2015/09/30

Post #1638

HomeTown/Nagoya
昨日はあまりにいろいろあって、ブログを更新できなかった。
けっして病気して、寝込んでいたり、車で事故ってあっけなく死んでいるわけじゃないので安心してほしい。

俺の終生のライバル福山雅治が吹石一恵と結婚したことに触れた菅義偉官房長官は、次の湯に語ったと今朝の新聞は報じている。
『この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思っています。たくさん産んで下さい。』

俺はふざけるなといいたい!

子供を産み育てることが国家に貢献するのではなく、国家こそが、子供たちや親たちに貢献するべきなのだ。

そもそも国家とは何なのだ?
国家とはどこにあるのだ?
それは与党政治家の集まりなのか?
それは官僚機構のことなのか?
天皇陛下を中心とした臣民の集まりのことなのか?
それとも法体系のことなのか?
其れとも、政財官の巨大な利権機構のことか?

国家なんてものは、幻想の産物に過ぎないんだぜ。幻みたいなものだ。誰も猫を捕まえるようにして、これが国家だなんて言うことはできない。概念であり、システムに過ぎないんだ。
強いて言えば、国家とは、俺たち一人ひとりの国民の意志の集合体である一般意思が契約によって生み出したものに過ぎない。

そんなものに貢献するために生きているつもりはないし、国家のために俺は子供を作ったつもりもない!
そもそも、かつて富国強兵を目指した旧大日本帝国では、産めよ増やせよと子作りが奨励された。
そう、子供たちを明日の兵士として、戦場で消費するために。
その手の人間を舐めた発想から、俺たちは脱却しなけりゃならないんだ。

国家のためだぁ?バカバカしい!

突き詰めていくとあやふやな存在である国家のために命を懸けるなんて、あほらしい。俺は自分の惚れた女のためになら、自分の子供のためになら、喜んで命を懸けるけど、女たちも子供も、俺が泥をすすっても生きるほうを望むだろうよ!

俺は自民党の諸君とは、方向性がまったく違う。国家のために国民がいるのではなく、市民に奉仕するために、国家という幻想のシステムが存在しているのだ。自民党の政治家は、なにもわかっていない。
戦争法案を強行採決したら、次は経済最優先?みんなの不満を市場に金をぶち込むことで解消しようっていう、姑息な手段だ。
子供を産んでくれと言うのなら、もっと保育や教育に予算をつぎ込み、そこで雇用を生むことくらい考えてもイイだろうに!

そんな俺を批判する奴だっているだろうが、その人たちが普段からどれだけ国家に対して忠誠とやらを誓って、国家に貢献するべく社会活動をし、国家の運営費たる税金を、できるだけたくさん払おうとしているか分かったものじゃないぜ!

読者諸君、失礼する。俺は間違っていない。間違ってるのは自民党の連中だ。みんな、口当たりのいい言葉に騙されるな。

2015/09/28

Post #1637

HomeTown/Nagoya
俺はこの土日、性懲りもなく銀座の現場に舞い戻り、ほとんど眠らず、月明かりに照らされながら夜通し働いて、朝7時の新幹線で名古屋に戻って仕事をしていた。
危うく新幹線で寝過ごして、、京都旅行に行っちまうところだったが、不屈の精神力で名古屋の手前で目を覚ましたのさ。さすが、業界で眠らない男といわれてるだけのことはある。

とはいえ、図面とにらめっこしてるだけのデスクワークだ。
眠たくて仕方ない。というか、気が付くと終日居眠りしていたようなもんだ。

帰り道、眩しいくらいに輝く月に照らされて家路をたどった。
月を見ると、自分にとってかけがえのないひとを思い出す。
その人も、同じ月を見ているのだろうかと思うと、少し嬉しく、少し切なくなる。
そうして家にたどり着き、泥のように眠っていたのさ。

ひと夏を費やした銀座の仕事は終わった。
あとはオープン前のレセプション・パーティーに行くだけだ。楽しみだな。誰かすてきな女性を連れていきたいもんだぜ。

読者諸君、失礼する。想えば今年はいろんなことがあった夏だったよ。ここにかけないことばかりだけどね。

2015/09/27

Post #1636

Paris
今朝の4時まで仕事をして、ホテルに帰って短い睡眠をとる。
朝の8時に仕事の電話で起こされて、仕方なしに目を覚まし、シャワーを浴びるのさ。
ホテルのシャンプーは、どうして髪がキシキシしたり、ゴワゴワしたりするのかな。
朝食のクロワッサンを腹に詰め込み、コーヒーを腹に流し込むと、もう宿を出ないといけない時間が迫っている。
出発のお時間だ!

さて、今夜も銀座で夜勤なんだが、それまで何をして遊ぼうか?

ほんとうはどこかで眠っていたいんだが、流れ者のおいらには、そんな場所なんてどこにもないのさ。
いっそ、女の子でも誘って、話題の春画展でも見に行こうかな?

そんなの誘って、ホイホイついてくる女の子なんているのかな?

いやいや、もしいたとして、春画なんて見て、むらむら変な気分になったら厄介だぞ。

まぁ、どうだってイイや。

読者諸君、失礼する。なんだか眠いが、どうしようもないな。

2015/09/26

Post #1635

Bhaktapur Nepal
オトナが楽しそうに笑っていない社会では、子供は大人になることは、なんてつまらない事なんだろうって思ってしまうに違いない。
自分がもし、いま12歳の子供で、朝夕の通勤電車に紛れ込んでみたら、大人になるってことは、ひどく憂鬱なことだと思ってしまうに違いない。

だからせめて、僕は楽しそうに振る舞っていたい。

へヴィーな状況に直面しても、それを難易度の高いゲームのように楽しんでいたい。
実際に愉しいからね。
気分の赴くままに、ステップを踏むように軽やかに歩んでいきたい。
愉しいときにはたからかに笑い声を響かせていたい。
思いが溢れてきたときには、涙を流していたい。
誰とでも分け隔てなく、打ち解けていたい。

大人しく振る舞うなんて、家畜じゃないんだぜ。

そんな僕の姿を見た子供たちが、大人になるって、あんなに楽しそうなことなんだって、ワクワクするように。

読者諸君、失礼する。体調は全然万全じゃないけれど、今から東京に出かけて、夜の工事をしてくるつもりさ。口元に笑みを浮かべながらね。

2015/09/25

Post #1634

Nepal
本日、体調不良で仕事を休んだ。
よって、写真のみでお許し願いたい。

読者諸君、失礼する。フラフラだ。

2015/09/24

Post #1633

東門市場、台北、台湾
今夜は写真のみお送りしよう。
明日が自分の会社から自分自身に給料を払う日なんで、帳簿を整理しないといけないんだ。

読者諸君、失礼する。まずは一風呂浴びてくるとするか。

2015/09/23

Post #1632

Nepal
おんぼろのバスに乗って、いったいどこにいこうというんだ?

彼らは前を気にしているだけましだ。

読者諸君、失礼する。今日も君にとって、イイ日であることを祈ってるよ。

2015/09/22

Post #1631

Boudhanath,Nepal
金子光晴は、すごく好きだ。
贔屓の引き倒しで、このブログでも何度も紹介している。
作家の高橋源一郎は、金子光晴の詩を読めば、人生の中で、最低でも一人は素晴らしい彼女ができると断言していた。
高橋源一郎自身も5回も結婚してるんだから、大いに信憑性があるな。
僕自身のことはここでは触れないし、言えないこともあるけれど、高橋源一郎のいうことは、間違いないと思う。

この『女たちへのエレジー』のなかに収められている『愛情69』という詩集から、一つ好きなものを引用しよう。

愛情55

はじめて抱きよせられて、女の存在がふはりと浮いて、
なにもかも、男の中に崩れ込むあの瞬間。

五年、十年、三十年たつても、あの瞬間はいつも色あげしたやうで、
あとのであひの退屈なくり返しを、償つてまだあまりがある。

あの瞬間だけのために、男たちは、なんべんでも戀をする。
あの瞬間だけのために、わざわざこの世に生れ、めしを食ひ、生きてきたかのように。

男の舌が女の唇を割つたそのあとで、女のほうから、おづおづと、
男の口に舌をさし入れてくるあの瞬間のおもひのために。


(金子光晴 『愛情55』 講談社文芸文庫『女たちへのエレジー』 222頁より)

こういうのは、人によっては好き嫌いがわかれると思う。なんだよ、淫らなだけじゃないかって。
けど、一人の男として、すごく共感できる。
これに共鳴する心がないってことは、自分だったらさみしい人生だと思う。こころが乾いて、干からびてるのさ。もしくは、素敵な恋愛をしたことなんてないのかな?

その一方で、こんな気持ちもよくわかる。



神經をもたぬ人間になりたいな。
本の名など忘れてしまひたいな。

女たちももうたくさん。
僕はもう四十七歳で
近々と太陽にあたりたいのだ。

軍艦列島が波にゆられてゐる。
香料列島がながし目を送る。

珊瑚礁の水が
舟の甲板を洗ふ。

人間のゐないところへゆきたいな。
もう一度二十歳になれるところへ。

かへつてこないマストのうへで
日本のことを考へてみたいな。

(金子光晴 前掲書 『女たちへのエレジー』 14頁より)


旅が好きで、いつも旅に憧れている僕には、本当によくわかる。
本の名など忘れてしまいたくもなる。帰ってこない旅に、旅立ちたくもなる。
年が明ければ、僕も四十七歳だしね。
シベリアの針葉樹の森や、
サハラ砂漠の砂丘、
アマゾン河を抱く密林、
そして南方の島々。

いずれも彷徨ってみたいところばかりだ。
その時も、きっと古今和歌集を持っていくだろうな。
僕の古今和歌集には、飛行機のチケットの半券が、栞代わりに何枚も挟んであるくらいさ。

じゃぁ古今和歌集のなかでは、どんな歌が好きなのかと聞かれたら、とりあえずはこれかな。

わが恋は ゆくへも知らず はてもなし あふを限りと 思ふばかりぞ


(巻第十二 恋歌二、611  凡河内 躬恒)

僕はこの歌が、すごく好きだ。

いったいこの恋は、どう展開し、どこに落ち着くのだろうか、そんなのまったくわからないけれど、ただ次に逢うことだけしか、考えることが出来ないだなんて・・・。
行方も果てもないってことは、道ならぬ恋なのかもしれないな。
互いに求めあっているけれど、けっして恋愛➩結婚とかいう流れを辿ることのない恋なのかもしれない。
そんな所帯じみた落としどころなんて、端から切り捨てているがゆえに、逢いたい思いは激しく切ない。愛しい女性に、もう一度逢いたいという思いだけが、張り裂けそうな胸につまっているように感じる。

そんな狂おしいほどの想いを、胸に宿したことのない人生は、つまらない。

それがわかるようになったのは、かなり大人になってからの気がする。
けど、その一方で、物心ついたガキの頃から、僕はずっとそんなんだったような気もする。

読者諸君、失礼する。どんなロジックよりも、エモーショナルな言葉に僕は魅かれる。
もうすぐ、夜もあける。

2015/09/21

Post #1630

Tainan,Taiwan
仕事の合間に本屋をのぞいてみる。
俺の現場は、老舗本屋のビルを間借りしてるテナントなんだ。
あくまで、名目上は工事の騒音がどれくらい聞こえるかの確認だ。
けれど、俺は本が好きなんだ。
たくさんの本がある。本屋だから当然だ。
なにか読んだことのない本を探して、本棚から本棚をうろつく。
色とりどりの背表紙が、魅惑的な文句で俺においでおいでしている。

いつも、一冊で世界を貫く真理に触れるような本に巡りあいたいと思っていた。

けど、そんなものはないんだ。世界を貫く真理なんてものが、実はないように。
だから、次々と本を買い続ける羽目になる。

小説はいまはいい。なぜって、誰かの書いた架空の人物のドラマよりも、俺の人生のほうが俺にとってはよっぽどドラマチックだから。

旅行記は確かに読みたい。けれど今読んだら、どこか遠くに旅立って、もう帰ってきたくなくなってしまうだろう?危険すぎるさ。俺には麻薬と同じだ。

写真集かぁ・・・。あいにくと俺が欲しいような写真集は、普通の本屋にはあんまりおいてないのさ。アイドルの写真集なんか、欲しくないしね。

小難しい哲学書や思想書も、いまはいい。俺は頭の中から理論や理屈を放り出して、軽やかになりたいから。墜落寸前の飛行機が、荷物を捨てて、なんとか飛び続けようとするようにね。

歴史書も読みたくない。確かに興味はあるけれど、どの歴史も、ある視点からのものに過ぎないのさ。一方の立場に加担したくない。人間はいつだっておかしなことしかしちゃいないしな。なによりかにより、これ以上頭の中にトリビアを増やしてどうする?

自己啓発を促すようなビジネス書なんかには、はなっから目もくれないさ。



こうして俺は、何も買わずに現場にもどり、休憩時間にはカバンから本を取り出す。

いつも身に着けるように持ち歩いている『古今和歌集』と金子光晴の詩集『女たちへのエレジー』を。好きな詩は、いつだって自分の人生に響きあっているように感じるものさ。

読者諸君、失礼する。人生は本の中で展開してるんじゃない。ましてやTVやスマホの画面のなかでもない。

2015/09/20

Post #1629

Kathmandu,Nepal
僕はいつでも自分のことをしゃべってばかり。
きみはわらってばかり。
僕はきみのはなしをもっと聞きたいっていうのに。

けど、きみは昔っから僕はそんなんだっていうのさ。
やれやれ、まいったな。僕のことなんかどうだってイイってのに。

読者諸君、失礼する。

2015/09/19

Post #1628

Shinbashi,Tokyo
朝、行楽客で満員の新幹線に乗って東京に戻ってきた。
戻ってきたという言い方が、もうすでにおかしい。
しかし、山手線に乗り換え、銀座にもっとも近い有楽町の改札をくぐったときのウキウキするような高揚感は、単に現場に戻ってきたというものではなく、住み慣れた町に帰ってきたような類のものだった。

2か月以上ここで悪戦苦闘していたからな。

この連休、完成に向けてどこまで近づけることができるか、楽しみだ。

ふと振り返ると、自分が仕事が大好きだってのが、わかる。苦しんだ現場ほど、実は愛着があるものさ。

読者諸君、失礼する。明日も朝早いのさ。

2015/09/18

Post #1627

Tokyo
世間はあすからシルバーウィークとかいう連休だ。いつの間にそんなもんができたんだ?知らなかったぜ。
もう何年も祝日なんて関係ない仕事をしているからな。
明日から俺はまた、東京に舞い戻って、現場を切り盛りするんだ。
これから荷物の準備もしなくちゃいけない。こうしちゃいられないんだ。
だから、これで今夜は失礼するぜ。

やれやれ、たまにはのんびりプリントしたいぜ。

読者諸君、失礼する。よい休日を楽しんでおくれ。

2015/09/17

Post #1626

Fes,Morocco
妊娠しているカミさんが、なんだか無性にパスタが食べたいというので、仕事帰りに百貨店の食品売り場でなんやかんやと買い物して、雨のなか家路を急いだ。水あめでふやかしてないベーコンと生クリームを買って、カルボナーラを作ろうと思ったのさ。

途中でカミさんから電話がかかってきて、なんだかいつもと違って不安だから、病院に行きたいというんだ。かなりうろたえている。流産しかかってるんじゃないかってオロオロしていた。
俺は、『病院で見てもらってから泣けばいい。急いで帰るから待ってろ』と言うと、雨足の強まってきた夜道を急いだ。

帰って食材を冷蔵庫に放り込むと、俺はカミさんを車に乗せて病院へと急いだ。とはいえ、妊婦を乗せているので、安全運転だ。事故はもう懲りてるのさ。

結果的には問題なかったようだ。やれやれ。

最近、おなかの中の子供が動き始めているようだ。
で、その頃から、うちのカミさん面白いことを言うようになってきやがった。
どうにも肉っぽいものとか、甘いものが無性に食べたくなるという。

俺はかなりの肉好きなんだ。やっと気が合ってきたな。酒飲みっではないからかケーキも大好きだ。コーヒーショップでしばしばケーキセットを楽しんでるのさ。

カミさんは、いままでそんなモノを食べたいって思うことなんかなかったそうなんだ。
カミさんが言うには、きっとおなかの中の子供が、そういうものを欲しがってるんじゃないかっていうんだ。今日のパスタも、ふと食べたくなったっていうんだ。

肉も、甘いものも、パスタも俺の大好物だ。

カミさんは言うんだ。俺の好きなものばかり食べたくなるってことは、きっとおなかの子は、俺にそっくりな子供が生まれるに違いなってね。

それだけじゃない。車や新幹線に乗ってるときに、しばしばおなかの中で赤ちゃんがもぞもぞ動くのを感じるんだそうだ。

俺も車は大好きだし、新幹線や離陸する直前の飛行機なんかも好きだ。

やはり、俺によく似た子に違いないってカミさんは言うんだ。

そいつは楽しみだな。

読者諸君、失礼する。カルボナーラは上手くできたぜ。もちろんおいしかったさ。

2015/09/16

Post #1625

Taipei,Taiwan
毎日会議ばかりで、俺は腐ってる。
俺は会議室が似合う男じゃない。自分の仕事にさほど関わりもない話を延々と聞かされるのも苦痛だし、退屈だ。しかも、問題があることを皆が認識するだけで、なんの結論も出ないような会議、やってどうなる?
せっかくのダイヤモンドが、石炭のように干からびちまいそうだ。俺は、もっと一分一秒を惜しんで判断し、四方八方悪あがきして手を尽くし、目の前の問題を打開して、具体的な形を作っていくっほうが好きなんだ。机上の空論じゃ、俺を本気になんかできるもんか。

こんなことなら、銀座の仕事を続けていりゃよかったぜ。

思わず、えらいさんたちの目の前で、堂々と居眠りしちまったぜ。

なぁに、構うもんか。気にしちゃいないぜ。

読者諸君、失礼する。気を抜いてても、怪我したり死んだりしないような仕事は、俺向きとは言えないな。

2015/09/15

Post #1624

Paris
今日から、新しい仕事場に乗り込んだ。
46歳にして、俺が最年少とはどういう職場だ?お達者クラブだ。
しかし、この先半年、ここで学んで、ここで稼がないといけないんだ。
俺はまだまだ成長するのさ。
なぜって、まだまだ俺という人間は、完成にはほど遠いからだ。

俺はもっと寛大な人間になりたい。
俺はもっとパワフルで勁い人間になりたい。
俺はもっとましな人間になりたい。

けど、そう思えば思うほど、おかしな人間だと思われるし、粗野でずぼらな人間におもわれてしまうのさ。困ったもんだ。しらけて生きていたい奴は、四六時中スマホのゲームでもやってるがいいさ。


ふと、どうしようもなく昔懐かしいTHE BLUE HEARTSの『未来は僕らの手のなか』が聞きたくなって、CD屋を二件まわってGETしてきた。

18歳の俺にとって、THE BLUE HEARTSの登場は、衝撃だった!
ついに日本にもこんなロックをやるバカが出てきたと興奮した。

46歳になった今、もう一度聴いてみたら、やっぱりよかった。
呆れるぐらいにシンプルで、恥ずかしくなるくらいにストレート。
けど、それがいいのさ。それがサイコーなのさ。
俺はこんなシンプルでストレートなロックそのままにいきてきたんだって思ったよ。
誰もが、大人になるとそんなの忘れちゃうけど、俺は忘れなかった。
忘れなかったから、こんな人間になれた。
こんな人間になったから、毎日ドラマチックだ。人生が面白くて仕方ないんだ。

ドラマチックだから、辛かったり悲しかったりすることも、たくさんあるけどね。

読者諸君、失礼する。
決して負けない強い力を、僕はひとつだけ持ってる。
君にだけ教えよう。それはロックンロールを信じてるってことさ。

2015/09/14

Post #1623

Bhaktapur,Nepal
今日は充実した一日だった。
腰の痛みに耐えかねて朝の6時に目を覚まし、コーヒーとパンの朝食をとるやいなや、洗濯、ゴミ出し、帳簿付けをサクサクこなし、朝からかかりつけの病院に行き、風邪の薬を処方してもらってきた。明日からの仕事に備えて定期券も買っておいたし、家の近所の神社で、猫と遊んだりもした。

今日は忙しかったんだ。高校時代の友人(女性というか、強烈なパワーのおばちゃん)と昼食を共にする約束をしていたんだ。なにしろ、こいつと会うのは20年以上ぶりだ。お互い、騒がしいもの同士だ。長年のブランクなんてへいちゃらだ。

こじゃれた昼飯を食いながら、俺は今日がたまたま母校の学園祭だってことに気が付いた。
どうだい、今から行ってみないか?って振ってみると、友人はぱっくん食いついてきた。
OK、いいだろう。行ってみようじゃないか。
俺たちは食事を終えると、中年お騒がせカップルといった風情で二人で車に乗り込み、懐かしい道のりをひた走ったのさ。

なにしろ、卒業したのが昭和62年だからな。どんな大昔だよ。
懐かしいッたらない。
父兄も高校生や中学生の皆の衆も、大声でしゃべりながら、我が物顔で校内を歩き回る俺たちに、不審と好奇の入り混じった視線をそそぐ。
なぁに、構うもんか。
ただし、警察呼ぶのは面倒だからやめてくれよ。見てくれほど悪い奴じゃないんだぜ。
笑いたければ笑ってくれていいぜ。ニンゲン、笑っていたほうが幸せだ。君たちがそれで幸せなら、もっと面白くしてやるさ。
俺はそんな視線には馴れているので、かまわず校長いるかい?とノックして校長室を覗きこむ。
昔ながらの生徒会室に勝手に入り込んで、現役の生徒会長君に『やぁ、俺が大昔の生徒会副会長さ、よろしくな!がんばってくれよ!ガッハッハ』とか言って回ったりしたのさ。

いったい何様だ?強いて言えば、俺様だってところだな。

かつて、俺のことを知らなければ、この学校の教師ではないとまで言われた問題児のことも、今や知る者はいないのだ。残念!
私立の中高一貫校とはいえ、先生たちもすっかり爺さんになり、一線を引いていた。
老兵はただ去るのみだ。
わずかに残っている先生の頭にも、髪はまったく残っちゃいなかった。
体育館では、イケメンコンテストなんてやっていたから、俺も乱入すればよかったぜ。
さすがにそいつは、友人に止められちまったわ!

すっかり様変わりした学校は、どこか寂しいものがあった。
今振り返ると、あれはとても大切な時間だったようにおもえるよ。
けどまぁ、今更戻りたいとも思わないけどな。ときおり、旧友と顔を合わせ、懐かしみ、自分のいまの立ち位置を確認するくらいがちょうどいいのさ。

愉しかったぜ。

15日から新しい仕事だ。体調は万全にほど遠いが、気合入れていくかな。
俺は何時だってフルスロットルだ。

母校の文化祭を覗いてみてノリノリの俺

2015/09/13

Post #1622

原宿、東京
今頃になって、この夏の仕事の疲れがどっと出ている。
腰というか、ケツというか、具体的に言えば、骨盤の右の仙腸関節に鈍い痛みが常駐している。
これとリンクするように、右の腿やふくらはぎに圧迫するような違和感がある。
整体に行っても、整形外科に行ってもよくはならない。整形外科医は俺の同級生なんだが、これまたレントゲンを撮って投薬するだけで、患部に触ってみようともしない。それでわかるのか?
もっとも、男にそうそうケツを触られるのも、気が進まないがね。
春先の痔の話で懲りてるんだ。

そんな状況でも、カミさんのマタニティーウェアを買いに行ったり、一昨年の正月過ぎに死んだばあさんの納骨を済ませたりと、なにかとやらねばならないことが目白押しで、俺、すっかり疲れちゃったんだよね。それで昨日は、どうにもこうにも動けなくて、ブログを書くことすらままならなかったわけだ。

なぁに、人生そんなときもある。そんなときばかりだったら、困るがね。

俺が東京で働いているうちに、カミさんは切迫流産の危機を乗り越え、何とか安定期に突入してくれた。ありがたいことだ。
俺が帰ってくる直前には、腹のなかで、もぞもぞと赤ん坊は動き始めていたらしい。いわゆる胎動という奴だ。
しかし、俺が帰ってきたとたん、ピタリと動きが止まってしまったんだとよ。

きっと、いままで聞いたことのない声なんで、警戒してるんだろうよ。

参ったな。

そんなわけで、俺は毎日カミさんの大きくなりはじめ腹に手を当てて、『おれがお前のおとーさんだぞ、覚えとけよ』と言い聞かせているわけだ。
さて、効果はあるのかな?

読者諸君、失礼する。どうにも俺、風邪ひいてるんじゃないのかな。傘が嫌いだからって、台風の大雨のなか、ずぶ濡れになって歩いてたり、パジャマをもっていくのが荷物になるからって、パンツ一丁やフルチンで、クーラーかけっぱなしで眠っていたからな。やれやれ、無理もないぜ。

2015/09/11

Post #1620

On the Ferry,Denmark
今日9月11日は、例の911の日だ。
あの日から世界は公然とその残酷で無情な姿をさらけ出してきた。
あれからずっと、世界では殺し合いが続いている。
君や君の大切な人と同じようにかけがえのない人々が、たくさん殺され続けている。
いつかは黙っていても死んでいく人たちを、殺しまくってどうするつもりだ?
悲しくなってくるぜ。

そしてまた、俺には忘れがたい、2000年の東海豪雨のあった日でもある。
奇しくも茨城や栃木では大雨で堤防が決壊し、多くの方が避難し、また行方不明になるという事態が続いている。
まずはかの地の人々が、無事でいてほしいものだ。
そして、一日もはやく、もとの安寧な生活に戻れることを願っている。

久々に家に帰ってみると、とんでもなく散らかっていた。さすが、妊娠初期のカミさんをひとり家に残して出張すると、家のなかは片付かないものだ。
とりわけ、風呂、トイレ、洗面、流しといった水回り関係は汚れが著しい。ヌメリとかびでえらいことになってやがる。
俺は恐るべき微生物の繁栄ぶりを目にするために、キャーって悲鳴を上げて掃除していた。損なわけで、昨日の夜はブログどころじゃなかったんだ。

腰痛というかケツの筋肉が痛んでいるんで、整体にゆき、そのあとで行きつけのカメラ屋に出向き、ソニーのデジカメを買ってきた。RX100M3だ。ソニーのコンデジは、ツアィスの銘レンズ、バリオ・ゾナーがついているので文句なしだ。つい最近、M4が発売されたので、安くなるだろうと踏んでいたんだが、中古の出物があると聞いて、迷わずそちらにしたんだ。
Sony RX100M3
あくまでも、こいつは仕事用だ。仕事用だからな。税務署さん、そこんとこ誤解しないで下さいよ!

そのあとで、カミさんを連れて産婦人科へと連れてゆき、検診を受けた。
まだ5ヶ月になったばかりだ。エコーを見ていると、小さな指で何かを指さすような動きをしていた。
命ってのは不思議なもんだ。理屈ではわかっていても、まったく不思議だ。

そうして、夜には俺が食事を作ってみた。俺の得意料理、ミートソースとナスのスパゲティーだ。
食後には、先日買ったコンタックスⅡに35ミリのレンズをつけて遊んでみたりしてたのさ。

読者諸君、失礼する。たまにはそんなのんびりした日もあっていいだろう?

2015/09/10

Post #1619

Osaka
昨日でこの現場から撤退だというのに、腰が痛くて呻いていた。
あまりに痛くて息をするのも辛いほどだった。
腰から下の右半身が痺れたような感覚に付きまとわれていたんだ。

で、自分にとって最終日だというのに無様に呻いた挙句、ハヤビキしてしまったのだ。

無念だ。きっと、きょうで最後と思うことで、今まで張りつめていた気が緩んだのだろう。
よくあることだ。むしろこの70日、大きく体調を崩すこともなくやってこれたものだ。
とはいえ、酷使した体はボロボロだ。あそこもここも痛みを感じるほどだ。いやぁ、参ったな。

けれど、今日まで自分の出来うる限りの力を尽くしてきたつもりだ。
君たちに恥じるところはどこにもない。

腰が痛いと言っても、まぁ良しとしようぜ。

読者諸君、失礼する。

2015/09/09

Post #1618

Kathmandu,Nepal
ここんところ、毎日雨だな。

気分が滅入ると言いたいところだけれど、天候ごときに左右されていてどうする?
雨雲の上には、太陽が輝いてるんだぜ。
たしかに雨に濡れた安全靴で働いていると、夕方にはすっかり足が白くふやけていやがるけれど、心までふやけてるわけにはいかないんだ。

叩きつける様な雨のなか、傘もささずに前を見据えて歩いていくんだ。俺は傘をさすのが嫌いなんだ。
女の子と相合傘ならやぶさかじゃないけどね。細い肩を抱くようにして雨のなかを歩くのさ。

けれどもこちとら男一匹、台風ごときに負けてるわけにはいかないんだ。

読者諸君、失礼する。しかしですなぁ、女の子の魅力には、ころりと手もな負けちゃう俺さ。

2015/09/08

Post #1617

Ikebukuro,Tokyo
写真はかつて、池袋で撮ったものだ。池袋に行くと、必ず職質を喰らう。俺には肌が合わない街なのさ。中野区には沼袋という町もあるらしい。そこは静かな住宅地だそうだ。
きっと俺は、そっちのほうがお似合いだろうよ。
誰だよ、池袋の風俗街のほうが似合うって言ってる奴は。

もうあと二日ほどで、いま手がけている銀座四丁目の現場から撤退だ。
残念だ。残念きわまる。引継ぎが大変だ。内装、外装、仮設工事、電気、設備、気になる項目はまだまだ山ほどある。監督は全体を理解してなきゃならないからな。中日ドラゴンズの低迷の原因は、谷繁監督が、選手なのか監督なのかはっきりしないところにある。
監督は、どっかり座って全体を見て、先を読んで、野郎どもを完成まで導いて行けばいいのさ。

銀座中央通りに面したハイブランドの路面店を手掛けるなんてのは、店舗屋としてもなかなか経験できることじゃない。
いろいろな不可避にして予想外のトラブルで、工期が延びてしまったとはいえ、残念きわまる。
もう、すぐに次の仕事が俺を待っているのだ。名古屋に戻らなけりゃならんのさ。
現場の野郎どもは、今まで剛腕辣腕とほとばしる男気、そして響き渡る大声で現場をまとめて引っ張ってきた俺がいなくなることが、不安で仕方ないらしい。

そりゃそうだろう。仕事のできる監督ならそこいらにごまんといる。出来ない監督は、もっとたくさんいる。しかし、俺の代わりはそうはいないのさ。強烈なキャラクターで現場を引張ってきたんだ。

前にも書いたが、最後までいられないとわかったときには、俺は誰もいなくなった現場で、悔しくて涙を流したこともあったさ。
けど、それはもう、遠い昔のことのように感じる。
開き直って、今ここでできる最善を尽くしてきたから、まったく悔いはない。

しかし、俺は懲りない男なんだ。

次の仕事がカレンダー通りっていう、まるで公務員かサラリーマンみたいな仕事だってのをいいことに、休みの日には銀座に戻って、厚かましくも現場に立って陣頭指揮するつもりなんだ。9月にはちょうどシルバーウィークなんて素敵なものもあるしな。ロスタイムみたいなものさ。

俺は自分の仕事が好きなんだ。
しっかり仕事をこなして、君たちに恥ずかしくない男でいたいんだ。
カミさんが妊娠してるのに、どういうつもりだって言われそうだけど、俺のカミさんだって、働いてるんだから、職業人としてのけじめの付け方くらい、ちゃんとわかってくれているのさ。

読者諸君、失礼する。俺は疲れているさ。けど、精神まで疲れてるつもりはさらさらないのさ。

2015/09/07

Post #1616

Bhaktapur,Nepal 山羊座の俺にとってヤギは特別な存在
僕はいままで、君たちに出来うる限り正直に、書けることはすべて書いてきたつもりだ。
けど、今回、それについてはなかなか書きがたいものがある。

相手のある話だし、自分でも信じられないような話だし、なによりすごく長い話なんだ。
小説が書けそうに長い、長い話だ。書いたとしたら、全米が泣いたってことはないだろうけれど、ちょっとしたイイ話に仕上がるだろう。
けれどそれが、君たちにとってそんな大切な話だともい思えない。
そんな話に付き合ってもらうわけにはいかないだろう?

けれど、僕はとっくの昔に失くしたパズルのピースを、それもとても重要なピースを、手に入れたような気分なのさ。それはきっと僕だけじゃなくて、相手の人もそうだろう。
少年の頃、そのピースをつかみかけたけれど、それは指の隙間から零れ落ちてしまった。そんなピースがあることすら、故意に自分の記憶から消し去って生きてきた。
そしてとっても大事なピースが欠けたまま、心のどこかに満たされない思いを抱いたまま何十年が過ぎ去ったんだ。
その間に、いろんな経験をした。うれしいことも、悲しいこともあった。
そうしてやっと、そのピースの重さに耐えうるほどに、大人になったのさ。

僕らはすごく遠回りしたけれど、そのピースを手にすることができるくらいに大人になったということさ。

そう、僕らの人生の全てに意味があって、今につながっているって実感してるんだ。

それがどんなドラマチックな話だろうと、僕とその相手以外には、なんの意味も持たない話だから、ここに書く必要がないってことさ。

そう、僕と相手の胸のなかに、そっとしまっておこう。そのほうが美しい。

一つだけ言えることは、僕ほどドラマチックな人生を送っている男は、そうはいないってことさ。

読者諸君、失礼する。もう、自分の中の穴ぼこを埋める必要なんかない。もう、誰かに存在を認めてほしいと悩むこともない。先のことはわからない。けど、僕は幸せな男なのさ。

2015/09/06

Post #1615

Paris
ふとしたことが、気にかかり、それが心に引っ掛かって、どうにもすっきりしやしない。
それ以外は、何もかも順調な気がするのに、心のなかにわだかまる。

自分の発した言葉が、人の気持ちを考えていないものだったのではないかしらと思えてきて、悲しくなるんだ。
僕は、もう人の心を暗くするような言葉は使いたくないんだけれど、自分が正しいと思うことを言ったところで、それが相手にとって、分かっていてもどうしようもしがたい事だったら、言わないでいたほうが良かったのかとも思えてきたりもする。

単に相手を、今より辛い気持ちにさせただけかもしれないと思えてきて、自分が嫌になる。

どうしようもないことを、どうにかするためには、単なる言葉じゃなくて、一緒に何とかしようっていう強い意志と覚悟が必要だと思う。

じゃあ、自分にそこまでの覚悟と意志があったのか?

なかったつもりはない。
けれど・・・。僕にもどうすることもできないことについては、黙っておくほうが賢明なのかな?
でも、僕はどこかの政治家のセンセーと違って、自分の言葉を撤回したくない。
自分の言葉に責任を持ちたい。
じゃ、どうやって?
はたと考え込んでしまい、目つきが悪くなる。黙り込み、虚空をにらむ。
現場で職人さんが僕に叱られるんじゃないかって、萎縮するほどに。

だから、なんだか気分が沈む。

読者諸君、失礼する。あんまり気分がのらないんで、現場のそばの靴屋さんで、きれいなブルーの靴を買ってみたのさ。だからって、ブルースがどこかに消え去るわけでもないんだけどね。

2015/09/05

Post #1614

Patan,Nepal
どんなに科学や技術が進んだって、それで一人のニンゲンの幸福に寄与しないようなものなら、僕は価値があるとは思えない。

僕は自分はすばらしく幸せで、なかなかに面白い人生を送っていると思っている。生身の僕を見たならば、終始ゴキゲンで踊るような足取りで歩いていると君は驚くはずさ。
もっとも、そこそこに波乱万丈だった。ここまでいろいろ苦労もあったはずだけれど、思い返すとみんな笑い話にしか思えない。
所詮人生は、今、ここからだ。
悪いけれど、仕事だって面白くて仕方ないしね。
僕は正直いって今の自分に自信を持ってるんだ。
もっとも、その自信には根拠なんてありゃしないけれど。
けど、預金残高で左右されるような自信なんて、しょせん安っぽいメッキのようなものだろう?

僕は自分が幸せならば、自分の身の回りの人たちにも幸せでいてほしい。
限りある人生を、精一杯生きてほしい。
くだらないことに振り回されて、自分の幸せを見失ったりしないでいてほしい。
そう、どんな状況におかれていたって、幸せになることを諦めてほしくはないんだ。
その人たちに、僕ができることがなにかあるなら、喜んで力になるさ。

そして、自分の身近な大切な人たちが、幸せに暮らせるためには、この世の中がもっと平穏で、愉しいものであってほしい。自由で、平等で、人々が互いに尊重しあう世の中であってほしい。

けれど、現実はそうはいかない。
ニュースを見てみれば、くだらないことで人々は争っている。
多くの普通の人たちは、自分の力ではどうすることもできないとさめきっている。
あるいは、生き延びるために、何もかも捨ててさすらっている人々もいる。
生きていくのもやっとという状況の中でも、必死に生き抜こう、家族を幸せにしようともがいている人たちがいる。

どうしたものかな。

僕にいったい何ができるんだろう?
僕は自分のことで精一杯の、非力なニンゲンに過ぎないんだ。
自分の大切な人を、幸せな気分にしてあげることくらいしかできない、チンケな男なんだ。
けど、それもうまくいくときもあれば、まったく無力でどうしていいのかわからないときもある。
僕にはそれが、どうしようもなく悲しい。

読者諸君、失礼する。どうしたものかな?

2015/09/04

Post #1613 さらば、中平卓馬

在りし日の中平卓馬。胸ポケットにはショートホープ
銀座三丁目の吉野家のカウンターで、サラリーマンや中国人に交じって牛丼をかき込んでいると、友人から中平卓馬が死んだようですよとメールが入った。
ググってみたが、見つからない。本当に死んだのか、それとも世の中の人々にとって、偉大な写真家が死んでしまったことなど興味をそそらないから報道されないのかわからないまま、牛丼は食べ上げられてしまった。

夜ベッドの上でまどろんでいると、先ほどの友人が写真評論家の赤城耕一氏のツイッターを共有してきてくれた。

そこには、『中平卓馬の訃報が入ってきた』といった旨の内容が記されていた。

巨星、墜つ

俺の抱いた感想は、まさにそれだ。
詩人になるか写真家になるかを悩んだ末に、何の写真教育も受けずに、自ら自分は写真家であると宣言することで、写真家となった中平卓馬。
盟友森山大道とともに、見たものに強烈な印象をもたらす抒情性の溢れた、アレ・ブレ・ボケ三拍子そろったモノクロ写真で、写真のカリスマとなった中平卓馬。
学生運動と連帯し、のちの東大総長・蓮見重彦を論破したほどの論理言説の使い手、中平卓馬。
昏倒の末、記憶喪失を患い、言葉を失ってしまっても、なお写真を撮り続け、写真家ではなく、生きながらカメラそのものになった中平卓馬。
被写体を105ミリの望遠レンズのみで、正面から真っ直ぐ切り結ぶように捉え続けた中平卓馬。
毎日まいにち、同じ場所で同じ被写体を撮りながらも、『これは初めての場所だねぇ』といい続けた中平卓馬。
デジタルカメラを、『写真家の所業ではない』と嫌い、最後までフィルムカメラにリバーサルフィルムで写真を撮り続けた中平卓馬。
かつて、荒木経惟をして、『中平さんは墜ちない流れ星』と言わしめた中平卓馬。

うすっぺなら写真が横行横溢する現在、中平卓馬の存在こそは、写真とはなにか、写真家とは何かという課題を、写真のあるべき姿とは何かという、重たい問いかけを、常に突き付けてきていたはずだ。

少女の写真を撮る中平卓馬
さらば、中平卓馬。どうぞ安らかに。
いつかまた、お会いしましょう。

あなたの存在が、あなたの写真が、僕たちに問いかけ続けたことを、僕は胸に刻んで忘れない。

読者諸君、失礼する。RIP。

2015/09/03

Post #1612

台湾、台南、安平里
ここ何日か、腰が痛くて呻いて暮らしている。
中国製の馬鹿みたいに重い什器を持ち上げたときに、痛めてしまったようだ。
行きつけの整体院も整形外科も今ははるか遠い。
ウィークリーのベッドは、どうにも体に合っていないようだ。
三点ユニットでは、ゆったり風呂に浸かって疲れをいやすこともできないしな。
だからと言って、現場を放り出して、ベッドで転がっているわけにもいかないんだ。なにしろ、俺には責任があるんだ。自分で選んだ道だしな。倒れるまでヤレ!倒れたら這ってでもヤレ!がモットーだ。
仕方なしに、痛風発作にそなえて用意していた痛みどめを飲んで、なんとかごまかして暮らしているのさ。

やれやれ、こいつがおさまったら、毎日腹筋背筋を鍛えることにするか。

読者諸君、失礼する。朝からつまらん話ですまん。しかし、朝から痛みに呻いてる俺なのさ。

2015/09/02

Post #1611

VietNam
贅沢な話だけれど、自分の趣味の時間が欲しい。
確かに仕事は今までになかったくらい充実している。日に日に自分が成長してゆくのを感じる。
手ごたえがあるんだ。結構なこった。もちろん、それに比例して肉体はボロボロになっていく。それも、鈍かったり鋭かったりする様々な痛みで、痛感する。

仕事は好きし、楽しい。自分が自分の思い描く男として存分に振る舞えるのが、心地よい。自分にまだまだ伸びしろがあり、一日一日成長するごとに、その伸びしろはどんどん大きくなっていくのがわかる。つまり、昨日まで見えていなかったことが、今日は見えるようになっているってことだ。

けど、そんなことはどうでもいい。

暗室に独り閉じこもり、赤い暗室照明に照らされながら、白黒反転した死後の世界の様なネガを見つめていたい。そして、それを印画紙の上に焼き付けて、新しい写真を生み出したい。

いままで撮りためてきた写真が、どれもつまらなく見えて仕方ない。

自分でつまらなく見えるのなら、君たちにつまらなく見えてしまったとしても、仕方ないだろう?

そうして、暗く小さな一人きりの部屋のなかで、自分がこの目で見てきた世界そのものに対峙したいんだ。

それは愉しくもあり、苦しくもある営みだ。
けれど、そんな時間こそ、ほんとうに自分が自分に向き合っていられる時間なんだ。そこには、君だって立ち入ることはできないさ。何しろ、とんでもなく狭いからね。

読者諸君、失礼する。いったいいつになったら、そんな孤独で豊穣な時間をもつことができるのかしら?

2015/09/01

Post #1610

HongKong
本日、写真のみでダメですか?
最近、なんだか疲れがたまっているんだ。金なら一向にたまらないけどね。

横になると、すぐに眠りに落ちて行ってしまうんだ。

読者諸君、失礼する。そうこう言ってるうちに、もう9月か・・・。