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2015/11/20

Post #1682

HongKong
即物的な写真というのは、言葉に詰まるものだとおもう。
言葉による詐術が入り込む余地がない。
言辞を弄することに倦みつかれ、家に帰れば眠ってばかりいる俺なのさ。

読者諸君、失礼する。

2015/10/08

Post #1646

HongKong
自分より、器量の小さな人間の下でこき使われるのは、毎度のことながらすっきりしないもんだな。
だから俺は、あえてそいつが鼻白むようなことを、やらかしてみたくもなる。
そいつの男の器量を試すかのように。
なぁに、ちょっとした退屈しのぎさ。

読者諸君、失礼する。どこか遠く、見知らぬ土地へと旅に出たいよ。これもいつものことだけどな。

2015/09/01

Post #1610

HongKong
本日、写真のみでダメですか?
最近、なんだか疲れがたまっているんだ。金なら一向にたまらないけどね。

横になると、すぐに眠りに落ちて行ってしまうんだ。

読者諸君、失礼する。そうこう言ってるうちに、もう9月か・・・。

2015/08/28

Post #1606

HongKong
今夜もまた仕事で忙しいんで、写真だけお送りさせていただくよ。
いまが胸突き八丁なんだ。

読者諸君、失礼する。応援のお便りは、サイドバーのCONTACTから受け付けてるぜ。

2015/08/11

Post #1589

HongKong
子供じゃなけりゃ誰でも、二つ以上の顔を持ってると清志郎は歌っていたな。
世の中たいていは、何らかの仮面をかぶって生きてるものさ。

確かに裏表なく生きるのはしんどいもんだよ。
けど、俺はできるだけ、素のままで勝負したいと思ってるんだ。
なんの虚飾もはったりもなく、嬉しいときには笑い、悲しいときには泣き、腹が立つときには怒ればいいと思ってるんだ。簡単なことだろう。人の目なんか気にしちゃいないさ。
だって、俺の人生なんだもの。俺以外の役を演じて生きるのなんて、まっぴら御免さ。
俺は俺流なのさ。
俺の人生の主人公は俺なのさ。イイことも、悪い事も、素顔の素面で受け止めるのさ。

大人げないって言われたって、構やしないぜ。

読者諸君、失礼する。脱ぎ捨てた仮面は、そうそう格好のいいもんじゃないな。

2015/08/05

Post #1583

HongKong
眠って起きて、現場にゆき、汗と埃にまみれながら、一日中大声で現場を切り回し、真夜中に帰って眠るだけの暮らしなんで、君に何か言うべきことがあるだろうか?
そこが田舎のショッピング・モールだろうが、銀座のど真ん中だろうが、俺の仕事のスタイルは、いささかもぶれないのさ。
仕事があれば、どこにだって行くんだ。そう、俺の根っこは流れ者なのさ。そして、どこに行っても名古屋弁だ。赤だしのみそ汁やきしめん、みそカツだの鉄板スパゲティーが食いたくて仕方ないんだ。

けど、俺はそんな暮らしが気に入っているのさ。毎日同じところに通うなんて、厭きちまうだろうし、デスクワークなんて、俺には向いてないんだ。なにしろすぐに眠たくなっちまうからな。

読者諸君、失礼する。俺は懐具合以外は充実してるのさ。俺のことは心配はいらないよ。夏バテなんて気配もないぜ!

2015/07/22

Post #1568

HongKong
今日も長時間勤務が続いている。朝の6時から働いて、昼飯を食ったのが夕方5時。そして夜の八時からまた現場だ。もちろん、明日も朝6時。下請けの業者さんたちから、俺がいつ眠っているのか、疑問の声が上がっているのさ。俺も知りたいぜ。

まったく、いい加減にうんざりしてきたぜ。まったく割に合わないぜ。鰹節みたいに、毎日命が削れていくのさ。

まぁいいさ。御苦労自慢はこれぐらいにしておくか。

さて、銀座の母との第三ラウンドだ。

『だいたい子供ってのは、15歳までは親の心持によって左右されるもんなの。もちろん、おなかの中にいるときも。あんたがそんな風じゃ、子供の将来に関わるでしょう!それになにより、あんたの心がそんなんじゃ、無事に生まれてくるかどうかわからないよ』

おばはん、人の足元にマシンガントーク炸裂だ。
どうでもいいけど、このおばはん、昔旦那がよそに女でも作って、嫌な思いでもしたんじゃないかって思えるぜ。そんなんじゃ、フランスでは生きていけんな。

俺はこの狭い日本のご世間様の、狭量な常識なんざFUCK OFF!糞くらえと思って生きてきたんだぜ。
倫理常識の向こう側、善悪の彼岸を目指す無頼漢なんだぜ。俺の歩む方向を決めるのは、俺自身の良心だけだ。今更、こんなおばはんのいうことを、素直にハイ左様でございますなんて言えるわけないだろう?

しかし、さすがの俺も痛いところを突かれるんで、へどもどするばかりだ。

『いや、他に何かないのかよ。たとえば、俺は幾つぐらいまで生きるとかさ?』
『あんた長生きに決まってます!』
『冗談じゃないぜ、人生50年だって思って生きてきたのに・・・』
『なぁにを言ってんの!あんた今幾つ?46でしょ、50で死んだら子供どうすんのよ?馬鹿言ってんじゃありません。さ、15,000円出しなさない。』

いきなりそこかよ。

『そんな金、今ないよ。』

こんなおばはんに払う金があったら、風俗でも行って女の子と楽しんできたほうがましだぜ。

『それぐらいのお金、持ってないわけがないでしょう?』
『そりゃ、そこの銀行に行けばあるけどさぁ』
『すぐ行ってらっしゃいよ。あんたの子供が無事生まれるなら、安いもんでしょう?』
『いやいや…』
『私が家に帰って、神様に祈祷してあげるから!』
『憚りながら、俺は尾張の国二宮、子宝安産祈願で名高い田県神社で安産祈願してもらってるんだぜ!』
『何度やってもイイの!神様なんてのは、根っこはみんな同じなんだから』

無茶苦茶な発言だな。身も蓋もないとはこのことだ。
ニンゲンに品格があるように、神様にも神格があるんだぜ。言うならば、レイヤーだ。たとえ根っこが同じでも、その顕現のしようによって、神威神格には高低があるというもんだ。
もっとも、それを振りかざせば、泥沼の宗教戦争に陥るので、鷹揚に構え、敬して遠ざけるのが正解だろう。

『じゃぁ、見料の3,000円と合わせて、12,000円でいいわ』
はぁ?いきなりのプライスダウンだな?値段なんてあってないようなもんだな。

『商売上手だな、おばちゃん。まぁ、検討させてもらうよ。』

人はその気がないときに、検討させてもらうというものさ。
これに関しては、俺も例外じゃないってこった。君も話し相手が検討させてもらうと言ったら、その気はないと思ったほうがいいぜ。

『わたしゃ、零時くらいまでこのあたりにいるからね。』
俺はスゴスゴ退散したよ。

そして何時間か後、仕事の合間におばはんと顔を合わせると、俺を下からぎろりと見上げ、おばはん驚異の発言。

『5,000円でいいわ。』

ぎゃふん!

さすがの俺も呆れたぜ。やれやれ、この勝負、おばはんの勝ちだな。

読者諸君、失礼する。ここんとこ、ホントに忙しいんで、このブログもそろそろやめにしようかと真剣に検討している俺なのさ。
もう5年も続けてるんだ。十分だろう?そろそろ潮時ってもんじゃないのかい?
だいたい君たちもいい加減飽き飽きしてるんじゃないのかい?
どうせ俺を嫌ってる匿名のサイコ野郎か、俺のケツを狙ってるホモ野郎しかコメントくれないようだしな。
OK、そうすりゃ、もっとぐっすり眠れるってもんさ。Yahoooooh!

あばよ、皆の衆!

2015/05/29

Post #1514

Hong Kong
また一人、俺の大切な人が俺から去っていった。
まぁ何というか、潮時だ。金の切れ目が縁の切れ目だ。

仕方ない。どうだってイイさ。俺は名残惜しそうなそぶりもなく、じゃあなといって違う道を進んだ。
それだけのことさ。サヨナラだけが人生だ。

読者諸君、失礼する。人の心を手に取って、鎖につないでおくことはできないものさ。

2015/05/12

Post #1497

HongKong
愚劣な政治が続いている。
まるで茶番劇だ。政治家や外務省は、日々勢力を増してゆく中国を恐れて、アメリカ様におもねることしか考えていない。
アメリカ様が口笛を吹いたら、世界中どこにでも犬のように走って駆け付け、アメリカ様のお手伝いができるように、法律が変えられようとしている。
国民には、なんだかさっぱり訳が分からないまま、意味のよくわからない議論だけが、国会ではなく自民党と公明党の間の話し合いだけで進行している。そこではまやかしの小難しい言葉と、へ理屈が飛び交っている。国民はもちろん、民主党だの共産党だのは、蚊帳の外だ。メンバーズオンリーだ。結論ありきだ。
仕方ない。連中に過半数をはるかに超える議席を与え、その権限を与えたのは、ほかならぬ俺たち国民の皆様なんだから。

俺たちがお茶の間で思っているほど、紛争の現場ってのは甘っちょろいもんじゃない。
かつて内戦のあったような国に旅行すると、車椅子に乗った不具の男性をよく見かける。
戦闘によってそうなってしまったのだろう。
勇ましことを言ってみても、政治家や外務省の官僚は、戦地にはいかない。
戦地に行くのはいつだって若者だ。
いずれ貧困家庭の子供たちは、自衛隊にスカウトされるようになるに違いない。アメリカみたいにね。きっとそれは母子家庭の子供とかだよ。親に負担をかけたくないと、自衛隊に入って、見も知らぬ国に派遣された挙句、カタワになってしまうのさ。弾に当たって死んじまうのさ。

そんな危険なところに自衛隊はいかないっていうのかい?
現代の紛争地帯は、どこからが戦闘地帯で、だれが敵なんて、さっぱりわからないんだぜ。
参考までに君も、クリント・イーストウッド監督の映画、『アメリカン・スナイパー』を見てみるがいい。
日本じゃ塾に通っているような年頃の子供が、装甲車に向けて対戦車手榴弾を投げつけてくるような世界だ。

後方支援とか何とか言ったって、相手からすれば戦闘行為に他ならないだろう?
弾を込めなきゃ、引き金を引いたって相手を殺せないんだからな。
それに、実際の戦争の場合、前線の敵を叩くのも重要だが、前線に兵站物資を補給するロジスティックを攻撃し、敵方の補給路を断つのは、紀元前から続く戦争の常道だぜ。自衛隊がやりますやりますって我が国のお偉いさん方が張り切ってる後方支援ってのは、まさにそのロジスティックだ。
カモがねぎしょって武器弾薬を運んでるようなものだ。
そうして、死者が出たら、また靖国神社に合祀するんだろう。
結構なことだ。
結構すぎて、笑えてくるぜ。

日本の報道機関は政府に睨まれ委縮して世界で起こってることを、ほとんど伝えない。政府のやってることに、異議を唱えるなんてもってのほかだ。
海外に行ってみろよ、CNNやアルジャジーラ、BBCやフランス2なんかの放送局が、危険な紛争地帯にもレポーターを派遣して、何が起こってるかを伝えているぜ。そして小さな途上国だって、その多面的な報道を、衛星放送で見ることができる。
それをその辺のおっちゃんやあんちゃんが食い入るように見つめているんだ。
俺たちが食い入るように見つめているのは、くだらないグルメ番組かバラエティーばかりだ。
政府に都合の悪いことを報道すれば、すぐに圧力がかけられて、プロデューサーの首が飛ぶんだ。いったいこれはどこの独裁国家だよ?中国あたりと大差ないぜ。

政治家は国民の権利を守るための法律を、自分たちが国民を締め付け、奴らのたくらみから国民の目を逸らすために捻じ曲げて解釈運用しているんだ。
冗談じゃないぜ。この国の政治家は、立憲主義の基本も知らないような二世議員、三世議員ばかりだ。やつらはまるで世襲の貴族のようだ。

俺は、俺の大切な君たちが、そんなインチキな奴らに惑わされてほしくないんだ。
一見極端で乱暴な俺の叫びに、耳を傾けて、自分の問題として考えてほしいんだ。
なぜって、君たちが大切だからさ。


こんなことを話題にすると、またきっと俺にムカついて噛みついてくる奴もいるだろう。
だけど、そんな人にこそ聞きたい。君は自分自身が、見たことも聞いたこともないような世界の果ての紛争地帯にいって、誰かを殺したり、誰かに殺されたりしたいのかいってことを。
俺は御免だし、俺の友人がそんな目に合うのも御免だ。ましてや俺たちの子供の世代がそんな目に合うのは、絶対に許せないぜ。

読者諸君、失礼する。この件に関しては、俺は絶対に一歩も譲るつもりはないぜ。戦争はごめんこうむるぜ。人を殺すより、女の子とイチャイチャしてたほうが絶対に幸せだ。さて、今日はプリントでもするかね。

2015/05/10

Post #1495

HongKong
どうしようもないくらい暇だ。
閑古鳥が鳴き喚いてる。いったいどうしたというんだ?思わず憂鬱になってくる。
仕方ない、人生はロックンロールだ。ロックンロールには泥水を飲まねばならない時だってある。今がその時だってことだ。
しかし、ここ何年かこんなに暇だったことはない。今なら、猫のしりふき時給1500円、三食昼寝付なんてバイトでも喜んでやらせてもらうぜ。飼い主が素敵な女性だったらなおヨシだ!
だはっはっは!
うなるほど金があれば、こんなの屁でもないが、口座にはすかしっ屁くらいしか金はないんだぜ。まるで黒ひげ危機一髪だ。まぁいい、ここはどっしり構えよう。人生には仕事以外にもやるべきことはあるはずだ。今がそのときってことだ。金にはならないがね。人はパンのみにて生きるにあらずと親愛なるイエス様も言っておいでだ。最悪、秘蔵のカメラでも売りさばいてこようじゃないか。

そんなことはただの前振りだ。金がないのはいつものことだ。金儲けのためにこの世に生まれたわけじゃない。人生を愉しむために、俺はこの糞溜めみたいな惑星にやってきたんだ。
で、いま俺の人生はちょっと面白いことになってるのさ。

先日、俺は自分の親父に海外旅行の土産を私に行ったんだ。親父は75歳、やもめの独居老人だからな。それぐらいのことはしてやらないと、寂しさのあまり、また新しい彼女とか作りかねないんだ。世話が焼けるぜ。

俺はブレーメンで買った世界遺産ローランドの像の、フィギュアというかミニチュアを土産にしたんだ。かみさんは、そんなもの喜ぶわけないじゃないって言ってたが、おっさんというのはそういうわけのわからんものが大好きだ。。とりわけ、男というのはフィギュアとかミニチュアとかいった類のものが大好きだ。北海道名産、鮭を咥えた熊の彫りもんとかな。
なぁに、俺も親父も男同士だ。気が合わなくったて、その辺の感覚はツーと言えばカーだぜ。
案の定、親父は大喜びだったぜ。せいぜい長生きしてくれよ、俺よりもな。俺はヨイヨイの爺さんになる前にとっととこの世からトンずらするつもりだからな。

すると、いきなり親父(くどいようだが75歳の独居老人だ)が予想もしないことを言い出した。
『忌野清志郎ってのは、スゲーな。』

はぁ、今なんつった?清志郎って言わなんだか?
すごくて当然だ。あれはロックの神の使徒だ。俺的には、忌野清志郎こそ俺の人生の師だ。
俺が会社を辞めて独立したのも、彼の『ロックで独立する方法』という本を読んで決意したくらいだ。
彼がいなければ、今日の俺はないと言えるほどだ。
まったく清志郎こそ、日本が生んだロックの聖人だ。誰が何と言おうと、俺は断言するよ。

『この間、NHKで忌野清志郎の番組見てな、感心したんだ』
そ、それは結構だな。30年遅いがな。
『30年前は、俺はそんなもん、糞みたいなもんだと思っとった。けど、聴いてみると実に素晴らしいなぁ』このじじい、感性だけは衰えていないな。嬉しそうに得意になって話してやがるぜ。

俺は心底驚いたよ。

『で、近所のブックオフに行って、中古のCDを探してみたんだが、なかなかなくて、一枚だけあったがずいぶん高いんだ。』
当然だ。B’zだのAKBだのとちがって、清志郎のソロのCDなんて、そもそもプレス枚数が少ないんだ。しかも、好きな奴しか買わないから、よほどのことがないと手放さないんだ。俺も絶対手放さないぜ。つまり、ロックな心を持った、選ばれた民のための真のブルースであり、ロックンロールなんだ。品薄でも当然だろう。

『世の中が悪くなっていくとか、ニワトリがどこうこうしたとか歌が入っとる奴だわ』
うむ、俺にはそれがどのアルバムかすぐに分かった。何しろ俺は清志郎のアルバムはほぼコンプリート、そしてほとんどすべての曲を歌えるからな。しかも、極上に上手い。君にもサイコ―のラブソングを歌ってやりたいよ。
どうやら親父は、そのCDを買って、毎日のように車の中で聞いているらしい。

はっはっは!ファンキーな糞じじいだ。
それでこそ俺の親父として合格だ!
まったく、人生ってのは予想がつかないもんだな。おもしれーぜ!ゴキゲンだぜィ!

父よ、俺が高校生の時にそう言ってくれていれば、俺とあんたの確執はもっと小さなものになっていただろうよ。
俺は次の日、忌野清志郎の珠玉のオールタイムベストを親父に貸してやった。
親父はいたくご満悦だったぜ。
何しろ、俺が地球にやってきて46年と4か月にして、初めて共通の話題ができたんだからな。

これは楽しみだ。これで俺に子供が出来たら、親子三代でロックンロールだ。頑張って夜ごと種付けしてる間に、親父にももっとロックンロールを仕込んでやるぜ。
なんだかワクワクしてくるぜ。くそじじい、頑張ってガキを作ってやるから、それまで精々長生きしやがれ!そうしたら3人でロックするんだ。ロックンロールが心のなかに鳴ってる限り、俺たちは負けることはないのさ。

Oh Yeah!読者諸君、愛し合ってるかい?俺は君のことを、ずっと愛してるのさ。おっと、俺はホモじゃないから誤解はするな。失礼する、またあおう。

2015/05/09

Post #1494

HongKong 路傍のおばあさん
唐突だけど、俺は実はニーチェにかなり影響を受けているんだ。
ニーチェって誰だよ?って思う人もいるだろう。
昔のドイツの哲学者だよ。『神は死んだ』って、その作品の中で高らかに宣言した哲学者だよ。
とはいえ、その著作は『ツァラツストラはかく語りき』くらいしか読んじゃいないんだけどね。
けどまぁ、俺にはこれ一冊で十分と言えば十分だ。学者になりたいわけじゃないんだ。よりよく人生を生き抜きたいだけなんだ。

もちろん、俺は哲学者じゃない市井の一無頼漢だから、自分の胸に響くことだけを刻んでいるだけだよ。それを自分の生き方やモノの見方に応用してるだけなんだ。
それを、かっこよく言うと生きる糧にするというのだぜ。
そういうことがわからない人には、本を読んだりするのは時間の無駄だろう。
若いころ、土方をやってた時期があったんだが、そんな時でも休憩時間には本を読んでいた。
2tトラックに4tくらい砕石を積んで走っているときも、傍らに本を置き、信号待ちのたびに読んでいた。これは今でもよくやるな。
その時、土方の掘方のおっさんに、『おめぇ、本なんか読んだって、腹もふくれねぇし、金がもうかるわけでもないだろう、無駄だ、無駄!』と言われたことがあった。
そんなものの見方をするニンゲンがいることが、俺には大きな驚きだった。
世の中ってのは、自分で体験してみないとわからないものだ。
もちろん、本を読んだって空腹が満たされるわけでも、金儲けが上手くなるわけでもない。けれど、本を読むことは、自分の世界を広げることだ。経験の意味や世界そのものを理解する基準を、自分のなかに作ることだ。
俺は、そう思っている。だから、くだらない本は読みたくない。それこそ、時間と金の無駄だ。

そんなおっさんたちに、長い間しごかれてきたので、若い衆の辛さはよくわかる。現場仕事の世界には、未だに見て覚えろ、仕事は盗むものという風潮が残っている。しかし、意味の分からないことをやらされるのは、若者でなくても辛いと思う。
俺は、自分がされて嫌だったことは、人にはしたくない。
これも論語の中にある一節から学んだことでもある。『汝の欲せざるところ、人に施すなかれ』というやつだ。単なる知識を、自分の体験に即して、自分の胸に刻み込み、自分の倫理を作っていくんだ。
だから俺は、若い衆に何かを教えるとき、なぜこれをやらねばならないのか、これをやればどうなるのか、そしてなおかつ、具体的な方法をやって見せ、やらせて見せるようにしている。
もちろん、先輩だからって横柄な態度はとりたくない。
ただ、同じ人間としてフラットに接するようにしているんだ。おかげさんで、若い衆にはなつかれる。うれしいことだよ。若い女になつかれるのは厄介だけどな。

仕事に慣れていない若い衆から、他の先輩の態度が我慢できないという話も時折耳にする。若者たちは、例の見て覚えろ的な偏固な職人さんからの扱いにウンザリしてるのさ。
よくわかる。俺もそうだった。

そこで、ニーチェの出番だ。
ニーチェは、人生をラクダの時代と獅子の時代、そして嬰児の時代の三つに分けた。

俺は若い衆に穏やかに語り掛ける。

『いいか、君たちはまだラクダの時代なんだ。君たちにとってこの社会って奴は砂漠も同然なんだ。そこで、重い荷物を背負わされ、飢えと渇きに苦しんで進むしか道はないのさ。そうして今は、社会や仕事について必要なスキルを身に着けるべき時期なんだ。不満があるのはよくわかるけど、そいつはある意味当然さ。俺だって、そんな時代があったんだ。スコップで殴られたことすらあったな。けど、それはいつまでも続くわけじゃない。』

若い衆はじっと聞いている。

『君が30くらいまで我慢して、自信と技術を身に着けたなら、新しい時代が始まるのさ。それは獅子の時代だ。獅子は草原で獲物を狩るように、既成の価値観や体制に、旧世代の人間に戦いを挑むんだ。もちろん、いつも勝てるわけじゃない。
けれど、戦いを通じて、自分を確立していくべき時期なのさ。
俺だって、必死に戦ったよ。社長となぐり合ったり、先輩と競い合ったり、組合や上司や役員全部を敵に回して、たった一人で会社の中で戦った時代もあったさ。
もちろん、負け戦だってあったが、無駄な戦いじゃなかった。
その闘いの日々を通じて、自分ってものがしっかりと築きあげられたのさ。
その日のために、今を耐え忍ぶことが必要だ。未来は君たちのものさ。』

若い衆は目を輝かせて聞き入る。その復讐と勝利の日々を夢見ているに違いない。俺は続ける。

『けれど、戦いの時代はいつまでも続かない。戦いは不毛なんだ。
どこまで倒しても終わりなんかないんだ。
じゃぁ、どうする。そう、戦いの時代は30代でやめておこうよ。
そこから先は、戦う必要なんてない。20代の修行と30代の闘争で、自分のなかに培ったものを糧にして、自由に創造する時代がやってくるんだ。
もちろん仕事だけじゃない。それは人生そのものに関しても言えることだ。
自分の中から、価値あるものを、世界の何もかもが新鮮な赤ん坊のように、思うがままに生み出していけばいいのさ。自分ってものを打ち立てたら、戦いなんて、不毛なんだ。
俺はだから、もう下らない戦いはしないよ。人生を愉しむのさ。』

若い衆には、まだその地平は見えてないけれど、そんな世界があることだけは示せたかな。

そんな話を、現場の休憩時間にしたりする。
なんて楽しいんだ。
いつも俺は思うよ。自分が得たものを、まるでコップからコップに水を移し替えるように、この目の前の若者に伝えることができたならって。そうしたら、この若者は、俺よりも早く、今俺がいるところまでたどり着くことができるだろう。
そうすれば、俺よりももっと高いところまで、はるかに遠いところまで到達することができるだろうって思うのさ。出来ることなら、俺よりも大きな人間に育ってほしいと、若い衆に希望を託さずにはいられない。もちろん、これもニーチェの思想の影響だな。

読者諸君、失礼する。今日はなんだかまじめな話になったな。けど、これはフィクションではないんだぜ。俺はそういう男なのさ。俺についてこい!って感じだぜ。

2015/05/06

Post #1491

HongKong
今回の旅行の間にも、いろんなことがあった。
内縁のカミさんとのことだ。

内縁のカミさんが、子供を作りたがっているという話は、ずいぶん前に書いた。彼女はもう42歳で、年齢的には限界だろう。その話が出てから、何度もトライしているんだが、なかなか簡単にはことは進まない。最初は勢いで乗り気になった俺だが、なかなかうまくいかないと、心中焦ってもくるし、また疑念も起こってくる。正直、何回か受精はしても、子宮内に着床する前に流れてしまったんではないかってこともあったようだ。
おまけに、年齢的に不具や障害児が生まれてくる可能性だって高いから、血のつながった子供は諦めて、養子をもらったらどうかという、一見真っ当そうでいて、すごく失礼なことを言われたりもした。理念としては正しくても、情念として納得いかないこともあるのさ、人間だもの。

子供を持つことを考えると、自分が真っ暗な闇の中、断崖絶壁の端に風に煽られながら立ちすくんでいるような気分になる。

自分の人生の可能性が、それで狭まってしまうのではという、懼れのような感覚だ。

誰しも普通にやっていることが、俺にはどうにも取り返しのつかない道に、一歩を踏み出すような恐ろしいことに感じられる。

親愛なる読者諸君、君たちはひょっとしたら気が付いてるかもしれないけれど、俺はどこか尋常の人間とは違う、何か「だいそれたこと」に心捉われている人間だと、自分のことが思える。
その尋常でない「だいそれたこと」ってのが何なのか、自分でもはっきり言えないけれど、生とか死とかいう抜き差しならないことや、他人を愛すること、社会とどうかかわるかってことにかかわっているように思える。
それは、ある意味ですべて幻想かもしれない。いやむしろ、俺という一人の人間が病理のように抱え込んでいる妄想と言ったほうがイイかもしれない。
そんなことを思うのが、自分でも大人になり切っていないと感じるけれど、それが俺に文章を書かせたり、狂ったように写真に向かわせたりする。
そして、その「だいそれたこと」に近づいて行こうと足掻くとき、その俺の姿は、世の中の常識や倫理から逸脱したものに見えるかもしない。その表面的なあらわれだけをみて、反吐が出るって吐き捨てるように切り捨てられることすらあるだろう。

けれど、俺はいつだって、至って真剣なんだ。わかってほしい。

今回の旅の間、カミさんは子供を作るために、あれをせがんできた。

俺は決してアレが嫌いなわけじゃない。むしろ、お好きな部類だと思う。
けれど、俺は、子供を作るためにするってのが、どうにも本末転倒な気がして、ふさぎ込み、途中でやめてしまった。
そういうもんじゃないだろうって思ったのさ。俺はカトリックの信者じゃないんだからな。
それに、俺の残り少なげな人生、ひょっとしたら他の女性に心奪われて、今のカミさんと別れてしまう可能性だって、ゼロじゃないんだから…。
こればかりは、男と女のことだから、まったくわからない。人の縁というやつは、どこでどうつながっているのか、皆目見当もつかない。
そうなったとき、自分の子供がいることが自分にとっても、彼女にとっても、そして当の子供にとっても良いことなのか、どうにも判断出来なかった。

籍も入れずに彼女とは20年連れ添ってきた。それがすでに尋常じゃないってのは理解してるつもりだ。それが良かったのか、悪かったのか。
その間に、どうして子供を作らなかったのかと、詰るように問われるかもしれない。
けれど、それには自分なりの葛藤だってあったし、経済的な不安もあった。
自分が母親とは早くに死に別れ、父親とは一言では説明できない根深い葛藤だってあったから、家族ってものに対して、嫌悪感のようなものを抱いていたのかもしれない。
だから、その点で俺を責めないでほしい。誰にだって事情はある。
過ぎてしまった時間を取り戻すことは、俺にだって君にだって出来やしないのだから。
俺たちにできるのは、それを受け入れて、最善だと思えることをするだけだろう?違うかい?

なにより俺は、自分が世界で一番信用できない。
これは勝手な男の、勝手な言いぐさかもしれない。
けれど、自分自身に可能な限り誠実に対したとき、それこそ真っ暗闇のなか、険しく細い尾根を手探りで歩いているような恐ろしさを感じたんだ。
どうか君には解ってほしい。

それから二日ほど、自分とカミさんは日中別行動で、俺は独りで電車に乗って、まったく見知らぬ北欧の街をカメラ片手にさまよっていた。写真を撮りながら、食事もとらず、強い海風に煽られ、時折降る雨にも傘すらささず、ひたすら自分を罰するように歩き続けた。
そして、この旅から帰ったら、カミさんと別れることすら考えた。
どうしても子供が欲しいのなら、他の人と作ってもらってもイイんじゃないかってことだ。俺みたいな訳のわからん非常識な人間の子供なんて、考えただけでも大変な人生を強いられるのは間違いないからな。

で、ある晩のこと、カミさんは泣きながら訴えてきた。

『自分の人生は、子供を作れなければ、何の意味もない』って。

読者諸君、今日はここまでにしておこうよ。自分で書いてても、なかなかに厳しい話題なんだ。のろけを書いてるつもりはまったくないんだぜ。自分の中ではギリギリのことを絞り出すように書いているつもりなんだ。心が落ち着かないんで、あてもなく車を転がしたい気分さ。
失礼する。

2015/05/02

Post #1487

HongKong
今頃俺はドイツかどこかにいるんだろうよ。
旅行の近況に関してはhttps://facebook.com/kohichiroh.hattoriを見てくれたまえ。本日は、列車でドイツのハンブルグに乗り込んで、ぶらぶらしてたぜ。
楽しそうだって?これはこれで色々と難しい葛藤がありまして、なかなか心中穏やかならずなんだよ。
その辺はまた帰ってから話そう。日本に帰ってからな。


海外の肉屋に行くと、肉の塊が、その原形を保ったまま無造作にぶら下げられていたりする。
俺は、それを見るのが好きだ。
日本では、スライスされ衛生的なパックに入って売っている。
まるで工場で作られたかのようだ。
そして、あまりに衛生的なので、肉を食うということが、実際に生きていた動物を殺し、切り刻み、そのうえで俺たち自身が食っているという事実すら、強く意識しないと認識することができない。

肉を食うなとは思わない。俺も肉は好きだ。肉食中年痛風持ちだ。
しかし、俺たちと同じ命を奪って、喰らっていることを忘れ、粗末に扱いたくはない。

海外の肉屋は、決して日本のように衛生的ではない。
日本の保健所が見たら、卒倒するだろう。
けれど、生き物を殺して食っているという事実を、ありのままに突き付けてくる。

読者諸君、失礼する。生きるってことは、他の命を奪っているということなのさ。だからと言って、死ぬのはマダマダ御免だけれどね!

2015/04/30

Post #1485

HongKong
今頃俺は、北欧の街を歩いているだろう。
君は元気にしているだろうか?

旅に出ると、どこか懐かしいような風景に出合うことがある。

こんな店、日本ではめっきり見なくなった。
イオンか中堅のスーパーばかりだ。最近じゃ、セルフレジが浸透してきて、レジのおばはんと話をすることもめっきり減った。

効率ばかりを追い求めると、人生は味気なくなる。
そして、人間が働く場所も減ってしまうのさ。
だいたいこの人生ってやつは、たわいもない無駄話でもしないと、しんどくてやっていられないんだぜ。

読者諸君、失礼する。俺は無駄話をするのが大好きさ。そもそも、このブログ自体が、壮大な無駄話だよな。

旅行の近況に関してはhttps://facebook.com/kohichiroh.hattoriを見てくれたまえ。本日は、ヘルシンボリって街に行ってきたのさ。
ごきげんよう。

2015/04/23

Post #1478 さよならニッポン

HongKong
よせばいいのに、また写真集を買ってしまった。
そのうち床が抜けてしまうぜ。
仕事の打ち合わせに珍しくスーツにネクタイで出かけ、そのあと知り合いのやってる喫茶店にふらりと立ち寄り、その帰り道、ふらりと立ち寄ったジュンク堂でつい買ってしまったのだ。
中藤毅彦の『STREET RAMBLER』つまり、ストリートの流れ者だ。
このタイトルだけでも買いだ。
しかし、やられたな。悔しいな。負けないように頑張るぜ。プロにかなうわけないってか?
知ってるかい、写真は現実のコピーなんだぜ。感性を研ぎ澄まして、来た球を打ち続ければ、俺もいけるさ。
さて、気になるお値段、7,560円(Tax in)。
俺は金のかかる男だって言ってるだろう?
まいったなぁ・・・。

唐突だが、今日から俺は一足早く海外にトンずらさせてもらう。
今回はヨーロッパだ。スペインだのデンマークだのドイツだのだ。

いつものNorth Faceのメッセンジャーバッグには、フィルムが55本入ってる。
カメラは相も変わらず、コンタックスT3だけだ。
いつだって俺は潔いのさ。最小の機材で、最高の仕事をするんだ。
あとはパスポートさえあれば、旅行の準備はばっちりだ。
なにしろ俺は旅慣れているからな。

カバンの中には、古今和歌集をはじめ、何冊かの詩集。

俺の詩は、フィルムと印画紙で記されるのさ。

旅行の間は、今までの写真をテキトーにお送りすることにしよう。
写真自体は適当ではないけどね。

旅行中の様子に関しては、俺のFB/KohichirohHattoriを参照してくれ。
公開設定をフリーにしておくからよろしく。暇なら覗いてみてくれ。

読者諸君、失礼する。鬱病のパイロットに当たらないか、大いに楽しみだぜ。

2015/04/21

Post #1476

HongKong
重要な局面は、たいてい体調のすぐれない時にやってくる。得てしてそんなもんだ。

昨日は春の嵐が吹き荒れていたんだが、俺は咳が止まらず、寒気もしたので医者に行く羽目になったんだ。
とはいえ俺は、北海道と並んで交通死亡事故件数の多い愛知県の民だからな、吹き付けるような横殴りの雨もものともせず、車で悠々と出かけるんだ。ちょろいもんだぜ。

案の定、風邪をひいていたようだ。だから午後は布団にくるまって眠っていたんだ。
しかし、折り悪く、昨日は仕事の打ち合わせが入っていたのだ。
しかも、9月から3月までのまとまった仕事の打ち合わせだ。
低値安定だが安泰なこった。だが、低値なんで悩むところだ。
なにしろ俺は、諸君もご存じのとおり、金のかかる男だからな。

だが、このオファーを受けるかどうか、ここが今後の俺のキャリアにかかわってくるのだから、慎重に考えねばなるめぇよ。
今日中に返事しないといけないんだがな。やれやれ。
とはいえ、人手不足なんだったら、もう少し金額を上げてほしいところだぜ。
なにしろ、俺は老後の資金を貯めないといけないんだ。いい年して、ろくに貯蓄もない甲斐性なしだからな。
世間から俺は、キリギリスのような奴だと思われてるからな。しかも、道楽もんだから、穴の開いたバケツで水を汲んでるような塩梅だ。

しかし、9月までは暇だなぁ・・・。
一番の問題はそこだ。
うむ、悩ましい。
とはいえ、悩んでも仕方ない。悩んでいたからって、仕事が向こうからやってきてくれるわけでもないしな。そん時になりゃ、何とかなるだろうよ。

暇なときは、せいぜいプリントでもさせてもらうとするさ。

しかも、昨夜はその打ち合わせの後に、先日まで取り組んでいた仕事の打ち上げで、取引先と会食まで詰まっていたんだ。
体調の悪いときに、酒なんか飲むもんじゃないな・・・。
正直に言って、たまらないぜ。最悪とまではいかないが、だるくって仕方がないぜ。
こんな状況で、決断を下さにゃならんとは、因果なこったぜ。

読者諸君、失礼する。俺は風邪と酒でぐわんぐわんだけど、考えなけりゃならないんだ。辛いもんだぜ。

2015/04/20

Post #1475

HongKong
昨日、一日かけてフィルム4本分、60カットプリント。
去年ネパールに行ったときにトランジットで立ち寄った香港を3本分45カットと、ネパールでの1本15カットだ。だからどうした?
昨日のプリントの中から一枚お送りしよう。
いつもいうように、女性を見かけると、反射的に写真を撮っている俺なんだ。
見境のない強姦魔のようだな。

疲れたぜ。くたくただ。夜中にこの文章を書きながら眠りに落ちて、そのまま朝まで眠ってしっまったほどだ。
ただでさえ、咳が出て風邪気味だというのに、無理は禁物だ。
しかし、理性ではわかっていても、ついやってしまうのが人間の性だ。

しかし、そんなに頑張っても、だれも褒めてはくれない。残念きわまることだ。
自分で自分をほめてあげたいという、サルのせんずりのような言葉があったが、俺としては、そんなのちっとっもうれしくないんだ。面白くもない。世界が広がっていかないじゃないか?
俺は褒められると、ますます調子にのって頑張っちゃうタイプなんだ。
しかも、そんな時は自分でも思ってもみなかったほどの成果を出すのさ。
いわゆる『褒めて伸びる』タイプなんだ。

できることなら、女性に褒めてほしいもんだ。
それも、人生のいろいろを味わってきて、ちゃんと物事の本質がわかるようになってきた妙齢の女性にね。俺ッたら、注文が多いな。

しかし、それは高望みのしすぎだろう。
だいたいこのブログに、女性がコメントをくれたことなんて、もう3年くらいないからな。

3年だよ、3年!
石の上にも三年だ!
桃栗三年柿八年だ!
どんだけ野郎ばっかりなんだよ!くそっ!

このブログの中だけで世界を見ていると、It's a Man's Man's Worldだ、ジェームス・ブラウンだ。
まったく、泣けてくるぜ。俺には日本全国各都道府県に、彼女を作るという遠大な野望があるのに!その遠大な計画は、構想だけでまったく進捗しない。
進捗しないにもかかわらず、こういうことを言うと。また反吐が出ると言われたりするから、たまったもんじゃないぜ!

こうして俺は、暗室のなかで人生を空費していくのさ。
だいたい、こんなパッとしないモノクロ写真なんて、だれが興味持ってるっていうんだよ?
そう思うと、虚しくなってきて、こんな誰にも理解されないような写真なんてきっぱりやめて、パチンコとかゴルフとかに乗り換えようかとも思えてくるぜ。きっと友達も増えるだろう。空疎な話題でガンガン盛り上がるのさ。写真なんて、話のネタになりゃしないんだからな。
ばかばかしいぜ。所詮、自己満足だな。
たぶん煙草をやめるよりも簡単だろうよ。

読者諸君、失礼する。今夜は打ち合わせが入ってるんだが、日中は空いてるんで、懲りずにやろうかどうか、思案中の俺なのさ。

2015/04/16

Post #1471


Hong Kong
先日、自分のFBにUPしたブログの更新記事のコメントに、古い知り合いの女性から、痛烈なお言葉を賜った。Post #1458に関するものだ。

彼女曰く『よその女に子供を作らせて、自分の奥さんに育てさせるなんて寝ぼけたこと言ってる奴に反吐が出るね!』だそうだ。
参考までに付け加えると、この寝ぼけた奴とは、他でもない俺のことだ。

まったく、返す言葉もないくらいだ。俺は、気の利いたちょっとダーティーなユーモアのつもりだったんだがね。

俺の下らないユーモアで、ご気分を害されたようだから、この場を借りて謝るよ。
陳謝する。反省するよ。
今後はもう少し控えめにさせてもらうよ。反吐が出ないくらいにね。
きっと、俺の文章の面白さは当社比―50%くらいにはなるだろうけれど。

俺は人間を46年ほどやらせてもらってますが、反吐が出るなんて言われたことは、なかなかに無い。面と向かって言われたわけではないけれど、精神的になかなか堪えるものがあるな。

実生活でも、世間様から図太いとか、心臓に毛が生えているとかさんざん言われる俺だけれど、こうして真正面から反吐が出るなんて言われると、なんともやり切れない気分になるよ。

俺自身、自分の言っていることが、時に世間の常識から逸脱したことを言ってるという、確かな手ごたえを持っているんだが、今回の件は俺としちゃ、ちょっと実際にカミさんとの間で交わされた際どい冗談を、そのまま書き記したつもりなんだ。

結果人間のクズ呼ばわりされたしまったわけだ。
自分にとって、どうだってイイ人間に、どれだけクズ呼ばわりされようが構わないけれど、そうそうお会いすることもないけれど、自分としては確かに大切な人からクズ呼ばわりされるのは、かなりキツイ。

俺としちゃ、悪気なんかさらさらない、ちょっとしたユーモアのつもりだったんですがねぇ・・・。やっぱり、いけませんかねぇ・・・?

俺ははたと考え込んでしまう。

こいつは俺の個人的なブログでの発言だし、たとえそうではなくて私小説かなんかだったとしようよ。
で、俺は社会常識に抵触しない、毒にも薬にもならないことしか言うべきじゃないのかな。
考えてみたり、書いたりしただけで、実際にはそんなことしちゃいないのに、実際にやったかのようにクズ呼ばわりされるものだろうか?
まぁ、親愛なるイエス様は、『OK、その通りだよ。考えたらやったもおんなじだもの』と言うだろうが。

万一、実際にそんなことがあったとしたら、なかなか洒落にならないんで、決してここに書くことはないだろう、・・・たぶん、・・・書くかもしれないが。

俺のことだ、なんとも言いかねるな。
何しろ、俺は自分自身のことが世界で一番信用できないんだ。俺の予想を超えることを、俺はいつだって軽々とやってのけてしまうからな。
いつだって、逸脱してるんだ、おっ、ダジャレだ!

俺はここで決して、道徳の教科書みたいなものをやりたいわけじゃないし、どこか戯作者的に自分の考えや生活を、冗談めかして描いてみたいと思ってるんだ。
政治的、倫理的、社会通念的に正しいことしか言わない奴なんて、俺は友達になりたくないもんな。

正直に言って俺は、自分が実像等身大よりも高級な人間に思われたりするよりも、実際よりも軽く見られて、君たちの失笑を買っているほうが望ましいと思ってるのさ。

俺が素晴らしい奴だとか、イイやつだとか、まかり間違って思われちまった日には、うっかり羽目も外せないだろう。

健康で正しいということほど、人間を無情にすることはない。

金子光晴もそう詩に書いていたっけ。

俺は不健康で、悪いってことに、寛容でありたい。
そして、望むと望まざるにかかわらず、そう生きざるを得ない人間の性に対して、俺は興味と感心を持っているんだ。
世間の常識や法律の話をしているんじゃないんだよ。
いやむしろ、光に憧れながら、闇の中をさ迷い歩くしかできないようなものこそが、人間の姿だとすら思えるよ。
人間の本質ってのは、世間の常識良識、法律なんかとは、ぜんぜん違うものだと思えるんだよ。
それをひっくるめて、人間を理解したいと俺は思ってるし、世間の良識常識なんか屁とも思わないような人間でいたいと思ってるんだ。

俺自身は、自分の趣味に合わないスノッブな奴をこき下ろすのはやぶさかではないけれど、基本的には、どんな人間に対しても、一人の裸の人間として、率直でユーモアをもって接していきたいと思っているんだけどな。

けどまぁ、今更何を言っても弁解がましくなるだけか・・・。

読者諸君、失礼する。何が言いたかったかっていえば、自分の軽口のせいで、大切な友人を一人失ったってことさ。そんなものさ。かまやしないさ、どうせ死ぬときは一人っきりなんだからな。

2015/03/24

Post #1448

台湾、台北、剥皮寮
なんとなく、今日は写真だけお送りしよう。
いつも長々と文章を読まされると、うんざりするだろう?
書いてるほうにもいろいろとあるものさ。

よく見ると、右の方に現像ムラがあるじゃないか・・・。
まぁ、イイか。それもまた乙なもんだて。

読者諸君、失礼いたす。

2015/03/15

Post #1439

澳門
昨日は、どうにも仕事をする気力が湧かず、起き上がる気力も湧かず、ずっと廃人のように眠って暮らした。ここんところ、すこし風邪気味だったしな。
だから、食事をする以外は、ずっと眠っていたんだ。
よくもそんなに眠れるなぁって、家人も呆れていたよ。

とにかく、仕事で下らないことが続いてて、精神的にもささくれていたし、昼夜逆転でハイテンションで突っ走り続けるのには、人間の身体の構造から言って、無理があるってものだろう?
なんだか弁解してるみたいに見えるけど、君にもわかってほしいよ。
俺だって、決して原子力エネルギーとかで動いてるわけじゃないのさ。
意外と、ぽっくり死んじまうんじゃないかって、心配というか期待してるのさ。

さて、今日も仕事は休みなんだが、なにして暮らそうか?
眠っているのには、厭きて来たしな。

読者諸君、失礼する。