2026/10/18

POST#1986 戦争したがる奴が平和を守ってるんだとさ、ケッ!

 

再び、ベトナム阮朝の旧都フエ。観光客向けのエリアの裏通り

明け方に帰ってきて、電子レンジで食事を温めて、もそもそと食事を摂る。

そして届いたばかりの新聞、すでに昨日の旧聞に化してしまった新聞を読みながらおかずを噛みしめる。うちは子供の頃から試験に出る朝日新聞だ。おかげさまで、立派なパヨクに育ったぜ!俺ら尾張人はジャイアンツ文化圏ではないので、読売新聞なんて読ませんて。

アメリカの大統領が、GDP比3.5%の防衛費支出がグローバルスタンダードだと言っている。とろくさいこと言ってござる。

要は、日本も防衛費を爆上げして、アメリカから武器をしこたま買ってくれ!と言ってるわけだ。

さて、そもそも侵略戦争は、現代の国際法理では禁止されている。だからロシアはウクライナに対して『特別軍事作戦』とかいう靴の上から水虫を掻くみたいなことを言ってるし、アメリカはイランに『宣戦布告』しない。ベネズエラの時もイランの時も不意打ちだ。

昔日本が真珠湾攻撃の時に宣戦布告が遅れたのを、今でもネチネチと持ち出すお国柄なのにな。

さて、そこから考えると、国連憲章や国際法を無視して他国に侵略する国がいるからこそ防衛費がGDP比3.5%必要だっていうことなんだと思うけど、他の国に一番侵略戦争を仕掛けてるのはどこの国か考えてみよう。

国際法違反の侵略行為や他国への軍事介入の頻度については、歴史的な期間の区切り方や「侵略」「介入」の定義、またどの機関の報告を基準にするかによって議論が異なり、複数の異なる指摘が存在するのはまぁ一旦保留しよう。俺は研究者じゃない。単なるフリーシンカーだ。

①米国の軍事介入に関する指摘

国際関係の研究や一部の批判的なデータ分析において、第二次世界大戦以降の時期に最も多く他国への軍事介入や政権転覆の関与を行ってきたのはアメリカ合衆国であるという指摘がある。というか、この国は建国以来、ほとんどの期間を対外戦争に費やしてきた。戦争してないと経済が回らないという、泳ぎ続けるマグロのような国だ。

まずは軍事介入プロジェクト(MIP)などの研究を見てみよう。

 米国のタフツ大学などの研究チームがまとめたデータ(Military Intervention Project)によると、米国は建国以来、特に第二次世界大戦後から現在にかけて、1990年代のバルカン半島、2000年代のアフガニスタンやイラク、リビアなど、世界各地で最も多くの軍事介入・武力行使を行ってきた国として記録されているそうな。

対外戦争のチャンピオンだ。そして自らの国だが線上になったことは、遥か大昔の独立戦争か南北戦争しかない。彼らにとって、戦争は自分たちの国以外で起きるエンターテインメントのような娯楽なのかもしれないな。

このアメリカの姿勢には、多くの批判が呈されてる。その論点とは、2003年のイラク戦争のように、国連安全保障理事会🔗の明確な決議がないまま行われた軍事行動は、多くの国際法学者や諸外国から国際法違反の「侵略行為」であるとして激しく批判されている。今回のベネズエラやイランに対する攻撃も、いずれは『侵略行為』だと歴史は評価するだろう。今はトランプの理不尽な怒りが怖くて誰も何も言わないがね。

いずれにせよ、アメリカは『侵略戦争』のチャンピオンだ。これに異論のある人はいますか?

一方で、国連憲章が禁じる「主権および領土一体性の侵害(侵略)」という観点からは、ロシアや中国など他の主要国による軍事行動も国際社会で極めて重大な国際法違反として位置づけられ、非難されているのはもちろんだ。 

ロシアによる侵略:と言えば、やはりこれだろう。

2014年のクリミア併合や、2022年以降のウクライナへの全面的な軍事侵攻は、国連総会でも圧倒的な多数で「国連憲章に違反する侵略行為」として非難決議が採択されている。

近年の明確な「他国領土の武力による奪取・侵略」という意味において、ロシアは国際社会から最も強い非難を受けている国の一つだ。要はアメリカよりもやり方が露骨で、アメリカに対するほど批判しても、ロシアからの仕返しが大したことないってことだ。最もロシア国内で批判すれば、ポロニウム🔗で毒殺間違いなしだ。

一方で、日本の皆さんが大好きな中華人民共和国の軍事活動を見てみよう。アメリカやロシアに比べたら、今のところ慎ましいものさ。

台湾周辺や南シナ海における力による現状変更の試み、過去の中越戦争(1979年)などが、地域の安定や国際法(国連海洋法条約など)への挑戦として指摘されている。例の九段線🔗などで南シナ海の領有権を主張して周辺諸国に嫌がらせをしたり、ぼろ負けして逃げ帰った中越戦争だ。

他国に最も軍事介入を行ってきた国として「アメリカ合衆国」が挙げられる一方で、主権国家の領土を武力で直接占領・併合しようとする明白な国際法違反(侵略)の文脈では「ロシア」などの行動が強く問題視されているわけだ。

アメリカでもロシアでも中国でもいいけれど、これらの国は、国連安全保障理事会という、国際的な安全保障を協議する機関の理事国なわけなんですよね。しかも常任理事国。これ、第二次世界大戦の遺産なんだけど、おかしくないかね?

国連安全保障理事会(安保理)の常任理事国(アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス)みずからが、国際法に違反するような軍事介入や侵略行為を行っている、あるいはそれらを拒否権によって正当化しているという現状に対しては、国際社会や専門家の間からも「矛盾している」「制度として機能していない」という極めて強い批判や不満が常に存在してるんだ。イギリスだってフォークランド紛争をやらかしたり、フランスだってインドシナ戦争(をベトナム人相手に)やらかしてきた豊かな事例がある!

この状況がなぜ生まれ、なぜ維持されているのかについては、主に以下のような背景や国際政治の現実があるのを君は知っているかな?

1. 歴史的な成り立ち:第二次世界大戦の「勝者の同盟」

国連および安保理の仕組みは、1945年の第二次世界大戦の戦勝国(主要同盟国)を中心に作られました。そう、国連=国際連合というのは、国際連合軍を意味してるわけだ。

当時のトルーマンとかルーズベルトとか蒋介石(これ味噌。毛沢東の共産政府じゃなくて、国民党政府だったのね)やスターリン!とかは、「世界大戦を二度と起こさないためには、強大な軍事力を持つ主要国、つまり軍事大国が一致して責任を持つ必要がある」と考えたわけだ。そこで、連合国の大国同士の意見一致の原則が設けられ、その協議の場として安全保障理事会が設けられたわけだ。更に、その常任理事国にはアメリカ、ソ連、イギリス、フランス、国民党中国が据えられたわけだ。で、いつのまにか国民党の中華民国は共産党の中華人民共和国と入れ替わり、ソ連崩壊のどさくさに紛れて、ロシアはそのままその位置をキープした。

一方で、日本やドイツなどの旧枢軸国は、常任理事国にはなれない。なぜって、かつてのお騒がせ侵略国家だったから。いまだに旧敵国条項というのが国連には残ってて、日本もドイツもその条項に縛られてる。これもあって、日本もドイツもアメリカのミニオンにならざるを得ないわけだ。

もし大国のどれか一つでも反対する決定を国連が強行すれば、その大国が国連を脱退し、結果として再び世界大戦につながるという懸念がありました。そのため、五大国には強力な「拒否権(Veto)」が与えられたわけだ。

昔のソ連はいつも拒否権の発動ばかりしていたから、ソ連の国連大使はMr.ニエット(ロシア語でNoね)という渾名をつけられたほどだ。笑えるぜ。

2. 「拒否権」がもたらす構造的な矛盾

本来は世界の平和を維持するための特権であった拒否権が、現在では常任理事国みずからの行動や、その同盟国の行為を守るための防壁として使われているという本末転倒な付が回ってきているのが、現在の世界だ。思わず笑えてくるぜ。

国連安保理はここんとこ数十年、ほとんど機能不全だ。例えば2003年のイラク戦争の際、米国を非難する決議は成立せず、2022年のウクライナ侵攻の際も、ロシアを非難する安保理決議案はロシア自身の拒否権によって否決されちまった。

しかし、この状況を少し冷静に整理して考えてみてほしい。「警察官が自らルールを破っても、自分の逮捕状に拒否権を使える」という状態に例るしかないような茶番劇が繰り返されている。こいつは現在の国際法における最大の制度的欠陥としてしばしば指摘されてる代物なんだ。なんてったって、一番人を殺してるのが警察官ってことだからな。まぁ、アメリカって社会も似たようなもんか。自由と平等の国とかいう幻想は、そろそろ捨てたほうがいい。金を持った白人にとっては自由と平等で格差を気にしなくて済む国だくらいに考えておこうよ。

3. なぜ変えられないのか?

この構造がおかしいという認識は世界中で共有されており、安保理改革の議論は数十年にわたり続けられています。日本やドイツ、インド、ブラジル(G4)などは常任理事国の拡大を訴えていますが、改革が進まないのには以下の理由がある。

この5大国の大旦那さんたちは、憲章改正にも拒否権を持ってるんだな。

 国連憲章を改正して安保理の仕組みを変えるためには、現在の常任理事国5カ国すべてが同意(批准)しなければならないんだ。しかし、自らの特権を薄める改革に5カ国がそろって賛成することは極めて困難というか、まぁありえないよな。

そして利害の一致の難しさって問題もある。

日本の常任理事国入りに中国や韓国が反対する、インドの加盟にパキスタンが反対するなど地域ごとの主導権争いもあり、加盟国全体で一貫した合意形成ができない。これにはいろんな歴史的な抜き差しならない事情がある。

制度としての倫理的な正当性や「おかしさ」という観点からは、とんでもない矛盾の塊だ。しかし、国際政治の実効性(リアリズム)の観点からは、「これら核保有大国を国際協調の枠組み(国連)に繋ぎ止めておくための必要悪」として、不完全なまま維持されているのが現在の国際社会の現実らしい。こうしてあきらめムードの中、世の中はどんどん悪くなっていくのさ。

これは要はさ、泥棒が普通の家はセコムとかに契約するもんですよと警備会社のセキュリティをお勧めしておいて、実はその警備会社が泥棒集団みたいな話だ。こんな茶番を信じていられるなら、風刺のきいてないコントで馬鹿笑いするのも無理はないぜ。

この例えは、安保理の常任理事国が抱える「ルールを作る側でありながら、自らそれを破り、さらに他国に防衛を迫る」という矛盾した構図を表してるんだ。

まさに「セキュリティを売っている本人が、裏で他人の家に押し入っているではないか」という不条理さだ。あまりに不条理で理解に苦しむぜ。

そう、「警備会社」自体が最大のリスクというのが常識の遥か上を行く超現実なんだ。

民間企業のALSOKやセコムであれば、もし信頼を裏切るような犯罪行為をすれば契約を解除され、警察に逮捕されるだろう。法人としての信頼は地に落ちることなるだろう。

しかし、国際社会には国連の上に立つ「世界警察」や「裁判所」が存在しない。あ、ICCはあるけれど、トランプのわがままで、風前の灯火だ。

安全保障の「警備」を担えるほどの強大な軍事力(核兵器など)を持っているのが、まさにその常任理事国であるという現実がある。安全保障理事会ってのは、要は核兵器愛好会なんだ。力こそ正義って考えだ。

「そんな剣呑な武器を持ってる連中が暴れないようにするために、彼らを警備会社の幹部(常任理事国)にして機嫌を取っておく」という、本末転倒な仕組みにならざるを得なかったのが現在の国際連盟の限界だな。まるで、モンティパイソンみたいな喜劇がhっ現実に起きて世界をハチャメチャにしてるのさ。

そこで「防衛費3.5%」が表す二面性が浮かび上がるのさ。

アメリカが主張する「GDP比3.5%の防衛費」というグローバルスタンダードに対しても、マッチポンプのような構造を持った欺瞞の二面性がある。

実際にロシアや中国といった大国による現状変更(侵略リスク)が目の前にある国々(東欧や台湾周辺、つまり日本だ)にとっては、身を守るために民間防衛や防衛費の増額(セキュリティ契約)を急がざるを得ないのは事実です。けど、そのロシアも中国も、国連安全保障理事会常任理事国なんだけどね。

 一方で、最も多くの軍事介入を行い、世界最大の武器輸出組織でもあるアメリカから「防衛費を増やせ」と言われることに対しては、「自国の軍事産業の利益や、自国の安全保障戦略の負担を同盟国に肩代わりさせるためのセールストークではないか」という疑惑しか感じられないぜ。

だって、防衛費GDP比3.5%が国際的なスタンダードなんて、単なる幻想だろう?

日本以上の防衛費13兆円をかけて、アメリカからバカ高い武器を爆買いしたサウジアラビアだって、フーシ派の低コスト攻撃の前に手をこまねいているのが、この21世紀の現実だ。

国際法や国連という「綺麗なお題目」の裏にあるのは、結局のところ「力(軍事力)を持つ大国がルールを都合よく運用している」という冷徹な現実だ。

力こそが正義なのか?

そのため、大国が自らの行動を棚に上げて他国に防衛やルールの遵守を迫る姿が、まるで「泥棒のセキュリティ勧誘」のように見えるのは、国際政治の本質的な矛盾を突いた見方というか、滑稽な現実だといわざるを得ないな。

戦争したがる奴が、平和を守ってるらしいぜ!ケッ、笑わせんじゃねぇ!

国際社会のこうした「大国の横暴」に対抗するために、近年では発展途上国や中堅国家(グローバルサウスなど)が連携して大国主導のルールに異を唱える動きも活発化している。じゃんじゃんやるべきだ。この国際社会はちっとも平等じゃないんだ。そんな世界は俺たちの世代で終わりにしなくちゃならない。

2026/10/17

POST#1985 孫子曰く 戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり

沖縄 那覇 路傍に咲く花

簗農林水産大臣が辞任し、かつて偉大なるイエスマンと言われた男の息子が後釜に座った。

なぜかこの国では政治家は家業だ。直系家族システムのなせる業なのか?エマニュエル・トッド🔗なら、したり顔で『Oui(そうです)』と答えるだろう。

まるで封建領主だ。殿さまだ。おかげさまで、下々の者たちは自分たちの社会の行く末なんか気にせず、日々のささやかな暮らしに集中できる。OK、社会的分業🔗だ。デュルケーム🔗だ。なぜそうなっているのかには、俺は一家言ある。あるけれど、それは今日は言わず、今後のネタとして頭の中で熟成させておこう。また、お話しする機会はすぐにやってくるだろう。ただ、ここでは『生涯にわたってネジの頭を作ってきただけの人間が、正しく社会的な判断を下せるとは思えない』というアレクシ・ド・トクヴィル🔗の言葉を挙げておこう。

今日は昨日の続きだ。

現場も今夜は昨日の続きだ。壁面の左官が続くんだ。そんなもんだ。

さてさて、今の日本の姿を客観的に見てみよう。

以前もこのブログで触れたように、かつてブリキのおもちゃしか作れなかった貧しい民の国を、今日の経済大国に導いたのはほかならぬ日本だ。そこに異論はないだろう?

人件費が安く、資源調達が容易であることから、多くの日本企業が製造拠点を中国に移転させ、技術移転は急速に進んだ。そして、日本の技術は中国の技術にあっさり追い抜かれた。一足飛びに技術移転が進むというのは、歴史上よくある話だ。

ネットには電車や道路などの都市インフラからリチウムイオンバッテリーまで、その品質をあざ笑うかのような動画があふれているが、真に受けてはいけない。日本企業の製品も、よく見ればメイドインチャイナと書いてある。それが、現実だ。

その間に、日本社会は自ら成長の芽をつぶし、次世代の人材の育成どころか人口の再生産すらままならない窮地に陥っている。

そして、中国の経済的な台頭を前にして、中国脅威論を煽り立て、敵視し、その軍備を増強する一翼を担ったのも、皮肉なことにこの日本という国と日本人の社会だ。

経済では中国に依存、べったり依存しながら、政治的にはこう中国と敵対するっていうのは、ちょっと不誠実な態度だと俺は思うよ。

だってそうじゃないか?「経済的には中国にべったり依存して莫大な富や恩恵を受け取りながら、政治・安全保障のレイヤーでは『中国は敵だ』と煽って対立姿勢を演じる」という日本の二面性は、まさに国家規模の極めて不誠実な「欺瞞」そのものだろう?

ここには、「金儲け」と「恐怖」を両方消費する本土の都合がある。一粒で二度おいしいグリコアーモンドキャラメルのようだ。

日本政府や本土の財界・大衆は、中国という巨大な市場やサプライチェーンに深く組み込まれることで、日々の豊かな生活、つまりダイソーなんかで手に入る安い製品や、膨大な貿易利益を享受している。

もし、中国との経済関係を断ち切れば、俺たちの日本社会の経済そのものが一瞬で瓦解することを、わたしら下々の者以外はよ~く熟知している。

にもかかわらず、政治やメディアが「中国の脅威」を叫ぶのは、それによって「防衛費の大幅増額」や「日米同盟への依存(米軍基地の維持)」を正当化するための便利な『恐怖の燃料』が必要だからに他ならないんだ。マッチポンプだ。

経済では握手をし、政治では刃を突きつけるというこの不誠実な二枚舌は、自らの利益と権力を維持するためならいかなる矛盾も厭わない、大国や支配層の冷酷なごまかしとしか言いようがないね。

そして、その不誠実さの「ツケ」を身をもって支払わされる沖縄という構図さ。

この「経済べったり・政治敵対」という欺瞞の最も残酷な点がなんだかわかるかな?

それはさ、その不誠実な態度から生じる最大の軍事的なリスクを、本土の人間は自分の足元には極力一切引き受けず、沖縄に丸投げして『閉じ込めて』いることだ。

ヤマトンチューが中国との貿易で稼いだカネを懐に入れ、安全な東京から「中国を敵と見なす言葉」を発して無用な緊張を煽る。

そして、その結果として引き寄せられる「日常の米兵犯罪」と「有事のミサイル標的」という二重の地獄を、沖縄という「捨て石」に盾として身代わりにならせることで、自らの平和で言いたい放題な生活を維持しているという、目も当てられないアチャーな現実だ。😵

孫氏に曰く、『是の故に百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。』(おー、『日本三國🔗』みたいだな!)

つまり、戦わずして勝つことが最上なのだ。

そして、これにクラウゼビッツの『戦争は、異なる手段をもちいて継続される政治にほかならない』を掛け合わせてみよう。

そこに加えて、『兵は凶器也』という中国春秋時代から続く格言を考えに繰りこもう。

そうして導き出される本当の強さとは、無用な敵を作らず、巧みな外交によって戦争へと至る芽を未然に摘み取ることだ。それは惰弱ではない。知性による戦いなのだ。

「本当の無敵とは敵を作らないことだ」という真理に照らせば、経済でつながりながら政治でわざわざ「敵を作り出している」日本の姿勢は、外交の完全な敗北であり、そのツケをすべて他者に支払わせているという意味において、これ以上ない不誠実で野蛮な構造だといえるだろう。

違うかい?

確かに中国は太平洋に進出したがっているだろう。日本列島は中国の大洋進出への防波堤になっているのは事実だ。

しかし、空ら中国共産党首脳部は、アメリカと実力で伯仲はっきりさせたいとまでは思っていないだろう。彼らは台湾を自らの国家体制に回収したいだけだ。台湾の人々からしたら、いい迷惑だろうけどね。だいたいトランプ政権のアメリカは、放っておいても勝手に迷走し自爆していく。習近平は柔和な笑顔でどっしりしているだけで、世界的に、とりわけ散々欧米列強にいいように搾取され続けてきたグローバルサウスの国々から信頼されてゆく。

ゆめゆめ、大日本帝国のように欧米列強を押しのけて自らの支配権を力づくで奪いに行くことはないだろう。何しろ、彼ら自慢の人民解放軍は、実戦経験がほとんどなく、直近の中越戦争でも、ベトナム軍にさんざんに翻弄されて撤退している。勝ったことがないのだ。

その中国人は、ひょっとしたら俺たち日本人の心をどこかで恐れてるんじゃないかな。

戦前青島で一旗揚げ、敗戦で一文無しになった『東洋鬼』の孫たる俺は、そんなことを感じている。

1937年の南京虐殺を始めとして、かつて日本人がどれだけ中国人にひどい目を与えたかって、日本人は忘れているかもしれないし、なかったことにしようとしているかもしれないが、中国の人々は決して忘れていないだろう。

靴を踏まれた方は忘れないもんだからね。

日本の態度に対して、ことあるごとに強硬に突っかかってくるかのごとき中国人の態度は、その裏返しなんじゃないかね。

そう、もっとかみ砕いて言えば、「中国はかつて自分たちの土地で爆発した日本人の底知れぬ残虐性や『鬼』としての側面を、歴史のトラウマとして今なお深層心理で恐れており、現在の海洋進出や強硬な姿勢はその恐怖の裏返し、つまり過剰防衛じゃないか」ってことさ。

その鬼も、ハートマン軍曹みたい連中によって作られた、国家主導の凶暴性だったんだけどね。今のアメリカ海兵隊員と同じようなものだ。

そうして考えると、腑に落ちることもある。トラウマの裏返しとしての「過剰防衛」だ。

中華人民共和国が近代国家としてナショナリズムを統合するうえで、最も核心に据えられてきたのは「抗日戦争の記憶」だ。

宗教を持たない中華人民共和国の建国神話こそがこれだ。

彼らにとって日本人は、かつて自らの大国としてのプライドを完膚なきまでに叩き潰し、想像を絶する残虐行為を働いた「もっとも予測不能で、何をするか分からない恐怖の対象」にほかならないんだ。

現在の中国人民解放軍が、何とか第一列島線を食い破り、第二列島線までを支配下に置こうと必死に太平洋へ進出し、精力を注いで異常なまでのミサイル網を構築して、日本、韓国、台湾をはじめとした周囲の国々を、そしてそのバックに控えるアメリカを威圧しているのは、自らが「強国」にならなければ、再びあの「東洋の鬼」たち『日本人』に国土と人民を蹂躙されるかもしれないという、歴史的な恐怖が生み出した過剰な防衛本能だという見方は、穿ちすぎだろうか?

そしてその現状に油を注ぐのは、「見ないふり」をする本土の日本人の更なる欺瞞だ。

それほどの「血の歴史」と「相手の恐怖」の地続きのうえに現在の国際政治があるにもかかわらず、本土の多くの日本人は、自らがかつて大陸で何をしたかという歴史の凄惨な本質から目を背け続けている。自分たち父祖の蛮行を美化し、観光目的でやってくる目の前の中国人をモラルのない愚劣な大衆に貶めている。

中国政府が、自国民に対して、日本に行かないように号令を発するのも、対中感情の悪化という世論誘導下にある日本に、自国民を送り出すことをリスクととらえている証だろう。

そのうえで、俺たち日本人は、ただ「中国が攻めてくるかもしれない」という目先の恐怖の記号を消費しているんだ。自分の影に怯えているようなものだ。

そして、それをうまいこと利用して、太平洋からインド洋にかけての東半球に展開するアメリカ軍に基地を提供する羽目になってるんだ。アメリカは漁夫の利だな。この沖縄の基地から、イランにもアメリカ軍は派遣された。予想の斜め上のイランから、普天間基地や嘉手納基地に大陸弾道弾が飛んでこなくてよかったな。

ここにあるのは、当事者性の完全にして幸福な忘却だ。

俺たち日本人は自らの祖先が放った「鬼」の業を忘れ去り、安全な東京のレイヤーから「中国と対決せよ」と強硬論を吐き、その結果として生じるミサイルの射程環境や米兵犯罪という「地獄のツケ」をすべて沖縄に丸投げしている。

この本土の日本人の「想像力のなさ」と「歴史に対する当事者性の欠如」こそが、俺が抱く嫌悪感の源にあるんだ。 

2026/10/16

POST#1984 不沈空母とかいうけれど、動けない空母じゃしょうがないよな

 

沖縄。駐車場に猫

昨日の続きだ。まぁ人生は何時だって昨日の続きなんだけどね。

沖縄の負担軽減と経済振興を言うんだったら、首都機能を那覇に移転したらどうだって話だよ。

スルーされるといけないから、もう一度言っておこうかな。

沖縄の負担軽減と経済振興を言うんだったら、首都機能を那覇に移転したらどうだって話だよ。

政府の皆さんがもし本気で沖縄の『負担軽減』と『経済振興』を謳うのであれば、口先だけの振興策や数字のごまかしじゃなくて、いっそ思い切ってドドンと!首都機能を那覇に移転さたらどうじゃろう?という提案は、日米両政府がこれまで一億回くらい繰り返してきた「言葉の欺瞞」を根底から吹き飛ばす、ある意味最大にして究極のストレートな言説かもね。我ながら笑っちまうぜ。

まぁ、思考実験だ。俺の頭の中を君にのぞかせたからって、誰からも文句は言えないだろう。それがこの民主国家日本のいいところだ。中国みたいな専制国家では、そうはいかない。

もし国会、官邸、中央官庁、そして皇居が那覇に移転し、この国の政治・経済・文化の「本当の中心」が沖縄になれば、これまで本土が安全な場所から沖縄を「2級市民・捨て石」として扱ってきた構造は完全に、瞬時に消滅しちまうだろう。

この「那覇への首都移転」が、なぜこれまでの対話のすべてと完璧に一貫しており、この国の欺瞞を完全に終わらせる力を持つのか、ちょっと一緒に考えてみよまいか。

1. 「これ以上の経済振興策はない」という絶対の真理

政府や与党政治家たちは、基地を受け入れさせるための「人参」として、毎年のように数千億円規模の「沖縄振興予算」を自慢げに提示してきた。しかし、それは沖縄の自立を阻み、基地に依存させるための「欺瞞の金」に過ぎなかったわけだ。そんなことはないっていうんなら、那覇の街を歩いてみればいい。きっと君にもわかるだろう。

そこで俺がぶち上げる真の経済振興策がこれだ。

 もし首都機能が那覇に移れば、数百万人の人口、数万の企業、そして国家の富がどどんと津波のように沖縄に集まることになるだろう。

国策としての補助金に頼る「不自由で閉ざされた経済」ではなく、沖縄が名実ともに日本とアジアを結ぶ「本当の経済の中心(ハブ)」=『万国津梁』へと生まれ変わるってわけだ。「これ以上の負担軽減と経済振興はない」という俺の一見荒唐無稽な発想は、政治家や官僚たちの言い訳を完全に封じる圧倒的な奇策だろう?

2. 「満腔の怒り」を伴う本物の平和外交への強制転換

首都機能が那覇(つまり米軍基地のすぐ横)に移るということは、中国の弾道ミサイルや極超音速ミサイルの「最前線の射程内」に、勇ましい政治家のセンセーがたや優秀な官僚の皆さんといった、国家の意思決定者たちの命が文字通り配置されることを意味するんだ。

ついでに、ひめゆりの塔とかに参拝してもらうとするか。ここなら、どっかの神社と違って中国から文句が出ることもないだろう。

こいつは自作自演の終わりだ。いままでお疲れさん。いままではなんとなく安全な東京から「中国の脅威」を叫び、米軍の不安定な最高司令官トランプの気まぐれにお付き合いしてきたわけだけど、自分たちがミサイルの第一撃の標的になった瞬間、彼らは自らの命を守るために必死になるだろう?なんてったって、人間は自分の命を惜しむからな。命がかかると急に臆病で吝嗇になるものさ。

そうすると、中国共産党政権を相手に、そのメンツ第一の顔を無用に逆なでするような、勇ましく敵対的な言葉はオフィシャルな場から一瞬で消え去ることだろう。

「敵を作らないことこそが真の無敵である」という最高の価値(徹底した外交と対話)へ、政治家の皆さんは方針転換せざるを得なくなるだろう。

自らが「盾」のレイヤーに立たされて初めて、本物の平和外交がこの国の第一原則になるんだ。死ぬのはいつも他人ばかりとは限らないのさ。

3. 「1人1人のインテグラル(総和)」としての国家の回復

政府が「地政学的な優位性」を語り、沖縄の女性がレイプされ、殺害され、死体を放置されるような凄惨な事件が起きても日常生活で使わない「遺憾」という冷たい記号でやり過ごせてきたのは、自分たちが安全な本土の特権的なレイヤー(1級の安全)にいたからに他ならないんだ。

安全地帯にいるのなら、どんな勇ましいこともいえる。しかし、現実の世界は勇ましいことを言った途端に、お前、それは本気で言ってるんだろうな?って胸ぐらをつかまれることだってある。そんな経験はうんざりするほどしてきた。それが野戦の世界だ。現実の社会だ。

那覇に首都を移すということは、国家の意思決定者たちを、切り捨てられる側の現場へ強制的に合流させることを意味するんだ。道ずれなのさ。

ここにトロッコ問題は生じないぜ。なぜって弱い立場の少数派も、強者の多数派も、同じレールの上にいるんだからね。暴走トロッコなり弾道ミサイルなりが突進してきたら、一蓮托生のお陀仏さんだ。

だからこそ、誰一人として記号にしない、国家体制維持のコストにしない、1人1人の尊厳を絶対に切り捨てない「インテグラル=国民の総和としての国家」の理念は、彼らが自らの命を沖縄の人々と等しく天秤の皿に乗せられた瞬間に、初めてこの国において本物の、血の通った政治原則へと転換されることになるだろう。

どうだい?笑えて来ないか?

現在、本土の安全な東京の官邸から、政治家たちが「中国の脅威」を叫び、威勢のいい強硬論を口にできるのは、自らの肉体が中国人民解放軍のミサイルの射程から遠く離れているような気がしてるからだ。実際には、思いっきり射程距離内にあるんだけどね。

物理的な位置関係で見れば、中国本土から東京(永田町)までの直線距離は約1,500km〜2,000kmだ。一衣帯水だ。中国人民解放軍が保有するミサイル網に照らすと、東京の中枢は「余裕で狙える」どころか、日本全土が連中の精密誘導ミサイルの射程にすっぽりと覆われているのが冷酷な事実なわけだ。どこにいたって全然安心じゃない。不沈空母とかいうけれど、動けない空母じゃしょうがないよな。

しかし、国会や官邸が普天間や嘉手納のすぐ横に移転しちゃったら、政治家のセンセー自身が「自分が不用意な一言を発した瞬間、数分後には頭上に弾道ミサイルが着弾して何もかもバラバラに吹き飛ぶ」という極限の恐怖の中で生きることになるわけだ。

小気味いいぜ。

勇ましい言葉に酔いしれる自分自身の命が人質(盾)に取られた状態では、一人一人の国民を、マクロな防衛論のもとで顔のない記号に還元して、「ガタガタ言うな」と言わんばかりに1人1人の命を必要経費扱いしていた政治家のセンセー、官僚の皆さんであっても、言葉の重みと恐怖に直面せざるを得ないよな。うふふ、楽しみだ。

2. 相手を「敵にしないための死に物狂いの外交」への転換

これまでは「中国は話が通じない独裁国家だ」と外交を諦め、中国との対話を推進しようものなら、媚中派だ、親中派だとつるし上げられてきた。そのくせ、経済は中国とデカップリングできなほど相互依存しているのにだ。経済界から中国大使になった故・丹羽宇一郎氏は、「このままではZ世代は戦後初めて実戦を経験する世代になりかねない」と現在の流れを懸念しながら世を去った。

それでも、長年寄らば大樹の陰という思考停止のまま米軍の暴力装置に依存していましたわけだが、首都機能が最前線に移れば、そんな欺瞞は一瞬で破綻するんだぜ。

サウジアラビアを見てごらん。アメリカ軍の基地がイランから、フーシ派からネチネチと攻撃されているのを君も知らないわけではないだろう。そして、アメリカはそれでも重い腰を上げない。日本の時にアメリカが即応してくれるなんて思うのは、甘ったれた考えだね。

そこで生じるのが言葉の選択の慎重化だ。

 相手を挑発して「火事」を起こせば自分が死ぬため、オフィシャルな発言から敵対的なレトリックは完全に排除されることになるだろう。いきったことは言えなくなるのさ。

じゃあ、どうするんだって?そんなの戦わずして勝つ政治の実行しかないだろう。戦いになった時点ですべてはバッドエンドなんだぜ。

好戦的な言葉の応酬から、偶発的な軍事衝突を絶対に防ぐための「常設ホットライン」の完全な運用や、経済・文化を通じた「絶対に戦争を起こせない不可分の関係」の構築など、これまでサボってきた「敵を作らないためのタフな外交努力」を、政治家のセンセー方や官僚の皆さんは自らの生存のために死に物狂いで始めるはずだ。

もっとも、ホットラインの運用不可に関しては、中国人民解放軍が意固地になってその運用を放棄してるってのが原因だけれど、その遠因はどこにあるのか、謙虚に考えてみることも大人の態度じゃないかな。


東京には「強力なミサイル防衛(イージス艦やPAC-3)」や「1,500を超える地下シェルター(地下鉄駅などの避難指定)」が優先的に整備されている。

何より「本当に戦争(台湾有事)が始まった時、最初にミサイルの雨が降り注ぎ、戦場になるのは東京ではなく、米軍基地と自衛隊のミサイル部隊が密集する『沖縄・南西諸島』である」という、軍事戦略上の冷徹な計算(盾としての沖縄の利用)がある。

沖縄の国民はどうなるのか?避難計画策定とか言っているけれど、有事にそんな大規模な人員海上輸送や、航空輸送ができるわけではない。それに、人間は持ち運びできる鉢植えじゃない。

自分たちの頭上にも刃が向いているという「本当のこと」を知りながら、その刃の切っ先を沖縄という場所に引きつけさせることで、東京の安全なレイヤーを維持しているってのがこの国の本当の姿だ。

この構造こそが、俺が君たちを辟易させながらストレートな言葉で暴いてきたこの国の安全保障の「最大にして究極の欺瞞」に他ならないのさ。