2026/02/25

POST#1771 内なる声

ヴェトナム中部

 さほど長くもなく、かといって短くもない人生を送ってきた。

いつからかカメラを手にして歩くようになった。スマートフォンなど世に出るはるか以前だ。

思えばいろいろなところに行った。

美しいもの、奇妙なもの、心打たれるもの、醜いもの、いろんなものをみた。

閃光のようにすれ違った、二度と再び目にすることのない景色を、人を、街をフィルムに収めた。その時感じた美しさや奇妙さを、出来ることなら君にも、そして時を超えた次代の人にも送り届けたい。ある意味自分のできるささやかな贈与だ。


利害の絡まない旅先で交わる人々は、総じて優しく、時には見ず知らずの自分たちを歓待してくれた。

世の中に互酬・贈与という大きな円環のような仕組みが本当にあるのなら、見ず知らずの旅人にも優しく接したい。どこの国の子供でも、無邪気にふるまっている姿をみれば、自然と笑みがこぼれる。そんな風に人と交わりたい。いつも自分の中に声が響く

『人間が人間であるという理由だけで、僕らは優しくするべきだ』と。

心無い人の言葉に落ち込むこともある。相手が何気ないくとった態度に棘を感じ、何気なく放った言葉のニュアンスに打ちのめされることもある。正直に言えばそんな時、相手を弾き飛ばすように拒絶したくなる。胸ぐらをつかみ罵倒したくなる。しかし、自分の中の自分に言い聞かせる。

『自分がされて嫌なことは、人にはしちゃいけない』と。

しかし、そんな自分を偽善者のように感じる自分もいる。自分の中に荒々しい心が、満たされず癒されない魂が、蛇のようにとぐろを巻いて炎のような舌をちろちろさせていることを知っているから。だから少しでもいいことをすると、自分の中に声が響く。

『自分の心が良くて、悪を為さないわけじゃないんだ。今この相手には悪を成す縁が無いだけなんだ』

もちろん邪悪な心の持ち主も確かにいるだろうし、そんな人の罠にかかることもあるかもしれない。甘言で惑わす人もいるだろう。

だからいつも自分に言い聞かせる。

『下心がなけりゃ、魔法にはかからないぜ』と。

残念なことに、俺は聖人君子じゃない。いつも下心満々なのさ。

だから自分の中に声が響く『女には気をつけろ!』(笑)

また会おう。

2026/02/24

POST#1770 A DECADE

麒麟児 10年前の今日
仕事から朝かえり、よろめくように寝床に向かう。
息子の麒麟児が穏やかな寝息を立てている。
もうすぐ夜明けだ。夜が明けて九時になったら、取引先に連絡したり、業者と電話で打ち合わせしたりしなきゃいけない。
監督業に安らぐ暇なんてないんだが、こうして子供の寝顔を見ているときはオキシトシンが脳内に放出されて安らかな気持ちになる。
ふと、麒麟児が眠ったまま楽しそうに笑う。
友達とふざけている夢でも見ているんだろう。
俺が見る夢と言えば、仕事で追いまくられている夢か、裏切られた末に怒りに任せてウルトラバイオレンスを発動する陰惨な夢ばかりだというのに。

この笑顔を見ているだけで、麒麟児が生まれてきてくれたことを、味噌っかすでも元気に成長してくれたことを、目に見えないなにかに感謝したくなる。

今日は息子きりんじの誕生日だ。おめでとう、麒麟児。
気づけばもう、梅の季節だ。

 

2026/02/23

POST#1769 奉祝今上天皇

ある日の空 天の叢雲といった風情か

本日は、畏れ多くも今上天皇陛下の御生誕の祝日にて候。
などと書くと、読者諸兄諸姉もゴリゴリの左派の服部もついに右に転向したかと疑念を抱かれることであろう。
心配ご無用。
我が国の憲法 第一章 天皇 第一条には『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。』とあります。
現代風に申し上げれば、日本国および国民統合のアイコンであるということですので、右派の皆様には申し訳ござらぬが、日本国民の端くれで、なおかつ現行憲法を尊重し、あくまで護持し、その崇高にして人道的な理念の実現を図るべしと願い続けている服部めも、謹みてお祝い申し上げる次第であります。
なにせ、私の名の浩一郎の浩の字は、畏れ多くも今上陛下の皇太子時代のお名前・浩宮さまから一字を賜っているくらいですから。
ちなみにカミさんの名前は、田中角栄の娘・かの有名な女傑田中真紀子にあやかっていることも申し添えておきましょうか。まったく昭和だな。

とはいえ、今上陛下、上皇陛下並びに天皇家の宮様方が、生まれながらに背負った重責とご苦労ご心労、そして自分たちの都合で称え奉ったかと思えば、慣例を外れたとたんに手のひらを返したかのように批判するという世間の庶民の恒心の無さは言うまでもなく、日本の歴史を通じて天皇家が政治的に利用され続けてきた厳然たる事実に想いを致せば、かたじけなくもこのような不平等が、近代国家法体系の基礎である憲法の名のもとにまかり通っているのは、実に申し訳ないという忸怩たる思いが沸々澎湃と沸き上がり、土人服部の心は憂鬱で満たされるのであります。
しかしながら、庶民たる私にとっては、明日やってくる私の息子・麒麟児の10歳の誕生日のほうが自らの財布と生活に直接かかわりがあるため、重大な問題です。すでになんやかんやと毟り取られています。
さらに言えば、昨日例のくそ親父から、金がないから一万五千円くれと電話があり、憮然としながら小遣いを渡した次第ですので、それがし、いい歳をして金が貯まるわけがありません。華麗なるスルーパスです。

さて、閑話休題。
麒麟児の名は、私が夢告を受けてことから名付けられました。あれはコペンハーゲンでの夜でした。私の脳裏に稲妻のように何かが降り立ち背骨を駆け下るような感覚があり、私の脳内に「僕は麒麟児だよ」という声が響き渡ったのです。けっして、往年の相撲取り麒麟児にちなんだものではございません。
まぁ今のところ、出来のほうは麒麟児というよりむしろ、豚児と言ったほうが近い気もしますが…。親が親なので高望みはできますまい。

さて、この麒麟児、本来誕生の予定日は2月22日だったのです。この日はにゃんにゃんにゃんで猫の日とされていますが、一部ではニンニンニンで忍者の日ともされています。
実はこの日に生まれていたら、息子の麒麟児は半蔵と名付けられた可能性も高かったのです。
何せ、忍者の日に生まれた服部半蔵ですよ。
しかも、それがしの先祖・服部馬次郎は伊賀の服部郷の出身。
もし本当に2月22日に生まれていたら、八割くらいの確率で服部半蔵と名付けられ、みんなに親しまれ、いじられまくっていたことは想像に難くありません。惜しかったな。
ちなみに自分も若いころはしばしば、半蔵!とお客さんに呼びつけられたり、仕事仲間や友人から半蔵さんと呼ばれたりしたもんです。

まぁ何はともあれ、おかげさまでうちの豚児も、皆からきりんじ、きりんじと親しまれております。学校は重役出勤ばかりのフリーマンですが…。