2026/04/20

POST#1825 左にどんどん行ってみろ、するといつのまにか右にぶつかるんだぜ

芍薬 私の好きな花

ここ何回か、日本の右派政党を俎上に載せ、『日米合同委員会』の存在を喧伝したのは、まずは国内の似非右派の虚を暴きたかったからなんだ。奴らは一皮むけばアメリカの走狗でリバタリアンなんだよ。

いわゆる「保守」や「右派」を自称しながら、その実態は米国の軍事・経済戦略に追従し、新自由主義的な弱肉強食(リバタリアン的発想)を加速させている人々。彼らの「偽物のナショナリズム」を解体しない限り、真の独立自尊などあり得ないだろう?

彼らの「虚」を暴くポイントは、以下の3点に集約されるのではなかろうか。

1. 「対米追従」と「愛国」の矛盾

アメリカの走狗: 日本の富が米国債や兵器ローンとして吸い上げられることを容認しつつ「愛国」を唱える欺瞞。真の右派であれば、まず地位協定の改定や独自軍備などの「主権の完全回復」を最優先にするはずなんだけど、奴らはアメリカの虎の威を借る狐のように、対米従属を続けながら愛国の看板を揚げることで、自分たちの地位を守っているんだからね。

逆に言えば、アメリカとの安全保障条約がなくなったら、その存在意義を失うってことだ。

2. 「伝統」を隠れ家にしたリバタリアニズム

自助努力という名の棄民: 伝統や家族の絆を口にしながら、実際には弱者を切り捨て、セーフティネットを破壊する構造改革を支持する。これはかつて日本全国を歩きまわり、人々の暮らしをつぶさに記録してきた宮本常一が描いたような「共同体でしぶとく生き抜く日本人の互助精神」とは真逆の、冷酷な市場原理主義だ。その代わり、間違った経済政策による経済の混乱の責任をとる人間はいない。上に立つ『優秀』な皆さんは徹底して無責任で、自己責任と突き放されることも、梯子を外されることもない。

さすが、子供の頃に勉強ばかりして東大に入り、中央官庁に就職なさったような優秀な方は、責任の取り方が違う!何も責任なんて取らないんだもの(笑)!

3. 「プロイセンモデル」の亡霊

硬直した国家観: 明治以降の作られた「上からのナショナリズム」に固執し、古層にある「寛容でインクルーシブな日本のダイナミズム」を理解していない。彼らにとっての天皇は「統治の道具」であって、あなたの仰る「多様性を包摂するオーソリティ」ではありません。

この「似非右派」のメッキを剥がし、彼らが単なる「アメリカの利権の管理人」に過ぎないことを白日の下にさらす。それは、国民が「安逸な奴隷」から目覚めるための、不可欠な儀式(デトックス)になります。

俺自身が考えていることは、意外と一水会🔗に近いのかもしれない。一水会を持ち出すと、文脈がガチッと固まるようにも感じる。左に左にと進んでいったら、地球を一周して右の人と出会ったような感覚だ(笑)

一水会、特に木村三浩🔗氏らが掲げる「対米自立」と「戦後体制打破」の姿勢は、まさに俺の「似非右派(対米追従勢力)」への徹底的な批判と共通するものがある。

彼らは右派という枠組みにありながら、新自由主義的なリバタリアニズムを拒否し、イラクやロシア、中東諸国とも独自のパイプを持つなど、「米国中心の物差し」ではない世界観で動いている。それどころか、現代表の木村三浩氏は日本クルド交流連絡会顧問に就任しており、クルド人への差別に反対する活動を行っている。

俺自身が提唱するヴィジョンと一水会的リアリズムを重ねると、非常に強力なロードマップが見えてきそうだ。

「対米従属」の偽装解除

伝統や愛国を口にしながら、結局はワシントンの顔色を伺う政治家や言論人を「対米工作員」として指弾する。

「独自の正論」による国際連携

欧米のプロパガンダに染まらず、自国の生存権(核武装や永世中立)を法理に基づいて主張し、グローバルサウスや多極化勢力と手を結ぶ。

「天皇」を護憲や平和の象徴に閉じ込めない

かといって戦前の統帥権に戻すのでもなく、日本という共同体の「独立」を担保する、歴史的・精神的な最後の砦として再定義する。

リベラリストとしての「寛容・インクルージョン」を目的とし、一水会的な「対米自立・独自の国益追求」を手段(ツール)とする。この「左翼的理想と超右翼的リアリズムの融合」こそが、今の日本に最も欠けている、しかし唯一システムを揺るがし得る劇薬なんじゃないかな。デモをするだけで、平和になればいいけれど、世の中なかなか厳しいんだ。

「似非右派」の虚を暴き、一水会的なエッジの効いた自立論をぶち上げてみたと想像してみよう。

その時、テレビのコメンテーターたちが真っ青になって「それは極論だ」と騒ぎ立てる姿が目に浮かびぜ。

俺が一水会を知ったのは、書店で手に取った先年物故した一水会顧問の鈴木邦男🔗の著書『天皇陛下の味方です🔗』でその主張に驚いたことからだ。一水会は、意外とリベラルだと感じます。右翼のはずなのに排外主義でもないことに驚いた、というか戦前の国士のような言説に感心したことに始まる。 

まさにそこが、一水会の極めてユニークで本質的な部分だ。

世間一般が抱く「右翼=排外主義、タカ派」というステレオタイプとは真逆の性質を持っている。その機関誌は『月間レコンキスタ』スペインがモロッコ人王朝から国土を奪還したレコンキスタに、日本をアメリカから取り返すという情熱を感じるが、行動くしているわけではない。

俺が感じた「一水会のリベラルさ」は、実は俺が構想する「天皇を核とした寛容な永世中立国」というヴィジョンと深く共鳴している。

1. 「対米自律」ゆえの多極化・共生

一水会が排外主義に走らないのは、敵を「近隣諸国や移民」ではなく、日本の主権を縛り続ける「米国の覇権システム(ワシントン体制)」に見定めているからだ。

米国一極支配に反対する立場から、ロシア、イラン、イラク、キューバなど、米国と対立する諸国とも対等に交流している。この「相手の主権を尊重する」姿勢は、極めてリベラルな国際協調主義の裏返しでもあるだろう。

2. 「マレビト」を受け入れる度量

彼らが掲げるナショナリズムは、血統主義的な排外主義ではなく、「日本の伝統や文化を尊び、共にこの国を自立させる意志があるか」という精神性に重きを置いている。

これは、俺が歴史に学んだ「奈良・平安初期の渡来人を包摂したダイナミズム」や、折口信夫の「マレビト」信仰に近い感覚だ。外からの力を拒絶せず、日本の「古層」に取り込んで豊かになろうとする、開かれたナショナリズムだ。先にも上げたように代表の木村氏は埼玉のクルド人差別を批判し、カウンター運動を行っている。

3. 反・新自由主義(反リバタリアン)

一水会は、市場原理ですべてを切り捨てるリバタリアニズムを強く批判している。

弱者を切り捨てる「似非右派」とは違い、日本人がしぶとく生き抜くための「共同体の維持」を重視しているのだ。この「互助」の精神は、宮本常一的な常民の知恵や、リベラルな社会保障の考え方とも親和性が高いものだろう。

一水会という「ツール」を通してみると、「核武装した強靭な国家」というハードウェアと、「排外主義に陥らない寛容なインクルージョン」というソフトウェアが、一気に現実的な色彩を帯び、矛盾なく共存できることが見えてくる。

この「リベラルなエッジを持つ真の右派」という存在を、今の日本人はまだ正しく認識できていない。俺はアナルコ・サンディカリズムをベースとした愛国者なんだけどね。

「愛国」とは、誰かを憎んだり排除したりすることではなく、「自分たちの足で立ち、誰の顔色も伺わず、世界中の多様な人々と対等に握手できる強さを持つことだ」というメッセージであるべきだ。本当に日本のことが好きだから、日本が誰かの操り人形であったり、不寛容で日本に庇護を求めてきた難民を、入館施設に何年も放り込んで飼い殺しどころか実際に殺してしまうなんて狭量なことをしてほしくない。

依存(属国)から自立(主権)へ。

誰かを叩くことで得る偽物のプライドではなく、自分たちの文化と技術への信頼。

弱いから群れて他者を排除するのではなく、強いからこそ異質な「マレビト」を迎え入れ、共に豊かになれるという器の大きさ。

この自立を物理的に担保するには、今のままでは難しいだろう。 しかしトランプ以降国際的な信用を自ら棄損し続け迷走を続けるアメリカという泥船に乗り続けているのは、安全保障上大いに問題があるんじゃないのか?

2026/04/19

POST#1824 本当に日本を統治いや、支配してるのはアメリカ軍なんだ

愛知県瀬戸市の墓場
「本当に日本を支配しているのはアメリカなんじゃないのか」という疑問は、戦後日本のゆがんだ構造を直視したとき、誰もが一度は突き当たる非常に重い問いだ。
トランプを前にしたときに高市総理の見せたはっちゃけぶりを思い出すだけでも気が滅入ってくる。

現実を見渡せば、日本が独立国と自称しながらも、実態として「アメリカによる間接的な統治」を受けていると言わざるを得ない証拠がいくつも存在する。

憲法をも上回る「密室の合意」

日本の法体系では、本来「憲法」が最高法規だ。ちなみに、憲法は国のあり方を規制し国民を縛るためのものではない。立法、行政、司法を司る者たちに対して、主権者が国民自体であり、国民の福利のために奉仕することを定めている。だまされるなよ!

しかし、実際には密約製造装置とまで呼ばれる「日米合同委員会」という、日本の官僚在日米軍高官が、外務省が指定した施設とニューサンノー米軍センターで交互に、月に2回非公開で協議する場での合意が、憲法や国内法よりも優先されて運用されている実態がある。

これはPOST #1822でも話した通りだ。

日米合同委員会のメンバーは以下の通りだ。

日本側: 外務省北米局長を代表に、法務省、農林水産省、防衛省などのエリート官僚。

アメリカ側: 在日米軍司令部副司令官を代表とする軍高官。

出席するのは国民に選ばれた「政治家」ではなく、外務省や防衛省などの「官僚(日本側代表)」と、在日米軍の「軍人(アメリカ側代表)」だ。つまり、政治家はどこにもいない。有権者の信託を受けたものは誰も関与していないんだ。

この機関は日本の「国内法」で設置されたものではなく、日米両政府が結んだ「条約(日米地位協定)」に基づいて作られたものだ。日米地位協定の第25条を根拠に設置されているそうだ。それはこんな文言だ。

日米合同委員会の設置根拠(地位協定第25条)

この協定の実施に関して相互の協議を必要とするすべての事項に関する日本国政府と合衆国政府との間の協議機関として、合同委員会を設置する

この一文だけで、日本の空も、裁判権も、環境規制も、すべてが「協議事項」として密室に持ち込まれているのが、悲しくなってくるような情けない現状だ。

そして日本の法体系では、一般的に条約は国内法よりも優先されると解釈されている。

おまけに国会のチェックは全くない。 合同委員会そのものの運営や個別の合意事項について、日本の国会が法律を作ってコントロールする仕組みは全く存在しないんだ。

驚くべきことに、日米合同委員会は日本の「内閣府設置法」や「国家行政組織法」といった、通常の役所を作るための法律に基づいた組織ではない。

あくまで条約に基づく「協議機関」という名目ではあるが、実際にはここで決まったことが日本の省庁を動かし、国民の権利を制限しているんだ。

しかも絶望的なことにアメリカ側でも「法律」の縛りがないんだ。

アメリカ側にとっても、この委員会は米国内の法律で詳細に規定された組織ではないんだ。

米軍にとっては、海外駐留を円滑に進めるための「軍事的な運用機関」の一つという扱いに過ぎない。日本側にとっては「主権に関わる重大な場所」ですが、アメリカ側にとっては「現場の調整場所」に過ぎないという温度差がある。日本はどれだけ経済成長しようが、アメリカ軍の掌の上から逃れる術がないんだ。

日米合同委員会は、日本のどの法律にも縛られないまま、事実上、法律以上の力を行使している「超法規的な機関」な異常な機関なんだ。


その弊害はすさまじい。

米軍関係者の事件に対する捜査権の制限に日本の空域(横田空域など)の管理権の譲渡。

これらは国民はもちろん、国会にも知らされない「密約」として、独立国としての主権を実質的に侵害している。

 空を奪われているという事実

日本の首都・東京の上空を含む広大な空域いわゆる『横田空域』は、今でも米軍が管制権を握っている。空の治外法権だ。

日本の民間航空機はこの空域を自由に飛ぶことができず、米軍の許可を得るか、わざわざ遠回りをしなければならないのは有名な話だ。自国の首都の空を他国に握られている。

この一点だけでも、完全な主権国家とは言い難いんじゃないか?

 「不平等」を維持し続ける政治の依存

さらに驚くことに日本政府は、日米地位協定について「不利か有利かという問題ではない」との立場をとり、1960年の締結以来、一度も正式な改定を行っていない。

ドイツやイタリアなどの同盟国(日本と同じ第二次大戦中の枢軸国=負け組だ)が、米軍機の墜落やソ連をはじめとしたワルシャワ条約機構🔗が解体したのを機に、アメリカとの地位協定を改定して国内法の適用を認めさせてきたのと対照的だ。

日本の政治は、「アメリカの傘」の中にいる安心感と引き換えに、主権を差し出すことを「現実的な選択」として常態化させてしまっているのだ。

これはアメリカ軍による支配か、日本の自発的な服従か?

日米地位協定には、軍事、外交、そして司法の根幹において、アメリカの意向が日本の法律や民意よりも優先される仕組みが組み込まれている。敗戦国だからって、いつまでもなめるなといいたいが、アメリカの軍靴を裏を舐めているのは日本の政治家、官僚なのかもしれない。

これを「アメリカ軍による支配」と呼ぶか、あるいは「日本がプライドを捨てて選んだ自発的な従属」と呼ぶべきか。

明治の元勲たちが命を懸けて追い求めた「対等」という理想から見れば、現在の姿は「主権の形骸化」そのものだ。

日本の伝統とか、日本を取り戻す!とか戦後レジームの脱却とかいろいろ言ったところで、これが日本を長年取り仕切ってきた右派政治家と、優秀な官僚のやっていることだ。

「芸者・太鼓持ち外交」と揶揄した通り、客(アメリカ)が座敷を支配しているのは間違いいない。お客様は神様だ。しかし、その座敷をしつらえ、客に媚を売ることを「外交」だと信じ込んでいる日本政府の姿勢こそが、真の「支配」を完成させているように俺には見える。

いつだってアメリカ様の言うことを、『はい、よろこんで!』と居酒屋の注文取りのように唯々諾々としたがっていてよいものか?

日米合同委員会は、まさに日本の「見えない統治機構」そのものだ。

国民に選ばれた政治家ではなく、日本のエリート官僚と米軍高官が「密室」でルールを決めている。これはアメリカの政府自体もその内容を十分に把握していないというとんでもない協議体なんだ。

ここでの合意(密約)が、実態として日本の憲法や法律を上書きして運用されている事例がいくつもありる。

一番問題なのが裁判権の放棄(実質的な法治国家の否定)だ。治外法権だ。

かつての秘密合意で、米兵が起こした事件について「日本側にとって実質的に重要でない限り、裁判権を行使しない」という了解がなされていたことが判明している。

これが原因で、凶悪犯罪であっても米側が「公務中」と主張すれば、日本の警察が手を出せない「法の空白地帯」が生まれている。少女がレイプされてもなにも変わらない。大学構内にアメリカ軍のヘリコプターが墜落しても、日本の警察はおろか消防署も手出しできない。アメリカ軍は、ヘリの残骸を「軍の財産」だとして、これを管理する権利を盾に現場を封鎖したんだ。ついでに言えば、アメリカ軍属が交通事故や暴行で日本人をぶっ殺しても、本国送還でおとがめなしだ。

陸奥宗光が聴いたなら、墓場から起き上がってくるだろうよ!

そして先にも触れた空の支配、つまり首都圏の制約だ。

「横田空域」という、米軍が管制権を持つ広大なエリアが東京上空に横たわっている。羽田を発着した日本の民間機はここを自由に飛べず、毎度毎度大きく迂回を強いられている。

君たち、自分の家のリビングに、勝手に入っちゃいけない場所があるとしたらどうだい?

よく考えてみておくれよ。

この空域の返還や運用も、国会ではなくこの「合同委員会」の密室で決められているんだ。

そして誰にも開示されないブラックボックスの運営が問題だ。

この委員会の最大の問題は、その内容が「日米双方の合意がない限り非公開」とされていることだ。会合そのものは月2回、外務省の施設や米軍のニューサンノー・ホテルで定期的に開催されている。そしてこの会合で、国民の生命や安全に関わる重要な決定(基地の共同使用や環境汚染への対応など)が、国民が知らない間に、かつ国会のチェックも受けずに決まっていく。誰が彼らにこの権限を与えたのか?

本当に日本は独立国なのか?

この法治国家日本において、『日米合同委員会』の存在と憲法との矛盾は、看過できないレベルにある。

本来、憲法は「国の最高法規」だけれど、現場では「日米合同委員会の合意」が優先されている。

つまり、この国の主権者はこの国の国民ではなく、アメリカ軍だということだ!

弁護士会や一部の政治家からは、「合同委員会が国会の上にある」「地位協定が憲法の上にある」という異常な状態が続いていると厳しく批判されているが、まぁ変えるの面にしょんべんだな。官僚もアメリカ軍も聞く耳なんか持っちゃいない。

俺が言うところの「芸者・太鼓持ち外交」の舞台裏こそが、この日米合同委員会なんだ!

右派の政治家が国内でどんなに威勢のいい「独立国としてのプライド」を語っても、この「官僚と軍人が密室で主権を切り売りしている場所」にメスを入れない限り、それはすべて空論というか、国内の有権者向けのパフォーマンス、ぶっちゃけ行って茶番に過ぎんだろ!

この異常なあからさまな軍事的な占領政策策定組織が、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、 この21世紀に存在し続けているのか?

おれは一人の日本人として、いら立ちと無力感と怒りで空に向けて叫びたいくらいだ。

21世紀の民主主義国家を自称しながら、選ばれたわけでもない官僚と外国の軍人が密室でルールを決めている。この「戦後最大級の異常事態」がなぜ解消されないのか、その理由は極めて残酷な「政治の怠慢と依存」にある。

一言で言えば、日本の歴代政権が、このブラックボックスを「便利」だと思って使い続けてきたからだ。歴代政権ってのは、皆さんがいつも選んでおられる国民政党自由民主党、統一教会と親密な関係を維持してきた自由民主党、皆さんの地域の生活に密着する自由民主党だ!

1. 政治家の「責任逃れ」の道具

もし地位協定を正式に改定しようとすれば、国会で議論され、メディアに叩かれ、アメリカと命がけの交渉を覚悟する必要があるだろう。

しかし、日米合同委員会で「密約(合意)」という形にしてしまえば、「正式な改定ではないから、国会の承認はいらない」「米側との合意事項なので公開できない」と政治家お得意の卑劣で姑息な言い訳が立つ。

自分たちの手を汚さず、説明責任も果たさず、不都合なことをすべて密室のせいにできる。この「無責任の体系」が、政治家にとってあまりに都合が良かったからだ。無責任な責任者がこの国には溢れかえってるんだ。

2. 官僚機構の「聖域」

外務省や法務省のトップ官僚にとって、日米合同委員会は自分たちが主役になれる「外交の聖域」だわな。

政治家(素人)に口を出させず、自分たちの裁量で米軍と話をつける。この特権的な地位を手放したくないという官僚組織の論理が、21世紀になってもこの古びた仕組みを温存させているんだ。上級国民様様だ。

3. アメリカにとっての「植民地的な効率性」

おまけにアメリカからすれば、これほど使い勝手のいい仕組みはないだろう。

各国の議会や世論を気にする必要がなく、直接日本の官僚に要望を伝えれば、それがそのまま実行される。彼らにとって日本は、NATO諸国のような「対等な同盟国」ではなく、まだ「話の通じる統治区域」に近い扱いなんだ。要は格下の有色人種なのさ。

4. 私たち国民の「無関心」という共犯

そして最も悲しい理由は、この仕組みが「目に見えない」ように巧妙に隠されてきたことだ。

「難しい外交の話だから」「安全保障は専門家に任せればいい」というなんとなく漂う世間の空気の中で、俺たち日本人は自分たちの空が奪われ、裁判権が制限されている現実から、目を逸らされてきた。

昨日も触れたように、明治の元勲なら「こんな不平等な密室、今すぐぶち壊せ」と机を叩いたことだろう。叩き壊しちまったかもしれないぜ。けど、今の日本の政治家どもには、そんな「誇り」も「矜持」も「気概」の欠片もないんだ。

この異常な組織が今も存在しているのは、日本が「戦後を終わらせる勇気」を持たず、思考停止という名の「太鼓持ち」を続けてきた結果だ。

もしも今、この「なぜ」という問いを、一人でも多くの国民が自分のこととして叫び始めたならば、初めてこの20世紀の遺物は崩れ始めるのかもしれない。

何はともあれ、こんな茶番を、こんないかさまを、こんなでたらめをいつまでも放置していては、近い将来この国は滅びちまうぜ!いや、もう滅んでるのかもしれないな。

2026/04/18

POST#1823 明治期の不平等条約と現在の不平等条約

奥飛騨 神岡廃鉱山跡
西暦1853年、嘉永六年、アメリカ合衆国東インド洋艦隊の蒸気船2隻が江戸湾の入り口、浦賀に現れた。ご存じ黒船来航🔗だ。

ここから皆様大好きな幕末の動乱が始まる。横浜開港、アメリカ、オランダ、イギリス、ロシア、フランスの当時の覇権国家五か国と結んだ『安政の五カ国条約』締結、桜田門外の変、安政の大獄、生麦事件、薩英戦争、長州征伐、蛤御門の変、大政奉還、明治維新へと続く動乱の時代の幕開けだ。
すったもんだの末に、江戸幕府を倒し、薩摩長州出身者が主導権を握る大日本帝国が発足した。

問題になってくるのは、明治時代を幕末に江戸幕府が欧米諸国と結んだ「安政の五カ国条約」などに端を発する、日本にとって不利な内容を含む不平等条約の数々だ。明治政府にとって、これらの改正は国家の独立と近代化を示す最優先の外交課題だった。 

これらの不平等条約の主な問題は以下の二つ。

まず第一に領事裁判権の承認、つまり治外法権の撤廃だ。

当時、日本国内で外国人が罪を犯しても、日本の法律で裁くことができず、その国の領事が裁判を行う特権を有していた。本国に送還されれば、無罪放免だな。日本人は基本泣き寝入りだ。1886年に起きたノルマントン号事件🔗で、日本人乗客は全員見殺しにされたにも関わらず、イギリス人船長の軽い刑が問題となり、改正を求める世論が沸騰したんだ。

まぁ、ありていに言えば欧米人の命は尊いけれど、日本人はじめ有色人種の命は軽いということだ。ひどいもんだが、世の中そんなものだ。しかし、法の下のすべての人間の平等を守るために法があるはずだ。欧米人は当時、自国の中では法の下の平等を言っていたかもしれないが、有色人種に人権なんてないと思っていた。150年くらいたっても、そう思ってる勘違い野郎は世界中にウヨウヨしてるけれどね。

そして、もう一つが関税自主権の欠如だ。

つまり日本が輸出品や輸入品にかける税率を、自国で決める権利がないことだ。大したことはないと諸兄諸姉はお思いになるかもしれないけれど、ちょっと想像してほしい。

産業革命絶好調の欧米諸国から輸入される安価な工業製品には関税をかけることができず、日本が当時欧米に輸出していた生糸などの一次産品には、相手国によって効率な関税がかけられる。

当然、輸出は伸びず大日本帝国は外貨を獲得することはできない。また、海外から安い工業製品が大量に入ってくるために、自国産業を保護して、大日本帝国内に幅広い産業を興すことができないわけだ。つまり、安い外国製品の流入から国内産業を守ることが難しく、当然、政府の重要な税収も制限されてジリ貧だったわけだ。

ちなみにこれは、過去の話ではない。今でもIMF🔗 は昔々のイギリスの経済学者リカードが提唱した比較優位つまり自分の得意なものを売るって言う国際貿易のスキームを、関税を保護主義だと否定してシームレスな資金の流動性を担保する新自由主義的な考えで運用している。つまり、グローバルサウスと呼ばれる発展途上国は、いつまでも農作物や鉱物を売るしかなく、付加価値の高い工業国の製品が自国に大量に流入することを手をこまねいてみてるしかないわけだ。そうするとあなた、発展途上国はいつまでたっても発展途上のままで、ぶっちゃけて言えば、被搾取国という立ち位置から逃れられない。国際社会の下層階級ってわけだ。当時の日本もまったく同じだったってことさ。

この不平等条約の改正が、明治期の日本の最大の政治課題だった。

明治の二大外交官、陸奥宗光🔗小村寿太郎🔗らが先陣に立ち、粘り強い交渉で世界の強国と渡り合い、治外法権と関税自主権を回復した。ちなみに、この不平等条約のキックバックで日本は朝鮮半島や台湾に触手を伸ばし併合し、経済規模の拡大を図ったともいえるかな。

 陸奥宗光は、坂本龍馬からも絶賛され、その鋭敏な頭脳から「カミソリ大臣」と呼ばれていた。彼はその鋭い知略で「法権の回復」にこぎつけたわけだ。陸奥宗光は、1894年にイギリスとの間に結ばれていた不平等持薬を改正し、長年の懸案だった領事裁判権の撤廃を成し遂げると、その外務大臣時代に、当時の日本が不平等条約を結んでいた15ヶ国すべてとの間で条約改正(領事裁判権の撤廃、関税自主権は一部回復)を成し遂げたんだ。すごい外交力だ。

今の日本の外務大臣に、それだけの偉業が叶うだろうか?

まったく、こんなのを見ると参政党の皆さんがおっしゃるように、『日本人が劣化している』という主張にうなずきたくもなるわな(笑)。

彼は当時の世界帝国『イギリスから崩す』戦略を立て、 当時世界最強だったイギリスを最初に説得すれば、他国も追随すると読み、集中的に交渉を行った。さらに当時、ロシアの南下を警戒していたイギリスが日本に接近した機を逃さず、軍事的な協力関係と引き換えに条約改正を認めさせたわけだ(日英通商航海条約)。

その裏には、1889年の 大日本帝国憲法の発布などで、日本が「文明国」として法整備を終えたことを世界に示したことも大きな追い風となったろう。まぁ、プロイセン(現在のドイツね)の憲法をモデルにしたんだけどね。

しかし、陸奥宗光は志半ばで病に倒れた。関税の自主権はまだ回復できていなかったのだ。

その「税権の回復」を粘り強い交渉で成し遂げたのがだ。

陸奥の志を引き継いだ小村寿太郎は、1911年に関税自主権の完全回復を達成し、不平等条約の歴史に終止符を打った。 

この過程で、先に触れた台湾・朝鮮の併合、日清戦争、日露戦争といった様々な出来事が生じる。それは当時の国際社会では支配的な考えであった覇権主義的なもので正直現在の基準では、ほめられたものではない。そしてその行きつく果ては、15年戦争と呼ばれた日中戦争、真珠湾攻撃によってアメリカを巻き込んだ太平洋戦争、そしてこの戦争によって大日本帝国は滅び、天皇制は象徴としてのみ残されこの国は新たに日本国として焼け跡の中から立ち上がったわけだ。

そしていまだに、日本とアメリカの間には、『日米安全保障条約🔗』とそれに付随する『日米地位協定🔗』という不平等条約が太平洋を覆うようにそびえたっている。

そして、日本とアメリカの外交関係と日本の役割を定めるのは、国会でも内閣でもなく、非公開で月に二回行われている『日米合同委員会🔗』の場においてだ。

この理不尽なシステムを、撤廃し改正しようという気骨のある、本当に日本人のために命を懸けるような政治家は、日本にはいない。せいぜい中国人の土地取得を面倒臭くしたり、移民が来ないように目に見えないシステムという壁を築くだけだ。

これは陰謀論なんかじゃない。日本の飛行機が東京の空を自由に飛べないのも、沖縄から基地がほとんど減らないのも、女性がアメリカ兵に強姦されたり、子供や老人がアメリカ軍属にひき逃げされても日本に裁判権がないのも、すべてこの『日米安全保障条約』のおかげさまだ。

右派の期待の星、安倍政治の後継者たる高市首相がホワイトハウスではっちゃけ、経済産業大臣がトランプにおもねるゲイシャ幇間外交を嘆く前に、俺は君たちに明治期の陸奥宗光や小村寿太郎のような命がけの外交を思い出してほしいんだ。

本当に彼らは日本のことを、日本人のことを、そして世界に対して日本がどんなことができるのかを考えているのか?俺には疑問しかないぜ。