Photographica #C

Robert Capa 
"ROBERT CAPA
THE DEFINITIVE COLLECTION"

PHAIDON刊

キャパは僕にとっては、別格の写真家です。
近年の研究で、出世作となった『崩れ落ちる兵士』は、ただ訓練中の兵士が転んでいるだけで、なおかつ撮ったのはキャパの恋人で写真家だったゲルダ・タロー(この人の名前も、岡本太郎にちなんでいます)の手になるものだったことが明らかになったとしても、その業績はいささかも減じるものではないでしょう。

このPHAIDON社より刊行された写真集は『決定的なコレクション』と銘打っているだけあって、キャパの全キャリアを網羅していると言ってもいいんじゃないかな。
スペイン内戦から、日中戦線、表紙にもなったノルマンディー上陸作戦から、パリ解放、世界を動かした政治家、軍人、芸術家、女優。
復興を始めたころに訪れた日本、そしてインドシナ戦線で訪れたベトナム。
キャパはそこで、地雷を踏んで死んでしまった。
数々のイイ女と付き合いながらも、生涯家庭を持つことなく、ホテルで暮らし、競馬などのギャンブルで儲けた金を惜しみなく仲間に振る舞ったキャパ。
まさに、20世紀の無頼の男のロマンを一身に体現したかのような華々しさだ。
それ故に、ハンガリー生まれのユダヤ人、アンドレ・フリードマンは、写真家ロバート・キャパとして駆け抜けるように生き、死んでいったのかもしれない。

表紙はノルマンディー上陸作戦で、アメリカ軍の上陸部隊ともに、銃弾の飛び交う中命がけで撮った有名な写真だ。ぶれボケまくっているが、傑作だ。
膨大な写真の中から、幾つか俺の好きな写真をピックアップしてみた。
2番目の写真はスペイン独裁政権に対抗するために世界中から集まった義勇軍の兵士たちが、バルセロナで行った解散式だ。
志を持った男たちは、政治に敗北したのだ。彼らのその後の人生も、共産主義者として社会から疎外され、風当たりは厳しかったという。

3枚目は、パリが解放された後の写真。ドイツ人の軍隊が敗走したあと、ドイツ人将校の愛人とその母親は、髪を剃られ、赤ん坊もろとも晒し者にされている。
それをキャパは、執拗にカメラにおさめる。写真はそれについて善いとも悪いとも言わないが、ユダヤ人として生きて来た、つまり迫害を受ける側だったキャパの真意はどこにあるのか、君にもわかるだろう。
ナチスドイツの崩壊後、多くの連合国側の従軍カメラマンは、アウシュビッツなどのユダヤ人収容施設の惨状にカメラを向けたが、キャパは決して撮ろうとしなかったと聞いたことがある。そこに、ユダヤ人としてのキャパの瞋りと悲しみの深さを見るべきだ。
そして、最後の一枚は、キャパが地雷を踏んで死ぬ、ほんの数時間前に撮られたものだ。
ベトナムの田舎道を、砂埃を巻き上げて進む軍用車とバイク。その横をすれ違うアオザイの女性。
美しい写真だ。そしてその次のカットでは、ベトナム人の死体が無造作に転がっている。戦争とは、こういうものだというキャパの声が聴こえてくる。

キャパの写真は、20世紀中ごろの、世界の激動を余すところなくとらえていると思える。
そして、彼の残した写真を見るとき、写真とは歴史や世界や思想信条、そういったものと密接にかかわるものだということを再認識せずにはいられない。だからこそ、FBに溢れる今夜のメニューのような写真とは、まったく違う位相を持つことが出来るのだ。
そして、それ以上にキャパの写真を見つめるとき、写真というものが、現実の世界に触れるものである以上、現実の社会の中で、歴史のうねりの中でどういう意味を持ち、、自分の立ち位置はどこにあるのか、君は解かっているのかい?という問いを、キャパはその写真を通じて俺に突き付けてきていると感じる。

0 件のコメント:

コメントを投稿