2015/06/25

Post #1541

またもや、車で事故ってしまった。左折しようとして原付を巻き込んでしまったのだ。
ウンザリだ。それについては、もう書く気にもならないぜ。
まぁ、一言でいえば身から出た錆って奴だ。
Bremen,Germany
承前。
昨日の話の続きだから、昨日読んでいない君は昨日の記事を読んでからね。人生なんて、いつだってそんなもんだ。

声を合わせて移民排斥を訴えているらしいゲルマン民族の皆さんに、一人の男が我慢ならないといった風情で、歩み寄って行った。
その足取りは力強く、肩のあたりには言葉にならない怒りが立ち上っているように見える。
大柄なドイツ人の皆の衆に対して、彼は小柄で、薄汚れた身なりで、サンドバックの様な袋を肩にかけている。
トルコ系の男だろうか。
ひげを生やした顔に輝く眼は、怒りに燃えている。
多勢に無勢、しかし臆することなく向かっていく。なんて勇気があるんだ!
自分たちの権利と尊厳を、断固として守ろうという意思が感じられる。

しかし、勇敢な男がレイシストたちの胸ぐらをつかむ前に、屈強な武装警察官が2,3人、疾風のような勢いで走ってきて、彼を制止する。そして、何とか彼の歩みを阻止して、諍いがおこらないように俺たちが対岸の火事のように眺めている、大通りのこちらに連行してきた。
仕方ない。ここで小さなつかみ合いを発端にして、暴動みたいなことになったら大ごとだ。警察としては、止めるべきなんだろう。
それはわかる。
分かるんだけれど、心情的にまったく納得いかない。
つまり、俺の感じた思いはこういうことだよ!

おいおい、お巡りさん方よ、本当に黙らせるべきは、その勇気ある移民のおじさんじゃなくって、移民排斥を訴えて大盛り上がりの連中のほうだろう!違うのかい?どっちが正しいと思ってんだ?

そりゃ、言論の自由があるから移民の排斥を訴えたって、罰せられることはないだろうよ。

けれど、自由ってものには、節度ってものが必要だと俺は思うぜ?
Bremen,Germany
移民のおじさんの怒りはまったくやむことがない。
自分よりはるかに背が高く屈強な警察官たちに対して、厳しい表情で怒りをぶちまけている。
その剣幕に、応援が必要だと思ったのか、それともただ状況把握しておきたいだけなのかわからないが、さらに何人かの警察官がおじさんのもとに駆け寄ってくる。
おじさんは、終始ズボンのポケットに手を突っ込んでいたし、その袋の中も何が入っているかわからない。ポケットの中には、何らかの凶器が握られているかもしれないと警察官なら思うだろうし、おじさんの頭陀袋も、中にどんな武器弾薬が隠されているか、外からはわからない。
分からない以上は、万全を期すというのが、プロフェッショナルだ。

高校時代に、自転車泥棒と間違われて、10数人のお巡りと3台ほどのパトカーに包囲され、制圧されかかった経験のある俺は、こんないかつい武装警官が何人も取り囲んでいたら、さぞかし気持ちが萎縮するよなっておもったのさ。俺ならこの状況で自分を抑えずに振る舞うことは、難しいかもしれんな。
けれど、おじさんはひるまない。
いつまでも、警察官相手に思いのたけをぶちまけている。
俺が思うにきっと、ドイツ人に対する不満があるんだ。生粋のドイツ人は、自分たちがやりたがらないような低賃金で、肉体を酷使するような汚れ仕事は、移民の仕事だと思っているんだろう!とか言っているに違いない。
自分たちはそんな仕事には見向きもしない癖に、自分たちの仕事を、移民が奪っているというのは、まったくおかしいじゃないか?これを差別といわなくて何を差別っていうんだ?
俺たちは奴隷じゃないんだ!同じ人間だろう!

そんなことを言っているんだろうと、想像してみた。

俺は、ついさっき見かけた駅の掃除夫のおじさんのことを思い出していた。
生粋のドイツ人が、サッカーの試合に浮かれて、ゴミを投げ捨てたそばから、やるせないような悲しいような表情で、黙々と掃除をしていたおじさんの顔に刻まれていた皺を。日に焼けて鞣した革のようになった肌を。
言葉がわからなくても、国が違っても、自分の身に引き寄せて、彼の立場に立ってみて考えれば、何を言っているのか、容易に想像がつく。



Bremen,Germany
警官相手に思いのたけをぶちまけたおじさんは、憤懣やるかたないといった風情で、移民排斥を訴える連中の背後を通り、駅に消えていった。

俺は、自分の目の前で起きた出来事の意味を考えてみる。

正直に言って、移民排斥を唱える人々は、俺には何かを恐れているように見えた。
経済的に仕事を奪われることを恐れているというだけでなく、彼らがいままで思い描いてきた、ゲルマン人の住む国ドイツと言う共同体が、多くの移民を受け入れることで、その自己同一性を保てなくなることを恐れているように思えた。
つまり、ドイツがドイツでなくなってしまうことを恐れているように思えたんだ。浅黒い肌をしたドイツ人、黒い肌をしたドイツ人、黄色い肌をしたドイツ人。彼らはそれが一番恐ろしいのかもしれない。

ヨーロッパを旅してみれば、実に多種多様な民族が混交していることに気が付くだろう。
もともとヨーロッパに住んでいるコーカソイドだけでも、東西南北でずいぶん違う。文化も肌の色も、言葉も違う。
それに加えて、道義的な観点と植民地を持っていたという歴史的な因縁から、ヨーロッパは様々な地域から、様々な宗教、文化、民族に属する移民や難民を受け入れてきた。
アフリカ系、インド系、トルコ系、アラブ系、アジア系。実に様々だ。
それは、日本に暮らしていると、想像もつかない軋轢を生む社会だ。

どこの社会にも、人々の集団と集団の間には、絶望的な断絶が存在する。

だからこそ、たった一人のニンゲンとして、他者に真摯に向かい合い、相手のことを思いやるべきなんだと俺は思う。
その時、たった一瞬でも人は深い断絶の谷間に、想像力によって橋を架けることができる。
そして、私たちの間には、違いよりも、似通ったもののほうが多いはずだ。きっと。

俺はそう信じている。
俺は、差別する側と差別される側があるのなら、差別される側に与したい。
なぜって、差別し誰かを貶めようとする者は、自分が貶められることを認めているのと同じだからだ。
俺は、自分が大好きだし、自分を貶めることはしたくない。
俺は、自分と違う価値観のニンゲンを恐れて、遠ざけようとするような臆病者ではありたくない。
未知なものを受け入れ、違う価値観を理解し、より豊かな世界を見出したい。
そして、短いこの人生を、もっと楽しみたい。

読者諸君、失礼する。俺も考えるさ。君も考えろよ。

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