Photographica #A

 荒木経惟

『エロトス』

リブロポート刊 1993年12月

人間の細部や、植物や食物の無機的なクローズアップでばかりで構成されながら、どれもみなヌメリとした質感を漂わせ、どこか性器のように見えてしまうという、天才アラーキーの力技が光る写真集。

タイトルの『エロトス』とは、生=性の欲望エロスと、死を指向する欲望タナトスという、対極のものを一つに絡めた、アラーキー特有の荒木語。

この一枚の写真を見ただけでも、横溢する性のエネルギーと、そこに潜む死への誘惑が漂ってくるように感じる。

天才、荒木経惟の写真には、いつも圧倒される。


この写真集はとっくに絶版なんだが、以前荒木経惟の写真展を見に行った豊田市美術館のミュージアムショップで買った古書だ。
これはずっと欲しかったんで、手に入れることが出来て、本当にラッキーだったよ。

俺の本棚に溢れかえっている写真集から、気が向いた時に俺の気まぐれでチョイスして、君たちに紹介してゆこうという新趣向だ。

まぁ、そんなことしてみたって、さほど君たちの興味をひくとも思えないけどね。

どんどん追記して増補していく予定さ。荒木経惟の写真集だけでも、随分たくさんあるんだ。一度見て終わりにしないでたまに覗いてやっておくれ。







荒木経惟

『センチメンタルな旅 冬の旅』


新潮社刊 1991年2月


私小説というジャンルがある。

作家が、自分自身の生活や体験をもとにして、小説を記してゆくスタイルのものだ。
このスタイルは、日本で独自の発展を遂げた。
欧米の文学を移入した際に、社会の実情をありのままに描く自然主義を、急激に翻案移入することによって、日本に生まれたジャンルだといっても過言ではないだろう。
そして、荒木経惟は『私写真』というスタイルを生み出した写真家である。

この写真集は、1971年の彼自身の結婚と新婚旅行を余すところなくリリカルに写し撮った『センチメンタルな旅』と、その20年後に訪れる愛妻陽子の死の全てを写し撮った『冬の旅』からなる。

俺は、この写真集は荒木経惟の何百冊もある写真集の中で、二度と超えることのできない絶頂だと確信している。いや、これにかなう写真集なんて、あるのかどうかすら怪しいと思えてくる。もちろん、俺の独断と偏見だけどね。

なぜって、この写真集には、人間にとって最も重要な二つのテーマである、『愛』と『死』が、余すところなく写し撮られているからだ。
もしも君が、通俗的で卑猥なポルノグラフィーを量産している低俗な写真家だと、荒木経惟のことを思っているのなら、その認識は即刻改めたほうがイイ。

荒木経惟こそ、写真の根底には『愛』が必要であり、写真とは『死』に抗う力すら持ちうることを、この写真集を通して、教えてくれる。そして、写真の根底には、失われていくものへの、悲しみと感傷が通奏低音のように響いていることを、無言のうちに語り掛けてくる。

まずは、『センチメンタルな旅』を見てみよう。
それまで、電通のカメラマンだった荒木経惟自身、この写真集を限定1000部自費出版で作ったことで自ら初めて写真家だと認識したという。こののち、荒木は電通をやめ、陽子の貯金で食いつなぎながら、秋の東京を三脚と中判カメラを背負って歩き回り、写真を撮り続けることになる。まさに、天才アラーキーを作ったのは、この陽子その人だったのだ。

この写真集の没頭には荒木自身の手書きの前書きが収められている。これこそ、写真家荒木経惟のマニフェストにあたるものだ。

全文を引用してみよう。

『前略

もう我慢できません。私が慢性ゲリバラ中耳炎だからではありません。たまたまファッション写真が氾濫しているのにすぎないのですが、こうでてくる顔、でてくる裸、でてくる私生活、でてくる風景が嘘っぱちじゃ我慢できません。
これはそこいらの嘘写真とはちがいます。
この「センチメンタルな旅」は私の愛であり、写真家決心なのです。


自分の新婚旅行を撮影したから真実写真だぞ!といってるのではありません。写真家としての出発を愛にし、たまたま私小説からはっじまったにすぎないのです。
もっとも私の場合、ずーっと私小説になるかと思います。
私小説こそもっとも写真に近いと思っているからです。


新婚旅行のコースをそのまま並べただけですが、ともかくページをめくってみて下さい。
古くさい灰白色のトーンはオフセット印刷で出しました。よりセンチメンタルな旅になりました、成功です。
あなたも気に入ってくれたはずです。

私は日常の単々(ママ)とすぎさってゆく順序に、何かを感じています。
敬具
荒木経惟』

この宣言通り、荒木経惟は写真家として自らの体験したことの全てを写真にしてゆく恐るべき写真家になった。
そして、そんな彼のキャリアの絶頂に到来したのが、妻陽子の死であった。その入院から、急激に訪れた死、そして愛するものを失った虚脱の全てを写し撮り、世間に曝け出したのが『冬の旅』だ。

ここからも、いくつか写真を見てみよう。キャプションは、写真集に添えられていたものだ。


『手指をにぎりしめると、にぎりかえしてきた。
お互いにいつまでもはなさなかった。
午前3時15分、奇跡がおこった。
目をパッとあけた。輝いた。』


陽子が楽しみにしていた写真集
「愛しのチロ」を入れてあげた。
写真家だからと言って陽子の遺影をもった。
このポートレイトを生涯私は超えることはできないであろう。



この一連の写真が発表されると、一人の写真家が猛烈に荒木を批判した。篠山紀信だ。
篠山もまた、見たものすべてが写真になる写真家だ。しかし、彼は見えないものなど撮れないし、そもそも写真に写らないという考えの持ち主だ。いうなれば、写真の唯物主義だ。写真がセンチメンタルである荒木とは、相容れない素質の持ち主だと思う。

篠山は、こんなものを公表してはいけないといい、なによりも他人のカミさんの死に顔なんて誰も見たくはない!と荒木を批判した。
それに応じる荒木は、弱弱しかった。
しかし、この写真集は多くの人々に深い感銘を与えた。
誰しもが、この写真家とその写真家を支え続けた妻の幸せと別れを、自らの体験に引き寄せて考えたはずだ。
人を愛するとは、そして、その愛した人と永遠に別れなければならないとは、どういうことなのかを。

それは、私小説=私写真でありながら、人間の普遍的なテーマだ。

この普遍性の前では、天下の報道写真家集団マグナムの写真すら、移ろいやすく普遍性を欠いたものに見えてしまうのではなかろうかとすら、俺には思える。

世界のどこかで、何かとんでもないことが起きているということよりも、俺たちには、一人の人間を愛し、その人間を喪ってしまうことのほうが、はるかに深刻で重大なことなのだ。

だから、写真にできるすべての可能性が、この写真集には詰まっているとすら思える。
写真集としては異例なことに、発効以来20年以上を経ていながら、いまだにこの写真集は版を重ねている。
この写真集を手に取った多くの人が、一人の写真家の愛と喪失の物語から、普遍的な愛の姿を感じ取り、自らの身にも必ず起こることとして、受け止めているということだろう。

君もぜひ手に取ってみてほしい。愛の全てが、この写真集に収められているのだから。

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