| 春の夕暮れ |
家の前には息子の通う小学校がある。家の目の前の桜は毎年居ながらにしてその花の盛りで俺の目を楽しませてくれる。
それを見るたびに、あと幾たび、この季節を愉しむことができるだろうかと考える。
そして、花を惜しむかのように、家の駐車場で春の風に吹かれながら本を読む。そうこうしていると、近所の家の子どもたちが話しかけてくる。俺にとって愉しいひと時だ。
もっとも今日は、それもできなかった。昨日の朝、それまで死¥手掛けていた現場がオープンだったのだが、その反動で、今日も一日ごろごろと眠って暮らしてしまったんだ。老眼鏡もなくしてしまったしな。
小学校の隣には中学校がある。午後にはひ若い(敬愛する中上健次に寄せて当ててこの表現をつかさせてもらう。今だ大人になりきっていない弱弱しさを感じさせる若さというニュアンスか?)中学生たちが、5人、10人と固まって歩いている。その若者の流れをかき分けるように同じ町内の隣人の車が通れば、俺は手を挙げてあいさつする。町内会長が時に自転車でふらふらと通りかかる。
道行く少年たちの中には同輩に『バカヤロー、死ね』などといっている者もいる。それが社会に出てしまうと、即座にパワハラだと糾弾され断罪されてしまうことを、彼らはまだ知らないのだと、俺の心にふと影がよぎる。
何しろ俺自身も、パワハラだと糾弾されたこともセクハラだと仕事を切られたこともある。野生の悍馬のように生きることは、難しい世の中なのさ。
こうして俺は、しばしば地域の要石のようにたたずむ。なにをしてる人か怪しいだろう。夜働いている人なのさ。
この何気ない地域社会との緩いつながりが、まさに荒廃したコモンズ(共有地)というコミュニティを足元から再生させる、最も本質的で力強い実践になるんじゃないかとにらんでいる。
システムや政治が変わるのを待つのではなく、自分自身が「動く結節点(ハブ)」となることで、記号化され、分断されていた「老人」「こども」「隣人」という存在が、血の通った「具体的な他者」へと変貌していく。この主体的な、それでいて気負わない声かけは、現代社会が失った3つのつながりを同時に再生する可能性を秘めています。とはいえ、POST#1819🔗で話した俺の親父のように、私服警官にしょっ引かれちまったらかなわないけどな。
権力はいつも、人々を分断して支配するのさ。
俺のささやかな実践がもたらす「3つの処方箋」はこんなもんだ。
孤立する老人へ:「存在の承認」と知恵の還流
年老いて、身体を病むのは普通のことだ。そして労働を通じた社会との関わりを失っていくのも普通のことだ。社会的な役割を終え、透明化されがちだった高齢者に対して、俺が気さくに声をかけ、その健康を気遣うのは「私はあなたをここにいる一人の人間として見ている」という強力なメッセージになっていることだろう。彼らが持つ記憶や経験が、再び地域という共同幻想に織り込まれるきっかけを作るはずだ。
そういえば、俺家の隣にかつて住んでいたお婆さんはもう亡くなってしまったんだが、子どものころ、家の前を流れる小川で泳いだ思い出を語ってくれたことがあった。今、中学生たちがそぞろ歩きし、酔っ払いが缶酎ハイの空き缶を投げ入れる金木犀や躑躅の緑道は、実は昔は小川だった。高度経済成長の頃に暗渠化され、緑道にされたのだという。ります。
こどもたちへ:「親以外の大人」という安全網
家庭(対幻想)の機能不全や学校の息苦しさに晒されているこどもにとって、近所に「自分を気にかけてくれる、親でも先生でもない大人」が存在することは、決定的な生存のセーフティネットになりうるだろう。子供ひゃくとうばんの家とか表示されててても、シャッターが下りていたり、門扉が固く閉ざされていたらどうよ?
だから、俺は庭先でくつろいでるのさ。老眼で暗いところだと本が読みにくいってのはあるけれどな。その安心感が、彼らの自己幻想が歪んで暴発するのを防ぐ防波堤になってくれることを祈っている。もっとも、俺の親父のように私服警官から警告を食らうのは御免被るがな。
同世代の隣人へ:「孤立の包囲網」を解く契機
生産性のプレッシャーと生活の維持に追われ、最も「家畜化」の圧力を受けている同世代にとって、俺からの気負わない挨拶や声かけは、張り詰めた日常の防衛線を緩め、お互いを「同じ時代を生きる仲間」として認識し直す一歩になるだろう。それがソリダリティ=連帯の第一歩だ。時には、時事問題で話し込むこともある。立ち話もなんだからって、ダイニングでコーヒーを淹れて語り合うこともある。息子のおかげで撮っ散らかっているけれどね。
けれど、君にはそういう接し方のできる隣人はいるだろうか?
地域の「ハブ」としての俺の存在そのものが抵抗なんだ。
新自由主義的な市場化は、俺たちが「お金を介さなければ他者と繋がれない社会」を作ろうとしてた。しかし、金銭でやり取りする交換は、その場ですべてが清算されてしまうんだ。
そこに人間のつながりが生まれることは、ない。残念ながらね。
しかし、俺たちが損得勘定なしに行う「声をかける」という、見方によっちゃお節介極まる行為は、その市場の論理が侵入できない「贈与の領域(コモンズ)」を半径数メートルの中に作り出しているんだ。
俺や君というハブを中心にして、少しずつ言葉が交わされ、やがて「おすそ分け」や「ちょっとした助け合い」が生まれ始める時、そこには国家や市場に依存しない、小さくとも強靭な「自分たちの社会」が再建されていく。
それこそが、若者を追い詰める絶望への、最も具体的で、最も息の長い処方箋になるはずだ。共同体をリビルトするんだ。
近代の新自由主義的な資本主義や「親ガチャ」という言葉に象徴される自己責任論は、子どもを「個人の家庭の私有物(あるいは負担)」として閉じ込めてしった。
しかし本来、子どもは社会全体で育み、未来へ繋いでいく共有の「宝(コモンズ)」であるはずだ。なぜなら、次の世界の社会を担うのは、まさにその子どもたちに他ならないからだ。
俺自身が地域のハブとしてよその子どもたちにも分け隔てなく接し続けていることが、子どもたちにとって少しでも足しになればうれしいもんだ。もっとも、俺の親父みたいにオマワリにちんころされてしょっ引かれそうになるのは御免被る。
俺たちの眼差しが子どもたちにもたらすものは形のないものだ。けれど、大切なものはたいてい目には見えない。星の王子さまも言っていたぞ。
無条件の「生存の肯定」
成績や親の経済力に関係なく、「ここにいていいんだ」という安心感を、地域という外の世界から得ることができるといいな。
未来への信頼
社会を「冷酷で敵対的な場所」ではなく、「自分を見守ってくれる温かい場所」として認識できるようになる可能性がある。これができたなら、いつの日かその若者の心の中に沸き起こるかもしれない刹那的な暴発や絶望(つまり自殺や社会的な自殺だ)を防ぐ最大の心の盾になるんじゃないか?
家庭や学校という狭い世界の人間関係で行き詰まったとき、周囲の大人の「おかえり」「気をつけてね」という何気ない一言が、子どもの命を繋ぎ止める最後の砦になる瞬間が必ずあるだろう。人間の契機なんてそんなもんだ。
社会の構造を変えることは容易なことじゃないことくらい百も承知だけれど、俺の半径数メートルの中では、すでに「子どもが宝物として大切にされる、あるべき社会」が現実のものとして動き出しているんだ。
この春のある日、俺は近所に住んでいる女の子に久々に出会った。彼女は小学校から中学校にかけてほとんど不登校で引きこもっていた。彼女のお母さんとも面識のあった俺とカミさんは、ひそかに彼女の将来を案じていたんだ。
彼女は家族の仕事の関係で、二年ほど海外に行っていたんだ。それが良かったのかもしれない。みんなと違っていてもいいと思えるようになったと話してくれた。結果、日本に帰ってきて自分から学校に通ってみようと動き出したんだそうだ。
俺は彼女と話す中、『本当は僕たちの世代が頑張って、君をちゃんとインクルージョン=包摂できる社会を作らなければならなかったんだ。けれど、僕たちの世代も生きていくだけで必死だった。で、そんな社会を君に間に合うように作ることができなくてすまなかった。君自身も寛容な人になってほしい』
彼女は少しはにかむように笑ってから、どことなく嬉しそうに帰っていった。その後ろ姿を見ながら俺は思ったのさ。『社会をリビルトする俺のチャレンジは、まだ始まったばかりだぜ』ってね。
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