2026/02/05

POST#1751 誰も読んじゃないないからなんだって書けるぜ

お嬢
どうせ俺のわずかな知り合いしかこのブログを読んじゃいないんだ。

なんだって遠慮なく垂れ流すことができる。

親父のことで右往左往していたころ、京都の仕事先に荷物が送られてきた。机の下に入れる暖房器具だ。冷え性な派遣の女がやってくるらしい。

女は面倒だな。特に現場仕事では。俺は女の人との距離感をつかむのが苦手だ。オールオアナッシングなんだ。

人間が三人集まれば社会になる。そこでは人間は男とか女とかいう属性は一旦棚に上げて、男でも女でもないパーソンとして振舞うことが求められるだろう。理念としてはね。

けれど、人間が相対で接するとき自分が男であることや女であることからは逃れられない。

他人はいざ知らず、そういうもんだ。

また、現場作業だ。汚れることも肉体的に重たいものを持つこともある。埃まみれになることもある。また、女性には女性特有の生理的なリズムもあり、決して無理はさせられないし、男性の若者と同じように厳しく指導することもできない。

もっとも、俺は以前この職場で、30万円程する高額なレーザー墨出器のスイッチを切らずに持ってきた若手に、「お前馬鹿野郎、何度言ったらわかるんだ!壊れちまうだろう!死ね!」と怒声を浴びせたことがある。なかなか泣きそうなくらい忙しい夜に、この若手が問題を放置していたためにこの仕事を無理やり押し込んだんだが、切羽詰まっていた俺は感情の制御ができなかった。で、この大音声で発せられた怒声が百貨店のテナント従業員の耳に入り、大問題になったことがあった。顛末書を書かされ、偉いさんたちと謝罪に行くことになった。パワハラというやつさ。

気が重いぜ。

面接した俺のクライアントが言うには、現場管理経験半年くらいの元ヤンキー。彼女はゼファーかなんかに乗っていたらしい。後で聞いたところでは、そのバイクはハイバックで、フロントには倒した風防がついていたそうだ。もちろんマフラーは直管で、爆音ヤンキー仕様。やれやれ…。そして子供が二人いるシングルマザーってことだ。

生活が懸かってるんなら、それなりにしっかりやってくれるだろうな。俺はそう考えた。

2月から着任し、しばらくは日中勤務でOJTを行い慣れてもらうということだった。しばらくは顔を合わせることもないな。

俺はどうせ、生活に疲れた元ヤンキーのおばさんが来ると思ってた。

しかし、昼間のOJT期間が終わって顔を合わせた彼女は、金髪にカラコン、ピンクのマスクに派手なネイルという、どっからどう見てもギャルママみたいな女だった。背も高くスタイルだって経産婦には見えない。

俺は当惑しながらも、仕事の資料はこのフォルダに入っていると説明を始めた。挨拶もそこそこに、突然仕事の説明をし出した俺に彼女も驚いていたのか、状態をそらし気味で目もみはっていた。

きけば年は34歳。高卒直後に子供を産んで、高校1年の息子がいるらしい。下のこどもは中学生。しかも父親は二人とも違うらしい。しかし、だまっていればそんな風にはみえないな。俺は、彼女に『お嬢』という渾名をつけた。

のちにこいつが俺の仕事に大きな影響を与えることになるとは想像もしなかった。

人生にはどこに地雷が転がってるかわからない。

この年になっても、言えることはただ一つ、『女には気をつけろ!』ってことだ。あぁ、忌野清志郎師匠も”俺がロックンロールだ”でって曲のなかで歌ってたぜ。

これだけは言える、君がもし男なら、君も気を付けたほうがいいぜ!


2026/02/04

POST#1750 なんだかんだ言って、この世は金さ

沖縄、竹富島
そんなこんなで親父の退院は2月18日、五万なにがし医療費を払い、そのままサービス付き高齢者住宅に送り込んだ。
そりゃ、お喜びだよ。好き放題やってきて、その果てにこんな三食昼寝と大理石貼りの浴場付きなんだ。文句言ったらぶっ飛ばすぜ。
問題はここからだ。
その日の午後には弟と二人で親父を連れて、損害保険屋の弟と付き合いのある弁護士のところに相談に行った。
残念ながら50からみの弁護士は物腰は丁寧だが、こちらに寄り添うという気配が感じられなかった。
とはいえ、仕方ないさ。なにせどれだけ負債があるのかわからない。
借入証書もなければ、返済計画書も融資の契約書もない。
断片的な振込明細
5000万円とか記された手形帳
あちこちの銀行の通帳
鋏の入れられた古い手形
債権回収会社からの残高明細
つい最近の日付の約束手形
そして、泣きたくなることに帳簿類は一切なし

俺たち兄弟の考えでは、弁護士費用をかけても自己破産させて、きれいさっぱりしたいと思っていたんだが、どこに何があるのかわからないようじゃ話にならないとのっけから突き放された。
挙句の果てには、もう30年くらい前、社会人になったばかりの弟を保証人にして3000万円だか借りた話を弟が持ち出すと、親父はぼんやりした顔で、あれはすぐ次の週には返したという。
それを聞いて弟は、知り合いの弁護士の前でも構わず激高し、「俺の青春時代は、あんたのその借金に怯えて円形脱毛症にまでなったんだ!今の今までそれが完済されてるなんて知らなかったんだぞ!どういうつもりだ」と席を立って隣の親父を殴りつけそうな勢いだった。
弁護士の先生はあきれて、そんなことは帰ってからやってくださいよとうんざりしている。
まぁ、そりゃそうだよね。
結局、自己破産するにも、どこにどれだけ負債があるかすべて洗い出さないことにはなんともならないことが分かった。つまり、こちらとそちらとあちらに、それぞれいくらの借金があり、これらを返すことができないので自己破産すると裁判所に申し立てて認めてもらっても、それ以外のどちらからかの借金が出てきたら、まぁた一からやり直しということだ。君も自己破産を考えてるんなら、その辺をしっかり押さえておくといいよ(笑)
やれやれ。帳簿も証文もないんだ。まったく雲をつかむような話だぜ。
俺はその頃京都で働いていたんだが、週末家に帰るたびに月曜の朝、親父をあちこちの銀行に連れてゆき、残高証明をとり、借金がないことを確認し、口座を抹消した。どこの口座も大した金額は入っていなかった。年金が振り込まれる口座だけ残し、あとはすべて口座を閉じたんだ。
弟は、最近の日付の約束手形の信用金庫に行ってくれたんだが、ビンゴ!そこではざっくり160万円ほどの借金が残っていたんだ。
つまりこういうスキームだ。
借金のうちの一部を返済する。その時点での残高分の約束手形を切ってもらう。
手形の期限が来たら、また焼け石に水程度の金を渡して、新たな約束手形を切る。
やれやれ、そんなことやってても、85のじいさんが死ぬまでに返し終わるとは思えんぜよ。
弟は信用金庫の担当者と支店長に、状況を確認しに行っただけなのに、ぼろくそいわれて返済を迫られたようだ。まぁ、当然だわな。
そうこうしてるうちに、うちの叔母のあさチャンのところに、この信用金庫から手紙が届いた。あさチャンは手紙を俺に転送し、おろおろして心臓が止まりそうな声で電話してきた。手紙を見てみるとこんな内容だ。

『令和7年4月2日

●●信用金庫/△△支店

担当:■田

服屋のおやっさん氏の近況及び返済状況の確認について

平素は格別のご高配を回り、厚く御礼申し上げます。
突然ではありますが、貴殿が連帯保証をしている服部のおやっさん氏の近況と現在の返済状況を報否させていただきます。
服部のおやっさん氏は令和7年1月に自宅で倒れて入院しておりましたが、合和7年2月に退院された以降は老人設の方で療養しております。現在は4人のご子息(その筆頭が俺だよ)が中心となり、面倒を見ている状況であります。

借入の返済状況と致しましては、当初(平成15年7月14日)に借入した3,500,000円は令和7年4月2日時点で残高1,642,000円となっております。手形貸付という融資内容となっており、貸出期日が令和7年1月20日となっていますが、介護施設へ入所した以降は手形の更新手続きができていない状況となっています。(更新手続きをご放頼していますが、 ご子息の了解がないと更新できないとの理由により更新できず)

このままの状況では当行としても本人もしくはご子息からの返済対応が無いため、連帯保証入であるあさチャン様へ通知する方法しかなく、ご連絡した次第であります。大変お忙しいと思いますが、1度ご連絡を頂ける様に宜しくお願い致します。

【該当價權】

借入種類:手形貸付

借入残高:1,642,000円

借入期日:令和7年1月20日』

あさチャンは、自分は連帯保証人になった覚えはないというし、俺もどうしたらいいのかわからねぇ。そもそも平成15年なんて、あさチャンもう親父の下で経理やったいないからな。
なにより弁護士に相談して、自己破産の準備をしているから、迂闊に手形を切りなおして借金を返していきますとも言えない。弁護士の先生から止められてるんだ。
もっとも金を払えばいいだけの話なんだが、しがない商売の俺にはそんな金はポンと出せない。
弟たちもかつて親父が滞納しまくった百万単位の家賃をみんなで分担して払った経緯があり、お前ら頼むともいえんしなぁ…。とはいえ、俺もこの一連の親父の問題でずいぶん散財した。鼻血も出ねえてのが正直なところだ。まいったなぁ(笑)

そんなこんなで、世の中金の悩みは尽きないぜ。
菌血症は直すことができる。しかし、金欠症を完治させることはなかなか困難だ。

2026/02/03

POST#1749 年をとって住むところがないのは深刻な話だ

 

奈良、十津川村にて 俺の人生いつだってこんな感じさ
すっかり忘れていたが、親父の話だ。

親父のことは思い出したくもないが、これでも俺は町一番の孝行息子といわれている。四月からは町内会の班長だし子供会の副会長だ。一応、父親のことは気にかけておいてやらないといけないんだ。たとえ俺が鬼子だとしてもね。

ちょうど一年ほど前の1月30日に、親父は菌血症の治療のために転院になった。
市民病院の支払いは、市役所に行ってあらかじめ高額医療費請求の手続きをしていたから10万ちょっとで済んだが、貧しい労働者階級の俺にはこれまた痛い出費だ。
俺の親父には、そんな金はない。
金欠症の治療で俺が入院したいぜ。
さて、その転院先の病院は、俺もその前の年に腎臓結石と菌血症で入院していたことがあるんだ。ほかにも交通事故で大腿骨をへし折ったときとか、働きすぎで帯状疱疹になり、医者から強制的に入院させられたときとか。いつもお世話になってる。
死んだ祖母のノブちゃんも、救急搬送されたときには、旦那の庄六さんが死んだ市民病院を、死人病院だけはやめてくれと言っていたな。我が家の皆さんには鬼門だ。
担当医師は俺のちんこの先から膀胱までカテーテルを挿入する手術を執刀してくれた美熟女の女医さんだった。
あれは、思い返しても恥ずかしいな。お粗末なものしか持ち合わせていないんでね
で、2月の頭だ。俺は近く(といっても車で10分くらいか)に住んでるすぐ下の弟と一緒に、何件かサービス付き高齢者住宅を見に回った。親父に借金の保証人されて苦しんだ奴だ。俺たちは最初、レオパレスでも借りて放り込んでやろうかと考えていたんだが、どうせまた好き放題食い散らかし、金もないのに余計なものを買い込んで碌なことにならないと断念したんだ。

素敵なことに、入院していた市民病院の担当医は、俺の父は要支援も要介護も必要ない!と太鼓判を押してくれたんだ。うれしくてハラワタがちぎれそうだぜ。
だから、自然と補助がないので月々の支払いも多くなる。あと、あまり俺の家から遠いと何かと不便だし、そうなると条件は限られる。
いっそ橋の下にでも住んでくれるくらい根性座ってるんだったら話は早いが、終戦直後じゃないんだから、そういうわけにもいかない。(とはいえ、俺は近所の川にナマズを釣りに行ったとき、橋の下に誰かが住んでる痕跡を見つけ驚いたことがある)
一件目は、俺の家から歩いて行っても5分10分ほどのところで、町の中心部にも近く日当たりもよかったが、あいにく空きがなかった。
親父にそのことを告げると、「あそこは昔、繊維の商売をやっていた知り合いの系列だから惨めな思いをしたくないので嫌だから、空きがなくてよかった」だとさ。
この野郎!もうとっくに惨めなんだよ!

二件目はカミさんと二人で、車で15分ほどのところを見に行った。
そこは高い。まるでセキュリティ付きのマンションだ。敷地内には小ぶりな平屋の戸建てもある。老夫婦で住むってことだろう。
そりゃ結構なところだ。できたばかりだし、内装のセンスも素敵だ。ってことは金がかかってる。ってことは、投資を回収するためには、勢い月々の支払いも高くなるってことだ。案の定、月々に20万以上が必要だ。
空いているのでいつでもどうぞといわれたが、その金額じゃ空いててもおかしくないぜ。俺はしがない労働者階級なんだ。勘弁してくれよ。この借金だるまのくそじじいに、そんな月々金は払えないぜ。
俺たちはにこにこして話を聞き、パンフレットだけもらってかえったんだ。

そして、三件目。あまり期待していなかったけれど、もう少し手ごろな値段で入れそうなところを見に行った。少し街はずれだけれど、幹線道路を通れば俺の家から5分ほど。市内を走る私鉄電車の小さな駅にも近く、目の前にはコミュニティーバスのバス停もある。悪くない立地だ。
俺たちを迎えてくれたのは、とんでもなく腹の出た中年のにこやかな男で、仮に山ちゃんと呼んでおく。山ちゃんは、太りすぎて移動するのがしんどいのか、老人がリハビリに使う歩行器のようなものに両肘を預けて、よちよちと動き回ってる。彼の両肘は、その体重が預けられているせいで、タコになっている。そして、関西訛りの大きな声でしゃべり、よく笑う。
面白いな。キャラが立っている。ここにするか。
一階は食堂とラウンジ、二階がそれぞれの個室でトイレと洗面所、電磁調理器が付いている。風呂は一階に温泉みたいな素敵な浴場が付いている。あのくそじじいにはもったいなくらいだ。しかも、今部屋の空きがあるという。かつては満室だったが、コロナ禍の時に男性の入居者のうちの何人かが、感染対策などの煩わしさを嫌ったのだろう、出て行ってから満室になることがない状態なんだそうな。

北側の部屋は目の前に川が流れていて遠くに美濃の山々が見える。しかし、北側は埋まっているんだと山ちゃんは残念そうに言った。とはいえ、冬の北向きの部屋は陽が当たらなくて冷えるしな。南でも西でも何でもいいさ。
西側の部屋は夏、西日が入って暑いのと、見える景色が電車の高架と隣の家の壁。それを山ちゃんは残念そうに言うんだけれど、何の問題もない。
十分だ。何の問題もない。俺たちは即決した。

さて、気になるお値段は・・・月々15万くらいだ。これなら年金と俺たちが出し合った金で何とかなる。兄弟が四人いるとこういう時に助かるぜ。即決だ即断だ。
親父が退院してくるのがおそらく2月の半ば。山ちゃんは部屋の清掃や準備があるから再そっくで2月18日の契約になるって言うから、俺たちは2月の18日から入居ということで契約した。
先払いの家賃と敷金、食費、共益費等こみこみでおおよそ21万円。
俺たち兄弟は金を出し合い、親父用の口座で管理することにして、その金を払ったんだ。
新しいオヤジの部屋
机やいすや布団はすぐ下の弟が、奥さんの実家からもう使わないものを持ってきた。
衣装ケースや三段ケース、小さな冷蔵庫、タオルやトイレットペーパーなど生活に必要なものは俺が買いそろえた。ここでも出費がかさむぜ。
電子レンジは、俺が現場で弁当を温めるために倉庫に保管していたものを持ち込んだ。テレビとミニコンポは、親父が使っていたものだ。取っておいてよかったぜ。
やれやれ、これで住むところの問題は解決だ。
後は退院してきた親父をここに放り込んだら、衣食住は一丁あがりだ。さすが、町一番の孝行息子と言われるだけあるな。
しかし、気の重い問題がまだ残っている。借金がどれだけあるのかを調査して、弁護士に頼んで自己破産させるという重大な問題だ。