2013/06/30
2013/06/29
Post #860 昨日は写美で打ちのめされた
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| Istanbul,Turk |
重たいボディーブローをみぞおちに喰らったように打ちのめされたんだ。
やはり、写真は生で見るのが一番だ。その写真は、森山大道の写真集、光と影の中の一枚なんだけど、写真集で見るのとは全く違う。森山大道自身は、写真なんてざら紙にジャンジャン印刷されてるのがイイんだみたいな事を言っていたが、まったく、一杯喰わされた。
ほんとは、俺の大嫌いなブラック企業ワタミの会長が参院選に自民党から出馬するってのが、まったくもって気に食わないって話を書きたかったんだが、オリジナルプリントの美しさの前には、そんなのどうでもよくなっちまったよ。
読者諸君、失礼する。プリントが、上手くなりたい。心の底から真剣にそう思ったよ。
2013/06/28
Post #859 今日は写美に行くんだぜ
いかんいかん、また風呂でウトウトしてしまった。明日はお客さんの会社主催の安全大会に出るために、原宿の明治神宮参集殿とやらにいかねばならぬというのに。そんなものに出ても金にはならないんだが、これも浮き世の義理だ。仕方ない。
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| Robert Capa "D-Day" Tokyo Metropolitan Museum of Photography |
そうしてついでに恵比寿の東京都写真美術館に足を運ぶのさ。久々だ。
写真は撮るのも楽しいし、プリントするのも愉しい。写真を見ながら仲間とああだこうだ言うのも愉しい。そしてもちろん、美術館や写真集でグレートな写真を見るのはすごく愉しいのだ。とりわけ、美術館でナマのプリントを見るのは、この上ない喜びだ。コンドーム無しでセックスするみたいにストレートなかんじだ。例えが下品だが、許してほしい。百歩譲って、プロのピッチャーの投球を受け止めるようなものか。
いずれにせよ楽しみだ。
今夜の写真は写美のエントランスに複製され壁画のようになっているキャパのノエルマンディー上陸作戦をとらえた傑作を複写の複写したものだ。キャパはこの時、弾丸が飛び交うなか、アメリカ軍の兵士たちと共に、揚陸挺から海に降り立ち、波を掻き分けるようにして前進しながら写真を撮った。2台のコンタックスを首から下げ、フィルム交換すらできなかった。写真は恐怖と緊張のため、構図もいわゆる絵になってないし、ピントも合っていない。像もひどくぶれている。しかもフィルムを受け取ったロンドンのラボが現像を失敗してしまったため、ガサガサな画像だ。けれど、にもかかわらず、これは今までくそほどられて来た写真のなかで、最も素晴らしいものの一つだというのは間違いないと思う。もちろん、俺はこの写真が大好きだ。で、好きな女の子の写真を撮るように、俺が最も好きな写真のひとつを複写してみたってわけだ。
写真は現実の複写であり、複写である以上、無限に複写され得るものだ。オリジナリティーなんてのは、写真に関してはあんまりないような気がするよ。
読者諸君、失礼する。著作権侵害だとか心外なことを言うのはやめておくれよ。
2013/06/27
2013/06/26
2013/06/25
2013/06/24
2013/06/23
Post #854 不幸が続く
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| HomeTown,Nagoya |
しかし、そいつは仕事の電話じゃなかった。弟からだ。
『どうした、誰か死んだか?』俺は冗談半分にいつもの決まり文句を言ってみた。寝起きでも反射的にこれくらいは言えるものさ。しかし、帰ってきた返事は『そうなんだって。ヨーイチおじさんが死んだ』
ヨーイチ叔父さんとは、もう30年前に死んだ俺の母親の弟である。正確には腹違いの弟だ。
俺の母は終戦の年に生まれたのだが、その母親つまり祖母は結核を病み、離婚して郷里の新潟県に戻り、ほどなくそこで死んだのだという。で、祖父が迎えた後妻さんの子が、そのヨーイチおじさんだという訳だ。
しかし、まいったなぁ・・・。この一週間で二人も親戚が死んじまうなんて、どうかしてるぜ。まったく冗談じゃないぜ。思わずへらへらと笑いだしてしまいそうだ。次は俺なんじゃないかって思えてくるぜ。
月曜日が通夜で、火曜日が葬儀だという。
母親が違う上に、母も祖父も死んじまってからもうずいぶん経つんで、すっかり疎遠な叔父さんとは言え、葬式くらい顔だして、香典を出して、葬式饅頭でも食ってこないわけにはいかないだろう。たとえ、葬儀が行われるのがヨコハマだとしてもだ。
気が重いぜ。もうすぐ旅行もいかなけりゃならんし、税金だって払わなけりゃならん。それに車の修理代もだ。印画紙とかをカードで買った支払いも、もうすぐガツンとやってくる。俺の会社はボーナスが出るような立派な会社じゃない。俺が一人で世の中を渡っていくために作ったまことに頼りない、大海原の小舟のような頼りない会社なんだ。
しかし、ここで行かなけりゃ男が廃る。いっちょう行かないわけにはいかないだろう。
なにしろ、俺が今日、モノクロ写真のプリントに没頭するようになったのは、祖父の死後、遺品を片付けに行ったついでに、このおじさんが若い頃に使っていた古い引伸機を譲り受けたことが、そもそものきっかけなんだからな。
このヨーイチおじさんがいなければ、今日のモノクロの求道者たる俺は存在していなかったにちげーねぇ。だから、行かねばならぬのよ。ついでに言えば、兄弟連名で花環とフルーツの籠盛も出さなけりゃならんわけよ。それが浮世の義理なわけさ。
そんなこんなで、久々にプリントしてみた。フィルム2本、36カット。
今の俺にとって、プリントくらい愉しいことはない。他のニンゲンなら、息が詰まるような狭くて暗い空間で、ひたすら自分の撮ったフィルムから、プリントを作る愉しみに勝るものは、うむ、そうそうは無いと思えるくらいさ。
そんな愉しみのきっかけを作ってくれた叔父さんだからな、いろいろともめたこともあったんだが、それはさておき、葬儀くらいは顔を出しておくか。やれやれだな。
読者諸君、失礼する。俺は人生50年と思ってるんだが、そうするとあと5年半ほどだ。今のうちから香典だけは受け付けておくとするかな。おいらその金でまた、印画紙を買って、しょうもないプリントをしこしこつくることにするぜ。俺がこの世にいたという証しとしてね。
2013/06/22
2013/06/21
2013/06/20
Post #851 Necropolis Part 3
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| Salé,Morocco |
こんなことなら、仕事なんてしないで家で寝ていた方がよっぽどマシだぜ。くだらねぇ。泣けてくるぜ。10時になったら、車屋に行ってくるとするか。車屋っていっても、寅さんの実家のまんじゅうやじゃないぜ。クソッ!
イスラム墓地を見ると、いつも思い出す小話がある。
トルコ民話の主人公、ナスレッディン・ホジャの数多くある逸話の一つだ。
ホジャはある時、『わしの死体を埋めるときには、さかさまに埋めてくれ』と友人たちに言いました。
どうして?とみんなが訊くとホジャは次のように答えました。
『最後の世の中になった時、何もかもひっくり返る大騒ぎになるっていうからさ。さかさまに埋めてあったら、わしだけは正しい姿勢でいられるだろ。』
俺は、こんなひねくれ者が結構好きだ。
俺は、イスラム墓地を見ると、この中にひょっとして天地さかさまに埋葬されてるファンキーでへそ曲がりのジジイがいるんじゃないかと想い、ふと面白みを感じる。
死に関するホジャの小話をもう一つ。
人が死んだ時、どんなふうにそれを知ることが出来るのかとホジャが友人に問うと、友人は手足が氷のように冷たくなるので死んだとわかると答えた。
その2、3日後、ホジャは森で木を伐っていた。とても寒い日で、ホジャの手足は氷のように冷たくなってしまった。そして、ホジャは友人の言葉を思い出し、『どうやら俺は死んだらしいぞ』と考えた。
ホジャは雪の上に横たわり、誰かがやってくるのを待ってみたが、いつまでたっても誰も来ない。
そこでホジャは考えた。『仕方ないな、自分で行くしかあるまいて』
ホジャはふらふらと家路を辿ると、玄関でカミさんに『わしは山で死んでしまったよ!みんなを呼んで葬式の支度をしておくれ!分かったな、頼んだぞ!』と言うと、また森に引き返して雪の上に横たわった。
ホジャのカミさんは驚き悲しみ、隣人にホジャの突然の死を告げて回った。
隣人は不思議に思い、『森で死んだというけれど、誰が知らせてくれたんだい?』とホジャのカミさんに訊いたところ、カミさんはこう答えたのさ。『気の毒なあの人。森で一人っきりで死んで、家まで自分で知らせに来なければならなかったのよ。こんな悲しい話ってないわ・・』
ナスレッディン・ホジャは、13世紀から14世紀にかけてトルコのアナトリア地方に実在したとされているとんちジジイだ。彼にまつわる話は永年にわたって、口伝えで何百も伝えられている。当時のトルコは中央アジアのティムール朝に侵略占領されており、ホジャが暴君ティムールに対して、捨て身のユーモアで反抗する話も多々ある。
村人の寄合の席で、ホジャは征服者ティムールの暴虐ぶりを遠慮なく批判していた。しかし、その席には暴君ティムール本人が、お忍びで紛れ込んでいたのだ。
ティムールはホジャの批判に対して、『少し言い過ぎじゃないのかね?私の知る限り、ティムールはそんなに悪いニンゲンではないよ』と言いました。
見慣れない男に対して、ホジャは尋ねました。
『あんた、いったいどこから来なすったのかね?』
『トランスオキサニア(ティムールの出身地)からだ』
『名前をお聞かせ願えないかね』とホジャ。
『ティムールだ』
その答えを聞いたホジャ、足も声も震えあがった。
『もしや、お名前のまえに、スルタンという尊称がつくお方で・・・?』
『その通り!』
ホジャは村人の方を振り返って言いました。
『村の衆よ、わしの葬式には来てくれよ。間もなくだから・・・』
他の話しでは、ホジャはティムールの暴政に苦しむ村人を代表して、ティムールに会いに行く。
そしてティムールにこう訊いた。『陛下はこの町から出ていくつもりはございませんか?』
ホジャの率直すぎる物言いにティムールは怒りをあらわにして答えた。
『そのつもりはない!』
するとホジャはすかさずこういった。
『出ていかないというんなら、わしにも考えがある!』
それを聞いたティムール、『どうするつもりだ?お前ごときにいったい何ができる?』とホジャに詰め寄った。そしてホジャはこう答えた。
『なぁに、大したことじゃない。わしらがこの町から出ていくだけさ。』
俺はこんな身の破滅的なユーモアってのが好きだ。絶大な権力に対抗するには、ユーモアが必要だ。俺はいつもそう思う。
読者諸君、失礼する。そろそろ車屋にいかなけりゃならないんだ。ついでに言うと、ここ何日も、咳が止まらない俺だから、自分の修理にも行きたいものさ。
2013/06/19
2013/06/18
Post #849 Necropolis Part 1
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| Salé,Morocco |
誰しも死を免れることは出来ない。
全て死にゆくものは、その死を以て、残された者たちに、その命の有限なることを指し示すという訳だ。
モロッコの首都ラバトは大西洋にそそぐブーレグレグ河の河口に位置する街だ。対岸のサレをベットタウンとして今ではほぼ一つの都市として成り立っている。
そのサレの旧市街を囲む外壁の外側に、巨大なイスラム墓地が広がっている。
2メートルほどの壁に上ってみると、古くからのイスラム式の墓石が、広大な敷地にびっしりと立ち並ぶ様は、壮観ですらあるわけだ。
まさに、死者の都・ネクロポリスという言葉が脳味噌の奥から浮かび上がってくるってもんだ。
イスラム教徒は、いつの日にかやってくる最後の審判の時、墓場から蘇り、アッラーの天国に召されると信じているという。
浄土真宗の俺は、極楽往生を願う。
そして、神を信じることの無い者は、死ぬことで己の全てが消え失せるという。
俺は日々、死を想うたびに、信と不信の間を揺れる。
俺達は、死という門をくぐって、いったいどこに行くというのだろう。
残念ながら、それは俺達生者には、確かめる術も無いことなんだ。
読者諸君、失礼する。人生しょせん五十年、夢幻の如くなりさ。
2013/06/17
2013/06/16
2013/06/15
2013/06/14
2013/06/13
2013/06/12
Post #843
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| Istanbul,Turk |
明け方の町で、カラスどもが宴会をやっているのを横目に見ながら、近々これを写真に撮りたいななんて考えながら、帰ってきたんだ。
シャワーを浴び、飯を食い、寝付かれぬままに先日買ったDVDを見る。
昔懐かしいサボテン・ブラザーズだ。
俺は笑える映画が好きなんだ。
しかし、カミさんはそうじゃない。俺がその手の映画を見ようとすると、趣味じゃないと言って嫌な顔をする。
反面、俺はカミさんの好きなタイプの映画は、苦手なんだ。アクションもなければ、笑いもない、思わず眠くなっちまうってもんだ。
だから、独りの時にしかDVDなんか見ないのさ。
ひとしきりサボテン・ブラザーズを堪能した俺は、安らかに眠りについた。
しかし、しかしですよ、その安らかな眠りは電話のベルで覚まされた。
素敵な女の子からの電話なら、ヨシとしようぜ。サイコーだ。眠気なんか吹っ飛んじまうだろう。
しかし、残念ながらそれは車のディーラーからだった。今、我が家の愛車は車検に出ているのだ。そしてディーラーから電話がかかってくるってことは、ロクな電話じゃない。便り無きは良き便りって奴だ。
エンジンのガスケット、タイヤの摩耗、ブレーキパッドとディスクローダーの摩耗、ドライブベルトの劣化、燃料ホースのもヨボヨボ、挙句の果てには発煙筒の期限切れときたもんだ。
見積もりは目ん玉が飛び出しそうな金額だった!ジョーダンじゃ無い!
俺は、眠気が吹っ飛ぶどころか、そのまままた倒れたくなったよ。
かといって、そんなことでぶっ倒れるわけにもいかないんで、俺はディーラーの話しをよく聞き、緊急を要するもの、安全にかかわるものなど、その項目を仕分けして、何とか金額を圧縮しようとしたんだ。まぁ、いずれ近いうちに払わなけりゃならないにしてもね。言うなれば、セコい悪あがきさ。
どうして、俺の人生ってのは、こういつもいつも銭金のことで悩まされるのか?それとも、そこいらの誰も彼もも同じように悩んでいるのか?
俺には分からないぜ。けど、俺は俺の問題に、腰が引けながらでも対処するしかないってことだ。
やれやれ、これが人生だ、ロックンロールだ。
読者諸君、失礼する。やれやれ、地道が一番って分かっているけど、なんか旨い儲け話、無いもんかねぇ・・・。
2013/06/11
Post #842 言葉が軽い
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| Rabat,Morocco |
与野党問わず、よくある光景だ。時には陳謝していたりする。
しかし、何時から言葉ってのは、撤回したり、削除したりすることが出来るようなものになったのだろう。そして、いくらそれを撤回して、なかったことにしようとしても、その言葉を聞いた人間の記憶には、残っているのだ。たいていの人は、すぐにそんなことは忘れてしまうかもしれないが、心ある人はその撤回した言葉と、その人が言葉を撤回したということを忘れず、その人間性を推し量る糧にするって訳だ。
自分の言葉を撤回する・・・。よく解らない心理だ。
不用意な発言を繰り返すのなら、責任ある立場からは退くべきだ。
俺自身は、いままでの人生で、義憤や勢いに任せた言葉で、何度も窮地に陥り、酷い目に遭ったり、しなくていいゴクローをする羽目に陥ってきた。発言の撤回なんてありえないからな。
会社の上司と話し合う時には、相手の目の前にヴォイスレコーダーをおいて、録音しながら話し合ったものさ。
なんせこの世知辛い世の中、思い付きだけでモノを言う奴らが、そして自分の御言葉に、責任を取ろうとしない奴らが、うじゃうじゃとはびこっているからな。
政治家の武器ってのは、言葉しかない。
なのに、その肝心の言葉が、単なる思い付きだったり、何の裏付けも無かったり、人びとの心を傷つけるようなモノだったりすることが、あまりにも多くて、既に誰も気にもしない。この情報の氾濫する時代、大方の人はそんなことはまったく覚えちゃいない。
所詮、政治家のセンセーなんて嘘つきだって、誰も彼もが絶望しているのかもしれない。
言葉が軽いんだ。
恥ずかしいことだ。
本来、言葉には魂がこもっているものであり、古代の人々は、誠のこもった言葉が天に、あるいは神仏に通じることによって、世界を変革することが出来るとすら信じていたほどだ。
至誠、天に通ずという奴さ。
だからこそ、今もなお、他人の心に働きかけて社会を動かしていくことが出来るはずなのに、このていたらくときたら、情けなくなってくるぜ。ドイツのもと大統領ヴァイツゼッカーのように、理念と信念に裏打ちされた言葉を、日本の政治家センセーから、聴いたことが無い。サミシーことだ。
その点で、先日わざわざ中国に赴き、尖閣諸島の領有権に関して、国交正常化の際に、当時の田中角栄総理と、周恩来国家主席の間で、尖閣諸島の領有権に関しては、棚上げするという内々の話し合いがあったという爆弾発言をした野中広務のインタビューは爽快だった。
空港に降り立った野中は、取り囲む報道陣から発言の撤回はしないのか問われて、『それを言うために中国まで行ったのに、撤回するなんてことはない』との旨を明言し、重ねて撤回の意志を問われた野中は、『命懸けで発言したものを侮辱するな!』と激昂した。
発言の是非は個々人の考えがあるだろう。
俺自身は、そういうやり取りがあったってことは充分にあり得るなぁと思う。しかし、何よりも野中広務の怒りに、言葉にかける老政治家の覚悟ってのを見い出して、胸がすくような思いがしたってことさ。
気骨のある人間が、少なくなったってことろうよ。
発言の撤回なんて、薄みっともないことをする様な手合いを、俺は絶対に信用しないぜ。
おまけに陳謝って・・・。日常生活でそんな言葉、使ったことないよな?
読者諸君、失礼する。俺はバカだから、発言の撤回もしないし、反省もしないさ。もっとも、俺が何かを言った所で、所詮は嵐の中の屁の一発ってものさ。スカンクみたいにキツイの一発かましてやりたいもんだなぁ。
読者諸君、失礼する。
2013/06/10
2013/06/09
Post #840 こんなのはどうだい?
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| Istanbul,Turk |
フィルム2本で43枚。いささか打率が高過ぎだ。その中からの一枚を、君にお送りしよう!
可愛いよりも、どこか不気味な気配の漂う猫の写真だ。
イスタンブールは、猫がとてつもなく多い街だ。どこにでもいる。店で食事をしていると、どこからともなく集まってきて、足元にすり寄りおこぼれを狙っている。油断すると、膝に飛び乗り、俺の皿に手を出してきそうな勢いだ。
猫を見て可愛いと思うのは、あくまで人間の主観的なモノに過ぎないんだぜ。猫はただネコであるだけのことなんだが、そこに可愛さを見い出すのは、他ならぬ、俺や君や彼や彼女らニンゲン様なのさ。こう言ちゃぁなんだが、所詮ネコは実は人間とは相いれないケダモノなのさ。
まぁ、そんなことはどうでもイイだろう。どうせそれとて俺の主観さ。
俺は、闇の中に浮かぶライトの光芒がたまらなく好きなんだ。
読者諸君、失礼する。
2013/06/08
Post #839
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| Kakogawa |
これをあえて写真にしようという奇特なモノは、そうはいまい。写真に撮っても、プリントし、あえて公表するこの酔狂さ。自分でも惚れ惚れする。
まさに平凡の中の非凡と言えよう。Extra ordinaryとでも言おうか。この辺の人生上の機微の分からない一般ピープルは、可愛らしい猫の写真でも見て、悶絶していればよいだろう。しかし、猫の写真ばかりが氾濫する昨今の風潮って、どうなのよ。
中平卓馬はかつて、『悲しそうな顔をした写真はない』と、自らの写真から抒情性を取り除くべく孤軍奮闘したのだが、さしずめ今は『可愛げな顔をした猫の写真ばかり』だ。
確かに可愛いように認識される。そして、世界中が自らの見い出したカワイイを、公開しまくっている。
怖ろしい状況だ。
だからこそ、今一度、何でもない風景の前で、立ち止まり、静かにシャッターを押し、ひっそりとプリントしていくべきなんだ。
しかし、神は心を見る・・・、上手いこと言うもんだなぁ。この言葉でなんだか一挙に風景が謎を含んだ判じ絵のように見えてくるぜ。
この手の聖書の文言の看板って、日本中どこ行ってもあるけど、アレ、誰が貼ってるんだろうか?
いつも不思議に思ってるんだよね。
読者諸君、失礼する。
2013/06/07
2013/06/06
2013/06/05
2013/06/04
Post #835 強制労働について考える
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| Tokyo |
情けない。戦後70年近く経とうというのに、未だに我が国は過去の振る舞いを糊塗しようとしている。
従軍慰安婦問題の焦点が、政府や軍隊組織が関与していたのか?そして、それは強制労働だったのかというところにあるようだ。政治家は、政府や日本軍としては、その運営に関与していないと言っているようだ。
あくまで、民間によって運営され、本人たちの自由意思に基づいているというのだ。
ちょっと待てよ。
自由意思というのなら、『この仕事、しんどいし、私には向いてないみたいだから、もう辞めよっかなぁ』と思った時、自由に辞めてしまえるものだったはずでしょう?
だったらそれは確かに自由意思だろう。しかし、そんなもんじゃなかったんでないの?
毎日まいにち、何十人もの男に次から次に突っ込まれてたら、誰だって嫌になるだろうよ。痛いだろうしね。けど、それで辞めますと言って、はいそうですかって聞き分けのイイことは通用しなかったんだとすれば、どんなに言いつくろっても、それは明らかに強制労働だったんだと、実感として俺は思うぜ。
民間によって運営されていた、軍は無関係だったっていっても、お客はみんな大日本帝国軍人の兵隊さんばかりなわけですからね。そこから、辞めたって逃げ出したりしたら、どんな目にあわされるかわかったもんじゃありませんぜ。民間たって、そこらの雑貨屋が前線について回ってたわしやなんかを売るってのとは、意味が違うだろうし、そもそも、軍隊との何らかのコネクションがないと、そんな商売できるわけもないでしょう。
さて、森林を伐採し、ゴムだのなんだのプランテーションを作ったりして、現地のニンゲンをこき使っていたのも、これは強制労働です。何故って、森林のなかで狩猟採集を営んでいた人々の住処を奪い、生活の糧を得る術を失くし、プランテーションでの賃労働以外に生きる方途が無いようにしてしまう訳ですから、これは広い意味での強制労働なわけです。
蟹工船なんかも、まぁ一種の強制労働ですよね。もう辞めたって言ったって、凍えるような海の上なんですから、どうしようもありませんからね。
俺自身は以前、会社員として働いて頃には、『バカ野郎、俺達ぁ奴隷じゃないんだぜ!』と上司にしばしば悪態をついたものでした。ただ、実際の奴隷と違ったのは、コーポレートガバナンスに関するあまりの問題の多さと、同僚たちのモチベーションとスキルの低さと、現場サイドのことをまるっきり理解していない上司にホトホトうんざりして辞めることにしたとき、すんなりと辞めることができたということです。奴隷ではこうはいきません。昔々に自分が属していた宗教では、もうついて行けないので辞めたいといったら、イロイロと内情や秘密を知り過ぎているので、辞めさせてはくれませんでした。それどころか、もうちょっとで殺されて名古屋港に沈められるところでした。
そういった経験があるので、自由ということについては、俺はなかなかに敏感なんです。
そっからすれば、従軍慰安婦問題ってのが、強制労働であり、慰安婦の皆さんは、アメリカさんの言うところのセックス・スレイブ=性奴隷だったってことが明らかになると思いますが、如何なもんですかね。
言葉でどんなに言いつくろってみても、これは仕方ないことだと、俺には思えるんだけどな。
読者諸君、失礼する。自由ってのも、これはこれでしんどいもんなんです。なんてったって、野良なわけですからね。
2013/06/03
2013/06/02
2013/06/01
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