2015/09/30

Post #1638

HomeTown/Nagoya
昨日はあまりにいろいろあって、ブログを更新できなかった。
けっして病気して、寝込んでいたり、車で事故ってあっけなく死んでいるわけじゃないので安心してほしい。

俺の終生のライバル福山雅治が吹石一恵と結婚したことに触れた菅義偉官房長官は、次の湯に語ったと今朝の新聞は報じている。
『この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思っています。たくさん産んで下さい。』

俺はふざけるなといいたい!

子供を産み育てることが国家に貢献するのではなく、国家こそが、子供たちや親たちに貢献するべきなのだ。

そもそも国家とは何なのだ?
国家とはどこにあるのだ?
それは与党政治家の集まりなのか?
それは官僚機構のことなのか?
天皇陛下を中心とした臣民の集まりのことなのか?
それとも法体系のことなのか?
其れとも、政財官の巨大な利権機構のことか?

国家なんてものは、幻想の産物に過ぎないんだぜ。幻みたいなものだ。誰も猫を捕まえるようにして、これが国家だなんて言うことはできない。概念であり、システムに過ぎないんだ。
強いて言えば、国家とは、俺たち一人ひとりの国民の意志の集合体である一般意思が契約によって生み出したものに過ぎない。

そんなものに貢献するために生きているつもりはないし、国家のために俺は子供を作ったつもりもない!
そもそも、かつて富国強兵を目指した旧大日本帝国では、産めよ増やせよと子作りが奨励された。
そう、子供たちを明日の兵士として、戦場で消費するために。
その手の人間を舐めた発想から、俺たちは脱却しなけりゃならないんだ。

国家のためだぁ?バカバカしい!

突き詰めていくとあやふやな存在である国家のために命を懸けるなんて、あほらしい。俺は自分の惚れた女のためになら、自分の子供のためになら、喜んで命を懸けるけど、女たちも子供も、俺が泥をすすっても生きるほうを望むだろうよ!

俺は自民党の諸君とは、方向性がまったく違う。国家のために国民がいるのではなく、市民に奉仕するために、国家という幻想のシステムが存在しているのだ。自民党の政治家は、なにもわかっていない。
戦争法案を強行採決したら、次は経済最優先?みんなの不満を市場に金をぶち込むことで解消しようっていう、姑息な手段だ。
子供を産んでくれと言うのなら、もっと保育や教育に予算をつぎ込み、そこで雇用を生むことくらい考えてもイイだろうに!

そんな俺を批判する奴だっているだろうが、その人たちが普段からどれだけ国家に対して忠誠とやらを誓って、国家に貢献するべく社会活動をし、国家の運営費たる税金を、できるだけたくさん払おうとしているか分かったものじゃないぜ!

読者諸君、失礼する。俺は間違っていない。間違ってるのは自民党の連中だ。みんな、口当たりのいい言葉に騙されるな。

2 件のコメント:

  1. まったくその通りですね。
    政治というビジネスに没頭しすぎて客観性を失っているとしか思えません。
    国家のために生きている人もいるでしょうが、それは個々の裁量の問題ですよね。
    違和感を感じます。

    返信削除
    返信
    1. 清隆さん、いつもありがとう!
      国家のために国民がいるんじゃくなくて、まずは国民ありきというのが正しいと思います。
      お国のためにって死んでいった方々を美化する風潮が強まっていますが、いったい誰が糸を引いているのか、気になります!
      性愛の人たる僕は、女の子のためにいきたいですよ。

      削除