2026/07/13

POST#1906 リバタリアンと国家の夢の結合マスキズム!

東京、佃島
このリバタリアニズム🔗が国家システムとタッグを組み「国家とIT資本の最悪の結合」「利益相反による格差拡大」を現在進行形で最も露骨に体現している人物が、皆さん大好きなイーロン・マスク🔗だ。
歴史学者のクィン・スロボディアン🔗とテックライターのベン・ターノフ🔗はその共著マスキズム🔗のなかで、イーロン・マスク🔗の一連のビジネス展開そのものを20世紀の生産革命だった『フォーディズム🔗』に匹敵するものとして、マスキズム🔗と名付けたんだ。悪くないネーミングセンスだよね。

彼こそは、かつて政府の規制を嫌うリバタリアン🔗つまり自由至上主義者の代表格と見なされていながら、いまや国家権力の中枢に自ら入り込み、自らのビジネスと国家予算・政策を完全に一体化させている、現代テクノ封建制の象徴にして一番の曲者と言えるだろう。

マスキズムが「中国の寡頭制と変わらない」と言える露骨な実態はおつぎのとおりだ。

1. 政府効率化省(DOGE🔗」という究極の利益相反🔗

トランプ政権下で新設された「政府効率化省(DOGE🔗」のトップに、期間限定とはいえマスクが就任したことは、歴史上最も露骨な利益相反🔗だよね。あまりに露骨すぎて、俺は笑うしかなかった。

規制当局を自ら解体
彼の企業(テスラ🔗スペースX🔗、X🔗など)は、これまで環境規制、労働基準、宇宙開発の安全基準などで多くの政府機関から調査や規制を受けてきた。マスクは、そういった規制を忌々しく思っていたんだ。その競いが、彼を共和党いやむしろドナルド・トランプ🔗支持に追いやったといってもいいだろう。
マスキズムの本質は、「自分を規制する政府機関の予算や人員を、政府の役職を使って自ら削減・解体する」という、信じられないほどの公物私物化にあるんだ。
もっと言えば、彼のビジネスの中核をなしているテスラ🔗も、スペースX🔗も、そのビジネスモデルは政府からの多額の補助金をうけたり、政府の宇宙開発をビジネスとして請け負うことで確立された。そしてツイッターを買収したマスクは、直ちにBANされていたドナルド・トランプ🔗のアカウントを復活させ、X🔗を政治的な主張を一方的に垂れ流すカオスに変えたのは皆様ご存じの通りさ。
中国の「党・国家・企業の三位一体」との酷似
中国では党の意向と企業の利益が直結しているんだが、マスキズムはアメリカにおいて「マスクの意向=国家の政策」という構図を合法的に作り上げることにまんまと成功したってわけだ。

    2. 国家インフラの私物化と人質化

    マスキズムの恐ろしさは、一民間人が国家や世界の基幹インフラ(通信・宇宙・防衛)の生殺与奪の権を握っている点だ。

    スターリンクの軍事利用
    ウクライナ戦争や台湾有事を巡り、マスク氏個人の判断や思想(あるいは他国からの圧力)によって、すでに戦況を左右するインフラとなった衛星通信網「スターリンク」の作動・停止がコントロールされる事態が起きている。君も知っているだろう。ウクライナ戦争において、マスクがスターリンクの使用停止をちらつかせて、ウクライナ政府から多額の資金を調達しようとしたことを。また、ロシアの苦戦はスターリンクへのアクセスを遮断されたことによる通信網の不備による面もあることを。
    国家予算の独占
    NASAや国防総省の契約を独占するスペースXや巨額のEV補助金やCO2排出枠ビジネスで巨額の利益をあげるテスラなど、イーロン・マスクの富の大部分は、本来リバタリアンが嫌悪するはずの「国家予算」=「一般市民から徴収した税金」から出ているんだぜ。もうなんだか底が抜けたコントみたいだ。

      3. 「絶対君主」としての独裁的統治

      マスキズムは、企業経営やメディアの支配においても、中国の権威主義体制と全く同じ手法を取っているんだ。

      思想統制と検閲
      「表現の自由の絶対主義者」を自称してX(旧Twitter)を買収したにもかかわらず、実際には自分に批判的なジャーナリストのアカウントをBAN(凍結)し、自らの投稿やアルゴリズムを優遇している。つまり「自分の表現の自由の絶対主義者」ってことだ。
      労働者の奴隷化(ハードコア文化)
      「週80時間労働」や大量解雇を厭わない姿勢は、中国の過酷なテック労働環境「996(朝9時から夜9時まで週6日働く)」と精神において完全に一致している。
      一般市民や従業員は、火星移住やAI社会、脳インプラントによる人間とメカの融合といった彼のSFめいたディストピアを実現するための「生体パーツ」に過ぎないんだ。
      まったく、一体どうしてこうなった?

        4. 権威主義国家(中国・ロシア)との親和性

        リバタリアン🔗を自称するマスク自身が、なぜか中国の共産党幹部やロシアのプーチン大統領といった「本物の独裁者」とウマが合い、彼らに対して融和的なのは偶然ではない。

        なぜなら、マスク氏自身が本質的に「民主主義的な手続き(議会、法律、世論)」を軽蔑しており、トップダウンで全てを決める独裁的な効率性を愛しているからだ。これはドナルド・トランプ🔗自身もそうだろうな。

        テスラのギガファクトリー🔗上海を優遇してくれる中国政府の寡頭体制は、彼にとって理想の統治モデルでもあるんだ。

        新自由主義が極まった結果、私たちが目撃しているのは、自由な市場ではなく「たった一人のテック大富豪が、国家の全機能をハックし、法律をも超越して君臨する」という、まさにSF映画そのもののマスキズムというテクノ封建制だ。

        2026/07/12

        POST#1905 デジタル監視専制国家とデジタル監視資本主義そして新たな封建制

        沖縄のどこだったかな?

        俺がパソコンを立ち上げて、グーグルを開くとしよう。

        専門書高価買取の広告がやたら出てくる。

        オーダーメイド工場直送の本棚の広告が出てくる。

        おっさんのシミや視力回復、あるいは精力増強に効く薬の広告がでてくる。

        時には中高年向けマッチングアプリの広告も出てくる。

        マンガアプリの広告も出てくる。

        確かに俺はよれたおっさんだし、本も本棚から溢れかえってる。

        よれたおっさんは、萎びた身体と欲望に悶え苦しんでる。いい年してサブカルチャーも大好物だ。

        グーグルは様々な検索から抽出した俺のプロファイルをもとに、俺の状況を見透かしてそんな広告をじゃんじゃん送りつけてくる。

        俺や君たちの行動様式や思考パターンは、いつの間にか監視されているんだ。

        広告によって欲望や不安を煽られ、あるいはほんの些細な好奇心でクリックするたびに、ふと気になったことを検索するたびに、友人のSNSやアルゴリズムによって提示された投稿や動画にいいねをクリックするたびに、常に読み取られている。

        そしてそれらすべては、グーグル、アマゾン、メタなどのデジタルプラットフォーマーに「抽出」され、その瞬間に蓄積されたデータベースが、俺や君の属性や検索内容に応じた広告をドンピシャのタイミングで瞬時に表示してくれる。

        考える必要はない。クリックするだけだ。

        例えばグーグルに、今日のおすすめのランチは?と尋ねれば、スマートフォンを介したどこかのデータセンターのAIは、俺の位置情報とさまざまなデータ、近隣の飲食店の情報から、お値段、評価に応じて提案してくれるだろう。その時、そこで提示される店はグーグルと広告解約を結んでいる店が上位に表示されるだろう。

        そして、いつのまにか、グーグルに広告費を払っている=おいしい店というように、俺たちの味覚自体が馴致されていくことになるだろう。

        それがいま俺たちが生きている『デジタル民主主義社会』の世の中の仕組みだ。

        中国のことを「あそこはデジタル監視専制国家だ、ありゃ恐ろしいもんだ」などと他人事のように言っているうちに、俺たち自身も家畜が柵に沿って歩まされていくように、巨大なデジタル資本=ビッグ・テック🔗によって監視され、誘導され、知らず知らずのうちに洗脳されているんだ。そう、俺たち自身がデジタルプラットフォーマーに利益をもたらす一種の家畜になっているんだ。

        気づいていたかな?

        この「家畜管理の精神性」は、専制政治か民主主義かという、政治体制の違いにかかわらず、現代のデジタルテクノロジーによって、今や人類全体へと牙を剥いているわけだ。

        やれやれ素晴らしい世界だぜ。

        2026/07/11

        POST#1904 中国のシステムをいいとこどりした日本

        熊野 七里ヶ浜
        中国の「纏足🔗」や「宦官🔗」という狂気じみた遊牧民OSに基づく人間家畜化システムを、一衣帯水の目と鼻の先にいた日本人が歴史上、ただの一度も模倣しなかった最大の理由は、いったい何だろう。日本人は大陸から文字や儒教文化をはじめ、様々な文化を移入し、現地最適化してきたというのに。

        この制度や習慣を日本人が模倣しなかったのは、古代は双系核家族、中世からは直系家族であったから、そもそも女性の地位が相対的に高かったし、そもそもの社会の基盤が遊牧民的な共同体家族システムではなったかからだろう。

        一言で言えば、日本人はつまるところズバリ倭人だったからだろうね。

        この「なぜ日本は人間家畜化OSを拒絶できたのか」という、日中の分裂生成過程の決定的な分岐点をまとめてみよう。

        *そういえば、その日本で日本人を劣等人種として徹底的に肉体改造する猟奇SF小説『家畜人ヤプー🔗』が書かれたのは、この肉体改造による管理って考えが、日本人にとっては徹底的に相いれないものだったからかもしれないな。

        1. 「古代の双系核家族」が守った女性の自律性と地位

        中国が周・漢の時代からコツコツ強化し続けた強固な共同体家族システム社会となり、女性を「男の家系を維持するための繁殖用の資源(家畜)」とみなしていったのに対し、古代の日本(倭人🔗社会)は「双系核家族」だったのは、すでに以前、読者諸兄諸姉と話し合った通り。

        そこは、男女がフラットな「双系」の倫理が息づく社会だったんだ。
        父方も母方も平等に親族とみなす双系社会では、女性は男性の家に「所有」される存在ではなかったのは言うまでもない。しかし、あえて書いちゃおう。
        平安時代まで続いた「婿入り婚(妻問婚)」のもと、子どもは母方で育てられていたのは言うまでもないだろう。
        アマテラスと推古天皇の精神
        皇祖神話の最高神としてアマテラスという女神が君臨し、推古天皇や持統天皇をはじめとする歴代の女帝がごく自然に国を治めていた古代日本において、「女性の足を砕いて(纏足🔗)、家に監禁して管理する」などという発想は、社会の基本OS(双系)と根底から拒絶反応(バグ)を起こすため、逆立ちしても受け入れられなかったのは言うまでもないわな。

        だから、昨今の自民党を中心とした右派政治家が、男系男子、男系男子って念仏のように主張するのには、日本の伝統を何も理解していないんじゃないかと心配になるんだ。
        むしろ、彼らの言う日本の伝統は、明治期に同じ直系家族国家であったプロイセンから影響を受けた大日本帝国憲法に基盤を置いているんだけど、そのプロイセンが王位の男子相続にこだわっていたのは、6世紀のヨーロッパで成立したとされるサリカ法典🔗の影響なんじゃないかと俺は疑っている。というか確信している。まったく、本末転倒だ。

        2. 「中世の直系家族」への移行:家の「継続性」を支えるパートナー

        中世(鎌倉・室町時代)以降、日本はトッドの言う「直系家族システム」へと移行しますが、ここでも中国の共同体家族のような「人間家畜化」へは向かわなかった。ついでに言えば、凶暴な首狩り狂戦士・鎌倉武士たちが鋸挽🔗のような、なかなかエグい刑罰を考案しても、中国の凌遅刑🔗の凄まじさには全くかなわなかったしね。

        西日本のほとんども直系家族システムに移行していた最中の中世後期にも、女性は女性だけで旅をすることができたことを、ヨーロッパから来た宣教師たちが驚きを以て伝えている。
        つまり、当時のヨーロッパにも女性にはそんな自由はなかったんだ。
        中世には駆け込み寺という言葉が残っているように、寺の境内に女性が駆け込めば、俗世との縁が断ち切られ、離婚が成立する縁切寺🔗というシステムもあった。江戸時代にも幕府によって規制され、大きく数を減らしつつも消滅することなく存続したんだ。これも女性の地位がかなり重視されていた例証だろう。
        つまり直系家族システムが江戸幕府が推進した檀家制度によって、社会の末端まで確立しつつあった江戸時代でも、女性が自ら財産(土地や家)を相続したり所有できたり、離婚に際して自らの財産を主張する権利を持っていたわけだ。

        「家(継続性)」を最優先する合理主義と主婦(かかあ天下)という経営者
        日本の直系家族の目的は、血筋の純血性ではなく、「家名や家業(土地・インフラ)を、次世代へ確実に不滅のまま引き継ぐこと」にある。
        そのため、長男が無能であれば、有能な「婿養子」を他所から連れてきて家を継がせるという、中国(男系絶対主義)では絶対にあり得ない柔軟なシステムも発達させた。
        皇族に男子がいなかったら、600年前に別れた分家から養子を持ってくればいいという発想はこの辺に由来してたのか!
        この直系家族において、妻(主婦)は男の性奴隷や家畜ではなく、「家という経営体を男と共に切り盛りする、きわめて地位の高い共同経営者(パートナー)」だったわけだ。
        武家の妻が留守中の城や家政を完全に仕切り、農家や商家の妻が労働と財布の紐を握るという、いわゆる嬶天下がスタンダードな日本社会において、女性の肉体を破壊して歩けなくする纏足🔗などという行為は、「家の経営=労働力と持続性を自ら破壊する最も愚かな行為」として、合理性の面からハナっから考慮されることもなかったんだ。

        3. 「百越(倭人)」のレガシー:自然(野生)との融和

        そして最も深い本原論の核心が、日本人のルーツの双系社会的な氏族社会だったと推測される縄文の人々と混交していったのが、西方や北方の遊牧民の社会システムを実装した漢民族ではなく、長江流域から海を渡ってきた百越🔗(ひゃくえつ)」に極めて近い倭人であったという点だ。

        家畜管理をしない「農耕・海民」の視線身体の野生(自律性)の死守
        植物を慈しみ育てる稲作民や、黒潮の海を自在に駆けた百越の系譜につながる海民にとって、自然とは「去勢し、囲い込んで力でねじ伏せ、家畜化する対象」ではなく、「その恵みに感謝し、野生の生命力と融和・共生するもの」だった。
        彼らの精神からは、男を去勢してロボットにする「宦官🔗」や、女の足を折る「纏足🔗」といった、スーパードライな遊牧民的なブリーディングの狂気は生まれないわな。:
        日本人は、中国から漢字(文字)や律令(法律)といった「便利な道具・上表のOS」は大量にインポートしたけれど、その根底にある「人間を家畜として管理する、中原の冷徹な精神の核、つまり共同家族システムに息づく遊牧民OS」だけは、自分たちの倭人≒百越的な野生の感性によって、1滴たりとも体内に入れさせなかったちゅうことだね