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2016/01/12

Post #1689


まさか、47歳の誕生日、倉庫の打ちっぱなしの床の上、仕事で使う養生用の毛布にくるまって眠ることになるとは、思わなかった。

誰か誕生日プレゼントに寝袋をくれたら良かったのに!  

人生はいつだって予測不能なもんだな。

2015/12/01

Post #1686

Nepal
自分の言葉の意味をわかってない馬鹿野郎が多すぎて、うんざりしています。
ろくすっぽ自分の言葉がどんな事態を引きおこすのか、その言葉を発している自分の立場立ち位置がどこいらあたりにあるのか、その辺をわからずに、思考停止したまま適当なことを口走るバカばかりです。

挙句の果てに、さっきの発言は取り消したいとか抜かし始めると、言葉の軽さと覚悟の無さに、心底軽蔑したくなります。

あんまりうんざりして、昼間っからタワーレコードに行って、CDを何枚も買いこんじまったくらいです。ロックンロールはいつも僕を支えてくれます。まるで親友や恋人のように。


ブログを放置していたのは、仕事が忙しかったからで、病んでるわけでも、もうやめようとか思ってるわけでもありません。
明日も、5時起きです。

2015/11/09

Post #1671

Patan,Nepal
朝、仕事に行こうと最寄りの駅まで歩いていると、右の下っ腹になんだか鈍い痛みが走った。
しかし、俺は痛風だの結石だのをさんざん経験してきたおかげで痛いのにはすっかり慣れているのさ。だからこんなの、どうってことないぜってフツーに仕事に行ったのさ。こんな差し込み、すぐに治るだろうってね。

しかし、痛みは一向にひかない。現場に出て大音声を張り上げて忙しくしていると、これまた全然痛みを感じないんだ。脳内麻薬だ。けれど、事務所に戻ってくると、やはり痛い。

俺はさっさと早引きして医者に行くことにした。

診断結果は盲腸だった。素晴らしい!冗談じゃないぜ。

思わず笑えてきたぜ。こんなに元気なのに、なぜ病気だっていうんだ?確かに腹は痛いがな。笑いすぎても腹は痛くなるもんだ。

手術か薬か、それが問題だ。どっちが現場にはやく復帰できるかな?そこが焦点なんだ。

明日の朝も、点滴を打ちに来いとお医者さんには言われたが、そのあとさっさと仕事に行き、現場をうろついたり、名古屋の監督の中でもっともデカいと言われる声で、会議を切り盛りしたり、現場をおさめていくつもりなんだが。

カミさんは、腹膜炎になったら困るから、無理しないでくれという。
医者は、2,3日は安静にしろっていう。

冗談じゃない。今はそんなことしてられるような時期じゃない。

俺は行かなけりゃならないんだ。俺がやらなくて、誰がやるっていうんだ

こじらせて腹膜炎になったとしても、そん時はその時だ。大丈夫だ。俺には息子ができてるんだからな。死んだところでどうってことないさ。あとは息子に任せてりゃいいのさ。とはいえ、まだ妊娠7か月だけどな。

読者諸君、失礼する。今夜はとっとと眠るとするさ。

2015/10/24

Post #1662

Kathmandu,Nepal
世の中には、責任を取らない責任者がたくさんいる。
責任をとらされるのは、いつも下っ端で、責任者はたいてい自分たちの非を認めようとしない。

その手の責任者は、物事がうまく運ぶと、自分の手柄にしたがり、ヤバくなると誰かのせいにしたがる。
けれど、俺は上手くいったときには、こんな自分についてきてくれた仲間たちのおかげだと素直に思いたい。上手くいかない時には、自分の責任として、自分の非を認めたい。

当節、クレバーな生き方は責任を取らない責任者のほうさ。
責任を取らないから、そこそこ出世する。羽振りだってイイ。しかし、そいつらはシコシコ貯め込むだけだ。飲みに行っても、絶対に割り勘だ。しみったれた野郎だぜ。

けれど、それは卑しい事なんだぜ。どんなに偉そうにしていたって、ここ一番でケツをまくるような人間を、俺は漢とは認めないんだ。

俺は、そんな奴らには、負けない。

男の器量で、一歩も引けを取ることもない。誰に対しても、誠実にひとりの人間として向かい合うだけさ。そんな人としてあったりまえのことができない時点で、そいつは負けてるのさ。
その立場とやらがなければ、他人と対峙することもできやしないのさ。立場の下駄を履いてることを忘れて、自分の人間性だか能力だかがすぐれていると思いこんっでいやがるのさ。
反吐が出るぜ。

読者諸君、失礼するぜ。今から、例の肝試しに出かけなけりゃならねぇんだ。楽しみだな!

2015/10/09

Post #1647

Kathmandu,Nepal
この夏一杯手掛けていた銀座の店舗のオープニングセレモニーに、潜り込もうと懲りずにまたまた東京にやってきた。
ホテルにチェックインしてこれを書いてるんだ。
店舗工事はやりがいのある仕事だ。しかし、過酷な勤務のために、この仕事を志す若者は少ない。おかげさんで、46歳にして未だに若手扱いされるぜ。参ったな。

しかし、一軒の店舗を苦労して作り上げたときの達成感は、なかなかのもんだぜ。
俺はこれからも懲りずにこの商売を続けていくんだろうよ。

しかし、俺にはもっと大きな仕事が控えているのさ。
今朝、カミさんを連れて、産婦人科にゆき6ヶ月検診を受けてきた。
おなかの子供はぐんぐん大きくなっている。今じゃ450グラムくらいだ。ちょっとしたもんだな。おなかに手を当てて話しかけると、力強く押し返してくるのも道理だ。

そして、ついに男の子が授かったのか、女の子が授かったのかがわかってきたんだ。
もちろん、女の子でも男の子でもかまやしないんだけどね。
エコー画像を見てみると、両足の間に、なんとなく見慣れた形のアレがついている。
全てがミニサイズだ。しかし、これは明らかにちんだろう?
診察してくれた先生も、9割方男の子でしょうと言っているしな。
俺は最初から、なんとなくそんな気がしてたんだよね。
俺に娘は似合わないって。大きくなって、アーパーな娘さんになられても困るしな。第一、俺は男兄弟4人の長男なんで、娘なんていわれてもどう接したらいいのか、さっぱりわからないんだからな。

さてと、この子を一人前の男に育て上げるのが、俺のこれからのライフワークだ。
未だかつてない大仕事だ。とんでもない長丁場だ。
銀座に店を作るのなんて、この大仕事に比べればちょろいもんだろう?

別にどうこうするわけじゃないけれど、ひとりの男として、どうやって世界に対峙していくのか、どうやって人に接していくのかを、身をもって示し続けていかなきゃならないんだ。
いやいや、別に気負ってやるほどのことじゃない、みんなフツーにやってることさ。
けど、俺は自分の子供には、世間並みの平凡な男になってほしくはないんだ。
是非とも、俺よりも面白い、波乱万丈の人生を送ってほしいんだ。そのためには、それを乗り切っていけるだけの男の器量を身につけさせてやらないとな。
それは学校や塾では教えてくれない。
俺が示していくしかないことなんだ。

あ、名前はもうずっと前から決まってるんだぜ。『麒麟児』ってね。おなかに手を当ててこの名を呼ぶと、なかから応えてくるくらいに馴染んでるのさ。

読者諸君、失礼する。もちろん、俺はこの子が一人前の男になる前に、この世とおさらばしなけりゃならないだろうけどな。残念だ。

2015/10/07

Post #1645

Patan,Nepal
何とか均衡を保っているカミさんの腹に手を当てて、羊水のなかを泳ぎ回っている胎児の胎動に意識を集中する。
そうして、不思議な思いに駆られる。
何とも不思議だ。
何もなかったところに、命が宿り、喜怒哀楽に振り回されながら生きていくってのは、つくづく不思議なことじゃないか?

俺たちはいったいなにものなのか?
俺たちはいったいどこからきたのか?
そして、俺たちはいったいどこへ行くのか?

まるでゴーギャンの有名な絵のタイトルのような疑問が、俺をとらえて離さない。

白戸三平は、長編漫画『忍者武芸帳』の主人公・影丸をして、『俺たちは遠くから来た。そして、遠くまで行くのだ』と語っていたっけな。

長いようでいて、結構短いこの束の間の人生は、いったい何のためにあるのか?
少なくとも、自分の責任を巧妙に回避しつつ、そつなくスマートに仕事をし、小金を儲けて安穏と暮らすためではないだろうよ。確かにそれも一つの生き方だ。誰だって、厄介ごとを背負いこみたくはないだろう。けれど、ニンゲンは自分の為したことについて、無責任ではいられないんだぜ。それは、自分の人生に真剣に向き合っていないような生き方だと、俺には思える。
俺は不器用でもいいから、自分の為したことの全てに、責任を持ちたい。
そして、全力を振りしぼるようにして、燃え盛る火柱のように生きていきたい。

ふと、そんな思いを腹の中の子供に語り掛ける。
きっとなにもわかっちゃいないだろうが、そんな俺の声にこたえるようにして、カミさんの腹の中から小さな、それでいて確かな何かが突き上げてくる。

できうればこの子に、波乱に富んだ、実りある人生を歩んでほしい。
精一杯、誰かを愛して、自分の力で人生を切り開いていってほしい。
そのためには、優しさと強さを身につけて成長してほしい。
この俺に、その導き手が務まるだろうかと、小さく力強い胎動を手のひらに感じながら、自分に問いかけてみるのさ。

俺たちの人生の意味を考えてみるとき、その始まりと終わりに、ぼんやりとかすむように広がっている『遠く』こそが、カギを握っているように思えてならない夜なのさ。

読者諸君、失礼する。命ってのは、つくづく不思議なもんだよな。粗末には出来ないぜ。

2015/10/05

Post #1643

Kathmandu,Nepal
去年のネパール旅行からはや一年か・・・。
月日の経つのは早いもんだ。旅行して、働いて、旅行して、働いて、またまた働いて。
こうして年を食っていくのさ。

ようやく体調がもどってきたと思ったら、今度は家庭内に波乱の予感。
詳しくは、ここにはとても書けんな。

読者諸君、失礼する。妊娠六か月に入ったカミさんに、もう出ていくなんて言われると実に困るもんだな。

2015/10/04

Post #1642

Kathmandu,Nepal
どうも朝から頭が痛いと思っていたら、微熱があったようだ。
だから、今日は一日、ひねもす眠って暮らしたよ。
読者諸君、失礼する。

2015/10/02

Post #1640

Nepal,Pashpatinath 死者は聖地で焼かれ灰は河へと流される

明日はすごく久しぶりに休みだ。
体を休めよう。美容院に行って、気分転換するのも悪くない。

なにしろ俺は、カミさんの腹に手を当てて、おなかの中で子供がもぞもぞ動くのを感じているうちに、眠ってしまうほど疲れているんだ。
少し風呂に入るつもりが、気が付くと湯船の中で何時間も眠ってしまっているほど疲れているんだ。
けれど、心まで疲れてるわけじゃないんだぜ。戦意旺盛だ。糞ッ垂れな現実に、たった一人で立ち向かっていく気概に満ち溢れてるんだ!
ただ、やる気はあるけど体がついてこれないだけさ。なんせ46歳だ、仕方ないだろう?

そんなわけで日々思うところがないわけではないけれど、はたから見るとブログは手抜き状態だということになる。
たまにはひとりで暗室にこもってプリントしたいな。手つかずのネガは山ほどあるんだ。こんな俺でも独り暗闇のなかで自分に向き合う時間が必要なんだ。
けれど、きみが僕のことを知っててくれるんだから、ムキになって書き続ける必要もないかもしれないな。

読者諸君、失礼する。けど、君のことをないがしろにしてるわけじゃないんだぜ。むしろ信頼してるのさ。おやすみ!

2015/09/26

Post #1635

Bhaktapur Nepal
オトナが楽しそうに笑っていない社会では、子供は大人になることは、なんてつまらない事なんだろうって思ってしまうに違いない。
自分がもし、いま12歳の子供で、朝夕の通勤電車に紛れ込んでみたら、大人になるってことは、ひどく憂鬱なことだと思ってしまうに違いない。

だからせめて、僕は楽しそうに振る舞っていたい。

へヴィーな状況に直面しても、それを難易度の高いゲームのように楽しんでいたい。
実際に愉しいからね。
気分の赴くままに、ステップを踏むように軽やかに歩んでいきたい。
愉しいときにはたからかに笑い声を響かせていたい。
思いが溢れてきたときには、涙を流していたい。
誰とでも分け隔てなく、打ち解けていたい。

大人しく振る舞うなんて、家畜じゃないんだぜ。

そんな僕の姿を見た子供たちが、大人になるって、あんなに楽しそうなことなんだって、ワクワクするように。

読者諸君、失礼する。体調は全然万全じゃないけれど、今から東京に出かけて、夜の工事をしてくるつもりさ。口元に笑みを浮かべながらね。

2015/09/25

Post #1634

Nepal
本日、体調不良で仕事を休んだ。
よって、写真のみでお許し願いたい。

読者諸君、失礼する。フラフラだ。

2015/09/23

Post #1632

Nepal
おんぼろのバスに乗って、いったいどこにいこうというんだ?

彼らは前を気にしているだけましだ。

読者諸君、失礼する。今日も君にとって、イイ日であることを祈ってるよ。

2015/09/22

Post #1631

Boudhanath,Nepal
金子光晴は、すごく好きだ。
贔屓の引き倒しで、このブログでも何度も紹介している。
作家の高橋源一郎は、金子光晴の詩を読めば、人生の中で、最低でも一人は素晴らしい彼女ができると断言していた。
高橋源一郎自身も5回も結婚してるんだから、大いに信憑性があるな。
僕自身のことはここでは触れないし、言えないこともあるけれど、高橋源一郎のいうことは、間違いないと思う。

この『女たちへのエレジー』のなかに収められている『愛情69』という詩集から、一つ好きなものを引用しよう。

愛情55

はじめて抱きよせられて、女の存在がふはりと浮いて、
なにもかも、男の中に崩れ込むあの瞬間。

五年、十年、三十年たつても、あの瞬間はいつも色あげしたやうで、
あとのであひの退屈なくり返しを、償つてまだあまりがある。

あの瞬間だけのために、男たちは、なんべんでも戀をする。
あの瞬間だけのために、わざわざこの世に生れ、めしを食ひ、生きてきたかのように。

男の舌が女の唇を割つたそのあとで、女のほうから、おづおづと、
男の口に舌をさし入れてくるあの瞬間のおもひのために。


(金子光晴 『愛情55』 講談社文芸文庫『女たちへのエレジー』 222頁より)

こういうのは、人によっては好き嫌いがわかれると思う。なんだよ、淫らなだけじゃないかって。
けど、一人の男として、すごく共感できる。
これに共鳴する心がないってことは、自分だったらさみしい人生だと思う。こころが乾いて、干からびてるのさ。もしくは、素敵な恋愛をしたことなんてないのかな?

その一方で、こんな気持ちもよくわかる。



神經をもたぬ人間になりたいな。
本の名など忘れてしまひたいな。

女たちももうたくさん。
僕はもう四十七歳で
近々と太陽にあたりたいのだ。

軍艦列島が波にゆられてゐる。
香料列島がながし目を送る。

珊瑚礁の水が
舟の甲板を洗ふ。

人間のゐないところへゆきたいな。
もう一度二十歳になれるところへ。

かへつてこないマストのうへで
日本のことを考へてみたいな。

(金子光晴 前掲書 『女たちへのエレジー』 14頁より)


旅が好きで、いつも旅に憧れている僕には、本当によくわかる。
本の名など忘れてしまいたくもなる。帰ってこない旅に、旅立ちたくもなる。
年が明ければ、僕も四十七歳だしね。
シベリアの針葉樹の森や、
サハラ砂漠の砂丘、
アマゾン河を抱く密林、
そして南方の島々。

いずれも彷徨ってみたいところばかりだ。
その時も、きっと古今和歌集を持っていくだろうな。
僕の古今和歌集には、飛行機のチケットの半券が、栞代わりに何枚も挟んであるくらいさ。

じゃぁ古今和歌集のなかでは、どんな歌が好きなのかと聞かれたら、とりあえずはこれかな。

わが恋は ゆくへも知らず はてもなし あふを限りと 思ふばかりぞ


(巻第十二 恋歌二、611  凡河内 躬恒)

僕はこの歌が、すごく好きだ。

いったいこの恋は、どう展開し、どこに落ち着くのだろうか、そんなのまったくわからないけれど、ただ次に逢うことだけしか、考えることが出来ないだなんて・・・。
行方も果てもないってことは、道ならぬ恋なのかもしれないな。
互いに求めあっているけれど、けっして恋愛➩結婚とかいう流れを辿ることのない恋なのかもしれない。
そんな所帯じみた落としどころなんて、端から切り捨てているがゆえに、逢いたい思いは激しく切ない。愛しい女性に、もう一度逢いたいという思いだけが、張り裂けそうな胸につまっているように感じる。

そんな狂おしいほどの想いを、胸に宿したことのない人生は、つまらない。

それがわかるようになったのは、かなり大人になってからの気がする。
けど、その一方で、物心ついたガキの頃から、僕はずっとそんなんだったような気もする。

読者諸君、失礼する。どんなロジックよりも、エモーショナルな言葉に僕は魅かれる。
もうすぐ、夜もあける。

2015/09/20

Post #1629

Kathmandu,Nepal
僕はいつでも自分のことをしゃべってばかり。
きみはわらってばかり。
僕はきみのはなしをもっと聞きたいっていうのに。

けど、きみは昔っから僕はそんなんだっていうのさ。
やれやれ、まいったな。僕のことなんかどうだってイイってのに。

読者諸君、失礼する。

2015/09/14

Post #1623

Bhaktapur,Nepal
今日は充実した一日だった。
腰の痛みに耐えかねて朝の6時に目を覚まし、コーヒーとパンの朝食をとるやいなや、洗濯、ゴミ出し、帳簿付けをサクサクこなし、朝からかかりつけの病院に行き、風邪の薬を処方してもらってきた。明日からの仕事に備えて定期券も買っておいたし、家の近所の神社で、猫と遊んだりもした。

今日は忙しかったんだ。高校時代の友人(女性というか、強烈なパワーのおばちゃん)と昼食を共にする約束をしていたんだ。なにしろ、こいつと会うのは20年以上ぶりだ。お互い、騒がしいもの同士だ。長年のブランクなんてへいちゃらだ。

こじゃれた昼飯を食いながら、俺は今日がたまたま母校の学園祭だってことに気が付いた。
どうだい、今から行ってみないか?って振ってみると、友人はぱっくん食いついてきた。
OK、いいだろう。行ってみようじゃないか。
俺たちは食事を終えると、中年お騒がせカップルといった風情で二人で車に乗り込み、懐かしい道のりをひた走ったのさ。

なにしろ、卒業したのが昭和62年だからな。どんな大昔だよ。
懐かしいッたらない。
父兄も高校生や中学生の皆の衆も、大声でしゃべりながら、我が物顔で校内を歩き回る俺たちに、不審と好奇の入り混じった視線をそそぐ。
なぁに、構うもんか。
ただし、警察呼ぶのは面倒だからやめてくれよ。見てくれほど悪い奴じゃないんだぜ。
笑いたければ笑ってくれていいぜ。ニンゲン、笑っていたほうが幸せだ。君たちがそれで幸せなら、もっと面白くしてやるさ。
俺はそんな視線には馴れているので、かまわず校長いるかい?とノックして校長室を覗きこむ。
昔ながらの生徒会室に勝手に入り込んで、現役の生徒会長君に『やぁ、俺が大昔の生徒会副会長さ、よろしくな!がんばってくれよ!ガッハッハ』とか言って回ったりしたのさ。

いったい何様だ?強いて言えば、俺様だってところだな。

かつて、俺のことを知らなければ、この学校の教師ではないとまで言われた問題児のことも、今や知る者はいないのだ。残念!
私立の中高一貫校とはいえ、先生たちもすっかり爺さんになり、一線を引いていた。
老兵はただ去るのみだ。
わずかに残っている先生の頭にも、髪はまったく残っちゃいなかった。
体育館では、イケメンコンテストなんてやっていたから、俺も乱入すればよかったぜ。
さすがにそいつは、友人に止められちまったわ!

すっかり様変わりした学校は、どこか寂しいものがあった。
今振り返ると、あれはとても大切な時間だったようにおもえるよ。
けどまぁ、今更戻りたいとも思わないけどな。ときおり、旧友と顔を合わせ、懐かしみ、自分のいまの立ち位置を確認するくらいがちょうどいいのさ。

愉しかったぜ。

15日から新しい仕事だ。体調は万全にほど遠いが、気合入れていくかな。
俺は何時だってフルスロットルだ。

母校の文化祭を覗いてみてノリノリの俺

2015/09/09

Post #1618

Kathmandu,Nepal
ここんところ、毎日雨だな。

気分が滅入ると言いたいところだけれど、天候ごときに左右されていてどうする?
雨雲の上には、太陽が輝いてるんだぜ。
たしかに雨に濡れた安全靴で働いていると、夕方にはすっかり足が白くふやけていやがるけれど、心までふやけてるわけにはいかないんだ。

叩きつける様な雨のなか、傘もささずに前を見据えて歩いていくんだ。俺は傘をさすのが嫌いなんだ。
女の子と相合傘ならやぶさかじゃないけどね。細い肩を抱くようにして雨のなかを歩くのさ。

けれどもこちとら男一匹、台風ごときに負けてるわけにはいかないんだ。

読者諸君、失礼する。しかしですなぁ、女の子の魅力には、ころりと手もな負けちゃう俺さ。

2015/09/07

Post #1616

Bhaktapur,Nepal 山羊座の俺にとってヤギは特別な存在
僕はいままで、君たちに出来うる限り正直に、書けることはすべて書いてきたつもりだ。
けど、今回、それについてはなかなか書きがたいものがある。

相手のある話だし、自分でも信じられないような話だし、なによりすごく長い話なんだ。
小説が書けそうに長い、長い話だ。書いたとしたら、全米が泣いたってことはないだろうけれど、ちょっとしたイイ話に仕上がるだろう。
けれどそれが、君たちにとってそんな大切な話だともい思えない。
そんな話に付き合ってもらうわけにはいかないだろう?

けれど、僕はとっくの昔に失くしたパズルのピースを、それもとても重要なピースを、手に入れたような気分なのさ。それはきっと僕だけじゃなくて、相手の人もそうだろう。
少年の頃、そのピースをつかみかけたけれど、それは指の隙間から零れ落ちてしまった。そんなピースがあることすら、故意に自分の記憶から消し去って生きてきた。
そしてとっても大事なピースが欠けたまま、心のどこかに満たされない思いを抱いたまま何十年が過ぎ去ったんだ。
その間に、いろんな経験をした。うれしいことも、悲しいこともあった。
そうしてやっと、そのピースの重さに耐えうるほどに、大人になったのさ。

僕らはすごく遠回りしたけれど、そのピースを手にすることができるくらいに大人になったということさ。

そう、僕らの人生の全てに意味があって、今につながっているって実感してるんだ。

それがどんなドラマチックな話だろうと、僕とその相手以外には、なんの意味も持たない話だから、ここに書く必要がないってことさ。

そう、僕と相手の胸のなかに、そっとしまっておこう。そのほうが美しい。

一つだけ言えることは、僕ほどドラマチックな人生を送っている男は、そうはいないってことさ。

読者諸君、失礼する。もう、自分の中の穴ぼこを埋める必要なんかない。もう、誰かに存在を認めてほしいと悩むこともない。先のことはわからない。けど、僕は幸せな男なのさ。

2015/09/05

Post #1614

Patan,Nepal
どんなに科学や技術が進んだって、それで一人のニンゲンの幸福に寄与しないようなものなら、僕は価値があるとは思えない。

僕は自分はすばらしく幸せで、なかなかに面白い人生を送っていると思っている。生身の僕を見たならば、終始ゴキゲンで踊るような足取りで歩いていると君は驚くはずさ。
もっとも、そこそこに波乱万丈だった。ここまでいろいろ苦労もあったはずだけれど、思い返すとみんな笑い話にしか思えない。
所詮人生は、今、ここからだ。
悪いけれど、仕事だって面白くて仕方ないしね。
僕は正直いって今の自分に自信を持ってるんだ。
もっとも、その自信には根拠なんてありゃしないけれど。
けど、預金残高で左右されるような自信なんて、しょせん安っぽいメッキのようなものだろう?

僕は自分が幸せならば、自分の身の回りの人たちにも幸せでいてほしい。
限りある人生を、精一杯生きてほしい。
くだらないことに振り回されて、自分の幸せを見失ったりしないでいてほしい。
そう、どんな状況におかれていたって、幸せになることを諦めてほしくはないんだ。
その人たちに、僕ができることがなにかあるなら、喜んで力になるさ。

そして、自分の身近な大切な人たちが、幸せに暮らせるためには、この世の中がもっと平穏で、愉しいものであってほしい。自由で、平等で、人々が互いに尊重しあう世の中であってほしい。

けれど、現実はそうはいかない。
ニュースを見てみれば、くだらないことで人々は争っている。
多くの普通の人たちは、自分の力ではどうすることもできないとさめきっている。
あるいは、生き延びるために、何もかも捨ててさすらっている人々もいる。
生きていくのもやっとという状況の中でも、必死に生き抜こう、家族を幸せにしようともがいている人たちがいる。

どうしたものかな。

僕にいったい何ができるんだろう?
僕は自分のことで精一杯の、非力なニンゲンに過ぎないんだ。
自分の大切な人を、幸せな気分にしてあげることくらいしかできない、チンケな男なんだ。
けど、それもうまくいくときもあれば、まったく無力でどうしていいのかわからないときもある。
僕にはそれが、どうしようもなく悲しい。

読者諸君、失礼する。どうしたものかな?

2015/08/25

Post #1603

Kathmandu,Nepal
まだ八月だというに、夕方吹き抜ける風はすっかり秋の気配だ。

 秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる
  古今和歌集 巻第四 秋歌 上   藤原敏行朝臣

まったく、仕事をしていても、ろくに汗も出てこやしないぜ。まぁ、たいした仕事はしていない俺なのさ。

今日は特に君たちに語るべきこともない。なんということもない一日だったのさ。
人生の大半は、こんな何ということのない一日でできている。

読者諸君、失礼する。