2015/09/04

Post #1613 さらば、中平卓馬

在りし日の中平卓馬。胸ポケットにはショートホープ
銀座三丁目の吉野家のカウンターで、サラリーマンや中国人に交じって牛丼をかき込んでいると、友人から中平卓馬が死んだようですよとメールが入った。
ググってみたが、見つからない。本当に死んだのか、それとも世の中の人々にとって、偉大な写真家が死んでしまったことなど興味をそそらないから報道されないのかわからないまま、牛丼は食べ上げられてしまった。

夜ベッドの上でまどろんでいると、先ほどの友人が写真評論家の赤城耕一氏のツイッターを共有してきてくれた。

そこには、『中平卓馬の訃報が入ってきた』といった旨の内容が記されていた。

巨星、墜つ

俺の抱いた感想は、まさにそれだ。
詩人になるか写真家になるかを悩んだ末に、何の写真教育も受けずに、自ら自分は写真家であると宣言することで、写真家となった中平卓馬。
盟友森山大道とともに、見たものに強烈な印象をもたらす抒情性の溢れた、アレ・ブレ・ボケ三拍子そろったモノクロ写真で、写真のカリスマとなった中平卓馬。
学生運動と連帯し、のちの東大総長・蓮見重彦を論破したほどの論理言説の使い手、中平卓馬。
昏倒の末、記憶喪失を患い、言葉を失ってしまっても、なお写真を撮り続け、写真家ではなく、生きながらカメラそのものになった中平卓馬。
被写体を105ミリの望遠レンズのみで、正面から真っ直ぐ切り結ぶように捉え続けた中平卓馬。
毎日まいにち、同じ場所で同じ被写体を撮りながらも、『これは初めての場所だねぇ』といい続けた中平卓馬。
デジタルカメラを、『写真家の所業ではない』と嫌い、最後までフィルムカメラにリバーサルフィルムで写真を撮り続けた中平卓馬。
かつて、荒木経惟をして、『中平さんは墜ちない流れ星』と言わしめた中平卓馬。

うすっぺなら写真が横行横溢する現在、中平卓馬の存在こそは、写真とはなにか、写真家とは何かという課題を、写真のあるべき姿とは何かという、重たい問いかけを、常に突き付けてきていたはずだ。

少女の写真を撮る中平卓馬
さらば、中平卓馬。どうぞ安らかに。
いつかまた、お会いしましょう。

あなたの存在が、あなたの写真が、僕たちに問いかけ続けたことを、僕は胸に刻んで忘れない。

読者諸君、失礼する。RIP。

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