2015/10/07

Post #1645

Patan,Nepal
何とか均衡を保っているカミさんの腹に手を当てて、羊水のなかを泳ぎ回っている胎児の胎動に意識を集中する。
そうして、不思議な思いに駆られる。
何とも不思議だ。
何もなかったところに、命が宿り、喜怒哀楽に振り回されながら生きていくってのは、つくづく不思議なことじゃないか?

俺たちはいったいなにものなのか?
俺たちはいったいどこからきたのか?
そして、俺たちはいったいどこへ行くのか?

まるでゴーギャンの有名な絵のタイトルのような疑問が、俺をとらえて離さない。

白戸三平は、長編漫画『忍者武芸帳』の主人公・影丸をして、『俺たちは遠くから来た。そして、遠くまで行くのだ』と語っていたっけな。

長いようでいて、結構短いこの束の間の人生は、いったい何のためにあるのか?
少なくとも、自分の責任を巧妙に回避しつつ、そつなくスマートに仕事をし、小金を儲けて安穏と暮らすためではないだろうよ。確かにそれも一つの生き方だ。誰だって、厄介ごとを背負いこみたくはないだろう。けれど、ニンゲンは自分の為したことについて、無責任ではいられないんだぜ。それは、自分の人生に真剣に向き合っていないような生き方だと、俺には思える。
俺は不器用でもいいから、自分の為したことの全てに、責任を持ちたい。
そして、全力を振りしぼるようにして、燃え盛る火柱のように生きていきたい。

ふと、そんな思いを腹の中の子供に語り掛ける。
きっとなにもわかっちゃいないだろうが、そんな俺の声にこたえるようにして、カミさんの腹の中から小さな、それでいて確かな何かが突き上げてくる。

できうればこの子に、波乱に富んだ、実りある人生を歩んでほしい。
精一杯、誰かを愛して、自分の力で人生を切り開いていってほしい。
そのためには、優しさと強さを身につけて成長してほしい。
この俺に、その導き手が務まるだろうかと、小さく力強い胎動を手のひらに感じながら、自分に問いかけてみるのさ。

俺たちの人生の意味を考えてみるとき、その始まりと終わりに、ぼんやりとかすむように広がっている『遠く』こそが、カギを握っているように思えてならない夜なのさ。

読者諸君、失礼する。命ってのは、つくづく不思議なもんだよな。粗末には出来ないぜ。

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