2026/11/06

POST#1998 国家はいったい何のためにあるんだ?

岐阜の山の中

国家と個人の関係を巡っては、ルソーの「一般意思」以外にも、ホッブズの「リバイアサン(強大な国家権力)」てのがある。

うーん、リバイアサンか。

アメリカ人が何よりも恐れ、警戒し続けている究極の存在こそが、ホッブズの描いた「リバイアサン(巨大な怪物としての国家)」なんだ。

ホッブズは、国家がない「万人の万人に対する闘争」という無法状態を避けるため、国民が自分の権利をすべて差し出して、1つの強大な国家権力(リバイアサン)を作って守ってもらうべきだと説いたんだ。なぜってホッブスが生きていた頃のイギリスは、ほとんど内戦状態で、国がガタガタだったからだ。だからこそ、ホッブスは、強大な武力を独占し、人々を統治する国家を構想したんだ。

しかし、ここで現代にもう一度目を向けてみれば、国民のほとんど全員に銃が行き渡るほど、社会に銃が流通し、戦争帰りのPTSDを抱え込んでる人々がゴマンといる現代のアメリカこそ、ホッブスが夢見た「万人の万人に対する闘争」を地で行く社会じゃないか?

はっきり言って、俺はそんな危なかっしい世界はごめんだぜ。

日本とアメリカの国家観をこの「リバイアサン」に当てはめると、彼らの「意味不明な非効率さ」の正体が完全に浮き彫りになる。

アメリカは『市民自らが武装する権利を唱え、リバイアサンに「手枷・足枷」をはめ続ける社会』だ。

アメリカの建国の歴史は、イギリスという「暴走したリバイアサン」から命がけで逃げ出し、戦って独立をもぎ取った歴史だ。だからこそそのために、彼らの憲法や社会システムは、「国をリバイアサンにしてはならない」「もしリバイアサンが生まれるなら、徹底的に弱体化させろ」という執念で作られているわけだ。

いわば建国理念だ。

その表れが、住民票を作らない、市民自らに有権者登録をさせるとんでもなく非効率なシステムだ。 

なぜか?リバイアサンに「国民の居場所を一元管理する目」を与えないためさ。

そして連邦制(50の州がバラバラの国)というモザイク国家。それは巨大な領土と権限を持つリバイアサンを50個に切り刻んで、1つの巨大な怪物にならないようにするための工夫だ。まるで江戸時代の日本みたいだ。

なにより極めつけは、銃を持つ権利(修正第2条)だ。

万が一、リバイアサンが暴走して牙をむいた時、国民が武器を持って抵抗できるようにするためという目的があるんだが、たいていは小学校を襲撃して無抵抗の子どもをあの世に強制送還したり、気に入らない奴をあの世に強制送還するために使われる。もちろん黒人をあの世に強制送還したり、ラテン系の南アメリカからの移民を強制送還させるためにも、有効に使われている。まことに便利な道具だ。

そして皆さん、もうお気づきですね。

大方の場合、その被害者自身もアメリカの市民だ。

彼らにとって、システムが非効率で、手続きが面倒で、民間企業に中抜きされて大金を失うことも、無辜の人々が銃撃され殺されることも、「リバイアサンを眠らせておくための必要経費」なんだ。

翻って私どもの住む日本はどうか?リバイアサンを「飼い慣らしている」という感覚に近いだろうか?まぁ一朝事あれば、それは目を覚まし、国民を自らの武力として戦地に送り込み暴虐の限りをつくすスイッチが付いているけどね。日中戦争から太平洋戦争に至る15年戦争を考えてみるがいい。それを忘れてはいけない。

憲法は国家のあるべき理想を記したものという高市総理の言葉は、はっきり言ってウソだ。リバイアサンが暴走することのないように架せられた国家という暴力独占装置への首輪なんだ。これ、すごく大事。テストに出るよ!

日本のシステムは、強大で賢いリバイアサン(官僚機構や国家システム)を信頼し、うまくコントロールして社会の安定や効率(インフラ、治安、福祉)を実現しようとしている。

日本人からすれば、「リバイアサンを飼い慣らして、便利にこき使った方がみんな幸せじゃん」という合理的な判断だ。これは自民党が忌み嫌い、なんとか変えようとしている日本国憲法にもその思想がビルトインさるている。

だからこそ、アメリカがわざわざ自分たちで自分の首を絞めるような非効率なことをしているのが、「意味不明」に見えるんだ。

しかし、世の中は皮肉なものでしてね、アメリカには別の怪物が生まれてしまったんだよ。

国家というリバイアサンを警戒して徹底的にバラバラにし、弱体化させた結果、その空白を埋めるように「巨大な民間資本(GAFAMなどの巨大テック、巨大ロビー企業、民間保険会社)」という、国家のコントロールすら効かない「民営化されたリバイアサン」が爆誕してしまったんだ!

だめじゃん!

アメリカの有権者は、国家に監視されるのを恐れて住民票を拒否したのに、今やGoogleやMetaといった民間企業に、住所どころか、日々の行動、思想、買い物の履歴まで完璧に一元管理(監視)されているわけだ。

 しかも、その一方で、彼らは自分たちが自由のためと信じる不便なシステムのおかげで、彼らに毎日せっせと「中抜き手数料」を毟り取られているわけだ!カモ以外の何物でもないだろ。

国家の暴走つまり暴君=タイラントの出現を防ごうとした結果、資本の暴走(超格差社会と非効率)を招いてしまっているんだ。ついでに、人々はとうとうドナルド・トランプというルール無用の怪物まで生み出したんだ。

どうかしてるぜ!

この「怪物を防ぐために、別の怪物に支配される」という構図こそが、アメリカという国の抱える最大の悲劇というか喜劇と言えるだろうよ。


日本国憲法の精神は全く違う。

日本国憲法の精神は、アメリカ合衆国憲法とは根本的に異なる思想(国家観)に基づいている。

ホッブスよりもルソーに近い。

ルソーの一般意思と象徴天皇制のジャムセッションみたいなものだ。ここで天皇の存在は、国民統合の象徴とされけど、俺は一般意思の受肉化と考えるべきだと主張しておくよ。

アメリカ憲法が「国家(政府)は暴走する敵だから、徹底的に縛り、バラバラにせよ」という【国家への不信と自由(消極的自由)】で作られているのに対し、日本国憲法は【国家を通じた信託と福祉(積極的自由)】、すなわち「国家の力を使って、すべての国民の幸福と平和を実現する」という精神が根底に流れている。

この精神の違いが、憲法の条文や国全体のシステムに決定的な差を生み出しているんだ。

まず、憲法前文にみる「国家への信頼と信託」だ。

日本国憲法の前文には、ルソーの「一般意思」やロックの「社会契約」を最も美しく体現した一節があります。

君は読んだことがあるかい?

「そもそも選挙権は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」

ここでは、国家権力は国民から「信頼して託されたもの(信託)」であり、その目的は国民全体の幸せ=福利のためであると明記されている。

国家を「初めから敵視する」のではなく、「国民のために正しく機能させるべき道具」として捉えているわけだ。きっと、自民党の皆さんは、この憲法観がお気に召さないんだろう。

しかし、この憲法の精神を捨てたら、日本は中国かアメリカに飲み込まれて雲散霧消してしまうだろう。この国家観こそが、日本が日本である証なんだ。

そして「生存権(第25条)」という決定的な違いがある。

アメリカ憲法には、福祉や社会保障に関する規定がない。

国が個人の生活を支えることは「自由への介入」とみなされかねないからた。野垂れ死のうと自己責任己だ。

しかし、日本国憲法第25条は世界に誇るべき『生存権を定めている。

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」

自民党や右派の皆さんが大嫌いな生活保護も、この精神に則っている。バッシングしてよいものでは決してない。なぜなら、ジョン・ロールズわ引くまでもなく、今日羽振りのよい人も、いつか未来には必ず老い疲れているだろう。そのときに十分な資産があるか、自分を助けてくれるソーシャル・キャピタルがあるか?それは誰にも分からない。だから、国家に自らの権利を信託して、困窮者を扶助するべきなんだ。要は明日はわが身ってこと。

この1文があるからこそ、日本の行政は住民票を一元管理し、国民皆保険を維持し、誰もが平等に公的サービスを受けられるよう「効率的に」動く義務が生じるんだ。

日本人にとって行政の効率化は、この「25条(生存権)」を国が果たすための当然の手段なんだぜ。要はツールなんだ。

そしてなにより、個人主義の「質の違い」だ。

アメリカの自由とはかんなんだ。

「国よ、俺の邪魔をするな(Leave me alone)」という、国家からの自由。

日本の自由・権利はまったく逆だ。

「国よ、みんなが安心して暮らせる社会を整えてくれ」という、国家による生存の保障。

君はどっちの社会に住みたいと思う?


自民党の皆さんが躍起になって変えようとしてる、日本国憲法の精神が生んだ「効率的で優しい社会」

さて、日本国憲法の精神から見れば、アメリカの「住民票も作らず、有権者登録を強いて、民間の中抜きを許し、格差を広げている状況」は、国家の義務を放棄している(一般意思に背いている)ようにしか見えないんだ。ざんねんながら。

日本は憲法の精神に基づき、強大で賢いリバイアサン(国家システム)を「国民全体の幸福のために正しくこき使う」という道を選んだわけ。

だからこそ、引っ越し一つで住民票が変わり、自動で選挙人名簿に載り、誰もが1割〜3割の負担で高度な医療を受けられる社会が実現しているんだ。

アメリカの社会システムが日本人にとって「意味不明」なのは、単に手続きの不便さだけでなく、「国家は何のために存在するのか」という憲法レベルの哲学が、文字通り180度異なっているからなんだ。

ご存知の通り、日本国憲法はアメリカ(GHQ)の草案をベースに作られたという歴史がありながら、中身はアメリカ憲法とは全く違う「社会権(福祉国家)」の精神が色濃く反映されているんだ。

そう、問題はそこなんだ!

国民の幸せの増進のための国家でなかったら、国家なんてただの戦争機械じゃないか!

この視点こそ、まさに日本国憲法の「核心」であり、人類の悲惨な歴史からたどり着いた究極の結論なんだぜ!

国家が「国民の幸せの増進(福祉や生活の向上)」という目的を失い、ただ領域を支配し、国民を管理・動員するだけの存在になれば、それは単に国境に壁を築き、他国を侵略し、国民を戦場に送り出すだけの「ただの戦争機械(暴力装置)」に変貌してしまう。

実は、日本国憲法が第25条で「生存権(福祉)」を規定し、前文や第9条で「徹底した平和主義」を誓っているのは、この2つが絶対に切り離せない表裏一体のものだからなんだ。

自民党の勇ましい言葉に目を眩まされてはいけない。

1. 「戦争機械」だった過去への猛省から生まれた憲法

日本自身もかつて、国家が国民の生命や幸福よりも「国威発揚」や「戦争の遂行」を最優先にする、恐ろしい「戦争機械」になってしまった歴史がある。

否定しても否定のしようのない事実で、重たい歴史だ。

当時の国家にとって、国民は「幸せにすべき対象」ではなく、戦争を支える「部品(資源)」にすぎなかったんだ。名誉の戦死と喜ぶ笑顔なんて標語が街にあふれてたんだ!冗談じゃない!

その結果として、何千万人の命を奪い、国土を焦土と化した経験から、戦後の日本は憲法に血を流すような覚悟を刻み込みんだんだ。確かにGHQが起草したかもしれない。しかし、それを受け入れ、守ってきたのは他ならぬ日本人自身だ!

「もう二度と、国家を戦争機械にしない(第9条:戦争放棄)」

「これからの国家は、国民を幸せにするためだけに存在する(第25条:生存権)」

つまり、日本国憲法の精神において、国が医療や福祉、インフラを整備して「国民の幸せの増進」に全力を尽くすことは、国家が再び戦争機械へと先祖返りするのを防ぐための「絶対のブレーキ」なんだ。

2. アメリカが「戦争機械」の側面を残し続けるパラドックス

一方でアメリカを見ると、彼らは国家を「福祉の道具」にすることを徹底的に拒否し、前述のようにバラバラに弱体化させている。

しかし皮肉なことに、内政において国家というリバイアサンを縛り付けた結果、連邦政府が圧倒的権力を行使できる領域が「外向きの力」、すなわち軍事(国防)に偏ることになったわけだ。

アメリカでは「国民全員の医療費を国が払う」ことは「社会主義的だ」として大反対される。

しかし、「何十兆円もの予算を軍事費に使う」ことは「国を守るためだ」として容認されやすい土壌がある。

内政では無能で非効率なのに、世界最強の軍隊(戦争機械)としての機能だけは超一級品であり続けるという、歪んだ国家の形がそこにはあるんだ。


「国家は何のためにあるのか」の答え


日本人からすれば、「国民を飢えさせず、病気から守り、安心して暮らせるようにすること」こそが国家の存在理由だ。それがない国家は、ただの「税金を巻き上げて武器を買う組織」にすぎないんだ。

「国民の幸せの増進のための国家でなかったら、ただの戦争機械だ」という指摘は、まさに日本国憲法が世界の歴史に対して突きつけた、最も本質的なメッセージそのものなんだ。

この「福祉国家(日本)」と「軍事国家(アメリカ)」の構造の違いは、両国の予算の使い方(社会保障費 vs 国防費の比率)や、アメリカで軍隊が「貧困層のセーフティネット(就職先)」になってしまっている現実などにも深く関わっているんだ。

もっと、闇を見つめろ!

2026/11/05

POST#1997 トランプ帝国の落日か、新たな混乱の序章か?

 

那覇、国際通り

アメリカの中間選挙の結果が出た。

民主党の地滑り的な大勝だという。トランプ大王を担ぐ共和党はイラクとの戦争、それによる燃料費の高騰、関税による物価の高騰、移民排除による労働力不足によるインフレの亢進に疲弊した人々からNoを突き付けられた格好だ。

さて、それを歴史的な転換点だと浮かれるつもりはない。

なぜって、アメリカの歴史はいつだって共和党と民主党の間を振子のように揺れ動き、市民たちは、朝三暮四の猿のように、目先の生活の不満を政府のせいにしてしまう。

もっとも、今回の共和党政権は歴史的に酷かったのは間違いない。

アメリカは小さな政府で、圧倒的な権力を持つ独善的で狂信的な男にそのかじ取りを委ねていたのだから。

さて、昨日の話の続きだ。

失礼ながら、アメリカ人はまるで朝三暮四の話に出てくる猿のようだ。まぁ、日本人も大差ないがね。

「朝三暮四の猿」とは、目先の利益の違いに囚われて、結局同じであることに気づかないという例え話だ。日本人の選挙の際の投票行動もまったく朝三暮四の猿並だけどね。

ただ、アメリカのこのシステムを深く見ていくと、連中は「騙されている猿」というよりも、「朝三暮四だと分かった上で、別のリスクを避けるためにあえてその損を選んでいる」という、さらに複雑で倒錯した心理が見えてくる。つまりアメリカ人特有の強烈な2つのこだわりだ。

彼らの思考は俺たち日本人とはかなり違う。「目先の100$」より「政府への恐怖」を問題視してるんだ。

つまりアメリカ人にとって最も恐ろしいのは「お金を損すること」ではなく、「政府に自由を奪われること」なんだとさ。合理的だとか徹底的に功利主義的に見えるアメリカ人のこの性分は、実に不思議だ。

おおくの日本人は、「国が一元管理してくれれば、手続きが楽になって手数料もかからない(=実質的に得をする)」と考える。コストも抑えることができて合理的で利便性も高い。しかし、様々な個人情報を政府に差し出し、唯々諾々と政府に管理されることと表裏一体だ。

この唯々諾々と政府に管理されるということが、彼らには耐えられないんだ。

つまりアメリカ人たちは、こんなふうに思ってるってことだ。

「国が一元管理するということは、政府が私のすべての行動、住所、資産を監視できるということだ。それは独裁国家への第一歩だ」と。だから「手続きが煩雑で民間企業に大金をむしり取られる(朝三暮四の損状態だ!)」と分かっていても、「国に監視されるくらいなら、民間企業に金を払って不便な目遭う方がマシだ」という、極端な国家不信がベースにあるんだ。

その結果、トランプのような独裁者が生まれてしまったのは、大きな矛盾としか思えないがね。

彼らは「大きな政府」を徹底的に嫌うんだ。

行政が一元管理して効率化するためには、強力で大きな役所(政府)が必要なのはいうまでもないよね。しかし、アメリカ人、とりわけ保守派の皆さんには「政府は小さければ小さいほど良い(Small Government)」という思想が根強くある。まぁ、イギリスと独立戦争して、自分たちの国をおっ立てた(ついでにネイティブアメリカンも殺しまくった)お国柄だからな。リバイアサンを嫌ってるのさ。
効率化のために役所の権限を強めるくらいなら、「役所は無能で不便なままでいい。その代わり、自分たちの自由を守る」という選択をしているわけだ。

その一方で、ビックテックは人々のスマートフォンやPCでの閲覧履歴や検索履歴から、その思考、好み、性別、年代、現在位置などなど、ありとあらゆる様々なデータを分析抽出して、人々に最適化された広告を送り付ける。そして、それに対する規制も、アメリカ人は嫌う。

こうなってくると、彼らは自分たちの自由を守りたいのではなく、単に政府を信用していないだけじゃないかと勘繰りたくなるぜ。


結局、一番賢いのは「中抜きの仕組み」を作った連中なのさ。そう、一般の国民が気づかないうちに、一番得をしているのは「行政がやらないから、ウチが代わりにやってあげますよ」と間に入って手数料を取っている巨大企業(中抜き業者)に他ならない。

彼らは、国民の「政府が怖い、嫌いだ」という感情を巧みに利用し、「政府に確定申告をやらせたら増税されるぞ!」とか、「政府に国民皆保険を作らせたら社会主義国になるぞ!」とか様々なプロパガンダを流して、現在の不便なシステムを維持させ、自らの利益を守り続けています。こいつは持つものが、持たざる者に仕掛けた認知戦に他ならないな。

この「政府への恐怖」から、アメリカ人は未だに「国定の国民身分証明書(ナショナルID)」の作成にも大反対し続けている。日本のマイナンバーカードの比じゃない。

そして、この政府への不信こそがトランプを大統領に担ぎ出し、彼個人に絶大な王権のような権力を与えているのさ。まるでタイラント(暴君)かディクテテータ(独裁者)じゃないか?

この一見、矛盾しているように見える状況には、アメリカ政治の構造的な背景がある!

まずは「既存のシステム(ディープステート)」への不信感だ。

アメリカの有権者の多くが複雑な行政や既得権益(前述のロビー企業や官僚機構)に不満を募らせた結果、「この腐敗した非効率なシステムをぶち壊してくれる強力なリーダー」を求める心理が生まれたわけだ。自分たち自身が長年にわたって作り上げたものなのにな。
トランプを支持する人々からすれば、彼は「独裁者」ではなく、「国民を苦しめる不便で官僚的なシステム(彼らが言う『ディープステート』)と戦う救世主」という映り方になっとるわけですわ。認知の歪みなんだけどね。

けれど、社会システムへの不信が強すぎるがゆえに、強力な個人に権力を委ねてでも変革を望むというパラドックスが起きているわけだ。

けれどそれは、思考停止して、ただ現状が気に入らないと言ってるだけだろう?

それに対する連邦制による「権力の分散」という防波堤の存在がある。

アメリカの制度そのものは、一人のリーダーが本物の「独裁者」にならないよう、非常に強固なブレーキ(チェック&バランス)を組み込んでいる。

まず州の権限の強さだ。 冒頭の「有権者登録」や「住民票がない」という話の通り、選挙のやり方や警察権、教育、日常の行政ルールはすべて各州(知事や州議会)が握っている。権力の独占をさせない工夫なんだが、この21世紀に制度疲労を起こしていないか?だって、ここデジタル時代に不便極まりないぜ。江戸時代の日本じゃないんだから。

そこは大統領でも手を出せない領域なんだ。

たとえ大統領が連邦政府のトップとして強い権限を行使しようとしても、州の法律や州知事の権限を完全に無視して全国を一元支配することは憲法上できないようになってる。

つまり、トランプがどれほど強力な発言力を持ち、支持者から王のように慕われていたとしても、アメリカの「地方分権(バラバラであること)」というシステム自体が、国全体が一枚岩の独裁国家(タイラント)になることを防ぐ最大の防波堤としても機能しているという構造だ。

そしてやはり疑問は残る。これは「強いリーダーシップ」か「独裁」か?

アメリカでは伝統的に、強力な大統領令(Executive Order)の発動などを巡って、「これは危機を乗り越えるための強いリーダーシップだ」と評価する声と、「議会を無視した独裁的な暴挙だ」と批判する声が常に激しく対立する。年中行事みたいなもんだ。

行政の煩雑さや非効率に苦しむ国民が、強力なトップダウンの力を求めてしまう。しかし、それをやりすぎると民主主義の危機(独裁)と言われる。

アメリカは今まさに、この「自由と統制」「効率と民主主義」の激しいジレンマの渦中にあるわけだ。

まったく日本人からすると、意味不明だ。俺たち日本人の感覚からすると、「不便だし、お金もかかるし、独裁の危険まであるなら、さっさと住民票を作ってシステムを一本化すればいいのに、なぜそれをしないのか?」と、どこまでも意味不明に思えて当然だろう。

それはある意味、日本人が秀吉の刀狩りや綱吉の儒教倫理に基づいた社会OSの書き換えで、すっかりおとなしく家畜化されたとも言える日本人の感覚だ。

この「意味不明さ」の根本には、日本とアメリカの「国(政府)に対する根本的な信頼度の違い」がある。

ここが180度違うため、どれだけ議論してもお互いのシステムが理解できない平行線になってしまうんだ。

日本:お上(政府)は「お世話をしてくれる存在」

日本の歴史や文化において、役所や政府は基本的に「インフラを整え、生活を便利にし、いざという時に守ってくれる存在」という前提(信頼)があります。

だから、マイナンバーや住民票で管理されることに対しても、「手続きが楽になるなら便利でいいじゃん」という発現になる。一時期はマイナポイントとかも貰えてお得だったしね。つまり、日本人にとっての最優先事項は、「秩序、効率、そして全体の公平性」だ。

アメリカ:政府は「いつか牙をむく敵」

一方でアメリカは、イギリスの王による独裁(暴政)から独立戦争を起こして戦い勝ち取った国だ。彼らのDNAには「権力は必ず腐敗する」「政府は放っておくと国民を支配しにくる敵である」という強烈な不信感が刻まれているんだ。抗い食い止めるったって、とっくに腐敗してるんだけどね。

彼らアメリカンにとっての最優先事項は、どれだけ不便であっても「国に個人の自由を侵されないこと」だ。

「効率的で便利な社会」よりも、「不便だけど国にコントロールされない社会」の方が安全だと本気で信じているんだ。けど、俺たちからすると、国民皆保険も国民年金もないような社会なんて、想像できるか?


「意味不明なルール」が残るからこそ、アメリカ

日本人は「みんなで話し合って、一番合理的で効率的なルールを作ろう」とする民族集団だと言えるだろう。

それに対してアメリカは「誰も信用できないから、お互いに足を引っ張り合う(チェック&バランス)複雑なルールにしよう」とする個人の集団だと言えるだろう。

その結果が、

  • 住民票がないから手続きがバラバラ
  • 不正を防ぐためにわざわざ有権者登録をさせる
  • その不便さを逆手に取って民間企業が中抜きで大儲けする
  • システムにイライラした国民が「ぶっ壊してくれ!」と過激なリーダーを支持する

という、外から見ると「自業自得のループ」に陥っているように見えるわけだ。

それ、誰得なんだよ!

「便利さや効率」を何より重んじる日本の視点から見ると、アメリカのこのシステムはまさに「意味不明」の極みだよ。けど、彼らにとっては「自由を守るための必要悪(コスト)」という、交わることのない価値観の壁が存在しているんだ。まぁどっちもある意味、幻想=思い込み、刷り込みなんだけどね。

ジャン・ジャック・ルソーの説いたように、国家とは、一般意思に基づくべきものだと、俺は考えている、近代国家の基礎だ。

「国家の権力は、私利私欲を離れた『社会全体の共通の利益(一般意思)』に基づくべきだ」という考え方は、近代民主主義の最も美しい理想だ。

この哲学的視点をあてはめると、日米の国家のあり方の違い、そして日本人がアメリカを見て「意味不明」と感じる理由がさらにクリアに見えて来るだろうよ。

実は、日本とアメリカは「一般意思をどう実現するか(あるいは信じるか)」のアプローチが根本から異なっているんだ。

日本:行政が「一般意思」を体現しているという信頼

実は、右派の皆さんが大嫌いな日本国憲法に基づく日本のシステムは、ルソーの思想に近い理想を持っているんだ。

国は「社会全体の幸福や効率のために、みんなが納得する最高のシステム(住民票やマイナンバーなど)を国が作り、運営する」

国民も「お上のやることは、私利私欲ではなく『全体の利益(一般意思)』に基づいているはずだ」と比較的素直に信じられるため、国家による一元管理をすんなり受け入れちゃうわけだ。

アメリカ:「一般意思」など存在しないという不信

一方で、アメリカの建国の父たちがベースにしたのは、ルソーよりもむしろロックやモンテスキュー、マディソンといった思想家たちなんだ。彼らは「人間が集まったところに『純粋な一般意思』なんてものは存在しない。あるのは『部分意思(派閥や個人の利権)』のぶつかり合いだけだ」と冷徹に考えたんだ。ぶっちゃけて言えば、まぁ、社会とは力と力のせめぎあいという思想だ。

「社会の共通の利益」を掲げて登場する権力者(トランプ氏のような強力なリーダーも含め)であっても、一歩間違えれば自分の利益のために国民を弾圧するタイラント(独裁者)に化ける可能性がある。

だから、アメリカは「一般意思」という綺麗な理想をハナから信用せず、「誰かが権力を握っても独裁できないよう、最初からシステムをバラバラ(非効率)にしておく」という道を選んだわけだ。


理想の不全、あるいは皮肉

俺が常々主張しているように、国家が「一般意思(全体の幸福)」に基づくべきだとすれば、アメリカの現状はあまりに歪んでいるようにしかみえない。

「政府の暴走を防ぐ」という名目でバラバラにした隙間を、民間企業が「特殊意思(自社の利益)」で埋め尽くし、中抜きで大儲けしているだろう?

結果として、国民全体の利益(一般意思)はないがしろにされ、一人の強力なリーダーの登場に熱狂する土壌まで作ってしまった。そして、持つものと、持たざるものの格差は、理論的には無限に拡大していく。

「一般意思」を信じて国家を信頼し、効率的で安全な社会を作った日本。
「一般意思」を疑って国家を縛り、非効率と引き換えに個人の自由(と剥き出しの資本主義)を守ろうとするアメリカ。

国家のあるべき姿として、この「理想の置きどころ」の違いをどう捉えるべきか、俺はいま君たちに、非常に深い問いを投げかけているんだ。

2026/11/04

POST#1996 アメリカの中間選挙が大盛り上がりだな。

 

沖縄 市場にて
アメリカで、議会の上下院の議員を改選する中間選挙が大盛り上がりだ。
トランプ帝王の行き当たりばったりの政策と縁故主義にうんざりした人々の投票のおかげで、民主党の得票が伸びているらしい。
開票結果化が確定するまでわからないが、民主党が上下院ともに過半数を押さえたら、トランプ危うしだな。彼の思い付き政策に、議会は意を唱えるだろう。様々なルール無用の行いに対して、弾劾決議を発議する可能性もあるだろう。
それよりも、トランプがまた大衆を扇動して、議会を乗っ取るようなことになるかもしれない。最悪だな。
そんな最悪な事態を回避するためにか、民主党の牙城であるカルフォルニア州の人々の投票登録が疑わしいとかいちゃもんをつけていたが、これはあっさり裁判所に否認された。
何かと権力にしがみつく薄みっともない老人だ。
仕方ない。大統領の座を追われたら、かトランプが目の敵にしているICC(国際刑事裁判所)に指名手配されるかもしれない。仲良しのネタニヤフともどもね。そうなったら、フロリダに身を寄せて事実上亡命しているブラジルのボルソナーロ親子も行き場を失うだろうな。

さた、だいたいなんでアメリカじゃ、有権者登録なんて必要なんだ?

住民票とかないのかね?にほんなら、そんな面倒なことを自己申告しなくても、選挙のお知らせが市役所から届く。投票所に行けば、この選挙のお知らせの番号と住民台帳を突き合わせて確認し、市民ならだれでも投票ができる。もちろん投票する気があればだけれどね。

アメリカで有権者登録が必要な最大の理由は、日本のような全国統一の住民票(住民基本台帳)や戸籍の仕組みが存在しないからだ。

はぁ?大事なことだからもう一度言おう。

全国統一の住民基本台帳がないんだとさ!

俺たちがたまたま生まれた日本では引っ越しをして役所に転入届を出せば、自動的に住民票が更新され、選挙管理委員会が作成する選挙人名簿に登録される。自動的にだ。ほかに何の手続きもいらない。日本全国、どこに行っても同じだ。しかし、アメリカにはこれに相当する国の一元的なシステムが、ない。

彼らは「国家が国民を一元管理する」ことへの強い警戒心を持っている。というか、国家を信用していない。

アメリカは歴史的に、中央政府が個人の情報を管理することに対して強い拒否感(プライバシー侵害や国民監視への懸念)があるのだという。そのため、日本のような「国民全員に一意の住所と身分を紐付けて登録を義務付ける」住民票システムそのものが存在しないんだそうだ。さすがは自由の国だ。

しかも選挙の管理は「州」の権限だ。

アメリカの選挙は連邦政府ではなく、50ある各州(および地方自治体)がそれぞれ独自の法律で運営しているんだとさ。

核家族社会のアメリカでは、生まれたコミュニティを離れて州をまたぐ引っ越しも多いため、各州の選挙管理委員会は「誰が今、自州のどの選挙区に住んでいて、投票資格を持っているか」を独自に把握する必要がある。

その確認作業を有権者側からの「申請(登録)」に頼っているのが現状なんだとさ。

何たる非効率!投票すらもするかしないか自由なのさ。

そしてなんだか本末転倒な気もするが、不正投票の防止策なんだとさ。

二重投票や、亡くなった人の名義での投票、資格のない人(市民権のない人など)の投票を防ぐため、事前に身元と居住地を確認するステップとして有権者登録が機能しているらしい。だから、それは日本みたいなシステムを構築するほうが間違いないだろう?

お得意のお家芸のAIに作ってもらえばいいじゃないか?


この有権者登録の手続きは、「投票率を下げる原因になっている」「特に低所得層やマイノリティの投票を難しくしている」という批判が根強くある。

そりゃ当然だ。好き放題やりたい権力者は、政府のやり口に不満を持つ低所得者やマイノリティの投票率は低い方がいい。権力を維持するためには是非ともそうすべきだ。メンバーズオンリーだ。貧乏人は黙って冷や飯くいだ。同じ理由で投票率は低い方がいい。日本でも、有権者が選挙の時に寝ていてくれたらいいと放言した、元総理大臣で元オリンピック委員会でサメの脳みそと言われた政治家がいたな。それと同じだ。

そのため、いくつかの州では改善に向けた取り組みも進んでいるそうだ。たとえば

  • 自動有権者登録(AVR): 運転免許証の更新などの手続きの際、自動的に有権者登録も行われるシステム(多くの州で導入が広がっています)。
  • 当日登録: 選挙の投票日当日に投票所で登録してそのまま投票できる州もあるそうだ。

じゃぁ、運転免許のない人、パスポートなど身分証明になる子的書類のない人はどうするんだ?

百歩譲って、連邦政府に一元的な住民台帳がないのは良しとしよう。

しかし、それぞれの州に住民票とかないのか?

そもそもそれじゃ、市民サービスとか行政そのものに支障があるだろうに。

しかし驚くべきことに、州単位でも日本のような「住民票(行政が個人の住所を一元管理する仕組み)」はない。ないったらない。

俺たち日本人の感覚からすると「どうやって行政サービスを行っているんだ?」と不思議に思えるんだが、アメリカでは目的ごとに異なる公的書類や番号を組み合わせる「分散型」のシステムで行政を回しているわけだ。

これが非効率極まる奇々怪々なものだ。屋上屋を重ねてきた結果だろうな。

1. 住所の証明は「運転免許証」や「公共料金の請求書」

アメリカで最も「住民票」に近い役割を果たしているのが、各州の陸運局(DMV)が発行する運転免許証(または車を運転しない人向けの身分証明書/ID)なんだそうだ。
引っ越しをした住民は、州の法律で「○日以内にDMVで住所変更の手続きをするように」と定められているんだと。

行政サービス(公立学校への入学、図書館カードの作成など)を受ける際の「居住地の証明」には、主に以下が使われているらしい。

  • 住所が記載された運転免許証
  • 自宅に届いた公共料金(電気・水道・ガスなど)の請求書
  • 家賃の賃貸契約書

行政側は、これら複数の書類を住民に提示させることで「本当にここに住んでいるか」を確認しているんだとさ。何たる非効率!

2. 人口の把握と予算配分は10年に1度の「国勢調査」

こんなていたらくだと、当然俺たちは「住民票がないと、行政が地域の人口を把握できず、予算やインフラの計画が立てられないのでは?」という疑問抱かざるを得ない。

でも、安心してくれ。アメリカ人もそこまで馬鹿じゃない(はずだ)。
アメリカではこれを、憲法で定められた10年に1度の「国勢調査(Census)」でカバーしているんだ。「国勢調査」ねぇ…。

このデータをもとに、連邦政府から各州・自治体への予算配分や、下院議員の議席配分(選挙区の区割り)が決まるんだそうだ。

3. 税金は「自己申告(確定申告)」が基本

税金(所得税など)の徴収は、日本のような役所主導の住民税徴収とは異なり、原則として年に1回、全員が自分で自分の住所と収入を国税庁(IRS)や州の税務当局に申告する仕組み(タックス・リターン)になっている。行政はこれにより「誰がどこでいくら稼いだか」を把握するってわけだ。

4. 国民共通のIDは「社会保障番号(SSN)」

日本でいうマイナンバーに近いものとして、社会保障番号(SSN: Social Security Number)があるんだそうだ。なんだ、ちゃんとあるんじゃん。さっさと紐付けしなよ!
元々は年金管理のための番号だったらしいが、現在は税金の申告、銀行口座の開設、就職、クレジットカードの作成など、あらゆる場面で本人確認のために必須となっているんだそうだ。

ただし、これにも「公式の住所情報」がリアルタイムで紐付いているわけではないんだとさ。だから紐付けしろってばよ!


さて、最前から俺が気にしているのはここだ。こんな有様で行政に「支障」は出ていないのか?

実際のところ、かなりの支障や非効率さが発生しているんだなぁ。

まず、手続きがとにかく面倒くさい。

住所が変わるたびに、DMV(免許)、郵便局、税務署、銀行、選挙管理委員会など、あらゆる場所に個別に住所変更を届け出る必要がある。これは面倒くさい。日本なら、市役所と警察に行くだけだ。

当然のことながら、役所の窓口が大混雑する。

 特に運転免許を発行するDMVは、全住民の身分証管理を一手に引き受けているため、常に長蛇の列ができ、アメリカで「最も行きたくない場所」の代名詞になっているんだとさ。まぁ、俺も運転免許試験場は、行きたくない場所の一つだけどね。

いちばん悪いことには、行政の横のつながりがないことだ。

 州のシステム、警察のシステム、福祉のシステムが連動していないことが多く、情報の照会に時間がかかったり、不正受給や管理漏れが起きやすいという弱点がある。生活困窮者を支援したりするのにも支障があるだろう。

けど安心して。アメリカは自由の国なので、生活婚食うして野垂れ死ぬのも自由ってことだ!

こんなていたらくなのに、アメリカ人が「一元管理された住民票」を作らないのは、やはり「政府に自分たちのプライバシーや居場所を監視されたくない」という自由主義の理念が、不便さよりも優先されているからだ。

そう、彼らは自分たちの政府を、自分たちの国を、根本のところではまったく信用していないのだ。

俺はこの状況を見てみるに、ふと一つの疑問を抱く。

この人たち、煩雑化によってGDP上げようとしてない?(笑)

これはあながち笑い話とも言えないようだぜ。

経済学やビジネスの視点から見ると、アメリカのこの「手続きの煩雑さ」や「非効率さ」は、皮肉にも巨大な民間市場(ビジネス)を生み出し、結果としてGDPを押し上げる要因になっているらしい。阿呆らしい。

これを皮肉を込めて「非効率が生み出す経済効果」と呼ぶことがでるだろう。まさに「ブルシット・ジョブ」だ。このブルシットジョブがビッグビジネスを生み出している。

1. 「確定申告が難しすぎる」から生まれた巨大産業

アメリカの税金申告(タックスリターン)は、住民票や会社による年末調整がないため、個人でやるには複雑怪奇らしい。まぁ、税金なんてそんなものだ。複雑怪奇にして、出来るだけ貧乏人から巻き上げるようにできてるのさ。
その結果、「ターボタックス(TurboTax)」などの申告ソフト会社や、街中の税務代行サービス(H&R Blockなど)、公認会計士(CPA)が数兆円規模の巨大市場を形成しているんだとさ。数兆円規模だぜ!驚きの非効率だ!
彼らは「システムがシンプルになって国民が自分で簡単に申告できるようになると困る」ため、政府が無料の公式申告システムを作るのを阻止しようと、長年激しいロビー活動(政治家への働きかけ)をしてきたことでも有名なんだとさ。ひどい話だ!

2. 「身元が信用できない」から生まれた巨大産業

住民票や戸籍がないため、アメリカでは「この人は本当に信頼できる人物か?」つまり家を貸していいか、ローンを組ませていいかを国が証明してくれないんだ。

これが中国なら、携帯と連動した社会信用スコアで一発なのにな!(笑)
そこで、「クレジットスコア(信用スコア)」を算出する民間企業(Equifax、Experian、TransUnionの3大信用情報機関)が発達したわけだ。家を借りる、車を買う、就職する、あらゆる場面でこの民間企業のデータが有料で照会され、これもまた巨大なビジネスになっているんだとさ。民間企業のほうが、公共セクターよりも信用できるという感覚が、よくわからないぜ。

政府の信用より、民間企業の担保する信用を重視するというのが、俺には意味不明だ。

公共とか社会とかいう概念が社会にないのだろうか。人々は孤に分断されたモナドとしてしか存在しえないのだろうか?

3. 「住所やIDの証明が大変」だから生まれる民間サービス

引っ越しのたびに何十箇所も住所変更をするのが面倒なため、それを一括で代行・仲介する民間アプリやサービス、また「身元確認(バックグラウンドチェック)」を専門に行う代行会社が数多く存在し、これも立派に経済を回しているわけだ。みんな儲かってよかったね。

そのお金は誰が払うのでしょう。もちろん一人一人の市民ですよ。しかし、本来はこういうコストは、社会を維持するためのコストとして、公共セクターが負担し、責任を負うべきものだ。


こいつはまったく、「割れた窓の寓話」そのものだ。

経済学には「割れた窓の寓話」というものがある。
「パン屋の窓ガラスが割れると、ガラス屋が儲かり、ガラス屋がそのお金で服を買えば服屋が儲かる。だから災害や破損は経済を活性化させる」という一見正しそうで、実は社会全体としては富を失っているという屁理屈だ。

アメリカの行政の煩雑さは、まさにこれと同じだ。

  • 日本: 行政がシステムを一元化して、国民の「時間と手間(コスト)」をゼロにする。
  • アメリカ: 行政が不便なままなので、国民は民間企業にお金を払ってその不便さを解決する。(ここで民間企業の売上が立ち、GDPが増える!)

国民個人の時間やストレスという「目に見えないコスト」を犠牲にして、民間ビジネスの「目に見える売上(GDP)」に変換している、と言えなくもない構図があるわけだ。このあたりは、徹底的な資本主義国であるアメリカらしさとも言えるだろう。合理性のかけらもありゃしない。その割には、テック企業が検索などを通じて個人情報を吸い上げ、情報抽出するのは良いってんだから、わけがわからないぜ。

この「わざと不便なままにしてビジネスを残す」という構図は、国民皆保険がないため、複雑な民間保険と代行請求が巨大産業化しているアメリカの医療保険制度にも全く同じことが言えるようだ。

本来ならテクノロジーや行政改革で「ゼロ」にできるはずの無駄なコストを、わざわざ民間ビジネスの「売上」として計上して「我が国のGDPは成長している!」と言っているわけですから、極めて不条理だ。カミュやカフカが見たら大喜びするほどの不条理だ。

この仕組みが長年維持されている背景には、アメリカ特有の「ねじれた思想」がある。

彼らは「政府の役人」より「民間の金儲け」を信じる文化を持っている。

アメリカには「政府がやる仕事はすべて非効率で利権まみれになる。民間企業に競争させたほうが、まだマシなサービスが生まれる」という根強い新自由主義という信仰がある。教祖はミルトン・フリードマンだ。そのため、日本では「お上が一元管理して効率化するぞ、マイナンバーにみんな紐付けだ!」となる局面で、アメリカさんでは 「政府にやらせるとロクなことにならないから、不便でも民間ビジネスに解決させよう」となるわけだ。そして、民間企業にぼったくられる。企業の目的は人々の幸福の最大化ではなく、自らの、株主の利益の最大化だからだ。そんなこと、ちょっと考えればわかりそうなものなのにな。

この不条理の結果として、余計に複雑で金のかかる民間サービスが乱立することになるわけだ。馬鹿らしいぜ。

銭ゲバな奴らは「GDPの数字」さえ増えれば正義ののさ。

経済学の指標にすぎない、サイモン・クズネッツが発案したGDP(国内総生産)は、「どれだけ社会が幸せになったか」ではなく「どれだけお金が動いたか」しか計算しない。しかし、お金を使わずに個人が労力を費やした部分に関しては、お金が動いていないのでカウントされない。そこで起きるのが次のような転倒した構図だ。

住民票1枚で手続きが終わる日本 ➡ お金が動かないのでGDPはゼロ

複雑な手続きのために代行業者に1万円払うアメリカ ➡ GDPが1万円増える

諸君、如何におもわれるかな?

社会全体としてはアメリカの方が明らかに無駄なコストと労力をかけて疲弊しているわけだけど、「GDP成長率」の数字の上では、アメリカの勝ちになってしまうというバグが起きているくわけだ。阿呆らしいぜ。

この非効率な政治を動かすロビー活動という名の「合法的な買収」が社会を覆っている。

この非効率から恩恵を受けている企業(税金申告ソフト会社や民間保険会社など)は、莫大な利益を使って政治家に献金し、「行政手続きをシンプルにする法案」をことごとく握りつぶしてきた。政治家は、国民の幸福のために働いているのか?業界利権の代弁者に過ぎないのか?
こんな腐敗した時代遅れの慣行を墨守し、おかげ様で民間ビジネスが成長しすぎた結果、「不便であること」が彼らの既得権益になっている。その結果、国全体をアップデートできなくなるという本末転倒な事態に陥っているというわけだ。たわけだないの?

大丈夫か、アメリカ?


「非効率をビジネスに変えて成長する」アメリカと、「効率的で便利だけど経済が停滞している」日本。どちらが良いかは一長一短かもしれない。アメリカの成長の裏には、こうした国民の膨大な「時間、ストレス、手数料」という隠れた犠牲があるのは間違いない。

君は、日本とアメリカ、どっちに生まれたいかね?

この構造の根底には、アメリカ人と日本人の社会や国家に対する共同幻想の断絶がある。明日はそれについて話そう。