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| 那覇、国際通り |
アメリカの中間選挙の結果が出た。
民主党の地滑り的な大勝だという。トランプ大王を担ぐ共和党はイラクとの戦争、それによる燃料費の高騰、関税による物価の高騰、移民排除による労働力不足によるインフレの亢進に疲弊した人々からNoを突き付けられた格好だ。
さて、それを歴史的な転換点だと浮かれるつもりはない。
なぜって、アメリカの歴史はいつだって共和党と民主党の間を振子のように揺れ動き、市民たちは、朝三暮四の猿のように、目先の生活の不満を政府のせいにしてしまう。
もっとも、今回の共和党政権は歴史的に酷かったのは間違いない。
アメリカは小さな政府で、圧倒的な権力を持つ独善的で狂信的な男にそのかじ取りを委ねていたのだから。
さて、昨日の話の続きだ。
失礼ながら、アメリカ人はまるで朝三暮四の話に出てくる猿のようだ。まぁ、日本人も大差ないがね。
「朝三暮四の猿」とは、目先の利益の違いに囚われて、結局同じであることに気づかないという例え話だ。日本人の選挙の際の投票行動もまったく朝三暮四の猿並だけどね。
ただ、アメリカのこのシステムを深く見ていくと、連中は「騙されている猿」というよりも、「朝三暮四だと分かった上で、別のリスクを避けるためにあえてその損を選んでいる」という、さらに複雑で倒錯した心理が見えてくる。つまりアメリカ人特有の強烈な2つのこだわりだ。
彼らの思考は俺たち日本人とはかなり違う。「目先の100$」より「政府への恐怖」を問題視してるんだ。
つまりアメリカ人にとって最も恐ろしいのは「お金を損すること」ではなく、「政府に自由を奪われること」なんだとさ。合理的だとか徹底的に功利主義的に見えるアメリカ人のこの性分は、実に不思議だ。
おおくの日本人は、「国が一元管理してくれれば、手続きが楽になって手数料もかからない(=実質的に得をする)」と考える。コストも抑えることができて合理的で利便性も高い。しかし、様々な個人情報を政府に差し出し、唯々諾々と政府に管理されることと表裏一体だ。
この唯々諾々と政府に管理されるということが、彼らには耐えられないんだ。
つまりアメリカ人たちは、こんなふうに思ってるってことだ。
「国が一元管理するということは、政府が私のすべての行動、住所、資産を監視できるということだ。それは独裁国家への第一歩だ」と。だから「手続きが煩雑で民間企業に大金をむしり取られる(朝三暮四の損状態だ!)」と分かっていても、「国に監視されるくらいなら、民間企業に金を払って不便な目遭う方がマシだ」という、極端な国家不信がベースにあるんだ。
その結果、トランプのような独裁者が生まれてしまったのは、大きな矛盾としか思えないがね。
彼らは「大きな政府」を徹底的に嫌うんだ。
行政が一元管理して効率化するためには、強力で大きな役所(政府)が必要なのはいうまでもないよね。しかし、アメリカ人、とりわけ保守派の皆さんには「政府は小さければ小さいほど良い(Small Government)」という思想が根強くある。まぁ、イギリスと独立戦争して、自分たちの国をおっ立てた(ついでにネイティブアメリカンも殺しまくった)お国柄だからな。リバイアサンを嫌ってるのさ。
効率化のために役所の権限を強めるくらいなら、「役所は無能で不便なままでいい。その代わり、自分たちの自由を守る」という選択をしているわけだ。
その一方で、ビックテックは人々のスマートフォンやPCでの閲覧履歴や検索履歴から、その思考、好み、性別、年代、現在位置などなど、ありとあらゆる様々なデータを分析抽出して、人々に最適化された広告を送り付ける。そして、それに対する規制も、アメリカ人は嫌う。
こうなってくると、彼らは自分たちの自由を守りたいのではなく、単に政府を信用していないだけじゃないかと勘繰りたくなるぜ。
結局、一番賢いのは「中抜きの仕組み」を作った連中なのさ。そう、一般の国民が気づかないうちに、一番得をしているのは「行政がやらないから、ウチが代わりにやってあげますよ」と間に入って手数料を取っている巨大企業(中抜き業者)に他ならない。
彼らは、国民の「政府が怖い、嫌いだ」という感情を巧みに利用し、「政府に確定申告をやらせたら増税されるぞ!」とか、「政府に国民皆保険を作らせたら社会主義国になるぞ!」とか様々なプロパガンダを流して、現在の不便なシステムを維持させ、自らの利益を守り続けています。こいつは持つものが、持たざる者に仕掛けた認知戦に他ならないな。
この「政府への恐怖」から、アメリカ人は未だに「国定の国民身分証明書(ナショナルID)」の作成にも大反対し続けている。日本のマイナンバーカードの比じゃない。
そして、この政府への不信こそがトランプを大統領に担ぎ出し、彼個人に絶大な王権のような権力を与えているのさ。まるでタイラント(暴君)かディクテテータ(独裁者)じゃないか?
この一見、矛盾しているように見える状況には、アメリカ政治の構造的な背景がある!
まずは「既存のシステム(ディープステート)」への不信感だ。
アメリカの有権者の多くが複雑な行政や既得権益(前述のロビー企業や官僚機構)に不満を募らせた結果、「この腐敗した非効率なシステムをぶち壊してくれる強力なリーダー」を求める心理が生まれたわけだ。自分たち自身が長年にわたって作り上げたものなのにな。
トランプを支持する人々からすれば、彼は「独裁者」ではなく、「国民を苦しめる不便で官僚的なシステム(彼らが言う『ディープステート』)と戦う救世主」という映り方になっとるわけですわ。認知の歪みなんだけどね。
けれど、社会システムへの不信が強すぎるがゆえに、強力な個人に権力を委ねてでも変革を望むというパラドックスが起きているわけだ。
けれどそれは、思考停止して、ただ現状が気に入らないと言ってるだけだろう?
それに対する連邦制による「権力の分散」という防波堤の存在がある。
アメリカの制度そのものは、一人のリーダーが本物の「独裁者」にならないよう、非常に強固なブレーキ(チェック&バランス)を組み込んでいる。
まず州の権限の強さだ。 冒頭の「有権者登録」や「住民票がない」という話の通り、選挙のやり方や警察権、教育、日常の行政ルールはすべて各州(知事や州議会)が握っている。権力の独占をさせない工夫なんだが、この21世紀に制度疲労を起こしていないか?だって、ここデジタル時代に不便極まりないぜ。江戸時代の日本じゃないんだから。
そこは大統領でも手を出せない領域なんだ。
たとえ大統領が連邦政府のトップとして強い権限を行使しようとしても、州の法律や州知事の権限を完全に無視して全国を一元支配することは憲法上できないようになってる。
つまり、トランプがどれほど強力な発言力を持ち、支持者から王のように慕われていたとしても、アメリカの「地方分権(バラバラであること)」というシステム自体が、国全体が一枚岩の独裁国家(タイラント)になることを防ぐ最大の防波堤としても機能しているという構造だ。
そしてやはり疑問は残る。これは「強いリーダーシップ」か「独裁」か?
アメリカでは伝統的に、強力な大統領令(Executive Order)の発動などを巡って、「これは危機を乗り越えるための強いリーダーシップだ」と評価する声と、「議会を無視した独裁的な暴挙だ」と批判する声が常に激しく対立する。年中行事みたいなもんだ。
行政の煩雑さや非効率に苦しむ国民が、強力なトップダウンの力を求めてしまう。しかし、それをやりすぎると民主主義の危機(独裁)と言われる。
アメリカは今まさに、この「自由と統制」「効率と民主主義」の激しいジレンマの渦中にあるわけだ。
まったく日本人からすると、意味不明だ。俺たち日本人の感覚からすると、「不便だし、お金もかかるし、独裁の危険まであるなら、さっさと住民票を作ってシステムを一本化すればいいのに、なぜそれをしないのか?」と、どこまでも意味不明に思えて当然だろう。
それはある意味、日本人が秀吉の刀狩りや綱吉の儒教倫理に基づいた社会OSの書き換えで、すっかりおとなしく家畜化されたとも言える日本人の感覚だ。
この「意味不明さ」の根本には、日本とアメリカの「国(政府)に対する根本的な信頼度の違い」がある。
ここが180度違うため、どれだけ議論してもお互いのシステムが理解できない平行線になってしまうんだ。
日本:お上(政府)は「お世話をしてくれる存在」
日本の歴史や文化において、役所や政府は基本的に「インフラを整え、生活を便利にし、いざという時に守ってくれる存在」という前提(信頼)があります。
だから、マイナンバーや住民票で管理されることに対しても、「手続きが楽になるなら便利でいいじゃん」という発現になる。一時期はマイナポイントとかも貰えてお得だったしね。つまり、日本人にとっての最優先事項は、「秩序、効率、そして全体の公平性」だ。
アメリカ:政府は「いつか牙をむく敵」
一方でアメリカは、イギリスの王による独裁(暴政)から独立戦争を起こして戦い勝ち取った国だ。彼らのDNAには「権力は必ず腐敗する」「政府は放っておくと国民を支配しにくる敵である」という強烈な不信感が刻まれているんだ。抗い食い止めるったって、とっくに腐敗してるんだけどね。
彼らアメリカンにとっての最優先事項は、どれだけ不便であっても「国に個人の自由を侵されないこと」だ。
「効率的で便利な社会」よりも、「不便だけど国にコントロールされない社会」の方が安全だと本気で信じているんだ。けど、俺たちからすると、国民皆保険も国民年金もないような社会なんて、想像できるか?
「意味不明なルール」が残るからこそ、アメリカ
日本人は「みんなで話し合って、一番合理的で効率的なルールを作ろう」とする民族集団だと言えるだろう。
それに対してアメリカは「誰も信用できないから、お互いに足を引っ張り合う(チェック&バランス)複雑なルールにしよう」とする個人の集団だと言えるだろう。
その結果が、
- 住民票がないから手続きがバラバラ
- 不正を防ぐためにわざわざ有権者登録をさせる
- その不便さを逆手に取って民間企業が中抜きで大儲けする
- システムにイライラした国民が「ぶっ壊してくれ!」と過激なリーダーを支持する
という、外から見ると「自業自得のループ」に陥っているように見えるわけだ。
それ、誰得なんだよ!
「便利さや効率」を何より重んじる日本の視点から見ると、アメリカのこのシステムはまさに「意味不明」の極みだよ。けど、彼らにとっては「自由を守るための必要悪(コスト)」という、交わることのない価値観の壁が存在しているんだ。まぁどっちもある意味、幻想=思い込み、刷り込みなんだけどね。
ジャン・ジャック・ルソーの説いたように、国家とは、一般意思に基づくべきものだと、俺は考えている、近代国家の基礎だ。
「国家の権力は、私利私欲を離れた『社会全体の共通の利益(一般意思)』に基づくべきだ」という考え方は、近代民主主義の最も美しい理想だ。
この哲学的視点をあてはめると、日米の国家のあり方の違い、そして日本人がアメリカを見て「意味不明」と感じる理由がさらにクリアに見えて来るだろうよ。
実は、日本とアメリカは「一般意思をどう実現するか(あるいは信じるか)」のアプローチが根本から異なっているんだ。
日本:行政が「一般意思」を体現しているという信頼
実は、右派の皆さんが大嫌いな日本国憲法に基づく日本のシステムは、ルソーの思想に近い理想を持っているんだ。
国は「社会全体の幸福や効率のために、みんなが納得する最高のシステム(住民票やマイナンバーなど)を国が作り、運営する」
国民も「お上のやることは、私利私欲ではなく『全体の利益(一般意思)』に基づいているはずだ」と比較的素直に信じられるため、国家による一元管理をすんなり受け入れちゃうわけだ。
アメリカ:「一般意思」など存在しないという不信
一方で、アメリカの建国の父たちがベースにしたのは、ルソーよりもむしろロックやモンテスキュー、マディソンといった思想家たちなんだ。彼らは「人間が集まったところに『純粋な一般意思』なんてものは存在しない。あるのは『部分意思(派閥や個人の利権)』のぶつかり合いだけだ」と冷徹に考えたんだ。ぶっちゃけて言えば、まぁ、社会とは力と力のせめぎあいという思想だ。
「社会の共通の利益」を掲げて登場する権力者(トランプ氏のような強力なリーダーも含め)であっても、一歩間違えれば自分の利益のために国民を弾圧するタイラント(独裁者)に化ける可能性がある。
だから、アメリカは「一般意思」という綺麗な理想をハナから信用せず、「誰かが権力を握っても独裁できないよう、最初からシステムをバラバラ(非効率)にしておく」という道を選んだわけだ。
理想の不全、あるいは皮肉
俺が常々主張しているように、国家が「一般意思(全体の幸福)」に基づくべきだとすれば、アメリカの現状はあまりに歪んでいるようにしかみえない。
「政府の暴走を防ぐ」という名目でバラバラにした隙間を、民間企業が「特殊意思(自社の利益)」で埋め尽くし、中抜きで大儲けしているだろう?
結果として、国民全体の利益(一般意思)はないがしろにされ、一人の強力なリーダーの登場に熱狂する土壌まで作ってしまった。そして、持つものと、持たざるものの格差は、理論的には無限に拡大していく。
「一般意思」を信じて国家を信頼し、効率的で安全な社会を作った日本。
「一般意思」を疑って国家を縛り、非効率と引き換えに個人の自由(と剥き出しの資本主義)を守ろうとするアメリカ。
国家のあるべき姿として、この「理想の置きどころ」の違いをどう捉えるべきか、俺はいま君たちに、非常に深い問いを投げかけているんだ。
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