2015/08/13

Post #1591

荒木経惟 陽子ノ命日 ワイズ出版刊
全ての日付には、何らかの意味がある。

先日の原爆忌が、日本人いや、むしろ人類が共有すべき意味を持つ日付だというのは間違いないが、局地戦ともいうべき卑小な人生を生きる、個々のニンゲンにも、それぞれに忘れられない日付と、それにまつわる記憶がある。
そして、それこそが個々の人間にとっては、何よりも重大な意味を持つものだと俺は思う。
ニンゲンは、自分自身の歩んできた道程から、自由になることはできないのだから。
むしろ、その歩みを自分そのものの一部として受け入れることでしか、次の一歩は踏み出せないのではないかしら?

世界的な写真家、荒木経惟にとって、人生最愛の妻陽子の命日である1月27日こそ、忘れえぬ日なのだという写真集だ。陽子こそ、電通のお抱えカメラマン荒木経惟を、天才アラーキーになるように支えた女性だ。アラーキーの生みの親といっても過言ではないだろう。
実際に、荒木経惟は陽子との新婚旅行を撮った私家版の写真集『センチメンタルな旅』で、真に写真家としての一歩を踏み出し、電通を辞めてフリーランスになったころは、陽子の貯金で食いつないだという。
これについては、当ブログのPhotographica #Aを参照されたい。くどいくらいに書いてあるさ。

今俺が悪戦苦闘している現場は、銀座の老舗書店の、築80年オーバーのビルにあるため、少し時間があると、その書店に作業服のままもぐりこんで、何冊かの本を買ってしまうのだ。
そこで、見つけたのがこの写真集だ。ワイズ出版から今年の5月25日に出版されている。ご覧になっておいでの方もいるだろう。
『陽子ノ命日』より
『陽子ノ命日』

思わせぶりなタイトルだ。
しかし、その中をめくれば、そこには単に荒木自身が、最愛の妻の命日にあたる一日を、コンパクトカメラで淡々と切り取って行っただけの映像的断片が収められているだけだ。

劇的なコトは、何もおこらない。

こんな写真を俺や君が、FBにUPしたとしても、だれもイイねなんてしてくれるとは思えない。
そんな写真が、ひたすら、時間の流れのままに並んでいるだけの素敵な写真集なんだ。
『陽子ノ命日』より
空、陽子の遺影、玄関の扉、家の前の道、タクシーの窓から撮ったと思しきスナップ、卓上コンロと皿に盛られた牛肉。すき焼。トイレ。などなど・・・。

拍子抜けするほど、単調な写真が延々と続く。
すき焼にしたのは、陽子の命日だからだろうか?
NHKのニュースキャスター、後藤健二さんとイスラム国、そして、交渉に応じるべきではないと語るアメリカのサキ報道官の写真なども続くが、それとて、単に陽子の命日にTVに写っていたものをとっただけとしか思えない。

唯一、その単調で平面的な写真をして、荒木経惟自身にとって、意味のある写真としているのは、写真の隅に印字された、’15 1 27という日付だけだ。

この素人じみた単調な写真は、この日付が入っていることで、深い意味を帯びてくるのだ。

もちろん、それは写真家以外にとっては、何の意味もない日付かもしれない。
しかし、俺たちは、その日が彼にとっての最愛の伴侶の死んだ特別な日だということを知っている。
そして、その一日に、稀有な力量を持った写真家が、目に付いた映像的断片を拾い集めるようにフィルムに収め、日付を印字したままプリントし、一冊の写真集にまとめ上げる事で、それらのある意味退屈な写真が、かけがえのないアウラを帯びることを目にするんだ。

『陽子ノ命日』より
荒木本人があとがきに書いていることを引用してみよう。

『だいたい人はさ、1日を繰り返しているわけだよ。
「繰り返している」って意味では、退屈なんだね。
そりゃ忙しかったり、事件がある日もあるけれど、
かならず退屈という隙間もあるのさ。
アタシのいまの写真の境地は、
その「退屈」なんだよ。
いままでだったら没写真のようなのがいいね
この写真集は、
陽子の命日だけを写したんだけど、
特別にじゃなく、
朝起きてタクシーに乗って出かけて、
夜帰ってくるっていうのを、
いつもと同じように、
同じようなトコを淡々と撮った。
1日だけを撮っても、コトは写るからね。
どんどんありのまま、そのままになっていく。
写真にあまりにも近づきすぎちゃっている。
もっと退屈でもよいくらいだよ。
『陽子ノ命日』は、
陽子の遺影にローソク1本、あげたようなもんだね。
幽かな写真の光が灯っている。』
(荒木経惟 写狂老人日記 陽子ノ命日 より)

凡庸な写真家が、退屈がイイといってある一日を写真集にまとめようとしたところで、それで写真集が成立できるとは思えない。
ましてや、写真にあまりにも近づきすぎちゃっているなんて、絶対に言えないだろう。

それが成立してしまっているのは、ひとえに荒木経惟が、この写真に日付を入れている事で、それが(私たちにとっては意味のない一日の、意味のないシーケンスでありながらも)、写真家本人にとっては、言葉では語ることのできないような、深い意味をもった一日に、彼自身が心に去来するものの反射として、写し撮ったものだという想像力が、私たち自身のなかにはたらくからだ。
それが、写真には写ってはいないが、(実際には日付として写り込んでいるのだが)すべての写真を貫くスピリットとして作用し、これらの写真を一冊の写真集として成立させているのだといえよう。

また、見る者の網膜を刺激するような写真、見るものをして驚愕驚嘆させるようなあざといイメージ(あえて写真といわず、イメージといわせていただく)が、世界中に溢れかえっている現在に、『どんどんありのまま、そのままになっていく・・・もっと退屈でもよいくらいだよ』と言ってのけることなど、荒木経惟以外の誰に言える言葉だろう?強いて言えば、中平卓馬か?

俺はこの言葉に触れたとき、かつて思想家の吉本隆明が、知の究極の目標は、知の頂点を極めたのちに、非知へとゆるやかに着地することだといった言葉を想起する。

長年にわたって培った技術もセンスもはからいも、すべて捨て去って、ただ目の前に生起する現象を、淡々とフィルムに収める。
あえて意味を問うことなく、目の前の現実を全て等しく見做して、たださらさらとシャッターを切っていく。
おあつらえ向きの構図だの効果だのと言うような、皆は重要だと思っているものを一切排除してシャッターを切っていく。

これは、できそうでできないことだ。

写真に真剣に取り組んだことのある人なら、それがどんなに驚くべきことなのか、わかってもらえると思う。

そのあたりまえながらも、誰にもできないことを、さも気の無いような様子で、サラリと言ってのける荒木経惟の驚異的な力量よ!

読者諸君、失礼する。喪失した日付は、忘れることができないものだ。それこそが、ニンゲンであるし、その喪失の意味を背負っても、なお生きてゆかねばならないものも、私たちニンゲンだ。

2 件のコメント:

  1. 私は、中島敦の「名人伝」を想い出しました。
    ちょっと違いますが。

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  2. 計らいを捨てたその先に、世界そのものからの光が差して来るように思います。それを受け入れ、素直に受け止めるところに、ストレートな写真の地平が開けるようにも思えます。
    言わば、写真の他力本願ですか。

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