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| Hamburg、Germany |
まるで、アルプスの少女ハイジに出てきたロッテンマイヤーさんみたいだ。何度も俺は、もっと優しく接してほしいと申し入れているが、まぁ、性格だから難しいだろうな。
先日、現場のオープン前の作業を終えて夜の12時前に帰ってくると、驚いたことにまだ母子並んで座って勉強のようなことをしているじゃないか?息子は明らかに眠そうな目をしている。あたりまえだ。
なにやってんの、君たち?思わず聞いてしまったぜ。
ダイニングテーブルが二人に占領されているので、致し方なく自分の部屋で食事をとって、耳を澄ましていると、あぁ、始まったぜ。
息子が眠さのあまり、母親のキツイ指導に反抗し始めた声がする。死ね!といっているな。母親の痛い!という声もする。息子は感情が抑えられなくなって泣き始めた。
火宅だぜ。
俺はとっとと食器を洗い、息子を連れて風呂に入ることにした。
こんな時はとっとと寝かせるに限る。
カミさんも最近明らかに怒りっぽい。更年期障害か、それともストレスで抑鬱なんだろう。しかし、今までもなんども遠回しに、あるいは直接的にそんなアドバイスを繰り返した。けれど、彼女はそれを振り払うように聞き入れないから困ったもんだ。弱さを認めるのは恥ずかしいことじゃないんだけどな。俺は情けない顔をして泣きべそをかいている息子を。抱えるようにして風呂に引っ張っていった。
息子を風呂に入れながら、湯船の中で俺は話をし始めた。
『麒麟児よ、お前さっきお母さんに、死ねって言ったろう。本当に死んだらどうするよ?』
『死なないよ』息子はまだどこか昂っている。
『いや、死ねって言ったら、本当に死んじまうかもしれないぞ』
俺は穏やかにはなしを続けた。できるだけ穏やかに話すこと。それがたとえ、厳しい話でも、残酷な話でも。
『実は今から40年以上前のことだ。お父さんはまだ中学生だったな。お父さんは自分のお母さんに、つまり麒麟児のお祖母さんだ死ねって言ったことがある。』
当時は反抗期だったからな。そんなの日常茶飯事だった。
癌に侵された母が、創価学会にのめり込むのも嫌だった。
彼女は、やせ細った体を痛めつけるようにして、狂ったように一日中お題目を上げていた。俺はそんな母に反発し、ことあるごとに衝突した。死ぬ前に入院する直前まで、階段の2階と1階でスリッパを投げつけあったこともあった。
『で、それからしばらくして、お父さんのお母さんは、本当に死んでしまった…』
『なんで?』『うむ、病気だよ。』俺は淡々と続けた。
『けど、お父さんの弟たちは、俺が死ねって言ったことで、お母さんが死んでしまったと思っていたんだ。おかげで、今でもお父さんのことを心のどこかで憎んでいる人もいるだろう。』
息子の麒麟児は、静かに聞いている。
『いいか、麒麟児よ、よく聞くんだ。
言葉には力がある。
言ったことがそのまま現実になることもある。
いいことを言えば、いいことが起こる。
悪いことを言えば、悪いことが起こる。
これは、不思議だけど、まぁ、間違いないことだね。
言葉には不思議な力があるんだ。』
それを言霊というのさ。
『だから、お母さんに死ねとは言ってはいけない。』
そうはいっても、俺だって、仕事でええ加減なことをしくさった若い衆に『死ね!』とどやし上げ、それを耳にした百貨店の従業員から偉いさんに話が周り、パワハラだということで顛末書を書いたこともある。あんまり偉そうなことは言えんな。
もう二度と会うこともないだろうが、その若い衆が、今どこかで死んでいないことを祈るぜ。
なにしろ俺の言葉には力がありすぎるからな。
そして、その日は息子を寝かしつけ、俺も眠った。
翌朝は手掛けた店舗のオープンだからだ。スーツを着て出かけるんだ。
無事にお店のオープンを見届け、昼前に家に帰ってきて、息子を車に乗せているときだ。
『お父さんの言葉って、力があるの?』
息子は昨日の話を覚えていたようだ。
『うん、あるな。言ったことは本当になる。
だけどその力は君にもある。
だから言葉を使うときには気を付けるんだ。』
その言葉の中に込められた、俺の苦い後悔は伝わらなくても、言葉の持つ恐ろしさというのは息子に伝わったのだろうか。
母親が死んだとき、俺は幼い弟たちを前にして泣くこともできなかった。
周囲からの慰めも、ことごとく拒絶して荒んでいた。
差し伸べられる手は、振り払い、慰めの言葉には耳を背けた。
今思えば、なぜあの時、あんなふうに振舞うことしかできなかったんだろう。
そして、根の国を慕うスサノオのように荒ぶることしかできなかったのだろう。
そうして十分すぎる時間が流れた今、その時の後悔を息子に伝えている。
人生はあっという間だ。本当に。
いずれ、その時が来たら俺も死ぬだけさ。
誰の重荷にもならないように、軽やかに死にたいぜ。

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