2026/07/12

POST#1905 デジタル監視専制国家とデジタル監視資本主義そして新たな封建制

沖縄のどこだったかな?

俺がパソコンを立ち上げて、グーグルを開くとしよう。

専門書高価買取の広告がやたら出てくる。

オーダーメイド工場直送の本棚の広告が出てくる。

おっさんのシミや視力回復、あるいは精力増強に効く薬の広告がでてくる。

時には中高年向けマッチングアプリの広告も出てくる。

マンガアプリの広告も出てくる。

確かに俺はよれたおっさんだし、本も本棚から溢れかえってる。

よれたおっさんは、萎びた身体と欲望に悶え苦しんでる。いい年してサブカルチャーも大好物だ。

グーグルは様々な検索から抽出した俺のプロファイルをもとに、俺の状況を見透かしてそんな広告をじゃんじゃん送りつけてくる。

俺や君たちの行動様式や思考パターンは、いつの間にか監視されているんだ。

広告によって欲望や不安を煽られ、あるいはほんの些細な好奇心でクリックするたびに、ふと気になったことを検索するたびに、友人のSNSやアルゴリズムによって提示された投稿や動画にいいねをクリックするたびに、常に読み取られている。

そしてそれらすべては、グーグル、アマゾン、メタなどのデジタルプラットフォーマーに「抽出」され、その瞬間に蓄積されたデータベースが、俺や君の属性や検索内容に応じた広告をドンピシャのタイミングで瞬時に表示してくれる。

考える必要はない。クリックするだけだ。

例えばグーグルに、今日のおすすめのランチは?と尋ねれば、スマートフォンを介したどこかのデータセンターのAIは、俺の位置情報とさまざまなデータ、近隣の飲食店の情報から、お値段、評価に応じて提案してくれるだろう。その時、そこで提示される店はグーグルと広告解約を結んでいる店が上位に表示されるだろう。

そして、いつのまにか、グーグルに広告費を払っている=おいしい店というように、俺たちの味覚自体が馴致されていくことになるだろう。

それがいま俺たちが生きている『デジタル民主主義社会』の世の中の仕組みだ。

中国のことを「あそこはデジタル監視専制国家だ、ありゃ恐ろしいもんだ」などと他人事のように言っているうちに、俺たち自身も家畜が柵に沿って歩まされていくように、巨大なデジタル資本=ビッグ・テック🔗によって監視され、誘導され、知らず知らずのうちに洗脳されているんだ。そう、俺たち自身がデジタルプラットフォーマーに利益をもたらす一種の家畜になっているんだ。

気づいていたかな?

この「家畜管理の精神性」は、専制政治か民主主義かという、政治体制の違いにかかわらず、現代のデジタルテクノロジーによって、今や人類全体へと牙を剥いているわけだ。

やれやれ素晴らしい世界だぜ。

2026/07/11

POST#1904 中国のシステムをいいとこどりした日本

熊野 七里ヶ浜
中国の「纏足🔗」や「宦官🔗」という狂気じみた遊牧民OSに基づく人間家畜化システムを、一衣帯水の目と鼻の先にいた日本人が歴史上、ただの一度も模倣しなかった最大の理由は、いったい何だろう。日本人は大陸から文字や儒教文化をはじめ、様々な文化を移入し、現地最適化してきたというのに。

この制度や習慣を日本人が模倣しなかったのは、古代は双系核家族、中世からは直系家族であったから、そもそも女性の地位が相対的に高かったし、そもそもの社会の基盤が遊牧民的な共同体家族システムではなったかからだろう。

一言で言えば、日本人はつまるところズバリ倭人だったからだろうね。

この「なぜ日本は人間家畜化OSを拒絶できたのか」という、日中の分裂生成過程の決定的な分岐点をまとめてみよう。

*そういえば、その日本で日本人を劣等人種として徹底的に肉体改造する猟奇SF小説『家畜人ヤプー🔗』が書かれたのは、この肉体改造による管理って考えが、日本人にとっては徹底的に相いれないものだったからかもしれないな。

1. 「古代の双系核家族」が守った女性の自律性と地位

中国が周・漢の時代からコツコツ強化し続けた強固な共同体家族システム社会となり、女性を「男の家系を維持するための繁殖用の資源(家畜)」とみなしていったのに対し、古代の日本(倭人🔗社会)は「双系核家族」だったのは、すでに以前、読者諸兄諸姉と話し合った通り。

そこは、男女がフラットな「双系」の倫理が息づく社会だったんだ。
父方も母方も平等に親族とみなす双系社会では、女性は男性の家に「所有」される存在ではなかったのは言うまでもない。しかし、あえて書いちゃおう。
平安時代まで続いた「婿入り婚(妻問婚)」のもと、子どもは母方で育てられていたのは言うまでもないだろう。
アマテラスと推古天皇の精神
皇祖神話の最高神としてアマテラスという女神が君臨し、推古天皇や持統天皇をはじめとする歴代の女帝がごく自然に国を治めていた古代日本において、「女性の足を砕いて(纏足🔗)、家に監禁して管理する」などという発想は、社会の基本OS(双系)と根底から拒絶反応(バグ)を起こすため、逆立ちしても受け入れられなかったのは言うまでもないわな。

だから、昨今の自民党を中心とした右派政治家が、男系男子、男系男子って念仏のように主張するのには、日本の伝統を何も理解していないんじゃないかと心配になるんだ。
むしろ、彼らの言う日本の伝統は、明治期に同じ直系家族国家であったプロイセンから影響を受けた大日本帝国憲法に基盤を置いているんだけど、そのプロイセンが王位の男子相続にこだわっていたのは、6世紀のヨーロッパで成立したとされるサリカ法典🔗の影響なんじゃないかと俺は疑っている。というか確信している。まったく、本末転倒だ。

2. 「中世の直系家族」への移行:家の「継続性」を支えるパートナー

中世(鎌倉・室町時代)以降、日本はトッドの言う「直系家族システム」へと移行しますが、ここでも中国の共同体家族のような「人間家畜化」へは向かわなかった。ついでに言えば、凶暴な首狩り狂戦士・鎌倉武士たちが鋸挽🔗のような、なかなかエグい刑罰を考案しても、中国の凌遅刑🔗の凄まじさには全くかなわなかったしね。

西日本のほとんども直系家族システムに移行していた最中の中世後期にも、女性は女性だけで旅をすることができたことを、ヨーロッパから来た宣教師たちが驚きを以て伝えている。
つまり、当時のヨーロッパにも女性にはそんな自由はなかったんだ。
中世には駆け込み寺という言葉が残っているように、寺の境内に女性が駆け込めば、俗世との縁が断ち切られ、離婚が成立する縁切寺🔗というシステムもあった。江戸時代にも幕府によって規制され、大きく数を減らしつつも消滅することなく存続したんだ。これも女性の地位がかなり重視されていた例証だろう。
つまり直系家族システムが江戸幕府が推進した檀家制度によって、社会の末端まで確立しつつあった江戸時代でも、女性が自ら財産(土地や家)を相続したり所有できたり、離婚に際して自らの財産を主張する権利を持っていたわけだ。

「家(継続性)」を最優先する合理主義と主婦(かかあ天下)という経営者
日本の直系家族の目的は、血筋の純血性ではなく、「家名や家業(土地・インフラ)を、次世代へ確実に不滅のまま引き継ぐこと」にある。
そのため、長男が無能であれば、有能な「婿養子」を他所から連れてきて家を継がせるという、中国(男系絶対主義)では絶対にあり得ない柔軟なシステムも発達させた。
皇族に男子がいなかったら、600年前に別れた分家から養子を持ってくればいいという発想はこの辺に由来してたのか!
この直系家族において、妻(主婦)は男の性奴隷や家畜ではなく、「家という経営体を男と共に切り盛りする、きわめて地位の高い共同経営者(パートナー)」だったわけだ。
武家の妻が留守中の城や家政を完全に仕切り、農家や商家の妻が労働と財布の紐を握るという、いわゆる嬶天下がスタンダードな日本社会において、女性の肉体を破壊して歩けなくする纏足🔗などという行為は、「家の経営=労働力と持続性を自ら破壊する最も愚かな行為」として、合理性の面からハナっから考慮されることもなかったんだ。

3. 「百越(倭人)」のレガシー:自然(野生)との融和

そして最も深い本原論の核心が、日本人のルーツの双系社会的な氏族社会だったと推測される縄文の人々と混交していったのが、西方や北方の遊牧民の社会システムを実装した漢民族ではなく、長江流域から海を渡ってきた百越🔗(ひゃくえつ)」に極めて近い倭人であったという点だ。

家畜管理をしない「農耕・海民」の視線身体の野生(自律性)の死守
植物を慈しみ育てる稲作民や、黒潮の海を自在に駆けた百越の系譜につながる海民にとって、自然とは「去勢し、囲い込んで力でねじ伏せ、家畜化する対象」ではなく、「その恵みに感謝し、野生の生命力と融和・共生するもの」だった。
彼らの精神からは、男を去勢してロボットにする「宦官🔗」や、女の足を折る「纏足🔗」といった、スーパードライな遊牧民的なブリーディングの狂気は生まれないわな。:
日本人は、中国から漢字(文字)や律令(法律)といった「便利な道具・上表のOS」は大量にインポートしたけれど、その根底にある「人間を家畜として管理する、中原の冷徹な精神の核、つまり共同家族システムに息づく遊牧民OS」だけは、自分たちの倭人≒百越的な野生の感性によって、1滴たりとも体内に入れさせなかったちゅうことだね

2026/07/10

POST#1903 纏足と宦官に見る人間を家畜のように肉体改造する思想

台南
本日も暇だ。暇に任せて書き散らすのみだ。

まあ、そもそも、初めて中華帝国を樹立した始皇帝🔗だって、その風貌そのものが漢民族らしくないよね。漢民族っていうよりもむしろ、うーん、後代のソグド人🔗とか西域、中央アジアの人々にに近い気がするよね。始皇帝🔗の出自やその風貌を記録した歴史的記述を見てみよう。

史記🔗』の「秦始皇本紀🔗」の中で、のちに始皇帝🔗に仕えることになる尉繚🔗という人物が、始皇帝の風貌を次のように生々しく描写しているんだが、これまたやっぱり、当時の標準的ないわゆる『漢民族』とは全然違ってたんだろうな。

「秦王は、鼻梁が蜂のように鋭く、目は細長く切れ長、胸は鶻🔗のように張り、声は豺🔗のように荒々しく、恩愛の情乏しい虎狼の心を持っている。貧しくつましい時は人にへりくだりもするが、志を得れば容易く人を食らうであろう。私は布衣(庶民)にすぎぬのに、彼は私に会うと常に身を低くして接してくる。もし秦王が天下統一の志を遂げた時、天下の人々はみな虜(奴隷)となるだろう。ゆえに長く付き合う相手ではない」と語っていたという。

この「ハヤブサのように突き出た胸)」や「蜂のように鋭い鼻や切れ長の目」、そして「狼のような声」という描写は、中原の洗練された農耕知識人が好んだ「穏やかでふくよかな風貌」とは完全にかけ離れているよな。ほら、ちょっとしもぶくれのおっとりした顔だ。

むしろ、西方の荒々しい遊牧・狩猟民(西戎)の血や、ユーラシア大陸の奥地から、シルクロードを越えてやってきた西域のイラン系のソグド人🔗スキタイ人🔗なんかのアーリア系、あるいは中央アジアの遊牧民(のちの突厥🔗トルコ系🔗につながる部族)といった異民族のDNAを強烈に感じさせる、骨格からして異質な「蛮族の王」の姿そのものなんだよね。この視点こそが「漢民族という神話」を完全に解体してくれるんじゃないかな?

これは、今までも諸兄諸姉と話し合ってきたように、戦国時代、秦はいち早く西方の遊牧民西戎を取り込み、その社会システムを自らの社会に埋め込んでいったんだ。覚えていてくれているだろうか?

1. 西域・中央アジアの「徹底的な管理感覚」

秦に制圧される前の中原の農耕社会は、放っておくと親族の情愛や儒教的な「なあなあ」の人間関係(直系家族的な特質)に流されがちだったという。孔子に対して、楚の葉公が自らの領地に住む正直者が、その親が羊を盗んだことを訴え出た話を自慢すると、すかさず孔子は、『私の考える正直者ってのは、親をかばい子を庇うってのが、人間らしい正直者だと思うよ』って返した話にも表れているだろうな。
しかし、西域や砂漠、オアシス、あるいは広大な草原を生き抜いてきた人々、つまり秦の共同体家族システムのルーツである西戎や西域の民はそんなに甘っちょろくない。

過酷な環境で生き残るためには、「水(資源)を誰に何リットル配分するか」「家畜の個体数をどう把握するか」を、冷徹な数字と絶対的なルール(法)で一律に管理するしかなかったわけだ。

始皇帝🔗という「西域の匂いをまとった異質な支配者」だったからこそ、孔子の唱えた儒教をはじめとした直系家族システムに基づく、中原の古い慣習を焚書坑儒🔗ですべて焼き払い、人間を「記号」として扱う法家🔗思想を大陸全土に配置できたわけだ。

2. 「家畜を扱う感覚」との完全なドッキング

俺は秦の民衆に対する態度の中に「家畜を扱うのと感覚が似ている」という不気味な統治のロジックを見て取る。

これも、西域・遊牧民的なルーツから考えれば100%の必然だろう。

秦はもともと西方の辺境で馬を育て、家畜を管理することで頭角を現した集団だった。
農耕民にとっての関心は「土地と天候(自然への順応)」だけれど、牧畜・遊牧民にとっての関心は「限られた柵(ルール)の中で、いかに家畜の数を把握し、効率よく管理し、言うことを聞かせるか(調教)」だ。
始皇帝や法家(商鞅・韓非子)がやったことは、この「牧畜の管理ノウハウ(家畜の扱い方)」を、そのまま中元の農耕民(人間)に対して100%適用したということだったとみていいだろう。

人間を「感情のある主体」として見るのではなく、西域のオアシス都市や牧場で「資源と家畜を徹底管理する」のと同じ冷徹な目線で民衆を戸籍に縛り付けた。これが、2000年間一度も壊れなかった中国の「巨大な統治システム」の正体だ。