2015/08/16

Post #1594

Bodhanath,Nepal
お互いに思いやりや愛情のこもった言葉を交わしていると、言葉を重ねるほどに、幸福感が増してくるよね。
ますます相手と話していたくなるのさ。
ユーモアと思いやりのこもった言葉をやり取りすればするほど、そして相手のことを知って、理解すればするほど、どんどん幸せがましてゆくような気がするんだ。
そういうもんじゃないかい?
ほら、恋人と話をしたりしてることを思い出してごらんよ。
他愛もないことかもしれないけれど、あれって幸せだろう?

人を誹謗中傷したり、批判しあったりするのは、言葉を重ねれば重ねるほど、互いに心が荒んでくるのさ。応戦しなくても、自分の尊厳を踏みにじるような言葉を投げかけられたりしたら、だれだって心が暗くなってしまうだろう。悲しい事さ。
言い返してみたところで、自分も相手も、ますますお互いのことを否定したくなって、ムキになった挙句に、自分自身の心を曇らせてしまうんだ。
しかも最悪なことに、それにじぶんで気が付かない。
それで相手を論破できたり、社会的に貶めたりできたところで、結局は自分の心が貧しくなるだけだよ。
バカバカしいッたらありゃしないぜ。
せっかく素直な心をもってうまれてきたのに、それを糞まみれにして何が幸せなんだろう?

僕は、誰かを誹謗中傷するような言葉は、もう使いたくない。
もちろん、納得いかない社会のあれやこれやを指弾するのを、やめる気はないけれど、具体的な誰かを批判したりこき下ろしたりするのは、つまらないからやりたくないのさ。


自分の心を貧しくするのは、ごめんだ。
この人生をもっと大切に使いたいのさ。


もって生まれた激しい気性は、自分の大切な人たちを守るためだけにとっておくのさ。
自分の大切な人たちと、心を通い合わせるような話をして、自分も相手も、もっと幸せを感じたい。

殺しあうよりも、非難しあうよりも、愛し合ったり、思いやっりあったりするほうが、愉しく生きられるんじゃないかしら?

読者諸君、失礼する。ごきげんよう。あたりまえのことだけど、あたりまえのことをあえて言わなければいけないなんて、世の中どうかしてるぜ。

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