2026/10/28

POST#1993 油断してでも歩ける平和な日常の価値


今日も厭きずにカニでもどうぞ。今日は京都寺町通のかに道楽。どうしてかに料理は皆これなのか?
今日は朝までたっぷり仕事をしたのに、息子の小学校の運動会があるんだ。
ほんとは先週末だったんだが、雨で延期になったのさ。
俺はいつ眠ればいい?

さて、前回の続きだ。少なくとも今の日本では、スリに会うってうこと自体があんまりないよね。

俺はいつも仕事の際に、ノースフェイスのヒューズボックス(ほら、高校生とか若い子がみんなしょってる長方形のリュックだよ)のチャックを面倒くさくて開けたまま歩いてるけど、中のものが取られたことは一度もないよ。

そもそもからして、中にはそんなに大事なものも入っていないがね。誰が必要にしてるのかわからないような書類とノートパソコンくらいさ。

京都で仕事をしていた時には、観光で来ている善良な外国人に注意されることしばしばだった。彼らは血相変えて注意してくるんだ。その度に、俺は笑ってこういったものさ。

サンキュー、ノープロブレムだ。日本は平和なんだ。

それは世界の皆さんからすれば、本当に驚くことらしい。何より今の日本の「他者を信頼できる治安の良さ」を象徴する、これ以上ない生々しい実体験になることだろう。

バックパックのチャックを開けたまま歩いていても、中身が無事というのは、海外の主要都市(特にスリが横行するヨーロッパの観光地や、アメリカの地下鉄など)の感覚からすると、「奇跡」を通り越して「都市伝説」と言われるレベルの安全さらしい。大袈裟なと呆れるが、それがグローバルスタンダードだ。世界の定説だ。

つまり、「油断して歩ける」という究極の贅沢なんだ。

世界の大方の国では、カバンのチャックを閉めて前に抱え、手で押さえて歩くのが「最低限のマナーというか自衛」とされている。

チャックが開いているバッグというのは、泥棒からすれば「どうぞ盗んでください」というサインでしかないんだそうだ。じゃあ、チャックの空いてるズボンは?(笑)

ほんの数秒、スマホに目を落とした隙や、後ろからすれ違った瞬間に、財布や貴重品は綺麗に消え去ってしまうだろう。

それに対して、日本社会では「他人のカバンが開いていても、誰も盗もうとしない(むしろ『開いてますよ』と教えてくれる親切さがある)」という、凄まじく高いレベルの「相互信頼(ソーシャルキャピタル)」が機能している。それどころか、誰も彼もがスマートフォンを見つめながら歩いている。

これがアメリカだったら、あっという間にノックアウトされて身ぐるみ剥がされることもあり得るんだ。ウルトラアリエールだ。

さて、ここで考えておきたいのが「盗まれない社会」を維持するコストだ。

日本でスリや置き引きが劇的に少ないのは、もちろん警察の優秀さもあるだろう。が、何よりも「わざわざ他人のものを盗む必要がないという社会のポテンシャルがあり、あるいは『盗むのは恥ずべきことだ』という高い規範意識が全員に共有されているからなんだ

そう、これこそ前回君たちと話し合った豊臣秀吉の刀狩りから始まり、江戸時代の朱子学によって「己を律する」ことを骨の髄まで叩き込まれてきた、歴史の地続きにあるリアリティそのものなんだ。

中国のように、お上がカメラで24時間監視しなくても、市民が「お天道様が見ている」「他人に迷惑をかけてはいけない」という内面的なブレーキを持っているからこそ、俺のノースフェイスのバッグの中身は守られているわけさ。

そして、ここに現実の重みを知らない人々との決定的な断絶がある。フォッサマグナみたいな断絶だ、

もし、海外の「ポリコレの皆さん」が俺のノースフェイスのバックパックのはなしを聞いたら、十中八九「いくらなんでもそりゃ嘘だ、そんな社会があるわけないだろ」と否定するか、「それは単一民族的で閉鎖的な特権社会だから成立しているんだ」といった、別のいちゃもんをつけてくるかもしれない。

しかし、彼らがどう言おうと、「チャックを開けたまま歩いても何も盗まれない」というのは、俺が今生きている日本の「紛れもない現実」なんだ。

なにしろ今日も全開だったしな。

この卑近で平穏な現実のありがたみを知っているからこそ、俺たちは「現実を無視した綺麗な空言」の胡散臭さにすぐ気づくこともできる。

そして日本のアニメが描く「何気ない、普通の高校生たちの日常」に、何百年もの歴史が紡いできた本物のリアリティと価値を感じることができるんだ。

もっと話を掘り下げてみよう。

右派の皆さんがなにを言おうが、既に日本社会は多様な民族構成で成り立ってる。息子の小学校にも、ムスリムの子、日系ブラジル人の子、お母さんがトルコ人と再婚し、ハーフの弟のいる子がいる。

だけど、日本に来た日系ブラジル人やトルコ人、イラク人とかネパール人、タイやミャンマーやフィリピン人とかベトナム人とか、とにかく世界の皆さんは、まぁはじめのうちは、文化の違い(あって当然だ。なきゃ面白くないだろ!)からくる多少のトラブルはある。あったとしても、しかし急速に日本人の文化に馴染んでいく。

そして、それが当たり前だと思えるようになってくんだよね。そしてついには本国に帰りたくないと思うようになるのさ。だってここは、お花畑だからな。

こいつは移民や多文化共生をめぐる議論において、非常に本質的で、現場のリアリティに根ざしたどえりゃあ重要な現実なんだ。

だいたい移民てのは、フランスのように同化を強いられるか、移民集団として社会の1階層を作って隔離されるかだ。いずれにせよ、そこには軋轢と葛藤、排除と衝突がある。

欧米の批評家の一部は「日本の治安の良さは単一民族的(排他的)だから維持できている特権だ」と片付けたがる傾向があるようだ。

しかし、現実は違う。

日系ブラジル人、イラク人、ネパール人、ベトナム人、トルコ人など、異なる文化的背景を持つ人々であっても、日本で暮らすうちに「日本の安全や快適さというリアリティ」を当たり前として受け入れ、その文化に急速に馴染んでいくというのは、日本各地の移民コミュニティで実際に起きている強力な現象だ。

特に「子どもはもう本国に戻せない」という親世代の切実な実感には、日本の社会システムが持つ圧倒的な「包摂力(インクルージョン)」が現れていると見ることができるだろう。なぜ?

まず第一に、「安全と平穏」という、人間にとって本能的な心地よさがあるだろう。

秀吉や家康、綱吉たちが長い歴史をかけて作った「銃がなく、夜中に歩けて、カバンのチャックを開けていても盗まれない社会」の快適さは、人種や国籍に関係なく、すべての人間にとって本能的に「圧倒的に心地よいもの」のはずだ。しかも、言いたいことを言っても、秘密警察にパクられたりすることもない。どこに行ってもAIカメラで監視されてることもない。黒人だからという理由で、拘束されたりすることもない。

本国では常に張り詰めていなければならなかった「防犯の緊張感」から解放され、肩の力を抜いて生きられる心地よさを一度知ってしまうと、人間はわざわざ過酷な環境へと戻りたくなくなるというものだ。

ゴミ問題や宗教慣習上のトラブルや言語の壁があっても、「ここなら命の危険がなく、普通に働いて、普通に暮らせる」という事実は、誰にとっても何よりも強力な日本の魅力なんだ。

そして「子どもを本国に戻せない」という親のリアリティ。

特に日本で生まれ育った外国籍の「子ども世代」にとって、日本のリアリティはそのまま彼らの「日常(アイデンティティ)」になる。

まずは治安のギャップがあるだろう。日本の学校に通い、友達と放課後にのんびり遊び、夜にコンビニに行くのが「普通」になった子どもにとって、銃社会や強盗・スリが日常にある本国の治安環境は、あまりにも危険で適応が難しくなるというもんさ。

そして教育環境と将来設計だ。まず、学校に銃がない、いや、街を歩く誰もが、まず銃を持っていない。

たとえいじめがあっても命の奪い合いにまでは発展しない、とは言わないが、必ずリンチを食らうわけでもない。教育、医療、交通、上下水道などのインフラが整っているという環境は、親からすれば「子どもを安全に育てられる唯一無二の場所」に映るのかもしれない。だからこそ、親たちは「もう本国には戻せない、ここで生きていこう」と決意することになるのさ。

そしてなにより、日本の「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」の強力な同化作用だ。

日本の文化や地域社会には、新しく入ってきた人々を、お説教やポリコレのルールで縛るのではなく、「日々の生活のルール(ゴミ出し、挨拶、マナー)」を通じて、じわじわと日本のリアリティの中に巻き込んでいく独自の同化力がある。ちゃんと挨拶して、ゴミ出しのルールを守れば(日本人でも、守れないやつはゴマンといるさ)、コミュニティに受け入れられる。黒人でも、ムスリムでもだ。

さっきも少し触れたけど、欧米の「多文化主義」てのは、耳には気持ちよく響くけれど、実質は人種ごとにコミュニティを完全に分断(セグリゲーション)させることが多い。結果として治安の悪いスラム(ゲットー)を生み、いつどんなきっかけで暴動が起こるのか、毎日が黒ひげ危機一発状態だ。

一方で日本は、地域社会(自治会や学校など)が「日本の普通の暮らしのルール」を共有することを求めるため、最初は衝突やトラブル(文化摩擦)があっても、次第に外国人住民も「ルールを守る側=日本の日常を維持する側」へと変わっていくという、奇妙な、それでいてプラグマティックな包摂システムがあるように見受けられるのさ。

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海外のポリコレ活動家たちは、日本のアニメに「黒人やラテン系を入れろ」と要求しているようだけど、知らんがな。彼らは「多様な人々が、日本の平穏なリアリティ(ルール)に自ら進んで馴染み、その日常の守り手になっている」という、日本の草の根のリアルな共生など見えてないんだ。

確かに日本もいじめはあるし、差別だってないとは言わない。だけど、これって圧倒的に社会のレベルが高いんじゃないかっていう気がするんだよね。

俺は今まで、いろんなところ、まあ、ユーラシアのエッサウィラから台湾までずっといろんなところを回ったけど、うーん、これに匹敵できるのは台湾ぐらいかなっていう感じだよ。

なぁ、日本社会はほんとうに没落してるのか?

俺たちは惨めな生を空費しているのか?

違うだろ?どうにも腑に落ちないぜ。

なにはともあれ、技術も社会システムも、失われたら二度とはもどならいんだ。

2026/10/27

POST#1992 秀吉の刀狩りと家康の銃規制が今の日本社会を生み出したんだ

今日もカニでも食らえ。これは静岡のかに本家だ!ファニーだな(笑)

 俺の生まれた愛知県江南市後飛保🔗って土地は、最新の歴史学研究では、あの木下藤吉郎こと後の豊臣秀吉が生まれた場所なんじゃないかという説があるらしい。奈良大学の河内将芳🔗教授が提唱しているようだ。
秀吉が生きていた時代(秀吉が関白になる際)に側近の大村由己が書かせた『天正記』内の『関白任官記』(任官之記)にある「尾張国飛保村雲」という記述を根拠としているそうだ。定説では、尾張中村つまり今の名古屋市中村区出身とされている。がしかし、もしそうだったら、木曽川の流れの生み出した自然堤防が現在の道となっているため、まっすぐ直行する道の少ない俺の生まれ故郷のうら寂しい一帯が、ちょっと面白く見えてくるってもんだ。

さて、閑話休題。

現代の日本の高いソーシャルキャピタル(社会関係資本)や「深夜3時でも安全」というリアリティは、一朝一夕でできたものでない。数秒の誤差もなく定刻に到着し出発する電車なんかもそうだ。そんなもの、世界的に見て、非常に珍しい代物だ。こんなものが、一朝一夕にできると思う方がどうかしてる。

日本のソーシャルキャピタルが、世界的に見てこれほど異常なレベルで高く維持されてきた原因の1つは、すごく遠くにあると俺はにらんでる。

そう、冒頭に話した豊臣秀吉が断行した刀狩りや、徳川家康が断行した厳格な銃規制。そこに因縁があると俺は思ってるんだ。

何百年も前に遡る豊臣秀吉の「刀狩り」と徳川家康(および江戸幕府)による徹底した「銃・武器規制」こそが、日本人の「非武装の文化」と「お互いを信頼する社会構造」の決定的なターニングポイントになったという説は、歴史学や社会学の観点からも非常に強く支持されています。

なぜその400年以上前の政策が、現代の日本の治安の良さにダイレクトに繋がっているのか、その因果関係を紐解いてみよまい。

秀吉の「刀狩り」。それは暴力の独占と「民衆の非武装化」だったんだ。

秀吉が1588年に断行した「刀狩り」の最大の功績は、「民間人が武器を持って自らを守る(自力救済の)時代」に終止符を打ったことだ。

マックス・ヴェーバー🔗が国家とは暴力の独占機構だと喝破する300年も前に、武装=暴力を権力に一元化しやがったわけだ。時代感覚が狂ってるぜ。世界には今でも住民が銃を持つことが合法とされている国はゴマンとある。

中央アジアから中近東にかけて、対テロ戦争という終わりのない戦いに挑んだアメリカは、現地の民兵に苦しめられた。そして、そのアメリカ自体も、何度学校に無差別銃撃が起こっても、国民が銃で自衛する権利を手放そうとしない。煎じ詰めればヴァイオレンスでしかヴァイオレンスを抑制できないと信じている国民性なんだ。

じゃあ、それまでの日本、つまり室町戦国時代の日本がどんな有様だったかって?

みんな黒澤明の七人の侍なんか思い浮かべるかもしれないな。無法な野武士たちの略奪にさらされ、領主からは年貢を搾り取られながらも、安全保障など期待できず、怯えながら生きる、それでいてしたたかな連中の姿だ。

しかし、現実は違ったんだ。

 農民も商人も全員が武器を持ち、村同士の境界線争いや水争いは、自分たちの武力で解決するのが当たり前だった。

清水克之🔗の『室町は今日もハードボイルド🔗』を読めば、そんな実例が詳細に記されている。わずかな土地と利権をめぐって、隣接する村落が、局地戦を繰り広げる。守護大名が配下の守護代に鎮圧を命じる。派遣された武士団とも衝突する逞しいったらありゃしない民だ。守護代は自らの手勢だけでは抑えきれず、血縁を頼って遠国より応援を呼んで、何とか仲裁・鎮圧するというほどのヴァイオレンスぶりだったわけだ。

これは現在の「誰もが銃を持って自衛するアメリカ」の構造と全く同じだ。いや、それ以上のものがある。懐かしい永井豪の漫画、バイオレンスジャック🔗や原哲夫の北斗の拳🔗みたいな世界だ。モヒカンでどこから調達したか不明なガソリンで動くバイクに乗ったならず者はいないが、ちょんまげに槍や日本刀で武装した百姓町民がそこいらでちゃんちゃんバラバラやっていたんだ。

そんな状況に終止符を打ったのが、日本全国の武力による統一を成し遂げた豊臣秀吉だ。

刀狩り以降: 武器を持つ権利を「侍(お上の警察力・軍事力)」だけに制限し、民衆から「暴力という手段」を物理的に奪いました。

それだけにとどまらず、総無事令や喧嘩停止令を発布し、武力衝突で争い、シロクロつけることを禁止したんだ。

いいかい、それは戦国時代の終わりを告げるものだったんだぜ。戦国時代の大きな特徴は、「自分の身や土地は、自分の武力で守る(自力救済)」という文化だった。秀吉はこれを法律で禁止したわけだ。今のアメリカよりも遥かに進んでいる。

惣無事令は、大名同士の私闘を禁止する命令だ。「大名間の領土争いは、戦ではなく天下人(秀吉)の裁定に委ねよ」と命じ、これに違反した島津氏や北条氏を討伐する大義名分としたわけだ。つまり、俺の言うとおりにしないと、日本中を敵に回すぞってことだ。

一方で喧嘩停止令は、 百姓・村同士の武力衝突を禁止する命令だ。山や水を巡る村同士の日常的な争いに対し、武器を使って解決しようとした者は厳罰に処されることになったわけだ。

これにより、トラブルが起きた際に「力で解決する」のではなく、「行政や話し合いで解決する」という社会的ルール(法治の基礎)へ移行する道筋が日本社会に生まれたといっても過言ではないだろう。

そして、この秀吉の敷いたレールをさらに延伸したのが徳川家康の『銃規制』だ。これこそ、世界でも類を見ない「銃の放棄」だ。

戦国時代の日本は、実は世界で最も鉄砲(火縄銃)を多く所有・製造していた「超・銃社会」だった。当時のヨーロッパ全土にあるよりも優れた銃がより多く存在していたんだ。織田信長が組織的な銃の戦術的使用を極限まで推し進めたおかげさまだ。

しかし、豊臣家を滅ぼし、元和偃武を成し遂げた徳川家康とその後の江戸幕府は、世界史でも奇跡と言われる「国家規模での鉄砲の廃絶・徹底規制」を成功させちまったんだ。

それを可能にしたのは徹底した一元管理システムだ。幕府は鉄砲の製造場所(国友や堺など)を完全にコントロールし、許可なき製造・所持を厳罰に処すとしたんだ。

また、大名といえど、江戸に鉄砲を持ち込むことは許されなかった。

250年以上続いた江戸時代を通じて、日本人は「日常空間に飛び道具(銃)が存在しない社会」を当たり前のリアリティとして骨の髄まで染み込ませてきたわけだ。そう、「銃を持たない日常」の定着だ、

この歴史的経験があるからこそ、明治維新で近代化(廃刀令など)し、戦後に銃刀法が制定された際も、日本人は大きな抵抗なく「民間人は武器を持たない」というルールを受け入れることができたわけだ。

ここに、現代のアメリカとの決定的な違いがある。

アメリカがなぜ「誰もが銃を持てる社会」から抜け出せないかと言えば、彼らの建国の歴史が「民衆が自前の銃を持ってイギリス王室(国家の暴政)と戦い、勝ち取った国」だという建国のナラティブがあるからだ。

だからこそ、これが合衆国憲法修正第2条の根拠となってるんだ。

彼らにとって、銃を捨てることは「自由の放棄」を意味するため、現実から一歩を踏み出すための歴史的土台が日本とは根本的に異なっているんだ。

銃で意見の異なる者を撃ち倒す。その考えが社会の根底にあるんだ。そして、人は必ずしも、善良ではない。だから、その銃で自らの悪をなす自由を行使して、他者を害する者は絶えない。そんな社会で、夜中の3時に若い女の子がループで都心を駆け回ることができるとお思いか?

一方で日本は、秀吉や家康という強力な統治者によって、400年も前に「民間人は武器を持たず、お互いに不意打ちで殺される恐怖のない空間」の土台が完成していたんだ。

一朝一夕ではないってのは、そういうことさ。

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「自分の身は自分で武器を持って守る」という過酷なリアリティを背負い続けているアメリカと、400年かけて「武器を持たない、他者を信頼する」というリアリティを熟成させてきた日本。

この社会の相違は、秀吉の刀狩りや家康の銃規制という歴史の超長期的な社会運営があるからこそ、「武器を持たない丸腰の女の子が、夜中に1人で出歩ける」という、世界中が嫉妬するほどのソーシャルキャピタルが今なお維持されているんだ。

これに加えて江戸時代、5代将軍綱吉などが積極的に取り組んだ朱子学の社会への復旧が、日本人の気性を決定的に変えた。

それまでは戦国の荒々しい気風を残した社会だったのが、これでがらりと変わってしまったわけだ。

『生類憐みの令🔗』で悪名たかい徳川綱吉🔗の時代における「武断政治から文治政治への大転換」と朱子学(儒教)の本格的な社会浸透こそが、日本人の気性を戦国・荒野の気風から、現代に続く「極めて道徳的で平穏な気風」へとドラスティックに変えた決定的な出来事だ。

そう、武士は戦士からサラリーマン的な官僚へと、変わったわけだ。

秀吉の刀狩りや家康の武器規制が「物理的な武装解除」だったとすれば、綱吉たちの政策は「精神的な武装解除」でだったわけだ。それまでの日本社会は「戦国の余韻」が色濃く残り、博打、辻斬り、誘拐、盗賊、そして暴力による自己主張(かぶき者など)が横行する、非常に血生臭いリアリティの中にありました。

この野蛮とも言える戦国気質が、なぜ綱吉の時代を境に「ガラリと変わった」のか?

綱吉は「戦国気質」の解体という大仕事に挑んだんだ。

5代将軍・徳川綱吉は、歴史の教科書では「生類憐みの令」の悪政ばかりが強調されがちだか、それはステレオタイプなものの見方だ。木を見て森を見ずって奴だ。

近年の歴史研究では「日本の治安と道徳観を近代レベルにまで引き上げた名君」として非常に高く再評価されているんだぜ。

命を軽視する風潮の撲滅: 当時はまだ「気に入らない奴は斬る」「行き倒れの人間や老親は捨てる」「生まれたばかりの間引き(嬰児殺し)は日常茶飯事」という、命を極めて軽く扱う戦国のリアリティが生きていた。

綱吉は「生類憐みの令」によって、動物だけでなく、捨て子、病人、老人、妊婦の保護を徹底的に義務付け、「命を大切にする」という当たり前の倫理を国家権力で人々に強制学習させたわけだ。賢人君主だな。

その一方で暴力への徹底的な処罰を推し進めたんだ。路上での喧嘩や博打、辻斬りに対して厳罰を科し、「力で物事を解決する男らしさ(=戦国価値観)」というマッチョイズムを犯罪化して、社会から徹底的に排除していったんだ。

そしてその思想的バックボーンとして、朱子学🔗(儒教)の浸透を推進して、道徳のシステム化を目論み、見事成功させたんだ。

綱吉は自ら熱心に『論語』や『易経』を講義するほどの学問の徒だった。湯島聖堂(のちの昌平坂学問所、さらに後の東京大学)を建てるなどして、朱子学🔗を統治の基本イデオロギーとして社会の隅々まで普及させたんだ。

朱子学が日本人に教え込んだのは、今も日本社会に息づく平和な「社会のリアリティ」だ。

まず秩序と役職(名分論)だ。

朱子学は、というか幕府はというべきか、親は親らしく、子は子らしく、自分の社会的立場を守り、他者と調和することを掲げた。

そして克己、つまり自己コントロールの大切さを人々に植え付けた。これによって、 己の欲望や暴力的な衝動を抑え、理性的(つまり道徳的)であることを促したんだ。

これが、武士階級だけでなく、都市の町人や農村の指導者層(名主など)を通じて文字通り「日本人のOS(基本OS)」としてインストールされて現在に至るわけだ。

この結果、日本人は「他者の目を気にし、社会のルールを守り、お互いを尊重し合う」という極めて高い社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の精神的土台を手に入れたんだ。

そして、その歴史の地続きにある「今の日本の普通」だ。

この「物理的(刀狩り・銃規制)」かつ「精神的(文治政治・朱子学)」な二段階の武装解除があったからこそ、日本は世界でも類を見ない「市民が自警団を作ったり武器を持ったりしなくても、お互いを信頼して平穏に暮らせる社会」になったわけだ。

アメリカのポリコレ活動家が「多様性がない、お花畑だ」と叩く、いじめはあっても差別はない、銃の乱射もない日本の学園アニメのあの平穏な世界も、深夜3時に女性が1人でキックボードに乗って走れる、今の日本の大通りも、その淵源は400年前の施策にあるんだ。

これらは、決してアメリカ人が妄想するような「空虚なファンタジー」などではなく、秀吉、家康、そして綱吉たちが数百年の時間をかけて人々の肉体と精神から戦国の暴力を抜き取り、血を流しながら構築してきた「現実(リアリティ)」そのものなんだぜ。

まぁだからこそ、日本人は同調圧力が強くて、お上頼みで、フランス人のように暴動を起こしてまで政府に物申したり、イギリス人のように連帯して政治を動かそうとはしないというキックバックもあるんだけどね。一言でいえば自主独立の気風を奪われたんだよ。

それに加えて、社会的な立場ある人を盲目的に支持したり、個人の自由や、人々の間の人間そのものとしての平等性に対する感性も要求も乏しくなった。悪くいえば、社会的に家畜化されたんだと言えるだろうな。

とはいえ、この安全で安定した社会の価値は世界に誇るべきものだし、失われたとされる低成長のこの30年でも、まったく損なわれていないことは、驚くべきことだし、もっと評価されるべきことだと思うぜ。

2026/10/26

POST#1991 失われた数十年を生き抜いてきて思うんだ

 

カニ将軍だかかに道楽だか。どっちでもイイや。名古屋
夜中の三時過ぎ、現場を終えて駐車場へと歩く。名古屋駅の周辺は車もまばらで、人影もない。精力的に活動しているのは、いつ終わるとも知れない現代のシューシポス🔗のようなリニア工事の作業員たちだけだ。

ふと、俺の目の前をループの電動キックボードに乗った年若い女性が走り去る。信号の向こうには、終夜営業のカラオケ屋の前に若い男女がもつれ合うようにして歓談している。

夜中の三時だ。

俺たちはそれを別段驚きもしない。けれど、そんなことが可能な国が世界にどれだけあるか、考えてみてほしい。

日本の皆さんが盲目的に大好きなアメリカはどうだろう?

ありえないだろう。自殺行為だ。すぐにレイプされるか、ループで走ってきたところをカウンターでゾンビバットなんかで強打され身ぐるみはがされることになるだろう。

そもそも、深夜に女性が一人で出歩くこと自体が自殺行為って言われるだろう。

かつて、アメリカに次いで世界第二位と言われた日本のGDPは、ここんところダダ下がりで、中国に抜かれ、ドイツに抜かれ、インドに抜かれ、そのうち20位とか30位とかまで下がるだろうと俺は考えてる。

けれど、それは縮小する一方の人口規模と、低迷する賃金(そして、賃金が上がっていないのに人件費高騰を理由に値上げが続くこの不思議よ!)、将来への不安による貯蓄額の蓄積=資本の流動性の低下という観点に照らせば、不思議などどこにもない。むしろ、当たり前のことだ。

そして、この状況をして日本は終わった、日本はオワコンだと人々は悲観する。

大丈夫、どんだけ日本が衰退してもスーダンとかみたいにはならない。むしろ、日本はある意味で世界のダウンサイジング先進国だ。

例えば、いつも日本は世界の皆様がたから、或いは国内の(羽振りのよさそうな)経済評論家の皆様から、失われた30年、失われた30年って馬鹿にされるているけど、それは単にGDPから見てるだけで、この21世も4分の1過ぎた世界で、深夜の3時に女の子が1人でループに乗って街の大通りを走れる国っていうのは世界中にどれぐらいあるか真剣に考えてみてくれよ。

或いは、仕事に行く前、俺は自分の息子と同じ年頃の小学生が、一人で電車や地下鉄に乗って学習塾にやってくるのを目にする。俺たち日本人には至極当たり前のことだ。しかし、海外ではそんなことが可能な国は限られているぜ。

サイモン・クズネッツ🔗が発案した経済指標であるGDP🔗の数字だけを切り取って「失われた30年」と一括りにする議論は、社会の本当の豊かさや、人間が安心して生きられるクオリティ・オブ・ライフ(QOL)の本質を見落としているとしかいえないだろう。

どれだけGDPが高くても、夜歩いているだけで銃撃されたり、子どもが学校や塾に独りで電車通学したり、深夜の3時に、若い女性が1人で電動キックボードに乗って大通りを走れる国は、現在の世界中を見渡しても片手で数えるしかない。もっと言えば、日本の主要都市(なぜって主要都市しかループはないからな)以外にはほぼ存在しないというのが冷酷な現実だ。

俺たちが当たり前と思っている日本のこの「日常」が、世界基準から見れば奇跡であり、経済指標以上の価値があるということさ。

まずは世界の大半の都市における「深夜3時」のリアリティだ。

アメリカやヨーロッパ、あるいは新興国の多くの大都市では、深夜3時に女性が1人で外を歩くこと自体が「自己責任」「自殺行為」とみなされているそうだ。

昼間は観光地として賑わう大通りであっても、夜間は薬物中毒者、ホームレス、ギャングの縄張りに一変する都市が珍しくない。昔、バルセロナに行った時も、このエリアは陽が暮れてから行くと危険だからいかないようにと、バルセロナ近郊に住んでいるカミさんの友人にアドバイスされたことがある。まぁ、バルセロナではスリにあったこともあるしね。

また、「乗り物」としてのキックボードそのものにもリスクがある。キックボードのように身体が剥き出しの状態で速度も遅い乗り物は、海外の治安が悪い地域では「格好の標的(強盗や暴行の対象)」になるだろう。釘でハリネズミみたいになったバットで襲われたら即死だ。車に乗ってドアをロックして移動するのが大前提の社会がほとんどだ。

アメリカのニューヨークやロンドン、パリといった、日本より一人当たりGDPが遥かに高い経済大国・都市であっても、この「夜間の個人の安全」はお金を出して買えるものではないんだぜ。だから、富裕層はゲーテッドコミュニティー🔗を作って、警備員が門番を務める塀の中に暮らしたりもする。これじゃ、自主的な牢獄と変わりないぜ。

つまり「安全」な暮らしってのは、GDPに換算されない超巨大なインフラだってことだ。

経済学で言うところのは、GDPは「どれだけお金が動いたか」の計算にすぎない。万能の指標じゃないんだ。皮肉なことに、社会が不安定で治安が悪いほうが、経済の数字(GDP)は回ることすらある。考えてごらんよ、防犯コストとして、銃が売れ、民間警備会社が儲かり、すべての家に厳重なセキュリティシステムを導入し、夜間は全員がタクシーや配車アプリ(Uber)を使わざるを得ない社会では、そのぶん安全を買うために「余計なお金」が動くのでGDPが増えていくんだ。

これに対して、日本社会の効率性はお金でカウントできない。

日本では、人々が「お互いを信頼し、犯罪が起きない」という高いモラル(社会関係資本)を持っているため、余計な防犯コストをかけずに安心して暮らせちゃうんだ。

当然ながら、この「お金を払わなくても安全が手に入る状態」は、GDPという指標には一切プラスとしてカウントされない。もちろん、犯罪そのものがないヨイコノスンデルヨイマチというわけではないけども、その手口の凶悪さと発生頻度は比べ物にならない。

つまり、「失われた30年」で経済が停滞しているとさんざん馬鹿にされながらも、この日本社会は「世界一安全で、公共インフラが維持され、医療アクセスが確保された、極めて高度な福祉社会」の基盤を崩さずに持ちこたえてきたといえるだろう。

だからこそ、海外の人は日本に熱狂するらしいぜ。

近年、インバウンド(外国人観光客)が日本に殺到し、SNSで「日本の夜の街を散歩してみた」「自動販売機が夜中にポツンと置いてあるのが信じられない」といった動画が何百万回も再生されているのは、まさにこれが理由らしい。夜の散歩も自販機も、深夜三時のループの女の子も、俺たち日本人にはなんの不思議もない。ありきたりな風景だ。しかし、日本人以外にとっては驚異的なんだとさ。よくわからん感覚だ。確かに、海外でとりわけヨーロッパで夜歩くと、どこからか視線を感じて緊張感を持つことはある。それは、身体感覚的な経験だ。

彼らにとって日本の社会ってのは、日本の映画やアニメの中だけの存在だと思っていた「現実にある安全な理想郷」そのものに見えるらしい。

経済の数字(GDP)ではアメリカや中国に負けていても、日々の生活の安心感や人間の尊厳というリアリティにおいては、日本は世界でトップクラスの豊かさを今なお維持しているといえるだろう。

日本は衰退途上国である以上に、ダウンサイジング先進国なんだ。俺たちの世代がこの世からおさらばした21世紀半ばには、日本の人口は5000万人から4000万人といったところに落ち込むだろう。その時、安全な社会という経済コストで測れない社会の真価がいかんなく発揮されるだろう。

その淵源はどこにあるのか?俺はそれは400年以上前の日本社会、まさに戦国時代の戦乱の終息期にあるとみている。そう、一朝一夕にできたものじゃない。

日本社会の独特の息苦しさの淵源も、この安心と表裏一体なんだけれどな。