2026/02/11

POST#1767 少年老い易く…なんだったっけ?忘れたな

宇和島の商店街

 俺が行った日がたまたま商店街が休みの日だったのか、それともとにかくどの店も閉店状態のシャッター銀座なのか。

たった一日しか見ていない俺には、判然としない。

町を歩き回っても、小さな町ではすぐに寂れた街角になってしまうのだが、立派な商店街にも人影はまばらだった。俺の住んでる町以上だ。似たようなもんだし、よく見りゃ同じようなアーケードなんだけどな。

じつは、仕事で日本のいろんなところに言った経験からすると、どこも地方はこんなもんだ。

かつては人でにぎわっていたであろう商店街はシャッターが閉まっているばかり。昔の写真を見ると今では信じられないほどの人々が歩いていた辻々では、猫が日向ぼっこをしているだけだ。人々は車に乗って通り過ぎるだけ。産業がないところからは若者は蒸発し、老人だけが取り残される。戦後の産業構造の変化と、東京をはじめとした大都市への人口集中を止めることはできない。

かつての半自給自足的な経済構造が破棄され、日本全国津々浦々、世界的な自由経済に組み込まれてしまった以上、産業のないところでは自足した生活を営むことはできない。

俺たちは、デュルケームが説いたように社会という巨大な機構の歯車として生きるしか道はないのだ。

俺はそんなことは全く考えず、ケニーからの連絡を持ちながら、グーグルマップでご当地グルメを探しながら歩いた。酔っぱらって宿に帰れなくなるのは困るから、素面のうちに土地勘をつかんでおかないとな。

そうこうしているうちに、連絡が来た。どこにいる?というんで、商店街の信用金庫の前に座っているよと伝えると、すぐにそっちに行くということだった。

俺はぼんやりと、カラオケから所在なさげに出てきた高校生くらいのあんちゃんたちの退屈しきった姿を眺めながら、こんなところでケニーはいったい何をやってるんだ?とぼんやり考えていた。

そうこうするうちに、なんとなく見覚えのある顔の男が、ママチャリにのってやってきた。

「おう」

俺は35年ぶりに会うにもかかわらず、つい先週も一緒に飲みに行った地元のツレのような感覚であいさつした。まるでタイムマシンだ。

「おう、久しぶり」ケニーも似たようなもんだ。もう少しお互い、感極まってもいいんじゃないか?まぁ、いいおっさんが二人して感極まってるのも気持ち悪いが。まったく、少年老い易くなんとやらだ。

お互いに、すっかりおっさんだ。浦島太郎だぜ。

次回に続く。

2026/02/10

POST#1766 人生に謎はつきもんだろう

蝙蝠
あんまり仕事が暇なので、何百本もあるモノクロフィルムをすべてスキャンする計画を立てている。ちなみに今時の若者は、フィルムを使って写真を撮り、ラボでデータ化してもらったらネガはいらないと処分を依頼することもあるそうだ。
しかし、こちとら昭和生まれ。何百本ものネガがうなりをあげている。納戸の棚の中からどす黒いオーラを出し続けて俺の精神を蝕んでいる。何万カットあるのかわからない。
メインで使っていた京セラ・コンタックスT3だけでなく、京セラ・コンタックスG2のネガも埋もれている。G2に至っては、プリントさえされていない。モノクロ時代の前に撮っていたリバーサルフィルムもある。いったい何万カットあることやら。
遠大だ。遠大な計画だ。というか、計画なんかない、行き当たりばったりだ。

そもそも、そんなことをする必要があるのかわからない映像的くずばかりかもしれん。
とはいえ、その映像的くずを飽きもせず何万カットも拾い集めてきたのは、ほかならぬ自分自身だということに、なんというか、流砂のように流れ去ってしまった自分の人生が、決して幻ではなかった証拠のように思える。
俺は、其処に確かにいて、シャッターを切ったのだ。AIじゃないぜ。
この作業を始めてから、読書がなかなか進まない。しかし、こんな時でないとやる気にならないからな。一日で400カットくらいスキャンするので精いっぱいだ。
道は遠い。

さて、物理的に遠い道を、2025年五月の終わりに俺はひた走った。
子供のころの友人、ケニーに35年ぶりに会いに行くために。仕事も休んださ。
仕事なんかよりこっちが大事だ。
一旦単身赴任している京都から地元に帰って、その前の週末に納車されたばかりの車に乗り込み、慣らし運転代わりに片道600キロの道をひた走ったのさ。
途中、京都で借りているマンスリーによって仮眠し、夜明けとともに走り出す。
明石海峡大橋を渡るのは何年ぶりだろう。この辺りでケツが痛くなってくる。

明石海峡大橋 運転しながらの撮影は危険だぜ
ケニーはブラジルからニューヨークに移った後、美術関係の学位をとるために学校に行っていたらしいんだが、当地に暮らす日本人の子供たちにサッカーを教えるというかサッカーチームのコーチをすることになったそうだ。芸は身を助けるだな。
そこから、彼はコーチングの面白さに目覚め、ライセンスを取り23年間ニューヨークでサッカーのコーチをしてきたらしい。全米サッカーコーチ協会の最優秀コーチ賞をとったこともあるらしい。
で、この15年ほどはキルギスタン、ガーナ、ナイジェリア、京都、スリランカなんかを渡り歩きサッカーチームのコーチをして暮らしてきたそうだ。
俺は10年ほど前、彼が京都でコートをしていた時に朝日新聞に取り上げられた記事を今でも大切に持っている。
35年もたって、もう一度逢えるなんて思ってもみなかったぜ。俺は四国の山の中、中央構造線に沿って走る高速道路をひた走り、愛媛の果ての宇和島まで向かった。

しかし、どうしてこんなところにケニーはいるんだ?
こんなところにサッカーチームなんてあるのか?
俺はホテルにチェックインして、彼にメッセージを入れ、返事が返ってくるまで初めての町をぶらつくことにした。
宇和島 ホテルの窓から

宇和島市 須賀川
人生に謎はつきものだ。そして、謎が多いほど面白く、何かしら意味があるように錯覚することができるものさ。まぁ、何かしら自分の人生に隠された意味があるように思えたほうが面白いんじゃないのか?しかし、ぜんぜん人の歩いていない町だな。俺の町も大したことは言えないが、地方はどこに行ってもこんなもんか。日本の行く末が心配になってくるぜ。
諸君、今日はここまでで失礼する。晩御飯の買い物に行くのさ。

2026/02/09

POST#1755 どんな時代だかヘイヘイヘイ

名古屋かな
自民党、歴史的な大勝か。

憲法も変えられてしまうだろう。集団的自衛権や交戦権が大っぴらに認められることになるんだろう。スパイ防止法で、なにかと息苦しい世の中になるかもしれない。物価高や格差の是正が行われるかは未知数だ。きっとそれはないだろう。

自己責任の声は日々大きくなるが、責任を取らない責任者だらけだ。裏金や統一教会のことはみんなすっかり忘れてしまったんだろう。維新の国保逃れとかも。

まぁ、そんなこともある。アメリカのもとの平和の時代つまりパックス・アメリカーナも終わりつつある。時代の変換期が来てるんだろう。

やれやれ、人生で2度も世界史的な転換期に遭遇するとはね。ついてるな。一度目は天安門事件からソ連崩壊に至る時期だったな。あの頃は若かった。

そこから30年余り、新自由主義の下で地を這うように生きてきた。地を這うように生きてはきたが、自由、平等、友愛というリベラルの旗印を降ろしたことはないつもりだけどね。

どんな時代がきたって、長いものに巻かれ、勝ち馬にのり、自分より弱い立場の人間を、安全地帯から叩いて溜飲を下げるような人間にはなりたくない。誰かに支配されたり、誰かを支配するのも真っ平だ。

この年まで好きにいきてきたんだ。今更変わらねぇよ。いつ自分の出番が来ても良いように、知識見識をせいぜい磨いておくさ。

失礼する。