2015/08/01

Post #1579

Rabat,Morocco
先日、仕事の合間に古い友人と、銀座松屋の裏あたりのイタリアン・レストランでランチを楽しんできた。しんどい仕事の合間にも、そんな楽しみがないとな。
もちろん、俺は作業服なんだけど、表向きはなぁに構うもんかといった風情を装いながら、内心は作業服でこんな店は気が引けるなぁなんて思っていたんだけどね。
けれど、友人はそんなことちっとも気にしないのさ。気さくな庶民派なのさ。
子供のころからの友人で、何十年もご無沙汰だったけど、お互い昔と何らかわらず、気兼ねしない愉しいひと時を過ごしたんだ。デザートのケーキを、こいつは旨いぜ、一口食ってみなよとか言って、それぞれシェアしてみたりしてね。
目を閉じると、今でも彼女と自転車を並んで走らせ、他愛もないことを語り合い、分かれ道で自転車を止めて、夕日を横顔に浴びながら語り合った日々を思い出す。
今から30光年以上離れた世界の話だ。とっくの昔に失われてしまった時間だけれど、30光年離れた星から地球を見ることが出来るのならば、その懐かしい俺たちの姿を見ることができるだろう。
その頃があるから、今の自分がいる。そして、その頃は失われたわけではなくて、ただ、手の届かない遠くにあるだけだ。ほんの30光年ばかりね。
あまり詳細に思い出すと、懐かしくて、そんな時代にもどってみたくもなる。バック・トゥ・ザ・フューチャーだ。デロリアンが欲しくなるぜ。しかし、そいつは無理な相談だ。そんな思い出は俺の宝物として、お互いの胸の中にしまっておこう。そのほうが美しい。

その時の会話で、昔の同級生がいろいろと海外で生活したりした話を聴いたりしたんだ。

俺は旅行は方々しているけれど、生活の拠点を海外に置いたことはないからな。すこし羨ましく聞いていたんだ。
で、ふと自分がこうして日本で真っ当に働いて、地に足の着いた暮らしを営んでいるのが、不思議な気がするというと、友人も、「そうだね、昔からどこか遠くに行ったきりになって、もう帰ってこないような雰囲気だったもんね」と納得していた。
そう、どこか見知らぬ国を一人彷徨うように旅して、今頃どこかの森のバナナの木の下で肥やしになっていたって何の不思議もないと思っていたんだ。
どうして今、銀座のど真ん中で、大きな現場の責任者を任されて、昼夜を問わず真面目に働いているのか、自分でも不思議な気がするんだ。
俺としては、バナナの肥やしをやってるほうが自然なのにな。

そういえば昔から、俺の師父には、インドだけには行っちゃいかんといわれていたな。
インドがどうのこうのじゃなくて、俺自身がインドにどっぷりはまって、日本に二度と帰ってこなくなると言われていたんだ。さすが、俺の師父。俺の心などお見通しだ。

どうしてそうならなかったのか友人と話していると、やはり俺のカミさんがしっかりしてるからだという結論に至った。来年には子供も生まれてくるしな。
そういえば、師父もそういって俺のカミさんに礼を言ってくれたことがあったっけな。

友人と話が盛り上がったところで、現場からトラブル発生を告げる電話がかかってきた。
仕方ない。俺は友人と再会を約束すると、そうそうに面持を改め、現場に向かった。トラブル処理は俺の大好物だ。俺は現場のトラブルバスター#1なのさ。
友人からは安産祈願で水天宮のお守りを頂戴したぜ。無事俺の子供が生まれてくるように、友人自身も念を込めてくれたんだ。ありがとう。生まれたら、この友人にも見せびらかすのさ。

しかし、まだ十分に体が動く今のうちに、もっと遠くに行きたいな。
シベリアの森の奥、アマゾンの岸辺、炎熱のサハラ砂漠・・・。そんなところにも、ニンゲンは住んでいて、俺たちが思いもよらない生活を送っていることだろう。そして、基本的なところでは俺たちと変わりない幸せを追い求めて生きているだろう。俺はそんな人間を見てみたいのさ。

子供が生まれたら、そんな気も失せてしまうんだろうか?
それとも、一緒に連れて行こうか・・・。
塾になんか通わせるより、よっぽど子供の人生の糧になるに違いないさ。

読者諸君、失礼する。帰ってこないことが最善だよ。それが放浪の哲学さ。

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