2026/08/16

POST#1941 盛夏、百花繚乱その12

Ubud,Bali カトレアの一種か
盆休みも終わる。明日からまた、修羅場だ。

俺たちの祖霊は、俺たちの世界へと帰ってきたのだろうか。

日本では、人は死ぬと山中他界や海上他界に赴き、祖霊となる。

人を神としてまつるのは、そもそも八幡神社に祀られる応神天皇のような、半ば神話的な時代の始祖王のような方々を別にすれば、恨みをのんで不本意に死んだ者たちだった。

御霊神社の早良親王、北野天神の菅原道真などだ。

靖国神社や護国神社が、明治以来の戦死者を英霊と呼び神として祀るのは、俺には国家の権力によって、死地に赴き、命を奪われた者たちの恨みを鎮魂するためにしか思えない。

リトルワールドにて。
水木しげるが片腕を失って彷徨っていたニューギニアで遭遇したのは、こんな祖霊たちだったろうか。


 

2026/08/15

POST#1940 盛夏、百花繚乱その11

 

タイ、チェンラーイ郊外、ポインセチア!

終戦記念日か。

俺は心の中でいつも敗戦記念日と言い換えている。それが真実だ。世界の定説だ。

そして、失われた30年の果てに、円安にあえぎ、物価高に苦しみ、企業栄えて国民窮乏する一方の混迷を極める今日の日本は、ずばり『経済戦争の敗戦処理』を延々と生きている。

高騰する株価に目を奪われていてはいけない。自分の生活実感こそを信じるんだ。

この円安、海外旅行なんて狂気の沙汰だ。没落する日本はすでに世界の辺境でおあつらえむきの観光地だ。かつて、日本人が大挙して押し寄せたヨーロッパや東南アジアから、とんでもない数のもの好きがやってくる。千客万来だ。なんて言っても、物価はとんでもなく安いからな。これも円安のおかげ様だ。

仕事仲間と話していたら、日本の風俗街にやってくるのは今や観光客の外国人ばかりだ。何年か前までは外国人お断りという店も多かったが、これも時代の流れだろう。

かつて、日本人のおっさん連中が、東南アジアに買春ツアーとか行っていたことを思い出し、その業が今帰ってきたんだと妙に納得する。言葉の通じないところに、情愛は生まれない。相手を一個の人間として尊重する気にもならない。人間を自らの欲望の解消の手段にするわけだ。カントが聞いたら口から泡吹いて卒倒するだろうな(笑)。

日本人の俺は、生活に汲々として、とてもじゃない海外旅行に行く気になんかなれないさ。この円安に加えて、じいさんの面倒で可処分所得が減りまくっているからな。

だから、今日は女房子どもとリトルワールド🔗に行くことになるんだろうな。

せめて、リトルワールドで手軽に世界一周旅行の気分を味わうのさ。おすすめはチベット寺院とその横の売店だな。ただでさえ乏しい小遣いを散財することになるんだろうよ。

写真にあげたタイ北部ランナー地方の農家を再現した住宅も素敵だぜ。

愛知県犬山市の山の中に移築されたタイ北部ランナー地方の高床式農家

楽しみだな。どんなくだらないものが売っているのか。そして、それを手に入れることで、自分の世界に、遥か彼方の世界の人々との間に細々とした回路を築いてくれることが!

2026/08/14

POST#1939 盛夏、百花繚乱その10


 

Ubud,Bali、俺は悪人だから、死んだら蓮の花の上さ
中上健次の傑作『千年の愉楽』の登場人物のオリュウノオバは、かつて蓮池を埋め立てて造られた路地と呼ばれる被差別部落に住む産婆だ。

彼女は、現在と過去を自在に行き来し、マジックリアリズム的に重層的な過去を今ここにあるかのように思い返す。自ら取り上げ、淀んだ高貴な血の宿命を背負って、卑小な生をいき、非業の死を迎えた中本の一党の男たちのことを、年老いて不自由な体で想い返す。

時にその精神は寝たきりに衰えた肉体を抜け出し、時空を自在に飛翔する。

そして自らが世に生を享ける前の蓮池に咲いていた蓮の花が朝日を浴びて開く音すら幻のように耳にする。

このイマジネーションという能力こそが、人間の知覚を拓く。

やたらめったら丈夫なだけが取り柄の父を墓参りに連れて行ったあと、俺は帰りの車で父に、『おい親父よ、死んだ(俺の母親の)淑子さんや(俺の祖母の)ノブちゃんが、息子たちの迷惑にならんように早くこっちにおいで』って言ってなかったか?とブラックジョークを飛ばしまくった。父は車の後部座席の居心地が悪そうな顔をしながら、しれっと『いや、いってなかったなぁ…』と小声でつぶやいていた。冗談じゃないぜ。

おかしいな。俺にはそういう声が聞こえたように感じたんだがな。