2026/04/25

POST#1830 大企業は自分に有利な政策を政治家から買っているってことなんだぜ

Hamburg、GERMANY

今朝は授業参観だった。しかし風呂の中で眠ってしまった俺には、そんな元気はなかった。

カミさんの話では、むすこの新しい先生はなかなか授業がうまいようだ。厳しいけれど子供たちを包摂するような雰囲気のある人らしい。

授業参観にはいかなかったが、町内会の班内のご家庭に市の広報を配り、コンビニで固定資産税第一期分をおさめてきた。俺の親父は、家を借金のかたに手放した後、会社の社屋に住んでいたんだが、個々の固定資産税を何年も滞納していて結局追われるように資産家のみb峰人の持つアパートに転がり込むことになった。

人のふり見てわがふり直せだ。固定資産税はちゃんと払えるように、毎月積み立てている。自転車操業ここに極まれりだ。

さて、閑話休題。

そもそも考えてみれば、日本の経済を支えているのは末端の中小企業だ。企業数だけなら日本の企業の99.7%は中小企業だ。労働者の数だけとっても約7割が中小企業だ。

皆様ご存じの大企業はほんの少ししかない。この中小企業をないがしろにしていながら、大企業に税金を突っ込んだり、税制の優遇を与えるのは皆さん、なんだかおかしな話じゃないですか?「日本の背骨」は中小企業なのですが、国の政策はその実態と大きく乖離(かいり)しているのが現状だわな。

なぜこのような「おかしな構図」が放置されているのか、その裏側にある3つの冷徹な理由を整理してみよう。

まずは「効率」と「管理」を優先する官僚組織の存在だ。

経産省にとって、全国300万以上の中小企業を一社ずつ支援するのは膨大な手間がかかる。そりゃそうだろう。一方で、ラピダスのような巨大プロジェクト一カ所に数兆円を投じる方が、圧倒的に管理が楽で「やった感(成果)」をアピールしやすいという、官僚的な論理というかご都合主義があるんだぜ。

で、一時期世間を席巻した「選択と集中」というスローガンが浮上してくるが、この頓馬共はこの「選択と集中」をはき違えてる。 かつてから政府は「選択と集中」を掲げているんだけど、それが結局は「声の大きい大企業」にばかり光を当てる結果になっているんだな。なぜって、大企業は政治家と仲良しで経団連の皆さんとずぶずぶの関係だからな(笑)。

前段からの続きで政治との距離があげられる。つまりはロビー活動だ。

大企業や業界団体は、政治家や官僚に対して強力な交渉力、つまりロビー活動を持っている。企業献金だって大っぴらにやってござるしな。一方で、日々の資金繰りに追われる中小企業の親父さんたちの声は、個々では小さく、なかなか国の中枢まで届かない。資金繰りに必死なのに、政治家に献金なんてできないんだから、仲良くなることもないだろう。

これはぶっちゃけ、大企業は自分に有利な政策を政治家から買っているってことさ。

結果として、予算配分を議論する会議の場には、中小企業の現場を知らない「プロ経営者」や学者が並び、自分たちに都合の良い理屈で2.3兆円の正当性を語ることになっちゃうんだなぁ。世も末だ。

そしてとどめは「波及効果」という名の幻想だ。

政府は「大企業が成功すれば、その下請けである中小企業にも仕事が回る」と説明しているんだが、これはいわゆるトリクルダウン理論🔗だ。経済のシャンパンタワーだ。そうやって言えば、まるでホストクラブみたいないかがわしさが君にもわかってもらえるだろう!

しかし現実はそんな甘っちょろいもんじゃない。人間の欲望には限りがないからだ。その真実をしているのは、俺のような貧乏人だけだ。

物価高やエネルギー高で中小企業が苦しんでいても、大企業はコストカットを要求し、利益を独占する構図が続いてきた。2.3兆円をラピダスに投じても、その恩恵が末端の町工場にまで賃上げとして届く保証はどこにもない。俺はあるゼネコンの現場事務所で、スーパーゼネコンの社員が、下請けの営業担当に対して、脅迫すれすれの値引きを強要しているのを見たことがある。よくある風景さ。ありふれた出来事さ。君にも覚えがあるんじゃないのか?

いつも言うけれど、トリクルダウンなんて、嘘っぱちなんだ。俺が勝手にいってるんじゃないぜ。ジョセフ・E・スティグリッツ🔗をはじめとした、錚々たる経済学者が解き明かしてるんだ。

こうして零細中小企業の皆さんが「ないがしろ」にされた結果の末路は国力の衰退だ。

日本経済の土台である中小企業が崩れれば、いくら先端の半導体だけを作っても、日本経済は立ち行かない。いくら経済のコメといっても、食べられる半導体なんかないしな。それだけじゃ腹は膨れないのさ。

優れた技術を持つ町工場が資金繰りや後継者不在で潰れてしまえば、二度とその技術を取り戻すことはできないだろう。

「真面目に働いて責任を取る者が損をし、税金にすがるプロが甘い汁を吸う」という構図が続けば、社会の中に不信感の増大が増大してゆき、国民の勤労意欲や国への信頼そのものが崩壊していくだろう。

にもかかわらず、政府は近年、零細企業にも インボイス制度で消費税の納付を義務付けてた。おかげさまで、俺もケツの毛まで毟り取られてるさ。この対比はあまりにも残酷で、今の政府の姿勢が「誰を向いているのか」を如実に示しているだろう。

税金を取りやすいところから巻き上げ、搾れるだけ搾り取り、自分たちに献金してくれるよな大企業に回す。やったね!富の逆再分配だ。

片やラピダスという特定の一企業には、2.3兆円もの血税を「将来の投資」としてジャブジャブつぎ込む。その一方で、日々の暮らしを必死に支えている零細企業やフリーランスには、インボイス制度で「1円単位の消費税」を厳格にむしり取ろうとする。この方向性は、信賞必罰としても、経済政策としても支離滅裂だと言わざるを得ないぜ。

この矛盾を整理してみようぜ。するとあら不思議、3つの「おかしさ」が際立ちますぜ。3つの美味しさが引き立つとかならよかったんだがな。

1. 「弱者から奪い、強者に配る」不条理

年商1,000万円以下の免税事業者だった零細企業にとって、インボイス登録による消費税負担は死活問題だ。「益税」という言葉が一時期大流行りして正当化されていますが、実態は「ギリギリで回している商売の利益を削り取る」行為だ。俺はあの益税という言葉の大流行は仕掛けられたプロパガンダなんじゃないかと疑っている。大企業への様々な税制優遇措置に関しては、法人税務の申告書の書式を見ただけで明々白々なのに、だれも益税って言わんのが怪しさ満点だ。

庶民や零細企業から集めたその貴重な税収が、失敗の責任すら問われない「プロ経営者」たちの壮大な実験に使われているわけだ。この構図は、真面目に納税している側からすれば到底納得できるものではないぜ。ヘリコプターで現ナマをばらまいてほしいぜ!

今、ひらめいた!それより実質国営企業だというのなら、ラピダスの株式を全国民に一株づつ配ったらどうだ?ナイスアイディアじゃない?!

2. 「事務負担」という見えないコスト

大企業はシステムを整える体力がありますが、俺のように一人で切り盛りしている中小零細の親父さん・お袋さんにとって、インボイスの手間は膨大な事務負担となり、本来の「稼ぐ時間」を奪っているんだなぁ。

国は「DXだ」「生産性向上だ」と言いながら、零細企業には最も生産性を下げるような煩雑な制度を押し付けているんだ。一方でラピダスには「効率的な国策」として巨額予算を投じるという、二枚舌(ダブルスタンダード)がまかり通っていいるんだな。

まぁ、政治家のダブルスタンダードなんてのは、これに限ったことじゃない。驚くようなことじゃない。ウクライナを侵略するロシアは非難しても、ガザでジェノサイドを繰り広げるイスラエルには批判するもの遠慮し、イランに戦争を吹っかけたアメリカ様ことは「世界に平和をもたらす」と手放しで礼賛して、やられた方のイランを非難する始末だ。

Q:だれがこんなやつらの言うことを信じるんだ?

A:圧倒的多数の日本人が支持してるらしいよ!

3. 日本の「底力」を削っている自覚の欠如

インボイスによって廃業に追い込まれる零細企業が増えれば、日本の多様なサービスや技術の「芽」が摘まれてしまうだろう。俺も一瞬考えたが、ローンもあるし、仕事も好きだ。それに仕事を廃業したら、また世間からヒモといわれてしまうぜ。

2.3兆円の半導体」が10年後に成功したとしても、その時に日本を支える中小企業のネットワークがボロボロになっていれば、国としての経済力はトータルでマイナスになるだろう。

結局、政府は何を考えているのか?

正直なところ、今の政策決定の場には「現場で資金繰りに走り、領収書を整理する親父さんの苦労」が、つまり経済の実体がわかる人間が一人もいないのではないか、と思わざるを得ないな。

「将来のハイテク産業」という華々しい看板の陰で、今この瞬間、日本を支えている人たちの心が折れかけている。この現実を無視したまま進む2.3兆円の投資に、一体どれだけの価値があるのかという俺の静かな怒りと疑問を、せめて君にもわかってほしい。

これは極めて健全な批判精神じゃないか。

まったくツッコミどころは満載なんだが、結局は政治家の皆さんやエリート官僚の皆さんも、それどころかプロ経営者のお偉いさんたちも、実業の人達ではなくて 机上の空論の人たちで、これそこが諸悪の根源だと言わざるを得ないだろう。

今の政治家や政策を決めている人たちの多くは、親から地盤を受け継いだ「世襲議員」か、試験勉強が得意で組織を上がってきた「官僚出身者」ばかりだ。

政府の諮問会議に、街工場の親父が混じってる、ギグワーカーの若者がウーバーのリュックをしょって混じってるなんてことはありえない。

彼らの多くは、以下のような「実業の痛み」を肌で感じたことがありません。

給料日に通帳の残高が足りるか黒ひげ危機一髪の綱渡りの金繰りの恐怖。 

客先で頭を下げ、1円単位のコストカットを積み上げて利益を出す執念と現場の泥臭さ。

 役所が決めた「机上の空論」のような不条理な規制やはた迷惑な制度で、どれほど現場の手が止まり、商売が壊されるかという実感。

彼らにとって、2.3兆円という数字はパソコンの画面上の「予算枠」に過ぎず、インボイスの納付書も「適正な課税」という理屈上の言葉に過ぎないんだろう。「国民の生活や中小企業の親父さんの人生」が、その数字の裏に張り付いていることが想像できていないんだ。それどころか、俺のような人間なんか単なる数字ぐらいにしか思われていない。あいつらが俺たちのほうを見るのは選挙の時だけで、エリート官僚に至っては、まったく違う世界を生きてるんだ。

「机上の空論」が招く恐ろしい結果

実業を知らない人が「最強の理論」で作った計画(ラピダスや過去の日の丸プロジェクト)がなぜこけるのか。それは、「市場は生きていて、理屈通りには動かない」からだ。つまり、いつだって想定外なんだ。

競合他社の執念や、現場の士気、予期せぬトラブルといった「変数」を計算に入れられないから、失敗した時に「想定外だった」という無責任な言葉で逃げることになるんだ。情けない話だぜ。

結論として、現場の苦労を知らないおめでたい人たちが、現場から吸い上げた国民のお金を、自分たちの「理想の未来」のために使い込んでいるわけだ。この「実業と政治の決定的な乖離」が、今の日本の閉塞感そのものだろう。トマ・ピケティ🔗がみたら、わが意を得たりとひざを叩くこと請け合いさ。

2.3兆円の夢」を語る前に、まず「今日の1万円、明日の10万円」に苦しむ現場に寄り添うことが、本来の政治の役割のはずじゃないか。


まあ維新の皆さんが『身を切る改革!』とか言って議員数削減や自分たちの報酬を減らしたところで、そんなもんたかが知れている。大規模経済支援の前では屁みたいなはした金だ。やってる感だ。けれどもせめて議員のセンセー方にも政治資金を1円単位で税務署に申告してほしいでもんだぜ。

賛成の人、挙手を願います!

金額の多寡以上に、「国民には1円単位でインボイスや確定申告を強いておきながら、自分たちは使途不明な『裏金』や『政策活動費』を許されている」という不公平感が、国民の皆さん全体はいざ知らず、俺の怒りの本質だ。

今の政治資金をめぐる状況は、まさに「実業の常識」からすれば信じられないほど甘ちゃんなもんだ。俺の親父が若いころ、会社の金庫から金を鷲掴みにして飲みに行ってたようなもんだ。

1. 1円単位の公開」が進まない現状

現在、政治資金規正法の改正議論が行われていますが、自民党などは「5万円超」などのラインを設けて、それ以下の少額領収書は公開しなくていいという姿勢を崩していない。

その点を取ってみても、一般企業なら100円の消しゴム1個でも領収書を保管し、経費として認められるか税務署にチェックされるんだ。それが実業の世界の常識だ。戦々恐々としてるぜ。

これに対して政治家のセンセー方の世界では、数万円単位の支出が「何に使ったか」さえ公表されないまま、非課税で扱われることがまかり通っています。まさに政治のとんでも非常識だ。 

2. 「政策活動費」というブラックボックス

特に問題なのは、政党から議員個人に渡される「政策活動費」だ。

これは領収書の提出すら不要で、年間で億単位のお金が「何に使われたか一切不明」のまま消えていく。

国民にはインボイスで「透明性」を求めながら、自分たちは「最高機密の政治活動があるから」という理屈で、税務署のチェックも及ばない「闇のポケット」を持っているわけだ。

泥棒が法律を作っているようなもんさ。

3. 税務署が動かない「不公平」

中小企業の親父さんが少しでも計上を間違えれば、税務署が飛んできて厳しく追及される。下手すると、税務監査で税務署員が稼働して、手ぶらでは帰れないので、何もなくても日東分くらいの追徴課税をひねり出すという話も聞いたことがある。

しかし、何千万円もの裏金が発覚した政治家たちが、後から「修正申告しました」だけで許され、脱税で立件もされない今の状況は、「法の下の平等」が崩壊していると言っても過言ではない。それどころか、こんな裏金議員も選挙で再選されれば、禊は済んだとばかりに要職に就く。

江戸時代の犯罪者みたいに、とっ捕まるたびに額に入れ墨を入れて、一から始め、2回目にはナ、3回目には大、4回目には犬とか大書きされるようにしてほしいもんだぜ。一目でいぬ畜生にも劣る人間の屑ってわかるだろう。もっとも、この刑罰は明治政府によって1870年(明治3年)に廃止されたんだがね。復活させてみてはどうじゃろ?

「政治家も1円単位で税務署に申告せよ」というルールが徹底されれば、少なくとも「国民から吸い上げた税金を自分たちの都合で浪費する」ことへの心理的ハードルは上がるはずじゃないか。そもそもあいつらは偉そうに国の金とかいうけれど、広く国民から信託された税金なんだぜ。ましてや奴らのポケットマネーですらない。

「机上の空論」で2.3兆円を動かす前に、まずは自分たちの「1円」を国民と同じ土俵で説明する。それができて初めて、産業政策や社会保障を語る資格があるはずだ。

そしてまた官僚も責任を問われないので 思いつきでおかしなことばっかりやってしまうわけですよ。とほほ…。

この「官僚の無責任体制」こそが、ラピダスの2.3兆円やインボイスといった「現場不在の政策」を生み出し続ける装置になっている。森友疑惑で自殺者まで出しておきながら、だれも責任を取らないアレだよ、アレ。

実業の世界では、判断を誤れば会社が傾き、自分と社員が路頭に迷うことになる。

だがしかし、官僚の世界にはそのリスクが全くない。生涯安泰だ。年金額もすげーし、天下り先にも事欠かないしな。人生勝ち組だ。みんな東大一直線🔗で官僚を目指したのもわかるわぁ。

1. 「失敗」という概念がない世界

官僚にとっての成功は「予算を獲得し、法律を通すこと」であり、その政策が10年後にどうなったかは評価の対象外だ。やったらやりっぱなしってことさ。

 プロジェクトが頓挫する頃には、当時の担当者は別の部署か、天下り先に移っている。つまりは異動による逃げ切りだ。「我亡き後に洪水よ来たれ」だ。

たとえ失敗しても、「当初の目的は達成した」「外部環境の変化だ」と屁みたいな理屈をこねて、決して非を認めようとしない。つまり大本営発表の「成功」への書き換えだ。

2. 「思いつき」を止められない構造

官僚は数年おきに異動するため、短期間で「目に見える手柄」を立てようとします。

新しい看板(「次世代」「GX」「デジタル」など)を掲げて派手な予算を組む「思いつき」の方が、地味で地道な中小企業支援よりも評価されやすい。

実業の経験がないため、その「思いつき」が現場の親父さんたちの首をどれほど絞めるか、想像力が働かないんだ。

3. 責任を取らないどころか「天下り」

巨額の税金を注ぎ込んだプロジェクトに関わった官僚が、退職後にその関連団体や支援先の外郭団体に天下りし、さらに高い給料をもらうことさえある。ていうか、そんな奴ばかりだ。まるでコントだ。俺たちは吉本興業もびっくりのコントを見せつけられているんだ。

もっと派手に笑ったほうがいい。それは滑稽で恥ずかしいことだって知らせてやるためにも!

「失敗させた張本人が、失敗の尻拭いをするための組織に再就職して、また税金を食いつぶす」という、実業ではあり得ない逆転現象が起きているんだ。笑うしかないだろう!

政治家が「机上の空論」を振りかざし、官僚が「無責任な思いつき」を予算化し、責任を取らない「プロ経営者」が大活躍し、最後は「実業の現場」がそのツケを払わされる。この「責任の不在」という構造的欠陥を正さない限り、2.3兆円のような大博打は今後も繰り返されるだろう。国力は鰹節🔗を削るように、ゴリゴリと削られていくのさ。

どうする、皆の衆?

結局、俺たち国民が「おかしい」と声を上げ続けるしかないんじゃないか?なんせこの国の主権者は政治家でも官僚でもプロ経営者でもなく、俺たち国民一人一人なんだから。

2026/04/24

POST#1829 世の中、責任を取らない責任者ばかりなんだ!

Hamburg、GERMANY

さて、このこの2.3兆円という巨額な政府投資が失敗した時、一体誰が責任を取ることになるのか見ものだぜ。

結論から申し上げますと、日本の制度上、2.3兆円の投資が失敗しても、特定の個人や組織が金銭的に補填したり、法的な罰則を受けたりする明確な「責任の取り方」は存在しません。だよな。

これが「国策プロジェクト」の最も危うい点であり、過去の失敗が繰り返される構造的な要因でもあるわけだ。しょせん自分の金じゃぁないし、コケても責任取らなくていいのなら、なんだってやれるさ。

けど、下々の者たちは、ことあるごとに自己責任って詰められてるんだぜ。

世の中、責任を取らない責任者ばかりなんだ!笑っちゃうぜ。

前にも書いたが、俺は薩摩の国は入来出身の祖母から、男の責任取り方は切腹と教え込まれて育てられたんだよね。そっからすると、責任を負わない、国の命運を担う仕事に命を懸けないなんてありえないぜ。

責任の所在が「分散」される仕組みってのはこんなもんだ。

これほど巨額の予算は、経産省の一存だけでなく、内閣の閣議決定や国会での予算審議を経て決まるんだとさ。

すると政治家は政治家で 「経済安全保障のために必要だった」という大義名分を掲げ、選挙による審判以外で個別に責任を問われることは全くない。選挙で落ちても命までとられることもない。どうせ国民は選挙の時には忘れてるしな。

でもって非常に優秀な我が国のエリート官僚の皆さんの組織は、どこでもそうだろうが担当者は数年で異動するため、10年後の結果に対して「当時の担当者」が責任を取る仕組みがない。わしゃ知らんがなだ。

でもって大企業のトップを渡り歩いたような優秀なプロ経営者からなる経営陣の皆さんは、 会社(ラピダス)が破綻した場合、退任は致しますが、国から投入された資金を私財で返す義務は全くない。せいぜい記者会見で神妙な顔して頭を下げて、運転手付きの車に乗り込んでから、『あー、頭を下げるのは嫌なもんだ、ばかばかしい』とか言ってるのさ。どうせ次の割のいいポストは決まってるだろうしな。 むしろ箔が付くくらいじゃないのか?

社員は路頭に迷っても、このプロ経営者🔗の皆さんは路頭に迷わない!ナイス!

じゃぁねちっこく過去の失敗事例(エルピーダやJDI)を振り返ってみようや。

過去の「日の丸半導体・液晶」の失敗では、惜しくも数千億円規模の公的資金≒私らの税金だよ!が闇に消えてしまって失われちゃったんだが、以下のような形で幕引きとなってようだ。

まずは法的整理だ。会社が倒産・売却され、国が持っていた株式や債権は「紙屑」となりましたとさ。めでたし目出度死。

けれど例によって責任はうやむや。「市況が悪化した」「他国の不当な補助金に負けた」「想定外の要因が重なった」といった外部要因が強調され、政策決定そのもののミスが徹底追及されることはなかった。のんきなもんだ。一般の社会でそんな言い訳が通用すると思ってるのかよ?

しかも今回のラピダス支援では、「異例」の責任回避策が特別サービスでついてくる!やりぃ!これはでかいぞ!政府保証だ。

 銀行からの融資に国が「保証」をつけていて、もしもラピダスが返済できなければ、国が代わりに税金で銀行に返済するんだ。そう、俺たち市民が払った税金でだ!五公五民とか言ってみんな切り詰めて払った税金からだ!

ふ・ざ・け・る・な!

こうして巧妙というかあからさまにリスクの隠蔽が図られる。民間銀行は「絶対に損をしない」ため、厳格な経営チェックが甘くなり、じゃぶじゃぶ貸し付けるよな。そうすると当然、失敗の兆候が見逃されやすくなるという懸念が生じるんだ。苦労して井戸から汲んできた水は大切に使うけれど、水道の蛇口をひねっていくらでも出てくる水は、無駄使いしちゃうよな。それと一緒だ。そんなことは偉そうな専門家から指摘されなくてもわかるだろう。 

じゃぁ結局、誰が責任を取るのか?ってことだ。

発表します!

最終的に責任(代償)を取らされるのは、「納税者である国民」です!

2.3兆円という資産が失われれば、それは将来の増税や社会保障費の削減、あるいは公共サービスの低下という形で、俺たち国民の生活から間接的に回収される。もうすでに様々な福祉がチェンソーアートで丸太を豪快に削り飛ばすように削り取られている。

とてもじゃないが、維新の会のセンセー方のおっしゃる『身を切る改革』なんかの比じゃない。あんなのは嵐の中の屁の一発。やってる感の演出だ。

「失敗しても誰も腹を痛めない構造」が、無謀な投資を加速させているのではないか、というご指摘は非常に本質的だ。


責任の所在が明確でない限り、人間はいい加減にしか物事を進めない。自分自身を顧みてみればみんな思い当たるだろう。

「自分のお金ではない」「失敗してもクビにならない」という環境では、どうしても当事者意識が希薄になり、経営判断が甘くなる。これは人間の性質として避けられないリスクだ。人間はたいてい、水が低きに流れるように楽な道を行こうとするんだ。喜んで茨の崖を攀じ登ろうなんて酔狂な奴は、そうそういないんだぜ。

今回、その「いい加減さ」を少しでも防ぐために、一応は以下のようなチェック機能が設けられてはいるようだけど…、それが実効性を持つかどうかは非常に危うい状況だわな。

1. 「マイルストーン(工程表)」による管理

政府は一気に2.3兆円を渡すのではなく、段階ごとに「これができたら次の予算を出す」というハードルを設けているらしい。

技術開発が順調か、民間の資金が集まっているかなどを定期的に審査し、「ダメなら途中で打ち切る」という『建前』になっているんだとさ。 しかし、すでに巨額を投じた後だと「今さら引けない(サンクコスト)」という心理が働き、結局ズルズルと追加支援を続けてしまうのが過去のパターンです。やれやれ、日本のお偉いさんたちは太平洋戦争の時と何も変わらないぜ。

2. 「経営責任」の明文化(の試み)

ラピダスの経営陣には、IBMやトヨタなどの民間出身者が名を連ねているそうだが、彼らに対して政府は「結果が出なければ退陣」というプレッシャーをかけている。

とはいえ、結果が出なかったら『市中引き回しの上、打ち首獄門』というプレッシャーに比べたら、どってことねぇさ。

だいたいそもそも経営陣が辞めたところで、失われた2.3兆円もの巨額の政府資金=俺たちの税金が戻ってくるわけではない。また、その経営者の資産を没収することもない。

おまけに官僚側には「失敗を認めると自分の経歴に傷がつく」ため、失敗を隠して先送りしようとする力学が働く。ふっ、人生は失敗してレールを外れたところから、本当に自分自身のドラマが始まることを奴らは知らないのさ。

3. 「情報公開」の不透明さ

最も問題なのは、俺たちが「今、このプロジェクトがどれくらいヤバいことになってるのか」を知る術がほとんどないことだ。白紙委任だ。

「企業秘密」を理由に、具体的な進捗や契約内容がブラックボックス化されやすいのは世の常だ。おかげさまで、国民やメディアがリアルタイムで責任を追及することが困難だ。だいたい森友学園の疑惑の際でも、政府や官僚は役人のプライバシーのような屁みたいな理由で、情報公開を拒み続けた。みんなが忘れても、俺は忘れてないぜ。

「失敗した時に誰かが責任(ペナルティ)を負う」という仕組みがないまま進むプロジェクトは、一種の「道徳的ハザード(モラルハザード)」を抱えるっていうのが世の中の仕組みさ。

ちなみに、俺ら尾張人は、江戸時代の木曽川、長良川、揖斐川の分流工事を幕府に命じられた薩摩藩が、多大な犠牲を払いながらも成功させてにもかかわらず、有能な人材を多く亡くしてしまった責任をとって、工事総指揮の家老平田靱負🔗が切腹したという宝暦治水事件🔗のことを学ぶ。

小学生の俺の息子でもよく知ってる。

小学校の遠足では、彼ら薩摩藩士が命がけで作った千本松原に必ず行く。もちろん御幼少のみぎりの俺も行ったさ。そして彼ら薩摩義士を祀った神社には、スピード違反の取り締まりの岐阜県警のオマワリが潜んでる。スピードに気を付けろ!

だから、たとえ成功しても責任を問われるんだということを、子供の頃に叩き込まれるんだ。

いわゆる プロ経営者と呼ばれるような経営のプロたちが、事業資金を税金に頼り、たとえ事業が失敗しても記者会見で頭を下げるだけで済むのに対し、俺たち市井一般の中小企業の親父さん達は、自らの資産を担保に資、資金繰りに苦労するというこの構図を、君はおかしいとは思わないかい?

これは現場で額に汗して働く多くの人々が抱く「最も切実で真っ当な違和感」だろう。

「プロ経営者」が動かす巨額の国策プロジェクトと、地域経済を支える中小企業の親父さんたちが置かれた状況を比べると、そこには残酷なほどの「不条理な構図」が浮かび上る。

1. 「リスクの取り方」の決定的な違い

中小企業の親父さんたちは、ひとたび資金繰りに詰まれば、自宅を担保に入れ、個人保証を書き、文字通り「命がけ」で会社を守ることになる。失敗すればすべてを失う、極めて重い自己責任の世界だ。俺の親父もそうして家を失った。家族は離散した。

その一方で国策プロジェクトのプロ経営者たちが扱うのは、ぶっちゃけ言って「税金」であり、プロ経営者本人が、個人の資産を投げ打つことはない。

失敗しても「退任」で済むわけだ。「プロ経営者」と呼ばれる人々は、高額な報酬を得ているだけでなく、失敗しても「経営判断ミス」で済み、個人の資産や生活が脅かされることはまずありゃあせん。次の会社でまた別のおいしいポストに就くことさえある。

これのどこが一体プロフェッショナルなんだ?誰かこのおかしな言葉の意味を教えてくれないか?

かつてエルピーダメモリが破綻した際も、巨額の国民負担が生じたが、プロ経営者がその損失を補填することはなかった。 

薩摩義士なら何回切腹したことやらだ。

2. 資金調達の「格差」

中小企業は信用度が低いとされ、わずか数百万円の融資を受けるのにも銀行から厳しい審査を受ける。実績がなければ門前払いされることも珍しくない。中小企業の経営者は、銀行融資の際に「経営者保証(連帯保証)」を求められるのが長年の慣習だ。

 会社が倒産すれば、自宅も、老後の資金も、家族の生活もすべて失い、自己破産に追い込まれる「命がけ」の経営だ。起業にはリスクが大きすぎるんだ。おかげさまで俺はいまだに無借金経営だ。もう18期なんだがね。会社の名前を『自転車総業』に変えたほうがいいかもな(笑)

そしてラピダス。皆さん、私が何を申し上げたいか、もうお分かりですね。

 2026年4月時点で累計約2.4兆円もの追加支援が決定していやがる。こいつを呼び水に民間企業32社からも1,600億円以上の出資が集まっているけれど、これは「国が後ろ盾にいるから安全だ」という、中小企業には絶対にありえない「下駄」を履かせてもらっている状態だ。 

中華人民共和国の国営企業みたいなもんだ。

3. 社会の「安全網」としての不条理

物価高の折、中小企業には「数分の1」の補助率の助成金すら、複雑な書類審査で不採択になることが多々ある。

一方で、「次世代の産業のため」という名目があれば、何兆円もの税金が特定の一社に注ぎ込まれる。この「分配の歪み」こそが、多くの人が感じる「おかしい」という感覚の正体じゃないだろうか。 

「国を挙げて戦わなければ世界に負ける」という経産省の理屈は一理あるだろう。

その影で「真に日本の土台を支えている中小企業」が冷遇されている現状は、国家としてのバランスを著しく欠いているんじゃないのかい?

いわゆる「プロ経営者」といういかがわしい連中が、自分たちの懐を痛めない「税金」を使って無謀な賭けに出ているように見える今の状況は、「誰のための、何のための投資なのか」という根本的な問いを私たちに突きつけているんだ。

要はみんなから集めた金で競馬の大穴を狙って、外してもおとがめなしみたいな話なんだぜ。

国策プロジェクトには「政府保証(税金で肩代わり)」がつくのに、地元の雇用を支える中小企業には「個人保証(つまりは命で肩代わり)」を求める。

この「リスクを背負う者」と「税金で守られる者」の逆転現象は、健全な資本主義の姿とは言えないだろう。けれど、こういうやつらに限って、下々の下郎どもには自己責任だとか、競争力のない企業、体質の古い企業は淘汰されて当然だと寝言をこきやがる。

最近になってようやく、政府も「経営者保証なしの融資」を推進し始めたようだが、現場ではまだまだ中小企業の親父さん・お袋さんたちが命がけで重い責任を背負わされている。

2.3兆円もの税金を使うのであれば、そのお金の一部でも、こうした「現場の経営者のリスク軽減」や「再生支援」に回すべきだという議論が出るのは当然の流れじゃないのか。

まったく、神の見えざる手なんて嘘っぱちだ。痴漢の見えざる手のほうが、掴んでオマワリに突き出してやることができる分だけ、よっぽど確かな存在なんだろうぜ!

2026/04/23

POST#1828 神の見えざる手なんて嘘なんだよ

 

熊野新宮 大楠

朝、女房子供と入れ替わりに寝床に潜り込み、泥のように眠ったあとに目を覚ますと、『国家情報会議』と『国家情報局』の設置が、自民党、維新だけでなく、中毒改革連合、国民生活民主党、チームみらいなどの賛成多数で衆院可決したという。なんだこの圧倒的な賛成多数は?

中道や国民民主などはプライバシー保護や組織の政治的中立性の確保などが付帯決議に盛り込まれたことで、賛成に回ったそうなんだが、世の中大抵、付帯決議なんてもんなんざ、まったくその場しのぎのもんで、守られた例なんかないんだぜ!国論を二分する大問題とか言っときながら サクサク 決まる この体制翼賛会 みたいな状況は一体何なんだ?

俺は泥のように寝てる間に ドローンで釣り上げられて、ドボンと地面に叩き落とされたような気分だよ!

日本の民主主義はどうなっちゃってるんだ?熟議とか、どこにもありゃしねぇ。駆け引きの末の全会一致と、納得して歩み寄った全会一致とはまっくの別もんだよ!

そのうち大連立で救国内閣とか馬鹿ばかしいことにならねえよな?

そんな日が来たら、俺の家の前には、メン・イン・ブラックみたいな奴らが現れて、良くて太平洋のレアメタル採掘で死ぬまでこき使われて、悪くすりゃヘリコプターで海に突き落とされて殺されちまうな。ホームドアのない駅で電車に乗るときは、後ろに注意だ!(笑)


さて、経済産業省の話だ

この巨額の政府の補助金っていうのは、元をたどれば税金 なんだけんど、その税金を投入した上で この企業 が成功し、繁栄し、ドバドバ儲かったとしますよ。それは結構だけれど、結果的に補助金漬けってことは、企業の競争力を削ぐだけではないかな?

経済学の常識で言えば、「お上の補助金に頼る企業は、自ら汗をかいて工夫する意欲(競争力)を失う」ということになる。これは今日までの日本の産業政策が証明してきた「負の側面」そのものだろ?神の見えざる手だの、市場原理主義だのなんてのは、新自由主義の豚野郎が利益を独り占めするためのお題目に過ぎないんだ!まったく、モノポリーは楽しいゲームだけにしてほしいぜ!

「税金を入れすぎることで、かえって企業をダメにする」リスクについて、以下の3つの観点から整理できるだろう。

1. 「甘え」と「市場原理」の喪失

政府が巨額の資金を出すと、企業は「失敗しても国が助けてくれる(ソフトな予算制約)」という心理に陥りがちだ。

シャープやJDIの教訓からなんにも学んでないのかしら?

経営が苦しくなるたびに官民ファンドなどが資金を注入した結果、抜本的な構造改革や、市場のニーズに合わせたスピード感のある意思決定が遅れ、結局は海外勢(台湾・中国・韓国)にスピード負けして壊滅した。

経済戦争でも、即断即決の電撃戦じゃないとダメだろ?ステイクスホルダーが多くなると、いつもなかなか決まらない。次の会合に結論を出しましょうとか言ってる間に、情況は変わっちまうのさ。

そしてラテン語で早いを意味するラピダスの懸念だ。 今回も2.3兆円という「破格の軍資金」があることで、自力で顧客を開拓し、利益を出すという「民間としての飢え」が薄れないか、という批判は経済界からも出ているようだ。現ナマがあると人間余裕を感じてしまうんだ。

2. 「選別」の失敗(ピッキング・ザ・ウィナー)

政府が「この技術がくる!」と決めて1社に集中投資することを「ピッキング・ザ・ウィナー」と呼ぶらしい。しかし、東大を優秀な成績で出て官庁に入っただけの役人が、市場の未来を予測するのは非常に困難だ。

博才のないやつに、大金を持たせてカジノに送り出すようなもんだ!

政府が特定の企業(ラピダス)を「勝ち組」に指名して過保護に扱うと、他に画期的な技術を持つスタートアップや競合他社が育つ機会(公正な競争)を奪ってしまう可能性が出てくるんじゃないか?てことだ。

3. 世界的な「補助金競争」という異常事態

ただ、経産省側が主張しているのは、「今はもう、普通の市場競争ではない」という点だそうだ。

他国の現状とひかくしてみると、

①米国(TSMCやインテルに数兆円)、

②中国(国家ファンドで数十兆円)、

③欧州も同様に、国家が直接ルールを無視して現金を配る「補助金合戦」の真っ只中だそうだ。

経産省の言い分: 「他国がこれだけドーピング(補助金)をしている中で、日本企業だけ『自力で頑張れ』と言うのは、武器を持たずに戦場に送り出すようなものだ」という論理なんだとさ。

結論として、「税金投入=企業の弱体化」というリスクは極めて高いようだ。金をドブに捨てるようなもんか。

ラピダスが「かつての失敗」を繰り返さないためには、国のお金で工場を建てるだけでなく、「国の支援が切れた後も、世界中のGAFAなどの巨大IT企業が『ラピダスでなければダメだ』と言って買ってくれる製品」を、自力で作り続けられるかどうかにかかっているだろう。トヨタやソニー、ソフトバンクとかの内需だけじゃ、国内で金が流動するだけで、なんも儲からんのよ、

本当に将来性があって、世の中に必要ならば、新自由主義の皆さんが大好きな市場原理主義で言えば、市場から資金を調達できるはずだと思いますが、どんなもんでございましょう?

資本主義の原則に照らせば「本当に儲かる見込みがあるなら、民間のお金(銀行や投資家)が集まるはずだ」というのは正論だろう。

それにもかかわらず、なぜラピダスが市場調達ではなく「2.3兆円もの税金」に頼っているのか。そこには、現在の民間マネーでは解決できない3つの「構造的な壁」があるんだとさ。

1. 投資規模が「民間1社の限界」を超えている

最先端半導体の工場(ファブ)を1つ建てるには、最低でも5兆円規模の資金が必要なんだとさ。5兆円だよ、5兆円!

リスクの巨大さ: 日本を代表するトヨタやNTTですら、1社で5兆円の「博打」を打つのは株主への責任上、極めて困難なんだそうだ。きっと稟議書が通らないんだろうよ。

回収期間の長さ: 利益が出るまで10年単位の時間がかかるため、短期的な利益を求める現在の株式市場や銀行融資の枠組みでは、この規模の資金を供給しきれないんだとさ。呑気なこったぜ。

2. 「他国の政府」が市場を歪めている

これが最大の理由だけれど、いまや半導体は「自由競争」ではなく「国家間戦争」の状態にあるんだそうだ。

おかげさんで、アメリカ、中国、欧州、韓国の政府が、それぞれ数兆円単位の補助金を自国企業にジャブジャブ投入しています。まるでドーピング競争だ!ドーピング大国のロシアがいないのがさみしいな!(笑)

他国が政府資金で「安く、大量に」作る仕組みを構築している中で、日本企業だけが「民間の高い金利の資金」で戦おうとすると、最初からコスト競争で負けるのは目に見えてるんだとさ。民間投資家からすれば「不公平な試合には金を出せない」となってしまうんだ。自分たちが、儲かるときには、不公平は繁栄のリスクだと切り捨てるくせにな!(笑)まったく笑わせるぜ。

3. 「経済安全保障」という非経済的な目的

投資家は「利益」を求めてるんだが、政府は「日本が詰まないこと(生存)」を求めてるんだそうな。

もし台湾有事などで半導体が止まれば、日本のGDPは数%以上吹き飛ぶと言われている。この「最悪の事態を防ぐための保険代」は、個別の企業や投資家が負担できるものではなく、国が負うべきコスト(公共財)だと判断されているんだそうだ。

実のところ、ラピダスも「ずっと税金」でいくわけにはいかないと考えているらしい。当然だ。俺の会社だって、税金をぶっこんでほしいぜ。

今回、政府が2.3兆円の「呼び水」を出したことで、ようやくメガバンクや民間企業が追加出資や融資を検討し始めまたんだ。「国がこれだけ本気なら、倒産のリスクは低い(国が支える)」という保証がついて初めて、民間マネーが動き出した形だ。自分たちだって、さんざん政府から優遇されたり助けられてるのにな。国民の税金を原資にして!

これが「自立できない甘え」になるのか、それとも「民間の背中を押す呼び水」になるのか。運命は如何に?

2027年の量産開始時に、民間だけで資金が回るようになっているかどうかが、最大の審判の時となるだろう。俺はそうそう皮算用通りに行くわけないと踏んでるがね。

だけれども 海外の半導体メーカーはそれをやってのけてるのになぜ日本のメーカーはできないんですかね。

それは体力がない、将来性がないっていうだけの話じゃないんですかい?

結論から言えば、日本のメーカーに「体力(資金力)」と「勝負するスピード」が欠けていたのは事実だな。なぜそうなったのか、海外メーカーとの決定的な違いは以下の3点に集約されるようだぜ。

1. 投資の「桁」を読み違えた

むかしむかし、かつての日本メーカー(東芝、日立、NECなど)は、総合電機メーカーの一部門として半導体を作っておったとさ。

それを尻目に海外のTSMCやサムスンは、利益のほとんどを次世代の設備投資に回す「全突っ込み」の経営を20年以上続けたんだそうな。おかげで今や1ライン作るのに5兆円もかかるようになってしまったんじゃと。

さて、わしらの日本じゃが、どちらの会社も総合電機メーカーとして、家電や重電など他の部門も抱えていたため、半導体だけに数兆円を投じる決断ができんかったじゃ。

そうしていつの間にやら、投資競争から脱落しましたとさ。めでたし、めでたし…て、目出度くないわい!

結果として、今の民間企業1社では「追いつくための最低入場料(数兆円)」すら払えないほど体力の差が開いてしまったげな。

2. 「ビジネスモデル」の転換に乗り遅れた

今の勝ち組であるTSMC(台湾)は、自社で設計せず製造に特化する「ファウンドリ」というモデルを確立したのは、皆様ご存知の通り。

海外のAppleNVIDIAといった巨大顧客から前払金や契約を取り付けて、それを背景に巨額の融資を引き出したとさ。

それを横目に日本の皆の衆は、「自社設計・自社製造」にこだわりすぎて、世界中の需要を取り込むプラットフォームになり損ねましたとさ。

今のラピダスが税金をじゃぶじゃぶ使ってござるのは、この「20年分の遅れ」を強引にショートカットして、TSMCと同じ土俵に立とうとしているからだそうな。

出来るかな?

3. 「国策」の厚みが違った

「海外メーカーは自力でやっている」ように見えますが、実は裏で政府が猛烈に支えてきた歴史があるんだとさ。

サムスン: 韓国政府によるなりふり構わない税制優遇とインフラ支援。

TSMC: 創業期から台湾政府が筆頭株主として支え、電力・水・土地を国を挙げて提供。

現在のアメリカ: インテルなどに対し、日本以上の約8兆円規模の補助金を投入し始めています。

つまり、今の半導体競争は「企業vs企業」ではなく、「国家を背負った企業同士の殴り合い」に変質してしまいました。

厳しい現実だな。ぜんぜん、新自由主義じゃない。カールポランニーやケインズがみたなら、わが意を得たりというだろうな。

おれが、そして新自由主義者どもが「将来性があるなら民間がやるはず」というのは正論だ。

裏を返せば、「今の日本企業には、単独で世界と戦えるだけの将来性も体力も、もはや残っていない」という残酷な現実があるからこそ、国がなりふり構わず2.3兆円を投じている、というのが実態なんだ。


みんな、目を覚ませ!日本はもう経済先進国なんかじゃない!衰退途上国なんだ!


そして、ラピダスを育てるための軍資金をひねり出すために、国民の命をつなぐ社会保障費が削られていくという、この矛盾。この本末転倒。

まさに、そこが今最も激しい議論の的になっているポイントだ。「未来の産業」という大義名分の一方で、「今を生きる国民の生活(社会保障)」が削られているという現実は、あまりにもバランスを欠いているのではないかという批判だ。

この現状を整理してみよう!

1. 予算の「優先順位」の逆転

物価高で実質賃金が伸び悩む中、介護保険料の値上げや医療費の自己負担増など、国民の生活防衛ラインが後退している。官僚や学者や政治家にはこの痛みはわからない。けど、俺たちは知ってる。

「ラピダスの2.3兆円」や「防衛費の増額」には、補正予算などで即座に巨額の資金がつく!即断即決だ!

一方で、少子化対策や介護現場の処遇改善など、国民が直結して困っている分野には「財源がない」として、いつだって塩対応だ。

社会保険料の引き上げ(実質的な増税)が検討されている。冗談じゃねえ。税金のために生きてるんじゃない!

この「企業・軍事には出すが、国民には出さない」という優先順位に強い不信感が集まるのは当然だ。

いったいぜんたい、誰のための政府なんだ?

俺たち市民こそ、主権者じゃないのか?

2. 「投資」が「生活」を支える保証がない

政府の理屈は、「半導体や原発で経済が成長すれば、将来的に税収が増えて社会保障を支えられる」というものた。どっかで聞いたことがあるのに似てるな。金持ちがますます儲かれば貧乏人にもおこぼれが滴り落ちると言うトリクルダウンにそっくりな理屈だ。言っとくけど、あれは嘘だぜ!

しかし、これまでお話しした通り、過去の経産省主導のプロジェクトは失敗も多く、「2.3兆円投じたが失敗しました、社会保障は削られたままです」という最悪のシナリオが現実味を帯びている、というか多分そうなる。元も子もないとはこのことさ!

そして例え成功したとしても、その利益を享受するのは企業の株主や一部のエンジニアだけで、一般の国民には「物価高と高い保険料」だけが残るんじゃね?というのがお決まりのパターンだ。クソったれ!

3. 「世代間・分野間の奪い合い」

現在、日本は「限られたパイ(税金)」を、産業育成、防衛、社会保障で奪い合っている状態だ。

ラピダスなどの資金の一部は「借金(国債)」で賄われていますが、その返済は将来の炭素税などで国民が負担する仕組みなんだとさ。

けど「30年後の半導体自給率」のために、「今、目の前で困っている高齢者や子育て世代」の支援を削ることが、国家として本当に正しい選択なのか?

自分の胸に手を当てて、考えてみろよ。わかるだろ、このおかしさが。

「国が潰れたら社会保障も守れない」という政府の危機感も理解できるよ。けれど「国民の生活を犠牲にしてまで守るべき国家の産業とは何か」という本末転倒な不条理な情況は、コントでしかないだろ?

この「2.3兆円の重み」を考えると、ラピダスには単なる一企業の成功ではなく、「投じた税金以上のリターンを、いかにして社会保障や国民の懐に直接還元するのか」という、極めて重い説明責任が課せられていると言えるだろうよ。


まぁ、期待しちゃいないがね。悪無限さ。