2015/07/26

Post #1573

Patan,Nepal
君たちに、あわせる顔がない。

別に恥ずかしいことをしでかしたわけじゃない。俺は君たちを辱める様な事はしない。

ただ、今の仕事を最後までやり抜くことができなくなっただけだ。
けれど、それは俺には恥ずかしい。そして、悔しい。

銀座中央通りに面した、とあるブランドの旗艦店で仕事をするなんて、店舗工事屋の監督にとって、晴れがましいことだ。そんなチャンス、そうそうまわって来ない。
しかし、銀座は古い建物が多い。一見、美しくきらびやかな外見でも、それぞれのビルはかなり古いものが多く、壁一枚剥げばガタガタなんだ。

今回、俺が関わった物件も、そんなものだった。
1933年竣工と言うから、今から80年以上も前に建てられた代物だ。
毎日、大小さまざまな不具合が発見され、トラブルが発生し、そのすべてに向き合い、自分の知力、体力、見識、経験の全てを注ぎ込んで、昼となく夜となく格闘してきた。

フツーの神経なら、嫌になってしまうであろうが、店舗屋の監督ともあろうものなら、トラブルが起きると、どうやってそれを切り抜けてやろかと、心の片隅でワクワクするような狂った神経を持ってるものさ。
短い工期のなか、それぞれの工種を担う業者に無理を承知でお願いし、職人たちの心を鼓舞して、その能力を十二分に発揮してもらい、物件の完成まで、男たちを引っ張っていくのが俺の仕事なんだ。頭使って、身体使って、気を使って、出来るだけ金は使うなだ。

全ては、君たちに胸を張って誇れる仕事をするため、巨額の資金をつぎ込んだ施主さんに喜んでもらうために、くたくたに疲れ果てるまで働き、折れそうになる心を鼓舞して、鉄火場の現場を取り仕切るんだ。

しかし、予想外のあまりに大きな問題が発生し、工期が延びてしまった。さすが築80年だ。異例の事態だ。

この現場を終わらせたら、すぐ次の仕事が待っているはずだった。
当然、身体を二つに割って、どちらもこなすことなんかできない。

けれど、すでに次の仕事の契約書には、俺自身の手で社印を捺しているんだ。
そして、契約を一方的に破棄すれば、大変なことになるだろうし、俺は今後この業界で食っていけなくなっちまう。

まずいな。子供もできたってのに。

いろいろ悩んだ結果、当初の予定通りの日程で撤退し、この現場を途中で去ることにしたんだ。

痛恨だ。君にあわせる顔がないのさ。男がすたるとはこのことだ。

だって、これは例えるならば、今まで地方のマイナーリーグでプレーしていた選手が、いきなりメジャーリーグにスカウトされ、最高の舞台でプレーするチャンスを得たのに、試合中盤で選手交代させられてしまうようなものだからだ。
俺の気持ちとしては、今全力で取り組んでいる銀座の現場を最後まで見届けたい。
どんなに苦しくても、最後までやり抜いて、意気揚々として凱旋したかったんだ。
そうして、もしも君に逢う機会があったなら、俺は君たちに胸を張って、『どうだい、素敵だろう?あれは俺が作ったんだぜ、えっへん』と言いたかったのさ。

工程に余裕ができたため、業者さんたちはほっとしている。
俺はひとり、無性に悔しくて、喧嘩に負けた子供のように泣けてきそうだ。
仕方ない。この現場にいられる間だけでも、死力全力をつくして取り組んでいくのさ。

工程に余裕ができたおかげで、今日は休工になった。それがかえって、心苦しい。

君が一緒にいてくれたなら、この心も少しは晴れるだろうが、俺はたった一人だ。
たった一人で、俺を知る人が誰一人としていない街を、カメラ片手にぶらつこうか。
ここでは俺に興味感心を注いでくれるのは、不審者やシャブ中をしょっ引いてやろうと虎視眈々のお巡りさんだけだ。冗談じゃない。


読者諸君、失礼する。俺は自分がこの仕事のことを大好きなんだって、自分で改めて実感したよ。
まるで性悪女にほれ込んだようなものさ。
あぁ、俺は君に誇れるような仕事がしたかったんだ。

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