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| 俺の住む町一宮 |
俺は無頼漢のように見えるかもしれないが、四月からは町内会の班長をやらなきゃいけないんだ。二回目だ。それだけじゃない、子供会の副会長もね。ちなみに男性で子供会にかかわってるのは俺だけだ。
総会は9時30分からだったけれど、俺は役員だからね、9時に行ったんだ。
足の悪いお年寄りを気遣いながら出迎えたり、最近姿を見かけない方の安否を尋ねたりしながら、ほかの役員さん、つまり町内会の古参住民の重鎮の方々と一緒に準備してたよ。
そうこうしてると重鎮の一人、A井さんから今回は俺に議長というか司会進行をやってほしいと直前の無茶ぶりがあった。
俺はこの町内に家を買って移り住んでかれこれ10年になるけれど、ほかにふさわしい人たちはいるだろう。いるだろうが、皆お年を召された。お姿を見かけなくなったかたも多い。
町会長なんか他にやる人がいないから、俺が越してきてからもうずっとA田さんがやっている。年々、入れ歯が合わないのか言葉が聞き取りにくくなっていく。
世代交代の時期が迫ってる。
正確には一時俺と同世代の古参住人が町内会長を買って出たんだが、その人はいろいろ嫌になって町内会を脱退してしまった。気心知れていた人だけに残念だ。
さて、そんなこともあるので、ここで固辞するわけにはいかない。やらいでか!
まぁ、100人くらいを前にして定例会議をやったりしている経験もあるからどうってことない。声もよく通ってしかもでかい。町会長のA田さんの話は、いつも論点が整理されていなくてわかりにくいし、やたら長くなりがちだ。俺に話を振ってきたA井さんもそのあたりのことは重々承知で、そのあたりをピシッと抑えてほしいと思っているようだ。
今回はゴミ回収ボックスの導入を町内会の会費を使って行うか否かという議題もある。些細なことだけれど、皆の供託してくれたお金を使うわけだから、有耶無耶のまま話が雲散霧消するようなことになって、町内のお年寄りや年齢層高めの参加者の皆さんを不安にしたりしたくもない。神社の森に棲んでいて、朝夕現場に遠征出勤する烏によるごみあさりに、みんなうんざりしているんだ。
些細なことだ。けれど俺は民主主義ってのは、小さなコミュニティーを蔑ろにしては立ち行かなくて、むしろこの小さなコミュニティーこそが民主主義の学校でゆりかごだと思っているんだ。
そう、なんの権力もなく、皆にあるべき姿、進むべきを道を説き続け説得して合意を得ることで集団をまとめる、人類学の本に出てくる首長のように民主的に行うんだ。
途中で自民党の市会議員がやってきたりアドリブもあったが、俺は何とかうまいことやり切った。正直俺は共産党か旧立憲系の市会議員にしか投票しないから、このセンセーが何者かよく知らなくて焦ったけどね。けれど、こんな町内会の総会にも足を運んで、ほんの一時とはいえ一席ぶって帰っていく自民党の機動力ってのは侮れないもんだ。共産党や中道にはこういう泥臭さが足りないんだよなぁ…。
ゴミ収納ゲージの件も、市からの補助を使いつつ、試験的に二か所導入しましょうということで、町内会の皆さんの合意も取り付けた。いずれも烏の宴会場だ。
賛成の方々は拍手でもってお答えください!
はい、ありがとうございます。
賛成多数のようですの、今申し上げたように進めさせていただきます。
今後の進展経緯に関しては、追って回覧板を通じて皆様にお知らせいたします!
皆様から質疑などございませんでしょうか?
声がでかくて議題の流れを整理してリードしてゆくのが得意というのは、たまには役に立つもんだ。現場で鍛え上げたこの声が地域の皆様のお役に立つのはありがたいこったぜ。
A井さんや民生委員のT島さん、一言居士のM地さん、町内の重鎮の皆さんもご機嫌だったぜ。
こんなことじゃ、そのうち町会長をやってくれと言われかねないぜ…。
町内会長というのは、多忙なものらしい。しかも、いろいろもめて脱退したりすると、これまた厄介だ。持ち家でローンもあるから、さっさと他所に引っ越すなんてできないしな。
俺も仕事しないと飯食っていけないんだがな。まいったな。天下御免の無頼漢で鳴らした俺も、そろそろそんなお年頃なのか。
みんな誰も彼も、その必要性がわかっていながら、いざ自分に順番が回ってくると脱退していく。けれど、それがけっして市民として正しいあり方じゃないのはわかってる。
また、意見が違うからと袂を分かつってのも大人のくせに狭量だと思う。ヴォルテールみたいに意見が違ってもちゃんとその意見を受け止めるような器量が必要だ。
とはいえ、生業を抱えながらやるには町内会長の仕事はタスクが多すぎる。
とはいえ、属人化した業務を、だれでもできるように整理して引き継いでいかないと、先行き真っ暗だ。なんとか誰もが気軽にできるようにしないと、コミュニティーの風通しが悪くなっていく一方だ。
けれど、民主主義ってのは、どのレイヤーでも面倒なものだ。なぜって、町内会だろうが国政だろうが、それはみな自分たち自身の問題だからだ。
国政のことをとやかく言うのはある意味容易い。本当に俺たちが一歩を踏み出すのは、自分の住んでいるコミュニティーからだ。
公共を再生するってのは、こういう身近な足元からはじめるしかないんだと思う。
どっちにしても俺たち庶民にはそれしかできない。
けど、それは消費者でも、生活者でもなく、市民として生きるためには避けて通れない道だろう。


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