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| ヴェトナム中部 |
さほど長くもなく、かといって短くもない人生を送ってきた。
いつからかカメラを手にして歩くようになった。スマートフォンなど世に出るはるか以前だ。
思えばいろいろなところに行った。
美しいもの、奇妙なもの、心打たれるもの、醜いもの、いろんなものをみた。
閃光のようにすれ違った、二度と再び目にすることのない景色を、人を、街をフィルムに収めた。その時感じた美しさや奇妙さを、出来ることなら君にも、そして時を超えた次代の人にも送り届けたい。ある意味自分のできるささやかな贈与だ。
利害の絡まない旅先で交わる人々は、総じて優しく、時には見ず知らずの自分たちを歓待してくれた。
世の中に互酬・贈与という大きな円環のような仕組みが本当にあるのなら、見ず知らずの旅人にも優しく接したい。どこの国の子供でも、無邪気にふるまっている姿をみれば、自然と笑みがこぼれる。そんな風に人と交わりたい。いつも自分の中に声が響く
『人間が人間であるという理由だけで、僕らは優しくするべきだ』と。
心無い人の言葉に落ち込むこともある。相手が何気ないくとった態度に棘を感じ、何気なく放った言葉のニュアンスに打ちのめされることもある。正直に言えばそんな時、相手を弾き飛ばすように拒絶したくなる。胸ぐらをつかみ罵倒したくなる。しかし、自分の中の自分に言い聞かせる。
『自分がされて嫌なことは、人にはしちゃいけない』と。
しかし、そんな自分を偽善者のように感じる自分もいる。自分の中に荒々しい心が、満たされず癒されない魂が、蛇のようにとぐろを巻いて炎のような舌をちろちろさせていることを知っているから。だから少しでもいいことをすると、自分の中に声が響く。
『自分の心が良くて、悪を為さないわけじゃないんだ。今この相手には悪を成す縁が無いだけなんだ』
もちろん邪悪な心の持ち主も確かにいるだろうし、そんな人の罠にかかることもあるかもしれない。甘言で惑わす人もいるだろう。
だからいつも自分に言い聞かせる。
『下心がなけりゃ、魔法にはかからないぜ』と。
残念なことに、俺は聖人君子じゃない。いつも下心満々なのさ。
だから自分の中に声が響く『女には気をつけろ!』(笑)
また会おう。

