2015/05/20

Post #1505

Hamburg,Germany
ハンブルグの駅前広場で、列車の乗り継ぎの間に煙草を一本吸おうと外に出てみた。
ドイツのというか、ヨーロッパの鉄道では、列車内の検札が主流なので、改札はなかったりする。
近距離列車では、検札も改札もなかったりするから、いったいどうやって不正乗車を取り締まっているのか疑問だ。
それはまぁいい。
俺は煙草を吸う前に、そのあたりの露店をそっと写真に収めたりしていたんだ。
誰にも気が付かれないはずのノーファインダーでだよ。

すると、10メートルほど離れたところから、見るからにうすのろといった雰囲気の太ったさえない男が、モグモグとケーキのようなものを鷲掴みで頬張りながら、俺めがけて近寄ってきた。

これは厄介なことになったな。俺は正直そう思った。

今回のヨーロッパ旅行では、写真を撮っていてトラブルらしいトラブルは一度たりともなかったんだが、旅の最終コーナーに差し掛かったところで、こんな訳のわからん男に写真を撮っているところを見咎められてトラブルになるのは御免だった。
なにしろ、いくらかどんくさそうだとはいえ、いざ揉め事になったなら、俺と相手には体格差がありすぎる。体格差をカバーするなら、奇襲攻撃で急所を躊躇なく狙わねばなるまいが、そうなったら、間違いなく警察沙汰だ。ますますやっかいなことになる。それにこっちには、でかいトランクだってあるから、行動の自由が効かない。走ってトンズラできないのだ!
カミさんときたら、不穏な気配を感じたのか、タバコの煙が嫌なのか、すっと何処かに離れて行ってしまった。さすがだ。

男は、相変わらずケーキをもさもさ喰らいながら、俺のカメラを指して何事か語り掛けている。
しかし、挨拶くらいしかわからないドイツ語の上に、その男は口の中いっぱいにケーキを詰め込んでもぐもぐやっていやがるので、何を言いていのかさっぱり要を得ない。

しかし、どうやら男は俺に『あんた、い、いま写真撮ってただろう?お、俺の写真もとってくんねぇか?』みたいなことを言っているようだった。

いやぁ、こういう奴の写真を下手に撮ると、撮ってから金を払えとか言われかねないなと思った俺は、首を振り、写真なんか撮ってないと意思表示し、手を彼の前で振って、君の写真を撮る気もないってことをゼスチャーで伝えたんだ。
そうして、さも俺は単に煙草を吸いたいだけなんだって風情で、無造作にポケットからラッキーストライクのボックスを出し、箱に入ったままの煙草を歯で咥えて引っ張り出し、煙草に火をつけた。

男の興味は、俺の吸う煙草に移ったようだ。
物欲しそうな目つきで、煙草をじっと見ている。俺が風に乗せるように吹き出す煙を、じっと見ている。
俺は、煙草の箱から一本抜出して、男に差し出した。

男は、まだ残っていたケーキを必死の形相で口に押し込むと、クリームまみれの右手の太い指で、煙草を受け取った。
その時俺は、男の左腕が軟質な素材で形成された義手だということに気が付いた。
そして、無性にこの男を写真に収めたくなった。

俺がカメラを目の高さに挙げて、ちょっとうなづくと、男にもその意図が通じたらしく、口の中のケーキを何とか飲み下し、精一杯胸を張ってポーズをつけた。俺は覚悟しろと念じながら、写真を撮った。

それがこの写真だ。男の右手には、俺からもらったラッキーストライクが挟まれている。

そうしてこの後、風の吹き抜ける中、男の懐にライターを突っ込み、奴の煙草に火をつけてやったのさ。煙草一本のやり取りで、何とも言えない親和が、俺と男の間に芽生えたのを俺は感じていたんだ。

俺はいつでも人間を見るとき、その過剰や欠損にまず目が行ってしまう。そして、それがその人間の人生や人格に、どんな影響を与えているのか、考えこまずにはいられない。


読者諸君、失礼する。しかし、精神や欲望といった目に見えないものの過剰や欠損は、どう見抜けばいいのか。できることなら、それがわかる感受性が欲しい。もっとも、俺自身もある意味で、そう言った過剰や欠損を精神に宿した、一種のカタワだと思えるよ。

2 件のコメント:

  1. いいですね。
    プリント見てみたいです。

    タバコはこういう時 かっこいいなぁ。

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    1. プリントはまたいずれお会いできた折りにでもお見せします。
      もう少しヨーロッパの写真を焼かないと。印画紙も買わないと残りすくなですし。

      タバコなんか、吸わないのに越したことありませんよ。体と財布に毒ですからね。まぁ、ころさんにそんなこというのは、釈迦に説法ですね!

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