2026/02/13

POST#1759 君はペルテス病を知っているか!

モロッコ、フェス

 ケニーと飲んだ話は大した話じゃない。急ぐ話でもない。どうせおっさんが酒飲んで仕事の愚痴を言い合って、いいきぶんで別れただけの話だ。君にとって知りたい話でもないだろう。だからまた明日な。

昨日の夜、息子が右足の付け根が痛いと足を引きずっていた。
どうしたんだと聞けば、図工の時間に椅子からずっこけて打ったといっていたんだが、そんなのでびっこ(おっとこれ差別用語か?面倒臭えな)じゃなかった、チンバ(あ、これもか)じゃなかった、跛行するほどのことになるだろうか?
俺の心の疑念が浮かび、どんどん膨らんでいった。
俺はいつも物事の推移を想定する際に、最悪の事態を第一に考える癖がついている。
監督業という仕事柄もあるが、酷いことが起こったときに想定よりもまだましだったぜベイビー、助かったな!と思いたいからな。専門家面しておきながら、想定外でしたとかいうのは、まことに薄みっともない。
東日本大震災の時や、今度の選挙の結果でも想定外という言葉を何度聞いたことか。ばかばかしいったらありゃしないぜ。
俺は、大腿骨の骨頭部が血行不良により壊死するペルテス病🔗やギランバレー症候群、よくて風邪の後遺症による単純性股関節炎の可能性を検討した。
なんとなく、どれも当てはまりそうに思える。
足が痛くて一人で風呂に入れないという息子に、おまえ、最悪そういう病気の可能性があるから、お母さんにお礼を言って「愛してるよ、僕を産んでくれてありがとう」って言っておけよと言ったら、「おれはまだ死にたくない」と言って泣き叫んだ。
そう、最近読んだ話だとホスピスに入っている患者さん(死は病ではないのだから変な呼び方だな)は、自分の式がわかるかのように、最後の時が訪れる前に家族を呼び「愛しているよ、ありがとう」というんだそうだ。息子にもこの話をしてやったうえで、お母さんにお礼を言うんだといったんだ。
まぁ、そうなるわな。しかし、人は生まれたからには死ぬ定めだ。
10歳の息子には過酷な運命かもしれん。風呂に入っているのにカミさんを呼びつけ、ふろの扉を開けてカミさんに泣きついている。まったく寒くて体も洗えやしないぜ。
そうなったら、おらが町の英雄・小田凱人みたいに車いすテニスでもやってもらうか。彼は骨肉腫だったな。そう慰めたら、ますます泣き喚いたからたまらなかったぜ。
仕方ない。風呂から出た息子を背負って二階の寝室まで上がり、股関節あたりにシップを貼ってやり、やっとのことで寝かしつけた。

俺は毎晩眠るのは、小さな死だと思っている。よく死ぬにはよく生きることが必要なように、よく眠るにも一日悔いなく生きることが必要だ。なんて意味ありげなことを言っておくか。

一夜明けて今朝。やはり息子は足が痛いといっているので、俺は高校の同級生の岩田君がやってる整形外科に連れていくことにした。
あそこはやたら混むから行きたくないんだよな。痛風の薬もらいに定期的にいってるけど、リハビリに通うお年寄り(あぁ、俺もそんな年だな、くそ!)が多く、まるでお達者クラブだ。
気が滅入るぜ。
息子は歩きづらいというので、一丁前に俺の髑髏の握りの付いた杖を突いていた。若年寄かよ。今の若者は内田裕也なんか知らないだろうな。俺が使うとそんな感じなんだが、息子がついてると学芸会のももたろうに出てくるお爺さんだ。
で、待つこと一時間余り、その間にリハビリの予約の服部さんが何人も呼ばれる。そのたびに息子はびくっと声のするほうを向く。東海三県には服部という名前が多いんだ。服部半蔵の関係があるのかないのか。俺はあるけど。

で、息子の名前が呼ばれたんで、一緒に診察室に入るなり、岩田君に(どうしてもこいつを先生と呼ぶ気になれないな)状況を説明し、ペルテス病じゃないよねぇと言ったら、そんなのあるわけないよ!と一笑に付されたぜ。やはり最悪の事態を想定しておいてよかった。

結局、ただの捻挫だったようで、痛み止めの鎮痛剤を処方され、昼食後に飲んだら、けろりと元気になりやがった。よかったなベイビー!昨日ギャン泣きしてたのはいったい何だったんだ?ただ学校休みたかっただけなんじゃないのか?まぁ、いいけどさ。

2026/02/12

POST#1758 君は宇和島の鯛めしを食べたことがあるか!

宇和島名物 鯛めし
お互い積み重ねた自分史はあるし、いまどうやって暮らしているのかも謎だけれど、とりあえず飯でも食いに行くかってんで、せっかくならということで、宇和島名物の鯛めし🔗を食いに行くことにする。なに、暇だったんでリサーチ済みだ。暇ってのは悪いことばかりじゃない。人生には仕事以外にもやるべきことはいろいろあるってことさ。

ケニーと俺は、35年ぶりに差し向かいで座りとりあえず生中だ。痛風の恐怖をぐっと堪えて黒ひげ危機一髪の気分で飲み干すぜ!

よく考えたら、ケニーと酒を飲むのは初めてだった。幼稚園や小学校の頃はお互い酒飲んでなかったしな。そもそも俺、車で移動し、夜働くという暮らしが長いのと、一人で酒を飲むと鬱のデフレスパイラルで廃人同様になってしまうので、普段は酒を飲まないようにしてるんだ。

久しぶりに会ったケニーは、長年のコーチ生活でなめしたような肌をして、すっかり白くなった髪を伸ばしていた。仙人感半端ない。まぁ、プードルみたいなパーマの俺もインパクトではいい勝負だが。

そんな二人が、旧交を温めあって一杯飲んでいる。鯛めしをつつきながらね。フカの酢味噌あえみたいなのもなかなかよそではお目にかかれないぜ。

ケニーは以前朝日新聞に取り上げられた時には、日本人の奥さんがいたはずだが今はいるような雰囲気もない。聞いてみると、あぁ、あの後スリランカだかインドだかでコーチをしたら収入が激減で、家庭を維持できなくなったんで別れたとこともなげに言う。

俺はカミさんがいて、2016年製の小学生の息子がいて、ローンで家を買って自分で商売してると話すと、家庭を維持できるなんて尊敬するなぁと笑われてしまった。

ケニーはいったいこんなところで何をして暮らしているのか?

見たところ、サッカーのクラブチームがあるようにも見えない。そんな疑問をぶつけてみたら、あっさりと通訳をやっていると答えてくれた。ニューヨーク歴20年以上だから、英語はお手のもんだよな。むしろ日本語よりも得意だと思われる。

宇和島の山の中で、ゼネコンが風力発電所を建設しているらしい。風力発電はヨーロッパが圧倒的に先行している。で、ヨーロッパの発電プラントメーカーから技術アドバイザーが派遣されていて、その通訳をしているらしい。ちなみに、その技術アドバイザーはインド人だそうだ。

日本がほとんど鎖国したようにガラパゴス化している間に、世界の技術の潮流は日本を置いてきぼりにして流れてしまっている。モノづくり大国だなんて思っているかもしれないが、もうそんなパワーはない。次の時代を画期してゆくような革新的なものはこの国からは生まれない。トヨタのハイブリッドぐらいのもんだ。

ケニーはその現場で、不安全な環境に鈍麻した作業体制や、ゼネコンの職員のまとっている島流しにあった不遇なおっさんオーラにうんざりしていた。コロコロ言うことが変わるメーカーの技術アドバイザーにもうんざりしていた。

要は、ここは自分のフィールドじゃないと感じているんだ。

彼のフィールドはサッカー場だからな。

ケニーはそんなことを話しながら生中をどんどんやっつけていく。

で、あんまり料理屋に長居するのもなんだから河岸を変えようぜということになって、あのさみしい商店街のほうにふらふらと俺たちは歩いて行ったんだ。

続くかな。

2026/02/11

POST#1757 少年老い易く…なんだったっけ?忘れたな

宇和島の商店街

 俺が行った日がたまたま商店街が休みの日だったのか、それともとにかくどの店も閉店状態のシャッター銀座なのか。

たった一日しか見ていない俺には、判然としない。

町を歩き回っても、小さな町ではすぐに寂れた街角になってしまうのだが、立派な商店街にも人影はまばらだった。俺の住んでる町以上だ。似たようなもんだし、よく見りゃ同じようなアーケードなんだけどな。

じつは、仕事で日本のいろんなところに言った経験からすると、どこも地方はこんなもんだ。

かつては人でにぎわっていたであろう商店街はシャッターが閉まっているばかり。昔の写真を見ると今では信じられないほどの人々が歩いていた辻々では、猫が日向ぼっこをしているだけだ。人々は車に乗って通り過ぎるだけ。産業がないところからは若者は蒸発し、老人だけが取り残される。戦後の産業構造の変化と、東京をはじめとした大都市への人口集中を止めることはできない。

かつての半自給自足的な経済構造が破棄され、日本全国津々浦々、世界的な自由経済に組み込まれてしまった以上、産業のないところでは自足した生活を営むことはできない。

俺たちは、デュルケームが説いたように社会という巨大な機構の歯車として生きるしか道はないのだ。

俺はそんなことは全く考えず、ケニーからの連絡を持ちながら、グーグルマップでご当地グルメを探しながら歩いた。酔っぱらって宿に帰れなくなるのは困るから、素面のうちに土地勘をつかんでおかないとな。

そうこうしているうちに、連絡が来た。どこにいる?というんで、商店街の信用金庫の前に座っているよと伝えると、すぐにそっちに行くということだった。

俺はぼんやりと、カラオケから所在なさげに出てきた高校生くらいのあんちゃんたちの退屈しきった姿を眺めながら、こんなところでケニーはいったい何をやってるんだ?とぼんやり考えていた。

そうこうするうちに、なんとなく見覚えのある顔の男が、ママチャリにのってやってきた。

「おう」

俺は35年ぶりに会うにもかかわらず、つい先週も一緒に飲みに行った地元のツレのような感覚であいさつした。まるでタイムマシンだ。

「おう、久しぶり」ケニーも似たようなもんだ。もう少しお互い、感極まってもいいんじゃないか?まぁ、いいおっさんが二人して感極まってるのも気持ち悪いが。まったく、少年老い易くなんとやらだ。

お互いに、すっかりおっさんだ。浦島太郎だぜ。

次回に続く。