| 路傍の朝顔と蝶 |
バカバカしすぎて、見る気にもならなかった。俺は去年の秋、京都の鴨川の川面に、無数のトンボが群れを成している無限のような光景を見たが、そのあとに俺を待っていた運命は、お世辞にも先祖のお導きには程遠い無残なものだった。
昔、ある女性が自分を溺愛していた父親が、死んだ後も蝶などに姿を借りて自分の周りに現れると語るのを聞いた。
冗談じゃない。
俺にとって、家の周りを飛ぶアゲハ蝶は、息子が小学校に入ったときにもらったレモンの葉を食い散らかして丸裸にしてしまう幼虫の卵を産み付ける害虫でしかない。あの黄緑色で、盛大に糞をまき散らす芋虫だ。
近縁のキアゲハは、パスタやサラダに添えるためにプランターで育てているパセリを食い尽くしてしまう幼虫の卵を産み付ける。緑と黒の毒々しい縞模様の幼虫だ。ぞっとするぜ。
アサガオを食害するのはスズメガだ。
虫はしょせん、虫でしかない。親しい人々の魂なんかじゃない。俺の死んだ母や祖父の魂は、俺の血の中にこそ宿っている。そして、もし俺が死んだとしても、息子の血の中に俺は生き続ける。