間もなく、来年の3月まで、次の仕事が固まっているんだ。走り出したら気を抜く暇なんてありゃしないさ。

俺はいつも思ってることがあるんだ。
何をって?
そう、どんな仕事でも、目の前のことに精一杯取り組まない限り、次のステップに進めないんだってことさ。俺はそれをいつも自分に言い聞かせてるんだ。
だってそうだろう?どんなにでっかい夢を抱いていても、目の前のことに真剣に取り組まない限り、前には進めないんだぜ。当然、その夢に行きつくことなんてできっこないさ。

言ってみれば、説教好きな親父が、居酒屋で一杯やりながら言いそうなくらい月並みなことだけど、それが間違いないってことが、俺には経験的にわかってる。どうしてって聞かれると、苦労自慢みたいになるから、あえて言いたくないけどね。だって、過ぎてみれば、どんな苦労も笑い話だから。そうじゃないかい?

読者諸君、失礼する。今日はなんだか散漫な話になってすまない。まぁ、そんなときもあるってことさ。

2015/05/20

Post #1505

Hamburg,Germany
ハンブルグの駅前広場で、列車の乗り継ぎの間に煙草を一本吸おうと外に出てみた。
ドイツのというか、ヨーロッパの鉄道では、列車内の検札が主流なので、改札はなかったりする。
近距離列車では、検札も改札もなかったりするから、いったいどうやって不正乗車を取り締まっているのか疑問だ。
それはまぁいい。
俺は煙草を吸う前に、そのあたりの露店をそっと写真に収めたりしていたんだ。
誰にも気が付かれないはずのノーファインダーでだよ。

すると、10メートルほど離れたところから、見るからにうすのろといった雰囲気の太ったさえない男が、モグモグとケーキのようなものを鷲掴みで頬張りながら、俺めがけて近寄ってきた。

これは厄介なことになったな。俺は正直そう思った。

今回のヨーロッパ旅行では、写真を撮っていてトラブルらしいトラブルは一度たりともなかったんだが、旅の最終コーナーに差し掛かったところで、こんな訳のわからん男に写真を撮っているところを見咎められてトラブルになるのは御免だった。
なにしろ、いくらかどんくさそうだとはいえ、いざ揉め事になったなら、俺と相手には体格差がありすぎる。体格差をカバーするなら、奇襲攻撃で急所を躊躇なく狙わねばなるまいが、そうなったら、間違いなく警察沙汰だ。ますますやっかいなことになる。それにこっちには、でかいトランクだってあるから、行動の自由が効かない。走ってトンズラできないのだ!
カミさんときたら、不穏な気配を感じたのか、タバコの煙が嫌なのか、すっと何処かに離れて行ってしまった。さすがだ。

男は、相変わらずケーキをもさもさ喰らいながら、俺のカメラを指して何事か語り掛けている。
しかし、挨拶くらいしかわからないドイツ語の上に、その男は口の中いっぱいにケーキを詰め込んでもぐもぐやっていやがるので、何を言いていのかさっぱり要を得ない。

しかし、どうやら男は俺に『あんた、い、いま写真撮ってただろう?お、俺の写真もとってくんねぇか?』みたいなことを言っているようだった。

いやぁ、こういう奴の写真を下手に撮ると、撮ってから金を払えとか言われかねないなと思った俺は、首を振り、写真なんか撮ってないと意思表示し、手を彼の前で振って、君の写真を撮る気もないってことをゼスチャーで伝えたんだ。
そうして、さも俺は単に煙草を吸いたいだけなんだって風情で、無造作にポケットからラッキーストライクのボックスを出し、箱に入ったままの煙草を歯で咥えて引っ張り出し、煙草に火をつけた。

男の興味は、俺の吸う煙草に移ったようだ。
物欲しそうな目つきで、煙草をじっと見ている。俺が風に乗せるように吹き出す煙を、じっと見ている。
俺は、煙草の箱から一本抜出して、男に差し出した。

男は、まだ残っていたケーキを必死の形相で口に押し込むと、クリームまみれの右手の太い指で、煙草を受け取った。
その時俺は、男の左腕が軟質な素材で形成された義手だということに気が付いた。
そして、無性にこの男を写真に収めたくなった。

俺がカメラを目の高さに挙げて、ちょっとうなづくと、男にもその意図が通じたらしく、口の中のケーキを何とか飲み下し、精一杯胸を張ってポーズをつけた。俺は覚悟しろと念じながら、写真を撮った。

それがこの写真だ。男の右手には、俺からもらったラッキーストライクが挟まれている。

そうしてこの後、風の吹き抜ける中、男の懐にライターを突っ込み、奴の煙草に火をつけてやったのさ。煙草一本のやり取りで、何とも言えない親和が、俺と男の間に芽生えたのを俺は感じていたんだ。

俺はいつでも人間を見るとき、その過剰や欠損にまず目が行ってしまう。そして、それがその人間の人生や人格に、どんな影響を与えているのか、考えこまずにはいられない。


読者諸君、失礼する。しかし、精神や欲望といった目に見えないものの過剰や欠損は、どう見抜けばいいのか。できることなら、それがわかる感受性が欲しい。もっとも、俺自身もある意味で、そう言った過剰や欠損を精神に宿した、一種のカタワだと思えるよ。

2015/05/19

Post #1504 Farewell, My Lovely Camera

 のっけから、タイトルはレイモンド・チャンドラーの名作ハードボイルド、『さらば愛しき女よ』のパクリだ。
そう、今日はまさに『さらば愛しきカメラよ』なのだ。
そのカメラとは、これだ。
カメラに興味のない人は、すまん。勘弁してくれ。
しかし、カメラを手放すことは、俺にとっては身を切るように辛いことなのだ。
わかっておくれよ。
Fuji TX-1 with TX-30f5.6
日曜日の車の事故は、本当に凹んだ。精神的に打ちのめされた。
先日、任意保険の更新があって、2年前の事故のおかげで、保険料が上がったと家人に小言を言われたばかりだったので、ますます落ち込んだ。

Nagoya Station
仕方ない。仕事もぽつぽつと入っては来たが、まだ弱い。7月から来年の3月まではがっちり固まっているのだが、この5月6月はさっぱりだ。先が思いやられる。
そこで、痛恨ながらカメラを一台売却してきた。
それがこのカメラだ。

フジフィルムが、天下のハッセルブラッドと共同開発したカメラ、FUJI TX-1だ。もちろん、35ミリのフィルムカメラだ。当時は、35ミリフィルムで中判並みの画質が得られるということで、驚異のカメラだった。まったく、今となっては前世紀の遺物だ。
泣けてくる。
これは俺が発売と同時に、珍しく新品で買った思い出深いカメラだ。20世紀の終わりごろだったろうか?その割には出番が少なかったがな。

このカメラは、そりゃ凄いカメラだった。
ライカなんかと同じレンジファインダー・カメラだ。つまり、ファインダーの中に映っている二重像を、レンズのピントを調整することで一つに合致させてピントを合わせるというカメラだ。
三角測量の原理の応用だ。
この手のカメラは、基線長が長いほど、ピント精度が高いとされている。と言っても、デジカメ全盛の昨今、そんなこと言ってもよくわからないだろう。つまりファインダーともう一つの対物窓の距離が長いほど、ピントの精度が高まるということなのだ。
しかし、それにしてもこのカメラは横に長い。
この横に長い独特のフォルムがこのカメラの特殊性を物語っている。

工業デザインの世界では、形態は機能が決定するという鉄則がある。
人間にやさしいデザインなんて糞くらえだ!使いにくいものをうまく使いこなしてなんぼじゃろう!
このカメラは、35ミリフィルムの二コマ分を使って24ミリ×65ミリという大画面のパノラマを撮影することができ、しかも通常の24ミリ×36ミリの画面の撮影も、ボタン一つで切り替え可能なカメラで会ったのだ。
当時は、35ミリフィルムの上下をカットし、格好だけパノラマに見せかけるカメラが大流行していたのだが、このカメラは通常の35ミリの画質で、良好なパノラマ画像を撮影することができ、なおかつ、フィルムの途中で自在に通常サイズと切り替えることが可能であったのだ。

なぜそんな荒業が可能なのかと言えば、フィルムゲートの両脇に、切り替えスイッチに連動する羽が左右についており、これが開いたり閉じたりしてフィルムのサイズを切り替えるわけだ。
そこで、普通に考えるとフィルムの途中で切り替えると、フィルムのコマとコマの間が空いてしまったり、重複して二重露光になってしまうのではという疑問が出てくる。
少しフィルムカメラをいじったことがある人ならすぐに思い浮かぶだろう。
そこは世界レベルのカメラメーカーであるフジフィルムだ。
このカメラは、まず最初にフィルムを装填すると、フィルムの長さを計測しがてら、フィルムをすべて巻き上げ、これを巻き戻してゆくシステムになっているのだが、これによって、フィルムの残りのコマ数を計算しながら、画面が切り替えられるたびにフィルムのコマ間が適正になるように、少しづつ巻き上げたり、巻き戻したりするという、非常にお利口さんなカメラなのだ。こんなイカれたカメラは、このカメラとこの後継機種TX-2しかない。俺は、ニンゲンでも道具でも、常識外れにイカれた破格な奴が大好きなのさ。そして、このTX-2すら、出荷は2006年に終了している。それも時代の流れだ。

ううっ、こんなカメラを手放してしまうとは、俺、不甲斐ないッたらないぜ。

Nagoya Station
このカメラに、装着するレンズ、Super EBC FUJINON TX-90(90ミリf4)とSuper EBC FUJINON TX-45(45ミリf4)そして、中古で30万くらいで買った銘玉Super EBC FUJINON TX-30(30ミリf5.6)の三本をセットで持っていたんだが、これを泣く泣く叩き売ってきてのだ。

上に挙げた写真は、TX-30を使って撮ったっものだが、このようにパノラマモードにすると焦点距離は16度ほどに相当し、およそ角度にして94.1度の画角を得ることができる。
これは、人間の視角視野におおよそ匹敵するもので、非球面レンズの採用により、非常にひずみの少ないシャープな画像を得ることができるのだ。
もちろん、45ミリや90ミリも素晴らしいレンズだった。

まさに珠玉のレンズたち。たまらん。L=TX-45、C=TX-30,R=TX-90

古くからお馴染みのカメラ商さんは、精一杯の金額を出してくれた。しかも即金で。
ありがとう、熊沢さん。

いくらで買って、いくらで売ったってのは、詮索しないで頂戴ね。そういうことは言挙げしちゃいけないのが、この世界の不文律だから。

俺の秘蔵のカメラは、自分の会社を立ち上げるときにも何台か売られていった。そしてまた一台、箪笥の肥やしになっていた名機が、俺の手元から去っていったのだ。
自分の不甲斐なさに、泣けてくるというものだ。
せめて、誰かもっと使ってくれる人の手に渡ることを祈るばかりだ。

俺の尊敬する世界企業IKEAの創業者、イングヴァル・カンプラード氏は世界的にもまれな成功をおさめた企業家であるけれど、常々その子供たちにこう言い聞かせていたという。
『本当におまえが欲しいのはこれなのか。本当に欲しいのか、買う価値があるものなのか、しっかり考えたのか。それを買ったら、手元にお金は残らないぞ。』(ノルディック社刊 バッティル・トーレクル著、楠野透子訳『イケアの挑戦 創業者は語る」313ページより)

この言葉をもっと若いうちに知っておけば、現在、こんな不甲斐ないことにはならなかっただろう。
少なくとも、このイカれたカメラを、なけなしの高い金を出して買うこともなかったはずだ。
その代り、今の道楽者の俺はいなかっただろうし、今現在の写真の戦闘的で前のめりな撮影スタイルを見出し、確立することもできなかっただろう。
そして何より、写真を通じて世界をとらえ、その意味を探り、自分自身の考えを深めていくという生き方にも、達することはできなかっただろう。

何事も、授業料ってのは高くつくってもんだ。


読者諸君、失礼する。俺と一緒に、売られていったカメラのために、ドナドナでも歌ってやってくれ。頼むぜ。

2015/05/18

Post #1503

Bremen,Germany
昨日の夕方、久々に事故ってしまった。
ここ2年くらい無事故でなんとか乗り切ってきたんだが・・・。痛恨の極みだ。
あぁ、凹むわぁ・・・。

コンビニの駐車場で。車を出そうと1メートルくらいバックしたら、駐車してる車のすぐ後ろを走ってきた車の横っ腹に、ドンとぶつけてしまったのだ。マジかよ。
まったく、よりによってどうしてそんなところを走ってるんだよ。駐車場なんだから、バックしてくる奴がいるのは当然だろう・・・。俺も確かに確認不足だったんだろうけど・・・、まぁ、まいったなぁ・・・。あと5秒タイミングがずれていたら、どうってことなかったんだが。事故とはまぁ、そんな風にして起きるものだ。

幸いなことに誰も怪我などしちゃいないんで、物損扱いで済んだのだが、そりゃもう、かなり気落ちするぜ。ついこの間も任意保険の更新の際に、2年前に起こした追突事故のおかげで、等級が下がって保険料が何万円も上がったと、カミさんに小言を言われてうんざりしていたというのに・・・。

さらに幸いなことに、現場は警察署の真ん前んで、事故の届けもあっという間だったし、うちの車の破損もバンパーに傷がついたくらいで済んだんだ。かまやしねぇよ、所詮はバンパーだもん。

しかし、そんな幸いは焼け石に水だ。カミさんは、もっと大きな災難に合うはずが、これで済んだのかもしれないよなんて、気休めを言ってくれているが、とてもそんな気分にはなれないよ。

おかしい。今年は大吉だったはずだ。なのにここにきて仕事はピタリと停滞しているし、子供も授かる様子もない。カミさんとの間にも、先行き微妙な風が吹いている。挙句の果てにこの事故かよ。まったく、踏んだり蹴ったりだ。

仕方ない。秘蔵のカメラの売却を検討するか。とはいえ、いまさらフィルムカメラなんか、ろくな値段つきゃしないよなぁ。

どうにも最近ついてないな。
いや、思えば俺の人生、いつだってついてなかったような気がしてきたぞ。いつだって七転八倒、右往左往だ。そうして年だけ食っちまった。
まったくたまらないぜ。泣けてくるとはこのことだ。

読者諸君、失礼する。

2015/05/17

Post #1502

Copenhagen,Denmark
うむ、身体が重い。昨日は久々に夜飲みに行ってきた。
俺が仕事もせずに、学校なしの小学生のように鬱屈して暮らしているのを見かねた兄貴分のYさんが誘ってくれたのだ。
ジンとワインの大漁節であった。
おかげさんで、今朝は身体がどんよりと重い。
まぁ、たまにはそんな日もあってもイイだろう。
中世イランの科学者にして詩人、オマル・ハイヤームの詩にもこんなのがあるぞ。

『酒をのめ、これこそが永遠の生命、
 青春の果実なのだ。
 バラと、酒と、友の酔う季節に、
 幸福のこの一瞬を味わえ、これこそが人生』
(平凡社ライブラリー刊 オマル・ハイヤーム『ルーバイヤート』岡田恵美子訳P163より)

ポールダンスのショーをやってる店に行き、兄貴と二人、仕事の事や女の事やらを肴に盛り上がり、楽しいひと時を過ごしてきたんだ。その様子はこんな感じ。百聞は一見に如かずだ。
こっちは兄貴分のYさん撮影だよ。

お楽しみのショータイムだ!
あぁ、またこんなもんばっか撮ってるやん俺、反省!
男ってのは、いくつになってもホントに阿呆だな。
しかし、楽しいんだから仕方ない。若いおねーちゃんの肌はきれいだしな。
けどまぁ、若い女は侘びサビを知らねぇから、俺の魅力には気が付かないもんだ。

しかし、俺、この日に限って珍しく、いつも使ってる愛機CONTAX T3を持たずにのこのこ出かけていたんだな。

不覚!

これはもう、はっきり言って武士が刀を忘れて外出したり、サザエさんが財布を忘れて買い物に行くようなもんだ。
去勢された馬でもレースでは突っ走るかもしれないが、カメラがないと人生が物足りないのだ。つまり、古いモノクロカメラは俺の人生のタマタマだってことだ。そういやレンズのことをタマっていうしな。
大いに反省だ。こんな写真はもういいやって思ってたけど、やっぱりこういうところに行くと、見たものすべてモノクロ写真にしたくなるんだ。

それはおれの性だから仕方ないぜ。しかし、済んだことを悔やんでも、どうしようもない。また、小遣いを握りしめてリベンジするだけのことだ。ポールダンスのおねーさんにあげるチップも忘れずにな。

帰りの地下鉄には、佐賀と新潟から来たミュージシャンの若者たちと遭遇し、本の5分ほどの間、アコースティックギターを抱えた若者たちと音楽について語り合ったりもした。たまに外出すると、面白いぜ。

最後にもう一丁、オマル・ハイヤームの詩をあげておこう。こういうのが好きなんだよ。俺はインテリだからな。インテリアじゃないぜ。間違えんなよ。

『大地を駆ける白黒の馬の背に酔いどれを見た。
 異教もイスラームも、憂き世も信仰も、
 神も真理も、聖法も信念も念頭にないありさま。
 二つの世において、これ以上の勇者がいようか。』
注釈:白黒の馬は昼と夜からなる日常の世界の比喩。二つの世とはあの世とこの世を意味する。
(前掲書、P133より)


読者諸君、失礼する。しかし、どうして電車の中で俺が座ってる隣には、誰も座ろうとしないんだ?俺は酔っぱらったおねーさんに、そっと肩を貸してやったりしたかったのに!こんな破格の男を、どうして世の中のおねーさんたちは放っておくんだ?まったく意味が解らないぜ!
どうなってるんだ、まったく!世の中どっかおかしいぜ!

2015/05/16

Post #1501

Bremen,Germany
いろいろと気落ちするような出来事が続いている。
今回はカミさん、妊娠していなかったようだ。俺が人の親になる日はくるのか。はなはだ疑問だ。誰かに占ってもらいたいぜ。
残された時間は少ないが、精一杯頑張ってみるとするかな。
俺、自分としては一撃でできると思い込んでたんだけどな。現実は甘くないな。

俺の住んでる街で、35歳の女性が、15歳の娘を筆頭に12歳、10歳、9歳の子供を道ずれに自殺したそうだ。昨日、居室で練炭を焚いて心中していたのが見つかったのだという。無残なことだ。正直言って、あの世への道ずれにするくらいなら、いっそ俺に呉れって言いたいくらいだよ。
冗談はさておき、子供を残して死んでしまうと、子供たちが不憫だといって道ずれにしたようだが、それは如何なものだろうか?
母親は病弱で、日常の家事なんかは長女がやっていたそうだ。
今どきいったいどこの話だよと思うが、この日本の話だよ。俺の住んでる街の話だ。そこまで追い詰められていたのだろうか?行政は何をしていたんだろう?
一時期、生活保護受給者に対するバッシングの嵐が世間に吹き荒れていたが、本当に生活に困窮している人たちには、しっかりと援助してサポートしてほしいと思う。ニンゲン、いつ何時自分がそんな立場に陥るか、まったく分からないんだからな。


自殺した母親は、その前日の深夜、以前付き合っていた40代の男性に、自殺をほのめかす電話をしていたのだそうだ。
言っとくけど、俺も同じ町に住んでる40代の男性だが、それは俺じゃないからな。
そして、もし自分がその電話を受けた40代の男性なら、いったいどうしただろうかって考えてしまう。
きっと、その方はこの先の人生、大きな悔恨を背負って生きていくことになるんだろう。
また、この女性がもし俺の知り合いだったら、そんなことになる前に、何か力になってあげることはできただろうかとも思うわけだ。しょせんは仮定の話だから、何とも言えないけどね。仮定の話できれいごとを垂れ流すのは、無責任ってもんだろう。

しかしなんだな、いくら経済成長したって、景気が良くなったって、死ぬまで追い詰められた人に誰も気が付かないし、有形無形の手を差し伸べてくれない世の中ってのは、あまりいい世の中とは言えないよな。
アメリカ様の戦争の片棒を担いだりする法律を作る前に、誰もが健康で、最低限の生活を送ることができる世の中の仕組みを考えてもらいたいもんだぜ。

読者諸君、失礼する。どうせいつかは死ぬんだから、その日が来るまでみっともなくても悪あがきしたほうがイイと俺は確信してるよ。まぁ、俺も相当に見苦しい生き方を晒してはいるがね。

2015/05/15

Post #1500

Home Town/Nagoya
先日近所のうどん屋でかつ丼とうどんのセットを注文し、それが出てくるまでの間、俺はある絵本を3回も読んでしまったぜ。それは今は亡き佐野洋子の傑作『百万回生きたねこ』だ。
うちにもあるんだが、退屈だったんでね。カミさんは、その絵本を見ると、悲しい結末が思い出されて、泣けてくるから読めないと言っていたが、俺は何回まで我慢できるか、試してみたんだ。

三回まわり読み切ったところで、うどん大盛りとかつ丼のセットがやってきた。
もちろん、そんな絵本は子供向けっていうんだろうが、週刊文春なんか読んで、世の中のことをわかったようなふりをするよりも、よほど為になるってもんだ。なにしろ、感性がすり減っちまったら、この世の中は無味乾燥な砂漠とかわりゃしないんだぜ。

う~ん、ついにこのブログも1500回だ。
2010年の秋からシコシコやってきた。相も変わらずご覧の通りだ。
一昨年の年末ごろには、いい加減うんざりして1000回めどにやめてしまおうかとも思ったが、意外や意外、やめるなという意見をうけて、のんべんだらりと続けてきた。よくもまぁ、毎日続けてきたものだ。

俺が厭きるよりも、君たちがうんざりしちまうんじゃないかって心配になるよ。

しかし、1500回なんてただの通過点に過ぎないんだぜ。
俺のブログを読んで、笑ったり、泣いたり、勇気づけられたりしてくれるという人が一人でもいる限り、やめる理由なんてどこにもないぜ!
だから、俺が生きてる限り付き合ってもらうさ。

なんてたって、俺はこうして生きてるんだからな。週刊現代や女性自身なんかにのってる芸能人の生活よりも、俺は自分の人生のほうがはるかに面白いんだ。世間の皆様はそうじゃないのか?どっかの芸能人が、どっかの女とやったとか、遺産相続でもめているとか、そんな話のほうが自分の人生よりも面白いのか?
はっきり言って、そんなことはどうでもいいのさ。俺は『百万回生きたねこ』の主人公の猫みたいに自分のことが大好きなんだ。もちろん、君たちのことも大好きだ。嘘じゃないぜ。これは君に向けて書いてるんだ。

そう、君だよ、君!
俺はいつだって、君のことを思いながらこのブログを書いてるのさ。君のことが大切なのさ。
昔学生の頃、授業中に描いた落書きを、昼休みに仲間たちに見せびらかすような気分で、毎日コツコツと書いているのさ。
Home Town/Nagoya
昨日はプリントして、先日の旅行のネガを近所のカメラのキタムラ一宮中島通店に取りに行き、夜中の一時までそのネガをチェックしていた。連日視神経と脳みそをフル回転させているために、くたくただ。仕事よりも、精力を注いでやってるのさ。

俺はもうずいぶん長いこと写真をやってるような気がするが、最近自分の写真が昔とは全然違ってきたって思えてきたよ。昔の写真をまとめてみる機会があったんだが、その時実感したんだ。

昔は、なんだか世の中の人々が、思わず目を背けたくなるような面に、やたらとこだわっていたような気がする。人間の暗部をつかんで、平穏な暮らしをしている人々の鼻先に、ほれって突き付けるような思いがあったのかもしれない。
その頃の写真は、なんだかどこか荒んだような気配が漂っているように思う。
けれど、今はもう少し人々を愛おしむような写真が撮りたいんだ。
実際にはそんなにも変わらないけれど、俺の気持ちが変わってきたんだろう。昔は、ささくれ、やざくれて、どこか人間を馬鹿にしてたんだろう。
それに何より、どんな人も、そう例えるなら、人から決して良くは言われないような生き方をしている人も、決して悪い人なんかではなく、自ら望むと望まざるにかかわらす、何らかの契機で、そう生きざるを得なかっただけの、どこか悲しい人であり、実は愛すべき人なんだと気が付いたことのかもしれない。
もっと端的に言えば、携帯をいじってるケバい女とか、疲れたサラリーマンの親父の写真なんか撮りまくっても、もうなんもおもろないって思ったのさ。とはいえ、ときには撮るだろうけれどね。
それよりも、君が見て心躍るような写真を撮りたいのさ。

写真を撮ったり、文章を書き綴っているうちに、自分の中で何かが変わったんだろう。
大人になったってことなのか?
けれど俺は、そんじょそこいらの並の大人ではいたくないんだ。君はもうわかってると思うけどね。君をワクワクさせ続け、君を愉しませたり、君を考えこませたりするような、困った大人でいたいんだ。
俺の家の食卓で
もう一つ、話をしてもイイだろうか?1500回だ、いい区切りだから許してほしい。

俺は、君たちが寄せてくれるコメントを、とても大切に思ってる。これがあるから、このブログが、俺の一方的な垂れ流し、押し付けになろうとするのを、何とか水際で押しとどめてるんだと思う。
他にも、ブログの内容に関して直接メールやフェイスブックなんかでコメントしてくれる人もいる。
また、その一方で俺の持ってる思想や、政治信条に対して感情的にいちゃもんをつけたり、論戦、批判をしてくれる人もいる。それもまた一興だとは思う。もちろん、ある程度のレベルまでは。

俺はそのすべてに、出来る限り丁寧に、可能な限り素早く返信したいと思ってる。
そのやり取りが、俺と君たちをつなぐ縁を、強くしてくれると思っているから。

かつて、俺には黒田さんという20歳ほど年上の友人がいた。
彼は身寄りがなく、しかも病気で働けなくなってしまい、生活保護で暮らしていた。
俺とは、俺がバイクの事故で足の骨を折って入院しているときに、喫煙室で出会ったんだ。人懐っこいおじさんで、何年か俺の家に遊びに来てはコーヒーを飲み、ロックを聴き、文学や思想について語り合ったものだ。
そして、彼は何度か俺に、わざわざ本を買って送ってくれたりするようになった。
俺は、そんな好意をうけるいわれはないので、それを断ったり、しぶしぶ受け取ったりしていた。
それに、生活保護をもらっているような人から、贈り物をされても、申し訳ないってもんだろう?恐縮しちゃうぜ。
今にして思えば、身寄りや親しい友人のなかった黒田さんは、俺との付き合いが純粋にうれしかったんだろうし、それを感謝していたんだろうし、その感謝の気持ちをなんとか形に表したかったんだろう。
そんな気持ちをくみとることができなかったのは、俺がまだどうしようもない若僧だったからだ。
そんなんで、お互いの空気がギクシャクしてきてしばらく経った頃、黒田さんはこの街に見切りをつけて、九州に流れていった。
俺のもとには何度か手紙が来た。俺はそれを受け取るだけ受け取っておきながら、返事を出さなかった。そして、いつしか便りは絶えた。いま、黒田さんは生きているのか、死んでいるのか、俺には知るすべはない。

俺は酷い男だ。俺は孤独なおじさんが精一杯伸ばしてきた手を、無視するように振り払ってしまったんだからな。せっかく結んだ縁を、太くすることなく、断ち切ってしまったんだ。

その後悔が、俺の胸の中には確かにある。時折、思い出しては若い頃の自分の頑なさに、腹が立つ。二度とそんな思いはしたくない。人生は一度きりなんだからな。

だから、君たちと結んだ縁を大切にしたい。
あらためて言わせてもらうよ。
いつもありがとう。

もちろん、昔コメントをくれていたけど、いつの間にか消えてしまった人もいる。
けれど、その人たちのことも忘れたことはない。
また、まったくの匿名で言葉をかけてくれる人もいる。
きっと、ハンドルネームすら明かせない事情があるんだろう。
いつか、そんな人とも、もっと親しく接してみたい。
なにしろ、人生は一度きりなんだからな。

読者諸君、失礼する。俺はこれからも、いつだってここにいる。君が呼んでくれるなら、いつだって応えるさ。君がいなけりゃ、俺のやることなすことには何の意味もないのさ。
さて、今日はヨーロッパ旅行の写真でも、少しプリントしてみようかな?お楽しみに!

2015/05/14

Post #1499

ネパール、カトマンズ郊外の町、パタンを夕暮れ時にそぞろ歩きしていると、旧王宮だった博物館の隣の大きく古い建物の入り口に人だかりがしている。
ふと、興味をもって覗き込むと、人の好さそうなおじいさんがネパール語だと思うが、ニコニコと笑いながら何事かを語り掛けつつ、身振りで入れ入れと言っている。
俺は、一体何事があるのやらと思ってなかに入ってっ見ると、そこにはクマリがいた。
Patan,Nepal
クマリとは、生身の神とされる少女だ。
ちなみにサンスクリット語つまりインドの古語でクマラは童子を意味する。日本の仏教で不動明王のわきに立っているコンガラ童子やセイタカ童子の童子というのが、このクマラの訳語だ。
クマリはその女性形になる。
つまり、生身の穢れなき女神ということだ。

特定の部族の特定のカーストから選ばれる幼女で、その言葉や振る舞いから人々は予言を受け取り、また神として人々を祝福するという。
クマリは基本的に初潮を迎えるとクマリを引退することになる。中には、初潮がこずに50歳くらいまでクマリを務めた女性もあったという。
しかし、クマリとして選ばれた間は、薄暗いクマリの館の中から出ることはなく、もちろん学校に通ったり、外で友達と遊ぶことなど一切できない。
今日の社会通念に照らし合わせれば、幼児虐待と訴えられかねない文化だが、ここネパールの大半の人々は、今日の日本人や欧米人には想像もできないほど信心深い人々なので、そういうものだと考え、彼女を尊崇しているのだ。

この日本にも、同じような生神様がおいでになる。
天皇陛下だ。
また、かつては日本各地にそのような祭司王=生神様がいた。古い神社をつかさどっている家柄は、その末裔だ。魏志倭人伝に見える卑弥呼も、クマリと同じ系譜に属すると考えていいだろう。
これは、インドあたりから東アジアまで広がる、アジア人の古層に属する信仰形態なんではと俺は考えている。というか、吉本隆明の受け売りだけどね。
だから長い間、実際にクマリをこの目で見たかったのだ。

カトマンズのダルバール広場には、かつてネパール王室と密接な関係を持っていたナショナル・クマリがいる。クマリの館に行き、団体で結構な額のお布施をすれば、窓から顔を出してくれるくらいはなさるという。もちろん、写真撮影はご法度だ。
戦争前の我が国の天皇陛下と同じで、イキガミ様なんだから。
お付きのおじいさん。
パタンは、カトマンズ、バクタプルと並んで、かつて三王国分立時代に栄えた町なので、ナショナル・クマリとは別にパタン・クマリがいるのだ。俺たちが招き入れられた館こそが、クマリの館だったのだ。
中に入るとそこは中庭になっており、その通りに面した面にクマリは大人たちにかしずかれて座っている。
クマリの前には人々がその祝福を受けるために、列をなしている。
その傍らに、いったいどれくらいの年月、クマリに仕えてきたのかというようなおじいさんたちが、風の谷のナウシカに出てくるミト爺のような風情で、和やかに座り、杖のような松明であたりを照らしている。
この中には、水銀灯みたいな無粋なものはありゃしないし、あったとしても電力事情の悪いネパールでは、使い物になりゃしないだろう。一日の半分くらい停電してるんだからな。
マリファナみたいなぶっといお香がたかれる。
お付きのおじいさんの持つ松明に、もう一人のおじいさんがボブ・マーリーが吸ってたマリファナみたいな太い香をのようなものを近づけ、火をつける。暗がりの中、煙とともに香りが漂う。
人々は、どうやらクマリによって額にティッカと呼ばれる赤い染料をつけられ、祝福を授かっているようだ。
祝福を授けるクマリ
人々はクマリの前にひざまずき、クマリはお付きの女性が差し出す器に入った染料を、その小さな指に無造作につけて、人々の額にティッカを施してゆく。
どうやらそのあと、人々はお布施をクマリの足元に置かれた金属の鉢のなかに入れていく習わしであるようだ。
そして、このお付きの女性から、植物の若芽のような柔らかい茎を一つまみ頂戴し、帽子の縁や耳につけるのだそうだ。
聞けばこの時期は、ネパールの暦では新年にあたるダサインという時期に当たるので、人々は一年の無事を祈って、クマリに祝福を授けてもらうのだという。

俺も、クマリに祝福されてみた。まだ5、6歳の小さな女の子だ。しかし、とてつもない威厳と高貴さが漂っている。それが神威を纏うということか。
クマリはその細く小さな指で、俺の額に染料を擦り付けるようにして祝福を施してくれた。
そして、俺がもぞもぞとポケットからお布施を出している間、さも退屈そうにあくびをし、真っ赤に染まった指を、お付きの女性の差し出す布で、少し不機嫌そうに拭いていた。
Patan,Nepal
ナショナル・クマリは写真を撮ることが禁じられているが、ローカル・クマリであるパタンのクマリは、どうやらその辺は寛大なようだった。最初はためらっていたのだが、中国人と思しき観光客の一団が、じゃんじゃんフラッシュを焚いて撮影しているので、俺もお付きのおじいさんに写真を撮っても大丈夫かと聞いたうえで、控えめに写真を撮ってみた。それを君たちにお届けしているのさ。

読者諸君、失礼する。世界はまだ、俺たちの知らないことばかりだ。俺はもっといろんなところに行って、この目で世界を見てみたい。そして、自分の体験したことをもとにして、この世界のことを理解していきたいんだ。君も一緒にどうだい?

2015/05/13

Post #1498

Patan,Nepal
今日は朝から昨日仕上げたプリントをスキャンしていた。枚数は知れている。26枚ほどだ。
本当は、もう少しプリントしていたんだが、昨日はなんだか調子が出なくて、印画紙を水洗いして明るいところで見てみると、ダメダメなのが何枚かあったので、すっかり落胆してしまったってわけさ。
モノクロの巨匠と言われる俺も、焼きが回ったな。

やはり、心に引っ掛かることがあると、どうにもうまくいかないもんだ。

そんなんで、台風一過の五月晴れのなか、家に閉じこもっていたんだが、かといってプリントする気にもなれなかった。

何が引っ掛かってるかって?
そりゃ第一に仕事のこと。
ぽつぽつと引き合いの電話が入ってくるようになったんだが、まだまだ弱いな。俺は何かと金のかかる男だから、ガンガン入ってきてくれることを祈ってるのさ。
次はやはり、カミさんが授かってるかどうかってことだ。
生理が遅れているだけなのか、それとも今0.5ミリくらいの受精卵が宿っているのか?何ともはっきりしないのだ。
これは気にかかる。
もう一つは、3月にパソコンがご臨終してしまったので、溜まりにたまったモノクロ写真のスキャンデータのうち、どれがこのブログにUPされてて、どれがされていないのかよくわからなくなっていたのが、ずっと気にかかっていた。
そりゃ、自分でUPしてるんだからわかりそうなもんだけど、さすがに1800枚以上あるとですねぇ、何が何だかよくわからないわけですよ。
で、今日は一日家に引きこもってパソコンと、プリントアウトしたサムネイルを一日中注視して、確定作業をしていたんだ。これが骨が折れる。複雑骨折だ。頭がウニのようなってる。眼精疲労と肩こりだ。やはり、俺はフィールドの人間だと実感するよ。しかし、それでもまだ終わらない。明日もこれをやるのかよ。ウンザリするぜ。
Patan,Nepal
本当はものすごく最近気になってることがあるんだけど、それはここには書かないよ。
途中まで書いたんだけど、消してしまったのさ。
いやいや、べつに君たちに何か隠し立てしてるわけじゃないんぜ。けど、このブログにかかわることで、俺が気になってることをここに書くことで、なんだか君と気まずくなりそうな気がするんだ。
そう、俺と君たちの問題なのさ。それは実は、ずっと何か月ものあいだ、俺の心に引っ掛かってることなんだけどね。
君がいつも俺の屁のような文章を読んで、俺のことを見守ってくれていたりするのはわかってる。君の毎日のささやかな息抜きになればと願ってるんだ。そのためならどんな滑稽な役回りでも演じてみせるよ。
そうさ、君は俺にとって、とても大切な人なんだ。
俺が感じてることをここに書いて、君にそっぽ向かれたり、君を不安な気持ちにするのは、俺の望むところじゃないんだ。OK、だからそれは俺の胸にしまっておこう。そのほうが美しい。気にしないでくれ。
ひょっとすると、君は頭もよくって、感受性も豊かだから、俺が何に引っ掛かってるか、もう気が付いてるかもしれない。けど、お互いに言いっこなしだ。
思わせぶりなことを言って悪かった。けど、喉元まで上がってきてる言葉を、俺はやっと飲み込んだのさ。

読者諸君、失礼する。俺はいつだって、書けることは正直に書いてるんだ。くだらないことが大半だけどね。そうさ、俺は君を信じているのさ。

2015/05/12

Post #1497

HongKong
愚劣な政治が続いている。
まるで茶番劇だ。政治家や外務省は、日々勢力を増してゆく中国を恐れて、アメリカ様におもねることしか考えていない。
アメリカ様が口笛を吹いたら、世界中どこにでも犬のように走って駆け付け、アメリカ様のお手伝いができるように、法律が変えられようとしている。
国民には、なんだかさっぱり訳が分からないまま、意味のよくわからない議論だけが、国会ではなく自民党と公明党の間の話し合いだけで進行している。そこではまやかしの小難しい言葉と、へ理屈が飛び交っている。国民はもちろん、民主党だの共産党だのは、蚊帳の外だ。メンバーズオンリーだ。結論ありきだ。
仕方ない。連中に過半数をはるかに超える議席を与え、その権限を与えたのは、ほかならぬ俺たち国民の皆様なんだから。

俺たちがお茶の間で思っているほど、紛争の現場ってのは甘っちょろいもんじゃない。
かつて内戦のあったような国に旅行すると、車椅子に乗った不具の男性をよく見かける。
戦闘によってそうなってしまったのだろう。
勇ましことを言ってみても、政治家や外務省の官僚は、戦地にはいかない。
戦地に行くのはいつだって若者だ。
いずれ貧困家庭の子供たちは、自衛隊にスカウトされるようになるに違いない。アメリカみたいにね。きっとそれは母子家庭の子供とかだよ。親に負担をかけたくないと、自衛隊に入って、見も知らぬ国に派遣された挙句、カタワになってしまうのさ。弾に当たって死んじまうのさ。

そんな危険なところに自衛隊はいかないっていうのかい?
現代の紛争地帯は、どこからが戦闘地帯で、だれが敵なんて、さっぱりわからないんだぜ。
参考までに君も、クリント・イーストウッド監督の映画、『アメリカン・スナイパー』を見てみるがいい。
日本じゃ塾に通っているような年頃の子供が、装甲車に向けて対戦車手榴弾を投げつけてくるような世界だ。

後方支援とか何とか言ったって、相手からすれば戦闘行為に他ならないだろう?
弾を込めなきゃ、引き金を引いたって相手を殺せないんだからな。
それに、実際の戦争の場合、前線の敵を叩くのも重要だが、前線に兵站物資を補給するロジスティックを攻撃し、敵方の補給路を断つのは、紀元前から続く戦争の常道だぜ。自衛隊がやりますやりますって我が国のお偉いさん方が張り切ってる後方支援ってのは、まさにそのロジスティックだ。
カモがねぎしょって武器弾薬を運んでるようなものだ。
そうして、死者が出たら、また靖国神社に合祀するんだろう。
結構なことだ。
結構すぎて、笑えてくるぜ。

日本の報道機関は政府に睨まれ委縮して世界で起こってることを、ほとんど伝えない。政府のやってることに、異議を唱えるなんてもってのほかだ。
海外に行ってみろよ、CNNやアルジャジーラ、BBCやフランス2なんかの放送局が、危険な紛争地帯にもレポーターを派遣して、何が起こってるかを伝えているぜ。そして小さな途上国だって、その多面的な報道を、衛星放送で見ることができる。
それをその辺のおっちゃんやあんちゃんが食い入るように見つめているんだ。
俺たちが食い入るように見つめているのは、くだらないグルメ番組かバラエティーばかりだ。
政府に都合の悪いことを報道すれば、すぐに圧力がかけられて、プロデューサーの首が飛ぶんだ。いったいこれはどこの独裁国家だよ?中国あたりと大差ないぜ。

政治家は国民の権利を守るための法律を、自分たちが国民を締め付け、奴らのたくらみから国民の目を逸らすために捻じ曲げて解釈運用しているんだ。
冗談じゃないぜ。この国の政治家は、立憲主義の基本も知らないような二世議員、三世議員ばかりだ。やつらはまるで世襲の貴族のようだ。

俺は、俺の大切な君たちが、そんなインチキな奴らに惑わされてほしくないんだ。
一見極端で乱暴な俺の叫びに、耳を傾けて、自分の問題として考えてほしいんだ。
なぜって、君たちが大切だからさ。


こんなことを話題にすると、またきっと俺にムカついて噛みついてくる奴もいるだろう。
だけど、そんな人にこそ聞きたい。君は自分自身が、見たことも聞いたこともないような世界の果ての紛争地帯にいって、誰かを殺したり、誰かに殺されたりしたいのかいってことを。
俺は御免だし、俺の友人がそんな目に合うのも御免だ。ましてや俺たちの子供の世代がそんな目に合うのは、絶対に許せないぜ。

読者諸君、失礼する。この件に関しては、俺は絶対に一歩も譲るつもりはないぜ。戦争はごめんこうむるぜ。人を殺すより、女の子とイチャイチャしてたほうが絶対に幸せだ。さて、今日はプリントでもするかね。

2015/05/11

Post #1496

田県神社奥宮
今日は、特別篇だ。
モノクロ写真は一切出てこない。難しい話もなしだ。
その代り、インパクトは絶大絶倫だ。覚悟して読んでくれ。

昨日は母の日だったそうだが、母のいない俺には全く関係ない。ガキの頃から、この日は嫌いだ。
そこで、カミさんを連れて子宝祈願のために、神社に行ってきた。
愛知県の大県神社と田県神社だ。
まずは大県神社。
ここで子宝守り、2個ペア2,000円也を購入し、姫宮にお参りだ。
大県神社

姫の宮の姫石をやさしくタッチする俺。我ながらいかがわしい雰囲気が漂っている。
姫の宮の奥には姫石がある。これがこの神社の目玉だ。手荒く触っちゃいけないぜ。やさしくタッチするんだ。そうして、子供ができるように祈るんだ。OK、わかったかい?
大県神社は愛知県犬山市楽田にある。梅の季節には、梅園が素晴らしい。しかし、いまは栗の花が満開で、なんだか精液みたいな匂いがただよっているのさ。それもなかなか乙なもんだぜ。

そして、ここでの参拝を終えたら、車に乗って5分ほどの田県神社にお参りだ。
ここは、ストレートで強烈だ。
俺の知る限り、ここに匹敵するのは奈良は飛鳥の明日香坐神社くらいしか思いつかない。
祈祷をおっこなっている拝殿には、右にも左にも長さ2メートル、直径60センチ、重さ250キロという巨大なちんが鎮座している。見るがイイ。


実に、頼もしい限りだ。ガンガン子供が出来そうだ。このちんは毎年3月に行われる祭りのたびに新たに作られ、歳男たちによって神輿に担がれて、のどかな田舎町を練り歩くのだ。
すんげー、楽しそうじゃないか?熱狂の祭りだぜ!
玉垣だって、このありさまだ!ちんがにょきにょき生えてる感じだ。
恥ずかしいを通り越して、もう笑うしかないだろう!

絵馬だってこれだ!もちろん願い事は子宝祈願だ!
笑いがこみあげてくるぜ!
なんだか男の自信が湧いてくるってもんだ。マカだとかバイアグラなんて、全く必要ないって感じだろう?
左側のお守りも、小粒ながらきらりと光る逸品だ。
金色のちんとまんが収められているんだぜ。君にも一つプレゼントしてやりたいくらいさ。さっそく俺は財布の中に持ち歩くようにしてるんだ。カミさん以外にも方々に子供が出来ちまうんじゃないかって、心配になってくるぜ。

奥宮に行くと、これまた強烈だ。

賽銭箱のすぐ横に、これだ!長年みんなが触りまくって、黒光りしてやがる。注連縄がいい味出してるぜ。

神前にもこれだ!反り具合がなかなかに頼もしい!

社頭の鈴だって、この凝りようだ。
なかなかにリアル感がある。

勘違いされると困るが、この田県神社の神様は、ちんそのものってわけじゃないんだ。
スサノオノミコトの孫にあたる御歳神という歴とした由緒正しい神様をお祭りしているんだ。

そして、この神様は五穀豊穣の神様なんで、豊穣のシンボルとして、人間の命のもとであるちんを、神前にお供えするようになったという話だ。

ちんが豊穣のシンボルだってのは、世界中に見られるんだ。なにもここだけじゃない。
古代ローマ人だって、インド人だって、ちんを豊穣のシンボルや魔除けにしていたんだぜ。

人類の文化の、すごく古いところに根差している由緒正しい信仰なんだ。
君、馬鹿にしちゃいけないよ。
何しろ、男だったらたいていは一本持ってる普遍的なもんなんだからね。

日本でも、縄文時代あたりには、こういう信仰が確立していたんじゃないかと俺はにらんでるんだ。

俺たち現代に生きる人間が、どうにも息苦しい想いを抱えて生きていかねばならないのは、こういうおおらかな人間性を肯定することを忘れて、教育によくないとか、恥ずかしいとか言ってるからじゃないのか?
そんなこったから、いつまでたっても少子高齢化にストップがかからないんだ。ここでも俺は世を憂いてしまうぜ。

そして田県神社の参拝のお土産には、必ずこれをゲットしないとな。

田県神社名物、授かり飴だ。

税金の関係で、境内では売ってない。欲しい奴は神社のすぐ裏にあるスーパーの売店に行くんだ。俺も危うく見逃すところだった。

マツタケみたいなのはもちろんちんだよ!
セットになってるほうには、ピンク色のおまんこを象った飴も入ってる。これは俺が食わなけりゃな。カミさんは当然、ちんのほうをしゃぶってもらうのさ。

高校生の時、一つ下の女の子に貰って食ったことがあるんだ。いや、誤解すんなよ、そいつとは何もなかったけどな。

ちんのほうは、話のネタにと、調子に乗って大サイズと特大サイズをもゲットしてしまったぜ。
どうするんだ、これ?正気に返ってみると、処置に困るな。
誰か欲しいひと、いますかねぇ?
欲しい人はコメントじゃ恥ずかしいだろうから、横のメールボックスから、俺に直接メールしてくれても構わないぜ。

ちなみに、売店のおばちゃんの話では、この授かり飴を作ってる職人さんは、息子が飴屋を継いでくれないらしいので、このストロングな飴は、その職人さんが引退してしまったら、もうこの世からなくなってしまうらしい。
惜しい!
しかし、その息子の気持ちも、わからなくはない。人に職業を説明しにくいッたらないもんな。
俺もいっそ現場監督なんて商売やめて、飴屋になろうかとも思ったくらい惜しいぜ。なんせ、こんな飴、そうそうありゃしないからな。オンリーワンだ。

そういえば、何かの小説で若き日の織田信長が、舅の斎藤道三に面会しに行った道すがら、背中に金箔で巨大なちんを描いた羽織を着ていたってのを読んだことがあるが、そんなの俺も欲しくなってくるぜ。道三じゃなくたって、誰しも俺のことを尾張の大うつけ(=大馬鹿野郎)って納得してくれるだろう。人生傾いてなんぼだ。また職質されること間違いないだろうがな。だっはっは!

読者諸君、くだらないと思ってるかもしれないが、神の力を侮っちゃいけないぜ。なんせうちのカミさん、参拝してからなんだかおなかのあたりが、ホカホカ暖かい気がしてきたって言ってるくらいだからな。
困ったときは神頼みだ。
ちなみに、俺が引いたおみくじには、困った時だけ神様神様と頼りにするな!平素から神を信心して、正しい行いを心がけるようにとの神示があった。
ごもっともだな!

読者諸君、失礼する。こんな馬鹿げたことばかりやって、さも楽しく暮らしているようにみええるけど、これでも内心はいろいろあるのさ。

2015/05/10

Post #1495

HongKong
どうしようもないくらい暇だ。
閑古鳥が鳴き喚いてる。いったいどうしたというんだ?思わず憂鬱になってくる。
仕方ない、人生はロックンロールだ。ロックンロールには泥水を飲まねばならない時だってある。今がその時だってことだ。
しかし、ここ何年かこんなに暇だったことはない。今なら、猫のしりふき時給1500円、三食昼寝付なんてバイトでも喜んでやらせてもらうぜ。飼い主が素敵な女性だったらなおヨシだ!
だはっはっは!
うなるほど金があれば、こんなの屁でもないが、口座にはすかしっ屁くらいしか金はないんだぜ。まるで黒ひげ危機一髪だ。まぁいい、ここはどっしり構えよう。人生には仕事以外にもやるべきことはあるはずだ。今がそのときってことだ。金にはならないがね。人はパンのみにて生きるにあらずと親愛なるイエス様も言っておいでだ。最悪、秘蔵のカメラでも売りさばいてこようじゃないか。

そんなことはただの前振りだ。金がないのはいつものことだ。金儲けのためにこの世に生まれたわけじゃない。人生を愉しむために、俺はこの糞溜めみたいな惑星にやってきたんだ。
で、いま俺の人生はちょっと面白いことになってるのさ。

先日、俺は自分の親父に海外旅行の土産を私に行ったんだ。親父は75歳、やもめの独居老人だからな。それぐらいのことはしてやらないと、寂しさのあまり、また新しい彼女とか作りかねないんだ。世話が焼けるぜ。

俺はブレーメンで買った世界遺産ローランドの像の、フィギュアというかミニチュアを土産にしたんだ。かみさんは、そんなもの喜ぶわけないじゃないって言ってたが、おっさんというのはそういうわけのわからんものが大好きだ。。とりわけ、男というのはフィギュアとかミニチュアとかいった類のものが大好きだ。北海道名産、鮭を咥えた熊の彫りもんとかな。
なぁに、俺も親父も男同士だ。気が合わなくったて、その辺の感覚はツーと言えばカーだぜ。
案の定、親父は大喜びだったぜ。せいぜい長生きしてくれよ、俺よりもな。俺はヨイヨイの爺さんになる前にとっととこの世からトンずらするつもりだからな。

すると、いきなり親父(くどいようだが75歳の独居老人だ)が予想もしないことを言い出した。
『忌野清志郎ってのは、スゲーな。』

はぁ、今なんつった?清志郎って言わなんだか?
すごくて当然だ。あれはロックの神の使徒だ。俺的には、忌野清志郎こそ俺の人生の師だ。
俺が会社を辞めて独立したのも、彼の『ロックで独立する方法』という本を読んで決意したくらいだ。
彼がいなければ、今日の俺はないと言えるほどだ。
まったく清志郎こそ、日本が生んだロックの聖人だ。誰が何と言おうと、俺は断言するよ。

『この間、NHKで忌野清志郎の番組見てな、感心したんだ』
そ、それは結構だな。30年遅いがな。
『30年前は、俺はそんなもん、糞みたいなもんだと思っとった。けど、聴いてみると実に素晴らしいなぁ』このじじい、感性だけは衰えていないな。嬉しそうに得意になって話してやがるぜ。

俺は心底驚いたよ。

『で、近所のブックオフに行って、中古のCDを探してみたんだが、なかなかなくて、一枚だけあったがずいぶん高いんだ。』
当然だ。B’zだのAKBだのとちがって、清志郎のソロのCDなんて、そもそもプレス枚数が少ないんだ。しかも、好きな奴しか買わないから、よほどのことがないと手放さないんだ。俺も絶対手放さないぜ。つまり、ロックな心を持った、選ばれた民のための真のブルースであり、ロックンロールなんだ。品薄でも当然だろう。

『世の中が悪くなっていくとか、ニワトリがどこうこうしたとか歌が入っとる奴だわ』
うむ、俺にはそれがどのアルバムかすぐに分かった。何しろ俺は清志郎のアルバムはほぼコンプリート、そしてほとんどすべての曲を歌えるからな。しかも、極上に上手い。君にもサイコ―のラブソングを歌ってやりたいよ。
どうやら親父は、そのCDを買って、毎日のように車の中で聞いているらしい。

はっはっは!ファンキーな糞じじいだ。
それでこそ俺の親父として合格だ!
まったく、人生ってのは予想がつかないもんだな。おもしれーぜ!ゴキゲンだぜィ!

父よ、俺が高校生の時にそう言ってくれていれば、俺とあんたの確執はもっと小さなものになっていただろうよ。
俺は次の日、忌野清志郎の珠玉のオールタイムベストを親父に貸してやった。
親父はいたくご満悦だったぜ。
何しろ、俺が地球にやってきて46年と4か月にして、初めて共通の話題ができたんだからな。

これは楽しみだ。これで俺に子供が出来たら、親子三代でロックンロールだ。頑張って夜ごと種付けしてる間に、親父にももっとロックンロールを仕込んでやるぜ。
なんだかワクワクしてくるぜ。くそじじい、頑張ってガキを作ってやるから、それまで精々長生きしやがれ!そうしたら3人でロックするんだ。ロックンロールが心のなかに鳴ってる限り、俺たちは負けることはないのさ。

Oh Yeah!読者諸君、愛し合ってるかい?俺は君のことを、ずっと愛してるのさ。おっと、俺はホモじゃないから誤解はするな。失礼する、またあおう。

2015/05/09

Post #1494

HongKong 路傍のおばあさん
唐突だけど、俺は実はニーチェにかなり影響を受けているんだ。
ニーチェって誰だよ?って思う人もいるだろう。
昔のドイツの哲学者だよ。『神は死んだ』って、その作品の中で高らかに宣言した哲学者だよ。
とはいえ、その著作は『ツァラツストラはかく語りき』くらいしか読んじゃいないんだけどね。
けどまぁ、俺にはこれ一冊で十分と言えば十分だ。学者になりたいわけじゃないんだ。よりよく人生を生き抜きたいだけなんだ。

もちろん、俺は哲学者じゃない市井の一無頼漢だから、自分の胸に響くことだけを刻んでいるだけだよ。それを自分の生き方やモノの見方に応用してるだけなんだ。
それを、かっこよく言うと生きる糧にするというのだぜ。
そういうことがわからない人には、本を読んだりするのは時間の無駄だろう。
若いころ、土方をやってた時期があったんだが、そんな時でも休憩時間には本を読んでいた。
2tトラックに4tくらい砕石を積んで走っているときも、傍らに本を置き、信号待ちのたびに読んでいた。これは今でもよくやるな。
その時、土方の掘方のおっさんに、『おめぇ、本なんか読んだって、腹もふくれねぇし、金がもうかるわけでもないだろう、無駄だ、無駄!』と言われたことがあった。
そんなものの見方をするニンゲンがいることが、俺には大きな驚きだった。
世の中ってのは、自分で体験してみないとわからないものだ。
もちろん、本を読んだって空腹が満たされるわけでも、金儲けが上手くなるわけでもない。けれど、本を読むことは、自分の世界を広げることだ。経験の意味や世界そのものを理解する基準を、自分のなかに作ることだ。
俺は、そう思っている。だから、くだらない本は読みたくない。それこそ、時間と金の無駄だ。

そんなおっさんたちに、長い間しごかれてきたので、若い衆の辛さはよくわかる。現場仕事の世界には、未だに見て覚えろ、仕事は盗むものという風潮が残っている。しかし、意味の分からないことをやらされるのは、若者でなくても辛いと思う。
俺は、自分がされて嫌だったことは、人にはしたくない。
これも論語の中にある一節から学んだことでもある。『汝の欲せざるところ、人に施すなかれ』というやつだ。単なる知識を、自分の体験に即して、自分の胸に刻み込み、自分の倫理を作っていくんだ。
だから俺は、若い衆に何かを教えるとき、なぜこれをやらねばならないのか、これをやればどうなるのか、そしてなおかつ、具体的な方法をやって見せ、やらせて見せるようにしている。
もちろん、先輩だからって横柄な態度はとりたくない。
ただ、同じ人間としてフラットに接するようにしているんだ。おかげさんで、若い衆にはなつかれる。うれしいことだよ。若い女になつかれるのは厄介だけどな。

仕事に慣れていない若い衆から、他の先輩の態度が我慢できないという話も時折耳にする。若者たちは、例の見て覚えろ的な偏固な職人さんからの扱いにウンザリしてるのさ。
よくわかる。俺もそうだった。

そこで、ニーチェの出番だ。
ニーチェは、人生をラクダの時代と獅子の時代、そして嬰児の時代の三つに分けた。

俺は若い衆に穏やかに語り掛ける。

『いいか、君たちはまだラクダの時代なんだ。君たちにとってこの社会って奴は砂漠も同然なんだ。そこで、重い荷物を背負わされ、飢えと渇きに苦しんで進むしか道はないのさ。そうして今は、社会や仕事について必要なスキルを身に着けるべき時期なんだ。不満があるのはよくわかるけど、そいつはある意味当然さ。俺だって、そんな時代があったんだ。スコップで殴られたことすらあったな。けど、それはいつまでも続くわけじゃない。』

若い衆はじっと聞いている。

『君が30くらいまで我慢して、自信と技術を身に着けたなら、新しい時代が始まるのさ。それは獅子の時代だ。獅子は草原で獲物を狩るように、既成の価値観や体制に、旧世代の人間に戦いを挑むんだ。もちろん、いつも勝てるわけじゃない。
けれど、戦いを通じて、自分を確立していくべき時期なのさ。
俺だって、必死に戦ったよ。社長となぐり合ったり、先輩と競い合ったり、組合や上司や役員全部を敵に回して、たった一人で会社の中で戦った時代もあったさ。
もちろん、負け戦だってあったが、無駄な戦いじゃなかった。
その闘いの日々を通じて、自分ってものがしっかりと築きあげられたのさ。
その日のために、今を耐え忍ぶことが必要だ。未来は君たちのものさ。』

若い衆は目を輝かせて聞き入る。その復讐と勝利の日々を夢見ているに違いない。俺は続ける。

『けれど、戦いの時代はいつまでも続かない。戦いは不毛なんだ。
どこまで倒しても終わりなんかないんだ。
じゃぁ、どうする。そう、戦いの時代は30代でやめておこうよ。
そこから先は、戦う必要なんてない。20代の修行と30代の闘争で、自分のなかに培ったものを糧にして、自由に創造する時代がやってくるんだ。
もちろん仕事だけじゃない。それは人生そのものに関しても言えることだ。
自分の中から、価値あるものを、世界の何もかもが新鮮な赤ん坊のように、思うがままに生み出していけばいいのさ。自分ってものを打ち立てたら、戦いなんて、不毛なんだ。
俺はだから、もう下らない戦いはしないよ。人生を愉しむのさ。』

若い衆には、まだその地平は見えてないけれど、そんな世界があることだけは示せたかな。

そんな話を、現場の休憩時間にしたりする。
なんて楽しいんだ。
いつも俺は思うよ。自分が得たものを、まるでコップからコップに水を移し替えるように、この目の前の若者に伝えることができたならって。そうしたら、この若者は、俺よりも早く、今俺がいるところまでたどり着くことができるだろう。
そうすれば、俺よりももっと高いところまで、はるかに遠いところまで到達することができるだろうって思うのさ。出来ることなら、俺よりも大きな人間に育ってほしいと、若い衆に希望を託さずにはいられない。もちろん、これもニーチェの思想の影響だな。

読者諸君、失礼する。今日はなんだかまじめな話になったな。けど、これはフィクションではないんだぜ。俺はそういう男なのさ。俺についてこい!って感じだぜ。

2015/05/08

Post #1493

Kathmandu,Nepal
ヒマだ暇だ、肥満児だとぼやいてばかりいたら、ポツポツと仕事がネギ背負ってやって来た。今ごろ、俺はせっせと急な仕事をやっつけている頃だ。世の中、こうでなくちゃな。
写真を撮ることは、俺自身にとって、正直楽しいといったものでは、ない。
君にとっては意外かもしれないけれど。
むしろ、神経をすり減らし、毎日ふくらはぎが痛くなるまで歩き続けるようなこの営みは、どこか後ろめたく、すっぱり止めてしまえるものなら、やめてしまいたい。これで生計を立てているわけでもないんだから。
今回の旅行でも、フィルムで40本ほど撮影してきた。
けれど、カミさんとのこともあるし、寒いし、物価が高くておいそれとカフェでお茶でもって気分になれないしで、何度も止めたくなった。それでも、やめなかったのは、俺の貧乏性、つまりここにはこの先、二度とやってくることはないかもしれない、その路地を曲がれば、何かがあるかもしれないという、しみったれた根性のなせる業だ。

けれど、報道で今回のネパールの地震による被害を目にするごとに、こういった何気ない日常的な風景の断片を、無造作に切り取って残しておくことは、実は深い意味があるのではなかろうかと、俺は自分自身に語り掛けるように言い聞かせ、この苦行のような営みから、逃げ出したくなる心をねじ伏せるんだ。

何気ない風景や生活の大切さは、失われて初めて身に染みるものだ。
それは人間関係や愛情でも同じかもしれないな。

今回のネパールの地震で、ひょっとしたら崩れた建物の下敷きになっていたのは、俺だったかもしれない。たまたま、俺があそこに行った時期が半年ほど早かっただけで、この宇宙の時間の流れから見れば、間一髪だ。
それは偶然なんだけど、おかげで君たちに、その時の写真を届けることができる。ありがたいことだ。
だから俺は、この偶然の中に、揺るぎのない必然を読み取るのさ。

人と人との出会いも、これまた偶然のようでいて、そこには必然がある。
それが縁ってもんだろうよ。

読者諸君、失礼する。