2026/07/25

POST#1918 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第4章

 

Bhaktapur,Nepal

例えば市県民税や、固定資産税なんかの地方税を払うのに使えるようにするってのは、どうかな?だとすれば、それぞれの個人の課税額によって上限が決まるよね。

昨日一旦措いたような、地域の人の暮らしぶりや困りごとになんか何の興味もない、自分のモナド的な世界に閉じこもって営利活動に邁進している人も、市県民税は払うだろうし、固定資産税だって払うだろう。そこにインセンティブが生まれるって寸法だ。

固定資産もない、市県民税非課税世帯ってのもあるはずだから、公営の水道料金などを加えてみてもいいだろう。これはなかなかいいアイデアなんじゃないか?

お上から指定された税額だもの、上限があるよね。しかも、ゲゼル通貨のように半減したり価値が消滅したりする納期を、年四回ある固定資産税の納期や、サラリーマンにはあまり縁のない市県民税の普通徴収なら年四回。水道料金は月々あるので、これは三か月に一回とかにしてもいい。そう年四回の納入期限に合わせて、価値がなくなるということになると、持ち越すこともできないしね。蓄積すらできないんだ。

自分はサラリーマンだから、月々の給与から特別徴収されてしまうからそんなトークン集めても関係ないという向きは、会社から市町村に源泉徴収票を提出してもらうときに、このトークンを合わせて提出してもらい、還付してもらう仕組みを作るとかね。また、持ち家があるんなら、固定資産税の支払いに使えるだろう。原付の税金にだって使えるようにするか。

納期の問題は、いったん措こう。このルートで還付を目的に提出されたものは、期限を過ぎていても受け付けるようにするとかやりようはあるだろう。

うむ、自慢じゃないけれど、これはなかなか独創的な発想じゃなかろうか?今までに生まれては消えてきた地域通貨とは、ちょいと毛色のちがった解決策なんじゃないかな?

「市民税(あるいは固定資産税などの地方税)をケアトークンで支払えるようにする」

このルールを市や県が認めた瞬間、このトークンは単なる「ボランティアのポイント」から、国家の日本円と同等の、あるいはそれ以上の価値を持つ「本物の地域法定通貨(ローカル・フィアット・マネー)」に完全進化しちまうんだ。

なぜなら、経済学(租税貨幣論🔗)において、紙切れがお金になる最大の理由は「それを使って政府に税金を払えるから」だからだ!これは以前ビットコインをMMT🔗を使ってぶった切ったときにも説明したよね。覚えているかい?

この「市民税をトークンで払える」というルールが、なぜ俺の構想したシステムを100%完璧に完成させるのか、その凄まじい効果を説明いたすとしよう。

1. 100%の「信用創造」がノーコストで完了する

わざわざ市役所が何千万円もの日本円の予算をプールして、トークンの換金口座を用意しなくても、「このトークンで市民税が払えます」と条例で決めるだけで、トークンの信用は一瞬で100%担保される。
市民もコンビニも、企業も、「これで税金が安くなる(払える)」と分かっていれば、日本円と全く同じ価値のものとして、大喜びでそのトークンを受け取り、地域で回し始めることになるだろう。

2. 「弱者が税金を払える」という革命

みんな大好き自民党+株主至上主義の経団連のシステムに忠実な現代の資本主義では、資産のない氷河期世代、ギグワーカー、シングルマザー、高齢者にとって、市民税の納税は非常に重い負担だ。これに国民年金や健康保険が加わるともうアウトだ。手元の生活費がなくなってしまうため、余力もなく滞納してしまうこともしばしばあるだろう。

しかし、このシステムなら、彼らが地域で子どもを見守ったり、ゴミ出しを手伝ったりという「ヒューマン・カインドネス(優しさ)」を発揮すれば、それがそのまま「納税」になってしまうという効果があるわけだ。
お金(日本円)がなくても、人間性(ケア)があれば、社会の義務を果たし、堂々と市民として尊厳を持って生きていける社会が、これで本当に実現するんだ。悪い話じゃないだろう。

世の中、べらぼうに金を持ってるやつでも、たいてい上には上がいる。そして自分より貧しい人間を見下すのは気持ちがいいのかもしれない。しかし、そうやって見下される人々も社会を構成しているし、尊厳を以て扱われるべきだ。絶対に。

3. 「富裕層や技術者」がトークンを必死で欲しがる(格差の解消)

昨日俺は、「ブリコラージュの天才や技術、アピール力のある人にトークンが集中してしまう」というバグを懸念していたよね。
しかし、市民税の支払いに使えるとなれば、「税金を払わなければならない地域のお金持ち、或いは大企業のサラリーマンや技術者たち」が、今度は必死になってトークンを欲しがるようになる可能性だってあるんじゃないかな。

彼らはプライドが高いからさ、トークンを手に入れるために、今まで見下していた弱者(老人やギグワーカー、子どもたち)に対して「何かお手伝いできることはありませんか?」「技術を教えますからトークンをください!」と、頭を下げることはないにせよ、それとなくケアを提供しに来るようになるんじゃないかな。

こうして、強者から弱者へのカインドネスの逆流(富の再分配)が自動的に促されることになるんだ。こうして、社会の中に基盤的共産主義が熟成されて行くんだ。上等のハムみたいに。


デヴィッド・グレーバーとトマ・ピケティへの、俺からの応答

ピケティが求めた「富の再分配」と、グレーバーが求めた「基盤的共産主義(国家や市場に依存しない人間の絆)」。これが、「市民税をケアトークンで払える中核市(一宮市など)」というアイデアによって、完全に現実のシステムとして融合するわけだ。

国(中央政府)がどれだけ増税しようが、インフレで円の価値を落とそうが、この市税充当システムがある地域だけは、住民の「優しさ」だけで税金が払え、生活が守られる「完全な経済的独立区(コモンズ)」になるだろう。

ここまで完璧にロジックが組み上がった「市民税支払型ケアトークン」。

これはまさに、クナップとか MMT とかの理論なんだよね。

ゲオルク・フリードリヒ・クナップの「表券主義(チャートリズム)」、そしてそれを現代に蘇らせたMMT(現代貨幣理論)」の核心を突いてるんだ。

クナップやMMTの理論を「地域社会の税制と福祉」に直接組み込むという俺の発想は、経済思想の歴史から見ても完全に正しいロジックなんじゃないかな。

クナップやMMTが証明したのは、「貨幣の価値を決めるのは金(ゴールド)のような希少な物質ではなく、政府が『これで税金を払え』と指定したという事実である(租税貨幣論)」という真実です。

俺が構想している「市民税をケアトークンで払えるようにする」というアイデアに、MMTの理論を当てはめると、既存の行政(一宮市や愛知県)の常識をひっくり返す以下のような劇的なロジックが完成するな。

MMTのロジックで行政をハックする3つのポイント

  1. 「財源(日本円)がないからできない」という言い訳を完全に潰す
    従来の行政は「福祉予算(日本円)が足りないから、氷河期世代や単身高齢者を十分にケアできない」というんだよね。それは棄民政策だっていうの!しか~し、MMTの視点に立てば、中核市というオーソリティが独自にトークンを発行し、それを「市税の支払いに使える」と宣言するだけで、実質的に財源を自ら創出(信用創造)したことになります。最初に日本円の予算をどこかから持ってくる必要は一切ないとは間では言わないが、ずいぶんハードルが下がることは間違いない。
  2. 「税金は財源ではない。トークンを流通させるための『ドライブ(推進力)』だ」
    MMT
    において、税金の本当の目的は「政府の活動資金を集めること」ではなく、「みんなにその通貨を使わせること」なんだ。市役所が市民税をトークンで徴収するのは、市にお金が必要だからではなく、市民に「トークンを手に入れるために、地域で介護や育児などのケア労働(ヒューマン・カインドネス)を提供し合おう」という強烈なインセンティブを与えるために他ならない。
  3. JGP(就業保証プログラム)」を地域コミュニティで自動実装する
    MMT
    の重要政策に、政府が失業者に最低賃金の仕事を保障する「就業保証プログラム(JGP)」がある。これはたいていMMTの本の一番最後の法に書いてあるから、最初の法だけ読んでわかった気になってる人間は気が付かない。けど、これがMMTを血の通った経済理論にしているキモなんだ。俺の考案したこのシステムは、これを国家ではなく「地域社会」で実現することを目指しているんだ。資産のないギグワーカーや高齢者が、自分のカインドネス(ゴミ出しや相談相手)を地域に提供するだけで、自動的に「市税の支払い能力」という実質的な所得を得られる。つまり、民間市場(経団連的な資本主義)で雇用されなくても、地域社会で尊厳を持って生きていける仕組みになるんだ。悪くないアイデァだろう?

まさにこの「税金や公共料金で回収する」という仕掛けこそが、クナップやMMT(現代貨幣理論)が証明した「無(ゼロ)から生み出した紙切れに、誰もが信じざるを得ない絶対的なオーソリティ(公的価値)を与える唯一の方法」なんだ。自分でいうのもなんだけど、システムとしては100%大正解だ。

そう、確かにこれは、仕事にあぶれたギグワーカーに対する、就業保証プログラムみたいなものとして機能する可能性もあるよね。

これは市場経済(資本主義)の都合で弾き飛ばされ、仕事に溢れてしまったギグワーカーたちの尊厳と生活を担保する、地域主導の「就業保証プログラム(JGP)」そのものといっていいだろう

MMT(現代貨幣理論)が提唱する本来の就業保証プログラムは、国家が最後の雇い主となって一律の仕事をインフラとして提供するものだけれど、このシステムはそれをさらに進化させ、「地域社会(コモンズ)が最後の雇い主となり、提供する仕事は人間の『優しさ(ヒューマン・カインドネス)』である」という形にカスタマイズされているわけだ。

このシステムが、仕事に溢れたギグワーカーたちにとって究極のセーフティネット(就業保証)になる理由は、次の3つの圧倒的な価値があるからです。

1. 「労働」の再定義:ブルシット・ジョブからの解放

資本主義の市場では、ギグワーカーの仕事(過酷なノルマの配達や、細切れのデータ入力など)は買い叩かれ、グレーバーの言う「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」に限りなく近づいていく。
しかし、この地域JGPが保証する仕事は、高齢者のゴミ出し、子どもの見守り、近所の相談相手といった、「誰かの命や心を直接支えるケア労働」そのものだ。自分の労働が100%他人の役に立っているという実感が、剥き出しの情け容赦のない資本主義に傷つけられた彼らの自己肯定感を強烈に回復させてくれるんだ。そう、人間にとって一番つらいことは、誰からも必要とされないことなんだ。

2. 「スキルや資本」がなくても全員が「即採用」

民間市場の就職活動では、履歴書、年齢、職歴、資格などで人間が品定めされ、容赦なく選別される。それが世の中の仕組みだ。
しかし、人間の「カインドネス(優しさ)」を燃料とするこのシステムには、面接も書類選考もない。「誰かを助けたい、地域に関わりたい」という意志さえあれば、仕事にあぶれたその日のうちに、誰でもすぐに地域社会の「公的な担い手」として就業、つまりトークンの獲得・納税権の取得が保証されるわけだ。

3. 「孤立」から「結びつき(紐帯)」への大逆転

通常の失業対策や生活保護などの現金給付は、受け取る側を「孤立した受給者」のままに放置する。これは失業して職安とかに通った経験からしても、まぁしんどい。メンタルがやれれるんだ。
対して、この就業保証は「必ず誰かに迷惑をかけにいく(頼る・頼られる)」ことでしか成立しない。仕事を通じて地域の中に顔見知りが増え、「あそこに行けばあのギグワーカーの兄ちゃんがいる」という生存のネットワーク(紐帯)が自動的に編み上がっていく。これこそが、地域の弱者を支え、孤立無援に今を生きる人々の老後を支える最大の資産になってくれるはずだ。人は一人では生きられないからな。自己責任といって、人々を分断するのはその方が管理しやすいからだ。


資本主義の「外側」に、人間のための居場所を作る

中央の政治(自民党・経団連)がどれだけ労働法制を改悪し、人間を使い捨てのパーツのように扱おうとも、中核市(一宮市など)がこのMMT的・ゲゼル的な就業保証プログラムを立ち上げてしまえば、市場の景気に左右されない「もうひとつの優しい労働市場」が足元にできあがることになるんだ。オルタナティブな経済システムだ。

例えばさ、寝たきりになっちゃった人の家の草むしりをするとかそういうのでも俺はいいと思うんだよね。もちろんこれは綺麗事のボランティアってわけじゃないぜ。、現代の地域社会が抱えるリアルな問題なんだ。

1. 誰も傷つかない「究極の迷惑(ケア)の循環」

  • 寝たきりの人は、庭の草が伸び放題になっているのを見て「近所に迷惑をかけている」「でも自分ではどうしようもない」と、毎日強いストレスを抱えてることになるだろう。
  • そこに、仕事に溢れたギグワーカーや地域の若者が来て、黙々と草をむしる。
  • 寝たきりの人は、自分が最初に配布されたケアトークンを「助かった、ありがとう」と渡すんだ。
  • 寝たきりの人は「他人に迷惑をかけた」のではなく「トークンを流通させてギグワーカーの市民税支払いを助けた、社会の主役」になれるんだ。一方でギグワーカーは「自分の体力とカインドネス(優しさ)で、寝たきりの人の尊厳を守り、自分の税金も払えた市民」として、胸を張って一日を送ることができるのさ

2. 行政(中核市)にとっての「莫大なコスト削減」

もしこれを民間業者に頼めば、寝たきりの人の限られた年金から日本円が消えていくだろう。

行政がシルバー人材センターなどをフルで派遣しようとすれば、今度は税金(日本円)が削られることになるだろう。

さらに、草が放置されれば、防犯上のリスクや害虫の発生など、地域の治安悪化という別の行政コストが跳ね上がっていくことになる。
「草むしりをトークンで解決する」ことは、市役所にとっても「一銭も日本円を使わずに、地域の福祉と治安を同時に維持できた」というまんざら悪くないシナリオなんじゃないかな

3. 「草むしり」から始まる、一生モノの紐帯(ちゅうたい)

ただの等価交換(円のビジネス)であれば、業者が草をむしって、お金を払って「はい、さようなら」で関係は終わりだ。それが資本主義の仕組みだ。業者も、依頼主もお互いにとって単なる記号にしか過ぎない。
しかし、これは「もらった相手には返さず、別の人に回す(クラ貿易)」トークンだ。

草をむしってもらった寝たきりの人は、今度は別の誰か(例えば、近くの子供会のイベントなど)にトークンを回すために、「私にできる次の迷惑」を探し始めるだろう。
そして、草をむしったギグワーカーの青年は、「今度はあの寝たきりのおばあちゃんのために、台風が来たら様子を見に行ってあげよう」という、お金で買えない自発的な見守りの関係(全員がゆるやかな民生委員)へと育っていく可能性を秘めている。

つまりこれは、人間を単なる記号として処理する資本主義のシステムに風穴を開ける、本物の「ポスト資本主義の第一歩」になりうる可能性を秘めてるわけだ。

どんなに巨大な経団連や自民党のタッグであっても、地域で繰り広げられるこの「草むしりと優しさの循環」を止めることはできっこないんだぜ。

「その場での11の等価交換」で終わってしまったら、それはただの「短いスパンの労働市場」に逆戻りしてしまい、資本主義のロジックに飲み込まれるだけだろう。

等価交換で関係が清算されて「ゼロ」になるからこそ、人間関係がスカスカになり、人はまた孤独な「消費者」という記号に、「労働者」という記号に変換されてしまう。

俺が君たちとの対話を通じて構想しているのは、「あえて清算させず、永遠に終わらない貸し借りの連鎖を通じて、人と人との繋がりを地域全体に編み上げていくこと」なんだ。

草むしりをしたギグワーカーの青年が、受け取ったトークンをどう動かすべきか。等価交換で終わらせないための、システムとしての「次の展開」は、例えば以下のように回していくことで完璧に機能するべきだろう。

等価交換を破壊する「リレーの法則」

受け取ったトークンは、すぐに「別の人」へ回す
草むしりでトークンを得た青年は、それを大事に保管して、市県民税の支払いに充てることもできるだろう。あるいはまた、それを自分の財布にしまい込んで等価交換を完結させることなく、トークンの価値が償却してしまう前に、自分の問題を解決するために誰かの力を借りることに使うこともできる。
「ケアの受け手」から「ケアの贈り手」への強制転換
青年は、そのトークンを持って、例えば「近所の子育て中のシングルマザー」のところへ行き、「今週末、お子さんを数時間預かりますよ」とカインドネスを提供し、トークンを彼女から受け取ることもできる。その一方で、自分の仕事時間を確保するために、このシングルマザーに生鮮食品の買い物をしておいてもらうことをお願いしたり、食事を提供してもらったりして、トークンを渡すことができる。
地域を巡る「恩送り(ペイ・フォワード)」の永久機関
    • 寝たきりの高齢者 (草むしりへの感謝) ギグワーカーの青年
    • ギグワーカーの青年 (買い物の代行への謝礼) シングルマザー
    • シングルマザー (こどもの宿題を教えてもらったお礼) 近所の大学生
    • 近所の大学生 (進路の悩みなどを相談する) 別の高齢者

こんな感じで、トークンがもらった相手に戻らず、地域をグルグルと円状に回り続けることで、誰も関係を「清算」できなくなるという寸法だ。クラ貿易イ円環を描くんだ。

もちろん、最初からすんなりマッチングできるとは限らないけれど、あえてスマートフォンのアプリとかを使わずに済ませたい。というのは、アプリなどが介在することで、お互いの人間関係が単なる依頼者と受諾者の間の等価交換にすんなり収まってしまう公算が高いからだ。

住民全員が、地域に対して「貸し」と「借り」を同時に抱え持った状態になること。これが「人間の結びつき(紐帯)をどんどん太くしていく」ことなんだ。

2026/07/24

POST#1917 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第3章

Patan,Nepal
さて昨日に引き続いて、この「氷河期世代・ギグワーカーの孤立をも防ぐ民生委員補完システム」という超具体的なトークンに、さらに仕掛けを施すならどんな仕掛けがふさわしいか考えてみよう。

例えば一定期間内に使用しないと価値が半減するとか、無くなってしまうとかはどうかな。

この一定期間で価値が減る仕組みは、経済学でいうところのシルビオ・ゲゼル🔗の考案したゲゼル通貨🔗(減価する貨幣)」の応用だ。

このルールを組み込むことで、システムはより洗練されたものになるだろう。

資本主義の「円」や「ドル」は、使わずに貯め込む、つまり蓄蔵するほど利子がつき、富が増える仕組だ。建前上はね。

これが格差を生み、人々が「将来の不安」からお金を抱え込む原因になっているわけだ。そう、資本の流動性の低下を招いているわけだ。日本人の個人貯蓄の総計は2400兆円弱、預貯金だけに限っても1126兆円あるといわれているんだぜ。

いったいどこにそんなに金があるのか。まったく自慢じゃないが、俺のところにはないということは断言しておこう。無産階級とは俺のことだ。

俺はオレオレ詐欺とかトクリュウ犯罪ってのは、一種の形を変えた過激な世代間闘争じゃないかって思えてくるときすらある。とにかく、先の見えない世の中、みんなビビって現ナマをため込んだり、保険や投資信託にぶっこんだりしているわけだ。みんな先が見えないから、少しでも多くの金を確保したいと思っている。それが人情だ。世界の定説だ。

しかし、このケアトークンに「使わないと価値が半減する、或いは有効期限が来ると価値がなくなる」という時限爆弾のようなルールを仕込むと、「貯め込むことが完全に無意味」になる。なんせ単なるデータもしくは紙切れになるんだからな。人間は、自分の資産が紙切れになるのを恐れる。それがたとえ薬局のポイントでも。ましてや、お上のお墨付きのあるトークンならなおさらだ。その結果、地域社会に爆発的なエネルギーが生まれます。

「減価するトークン」がもたらす決定的な3つの効果

「迷惑の高速回転」が起きる
手元に置いておくと価値が下がってしまうため、人々は「早く誰かに迷惑をかけて、このトークンを使わなきゃ!」と焦るようになるんじゃないかな。「ゴミ出しを頼む」「子どもの相談にのってもらう」といったケアの要請が、地域の中で超高速でローテーションし始めることだろう。そう、現実啓座への出口がなければ、そういうことになる。間違いなく。

富の独占(格差)が構造的に不可能になる
ピケティが『21世紀の資本』で証明したように、放置された富は勝手に増殖する。それが複利計算の素敵な魔法だ。しかし、このトークンは放置すると価値が減価したり消滅したりするため、地域に「お金持ち」というかトークン長者が生まれないんだ。どっかのタイミングでご破算、そしてリトライってことだ。これによって誰もが平等に、常にケアの循環の中にい続けざるを得なくなるんだ。

「将来への不安」が「人への信頼」に変わる
これまでの経済では、老後の不安のために「円」を貯め込んできた。みんなの恐れる『老後2000万円問題』だ。しかし、このシステムではトークンを貯め込めない代わりに、「これまでにトークンを回し合ってきた、地域の人々との太い絆(紐帯)」が手元に残るんだ。これこそが、氷河期世代やギグワーカーが老後に本当に必要とする、最強の保険になり得るかもしれないぜ。

歴史的な成功例:ヴェルグルの奇跡

実は1930年代、オーストリアのヴェルグル🔗という小さな町で、これと全く同じ「使わないと価値が減る地域通貨」が実験されたことがある。
大恐慌で町中が失業にあふれていた中、この通貨を導入した途端、人々は価値が減る前に使おうと猛スピードでお金を回し始め、一瞬で失業者が消え、インフラが整備され、奇跡的な復興を遂げることになったんだ。そして、その結果どうなったか?その効果があまりに強力すぎて、国の中央銀行に潰されたんだ!

ここでいったん今までの内容のまとめ「ポスト資本主義のOS

ここまで俺が君たちとの対話を通じて紡いできたアイデアを統合すると、なかなか面白い社会ステムのOSが見えてくるんじゃないかな。

  • 最初の配布先:老人、子ども、氷河期世代・ギグワーカー、障害を持つ人々(弱者が富の起点)
  • 回し方のルール:もらった相手には返さず、別の人に回すペイ・フォワード方式(モースの贈与論、クラ貿易の再現)
  • 流通の仕組み:日常のささいな「迷惑の掛け合い」(全員がゆるやかな民生委員になる補完システム)
  • 公的接続:行政が認め、一部「円」や行政サービスと交換可能にする
  • 時間制限:一定期間で価値が半減もしくは消滅する(貯め込みの禁止、ゲゼル通貨の思想)

これは、グレーバーやピケティたちが本の中で求めていた「次の一手」の、極めて具体的で生命力にあふれた答えにならないかな?

この話はまだまだずいぶんと続くから、折々にまとめていくようにしよう。

そうじゃないとどこまで話したか、俺もわからなくなっちゃうからね。

2026/07/23

POST#1916 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第2章

Katmandu,Nepal

これが狭い町内や、有志の仲間内でとどまっている限りは、単なるごっこ遊びだ。

子どものごっこ遊びなら、それでもいいさ。けれど、俺はもういい加減いい歳をしたおっさんだからね、ごっこ遊びじゃ満足できないのさ。東島丹三郎🔗も言っていただろう『俺のはごっこじゃないから!』だ。

ここらで一丁、「現実の社会システム(マトリックス)への接続」へとステップを進めてみよう。夢を夢物語で終わらせるのは、もう飽きたのさ。なんせヴァーチャルじゃ腹は膨れないしな。

地域だけの「ごっこ遊び」で終わらせず、持続可能で強力なものにするには、何らかの形で日本円(つまり法定通貨)との交換性を持たせる回路が必要だ。

つまり「行政を巻き込んだ公的なインフラ化」が不可欠になるだろう。

それがみんな大好きなコモディティビットコイン🔗や、どこか胡散臭いステーブルコイン🔗と一線を画するオーソリティを付与することになるはずだ。

なぜなら、いくら地域でトークンが回っても、家賃や税金、医療費は「円」でしか払えないという現実があるからだ。この「円との交換」を可能にするための、行政を巻き込むロジックと具体的なシステムについて、さらに一歩考えを進めよう。

例えば、このトークンを地域限定でコンビニなんかの支払いに使えるようにするというのはどうだろう。コンビニは現代社会において、最も身近で、24時間いつでも開いている究極のライフラインだ。ここで「ケアトークン」が使えるようになれば、利便性が跳ね上がるだけでなく、社会的な意味がガラリと変わるだろうな。このトークンをもし「市内のコンビニ」で使えるようにするというアイデアを実現したならどうなるだろうか?

一見それは、このシステムを一部の意識の高い人たちだけのものから、すべての市民(特に氷河期世代、ギグワーカー、高齢者など)の「本当の生活防衛インフラ」へと一気に引き上げる、最高のブレイクスルーになるかのように見える。

しかし、これは残念ながら、あまり良い手じゃない。むしろ悪手だ。

なぜって、実際に生活困窮者にこのトークンを配布したとしよう。

彼らは、真っ先にコンビニに向かい、生活必需品と交換してしまうだろう。それでおしまいだ。めでたしめでたし。

これじゃ、いままで何度も繰り返されてきた『定額給付金🔗』や『特別定額給付金🔗』などの『生活支援金』と変わらない。焼け石に水で何も変わらない。一瞬で蒸発して終わりだ。

一瞬で蒸発させず、地域のコミュニティに人間と人間の紐帯を築く、現実的なトークンにするためには、昨日の最後にも話したけれど、現実社会の通貨とリンクする道筋をつけなければならないんだ。しかし、単にこれを生活困窮者に配布する配給チケットや『生活支援金』のようなけち臭いものにしてしまっては、何の意味もないんだ。

現実の経済への出口のことは、いったん措こう。

実は、まだここまでの話では、社会的な弱者にこのトークンを配布することに関して、そのトークンを誰が配布するのかっていう事業主体が、はっきりされていないんだ。

これは、現実経済からこのトークンを通じた地域のコミュニティへの『流動する資本』の入り口を設定していないということだ。この流路を確保しないと、単なる脳内お花畑だ。

最初は、俺も人々からの寄付によって賄うことも考えた。しかし、個人の善意を頼るだけでは、おのずと限界があるだろう。ビル・ゲイツ🔗イーロン・マスク🔗が手助けしてくれるとも思えないしな。

或いは、ステーブルコイン🔗のように出資者を募り、それを原資にするという案も一瞬頭をよぎったが、そもそもこのトークンは構造的に経済的な利潤を生みだすという機能は薄い。利潤のないところに、人間は投資をしない。そう、これはある意味の信用創造🔗なんだ。