 |
| 母方の祖父・杉浦芳郎と名も知らぬ祖母 |
去年の1月に父の家を片付けているときのことだ。
古い写真を見つけた。眼鏡の男性は国民服を着ているからおそらく戦争中のものだろう。今から80年以上前の写真だ。鼻筋の通った着物姿の女性は物憂げな視線で、どこかレンズとは違うところを見つめている。
最初、俺はこの写真を親父の父親の庄六さんと、俺とは血のつながっていない祖母のノブちゃんの若いころかと思ったんだ。なにしろ家の仏壇あたりから出てきたからね。
で、ノブちゃんの13回忌に俺の叔母さんたちに見てもらったら、庄六さんでもノブちゃんでもないってことだった。一ダースくらいいる俺の叔母さんのうちの一人が、この男性は、俺の母方の祖父・杉浦芳郎さんじゃないかって言うんだ。
そういってよく見れば、なんとなく面影がある。とはいえ、もう30年ほど前に亡くなった芳郎さんだし、戦時中のことでやせこけた写真の男性に、杉浦一族の皆さんの特徴であるピーマンを逆さにしたような顎と頬のラインは見られない。しかし、大きな額が無類の読書家で、俺が子供のころからことあるごとに本を贈ってくれた知性派の芳郎さんらしさを感じさせる。
芳郎さんから送られた本の中には、デビッド・マコーレイというイギリスがイラストと文章で古代の建築物の成り立ちや構造を解説した『都市:ローマ人はどのようにして都市をつくったか🔗』や『キャッスル:古城の秘められた歴史をさぐる🔗』や岩波のファーブル昆虫記、あるいは『人間の歴史』といったような本があった。デビッド・マコーレイの同じシリーズは大人になってから、近年買い足したものもある。『ピラミッド:巨大な王墓建設の謎を解く🔗』とか『カテドラル:最も美しい大聖堂のできあがるまで🔗』など買い足したほどだ。芳郎さんは母の嫁入りに、文学全集とか持たせるような人だった。自分に知的な要素がいささかでもあるとすれば、この芳郎さんの影響は計り知れないと思う。死んだ後に、おばあちゃんに呼ばれて、お爺さんが集めていた春画の画集を10冊以上引き取ったこともある。
ついでに言えば、俺が使っているモノクロの引伸機は、芳郎さんの息子、つまり俺の叔父にあたる洋一さんが使ってたものだ。杉浦一族なくして、今日の俺はないな。
そうすると、この隣の女性は誰だ。
俺には心当たりがあった。よく通った鼻筋や少し寂しそうなまなざしは、死んだ俺の母のヨシ子さんにそっくりだった。
ヨシ子さんは先妻の娘で、俺が母方のおばあちゃんと呼んでいた光枝さんは後妻さんだった。ヨシ子さんの母親は秋田の人だったと聞いたことがある。終戦の年の夏にヨシ子さんを産んだのだが、結核を患っていたため体が弱く、芳郎さんと別れることになったと聞いたことがある。今の感覚からすれば、ひどい話だ。だけど、戦争直後で国家も歩かないかわからないようなアナーキーな時代だ。抗生物質だってない。結核はまだまだ死の病だったんだろう。ひょっとしたら、死に別かれたのかもしれない。俺にはもう知る手立てはない。
俺の、本当の母方の祖母。しかし、その名は知らない。
今や知る人もいない。
父のいとこにあたる本家の正之助さんが作った家系図にも載っていない。
俺の母のヨシ子さんは、芳郎さんのお母さん、つまり俺のひいお祖母さんに育てられ、光枝さんと芳郎さんの間に生まれた弟や妹たちとは、離れて暮らしていたと聞いたこともある。当のヨシ子さんがもう40年以上まえに死んでしまっているから、どうにもわからないが、ヨシ子さんがまとっていた、どうにも寂しげな雰囲気はそのあたりに由来するんだろう。
そのせいなのか、俺は幸薄そうな女性に惹かれる。というか弱いんだ。
読者諸君、失礼する。君たちはバレンタインデーのチョコレートをもらったり送ったりしたかい?楽しめるうちに人生を楽しんでくれ。なんせ、人生なんてすぐに終わっちゃうんだから。