2026/02/16

POST#1762 俺たちはみんな小学生の国語の問題からやり直す必要があるかもな

クトナー・ホラ、チェコ
息子の勉強を見ている。

異様に字が汚い。そして俺と違って本を読まないから漢字を知らない。

もどかしい思いが募る。おい!そこ違うといえば、おいってい言わないで!と答える。

俺も昔は子供だったはずだけど、すっかりつまらないおっさんになってしまったので、子供が何を考えてるのか、よくわからいぜ。てか、国語なんか何がわからないのかがわからないぜ。今日の課題は志賀直哉の小僧の神様なんだけど、書いてある文章の字面を追ってるだけじゃ、質問なんか分かりっこない。相手の立場に立つこと、文章を読みながら登場人物の気持ちになって考えること。そういった能力が乏しいんだ。残念ながら。

なぜって、俺の息子は発達障害グレーゾーンだから。これについてはまた後日書くこともあるだろう。

本を読むことには、そういう共感力や想像力をはぐくむ力がある。けれど、本を読む集中力や語彙力は、日々の生活の中で養っていくしかない。

スマホでSNSの短文を読んでるだけじゃ、そういう能力は身につかないし、萎んでいく。

まぁ、俺もあんまり偉そうなことは言えた立場じゃないけどね。自分と立場や境遇の異なる人を、延髄反射的に批判するのはどうかと思うぜ。

小学生の国語の問題からやり直さないといけないな。

2026/02/15

POST#1761 レコードプレーヤーがやってきた ヤァ!ヤァ!ヤァ!

新しいレコードプレーヤーで小学生の時に買ったLPを聴く
昨日はちょっと嬉しかった。

先日ソニーのサイトで注文したレコードプレーヤーが発売日に送られたきたのだ。

PS-LX5BT🔗という機種だ。でかい段ボールにマトリョーシカのように段ボールがもう一つといった厳重な梱包で送られてきた。ヤァ!ヤァ!ヤァ!

BTというくらいだからBluetooth搭載で、カミさんが息子の勉強を見ているという不毛な営みの間にも、気にすることなくこれまたソニーのBluetoothヘッドフォンで楽しめる。俺はけっこうSONYが好きなんだ。携帯電話もガラケーの頃からずっとSONY、コンデジもSONYだ。

もちろんミニコンポ(それもSONYね)につないでリビングで聞くこともできるけれど、ヘッドフォンで家中どこにいても聴けるのはうれしい。

しかもアナログ盤独特の音の厚みがある。

最初に写真映えするアル・グリーンのI'm Still in Love With You🔗の緑色のLPをかけてみた。うっ、たまらん。このころのアル・グリーンは最高だ。君のことをまだ愛してるのさってベタなテーマもド演歌で素敵だ。

けれど、やはりこれをききたい。イエロー・マジック・オーケストラ🔗マルティプライズ🔗だ。小学五年生のころ、初めて買ったLPだ。

こいつも今聞いてもかっこいいな。高橋幸宏のタイトなリズムを刻むドラム、細野晴臣のベースライン。坂本龍一のシンセサイザーの奏でるメロディ。音の一つ一つが立ち上がってくるようだ。

俺、こんなの小学生のころから聞いてたのかよ。どんだけ周りから浮きまくってたんだろうな。50光年くらい離れたところから超高性能な天体望遠鏡で見たなら、俺が今はなき一宮名鉄百貨店のレコード売場で、このLPを買ってる姿が見えるだろう。

もう、歴史の遥か彼方だ。なんせまだソ連って国が地球にあったころだ。

けど、当時はYMOはすげー流行ってた。今の米津玄師のIRIS OUTなんか目じゃないくらい流行ってた。そんな小学生がいてもおかしくないだろう。

で、珍しがった息子が、不用意に触っていきなりLPに傷をつけてくれた。大好きなA面一曲目の名曲NICE AGEは、高橋幸宏のボーカルパートを永遠に繰り返す傷物になってしまった。人間の心も、トラウマになるような出来事に遭遇すると、その出来事が何度もフラッシュバックする。それと似ていて妙なところで感心するぜ。

まったく、泣きたくなるとはこのことだ。

失礼する。

2026/02/14

POST#1760 この女性の名を俺は知る術がない

母方の祖父・杉浦芳郎と名も知らぬ祖母
去年の1月に父の家を片付けているときのことだ。

古い写真を見つけた。眼鏡の男性は国民服を着ているからおそらく戦争中のものだろう。今から80年以上前の写真だ。鼻筋の通った着物姿の女性は物憂げな視線で、どこかレンズとは違うところを見つめている。

最初、俺はこの写真を親父の父親の庄六さんと、俺とは血のつながっていない祖母のノブちゃんの若いころかと思ったんだ。なにしろ家の仏壇あたりから出てきたからね。

で、ノブちゃんの13回忌に俺の叔母さんたちに見てもらったら、庄六さんでもノブちゃんでもないってことだった。一ダースくらいいる俺の叔母さんのうちの一人が、この男性は、俺の母方の祖父・杉浦芳郎さんじゃないかって言うんだ。

そういってよく見れば、なんとなく面影がある。とはいえ、もう30年ほど前に亡くなった芳郎さんだし、戦時中のことでやせこけた写真の男性に、杉浦一族の皆さんの特徴であるピーマンを逆さにしたような顎と頬のラインは見られない。しかし、大きな額が無類の読書家で、俺が子供のころからことあるごとに本を贈ってくれた知性派の芳郎さんらしさを感じさせる。

芳郎さんから送られた本の中には、デビッド・マコーレイというイギリスがイラストと文章で古代の建築物の成り立ちや構造を解説した『都市:ローマ人はどのようにして都市をつくったか🔗』や『キャッスル:古城の秘められた歴史をさぐる🔗』や岩波のファーブル昆虫記、あるいは『人間の歴史』といったような本があった。デビッド・マコーレイの同じシリーズは大人になってから、近年買い足したものもある。『ピラミッド:巨大な王墓建設の謎を解く🔗』とか『カテドラル:最も美しい大聖堂のできあがるまで🔗』など買い足したほどだ。芳郎さんは母の嫁入りに、文学全集とか持たせるような人だった。自分に知的な要素がいささかでもあるとすれば、この芳郎さんの影響は計り知れないと思う。死んだ後に、おばあちゃんに呼ばれて、お爺さんが集めていた春画の画集を10冊以上引き取ったこともある。

ついでに言えば、俺が使っているモノクロの引伸機は、芳郎さんの息子、つまり俺の叔父にあたる洋一さんが使ってたものだ。杉浦一族なくして、今日の俺はないな。

そうすると、この隣の女性は誰だ。

俺には心当たりがあった。よく通った鼻筋や少し寂しそうなまなざしは、死んだ俺の母のヨシ子さんにそっくりだった。

ヨシ子さんは先妻の娘で、俺が母方のおばあちゃんと呼んでいた光枝さんは後妻さんだった。ヨシ子さんの母親は秋田の人だったと聞いたことがある。終戦の年の夏にヨシ子さんを産んだのだが、結核を患っていたため体が弱く、芳郎さんと別れることになったと聞いたことがある。今の感覚からすれば、ひどい話だ。だけど、戦争直後で国家も歩かないかわからないようなアナーキーな時代だ。抗生物質だってない。結核はまだまだ死の病だったんだろう。ひょっとしたら、死に別かれたのかもしれない。俺にはもう知る手立てはない。

俺の、本当の母方の祖母。しかし、その名は知らない。

今や知る人もいない。

父のいとこにあたる本家の正之助さんが作った家系図にも載っていない。

 俺の母のヨシ子さんは、芳郎さんのお母さん、つまり俺のひいお祖母さんに育てられ、光枝さんと芳郎さんの間に生まれた弟や妹たちとは、離れて暮らしていたと聞いたこともある。当のヨシ子さんがもう40年以上まえに死んでしまっているから、どうにもわからないが、ヨシ子さんがまとっていた、どうにも寂しげな雰囲気はそのあたりに由来するんだろう。

そのせいなのか、俺は幸薄そうな女性に惹かれる。というか弱いんだ。

読者諸君、失礼する。君たちはバレンタインデーのチョコレートをもらったり送ったりしたかい?楽しめるうちに人生を楽しんでくれ。なんせ、人生なんてすぐに終わっちゃうんだから。