| ウブド、バリ スパティフィラム |
2026/08/07
POST#1932 盛夏、百花繚乱その3
2026/08/06
POST#1931 盛夏、百花繚乱その2
| ウブド、バリ クリステミス・ブルケラ |
俺の言葉は、単なる思い付きじゃない。
分類学の父であるカール・フォン・リンネ🔗が提案したことをなぞっているだけのこと。
18世紀、リンネは植物を分類するために、花のおしべとめしべの数や配置に着目した「性分類体系(その名もズバリSexual System)」を打ち出した。その際、彼は植物の生殖器官を人間の性や結婚に見立てたため、花弁を「祝宴のベッド」、おしべを「夫」、めしべを「妻」と形容した。酔狂な学者だな(笑)。
例えばおしべが2本ある花を「1人の妻に2人の夫がいる結婚」といった具合に表現し、植物の生殖器官を大胆かつ生々しく描写した。なかなか楽しそうだな。
それまで単に美しく愛でる対象であった花が「あけすけな生殖器の露出」として捉え直されたため、当時の潔癖なピューリタン🔗の皆様は、美しい花々を「淫らで不道徳」「婦女子に見せるべきではない」と猛反発した。
バカバカしい、自分だって持ってるくせに。
荒木経惟🔗が、どこかで言っていたことを思い出した。
『裸体のいちばんの恥部であって、一番魅力的なところが顔なんだな。』(荒木経惟『すべての女は美しい』55頁より大和書房刊)
同じようなことを彼は他でも語っていた。女性の体で最も淫靡なのは、その顔なんだという。美しい花が、満開の生殖器官であるという言葉と響き合っているな。
普段からマスクをして暮らす若い女性たちは、その淫靡さを自ら悟っているからだろうか?
2026/08/05
POST#1930 盛夏、百花繚乱その1
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| バリ、ウブドにて |
2026/06/30
POST#1893 始皇帝の中華統一と人権なんてくそくらえという思想の源
| 2015年に東京国立博物館でご対面 |
世界三大墳墓というものがある。
世界三大墳墓とは、エジプトの「クフ王のピラミッド🔗」、中国の「秦の始皇帝陵🔗」、そして日本の「仁徳天皇陵古墳(大仙陵古墳)🔗」の3つのあきれるほどどでかい墓だ。
あの世にゃ何も持っていけないというのに、歴史上の権力者がその絶大な権威を誇示するために造ったものだ。それぞれ「高さ」「体積」「敷地面積」のいずれかで世界最大級の規模を誇っているんだとさ。ご苦労なこった。
その中でも異彩を放っているのが、秦の始皇帝陵だ。延べ70万人以上の労働者を動員し、約40年をかけて造られた巨大な人工の丘です。1974年には、始皇帝を死後も守るために造られた等身大の兵士や馬の陶器人形「兵馬俑」が近くで発見され、世界を驚かせたわけだ。
この兵馬俑は日本でも何度か公開されたことがあるから、実物を見たことがあるという人も多いだろう。俺も以前、東京に仕事で行ったついでに国立博物館で見てきたんだ。
2018/03/26
Post #1705 僕は、自分自身のために、この人生という泥沼の局地戦を戦っていきたい
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| 2001年12月、どこかで。 |
仮令、人類史上に燦然たる足跡を遺そうとも、それとても時間の流れの前では瞬く間に陳腐なものとなり、ほどなく忘却されるのは、論を待たないであろう。
ピラミッドのように、数千年遺る仕事を成し遂げたとて、悠久なる時間の流れは、個々の人間の存在など、大河の一滴のように押し流していってしまう。
いわんや、一人の人間の運命と決断が、この銀河系宇宙の趨勢を決するなど、スターウォーズの中くらいしか、あり得ないだろう。
この世の中を基準にしている限り、自分の人生は、虚しい局地戦でしかない。
『マッチ擦る つかのま海に 霧深し 身捨つるほどの 祖国はありや』寺山修司
ふと、そんな短歌を口ずさむ。
自分自身は、自分にとって、国家よりも社会よりも大きな存在だ。
これは僕にとって、自明の理だ。しかし、そう思っていない人たちも、たくさんおいでなんだと思う。OK、それはそれでノー・プロブレムだ。しかし、自分を棚上げして、地に足のつかない言説を弄する様を見ているのは、気が滅入る。どうせ、本気なわけでもあるまいに。
僕は、自分自身のために、この人生という泥沼の局地戦を戦っていきたい。
2018/03/24
Post #1704 春の日に独り嗚咽
僕は、夜勤明け。
ベッドに横になりながら、眠ろうとしつつも、無性にニール・ヤングが聴きたくなって、スポッティファイで聴いている。
ふと、感情の固まりがこみあげてきて、独り、声をあげて嗚咽してしまった。
言葉にすればそれは、自分が何者にもなれず、ただ地を這うように生きて行くことで精一杯だと思いいたり、あり得たかもしれないさまざまな可能性に、(それはこの宇宙で永久に失われてしまった。)悲しくなったということだろう。
やれやれ、50歳も間近だというのに、なにを言ってやがる…。
なにもかも、ニール・ヤングのせいだな。
2016/04/24
2016/04/23
2016/04/22
2016/04/21
Post #1700 この幸せは本物か?
この幸せは本物か?という猜疑心。
今日のような雨の日には、とりわけその感がつよい。
それとも、俺がひねてるだけなのか?
2016/02/10
2016/01/28
Post #1697 放っておいても、人はいつか死ぬ。愛し合ってるかい?
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| Bali,Indonesia |
ひとつの命が産まれてくるのに、どれ程大変だったのか、想像もつかないのか?
一度失われた命は、もう戻らないんだぜ。
それに、この二十歳の若者も、無垢な心を持って生まれたはずなのに、どうしてそんなんなってしまった?
来月子供が産まれてくる俺だが、二十歳の息子がいたっておかしくない年だ。それを思うと、胸が締め付けられるように悲しい。
放っておいても、人はいつか死ぬ。憎い奴も、愛しい人も。
ならば、出来るだけ愛し合っていた方が、この星で楽しく過ごせるんではないかい?
それを声を大にするのでもなく、しかし、力強く言いたい。
愛し合ってるかい?
2016/01/19
Post #1696 師匠との対話
| Essaouira,Morroco |
| Essaouira,Morroco |
師匠は『おまえの結婚と子供のことを手放しで目出度いという手合いもいるが、俺はおまえのことを子供の頃から知っているから、その決断をするのにどれだけ悩んで決断したかわかっているつもりだ』
さすがは我が師匠。
俺の父親以上に俺の事がわかっている。
俺は、何も言わず冬の日射しを不意に眩しく感じたかのような面持ちで、何も言わずに師匠の次の言葉を待つ。
『自由とは、なにか?』
師匠が短い沈黙のあとに、重い言葉を放った。
もちろん、師匠も俺も、その問いに答えはしない。なんとも答えることの出来ない重たい問いだ。
それは、師匠自身が探し求めてきた問いだとわかるし、それが今、俺に引き継がれたことを感じだ。むろん俺もその問いを求めて生きてきた。その何十年に、喜寿を越えた師匠の何十年の重みが加えられたのを、感じる。
『放浪と定住…。それが俺にもお前にもテーマだった。』
師匠はそう続けた。
さすがは我が師匠。どうしてこうも的確に人生の問題の本質を抉るのか。生涯年収だとか老後の生活資金にはいくら必要とか、この二つの問いの前では、くだらない些末なことにしか見えない。
『その上で、よく決心したと言っておこう』
まるで禅問答のような師匠の言葉だけれど、俺には痛いほど伝わっていた。
女房子供を背負って、なおかつ何処まで自由に生きて行けるのか、とくと見せてみろと言われた気がしたんだ。
安穏と一所に定住することなく、常に挑戦と放浪の人生を送り、より広い世界を見ろと
言われた気がしたんだ。
俺が師匠に出会ったのは、12才のころ。今から35年前。当時の師匠は白髪長髪の型破りな数学教師だった。42歳だったはずだ。
以来、今日まで実の息子のように教え諭され、導かれてきた。思えばこの日が、師匠から自由人としての免許皆伝をうけた日だった。
忘れたくないので、ここに記しておくことにした。
2016/01/18
2016/01/17
2016/01/16
2016/01/15
2016/01/14
2016/01/13
2016/01/12
Post #1689 誕生日プレゼントは寝袋で
まさか、47歳の誕生日、倉庫の打ちっぱなしの床の上、仕事で使う養生用の毛布にくるまって眠ることになるとは、思わなかった。
誰か誕生日プレゼントに寝袋をくれたら良かったのに!
人生はいつだって予測不能なもんだな。



