2026/03/20

POST#1794 春分の日に墓参りもいかず夢洲IRを考える

BangKok,Thai
今日は春分の日だ。
遥か昔には、女たちは日の出とともに東に向かって歩み、太陽が南中すると今度は西に向かって歩むという風習があったのだと、折口信夫🔗の文章で読んだことがある。
しかし、俺は墓参りもいかず、もちろん太陽を追いかけることもなく、ダラダラ眠り、読書して暮らしてる。優雅なものだ。老後はかくあるべしだな。

一時期、同業者の同年配の経営者、つまり日本のごく普通のおっさんたちと話をすると、かなりの割合で維新の会の支持者が多かった。
自分はその創設者たちの経済成長第一で、小さな政府を志向するリバタリアン的な数々な言動に辟易していたので、どうしても交換を持つことができなかった。また、どちらかというと右派的な国家観、歴史観も自分とは相いれない。
そんな右派的な主張を持つ維新の会が、なぜ万博を利用して夢洲のインフラ整備を行い、国家機能を弱体化させるようなIRのような特区=「ゾーン」を作ることに邁進するのか?

確かに、大阪IR(統合型リゾート)の推進は、リバタリアンの核心である「個人の自由(選択)」と「市場原理」を重視する姿勢が色濃く出てるといえるじゃなかろうか。
リバタリアン的な視点で見ると、次のようなのポイントが合致していると言えそうだ。

①自己責任と自由: 
「ギャンブル(カジノ)をするかどうかは個人の自由であり、政府が過度に禁止すべきではない」という考え方。日本は表向きはギャンブル禁止だけれど、親方日の丸のギャンブルは公認だからな…。

②民間活力の利用: 
公金に頼るのではなく、民間企業の投資によって経済を活性化させ、その収益を社会に還元する仕組みを重視しています。しかし、特区を作るために万博まで動員してインフラを整備し、地ならししてるってのは、どうなのよ?と思わずにいられない。何しろその原資は税金だからだ。

③規制緩和: 
特定の区域において規制を緩め、ビジネスの自由度を高めることで成長を狙う「特区」の考え方は、まさにリバタリアン的だといえるだろうな。

一方で、IRには「公的な認可(独占権の付与)」や「厳しい入場規制・依存症対策」といった政府による強い管理も伴う。そりゃそうだろう。日本人、特に大阪近辺の連中がギャン中だらけになっては困るってもんだ。
そこを加味すると、「経済成長のための戦略的な自由化」という側面が強いかもしれないな。

確かに、一見すると「強い国家」や「伝統的な主権」を重んじる保守・右派的なスタンスと、国家の法規制をあえて外す「ゾーン(特区)」の建設は矛盾しているように見える。
しかし、昨日も紹介したスロボディアンが分析する「破壊系資本主義(クラックアップ・カピタリズム)」の文脈で解釈すると、日本維新の会が目指す方向性には、ある種の「新自由主義的な合理性」が見て取れるといえるだろう。

なぜ彼らが夢洲の「ゾーン」実現に邁進するのか?
その背景には以下の3つのロジックがあると考えられるんじゃないかな。

①「国家」ではなく「都市」を単位とした生存戦略
彼らの主張の根底には、日本という国家全体の機能不全(中央集権の限界)への強い不信感がありる。「国家全体を一度に変えるのは不可能だが、特定のエリア(夢洲など)を切り出し、そこをグローバル資本が活動しやすい『ゾーン』にすることで、地域の経済を劇的に成長させる」という考え方だ。
彼らにとっての「愛国」とは、国全体の統制を守ることではなく、「一部のエリアを世界で最も稼げる場所に変え、外資を呼び込むこと」に置き換わっていると言えるだろう。
もっとも、本人たちは否定するだろうけど。日本維新の会といっても、その土台は大阪維新の会だからな。ずばり地域政党だ。

②「規制」こそが敵という保守観
維新の会などの勢力にとって、守るべきは「古い官僚機構や規制」ではなく、「自由な市場競争」だ。彼らにとっての「国家の弱体化」とは、ゾーンを作ることではなく、むしろ「古い規制が経済成長を妨げている状態」を指ししている。
スロボディアンが描くリバタリアン(自由至上主義者)たちは、民主主義の手続きを「成長を邪魔するコスト」と見なしているけれど、それと同じように、維新の「決定できる政治」というスローガンは、ゾーン内での迅速な意思決定を重視するこの思想と親和性が高いといえるだろう。

③ 主権の「断片化」による効率化
かつての右派は「領土の隅々まで国家の法が及ぶこと」を重視した。日本全国津々浦々だ。しかし、現代の破壊系資本主義に近い右派は、「稼げる場所(ゾーン)と、そうでない場所を分けること」を効率的だと考えているようだ。

昨日からの考えをまとめると、
米軍基地: 安全保障を「外注」するためのゾーン
IR(夢洲): 経済成長を「外注(外資導入)」するためのゾーン
ということになるのかな。

彼らにとって、これらは国家を弱体化させるものではなく、むしろ「重荷(コストや規制)を切り離し、生存の可能性を広げるための戦略的な割れ目(クラック)」として正当化されている可能性があるんじゃなかろうか。
つまり、彼らが守ろうとしているのは「均質な法治国家」ではなく、「グローバル経済の荒波で生き残るための、断片化された競争力のある拠点」なのだと解釈できるだろう。

けれど、その結果市民の福祉が削られ、法規制による市民への保護が部分的に放棄され(最低賃金や労働法規の無視や日米地位協定下での米軍族の犯罪に対する裁判権の不備なんかだな)、国や自治体が豊かになったところで、何の意味がある?
政治の役割は富の再分配であり、市民の幸福の増進だと信じている俺からすると、まったく意味不明だ。

こんなのが国土を虫食い状に侵食して言ったなら、どうなるだろう?
もちろん、在日米軍への思いやり予算もそうだけれど、こうした特区のインフラは、国民の税金からドバドバと投入されている。
残念ながら、日本はもうそんなに裕福じゃない。借金だるまだ。アメリカにもいいカモにされている。こんなことで、いいのかな?

君ならどうする?

2026/03/19

POST#1793 20世紀型の軍事的ゾーンと21世紀型の経済的ゾーン

ベトナム、フエ
毎度おなじみレヴィストロースの本を一冊やっつけたので、クィン・スロボディアンという歴史学者の破壊系資本主義🔗(原題=Crack Up Capitalism)という本を読み始めた。みんな大好きみすず書房だ。
新自由主義が、1980年代からどのようにして国家の規制をかいくぐり、治外法権のような経済特区 ― 本文中では『ZONE(ゾーン)』と呼ばれている ― が生み出され、富裕層をひきつけ、税制や規制をかいくぐり、富裕層の投資のための開発が行われる。どこかで聞いたことのあるような話だ。スロボディアンの言う「ゾーン」は、国家の主権の中にありながら、通常の法律や民主的な手続きが「バイパス(回避)」され、特定の目的(軍事、経済、監視など)のために例外的なルールが適用される空間だ。
同じ名前のエナジードリンクとは一緒にしてはいけない。もっとも、刺激的だが、多量に服用するとよろしくないというのは一脈通じているかもしれないが。

まだ読み始めて間もないのだが、これがなかなか面白い。というかむしろ、恐ろしいシステムが富を生み出すために生み出されてしまったものだという危機感が募る。
社会の公共財=コモンズが一部の富裕層に大盤振る舞いされ、人々の生活の場はいつのまにか富裕層の底引き網漁場となってしまうという、ぞっとする現実がそこにはある。格安で富裕層に与えれる土地、投資を目的とした大規模な開発、タックスヘブンとの密接な結びつき。投資用の壮麗巨大な建築物はまるでゴーストタウン。極めつけはその特区からの民主主義の排除!

読み始めてふと思ったのだが、日本が(とりわけ沖縄が)抱えている米軍基地も、一種の軍事的なゾーンそのものだと気づいた。

スロボディアンが『破壊系資本主義』で提唱した「ゾーン(Zone)」という概念は、まさに日本の米軍基地の法的・空間的なあり方と強く響き合っている。
日本の米軍基地がその「ゾーン」と見なせる理由は、主に以下の3点に集約されるんだ。
①法的な「穴」: 
日米地位協定により、基地内は日本の国内法(労働法、環境法、航空法など)が完全には適用されない「治外法権」的な空間になってるのは皆様ご存じの通りだ。おかげさまで、アメリカ軍人のがひき逃げしようが強姦しようが、日本の法では裁けない。
これはスロボディアンが描く、国家から切り離された「特区」の構造そのものだ。

②民主主義の遮断: 
周辺住民や地方自治体が基地の運用(騒音、環境汚染、事故など)に対して異議を唱えても、国家間の合意が優先され、通常の民主的プロセスが機能しない。この「民意が届かない設計」もゾーンの特徴だ

③グローバルな結節点:
米軍基地は日本という領土にありながら、物理的には米国の戦略ネットワークに組み込まれている。アメリカの世界戦略に必要不可欠だ。今ホットな話題に事欠かないイランにも出向いてる。アメリカの最大のライバル、中華人民共和国の目の前に不沈空母のように配置されている。有刺鉄線の境界線で区切られ、外部とは異なる論理で動く「カプセル化された空間」である点は、まさに現代の破壊系資本主義が求める効率的な空間管理のあり方そのものだ。

米軍基地は、単なる軍事施設という以上に、国家主権が意図的に「割れ目(Crack)」を作らされている、日本におけるもっとも巨大で永続的な「ゾーン」であるという解釈ができる。
というか沖縄そのものが、アメリカの軍事特区にされているといっても過言じゃないだろう。
これは恐ろしく強固なもので、かつてこの流れに異を唱えた政治家はすべてつぶされた。
沖縄県の人々の民意は、ほかならぬ日本の官僚と政府によって無視されている。

さて、目を大阪に転じてみよう。
万博跡地の夢洲に計画されているIR(統合型リゾート)は、スロボディアンの定義する「ゾーン」の現代的な典型例と言えるだろう。
スロボディアンは『破壊系資本主義』の中で、国家が特定の区画を「特区(ゾーン)」として切り出し、通常の法規制や民主的手続きを停止させる現象を分析しています。夢洲のIR計画には、その特徴が色濃く現れているようだ。

夢洲IRが「ゾーン」である理由はざっと次のようなものだ。

①法の「例外状態」の創出
本来、日本の刑法では賭博は禁止されています。
しかし、IR整備法という「例外の法」を設けることで、特定の民間事業者が特定の場所(ゾーン)でだけ、本来違法であるカジノを運営することを可能にしています。これはまさに、国家が自ら法に「穴」を開けてゾーンを作る行為です。
大阪府はギャンブル中毒を啓発する動画を作っているけれど、その主人公がギャン太郎って、人間の屑感満載で絶賛炎上中だ。

②民主主義のバイパス(回避)
スロボディアンは、ゾーンの特徴として「住民の意志よりも投資家の利益が優先されること」を挙げている。結構なことだ。夢洲のIRを巡っても、公金投入(土壌汚染対策費など)や賃料の算定プロセス、依存症対策などについて多くの反対意見や住民訴訟が起きているが、計画は「国際競争力」や「経済効果」を大義名分として強力に進められている。
官僚の無謬神話か、それとも日本維新の会(大阪維新の会)のイケイケ体質なのか、どうにも止まらない。

③「島(アイランド)」という物理的隔離
都合のよろしいことに、夢洲は人工島であり、物理的に本土から切り離されている。
スロボディアンが論じるゾーンの多くも、物理的・法的に境界線が明確な「島」のような空間だ。香港やシンガポール、聞いたこともないような何とか諸島...。
一般の市民生活から切り離された場所に、独自のルールで動く巨大なエンターテインメント・経済空間が誕生する構図は、彼が描く「資本主義の割れ目(クラック)」そのものだ。

④グローバル資本による統治
大阪のIR事業主体である「大阪IR株式会社」は、米国のカジノ大手MGMリゾーツとオリックスが中心となっている。

やれやれ
日本の国内法よりも、グローバル企業の利益や国際的な投資契約が優先される空間になるという点でも、米軍基地(米国の軍事ロジック)とIR(グローバル資本のロジック)は、同じ「ゾーン」というコインの表裏に見える。気に入らないぜ。 

スロボディアンの視点から見れば、米軍基地が「20世紀型の軍事的ゾーン」であるのに対し、IRは「21世紀型の経済的ゾーン」として、日本の主権を内側から「穿孔(穴あけ)」している存在と捉えることができそうだ…。 

ふーむ、本当にこの国は独立国家なのか?
一人一人の市民からなる社会の公共財を、一部の富裕層のために使っていていいものだろうか?それとも日本が生き残る道は、こんな狭隘で卑屈な道しか残されていないのか?
俺自身は、一部の富裕層やどこかのわがままな王様のために切り売りされることを良しとする政府よりも、そしてその中で互いの権力闘争に明け暮れる政府よりも、国民の生活の向上と安寧をこそ目的として方策を尽くす政府であってほしいものだ。
そう、金を持ったろくでなしが他の人間の尊厳を踏みにじる「ゾーン」なんてまっぴらごめんなのさ。

2026/03/18

POST#1792 こどもの教育をめぐる家庭内の紛争

香港
うちのバカ息子が、塾の週間テストで全校639人中638位という華々しい成績を収めてきた。
さすがは麒麟児だ。豚児って名前にしておけばよかった。
俺はつねづね、名は体を表すってのは嘘だと思ってる。親の願望を表してるんだ。これは俺が昔、誠って名前の不誠実な奴と働いたときに悟った真理だ。
かの中江兆民🔗は自分の息子が人力車の車夫になっても気恥ずかしい思いをしないように、次男に丑吉という名を付けた。しかし、ご子息は長じて古代中国哲学の碩学として名を成したんだ。
翻って、わが息子麒麟児。自動車や電車のことはたちまち覚えるが、理科の暗記問題は全く覚えられない。算数の解き方も全然覚えられない。漢字も全然だめだ。その気がないんだ。
それでも、本人は平気の平左で、自分の試験結果を見て、改めて勉強に取り組む姿勢を見せるわけでもない。
注意しても、説教しても馬耳東風だ。
あまりの態度の悪さに、こんなの月々結構な額面の塾の月謝をどぶに捨ててるようなもんだと憤慨する。
成績が悪いのは仕方ない。
けれど、まじめに取り組んでくれないのは、命を削って働いている自分からするとやりきれないったらない。もっとも、金を出してるのはカミさんだが、そのカミさんに金を吸い上げられる額が、塾のおかげさまで跳ね上がった。月々じいさんの生活費も面倒見なきゃならないしな。
おかげさまで、飲まない打たない買わないの三拍子そろった服部君に磨きがかかるというものだ。
塾をやめてくくれれば、酒を飲んだり、ギャンブルしたりするのかといえば、それはしないが、みすず書房とかのクソ高い本を買えるだろう。本当に内容のある情報は、ただでネットに転がっていないんだ。身銭を切って手に入れた本を、時間をかけて読むことで、自分の内側に繰りこむことができるんだ。まぁ、読む時間があるかは別の問題としても。
あまりにも経済的に不条理だ。
そこで、昨日は息子に塾をやめてもらおうということになった。
はじめのうちは、カミさんと二人で説得してたんだ。愚息は一旦は納得したみたいだったが、俺が夕食後に部屋で本を読んでいるうちに、いつのまにかまたくすぶりだしやがった。おまけにカミさんは俺と息子に二人で話し合って決めてと俺に下駄を預けてきやがった。
むすこは俺に縋り付いて塾に行かせてくれと懇願する。
なんども何度も懇願するが、どうせ明日からしっかりやるとか言ってもやりゃしないんだ。
俺は息子の腕を突き放しようにして振りほどいた。
勢い余って息子は吹っ飛び、クローゼットの折れ戸に激突した。
同時にクローゼットの扉を吊っている金具が壊れたのか、二枚つながりの扉が倒れてきた。

まるで昔のドリフターズのコントだぜ。

こどもは泣き叫び、カミさんはあぜんとしている。
俺はカミさんに扉が倒れてこないように抑えてるように指示すると、道具を仕事の車から持ってきて、扉を吊りなおした。破損した部品はすぐさまネットで探して発注した。やれやれ、無駄な出費だぜ。

それで塾の話は有耶無耶になっちまった。おかげさんで、今日も塾まで車で送っていったところさ。一体何やってんだか・・・。