2026/10/05

POST#1975 神社本庁の大風呂敷

本日もベトナム阮朝の旧都フエ 庶民の皆様の暮らしの一齣
今、とんでもなく厄介な現場の泥沼にはまっている。

日曜日は休みだったが、ひたすら眠って終わるという悲しい有様だ。本を読んでいても、そのまま目を開けて脳が寝てしまう。人生が本末転倒だ。

そんなクソ忙しいときにも、町内会の班長の俺には、月に一度の市の広報の配布と町内会の回覧板を回すという仕事がやってくる。もちろん、カミさんはノータッチだ。

回覧板を回す際に、玄関先に真清田神社🔗の広報が置いてあった。付箋に『間に合わなかったら次回で結構です』と書かれている。タッチの差で間にあったな。俺は回覧板のバインダーにこいつをつけて、中身も見ずに隣の家の郵便受けに放り込んだ。

そして、先週の金曜日、こいつが町内を一周して帰ってきたようで、俺は夜勤から帰ってきてレンジで温めた飯を食いながら、何気なく読んでみた。

そこに書いてあることで、俺は吹出しそうになった。

真清田神社の宮司の辰さんという方が執筆しておいでなのだが、のっけからいきなり太字で『皇室の男系継承は伝統であり当然のことなり』と、署名付きででかでか書いてある。

こんな政治的にセンシティブな内容を、町内会の回覧板で回していいのか?

更に数行読み進めるだけで、驚くようなことが書いてある。

『長い歴史を有する我が国は、世界の中でも珍しく尊き國と言うことができます。』

わざわざ國と旧字体で書くところがはったりが効いているぜ。俺に言わせれば、歴史書に記されていないだけで、世界のどの国も、歴史があるのは当然だ。人類みな兄弟だ。

そしてこの冒頭に続く言葉で、思わずご飯を吹出すところだった。

『なんと三千年に及ぶ歴史を有し、王朝が変わらずに現在に至っております。世界広しと雖も我が国のみであり、敗戦までは大いに国柄を称えましたけれど、GHQの日本を貶める政策を未だに色濃く残して脱皮できないでいるので、日本の輝きは晴天のようにはならず、どんよりとした中での明るさという状況に陥っているのかも知れません。』(以上令和8年8月 真清田 第72号より抜粋)

三千年?!

俺のクソエロ親父が生まれた昭和15年、つまり1940年が皇紀2600年とされてるから、今年で2686年だ。ちなみに皇紀ってのは、伝説上の神武天皇が即位したとされる年だ。まてまて、俺の親父まだ400歳になってないよな。

しかし、神武天皇🔗から第九代の開化天皇までは欠史八代といわれて、名前しか伝わっていない。十代とされる崇神天皇🔗あたりからが、実在なんじゃないかとされている。確実に存在したとされてるのは雄略天皇🔗からだ。明確に皇統がたどれるのは、6世紀の継体天皇🔗からだよ。

1970年にクーデターで国を追われたエチオピアのハレイ・セラシエ皇帝🔗は、シバの女王🔗と、エルサレム王国の王ソロモン🔗との間の子で、3000年の歴史を有するといっていたっけな。良かったな、辰さん。エチオピアの王統が続いていたら、そんなにふかしまくった自慢もできなかったろうよ。

だから三千年は盛りすぎだ。

信教の自由はもちろんだけれど、いまだに天動説を信じてるみたいなことを言ってちゃあかんわ。

もとは真清田神社は中世から佐分氏🔗が代々社家を務めていた。世襲の宮司だ。

真清田神社からまっすぐ南に下った地蔵寺🔗にその墓所がある。

しかし、今の宮司の辰氏は、神社本庁から派遣されてきた宮司だ。

しかし、明治維新で社家の世襲が禁止され、国家神道🔗に撚りまとめられることによって、それぞれの神社の持つ固有の信仰は全国一律にマニュアル化され、一本化されていった。その名残が、明治以来の一宗教法人神社本庁🔗で、自民党の大旦那さんだ。今風に言えば、ロビー団体だ。日本の右派の最右翼で、日本会議🔗なんかともかかわりが深い。

今回の皇室典範改正だか改悪だかにもおおきな影響力を行使したことだろう。

この日本会議も、神社本庁も、名前はなんだか国の公的機関のように見えるが、日本会議はただの任意団体だ。つまり神社本庁も、消防庁とか警視庁なんかの官庁でも何でもなく、ただの宗教法人だってことだ。しかし、人々は官公庁だと誤解してしまうと、その言説に対して批判的な思考を働かせることなく、ひれ伏してしまう。思考停止だ。

それっぽい名前を付けて、人々に偽のオーソリティを植え付けてるんだ。要はハッキングだ。

そして、その偽りの正当性をかさに着て、皇統3000年なんて言う与太話を世間の皆様に吹き込んでいるんだ。

待てよ、この手法、世間の制度をハッキングするにはうまい手だな。俺の脳みそが高速回転する音が聞こえてきたぜ。それは明日のお楽しみだ。俺は今日も泥沼のような仕事にいくのさ。くそ!

2026/10/04

POST#1974 自転車、そして肉眼レフ

 

ベトナム阮朝の旧都フエ 街角の自転車

日曜日。カミさんは学生時代の友人と食事に出かけてしまった。息子は俺が眠っている間に、一人でバスと電車に乗って名古屋に出かけ、母親と合流して遊んでいるようだ。

夕刻、ベッドの上でまどろんでいると、窓の外からガシャンという音が聞こえた。

驚いてベランダから外を見てみると、中学生くらいの少年少女が7,8人自転車に乗っていて、そのうちの一人が、うちの前で盛大に転んだらしい。

『大丈夫か!』俺は声をかける。

ヘルメットをかぶった眼鏡の少年が、ひっくり返った自転車と格闘している。

俺が声をかけたのが、自分のうちの車に傷がついてないかを心配したと深読みした女の子が、「大丈夫です、車には当たってません!」とちょっと焦った声でいう。

『いやいや車なんかよりも怪我はないか?救急車呼ばなくていいか?まぁ、呼ばなくてもすぐそばに市民病院があるけど』と俺は言う。実際、市民病院までは300メートルほどだ。医療ミスが多いことで評判の病院だ。先日も骨折したお婆さんの骨折してない方の足を手術したという素晴らしい実績を誇る病院だ。笑いが止まらないぜ。

すぐさま男の子が、『ヘルメットかぶってるけど、頭打ったかもしれないぞ?』ってまぜっかえす。自転車を立て直して走り出した本人を見ると、確かにふらふらしてんな『そいつは大変だ!頭が悪くなったらいけないぞ!』と俺は叫ぶ。

子どもたちは皆大笑いしながら、『もう悪いから大丈夫でーす』だとさ!

子どもたちのユーモアには疲れも吹き飛ぶぜ。『車に気をつけていくんだぜ!』俺は少年少女に別れを告げた。悪くない夕暮れ時だ。


目ざとい読者諸兄なら、ここんところの投稿の写真が、ベトナムの古都、フエの庶民街でのスナップが続いていることに気が付くだろう。

え、気づいてなかった?まいったなぁ。まぁ、いいや。こいつらを一気通貫してみることで、読者諸兄はあの日朝、俺が歩いた道のりを追体験することができるかもしれない。

出来ないかもしれない。それは読者諸兄のイマジネーションの問題で、俺の存知する処ではないな。悪いけど(笑)。


さて、スマートフォンが普及してから、人はいつでもどこでも写真を撮る。

ご飯を食べに行っては写真を撮り、カラオケに行っては写真を撮り、友達と会えば写真を撮り、素敵な景色に行き会うと写真を撮る。

けっこうなことだ。

しかし、俺はそこに大きな逆説を読み取る。

人は自分で見ないために、スマートフォンで、デジカメで写真を撮る。

素晴らしい夕景や星空をしみじみと見つめ、自らの感覚を世界に没入させて世界との一体感を感じることを、デジタル機器にアウトソーシングするんだ。

どこかに行った、何かを食べた、誰かと一緒にいたという記号を残すために写真を撮る。

しかし、肝心の実体験はどこか空疎なものになっていないか。

一瞬立ち止まり、スマートフォンで写真を撮り、タッチ&アウェイで歩き去ってしまう人をしばしば目にする。

違うんだ。

写真を撮るときも、そこに指す光、構図、空気感、絞り値、露出それらをすべて機械に任せることなく、肉体で感知して瞬時に計算するべきなんだ。

そして、静かにシャッターを切る。

そのあと、しげしげと自分の肉眼レフという二つの目玉の奥の網膜に、その景色を焼き付ける。

自分の内面まで、機械に譲り渡してはいけない。一瞬で写真を撮っても、デジタルな記録には残っても、記憶には残らない。

自分の内面まで、デジタルに、機械に譲り渡してはいけない。生きるとは、主体的な営みだ。

2026/10/03

POST#1973 親になることは簡単だ。しかし、親となることは難しいことさね

ベトナム阮朝の旧都フエ 観光客の歩かない庶民の住むエリアを歩く
毎日毎夜、睡眠時間と神経をすり減らし、椎間板をすり減らすような過酷な仕事が続いている。

なんども膝から崩れ落ちるような不具合に打ちのめされ、自分の仕事しか見えていない職方の意見を聞きつつ、是は是、非は非と判断を下し、言葉を尽くして説明し、納得させる。

その間にも、提出書類の期限は容赦なくやってくる。

質疑の答えは何時までたってもやってこない。

そして、昼間眠っているときにも容赦なくメールや電話はかかってくる。

ナーバスブレイクダウン🔗だ。ローリングストーンズの曲だ🔗。わかるかい?

そんな現場で働く兄弟の弟はまだ二十歳そこそこだというのに、一歳の息子がいる。その息子の母親とはとっくに離婚して、新しい彼女は妊娠中だ。それだけじゃなくて、15くらいの頃にガールフレンドを妊娠させて、その子どもは今5歳かそれくらいになってるんだと。

その職人さん自身が俺からすりゃ、自分の息子と大差ないんだけどな。驚くぜ。

これが、POST#1955🔗で前にも話をした、社会が二極化して、アンダークラスはなんも考えず子供を作り社会を再生産していく実例だ。そこでは往々にして、母親が一人で子育てをするパターンも生じる。父系制🔗や母系制🔗が、現実の抜き差しならない状況によって浮動する双系制🔗社会なんだ。

わかるかい?

先日、俺の家の近所の川島町🔗という町で、(そう、俺が生まれ育った地域から木曽川を渡ればすぐに行ける場所で、子どもの頃にはよく釣りに行ったな)25歳のアルバイトの父親が、夫婦げんかの末に、自分の一歳と4歳の子どもを集合住宅の六階から投げ落とした🔗。

母親の通報により待機していた警察官や消防隊員がマットを敷いていたために、子どもたちは命はとりとめた。父親は殺人未遂で現行犯逮捕された。

父親になることは簡単だ。

子どもだって、第二次性徴が始まり、生殖能力が備われば、簡単に父親になれる。

しかし、父親というのは母親のように自分の胎から子供をひねり出し、子どもが生まれる前から親としての現実を突き付けられることはない。

カマキリのように、交尾した途端にメスに食い殺されるオスもいる。

多くの生物は、オスは受精だけが仕事で、それが終わったら生きる必要性すらなくなってしまう。

クマのように、メスと交尾だけして後は一切関知しないオスも自然界にはたくさんいる。

しかし、人間は社会を作って生活する社会的な生物だ。

そしてその最小単位は、家族だ。エマニュエル・トッド🔗を引くまでもなく、人類の最もシンプルな家族構造は父、母、子という最小限の核家族だ。それは現代社会で主流の家族形態になっているが、人類学的に見れば、世界の辺境、もちろんイギリスも含まれる世界の辺境、フエゴ島🔗やアンダマン諸島🔗、アマゾンの奥地なんかに残っている家族形態だ。

それ以外の地域は、家族を連結し、父系や母系を軸とした共同体を形成したり、親族集団を形成して氏族へと拡大したり、親子が同居し資産や技術を継承したりしてきた。

それが、人間の社会というもんだ。

さて、その社会の中で、父親になることはたやすい。

しかし、父親となることは、たやすいことじゃない。

父親となるということは、単に種付けするのではなく、子どもを庇護し、そのわがままを受け入れ諭し、人生のロールモデルとして自らの子どもに対して自分の生き方を見せていかねばならない。

子どもが父親になることはできない。少子化の原因の一つにも、子どもは父親になれないという側面はあるだろう。一方で、何も考えず妊娠させる少年も、産み落とす少女もいる。

太古以来変わらない自然なライフサイクルだ。

俺は、ずっと自分に父親としてこどもに対する資格があるのか考えるに、まったくそう思えなかった。

カミさんの切望に応えて子供を授かったのは47歳の時だ。

同じ年で孫を授かった人もたくさんいる。俺は大人になるのに、普通の人間の二世代分かかったということかもしれない。

アリストテレス🔗は、平均寿命が50歳ころの古代ギリシャ世界で、男性が父親になる資質を備えるのは、35歳だと断言していた。それは現代では、いったい何歳のことだろうか。