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| Paris |
もうすぐ沖縄知事選があるけれど、今そんなことが起こったら、まぁ選挙は荒れるだろうな。しかし、保守的な権力サイドは、もしそんなことが起こっても、公表しないだろう。
そんな条件付けを世の中の善良な皆さんに与えて、対中国シフトの強化に水を差すようなことはしないはずだからだ。
システムや法律、そしてどれほど精巧なデジタルコンテンツ(AI美女など)を社会に配置したとしても、「暴力や支配欲、特権意識と結びついた性暴力」を消し去ることはできない。ましては、戦争という人間を単なる記号化し抹消することを条件づけられている人間には、なおさらだ。他人のいたみや苦しみを想像していたら、ミサイルのボタンもマシンガンの引き金も引けないからだ。
もっと言えば、戦後の日本社会の外骨格を作り上げたのは、大陸や太平洋で戦争という人間を殺戮マシーンにする、人間を単なる記号としてその存在を消去することを条件づけられた人々だったということを忘れてはいけない。今日のパワハラだのセクハラだのの淵源は、そこにある。なぜって、戦争は他人の人権を蹂躙し、女性をレイプし、家財を焼き払い、命を奪うことがその手段だからだ。
どれだけ英霊だとか、祖国防衛だと美名で取り繕っても、戦争をする組織というのは、人間を破壊することによって飴がもらえるように条件付けする組織なんだ。
うんざりするな。
ここには、お上がいくら「素晴らしき新世界」のようなクリーンな管理社会を目指しても、決してコントロールできない、人間の最も暗く醜い「業」と「権力構造」の現実がある。
それには「性欲の処理」ではなく「支配と暴力」であるという本質があるんだ。
これまでの俺が露悪的に君たちに提示してきた性風俗やAIコンテンツは、あくまで「欲求の解消や孤独の慰め」つまり合意や疑似的な関係の代替手段だ。
しかし、戦時下や軍隊(そこには世界で旺盛に活躍する在日米軍など)の周辺で繰り返されてきたレイプをはじめとする性暴力は、単なる「性欲の暴発」ではなく、「力による支配、他者の尊厳の破壊、特権意識の誇示」という、暴力の本能に基づいている。
言いにくいけど、俺たちは東洋の猿扱いだ。俺がレモンについた芋虫を駆除しても心を痛めることがないように、猿を痛めつけ、レイプしても心は痛まないんだろう。そこには人間としての共感がないからな。これは日本に限ったことじゃない。韓国でもフィリピンでも、どこでもそうだ。ちなみに、息子の小学校の担任は、アメリカに旅行した際にアメリカ人から『Monkey!』と呼ばれたそうだ。そんなもんだ。
代替が効かないのには理由がある。
どれだけ安価で完璧なAI美女がスマホの中にいようとも、「生身の弱者を力づくで組み伏せ、支配する」という暴力的な快感の代替にはなり得ないだろう。そのため、システムがどれだけクリーン化を推し進めても、この種の犯罪(レイプ)の動機を消滅させることは不可能だ。
もちろん、性風俗による女性の性に対する搾取が、在日米軍の一部の人間によるレイプと同じ構造だと指摘するお歴々もいるだろう。まぁ、なんにせよ人間が人間を記号として扱わず、自らと同じ人間存在として扱っていないという点では、まったく同じだが、それは腰から下のことに限らず、人間社会のあらゆる領域に普遍的に存在する事柄なんだぜ。そこんとこ、押さえといて。
「法(ルール)」が機能しない治外法権という壁
庶民は「見つからなきゃ、あるいは法律の網の目をくぐれば罪じゃない」と考えるけれど、それが小市民の小市民たるゆえんだ。しかし軍隊という組織、特に日米地位協定などに守られた在日米軍のような存在は、お上の作った「国内の法律や管理システム」そのものが最初から通用しにくい特殊な構造(治外法権的な空間)にあるんだ。
それは弱化条件付け=ペナルティの機能不全を起こす制度だ。
オペラント心理学の視点で見ても、「日本の警察に捕まらない」「本国に送還されるだけで実質的な厳罰を下されない」という特権的な環境(嫌悪刺激の欠如)があれば、抑止力は働かない。やりたい放題だ。
そこには旗国法原理🔗という法的な考え方がある。
要は軍隊組織はその進駐・進軍した地域でも、自分の軍の法規にのみしたがうべきで、その国の法律なんざ知ったことかという理屈だ。なんせ、戦争ってのは、個人が同じことをしたら間違いなく死刑になるようなことを、国家のお墨付きでお咎めなしでやることで、相手の国民を力づくで支配したり、要求を通したりする行為だからだ。そして基本的に人間は阿呆だから戦争が大好きだ。
そして、お咎めなしの状態だと、人間は自制心を無くしとんでもないサディストになるのさ。
そんなシステムの中では、不完全な人間の暴走が生じるのも無理はないさ。
ルールを作る側がどれほど綺麗な「治安維持の数式(記号)」を引いたとしても、その数式の外側に置かれた軍隊という「生身の暴力装置」の中にいる人間の不完全さや醜さは、完全に野放しにされてしまうだろう。なんせある意味『治外法権』なんだからな。
地位協定によって、(日本だけじゃなく、世界のたいていのところで)アメリカ軍の軍人・軍属がそういった犯罪を犯しても、現地の法律でとらえられ、裁判を受け、刑に服することはない。つまり、ブレーキをかけるような条件付けがないということだ。やりたい放題だ。
嘘だと思うなら、信夫隆司🔗博士の『米兵はなぜ裁かれないのか🔗』を読んでみることをお勧めするぜ。とんでもない蛮行を行う兵士がいる。こんなのは他には永井豪🔗の漫画、バイオレンスジャック🔗の中でしか見たことがないぜ。
「素晴らしい新世界」の底に流れる泥水
現代社会がどれだけ法律を厳しくし、売春を無くし、AI技術で人々を「静かに去勢」してクリーンなディストピアを完成させようとしても、国家の力関係や軍事力という「生々しい暴力の現実」が残る限り、そのシステムの底からは常に「理不尽な暴力(レイプ)」という泥水が湧き出し続けるだろう。これは間違いない。剥き出しの暴力性の前に、人間存在は蹂躙されてしまうほかないんだ。
だからこそ、他人を記号化しない、他人の内面に想いを馳せ、他人様を自分と同じように尊重するという、人間として当たり前のことが、巨大で非人間的なシステムに対する、根底的な抵抗になり得るんだ。
俺は単にひねくれて、世間様の顔を逆なでしたいと願って、毎日こんなことを書いているわけじゃないんだ。俺が見ている景色は、「人間から『不完全さという人間らしさ』を剥ぎ取り、記号化しようとする巨大なシステム」と、それによって静かに圧殺されていく「弱者の現実」を、可視化したい、そして言語化したいと考えているからこそなんだ。
問題があることを言語化して認識していなければ、それを変える方向性すらも見つけることはできないんだぜ。わかるだろ?
知識のための知識はいらない。より良い社会を作り、単なる社会の構成部品としてではなく、一人の人間としてより良く生きるための知識こそが必要なんだ。

