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2015/08/22

Post #1600

Hamburg,Germany
昨日、朝の四時から現場に乗り込み、大声で現場の男たちを叱咤激励しつづけ、職方同士の利害と意地とのもつれた糸を解きほぐし、或いはまた一刀両断、仕事を終えたときにはフラフラだったぜ。
おかげですっかり寝落ちしてこんな時間に書いている。今、深夜3時。

夜中の公園に行って煙草を吸う。止めたはずの煙草だが、あまりのストレスにまたぞろ復活してきているのさ。
すると、銀座の夜の女だろうか、若くてスゲーいい女がやってきて煙草を吸っていやがる。
俺は気の無いそぶりをするが、5メートル離れても鼻先に押し付けられるような香水の香りが、否が応でも感じられて、『畜生、そんなに自分を主張したいのかよ』って内心イラつくのさ。
見たくないものは目を閉じればすむ。聞きたくないものは耳をふさげばいい。けど、匂いはねぇ・・・。鼻つまむのも格好悪いというか頓馬だしね。相手がイイ女だと、尚更自分の頓馬さが引き立つというものさ。
俺は鼻がきくたちで、しかも匂いが空間的な拡がりとして感じられるので、いつも道ですれ違った人間の軌跡を感じるくらいなんだ。そう、それぞれのニンゲンの匂いが、空気の中に帯のように残っているのさ。だから、あんまりキツイ香水の香りは、暴力的に感じられるんで、好きじゃないんだ。若くて色気むんむんで、きれいな女だからって、どんなおじさんもくらくらすると思ったら大間違いだ。

久々にカメラを買ってしまった。


こいつだ。そう、ツァイス・イコンの名機、ContaxⅡだ。

まさにガレージのシャッターの様な金属製縦走りのシャッター。
とんでもなく長い基線長はピント精度の高さを雄弁に物語っている。
80年たっても輝きを失わない金属の光沢。
低速シャッターを切ったときに働く低速ガバナーがたてるネズミの鳴くような音。
ごつごつと男っぽい多角形のフォルム。
ライカだけがレンジ・ファインダーカメラだと思っていたら、大間違いだ。
なにしろ、こいつはあのロバート・キャパがアメリカ軍のノルマンディー上陸作戦に同行し、恐怖に震える手で写真を撮ったカメラなんだ。男のロマンが加速するんだ。なにしろ俺の人生はいつだって、ノルマンディー上陸作戦の様なものさ。

現場のすぐそばの中古カメラやのウィンドウにひっそりとたたずんでいたのさ。
流石は銀座だ。誘惑が多い。きれいなおねーさんだけが男を惑わすんじゃないんだぜ。キレ―なお姉さんには目もくれず、迷わずこいつに惚れ込んだのさ。

レンズはない。しかし、家に使えるものがある。問題ないぜ。
35ミリか21ミリのレンズをつけて、ピントは3~5メートルで固定焦点、シャッタースピードは適当に、ノーファインダーでつむじ風のように世界と切り結んでいくのさ。
なにしろ税込32,400円という嬉しい価格だ。経費でおとして買ったのは税務署さんには内緒だぜ。こいつは1936年発表の素晴らしいカメラだ。カメラだって、最新のものがイイと飛びつく奴ばかりだと思ったら大間違いだ。
ずっと探し求めていた。けれどどうしてもめぐり合うことができなかった。
それが、こんな激戦の真っただ中に見つけることがっできるなんてね。

まるで、ずっと心に思ってきた初恋の女性に巡り合い、その女性と結ばれたような気分だ。
これからこいつと一緒に、いろんな経験をするのさ。

読者諸君、失礼する。今日も朝早いのさ。

2015/05/19

Post #1504 Farewell, My Lovely Camera

 のっけから、タイトルはレイモンド・チャンドラーの名作ハードボイルド、『さらば愛しき女よ』のパクリだ。
そう、今日はまさに『さらば愛しきカメラよ』なのだ。
そのカメラとは、これだ。
カメラに興味のない人は、すまん。勘弁してくれ。
しかし、カメラを手放すことは、俺にとっては身を切るように辛いことなのだ。
わかっておくれよ。
Fuji TX-1 with TX-30f5.6
日曜日の車の事故は、本当に凹んだ。精神的に打ちのめされた。
先日、任意保険の更新があって、2年前の事故のおかげで、保険料が上がったと家人に小言を言われたばかりだったので、ますます落ち込んだ。

Nagoya Station
仕方ない。仕事もぽつぽつと入っては来たが、まだ弱い。7月から来年の3月まではがっちり固まっているのだが、この5月6月はさっぱりだ。先が思いやられる。
そこで、痛恨ながらカメラを一台売却してきた。
それがこのカメラだ。

フジフィルムが、天下のハッセルブラッドと共同開発したカメラ、FUJI TX-1だ。もちろん、35ミリのフィルムカメラだ。当時は、35ミリフィルムで中判並みの画質が得られるということで、驚異のカメラだった。まったく、今となっては前世紀の遺物だ。
泣けてくる。
これは俺が発売と同時に、珍しく新品で買った思い出深いカメラだ。20世紀の終わりごろだったろうか?その割には出番が少なかったがな。

このカメラは、そりゃ凄いカメラだった。
ライカなんかと同じレンジファインダー・カメラだ。つまり、ファインダーの中に映っている二重像を、レンズのピントを調整することで一つに合致させてピントを合わせるというカメラだ。
三角測量の原理の応用だ。
この手のカメラは、基線長が長いほど、ピント精度が高いとされている。と言っても、デジカメ全盛の昨今、そんなこと言ってもよくわからないだろう。つまりファインダーともう一つの対物窓の距離が長いほど、ピントの精度が高まるということなのだ。
しかし、それにしてもこのカメラは横に長い。
この横に長い独特のフォルムがこのカメラの特殊性を物語っている。

工業デザインの世界では、形態は機能が決定するという鉄則がある。
人間にやさしいデザインなんて糞くらえだ!使いにくいものをうまく使いこなしてなんぼじゃろう!
このカメラは、35ミリフィルムの二コマ分を使って24ミリ×65ミリという大画面のパノラマを撮影することができ、しかも通常の24ミリ×36ミリの画面の撮影も、ボタン一つで切り替え可能なカメラで会ったのだ。
当時は、35ミリフィルムの上下をカットし、格好だけパノラマに見せかけるカメラが大流行していたのだが、このカメラは通常の35ミリの画質で、良好なパノラマ画像を撮影することができ、なおかつ、フィルムの途中で自在に通常サイズと切り替えることが可能であったのだ。

なぜそんな荒業が可能なのかと言えば、フィルムゲートの両脇に、切り替えスイッチに連動する羽が左右についており、これが開いたり閉じたりしてフィルムのサイズを切り替えるわけだ。
そこで、普通に考えるとフィルムの途中で切り替えると、フィルムのコマとコマの間が空いてしまったり、重複して二重露光になってしまうのではという疑問が出てくる。
少しフィルムカメラをいじったことがある人ならすぐに思い浮かぶだろう。
そこは世界レベルのカメラメーカーであるフジフィルムだ。
このカメラは、まず最初にフィルムを装填すると、フィルムの長さを計測しがてら、フィルムをすべて巻き上げ、これを巻き戻してゆくシステムになっているのだが、これによって、フィルムの残りのコマ数を計算しながら、画面が切り替えられるたびにフィルムのコマ間が適正になるように、少しづつ巻き上げたり、巻き戻したりするという、非常にお利口さんなカメラなのだ。こんなイカれたカメラは、このカメラとこの後継機種TX-2しかない。俺は、ニンゲンでも道具でも、常識外れにイカれた破格な奴が大好きなのさ。そして、このTX-2すら、出荷は2006年に終了している。それも時代の流れだ。

ううっ、こんなカメラを手放してしまうとは、俺、不甲斐ないッたらないぜ。

Nagoya Station
このカメラに、装着するレンズ、Super EBC FUJINON TX-90(90ミリf4)とSuper EBC FUJINON TX-45(45ミリf4)そして、中古で30万くらいで買った銘玉Super EBC FUJINON TX-30(30ミリf5.6)の三本をセットで持っていたんだが、これを泣く泣く叩き売ってきてのだ。

上に挙げた写真は、TX-30を使って撮ったっものだが、このようにパノラマモードにすると焦点距離は16度ほどに相当し、およそ角度にして94.1度の画角を得ることができる。
これは、人間の視角視野におおよそ匹敵するもので、非球面レンズの採用により、非常にひずみの少ないシャープな画像を得ることができるのだ。
もちろん、45ミリや90ミリも素晴らしいレンズだった。

まさに珠玉のレンズたち。たまらん。L=TX-45、C=TX-30,R=TX-90

古くからお馴染みのカメラ商さんは、精一杯の金額を出してくれた。しかも即金で。
ありがとう、熊沢さん。

いくらで買って、いくらで売ったってのは、詮索しないで頂戴ね。そういうことは言挙げしちゃいけないのが、この世界の不文律だから。

俺の秘蔵のカメラは、自分の会社を立ち上げるときにも何台か売られていった。そしてまた一台、箪笥の肥やしになっていた名機が、俺の手元から去っていったのだ。
自分の不甲斐なさに、泣けてくるというものだ。
せめて、誰かもっと使ってくれる人の手に渡ることを祈るばかりだ。

俺の尊敬する世界企業IKEAの創業者、イングヴァル・カンプラード氏は世界的にもまれな成功をおさめた企業家であるけれど、常々その子供たちにこう言い聞かせていたという。
『本当におまえが欲しいのはこれなのか。本当に欲しいのか、買う価値があるものなのか、しっかり考えたのか。それを買ったら、手元にお金は残らないぞ。』(ノルディック社刊 バッティル・トーレクル著、楠野透子訳『イケアの挑戦 創業者は語る」313ページより)

この言葉をもっと若いうちに知っておけば、現在、こんな不甲斐ないことにはならなかっただろう。
少なくとも、このイカれたカメラを、なけなしの高い金を出して買うこともなかったはずだ。
その代り、今の道楽者の俺はいなかっただろうし、今現在の写真の戦闘的で前のめりな撮影スタイルを見出し、確立することもできなかっただろう。
そして何より、写真を通じて世界をとらえ、その意味を探り、自分自身の考えを深めていくという生き方にも、達することはできなかっただろう。

何事も、授業料ってのは高くつくってもんだ。


読者諸君、失礼する。俺と一緒に、売られていったカメラのために、ドナドナでも歌ってやってくれ。頼むぜ。

2014/03/19

Post #1079

台南
遂に買っちまった。
エアコンプレッサーだ。それもそんじょそこいらの模型屋に売ってるようなちゃちな奴じゃない。塗装用エアコンプレッサー業界のトップブランド、アネスト岩田のIS875‐HTだ!
お値段32000円(税込)。消費税が上がる前に、買っておきたかったのだ。お陰様で、俺の収支はガッタガタだ。畜生!領収書を忘れるな!印紙も貼って頂戴よって感じだ。
これがその写真。
アネスト岩田IS875-HT
これで、プリントという名の埃との戦いに、最終兵器投入というわけだ。
こいつの用途は本来、エアブラシで模型に塗装したり、ネイルアートをしたりするためのものだが、俺はあくまでプリントの際の埃の吹き飛ばしに使用するわけだ。贅沢極まりない。かつて、カメラ屋でよく売っているハンドブロア―から始まった埃との戦いも、遂にここまで極まった。
もちろん、そんな酔狂な奴はそうそうたくさんいる訳じゃないので、そんな付属品はついていない。おかげさんで、工具屋でなけなしの金を払ってこいつを受け取ると、返す刀で閉店間際のホームセンターに駆け込み、添付のエアホースにエアブロアを接続するための異径ニップルと軽量で扱いやすいエアブロアを購入する羽目になったのだ。そのお値段が、2192円。
やれやれ、高い買い物だった。
しかし、これでプリントの途中でエアダスターの缶が空っぽになって、陰毛がのっかてるみたいな綿埃まみれのプリントを仕上げたり、それはさすがに忍びぬと言って、貴重な時間をホームセンターへの往復に費やしたりするような心配はなくなったわけだ。素晴らしい。

俺がこいつを初めて知ったのは、仕事で傷ついた家具だか何だかを補修するために、補修屋さんを呼んだ時だ。
世間一般の皆さんには、補修屋さんという職業はあまり馴染みがないだろうから、一応説明しておくよ。
家具だの建具だの、フローリングの床だのに、傷がつくとまずいのはみんな一緒だろうけれど、新築のマンションや戸建て住宅、それから俺が仕事でかかわる店舗なんか、そんな傷があると非常にまずいわけだ。
そこで登場するのが補修屋さんというわけで、これは繊細な技量が求められる。まぁ特殊な職業だ。要は、その傷を色つきのパテなんかで埋めておいて、うまいこと木目を描いたりして、素人目には傷が目立たなくするという商売だ。一言で言っちゃやそれだけなんだが、木部だけではなく、石や金属まで補修してしまうのだから、恐れ入るぜ。
俺の経験からすると、引き渡しちまったら、すぐにあちこち傷まるけになっちまうんだから、まぁいいんじゃねえか、細かいことは言いっこなしよなんだが、日本の細かいことが気になる皆さんは、そんなに寛容ではない。
芸術関係に関しては、あえて茶碗を傷物にしたりして、侘びだの寂びだの言う日本人なんだが、住宅店舗あるいは家具などに関することになると、異様に細かい傷でもブースカ言うのだ。よくわからん民族だ。
そこで、補修屋さんの登場だ。この補修屋さん、俺の友人の村岡くんもその一人なんだが、デリヘルか補修屋さんかってくらいお高いのだ。ざっくり2時間で3万円くらいってとこか。
そんな割のいい商売だったら、おれもそれにすればよかったとも思う。しかし、そもそも補修屋さんに弟子入りしないと技術は身につかないし、材料の入手ルートも開いてもらえない。ついでに言うとかなりの絵心がないと厳しい世界だ。それに今時分、消費税UP前の住宅建設ラッシュなので、それこそ寝る間もないほど忙しいことだろう。
で、あるとき現場に来てもらった補修屋さんが持っていたコンプレッサーがこれなのだ。
こいつはなかなか素晴らしい。
最大の特徴はコンプレッサーの周りに廻らされたハンドルのようなタンクだ。一見すると単なる持ち運び用のハンドルにしか見えないんだが、これが侮れないのだ。
ふつうこのクラスのコンプレッサーはタンクがない。なのでスイッチ連動になっていても、使った時には必ずコンプレッサーが回る。ということは音と振動が出るということだ。音に関してはこいつ、普通に人が話してるのとほぼ同じ、およそ60dbしか出ないのだが、プリントするうえで振動はまずい。印画紙を露光させているときに回りだすと、光がぶれてしまう。もともとぶれた写真ばかりだから、イイじゃないかと思われるかもしれないが、これ以上ぶれてもらっちゃ困るのだ。
そこで、このタンクが生きてくる。いったんタンクに目いっぱい空気をぶち込んでおけば、四六時中コンプレッサーがぶんぶん回るのを防げるわけだ。
次に、このコンプレッサーには、エアフィルターが標準装備されている。
コンプレッサーの圧縮空気には、空気中の水分も圧縮されて水が混じったりするのだが、これを取り除くのがエアフィルターだ。こいつを単体で買うと、それだけで1万円くらいするという代物だ。
埃を取り除いたつもりが、ネガに水滴がついていたなんて言ったらシャレにならん。これは欠かせないのだ。

俺はずいぶん長いこと、埃と戦ってきた。遂にその戦いに終止符が打たれようとしている。
こいつを使ってプリントするのが楽しみだぜ。
読者諸君、失礼する。俺には最新のデジタルカメラなんかよりも、こういったマニアックな機器のほうが重要なんだ。

2011/10/22

Post #343 My Contax Broke Down

どうやら、俺のコンタックスT3が壊れてしまったようだ。
フィルム給装。即ち巻き上げが不良で、フィルムを入れてもカウンターが00で点滅したままで、臨戦態勢にならんのだよ。どうも最近、シャッターをきって、フィルムを巻き上げるときに、ギシギシした音がすると思っていたんだが、まぁ、あかんですわ。ぶっ壊れちまったんだ。要修理だ。病院送りだ。俺より先にダメになっちまうなんて、根性のない奴だ。鍛え方がたりないのか、それとも酷使しすぎたのか?はっきりしてるのは、こいつは今やもう、使い物にはならないってことだ。また、出費がかさむぜ。今月末までに市県民税を払わねばならないってのに・・・。こりゃますます働かなけりゃならないな。
しかし、最大の問題は当面はどうするかだ。まだ3週間は出張したままだ。おいそれと修理に出すわけにもいかないぜ。
仕方ない、こんなこともあろうかと思って密かに用意していた、コンタックスT3初号機(こいつはいつもリバーサルを入れて撮っている奴なんだが)を投入しよう。ちなみにいつもモノクロを撮っているのは、データパックのついたT3弐号機だ。どちらも黒。やはり男のカメラは黒でなくっちゃ。しろとか赤とかありえないぜ。
カメラを持たずに外出するのは、不安だ。武士が刀を持っていないような、あるいはパンツをはき忘れてきたような、そんな不安感がある。
コンタックスT3に関して言えば、フィルム給装系のユニットが脆弱で壊れやすい。以前もフィルム巻き上げ軸の小さな爪が折れてしまった事で、巻き上げることが出来なくなっちまって、修理に出したことがある。
Tokyo
しかし、今回の故障には明確に思い当たる原因がある。池袋北口で国家権力の手先糞ったれなオマワリに職務質問された際に、ついかっとなってフィルムを引っ張り出してしまった時に、どうやら無理なテンションがかかってしまったようだ。(2011/09/30Post 『つまらねぇ、写真なんてもうやってられないぜ!』http://www.blogger.com/posts.g?blogID=4504767697228722712を参照)
自業自得ではない。みんなあの豊島区のオマワリどもが悪いんだぜ!そして、俺を痴漢まがいの犯罪者呼ばわりしやがった小娘ども!カメラ壊せとか言ってやがったけな、よかったな、あんたらのご希望通り俺のカメラはぶっ壊れちまったぜ。これをぜひあいつらに教えてやりたいもんだ。いや、ホントに、思い出したら異様にムカついてきた。不愉快だ。不愉快きわまる。オマワリも、自意識過剰な小娘もだ。そんなに写真撮られたりするのが嫌なら、顔にパンツでもかぶっとけてんだ!オラァ!ちょっとそれは面白いな。
まぁイイ。所詮は過ぎたことだ。いくら悔やんでも後の祭りだ。過去の怒りにとらわれていると、今日が台無しだ。出張から帰ったら、早速修理に出そう。どこで出しても同じではあるが、なじみの店で出したいもんだからな。
腹減ったなぁ、そういえば今日は晩飯も食わずに、うとうとしていたんだ。金が欲しくて働いて、眠るだけさ。
読者諸君、失礼する。ラーメンでも食いに出かけるとするぜ。

2011/06/27

Post #226 たまには写真やカメラについて話そうかな#6

俺は、ツァイス信者、いやむしろコンタックス信者なんだろう。
コンタックスは、現行のカメラとしてはすでに無い。かつて、35㎜カメラの勃興期に、ライカと覇権を競った名ブランドなのだが、残念なことだ。
以前にも触れたイコンタやコンタックスⅢa、あるいは京セラコンタックスのAFレンジファインダーG2。他にもまだ本項目で触れていない、コンタレックスやレンズシャッター一眼レフのコンタフレックスなど、ツァイス系のレンズ、そして独特な存在感のあるボディーを愛好してきたんだ。
これらのカメラは、どれも癖がある。あるいはとんでもなく重かったりする。それはそれぞれのカメラが開発された時点で、望みうる最高のスペックを追求した結果、操作は複雑になり、複雑な機構を支える部品点数の多さゆえに、ズシリとした重みを持ってしまったと言えるだろうな。
しかし、そんなところがツァイス系のカメラの魅力だ。
決して素直に手になじまない。使いこなすのに熟練を要する。玄人好みなカメラだ。

玄人好みのコンタックス一族の中で、最も人々に受け入れられたカメラは、間違いなく高級コンパクトカメラの代表選手、T2だろう。
あれは売れた。ロングセラーだった。チタン外装に秀逸な描写のゾナー38㎜ f2.8搭載。コンパクトカメラとしては、かなり高額だったはずだが、バンバン売れた。京セラカメラ部門のドル箱だったことだろう。今でも中古カメラ屋に行けば、T2はごろごろしている。兵どもが夢のあとだ。時代はすっかり移り変わってしまった。今やコンパクトなカメラはデジカメで、大概のコンパクトデジカメは単なる消耗品だ。そこには、どうしても手が伸びてしまうようなオーラは、何が何でも所有したくなるような物神性は微塵もないんだ。少なくとも、俺にとってはあれは仕事用の消耗品だ。何年か使用しているうちにダメになって買い替える電動工具なんかと同じ、消耗品だ。

さて、この爆発的なヒット商品だったT2の後継機種こそ、俺が最も多用するカメラ、コンタックスT3だ。21世紀初頭2001年発売。当時の低下は98000円だそーだ。ちなみに、俺の持ってる70周年記念モデルは118,000円ってプライスタグが入っている。驚きだ。まぁいい、百聞は一見に如かず。まずはその写真を見てやってほしい。
CONTAX T3 左は通常版、右は70周年記念モデル
俺の使っているT3は2台。いずれもブラックだ。写真右の70周年記念モデルは、珍しく新品で購入したカメラだ。左は通常版。こいつにはDate機能付きの裏蓋がついている。いわゆるデータバックだ。デジカメしか触ったことのない若者ために言えば、この機能は、フィルムの縁に、撮影した日時を写し込むための装置なんだ。これは記念モデルを修理に出した時に、カメラが無いと困るので中古の美品を購入したんだ。だから、まず使うことのないデータバックがついているわけだ。
しかし、記念モデルが修理から帰ってくるとともに、記念モデルはリバーサル専用、通常モデルはモノクロ専用として、2台を2丁拳銃のようにベルトにぶら下げて、写真を撮って歩き回ることになったぜ。我ながらご苦労さんなことだ。
2台ともかつては美品だったんだが、今じゃすっかり手ずれして、見る影もない。記念モデルに至っては、落っことした時にチタン外装のパネルに、えくぼというか傷が入っちまったんだが、修理すると、この記念ロゴが消えてしまうと言われ、そのままだ。なに、外装が凹んでいたって、写真には何らカンケーのないこった。問題ないぜ。俺はコレクターじゃないんだ。
ズイブンと使い込んでいるのさ。
レンズはCarl Zeissの銘玉Sonnar 35mm f2.8。
このゾナーって玉は、間違いなくカールツァイスを代表する名レンズだろう。古くはレンジファインダーコンタックスに装備されていたSonnar 50mm f1.5とかね。
そもそもこのT3の先輩格T2 に搭載されていたSonnar 38mm f2.8も、コントラストや解像度が高い素晴らしいレンズだという評判だったそうだが、このT3の35㎜は、コントラストも解像度も、38㎜のさらに上を生き、絞り開放から素晴らしい結像性能を発揮すると評価されたゐる銘レンズだ。
しかも、これが38㎜だったら、買わなかったろうな。かつて東松照明だったかな、一本だけレンズを選ぶとすれば、何ミリの玉を選ぶかという質問に対して、35㎜と答えたという話を聞いたことがある。別に東松照明を気取るつもりはサラサラないけれど、俺にとってはT2の38㎜ではビミョウに標準より過ぎる。この焦点距離3㎜の違いってのは、実際に写真を撮ってみれば、非常に大きな違いだと感じることが出来るだろう.
それに対して28㎜では広角寄りすぎる。よほど近くによらないと、被写体はちんまりとしてしまう。
だから、ストリートのスナップ撮影に最適な距離感とは、35㎜レンズにありだと俺は思っている。
このブログに掲載している俺の写真のほとんどは、このT3で撮影したものだ。
一眼レフなんかで、街のスナップは出来ない。いや、やってできないことはないけれど、まず持ち運びに疲れてしまうし、余り写真を撮っていると悟られたくない時に、一眼レフはマズイ。目立ちすぎる。万一のために、逃げ足か腕っぷしを強化しておく必要が生じるぜ。いや、一眼レフだと逃げるにしても闘うにしても、邪魔か?
ライカや俺の愛用のG2、もしくはヘキサーRFなんかのレンジファインダーが理想なんだけれど、俺は写真を撮るのに、時と場所を選ばない。遠慮しない。となると、コンパクトカメラで、優秀なレンズが付いたものを選択するのがベストだろう。実際、はじめてこのT3を手にしたとき、俺は自分の写真が変わるという予感がしたもんだ。
手放すなんてできっこないぜ。
HomeTown
このT3、シャッターはもちろんレンズシャッターだけれど、絞り開放時で最高速度は500分の一秒、そして絞ると1200分の一秒まで行ける高性能だ。絞りはf2.8からf16まで。シャッターボタン(これがまた作りと手触り異様に良しの人工多結晶サファイア製、たまらん。)の脇に設けられたダイヤルで絞りを調整することができる絞り優先AEだ。ついでにP表示のプログラムAEもありだ。
AF(アナルファックではない、もちろんオートフォーカスだ)はT2は赤外線アクティブ方式だったが、T3はパッシブ方式に変わって一段と合焦精度が向上している。
ファインダー倍率は0.5倍。視野率は85%。ファインダーカバーガラスは、サファイアガラスを採用。とはいえ、俺ほとんどファインダー見ないから、まぁ関係ないか。
何といっても、このボディーの大きさ、いや小ささだ。W105mm ×H 63mm ×D30.5mm、230g。写真を撮り終われば、手のひらにすっぽりと収まる。というより、鷲掴みして持つと、まったく目立たない。シャッター音も静かで、これ以上はないスナップカメラだ。
名古屋の老舗カメラ店の松屋の社長は、以前会った際に、ベルギーの世界遺産ブルージュに行くと言っていたが、その時持っていくカメラは表向きはライカなんだが、このT3も必ず持っていくと言っていたっけな。まさに通好みのカメラだ。
これ以外には、俺のメインカメラは無い。35mmの距離感も画角も、全て自分の身体に沁みついている。もはや、自分の目の延長だ。チタン外装の醸す程よい硬さも、手になじんでいる。
さて、今日で今までの仕事もけりがついた。明日からは静岡方面に出張するんだ。明日の昼には、俺の車も車検から帰ってくるだろう。俺は高速道路をブッ飛ばして、また旅に出るんだ。とはいえ、仕事だけれどね。もちろん、このT3を持っていくのさ。どこに行くにも、このT3が一緒なのさ。これが手元にないと、どうにも落ち着かない俺なのさ。ギタリストのギブソンや、ルパン三世のワルサーP38みたいなもんだ。
そうだ、明日から出張なんだ、こうしちゃいられないぜ。とっとと眠るとするかな。読者諸君、失礼する。またいずれ会おう。

2011/04/27

Post #166 たまには写真やカメラについて話そうかな#5

今日は、凄い雨だ。風も激しー。そんな中、俺は現場調査のために高速に乗って、片道100キロくらいの道のりを往復してきた。しかも、今夜は仕事が待っている。小忙しーぜ、まったく。
まぁ、明日は月末だから振込なんかして、あとはゆっくりじっくりとプリントでもさせてもらうか。
それを楽しみに、今日を乗りきらせて頂こう。とはいえ、こんな嵐の中、仕事の材料を積み込んだりするのは、すこぶる億劫なんだがな。何とかならないもんかね・・・。
というわけで、本日はブログに現実逃避だ。しかも、昨日の予告、勝手に金子光晴週間その2は、ちょいと気分じゃないので、今日はやめる。
久々に、カメラについて話してみましょうかね。なんだか、カメラの話しをするとジミに人気があるようなのでね。

コンタックス一族を愛する俺が、何時かは欲しいと思っていたカメラに、ホロゴンウルトラワイドがある。今は亡き、カール・ツァイスの天才設計者エアハルト・グラツェル博士とハンス・シュルッツ博士の設計したホロゴン15ミリf8(3群3枚、画角110度)が、名機コンタレックスのボディーにめり込むように搭載されていた広角専用機だ。1968年登場なのだが、当時としては焦点距離15ミリ、画角110度は驚異的な数字だったろう。それが例え、固定焦点、絞りf8固定でもね。
ホロゴン、つまりラテン語で、全ての角度を意味する、ほとんど球形に大きく湾曲したレンズが、一眼レフカメラ、コンタレックスの異様に質感のある重たいボディーに固定装着され、ペンタプリズムの代わりに軍艦部には、大きなモニターのような美しいビューファインダーが、これまた固定装着。そのまま普通に手持ちで撮影すると、画面に指が写り込んでしまうので、専用のピストルグリップが標準装備され、なおかつ周辺光量の低下を補うために、専用のグラデーションフィルターがついていた。このフィルターを使うと、F値は実際にはf16になってしまうので、暗い室内なんかでは、結構撮影が厳しいカメラだっただろう。
人間の欲望ちゅうもんは、限りがない。欲しかった。しかし、時は中古カメラバブル真っ盛り。時折見かけるホロゴンは、ヨユーで100万円オーバーだった。買える訳ないよな。今でも70万くらいはするんじゃないだろうか。

その当時、すでに京セラのコンタックスG2専用レンズで、ホロゴン16㎜ f8が出ているのは知っていた。これは元祖ホロゴンをG2のボディーに搭載するために、焦点距離を1ミリ長くし、その代り焦点距離を調整できるようにヘリコイドリングを設けた逸品だった。しかし、これも定価が30万くらいする超高級なレンズだった。

ある時のことだ。行きつけのカメラ屋に行くと、このホロゴン16㎜が16万円というお手頃価格で売っていたんだ。しかも、中古じゃない。新品だ。そのお値段で購入するためには、購入後に作例を撮影し、レポートを提出しなけりゃならないっていう、京セラのキャンペーンだったようなんだが、今思えば、その数年後にカメラ事業から撤退するための布石だったのかもしれない。

俺は買ったよ、ホロゴン16㎜。銀行で金を降ろして、いや連れ合いに借金したんだったっけか?しかも、ホロゴンを使うために絶対必要なカメラのボディー、つまりコンタックスG1もG2も持っていないのに買ったぜ。あほだ。俺はしばらくの間、ホロゴンを部屋の照明の灯りに透かして眺めたり、これまた傑作の水準器内臓の専用ビューファインダーで、部屋のベランダからの風景を眺めたりして過ごしたもんだ。これはこれで、なかなかに楽しい写真の楽しみ方ではあったな。

それからしばらくしてからだ、G2を買ったのは。45ミリの標準レンズ、プラナーが付いた中古だったかな。勢いというものは、恐ろしーもので、あれよあれよという間に、というか金が入るたびに、コンタックスGシリーズ用のレンズが増えていった。最終的には、ズームレンズのバリオゾナー以外はすぐにそろってしまった。
そのラインナップを紹介しておこう。

CONTAX Gシリーズレンズ、たまんねぇ
Hologon T*16mm F8
Biogon T*21mm F2.8
Biogon T*28mm F2.8
Planar T*35mm F2
Planar T*45mm F2
Sonnar T*90mm F2.8

ビオゴン21mmはかつてツァイスが開発した、Biogon 21mm F4.5の現代版リニューアルという位置づけだが、これが驚異の解像度。そして、歪曲収差の少なさ。フランジバックが長いので、一眼レフには使用できないので、レンジファインダーコンタックスが無くなってから、長らくハッセル・スーパーワイドくらいにしか使用されていなかった玉なんですが。たまらんですよ。専用のビューファインダーもなかなか見え具合よし。
俺はG2を使う時には、大抵この21㎜のビオゴンか16㎜のホロゴンを使ってます。
28㎜のビオゴンも実にシャープな広角レンズ。
35㎜のプラナー、実はあんまり使わないんですが、結構やわらかい描写、背刊ではぼやーと撮れるという評価らしいです。どうしても35㎜はメインで使ってるCONTAX T3のゾナーを使っちまうんだよな。
45㎜のプラナーは、はっきりくっきり、シャープでクリアな描写。
90㎜のゾナーも、あんまり使わないんですがね、世間的にはライカのエルマリートに比べても、断然シャープで、高い解像度を持ちつつコクがあるという評価がされとります。
まぁ、レンズの評価なんて、コクだのキレだのまるでビールの味みたいになっちまいます。一番いいのは、Gシリーズのボディーもレンズも、ホロゴンやビオゴン21㎜以外は、実にお手軽価格で入手可能ですので、興味のある方は、現金を持って近所の中古カメラ屋さんに走ってくれ。どうせ買うんなら、G1よりも、G2だ。その理由もこの後、説明しよう。現金がなければ、カードで買ってもいいじゃない。まるで、マリーアントワネットのような、口ぶりだが、結局、こんなもんは自分で使って納得したり、びっくりしたりするのが楽しーんであって、人がとやかく言ったことを鵜呑みにしているだけではいけない。
しかし、ほんの20年ほど前までは真剣にレンズのビミョーな味わいが追及されていたことが、デジカメ全盛の昨今からは懐かしいような悲しいような、複雑な気分になりますばい。はぁー、さみしかねぇ。

CONTAX G2  Biogon T* 21㎜F2.8
そして、これらの銘玉(しかも、とてもリーズナブル、これ大事なポイント)のプラットホームたるG2も、なかなか侮りがたいカメラなんだよね。1994年発売のG1、そして96年発売のG2。これは、世界で唯一の、AFレンジファインダーカメラなんだぜ。もちろん、巻き上げもオート。レンズを交換すれば、外付けファインダー使用の16㎜と21㎜以外は、ファインダー倍率が自動で切り替わるんだ。ブライトフレームのライカと異なって、コンタックスは昔からこう!ってカンジで、画角に応じた画面の外はすっぱりと黒く裁ち落されている。これがまぁ、コンタックスだな。
AFの精度は、後発改良機のG2のほうがはるかに優れている。だから、21㎜や16㎜をつけて、ビューファインダーを覗いたままシャッターをガンガン切っても、何の問題も無しだ。4個ものマイクロモーターを搭載したボディーが、自動でレンズを繰り出し、シャッターをきり、フィルムを巻き上げてくれる。
こんなレンジファインダーカメラは、他にないぜ。
しかもG2には、往年のコンタックスファンを狂喜させたサイコーのギミック付きだ。以前に紹介したツァイスイコンのContaxシリーズは、右手の人差し指がかかるボディーの隅に、ピント調整用のギアがついていて、これを指でコロコロ回せば、ギアの回転がレンズの繰り出し機構に連動し、ピントが調節がされるという優れものだったんだ。これの何がイイかって?そりゃ、シャッターボタンのすぐそばでピント調節が出来りゃ、スナップ時の速写性は向上するし、左手はカメラのホールドに専念できるという訳だ。
このG2にもマニュアルモードがついているんだけど、これが往年のContaxのようにボディーの正面の右手人差し指あたりに同様の機能のダイヤルがついているわけだ。そして、撮影時には、ファインダーを覗きながら、液晶表示された指標に合うまでダイヤルを回してピントを合わせるんだ。
まぁ、ホロゴンを使う際には、AF連動していないので、これはMFに切り替えたうえで、カメラのヘリコイドを回すことになるんだけどな。

そして、シャンパンゴールドに輝くチタンボディー。たまらん、物欲を刺激するとはこういうこった。
さらにサイコーに感覚に訴えてくるのは、シャッター音だ。シュピィーンッ!ってカンジノシャープな音だ。連写にするとこれが、シュピシュピシュピーンッ!だ。乾いた、メカニカルな軽快な音。これは病み付きになる。久しぶりに聴こうと思ったら、何ということだ、電池切れだ。ウンともスンとも言わないぜ。まいったなぁ…。まぁ、仕方ない。これが人生だ、ロックンロールだ。
ちなみにこのG2の電池だが一台当たり、CR2が2本必要だ。なかなか大飯くらいなカメラだ。シャープなボディーに、ずば抜けた能力、そして大飯食らい。ふふふ…、まるで俺のようなカメラだぜ。

出来ることなら、俺の人生、また物欲で腸がよじれちまうようなカメラに出会いたいもんだぜ。読者諸君、また会おうぜ。

さて、今夜も出撃タイムだ。明日こそはプリントするぜ。待ってろよ!

2011/01/15

Post #58 たまには写真やカメラについて話そうかな#4

さて、久しぶりにカメラについて話そうかな。前回はツァイスイコンの名機イコンタにフラストレーションを感じてきたところまで話したっけか?
Fukuoka
当時は20世紀末に訪れた、空前の中古カメラブームだったぜ。
カメラ屋のオヤジは未だにあの頃をカメラバブルと呼んで、懐かしがっている。誰もがあの頃の事を話すと、遠い目をして虚空を眺める。よっぽど儲かったんだろうか。確かにあの頃は、俺の街の百貨店で年に二回行われる中古カメラ市は、欲望で目をギラつかせたオヤジさんたちで溢れかえっていたぜ。
今ではとんとお目にかかる事もないような太古の珍獣怪物のようなレアなカメラが、ガラスケースの中で、妖しいクロームの光を放ったり、漆のような黒塗りのボディを艶やかに輝かせていたぜ。
その美しくきらめくボディの中には、ギッシリミッシリとギアやバネが、そして光学部品がところ狭しと詰め込まれていると思うと、う〜んたまらん。美しいお嬢さんの中にも、一皮剥けば、どろどろぐにゃぐにゃした内臓がギッシリミッシリ詰まっていると思うと、幻滅というか気味が悪いと感じてしまうのとは、まったく対照的だ。出来る事なら、俺の身体もギアやバネで構成されていて欲しいくらいだ。サイボーグみたいでイカすぜ。
まぁ、言うなればこの頃は、デジカメ全盛期前夜の、フィルムカメラ最後の光芒だったんだ。今ではさみしーもんだぜ。そんな珍獣怪物になんかにゃ、めったにお目にかかることはないねぇ、残念ながら…。
中古カメラブームは、ライカブームでもあった。どいつもこいつも誰も彼もが、ⅢfだのM3だので大騒ぎだった。
イコンタの機動力不足を補うために、35㎜フィルムカメラの戦線投入を検討していた俺の前には、歴戦のライカ軍団が大挙して待ち構え、ブンブンと唸りをあげていた。まわりのオヤジさんたちも、カメラを買いに来るのに、何故かこれ見よがしに美品のライカをぶら下げて得意気だ。
しかし、だからといって、ライカブームに巻きこまれ、流される俺ではない。俺は昔から反主流派だったんだ。ビートルズよりもストーンズ、ストーンズよりもザ・フーだ。サザンオールスターズよりもRCサクセションだ。ジャイアンツよりもドラゴンズだ!選挙だって自民党にいれたことはないぜ!いつだって共産党だ。
だからライカは最初から視野に入っていなかった。そうするとニッカや昔のキャノンなんかのライカマウント機も選外だ。残念ながらね。それに、一眼レフはデカくて重い。機動力のアップが望まれているのに、一眼レフはないよな?バズーカみたいなデカイズームレンズはごめんだぜ。それに、一眼レフのミラーのはねあがる大きなシャッター音は、スナップにはどーにも向かない。手のひらにおさまる機動力のあるカメラが、世界と対峙し、そのフラグメントを集めるためには、是非ともヒツヨーなんだ。
となるとやはりレンジファィンダーだろう。
カメラは実際に撮らないと話しにならないから、使うのが躊躇われるようなコレクターアイテム的な美品には食指がのびない。しかし、やはり俺には、自分で認めたくはないがブランド好きな面があるらしいので、やはりそれなりの格があるというか、使っていて自分自身が高揚してくるようなマシーンがホシーわけだ。
ContaxⅢa 渋いカメラだぜ!上に乗っているのが露出計だ!
そこで、俺が選んだのはContax Ⅲa だった。1951年発売だ。今から60年以上前だ!人間ならとっくに還暦だ!一応断っておくけど、後にヤシカ/京セラが作っていたCONTAXではないぜ。イコンタでお馴染みのツァイスイコンが生み出した、レンジファィンダーカメラだ。ツァイスイコン伝統の角張った12角形のボディは、ジルミン合金製。ライカのお手々に優しい丸いボディに比べて、エッジが立っている。なんとも男らしくマッチョなカンジだ。たまらん。
しかも、そのクロームと黒いモロッコ革のボディの中には、当時の最高の技術が注がれている。シャッタースピード、フィルムカウンターは巻き上げノブと一軸一体だ。同時期のライカはまだM型前夜で、ゴテゴテした軍艦部だ。
ファインダーも、ピント合わせと構図が一つの窓で可能なメスズハーだ。ちなみにライカM型のMは、このメスズハーの頭文字だぜ。
ピント合わせは、イコンタの項でも紹介したクサビ型のレンズを回転させて行うドレイカイル方式に合わせて、内蔵プリズム光路を採用することで、衝撃によるズレを抑えなおかつ、ピント精度をあげている。
そしてなんてったってレンズだ。
俺が買ったContax Ⅲaにはあの名玉Sonnar 50㎜f1.5 が装備されていた。俺が買ったのは大戦後に製造されたⅢa だから、レンズも当然Tコーティング付の戦後の玉なんだけど、今から70年も前に設計されたレンズでf1.5ですよ!たまらんですよ!しかも、ビオゴン、プラナー、テッサーなんかの、カール・ツァイスが誇る名玉の数々が装着可能だ!
しかも、ピント合わせはレンズのピントリングをまわしても可能だけれど、レンジファィンダー窓 ( レンジファィンダーのピント合わせは、三角測量の原理を使っているのさ。だからカメラの正面から見ると、窓が左右に一つづつある訳だ。ちなみにこの距離つまり基線長が長く、ファインダーの倍率が高い程、ピントの精度は向上するんだ。デジカメしかさわった事がないとわかんないかもしれないけど…。) の上に設けられた,、薄いギアを人差し指で回転させる事で、このギアにレンズが連動回転して、ピントを合わせる事が出来る。つまり片手で撮影出来る訳だ。
そして何よりも頼りになるのは、Ⅲaにはセレン光電池式の露出計が搭載されているのさ。ドカーンとね。これは頼りになる。意外と感度もいい。セレン光電池ってのは、光にあたると微弱な電圧が生じるんだが、その電圧を変換して、小さな窓に設けられたメーターを動かす。そのメーターの値を読み取り露出を手動で設定するのさ。
ちなみにこの露出計がついてないのはⅡaだ。こちらの方がデザインはすっきりしている。キャパがあのノルマンディー上陸作戦の時に使っていた2台のカメラ ( フィルム交換を減らすために、キャパは同じカメラを2台用意したんだ ) 、Contax Ⅱの後継機種が戦後のContax Ⅱaだ。
そう、当時としては最高のスペックのカメラだ。
何よりもカッコいいしな。みんなライカばかりで差別化が図れるぜ!
このContaxに関しては、竹田正一郎の『コンタックス物語』が詳しい。または田中長徳の『温故知新のコンタックス』もいいだろう。興味のある奴は買って読んで見てくれ。
何はさておき、こうして俺はついに35㎜カメラを実戦投入し、ストリートに躍り出した。俺の今日の写真の基礎はこのContax Ⅲaで培われたんだ。俺にとっては大切なカメラだ。
次回は、俺が買ったコンタックスのレンズだ、レンズ!まだまだ俺の欲望は枯れないぜ。
楽しみにしててくれ!

2010/12/23

Post #34 たまには写真やカメラについて話そうかな#3

Paris
今日はまた、新幹線に乗って、日帰りで仕事を片付けてきた。ちょろいもんだ。しかし、明日も男の仕事が詰まっているから、のんびり写真を撮ってブラブラなんてしちゃいられないぜ。第一、荷物もしこたまあったからな。俺の背骨が悲鳴をあげてるぜ。
俺はプライベートではほとんど荷物を持たないようにしてるんだ。何と言っても、写真を撮るのに機動性がないと困るからね。とはいえ以前海外に行ったときには、気合を入れ過ぎて、コンタックスのG2をモノクロ・リバーサルで各一台ぶら下げ、腰にはコンタックスのT3を、これまたモノクロ・リバーサルで各一台、合計4台なんて恐ろしいことになってたこともあった。見かねた現地の人の良さそうなおばちゃんが、ひったくられるといけないから何とかしろって忠告してくれたもんだ。まぁ、いまどきフィルムカメラなんて盗む奴はいないさ。時代はデジタルだ。うむ、俺はあくまで、時代に逆行させてもらうぜ。以来、無茶は極力慎むようにしている。ひったくられた訳じゃなく、単に重くて肝心の写真が撮りにくくて仕方なかったからだ。

しかし、仕事となると話は別だ。道楽は命は賭けるが、仕事にはお金がかかってるんだ。不測の事態に備えないとな。あくまでプロとして働いて、金をもらってるんだから。しかしまぁ、単価は安いぜ。俺はいつも自分の稼ぎを時給換算して、キャバ嬢に負けたとか言って落ち込んでいたりするのさ。
悲しいぜ、まったく。

何故、そんなに重くて疲れるのかと言えば、当然フィルムの量も増えるし、ズームレンズがカッコ悪く感じられて好きになれないゼータク者の俺は、単焦点の交換レンズを持っていかないと落ち着かないわけだ。持っていかなきゃいいだろうって思うかもしれないが、レンズそれぞれの焦点距離に応じた画角とそれぞれのレンズの持っている描写の違いが、重要に感じられるから持っていきたくなるのが人情ってもんだろう。第一、被写体に応じてレンズを使い分けたくなるじゃない?すると、かなり体に負担がおおきくなるんだな。特に夏はキビシーね。
もしそれがかなわないのなら、あるいは一本だけ選べと言われたら、文句なしに35ミリを選ぶ。
はっきり言って、俺にとっては35ミリのレンズは万能のレンズだ。その距離感が体に染み込んでいる。時折、思ったように撮れないと、28ミリを使ってみたくなったり、21ミリがいいかな?とか浮気な思いが頭をよぎるが、何だかんだでいつも35ミリを使っている。大きくとりたきゃ、寄ればいい。小さく撮りたきゃ、とりあえずバックだ、バック。これは天才アラーキーも『気持ちのズーム』と呼んでいる由緒正しい撮影方法なんだぜ。

俺は今日は、ブロニカに続いて手に入れたスーパーイコンタの話をするつもりだったのに、風呂に入るように勧告されてしまった。今日は冬至らしい。ゆず湯か。乙なもんだぜ。ちょいと中断だ。

すっかり長湯をしてしまった。日本人は風呂に限るぜ。意識が飛びそうだ。
SuperIkonta 530/2
さて、イコンタだ。それも、ピント調整機能が付いたスーパーイコンタだ。
イコンタの最大の特徴は、ボタンを押すと、ばね仕掛けで、レンズやシャッターのついた蛇腹が自動的に立ち上がり、撮影態勢にトランスフォームするところだろう。だからスプリング・カメラとも称されるぜ。蛇腹だぜ、蛇腹。カメラはケータイについているこの時代からすると、どんな大昔なんだよって感じだ。しかし、かの天才アラーキーも父親の遺品のスーパーイコンタをつかっているぞ。あちらは6×6判のスーパーシックスだけどな。フィルムは中判の120フィルム。手動巻き上げで赤窓式、つまりフィルムの裏紙に書いてある番号を赤いプラスチックの小窓でのぞきながらフィルムを次のコマまで送るという原始的なシステムだ。だから裏紙が付いた120しか使えない。画面は6㎝×9㎝。大画面だ。痺れるぜ。いまどき、こんな69カメラで、ポケットに入るようなのはないんだぜ。ホントに。観光地の記念写真屋さんが使っているような、FUJIのデカい奴しかない。あれはあれで欲しいと思わないでもないのだが、今はほおっておこう。そう、スーパーイコンタだ。
このスーパーイコンタは、ツァイスイコンのヒット商品イコンタに、ピント調整機能を搭載した、大昔の高級カメラだ。どれくらい昔かっていうと、スーパーイコンタは1937年製造開始だ。昭和9年だぜ。戦前だ。昭和一桁だ。俺のスーパーイコンタは初期型なので、バリバリ戦前派だろう。
レンズもCarl Zeiss Jena のTesser F=4.5 f=10.5cmがついているから、バリバリ戦前だ。戦後はツァイスは東西ドイツに分断され、イコンタを作っていた西ドイツでは、Zeiss Opton表記になるからだ。
F=4.5 とは、このレンズは暗い。しかし、いまだに評価の高いテッサーだ。テッサーはパウル・ルドルフ博士によって1902年に開発されたカール・ツァイスの傑作レンズで、たった3群4枚というシンプルな構成ながら、高い解像度を持っている。当時はその解像度の高さゆえに、『鷹の目』と称されていたそうだ。おそらく、100年以上にわたって、世界で最も多く製造されたレンズの銘柄だろう。もちろん、各時代によって、設計は見直され、開放絞り値は改善されていくのだが歴史に残る銘玉という評価は揺るがないだろう。
もちろん、このイコンタについているテッサーは、戦前のNonT、つまりツァイスのレンズコーティング(Tは透過性を意味する)なんで、逆光には弱いし、色再現性も現在のレンズには劣るけれど、やはり解像度の高さには、う~むと唸るものがあるぜ。
このスーパーイコンタは、レンズの横に出たアームの中に2枚のレンズが仕込んである。ピント調整リングを回すと、このアームの中に仕込まれた断面が楔形になった2枚のレンズがそれぞれ異なる方向に回転して、ピントを合わせる訳だ。これがレンズの前玉と連動していてレンズ本体のピントを合わせるって仕組みだ。つまり、これはレンジファインダーカメラなんだぜ。
シャッターは驚くなかれ、最高速度が250分の1秒のコンパ―だ。
俺は、このカメラを百貨店で行われていた中古カメラショーで、購入した。中古カメラショーちゅうのは、百貨店の催事スペースに、何店もの中古カメラ店が出店し、持ち寄ったカメラを展示販売するイベントだ。俺が買った当時は、中古カメラバブルと呼ばれる世紀末の一時期で、写真好きというかカメラマニアのおじいたちで、会場は熱気むんむんだった。今じゃ考えられないような強気な値段でレンズやカメラが売られ、今じゃとんとお目にかかれないようなレアなカメラが店頭に並んだ。
ブロニカにいささか限界を感じていた俺は、中古カメラショーに出向き、Hカメラの臨時店員の都築君から勧められるままに、このイコンタを買ったのだ。
都築君は、強烈なツァイス信者だった。このイコンタを勧めたのも、ツァイスのカメラだからだろう。さまざまなポイントを指摘して、このカメラがお買い得なことをアピールしていたぜ。俺は納得してこのイコンタを買った。やはりマニアから勧められるのは説得力がある。いまどきはマニアックなカメラ店員が少なくなった気がする。まぁ、デジカメじゃマニアを引き付ける磁力が弱いのかもしれないな。俺が強烈なツァイス信者になったのは、この都築君との出会い、そしてこのイコンタとの出会いがあったからに違いない。人生には時折、ささやかで目立たないが、その後の人生の方向を決定づける出会いがあるもんだ。そう、それこそが人生だ。ロックンロールだ。
俺はこのカメラが気に入って、セコニックの露出計で露出を測ってよく撮影したぜ。気に入ったついでに6×6判のスーパーシックスや6×4.5判のスーパーセミイコンタも買ってしまった。しかし、やはり使うのはこのスーパーイコンタだった。当時は三脚を立てて、人がいなくなるのを待ってからレリーズでシャッターをきっていた。カメラ自体が軽いので、三脚を持って移動するのもさほど苦にならないと思っていたんだ。これで滝だの古い町並みだのを、ぎりぎり絞ってパンフォーカスにして、スローシャッターにして撮影していると、なんだかプロっぽいという無用なはったりを、周囲にかませたものだった。
しかし(おっと出た、この“しかし”が俺を次のカメラに誘うんだな。)、何時しか俺は無謀にもこのイコンタを使って、路上撮影を始めるようになった。路上の物撮りが、次第に路上の人間模様に移行してゆくのにさほど時間はかからなかった。この時、最も問題になったのは、露出とレンズの暗さ。あるいはシャッタースピードの遅さだ。露出がオートでないので、手間だというのが一点。レンズが暗いので、日が傾きだすともう写真を撮るのは三脚なしでは不可能になる。それを補うために高感度のフィルムを入れると、今度は明るい日中ではシャッタースピードが遅いので、露出がオーバーになってしまう。つまり、撮影するシチュエーションに制約が多いカメラだったのだ。
こうして、俺はシオンの地を探して荒野をさまようユダヤ人のように、また次のカメラを求めていくことになったのだ。

2010/12/14

Post #26 Taxman

Paris
今日は税務署に行ってきた。年末調整だ。
今ここで初めて明かすが、SPARKSというのは、本来俺の会社の名前なのだ。
もちろん本名ではない。(さらに言うと、SPARKSちゅう名前もThe Whoの曲のタイトルから頂いた。繊細かつ豪快、美しく、かつノイジーないい曲だ) 
つまり、俺、こう見えて社長。
けれど、部下無し。
つまり俺一人の会社なんだ。だから年末調整も税務申告もみんな自分でやるのさ。
極めてめんどくさいが勉強になるもんだ。

だから、今日のテーマはTAXMANだ。The Beatlesだ。これでピストルズはクビ確定だ。いや、でもあの曲はなかなかにタイトなリフが決まっているぜ。カッコE。その次の曲の“Eleanor Rigby”も渋い。人生について思わず考えさせるような名曲だ。

税金はできたら払いたくない奴がいっぱいだ。今日の新聞にも、菅総理が、法人税の5%引き下げを指示したと書いてある。さっそく経団連のお偉いさんがこの決定を評価するとの談話を発表していたぜ。とはいえ、赤字会社の俺にはカンケーないね。法人税が払えるようになってから、評価したいもんだぜ。
しかし、どうしていつもこの経団連のお偉いさんたちは、こうもエラソーなんだろう。まるで日本の支配者みたいにふるまっているぜ。
儲けたら税金を払う、そしてその税金が低所得者のために使われたり、インフラストラクチャーの整備のために使われるのは、必要だし大切なことだと思うが、諸君、どうだろうね。俺だって税金は極力払いたくない。儲かっていないからな。しかし、お先真っ暗な日本の若者や子供のために、俺の払った税金が使われるんなら、良しとしておこうぜ。
だいたい、昔はみんな、高額納税者番付に載ると、名誉なこととしていたらしーが、最近ではそんなこと言っているのは、まるかんの斉藤一人さんくらいのもんだ。えらい奴だぜ。みんな税金は払いたくないが、デカい車に乗ったり、相も変わらず似合わないブランドもんのカバンなんか持って、セレブ気取りかよ。セレブってのは成金って意味もあるんだぜ、成金だ。金は天下の廻りものだが、こう景気が悪くて先行き真っ暗で、皆の衆の財布のひもが固くなっていると、ますます悪循環で景気は悪くなっていくんだ。ぱぁーっといこうぜ、植木等だって、♪金のない奴ぁ、俺んとこ来い。俺もないけど何とかなるさ♪って歌っていたぞ。いつも俺の90になるばあさんが気に入って歌っていたな。
みんなマックス・ウェーバーの歴史的名著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』でも読んで、勉強したほうがいいぜ。岩波文庫から出てる。700円くらいだ。目から鱗が落ちるぜ、きっと。
俺たちは、一代限りの世界を生きているんじゃない。次の世代に続く、悠久の時の流れのなかで、次の世代に世界を、自分が生まれてきた時よりも、少しだけましにして渡してやるために生きているんでもあるんだぜ。税金も払わず、給食費も払わず、自分の目先の欲望のためだけに銭を使っちゃいけねぇよな、人として。
まぁ、そーは言っても、日本のお役人さんや政治家の皆さんには、モー少しまともな銭の使い道を考えて貰いてーな。あいつらの世間知らずにはうんざりするぜ。

そういえば、俺の母方の爺さんは10年くらい前に亡くなったんだが、この人が税理士だった。税理士になる前は税務署員だったようだ。戦後すぐには、なんだかわけのわからない零細製薬会社なんかをやっていたとも聞いたが、人に歴史ありだ。
そういや、税務署員を長くやると、日本では税理士になれるんだぜ。俺の愛するロック界最強のベーシスト、ジョン・エントウィッスル(もちろんThe Whoだ。)もバンドがプロになる前は、税務署員だった。手堅い商売だ。ちなみに彼は、世界有数のベースとギターのコレクションを持っていたんだが、彼の死後(ハリウッドでのライブの前の晩、コカインを決めて、コールガールを呼んで、いい年してハッスルしすぎた挙句、コールガールが上にまたがったまま心臓が止まって死んだんだ。サイコーだぜ、ジョン。まさにロックンロールだ)、息子は相続税が払えず売り払ってしまったそうだ。うん、これまたロックだね。


俺の愛機 S690 年代もんだぜ
ちょっとセクシーなシールで気分を盛り上げようぜ!
俺の愛用の引伸機は、その爺さんの息子、つまり俺のおふくろの弟が、若いころ使っていたものだ。FUJIのS690っていう年代物だ。時代遅れの写真を撮って喜んでいる俺にはお似合いだ。しかし、女だって、若けりゃいいってもんじゃないのとおんなじで、マシーンだって新しけりゃいいってもんでもないんだぜ。
こいつを俺は、爺さんが死んでしまったんで、仕事に使っていたプレハブ小屋を片付けている時に、ちゃっかりいただいたのさ。
しかし、引伸レンズだけは、いろいろ試した結果、ドイツ製の名玉Rodenshtockの50㎜F2.8を使っているんだ。このレンズでプリントすると、写真の黒の締りがサイコーだ。素晴らしい。写真がハードなカンジに仕上がって、変なたとえだけれど、ビシリとハイテンションで張った弦で、ジャーンってコードを鳴らしたみたいなカンジなんだよ。
写真はレンズで決まる。プリントもレンズで決まる。写真にはレンズが大切なんだ。その点、デジカメはその辺の味わいが薄いんだよねぇ…。残念ながら。
まぁ、この引伸機をゲットして以来、モノクロだ。それまではKodakのE100VSって、これまた明度彩度がサイコーに高い、ついでに値段も高いリバーサルを使っていたんですがねぇ。最近はめっきり使わなくなってしまいましたねぇ。まぁ、リバーサルで撮った写真もそのうちご覧に入れよう。色味がえぐいぜ。下品だぜ。写真には人間性が出るもんだ。仕方ない、これもロックンロールだ。

さて、今日はうちの人が会社の友人と一緒に韓国旅行に行ってしまったので、俺は寂しい夜をプリントでもして過ごすことにするぜ。そうじゃないと寂しくて、キャバクラなんかにフラフラ出かけて、不要な散財をする羽目になるぜ。きっとキャバ嬢たちは税金なんかまともに払ってないんだ。経営者だって怪しいもんだぜ。日本の将来のためにならん。
とにかく、これは俺にとって、年に何度もないチャンスなんだ。俺はプリントするときには、周囲に人がいるとできない性分なんだ。自分の内面から湧き上がる記憶とイメージの渦に巻き込まれ、暗闇の中、ぼんやりとした赤い光に照らされた自分自身の妄想と欲望で、発狂しそうになりながらプリントしているのさ。こんな姿は、決して人にはお見せできない。鬼気迫るといえば、聞こえはいいがね、楽しい反面苦しい作業なのさ。そう、やっぱり舞台裏は見せないもんさ。
だから、こんなチャンスはなかなかない。ブログなんかのんびりやってる場合じゃない。人生は短いんだぜ。朝までがんがんやっちゃるぜ!なんせ、明日は仕事がOFFだからな。君たちは、お肌の健康のために眠るがいいさ。今夜の成果は、明日のブログでお見せしよう。出来たてホヤホヤだ。まさに産地直送だ。さぁ、どこの写真をプリントしようか?トルコか、大阪か、それともパリか?なんでも来いだぜ!
OK! あのくっさい薬品も作ってあるし、倒れるまでプリントしよう。寿司職人のように、身体に酢酸の臭いが染み込むのさ。こんな酢酸くさい男でも、君は受け入れてくれるだろうか?

2010/12/03

Post #16 たまには写真やカメラについて話そうかな#2

HomeTown
出張から帰ってきてからこっち、風邪に悩まされている。人生の向い風には、常に悩まされている。これで風力発電ができたなら、我が家は電気代がかからないだろう。今問題なのはその風じゃなく、この風邪だ。熱っぽく怠く、眠い。病気の犬の鼻のように、肌が乾燥してしまう。そんなこんなでさぼってると、ついに死んだんじゃないかって、各方面からの憶測が飛び交うことになってしまうことだろう。そうなったら、みなさん、真っ先に香典を届けてください!その香典で、俺は年が越せるぜ。Yahooooh!

えーと、どこまで話したんだっけ、プアマンズ・ハッセル、ブロニカS2をゲットしたところまでだ。もう、ずいぶん前のこと、まだ時代は20世紀末だった。だからあんまりはっきり覚えていないけれどね。
実はそもそも写真は俺の彼女の趣味だった。で、ある日彼女と一緒に近所のカメラのKムラに行ったわけだ。たぶん、フィルムを現像に出しに行ったんだろう。以前にも書いた通り、出張先で時折『写るんです』で写真を撮っていた俺なんだが、まだ当時はカメラに関してさほど興味があったわけでもなく、これと言って欲しいってものがあった訳じゃなかった。しかし、その日は俺の人生のターニングポイントになった。つまり、年貢の納め時だったんだな。
その頃、その店には立山さんというなかなか味のある店員がいて、俺はこの人にブロニカを勧められて買ったんだ。立山さんは自分でも写真を撮ったりしていた独身で長身、なかなかの好男子だったが、しばらくしてから転勤し、風の噂では、結婚して写真はすっかりヤメ、奥さんと犬のブリーディングをしているそうな。人間というものは、どこでどうなるかわからないものだ。
今考えると、俺の写真のスタイルからすると、その選択は回り道だった気もするが、値段が手ごろだったのと、フィルムがブローニーだったてのが決め手だった。みんなが使ってるものなんて、あんまりおもしろくないじゃないか。俺は天邪鬼なひねくれた男なのさ。だから長い間ビートルズは聞かないように心掛けてたんだぜ。この性分のおかげですっかり反主流派の反体制だ。
写真をやっている人には、なぜブロニカがプアマンつまり貧乏人のハッセルって呼ばれるかってことも、ブローニーフィルムってなにかも分かるだろうが、写真やカメラに興味のない向きもいるだろう?その辺のことは、今後もしばしば出てくるだろうから、ざっくりあっさりと説明しておこう。

①ブローニーフィルムとは?
ブローニーフィルムってのは、フィルムの幅が60㎜で。フィルムの裏に感光を防ぐための紙がついているフィルムを指す和製英語である。120と220という規格がある。220のほうは裏紙がフィルムの両端にしかついていなくて、そのぶんたくさんの枚数が撮影できるわけだ。最近はやりのトイカメラ、ホルガで使うフィルムと言えば、ははぁ~んってわかる人もいるだろう。
②中判カメラとは
このフィルムを使うカメラが中判カメラと言われる。カメラの設計に応じて、60㎜×45㎜、60㎜×60㎜、60㎜×70㎜、60㎜×90㎜などの様々なフォーマットが存在する。中には60㎜×120㎜なんて素敵なフォーマットのものもある。書いているだけで、自分の中の欲望がむずむずしてくる。通常のフィルムに比べて、画面が大きいので、粒子が細かくなる。つまり画素数が高くなるから、ファッション写真や集合写真なんかでよく使われるのさ。デジタルが主流になった昨今でも、プロやハイアマチュアには使い続けている人が多いらしい。俺はプロじゃないから知らないけどね。
③ハッセル
中でも、人気があるのは60㎜×60㎜の正方形のフォーマットだろう。スウェーデン製のハッセルことハッセルブラッド(スウェーデン語なんでハッセルブラードが正しいらしいぜ)はその代表選手。第二次大戦中に、墜落したドイツ軍の飛行機から回収したカメラを、スウェーデン空軍の将校がハッセルブラード氏に見せて、これと同じものを作れるかと聞いたところ、同じものは作れないが、もっと良いものなら作れるといって開発したのは有名なエピソード。
中判カメラでは、ハッセルのほかにも2眼レフ(ピントと構図合わせ用のレンズと撮影用の二つのレンズがついている)のローライなんかも人気が高い。こちらはドイツ製。これらの2大巨頭が採用しているレンズが世界最高と言われるカールツァイス。ソニーのデジカメなんかによく搭載されてるぜ。レンズの性能の良さも相まって、ハッセルもローライも人気も高いが値段も高い。
④ブロニカS2
そこで登場が貧乏人のハッセル、ブロニカS2だ。プアマンズとはいっても、それは現在の話で、1960年代中期にこのカメラが発売されたころには、庶民にはとても買えなかったカメラだと思われる。しかし、現在じゃかなり安く買える。ちょっと飲み屋で羽目を外したくらいの金で、一式揃えることができるぜ。
しかも、開発者の吉野善三郎氏が、ハッセルを超えることを目指して作ったカメラだから、100を超える特許技術が無骨なボディーの中に凝縮されている。レンズは日本光学つまり現在のニコンが供給しており、非常に優秀、ニコンらしいカッチリとした解像度の高い画像を撮影することができるのだ。何より俺が気に入っているのは、そのガチャーン!と豪快に響くシャッター音だ。その音のデカさは被写体はもちろん、周囲の人間も圧倒すること間違いなしな粋なカメラだ。ちなみに正式名称であるゼンザブロニカは開発者の善三郎+ブローニー+カメラという、オヤジのダジャレを思わせる。こんなセンスもズバリ和製カメラのカンジがするぜ。
BronicaS2
俺は、このブロニカを手に入れて、メカニカルな感覚が楽しくて、いじくり倒すような感じで写真を撮っていった。俺の家に遊びに来る友人は、たいていポートレイトを撮られていたぜ。今の俺の写真からすると、ブロニカは大きく重く機動性に欠けるため、使えないカメラだが、カメラの構造、つまり写真とはどのようにして撮影されるものかということを、身体に叩き込むにはもってこいだった。つまり、絞りを変えると、ピントの合う範囲が変わる。絞りを変えると、入ってくる光の量が変わるので、シャッタースピードを調整しなけりゃならない。どの絞りを選択し、どんなシャッタースピードで被写体を捉えるか、写真の基礎の基礎だ。本格的なカメラは写るんですやデジカメとは違って、シャッターを押すだけではないんだぜ、ってことさ。

俺の親父のような先生がいる。俺はもう30年もその先生にお世話になっている。俺は初めてその先生に会った時、先生は今の俺くらいの年齢だった。その先生は学生時代から登山が好きで、登山をするためにまとまった休みが欲しかったから教師になったていう、動機の不純な教師だった。俺が通っていた私立の中高一貫校の数学の教師だったんだが、およそ教師らしくない人で、教科書は頭を叩くためのものと言っては、教科書に沿って授業なんかしたことはなかった。そして、わかる人手をあげて、わからない人手をあげて。どちらにも手をあげなかった人は幽霊ですから、頭を叩かれても痛くないはずです、と言っては、教科書を丸めて頭を叩いて回っていた。勉強のできる奴らや他の先生方には不評だったが、俺みたいな勉強の嫌いな馬鹿学生は頭を叩かれちゃ、へらへら笑って喜んでいたっけ。喫茶店でタバコを吸ってたむろしていると、見ないふりをして、ほかの店に行ってくれたりもした。ワインやパイプを教えてくれたのもこの先生だった。
当時から長髪の白髪で、コンピューター(もちろんウィンドウズなんてない石器時代の話だ)のエキスパート。数学教師というよりも、数学者なんだ。実際に数学者の秋山仁とは仲が良いらしい。俺はよく先生の家に遊びに行っては、夜中まで手塚治虫漫画全集を読みふけっていたモノだ。あぁ、つまり清志郎が歌っていた『僕の好きな先生』だったわけだぜ。
この先生、若いころには写真もかなりやってて、山岳写真やヌード写真も撮っていたらしい。まったく、俺の先生だけあるぜ。
この先生に教わったことは山ほどあるんだが、その中の一つに『写真とは光の積分である』ということがある。つまり、フィルムを良好に感光させるためには、一定量の光が必要だ。これには、周囲の光、絞りの大きさ、シャッタースピード、フィルム感度といったさまざまな変数を組み合わせて一定の量の光を確保する必要があるということだ。
数学に関して、私立文系数学なしコースに進んだ俺は、決して先生のよき教え子ではなかったが、夜の繁華街で、ノーファインダーで写真を撮りまくる俺は、写真に関してもよき教え子ではなかったわけだ。
この先生の授業スタイルは、世の中がやかましくなってくると理解されなくなってしまい、若い教師から「うちのクラスの生徒を叩くとは何事か」なんて突き上げられることもしばしばだったそうだ。洒落の通じない奴らはこれだから困る。で、60歳の定年を機に、嘱託講師などせずにきっぱり学校を去ってしまわれたんだ。で、何十年の教師生活で先生と縁の深かった元生徒たちが集まって、小旅行したりしたんだが、このときもブロニカは出動した。俺の髪形は当時からこんなモジャモジャだったから、先輩方からはまるで篠山紀信みたいだと言われたぜ。まぁ、俺の頭はくせ毛だから、今も昔もこれなんだけどな。しかも、俺は紀信よりもアラーキーのほうがはるかに好きなんだがね。で、先生が若いころ使っていたカメラもブロニカS2だったので、先生もなんだか喜んで、俺に当時使っていたブロニカのレンズをくれたんだ。NIKKOR-H50㎜ F3.5広角レンズだ。
ちなみに望遠レンズも持っていたそうなんだが、それは日本アルプスの谷間に転がり落ちていったそうだ。惜しいことをしたぜ。

こうして、俺の写真生活は始まった訳なんだが、俺はだんだんとこのカメラは俺向きじゃないなって気が付き始めたのさ。つまり、俺がとりたいものは、人間が犇めく街中なんだってことに。ただし、ズバリの回答行き着くまでには、まだまだ回り道が必要だった。ということはつまり、自動車が、それもヴィッツやマーチじゃないぜ、もっと高い奴だ、買えるくらいの金を使わなきゃならなかったってことだ。おかげでブロニカはもう何年も控え選手だ。いやベンチ入りすらしていない。2軍だ、ファームだ。しかし、ジィッツォの三脚の上に鎮座して、何年も俺の部屋をレンズに映し続けてくれているぜ。
それでは、次回に続くぜ。俺の話はいつだって長いんで、評判が悪いのさ。早く寝ないと男の仕事に差し仕えるぜ。

2010/11/30

Post #14 たまには写真やカメラについて話そうかな #1


Hometown
俺はカメラを手に入れる前は、ベスパ乗りだった。長らくカスタムした50のベスパに乗ってたんだが、だんだんと物足りなくなって、デカイベスパが欲しくなったんだ。
人間の欲望には限りが無いもんだ。で、一念発起して1965年製のベスパスーパースポーツって180ccのデカイのをゲットしたんだ。イギリスレストアのイカしたマシーンだった.。メタリックグリーンとクロームメッキと白の3色でカラーリングされていた。一目見て気にいったさ。
だいたい俺は、女の子でも服でも靴でも、一目惚れするタイプなんだ。そうすると、手に入れるまで他の事が目に入らなくなる。困った性分なんだ。それでも、モノの場合はまだいいさ。これが女の子に関する場合、たいそう辛い思いをする事になるだろう。モノは金で手に入るけれど、金で手に入る女はたかが知れている。女の子の心をゲットするのは、金じゃどうにもならないし、どれだけ熱い思いを抱いていたって、伝わらなくちゃねぇ、胸が張り裂けそうってもんだ。
で、結局俺はそのベスパを100万くらい払って手に入れた。キャッシュでだ。今考えると、とんでもないぜ。どっからそんな金出てきたんだよ?って聞きたくなるだろう。
種明かしをすれば、死んだお袋の保険金とかが俺の為に貯金してあったんだ。俺は、その金に手を着けちまったんだな。バチ当たりな奴だ、俺は。今その金があったなら、どれ程助かるだろう。若気の至りだ、後悔先に立たずだ。先立つモノは金だぜ。?さぞかしお袋はあの世で腹を立てた事だろう。生きてる頃はそりゃおっかない女だった。死ぬ2週間前まで、俺の横面をスリッパでひっぱたいていたくらいだぜ。
そりゃ大事に乗っていたんだが、ある正月休み、後ろに彼女を乗せて走っていたとき、突然ギア抜けしちまった。そして、ギアが入った途端にベスパはウィリーし、そのまま交差点を突っ切ってガソリンスタンドに飛び込んで行った。その時間の長く感じられたこと。
俺はこりゃ死ぬって確信したよ。その一方で、板金屋に行かなきゃならないな、なんて呑気に思ってた事をはっきり覚えている。少しは後ろの彼女のことを心配すべきだったとは思うが、人間は身勝手なもんだぜ、まったく。
俺は死ななかった。しかし右足を骨折したよ。やれやれって立ち上がった途端に、 俺の身体は右腿の真ん中から、ぐらりと折れて倒れこんだんだ。スローモーションのように倒れてゆきながら、俺は『救急車呼んでくれー‼』って絶叫してたぜ。今考えてもドラマチックなシーンだ。カメラを持っていたら、きっと撮っていただろう。
彼女の方は頭を切った程度で済んだのは幸いだった。新しいヘルメットに換えたばかりだったんだが、そのヘルメットはパックリ割れていた。死んだり、くるくるパーとかにならなくてホント良かったぜ。
まぁ俺はバチが当たったのさ。彼女はそのとばっちりを食らったってところだ。
で、入院したり、大腿骨にチタンのシャフトを入れたり出したりする手術したりでたいへんだったぜ。おかげさんで、今でも尻と右足にはデカイ縫い傷が残ってるんだ。最近友人の喫茶店で読んだ雑誌には、モテる男は身体に傷があるってあったぜ。やったな、モテモテ要素が一つ増えたぜ!しかし、全くモテないけどね。もっとも、見た目ばっかりで中身がカラッポ、いつでも流行に流されてタコ踊りなんて女に好かれてもねぇ・・・、嬉しくないわけじゃないが・・・・、つまんないね、きっと。

この事故の後、俺は彼女からベスパに乗る事を禁止された。女にしてみりゃ当然だろう。
こうして、俺には新しいオモチャが、必要になったのさ。
しばらくの間、何もなく過ごしていた。きっとCDを買い集めたりしていたんだろうな。
そうこうしているうちに、中古のカメラを手に入れた。
プアマンズ・ハッセルことブロニカS2だった。

ヤバい、もうこんな時間だ。明日の男の仕事に差し支える。続きは明日だ!ちっともカメラも写真も出てこなかったじゃないか!仕方ない、カメラも写真も明日だ、明日。
そう、俺たちには明日があるさ。で、明日はどっちだ?