2026/11/05

POST#1997 トランプ帝国の落日か、新たな混乱の序章か?

 

那覇、国際通り

アメリカの中間選挙の結果が出た。

民主党の地滑り的な大勝だという。トランプ大王を担ぐ共和党はイラクとの戦争、それによる燃料費の高騰、関税による物価の高騰、移民排除による労働力不足によるインフレの亢進に疲弊した人々からNoを突き付けられた格好だ。

さて、それを歴史的な転換点だと浮かれるつもりはない。

なぜって、アメリカの歴史はいつだって共和党と民主党の間を振子のように揺れ動き、市民たちは、朝三暮四の猿のように、目先の生活の不満を政府のせいにしてしまう。

もっとも、今回の共和党政権は歴史的に酷かったのは間違いない。

アメリカは小さな政府で、圧倒的な権力を持つ独善的で狂信的な男にそのかじ取りを委ねていたのだから。

さて、昨日の話の続きだ。

失礼ながら、アメリカ人はまるで朝三暮四の話に出てくる猿のようだ。まぁ、日本人も大差ないがね。

「朝三暮四の猿」とは、目先の利益の違いに囚われて、結局同じであることに気づかないという例え話だ。日本人の選挙の際の投票行動もまったく朝三暮四の猿並だけどね。

ただ、アメリカのこのシステムを深く見ていくと、連中は「騙されている猿」というよりも、「朝三暮四だと分かった上で、別のリスクを避けるためにあえてその損を選んでいる」という、さらに複雑で倒錯した心理が見えてくる。つまりアメリカ人特有の強烈な2つのこだわりだ。

彼らの思考は俺たち日本人とはかなり違う。「目先の100$」より「政府への恐怖」を問題視してるんだ。

つまりアメリカ人にとって最も恐ろしいのは「お金を損すること」ではなく、「政府に自由を奪われること」なんだとさ。合理的だとか徹底的に功利主義的に見えるアメリカ人のこの性分は、実に不思議だ。

おおくの日本人は、「国が一元管理してくれれば、手続きが楽になって手数料もかからない(=実質的に得をする)」と考える。コストも抑えることができて合理的で利便性も高い。しかし、様々な個人情報を政府に差し出し、唯々諾々と政府に管理されることと表裏一体だ。

この唯々諾々と政府に管理されるということが、彼らには耐えられないんだ。

つまりアメリカ人たちは、こんなふうに思ってるってことだ。

「国が一元管理するということは、政府が私のすべての行動、住所、資産を監視できるということだ。それは独裁国家への第一歩だ」と。だから「手続きが煩雑で民間企業に大金をむしり取られる(朝三暮四の損状態だ!)」と分かっていても、「国に監視されるくらいなら、民間企業に金を払って不便な目遭う方がマシだ」という、極端な国家不信がベースにあるんだ。

その結果、トランプのような独裁者が生まれてしまったのは、大きな矛盾としか思えないがね。

彼らは「大きな政府」を徹底的に嫌うんだ。

行政が一元管理して効率化するためには、強力で大きな役所(政府)が必要なのはいうまでもないよね。しかし、アメリカ人、とりわけ保守派の皆さんには「政府は小さければ小さいほど良い(Small Government)」という思想が根強くある。まぁ、イギリスと独立戦争して、自分たちの国をおっ立てた(ついでにネイティブアメリカンも殺しまくった)お国柄だからな。リバイアサンを嫌ってるのさ。
効率化のために役所の権限を強めるくらいなら、「役所は無能で不便なままでいい。その代わり、自分たちの自由を守る」という選択をしているわけだ。

その一方で、ビックテックは人々のスマートフォンやPCでの閲覧履歴や検索履歴から、その思考、好み、性別、年代、現在位置などなど、ありとあらゆる様々なデータを分析抽出して、人々に最適化された広告を送り付ける。そして、それに対する規制も、アメリカ人は嫌う。

こうなってくると、彼らは自分たちの自由を守りたいのではなく、単に政府を信用していないだけじゃないかと勘繰りたくなるぜ。


結局、一番賢いのは「中抜きの仕組み」を作った連中なのさ。そう、一般の国民が気づかないうちに、一番得をしているのは「行政がやらないから、ウチが代わりにやってあげますよ」と間に入って手数料を取っている巨大企業(中抜き業者)に他ならない。

彼らは、国民の「政府が怖い、嫌いだ」という感情を巧みに利用し、「政府に確定申告をやらせたら増税されるぞ!」とか、「政府に国民皆保険を作らせたら社会主義国になるぞ!」とか様々なプロパガンダを流して、現在の不便なシステムを維持させ、自らの利益を守り続けています。こいつは持つものが、持たざる者に仕掛けた認知戦に他ならないな。

この「政府への恐怖」から、アメリカ人は未だに「国定の国民身分証明書(ナショナルID)」の作成にも大反対し続けている。日本のマイナンバーカードの比じゃない。

そして、この政府への不信こそがトランプを大統領に担ぎ出し、彼個人に絶大な王権のような権力を与えているのさ。まるでタイラント(暴君)かディクテテータ(独裁者)じゃないか?

この一見、矛盾しているように見える状況には、アメリカ政治の構造的な背景がある!

まずは「既存のシステム(ディープステート)」への不信感だ。

アメリカの有権者の多くが複雑な行政や既得権益(前述のロビー企業や官僚機構)に不満を募らせた結果、「この腐敗した非効率なシステムをぶち壊してくれる強力なリーダー」を求める心理が生まれたわけだ。自分たち自身が長年にわたって作り上げたものなのにな。
トランプを支持する人々からすれば、彼は「独裁者」ではなく、「国民を苦しめる不便で官僚的なシステム(彼らが言う『ディープステート』)と戦う救世主」という映り方になっとるわけですわ。認知の歪みなんだけどね。

けれど、社会システムへの不信が強すぎるがゆえに、強力な個人に権力を委ねてでも変革を望むというパラドックスが起きているわけだ。

けれどそれは、思考停止して、ただ現状が気に入らないと言ってるだけだろう?

それに対する連邦制による「権力の分散」という防波堤の存在がある。

アメリカの制度そのものは、一人のリーダーが本物の「独裁者」にならないよう、非常に強固なブレーキ(チェック&バランス)を組み込んでいる。

まず州の権限の強さだ。 冒頭の「有権者登録」や「住民票がない」という話の通り、選挙のやり方や警察権、教育、日常の行政ルールはすべて各州(知事や州議会)が握っている。権力の独占をさせない工夫なんだが、この21世紀に制度疲労を起こしていないか?だって、ここデジタル時代に不便極まりないぜ。江戸時代の日本じゃないんだから。

そこは大統領でも手を出せない領域なんだ。

たとえ大統領が連邦政府のトップとして強い権限を行使しようとしても、州の法律や州知事の権限を完全に無視して全国を一元支配することは憲法上できないようになってる。

つまり、トランプがどれほど強力な発言力を持ち、支持者から王のように慕われていたとしても、アメリカの「地方分権(バラバラであること)」というシステム自体が、国全体が一枚岩の独裁国家(タイラント)になることを防ぐ最大の防波堤としても機能しているという構造だ。

そしてやはり疑問は残る。これは「強いリーダーシップ」か「独裁」か?

アメリカでは伝統的に、強力な大統領令(Executive Order)の発動などを巡って、「これは危機を乗り越えるための強いリーダーシップだ」と評価する声と、「議会を無視した独裁的な暴挙だ」と批判する声が常に激しく対立する。年中行事みたいなもんだ。

行政の煩雑さや非効率に苦しむ国民が、強力なトップダウンの力を求めてしまう。しかし、それをやりすぎると民主主義の危機(独裁)と言われる。

アメリカは今まさに、この「自由と統制」「効率と民主主義」の激しいジレンマの渦中にあるわけだ。

まったく日本人からすると、意味不明だ。俺たち日本人の感覚からすると、「不便だし、お金もかかるし、独裁の危険まであるなら、さっさと住民票を作ってシステムを一本化すればいいのに、なぜそれをしないのか?」と、どこまでも意味不明に思えて当然だろう。

それはある意味、日本人が秀吉の刀狩りや綱吉の儒教倫理に基づいた社会OSの書き換えで、すっかりおとなしく家畜化されたとも言える日本人の感覚だ。

この「意味不明さ」の根本には、日本とアメリカの「国(政府)に対する根本的な信頼度の違い」がある。

ここが180度違うため、どれだけ議論してもお互いのシステムが理解できない平行線になってしまうんだ。

日本:お上(政府)は「お世話をしてくれる存在」

日本の歴史や文化において、役所や政府は基本的に「インフラを整え、生活を便利にし、いざという時に守ってくれる存在」という前提(信頼)があります。

だから、マイナンバーや住民票で管理されることに対しても、「手続きが楽になるなら便利でいいじゃん」という発現になる。一時期はマイナポイントとかも貰えてお得だったしね。つまり、日本人にとっての最優先事項は、「秩序、効率、そして全体の公平性」だ。

アメリカ:政府は「いつか牙をむく敵」

一方でアメリカは、イギリスの王による独裁(暴政)から独立戦争を起こして戦い勝ち取った国だ。彼らのDNAには「権力は必ず腐敗する」「政府は放っておくと国民を支配しにくる敵である」という強烈な不信感が刻まれているんだ。抗い食い止めるったって、とっくに腐敗してるんだけどね。

彼らアメリカンにとっての最優先事項は、どれだけ不便であっても「国に個人の自由を侵されないこと」だ。

「効率的で便利な社会」よりも、「不便だけど国にコントロールされない社会」の方が安全だと本気で信じているんだ。けど、俺たちからすると、国民皆保険も国民年金もないような社会なんて、想像できるか?


「意味不明なルール」が残るからこそ、アメリカ

日本人は「みんなで話し合って、一番合理的で効率的なルールを作ろう」とする民族集団だと言えるだろう。

それに対してアメリカは「誰も信用できないから、お互いに足を引っ張り合う(チェック&バランス)複雑なルールにしよう」とする個人の集団だと言えるだろう。

その結果が、

  • 住民票がないから手続きがバラバラ
  • 不正を防ぐためにわざわざ有権者登録をさせる
  • その不便さを逆手に取って民間企業が中抜きで大儲けする
  • システムにイライラした国民が「ぶっ壊してくれ!」と過激なリーダーを支持する

という、外から見ると「自業自得のループ」に陥っているように見えるわけだ。

それ、誰得なんだよ!

「便利さや効率」を何より重んじる日本の視点から見ると、アメリカのこのシステムはまさに「意味不明」の極みだよ。けど、彼らにとっては「自由を守るための必要悪(コスト)」という、交わることのない価値観の壁が存在しているんだ。まぁどっちもある意味、幻想=思い込み、刷り込みなんだけどね。

ジャン・ジャック・ルソーの説いたように、国家とは、一般意思に基づくべきものだと、俺は考えている、近代国家の基礎だ。

「国家の権力は、私利私欲を離れた『社会全体の共通の利益(一般意思)』に基づくべきだ」という考え方は、近代民主主義の最も美しい理想だ。

この哲学的視点をあてはめると、日米の国家のあり方の違い、そして日本人がアメリカを見て「意味不明」と感じる理由がさらにクリアに見えて来るだろうよ。

実は、日本とアメリカは「一般意思をどう実現するか(あるいは信じるか)」のアプローチが根本から異なっているんだ。

日本:行政が「一般意思」を体現しているという信頼

実は、右派の皆さんが大嫌いな日本国憲法に基づく日本のシステムは、ルソーの思想に近い理想を持っているんだ。

国は「社会全体の幸福や効率のために、みんなが納得する最高のシステム(住民票やマイナンバーなど)を国が作り、運営する」

国民も「お上のやることは、私利私欲ではなく『全体の利益(一般意思)』に基づいているはずだ」と比較的素直に信じられるため、国家による一元管理をすんなり受け入れちゃうわけだ。

アメリカ:「一般意思」など存在しないという不信

一方で、アメリカの建国の父たちがベースにしたのは、ルソーよりもむしろロックやモンテスキュー、マディソンといった思想家たちなんだ。彼らは「人間が集まったところに『純粋な一般意思』なんてものは存在しない。あるのは『部分意思(派閥や個人の利権)』のぶつかり合いだけだ」と冷徹に考えたんだ。ぶっちゃけて言えば、まぁ、社会とは力と力のせめぎあいという思想だ。

「社会の共通の利益」を掲げて登場する権力者(トランプ氏のような強力なリーダーも含め)であっても、一歩間違えれば自分の利益のために国民を弾圧するタイラント(独裁者)に化ける可能性がある。

だから、アメリカは「一般意思」という綺麗な理想をハナから信用せず、「誰かが権力を握っても独裁できないよう、最初からシステムをバラバラ(非効率)にしておく」という道を選んだわけだ。


理想の不全、あるいは皮肉

俺が常々主張しているように、国家が「一般意思(全体の幸福)」に基づくべきだとすれば、アメリカの現状はあまりに歪んでいるようにしかみえない。

「政府の暴走を防ぐ」という名目でバラバラにした隙間を、民間企業が「特殊意思(自社の利益)」で埋め尽くし、中抜きで大儲けしているだろう?

結果として、国民全体の利益(一般意思)はないがしろにされ、一人の強力なリーダーの登場に熱狂する土壌まで作ってしまった。そして、持つものと、持たざるものの格差は、理論的には無限に拡大していく。

「一般意思」を信じて国家を信頼し、効率的で安全な社会を作った日本。
「一般意思」を疑って国家を縛り、非効率と引き換えに個人の自由(と剥き出しの資本主義)を守ろうとするアメリカ。

国家のあるべき姿として、この「理想の置きどころ」の違いをどう捉えるべきか、俺はいま君たちに、非常に深い問いを投げかけているんだ。

2026/11/04

POST#1996 アメリカの中間選挙が大盛り上がりだな。

 

沖縄 市場にて
アメリカで、議会の上下院の議員を改選する中間選挙が大盛り上がりだ。
トランプ帝王の行き当たりばったりの政策と縁故主義にうんざりした人々の投票のおかげで、民主党の得票が伸びているらしい。
開票結果化が確定するまでわからないが、民主党が上下院ともに過半数を押さえたら、トランプ危うしだな。彼の思い付き政策に、議会は意を唱えるだろう。様々なルール無用の行いに対して、弾劾決議を発議する可能性もあるだろう。
それよりも、トランプがまた大衆を扇動して、議会を乗っ取るようなことになるかもしれない。最悪だな。
そんな最悪な事態を回避するためにか、民主党の牙城であるカルフォルニア州の人々の投票登録が疑わしいとかいちゃもんをつけていたが、これはあっさり裁判所に否認された。
何かと権力にしがみつく薄みっともない老人だ。
仕方ない。大統領の座を追われたら、かトランプが目の敵にしているICC(国際刑事裁判所)に指名手配されるかもしれない。仲良しのネタニヤフともどもね。そうなったら、フロリダに身を寄せて事実上亡命しているブラジルのボルソナーロ親子も行き場を失うだろうな。

さた、だいたいなんでアメリカじゃ、有権者登録なんて必要なんだ?

住民票とかないのかね?にほんなら、そんな面倒なことを自己申告しなくても、選挙のお知らせが市役所から届く。投票所に行けば、この選挙のお知らせの番号と住民台帳を突き合わせて確認し、市民ならだれでも投票ができる。もちろん投票する気があればだけれどね。

アメリカで有権者登録が必要な最大の理由は、日本のような全国統一の住民票(住民基本台帳)や戸籍の仕組みが存在しないからだ。

はぁ?大事なことだからもう一度言おう。

全国統一の住民基本台帳がないんだとさ!

俺たちがたまたま生まれた日本では引っ越しをして役所に転入届を出せば、自動的に住民票が更新され、選挙管理委員会が作成する選挙人名簿に登録される。自動的にだ。ほかに何の手続きもいらない。日本全国、どこに行っても同じだ。しかし、アメリカにはこれに相当する国の一元的なシステムが、ない。

彼らは「国家が国民を一元管理する」ことへの強い警戒心を持っている。というか、国家を信用していない。

アメリカは歴史的に、中央政府が個人の情報を管理することに対して強い拒否感(プライバシー侵害や国民監視への懸念)があるのだという。そのため、日本のような「国民全員に一意の住所と身分を紐付けて登録を義務付ける」住民票システムそのものが存在しないんだそうだ。さすがは自由の国だ。

しかも選挙の管理は「州」の権限だ。

アメリカの選挙は連邦政府ではなく、50ある各州(および地方自治体)がそれぞれ独自の法律で運営しているんだとさ。

核家族社会のアメリカでは、生まれたコミュニティを離れて州をまたぐ引っ越しも多いため、各州の選挙管理委員会は「誰が今、自州のどの選挙区に住んでいて、投票資格を持っているか」を独自に把握する必要がある。

その確認作業を有権者側からの「申請(登録)」に頼っているのが現状なんだとさ。

何たる非効率!投票すらもするかしないか自由なのさ。

そしてなんだか本末転倒な気もするが、不正投票の防止策なんだとさ。

二重投票や、亡くなった人の名義での投票、資格のない人(市民権のない人など)の投票を防ぐため、事前に身元と居住地を確認するステップとして有権者登録が機能しているらしい。だから、それは日本みたいなシステムを構築するほうが間違いないだろう?

お得意のお家芸のAIに作ってもらえばいいじゃないか?


この有権者登録の手続きは、「投票率を下げる原因になっている」「特に低所得層やマイノリティの投票を難しくしている」という批判が根強くある。

そりゃ当然だ。好き放題やりたい権力者は、政府のやり口に不満を持つ低所得者やマイノリティの投票率は低い方がいい。権力を維持するためには是非ともそうすべきだ。メンバーズオンリーだ。貧乏人は黙って冷や飯くいだ。同じ理由で投票率は低い方がいい。日本でも、有権者が選挙の時に寝ていてくれたらいいと放言した、元総理大臣で元オリンピック委員会でサメの脳みそと言われた政治家がいたな。それと同じだ。

そのため、いくつかの州では改善に向けた取り組みも進んでいるそうだ。たとえば

  • 自動有権者登録(AVR): 運転免許証の更新などの手続きの際、自動的に有権者登録も行われるシステム(多くの州で導入が広がっています)。
  • 当日登録: 選挙の投票日当日に投票所で登録してそのまま投票できる州もあるそうだ。

じゃぁ、運転免許のない人、パスポートなど身分証明になる子的書類のない人はどうするんだ?

百歩譲って、連邦政府に一元的な住民台帳がないのは良しとしよう。

しかし、それぞれの州に住民票とかないのか?

そもそもそれじゃ、市民サービスとか行政そのものに支障があるだろうに。

しかし驚くべきことに、州単位でも日本のような「住民票(行政が個人の住所を一元管理する仕組み)」はない。ないったらない。

俺たち日本人の感覚からすると「どうやって行政サービスを行っているんだ?」と不思議に思えるんだが、アメリカでは目的ごとに異なる公的書類や番号を組み合わせる「分散型」のシステムで行政を回しているわけだ。

これが非効率極まる奇々怪々なものだ。屋上屋を重ねてきた結果だろうな。

1. 住所の証明は「運転免許証」や「公共料金の請求書」

アメリカで最も「住民票」に近い役割を果たしているのが、各州の陸運局(DMV)が発行する運転免許証(または車を運転しない人向けの身分証明書/ID)なんだそうだ。
引っ越しをした住民は、州の法律で「○日以内にDMVで住所変更の手続きをするように」と定められているんだと。

行政サービス(公立学校への入学、図書館カードの作成など)を受ける際の「居住地の証明」には、主に以下が使われているらしい。

  • 住所が記載された運転免許証
  • 自宅に届いた公共料金(電気・水道・ガスなど)の請求書
  • 家賃の賃貸契約書

行政側は、これら複数の書類を住民に提示させることで「本当にここに住んでいるか」を確認しているんだとさ。何たる非効率!

2. 人口の把握と予算配分は10年に1度の「国勢調査」

こんなていたらくだと、当然俺たちは「住民票がないと、行政が地域の人口を把握できず、予算やインフラの計画が立てられないのでは?」という疑問抱かざるを得ない。

でも、安心してくれ。アメリカ人もそこまで馬鹿じゃない(はずだ)。
アメリカではこれを、憲法で定められた10年に1度の「国勢調査(Census)」でカバーしているんだ。「国勢調査」ねぇ…。

このデータをもとに、連邦政府から各州・自治体への予算配分や、下院議員の議席配分(選挙区の区割り)が決まるんだそうだ。

3. 税金は「自己申告(確定申告)」が基本

税金(所得税など)の徴収は、日本のような役所主導の住民税徴収とは異なり、原則として年に1回、全員が自分で自分の住所と収入を国税庁(IRS)や州の税務当局に申告する仕組み(タックス・リターン)になっている。行政はこれにより「誰がどこでいくら稼いだか」を把握するってわけだ。

4. 国民共通のIDは「社会保障番号(SSN)」

日本でいうマイナンバーに近いものとして、社会保障番号(SSN: Social Security Number)があるんだそうだ。なんだ、ちゃんとあるんじゃん。さっさと紐付けしなよ!
元々は年金管理のための番号だったらしいが、現在は税金の申告、銀行口座の開設、就職、クレジットカードの作成など、あらゆる場面で本人確認のために必須となっているんだそうだ。

ただし、これにも「公式の住所情報」がリアルタイムで紐付いているわけではないんだとさ。だから紐付けしろってばよ!


さて、最前から俺が気にしているのはここだ。こんな有様で行政に「支障」は出ていないのか?

実際のところ、かなりの支障や非効率さが発生しているんだなぁ。

まず、手続きがとにかく面倒くさい。

住所が変わるたびに、DMV(免許)、郵便局、税務署、銀行、選挙管理委員会など、あらゆる場所に個別に住所変更を届け出る必要がある。これは面倒くさい。日本なら、市役所と警察に行くだけだ。

当然のことながら、役所の窓口が大混雑する。

 特に運転免許を発行するDMVは、全住民の身分証管理を一手に引き受けているため、常に長蛇の列ができ、アメリカで「最も行きたくない場所」の代名詞になっているんだとさ。まぁ、俺も運転免許試験場は、行きたくない場所の一つだけどね。

いちばん悪いことには、行政の横のつながりがないことだ。

 州のシステム、警察のシステム、福祉のシステムが連動していないことが多く、情報の照会に時間がかかったり、不正受給や管理漏れが起きやすいという弱点がある。生活困窮者を支援したりするのにも支障があるだろう。

けど安心して。アメリカは自由の国なので、生活婚食うして野垂れ死ぬのも自由ってことだ!

こんなていたらくなのに、アメリカ人が「一元管理された住民票」を作らないのは、やはり「政府に自分たちのプライバシーや居場所を監視されたくない」という自由主義の理念が、不便さよりも優先されているからだ。

そう、彼らは自分たちの政府を、自分たちの国を、根本のところではまったく信用していないのだ。

俺はこの状況を見てみるに、ふと一つの疑問を抱く。

この人たち、煩雑化によってGDP上げようとしてない?(笑)

これはあながち笑い話とも言えないようだぜ。

経済学やビジネスの視点から見ると、アメリカのこの「手続きの煩雑さ」や「非効率さ」は、皮肉にも巨大な民間市場(ビジネス)を生み出し、結果としてGDPを押し上げる要因になっているらしい。阿呆らしい。

これを皮肉を込めて「非効率が生み出す経済効果」と呼ぶことがでるだろう。まさに「ブルシット・ジョブ」だ。このブルシットジョブがビッグビジネスを生み出している。

1. 「確定申告が難しすぎる」から生まれた巨大産業

アメリカの税金申告(タックスリターン)は、住民票や会社による年末調整がないため、個人でやるには複雑怪奇らしい。まぁ、税金なんてそんなものだ。複雑怪奇にして、出来るだけ貧乏人から巻き上げるようにできてるのさ。
その結果、「ターボタックス(TurboTax)」などの申告ソフト会社や、街中の税務代行サービス(H&R Blockなど)、公認会計士(CPA)が数兆円規模の巨大市場を形成しているんだとさ。数兆円規模だぜ!驚きの非効率だ!
彼らは「システムがシンプルになって国民が自分で簡単に申告できるようになると困る」ため、政府が無料の公式申告システムを作るのを阻止しようと、長年激しいロビー活動(政治家への働きかけ)をしてきたことでも有名なんだとさ。ひどい話だ!

2. 「身元が信用できない」から生まれた巨大産業

住民票や戸籍がないため、アメリカでは「この人は本当に信頼できる人物か?」つまり家を貸していいか、ローンを組ませていいかを国が証明してくれないんだ。

これが中国なら、携帯と連動した社会信用スコアで一発なのにな!(笑)
そこで、「クレジットスコア(信用スコア)」を算出する民間企業(Equifax、Experian、TransUnionの3大信用情報機関)が発達したわけだ。家を借りる、車を買う、就職する、あらゆる場面でこの民間企業のデータが有料で照会され、これもまた巨大なビジネスになっているんだとさ。民間企業のほうが、公共セクターよりも信用できるという感覚が、よくわからないぜ。

政府の信用より、民間企業の担保する信用を重視するというのが、俺には意味不明だ。

公共とか社会とかいう概念が社会にないのだろうか。人々は孤に分断されたモナドとしてしか存在しえないのだろうか?

3. 「住所やIDの証明が大変」だから生まれる民間サービス

引っ越しのたびに何十箇所も住所変更をするのが面倒なため、それを一括で代行・仲介する民間アプリやサービス、また「身元確認(バックグラウンドチェック)」を専門に行う代行会社が数多く存在し、これも立派に経済を回しているわけだ。みんな儲かってよかったね。

そのお金は誰が払うのでしょう。もちろん一人一人の市民ですよ。しかし、本来はこういうコストは、社会を維持するためのコストとして、公共セクターが負担し、責任を負うべきものだ。


こいつはまったく、「割れた窓の寓話」そのものだ。

経済学には「割れた窓の寓話」というものがある。
「パン屋の窓ガラスが割れると、ガラス屋が儲かり、ガラス屋がそのお金で服を買えば服屋が儲かる。だから災害や破損は経済を活性化させる」という一見正しそうで、実は社会全体としては富を失っているという屁理屈だ。

アメリカの行政の煩雑さは、まさにこれと同じだ。

  • 日本: 行政がシステムを一元化して、国民の「時間と手間(コスト)」をゼロにする。
  • アメリカ: 行政が不便なままなので、国民は民間企業にお金を払ってその不便さを解決する。(ここで民間企業の売上が立ち、GDPが増える!)

国民個人の時間やストレスという「目に見えないコスト」を犠牲にして、民間ビジネスの「目に見える売上(GDP)」に変換している、と言えなくもない構図があるわけだ。このあたりは、徹底的な資本主義国であるアメリカらしさとも言えるだろう。合理性のかけらもありゃしない。その割には、テック企業が検索などを通じて個人情報を吸い上げ、情報抽出するのは良いってんだから、わけがわからないぜ。

この「わざと不便なままにしてビジネスを残す」という構図は、国民皆保険がないため、複雑な民間保険と代行請求が巨大産業化しているアメリカの医療保険制度にも全く同じことが言えるようだ。

本来ならテクノロジーや行政改革で「ゼロ」にできるはずの無駄なコストを、わざわざ民間ビジネスの「売上」として計上して「我が国のGDPは成長している!」と言っているわけですから、極めて不条理だ。カミュやカフカが見たら大喜びするほどの不条理だ。

この仕組みが長年維持されている背景には、アメリカ特有の「ねじれた思想」がある。

彼らは「政府の役人」より「民間の金儲け」を信じる文化を持っている。

アメリカには「政府がやる仕事はすべて非効率で利権まみれになる。民間企業に競争させたほうが、まだマシなサービスが生まれる」という根強い新自由主義という信仰がある。教祖はミルトン・フリードマンだ。そのため、日本では「お上が一元管理して効率化するぞ、マイナンバーにみんな紐付けだ!」となる局面で、アメリカさんでは 「政府にやらせるとロクなことにならないから、不便でも民間ビジネスに解決させよう」となるわけだ。そして、民間企業にぼったくられる。企業の目的は人々の幸福の最大化ではなく、自らの、株主の利益の最大化だからだ。そんなこと、ちょっと考えればわかりそうなものなのにな。

この不条理の結果として、余計に複雑で金のかかる民間サービスが乱立することになるわけだ。馬鹿らしいぜ。

銭ゲバな奴らは「GDPの数字」さえ増えれば正義ののさ。

経済学の指標にすぎない、サイモン・クズネッツが発案したGDP(国内総生産)は、「どれだけ社会が幸せになったか」ではなく「どれだけお金が動いたか」しか計算しない。しかし、お金を使わずに個人が労力を費やした部分に関しては、お金が動いていないのでカウントされない。そこで起きるのが次のような転倒した構図だ。

住民票1枚で手続きが終わる日本 ➡ お金が動かないのでGDPはゼロ

複雑な手続きのために代行業者に1万円払うアメリカ ➡ GDPが1万円増える

諸君、如何におもわれるかな?

社会全体としてはアメリカの方が明らかに無駄なコストと労力をかけて疲弊しているわけだけど、「GDP成長率」の数字の上では、アメリカの勝ちになってしまうというバグが起きているくわけだ。阿呆らしいぜ。

この非効率な政治を動かすロビー活動という名の「合法的な買収」が社会を覆っている。

この非効率から恩恵を受けている企業(税金申告ソフト会社や民間保険会社など)は、莫大な利益を使って政治家に献金し、「行政手続きをシンプルにする法案」をことごとく握りつぶしてきた。政治家は、国民の幸福のために働いているのか?業界利権の代弁者に過ぎないのか?
こんな腐敗した時代遅れの慣行を墨守し、おかげ様で民間ビジネスが成長しすぎた結果、「不便であること」が彼らの既得権益になっている。その結果、国全体をアップデートできなくなるという本末転倒な事態に陥っているというわけだ。たわけだないの?

大丈夫か、アメリカ?


「非効率をビジネスに変えて成長する」アメリカと、「効率的で便利だけど経済が停滞している」日本。どちらが良いかは一長一短かもしれない。アメリカの成長の裏には、こうした国民の膨大な「時間、ストレス、手数料」という隠れた犠牲があるのは間違いない。

君は、日本とアメリカ、どっちに生まれたいかね?

この構造の根底には、アメリカ人と日本人の社会や国家に対する共同幻想の断絶がある。明日はそれについて話そう。


2026/11/02

POST#1995 自分たちの住んでいる社会をよりマシなものに変えていくことこそが、政治的に正しいってことじゃないのかい?

名古屋大須商店街にて

昨日は日曜日だったから、死んだように眠っていたかった。眠っていたかったんだけれど、息子がドライブに行きたいっていうから。運転しながら眠っていたんだ。

谷汲山華厳寺っていう寺の本堂にある戒壇巡りをやりたいって連れ出されたんだ。わが息子ながら、酔狂なもんだ。

真っ暗な中を手探りで進むのさ。人生とおんなじだ。わざわざそんなところに行くまでもなく、いつだって人生はそんな状態なんだ。やれやれ、眠たいぜ。

さて、世界のというか主にアメリカにお住いのポリコレ大好きな皆さんは、日本の学園もののアニメを批判したり改変することよりも、自分たちが暮らす社会で、夜中の三時に女の子が一人でループに乗って大通りを走ることができるような環境を作ろうとはしないのだろうか?

そんな安全な社会を実現するのが、政治的に正しいあり方だろう?

普通に考えれば、「日本の日常系アニメのような、誰もが銃を恐れず、格差に怯えず、穏やかに暮らせる安全な社会」を自分たちの国でも実現することこそが、彼らにとっても究極のゴール=理想であるはずだ。異論のある人いる?

しかし、なぜ彼らはそれを自分たちの国で実現しようとせず、日本のアニメに文句を言うだけなのか。そこには彼らの諦めと無力さがある。

まず、「現実のインフラ」を作る能力と覚悟がない。

「どんな理想も、現実に立脚していなければ道筋を描けない」と先に書いたよね。日本のこの現状ってのは、一朝一夕にできたものじゃないんだ。日本がこの「深夜3時に女の子が歩ける社会」を維持できているのは、秀吉の刀狩りから始まり、綱吉の文治政治、そして現代に至るまで何百年もかけて、治安、医療、教育、国民皆保険といった目に見えない「社会のインフラ(ソーシャルキャピタル)」をコツコツと地道に構築してきたからに他ならないんだ。

これをアメリカやヨーロッパで実現しようとすれば、とんでもなく凄まじい大改革が必要になるだろう。どんな?

例1

合衆国憲法を改正して、全国民から数億丁の「銃」を完全に没収する。全米ライフル協会の皆さんが黙っていないだろうな。そこで待っているルートは、命がけの内戦レベルの反発が起きるという経路をたどるのは必定だろうな。

例2

富裕層に大増税をして、貧困層のための国民皆保険や医療・教育インフラを本気で整える。

けど、トマ・ピケティも言ってるけれど、これは本当にやった方がいい。資産課税も視野に入れたほうがいい。富裕層の最高税率は、この30年くらいで劇的に下がってるんだから。

例3

路上で暴行や窃盗などの犯罪をおかすものを検挙し、麻薬を売る人間を徹底的に取り締まり、治安を回復させるのも必要だろう。これはやらないといけないだろう。特に麻薬はジェームスブラウンも、パブリックエネミー№1(社会の敵だ)と歌っていたんだが、それから何十年経っても、いまだに変わらない。

これらは気の遠くなるような時間、政治力、そして血の滲むような現実の痛みを伴うことだろう。

政治的に正しい精力的な活動家の皆様には、この地獄のような現実のプロセスに挑む覚悟も、具体的な道筋を描く能力もないというのが正直なところだろう。

だから、連中は「正しさのノルマ」を設定し、それをクリアしさえすれば満足してしまうんだ。それは現実に対する敗北を認めていること以外の何物でもない。

彼らにとっての「理想の社会」とは、実は「みんなが本当に安全で豊かに暮らせる社会」なんかじゃなく、「表面的に、すべての人種やジェンダーの比率が平等に配置されている画面」になってしまっているんだ。要は誤魔化しなんだ。絵に描いた餅なんだ。

現実の社会は銃や格差を解決するのは難しすぎるから諦める。

けど、エンタメの画面の中じゃ、映画やアニメの登場人物の比率(白人何割、黒人何割、LGBTQ+何割)を無理やり変えさせることは、SNSで圧力をかければ数年で達成できるぜ、せめてここだけでもあるべき世界を構築するぞ!となるわけだ。

タワケらしい。

つまり、彼らは「現実の社会を変える」という本物の理想への道筋を描くのをサボり、「映画の配役を変える」「アニメキャラの肌の色を濃くする」という、一番手軽で安易なインスタントの理想郷でお茶を濁しているわけなんだ。そう、自己満足以外の何物でもないんだ。

だから、現実の差別や治安は1ミリも良くならないのに、「自分たちは理想に向かって戦っている」という錯覚(=脳内お花畑)から抜け出せませないんだ。幻想なんだ。

だからこそ、GDPは落ちててもお花畑のような社会を作り上げてる日本の「普通の日常」を認めたくないんだ。認めたら、自分たちが惨めになるからさ。

つまり、煎じ詰めれば彼らのプライドの問題だ。

もし「日本のアニメに描かれている世界は、日本人が何百年もかけて作ってきた現実の日常だ」と認めてしまったら、欧米の自分たちの社会システムは、経済が30年も停滞している日本の日常に完全に敗北しているってことになっちまうだろう。そう、経済成長してないくせに治安も、医療も、教育も日本の方が豊かってどういうこと?っていう不都合な真実を認めざるを得なくなるんだよ。

アメリカやヨーロッパの知識人や活動家には、「自分たちこそが世界の中心であり、最先端の文明国である」という強いプライド(欧米中心主義)が根底にある。偉そうに言っても、エスノセントリズム=自分たちがサイコー!なんだ。

そのため、「日本のような東洋の単一民族に近い国が、自分たちより遥かに安全で理想的な社会をすでに実現している」という現実を直視したくないんだ。

ミニオンズみたいな連中だしな。

だからこそ、それを「現実の日本の姿」ではなく、「人種差別的な日本人が作った、多様性のない空虚なファンタジー」という低レベルなものに格下げして叩くことで、自分たちの心の平穏を保っているという側面があるとしか考えられないぜ。

本当にその理想を実現したいなら、日本のアニメを叩いている暇があったら、自国の銃規制や貧困問題に命をかけるべきだ。

それをせず、現実から一歩も進まない「空言(画面のポリコレ比率)」ばかりを弄んでいるからこそ、彼らの運動は世界中のフツーの感覚の皆様方から「偽善だ」「お花畑だ」と愛想を尽かされ始めているんだ。

言葉狩りやよその国の文化にケチをつけることが政治的に正しいことじゃない。

あくまで現実世界に働きかけ、自分たちの手で自分たちの社会をよりマシに変えていく地道な営みこそが、政治的に正しいっていうんじゃないのか。

その営みに終わりなんかない。日本だって決してユートピアじゃない。貧困や格差もある。けれど、いきなり銃撃されてぶっ殺されたり、警察や移民局の連中に袋叩きにあってどこかに連れ去られるってことが無いだけましなだけだ。

そう、一見正しそうなことを大声で言うやつらには、うさん臭さがある。気をつけろ、みんな。