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2015/08/31

Post #1609

Praha,Czech
やっと8月も終わる。
俺にとって充実した8月だった。もっとも、働いてばかりだったけれどね。
昨日、3年ぶりくらいに年若い友人と会って、仕事の合間に食事をしたんだ。
年若いと言っても、俺のお客さん筋にあたる人で、3年ほど前の夏に、静岡の清水で一緒に仕事をした人だ。その時も、意気投合して一緒に焼き肉なんか食いながら、夜が更けるまで語り合ったっけ。愉しい思い出だ。

彼は、その時に俺が教えた『実るほど、首を垂れる 稲穂かな』ってことわざを、折りに触れて思い出すと言ってくれた。俺と違って、謙虚で誠実な若者なんだ。それでいて、熱意と向上心に溢れてる。まったく、若いって素晴らしいなぁ!

ずいぶんと久しぶりなんだけど、彼は俺のこのブログを見てくれている読者さんでもあるんで、全然久しぶりな気がしないって言ってくれたのも嬉しかったな。俺のとんでも発言連発の日常に、笑い転げてくれていると、俺としても嬉しいものさ。

今回もなんだかんだと仕事の話ばかりしていたようでいて、あとあとよく考えると、自分の生き方そのものを語っていたように感じるよ。
つまり俺は、趣味も仕事も、なにもかも全力投球で地続きなんだってことだ。
仕事でどう人に接するかってのは、そのまま実生活で人とどう接するかってことだしね。

嬉しいことに、彼は俺とまた是非仕事がしたいと言ってくれた。
こんな俺だけれど、自分が不器用に歩んで来た道のりが、けっして間違ってないことがわかる。
何度も苦しくて逃げ出しそうになったこの道だけれど、報われた気がする。そして、もっと先まで歩んでいきたい。ただ金のためではなく。

俺も、彼と一緒に、仕事がしたい。
もっとも、一年半くらい先まで仕事が詰まっている俺なので、なかなか彼の仕事を引き受けることができないのは心苦しいんだけれど、彼自身の仕事に対する考え方に共感しているし、彼の力になってあげたいと思っているのさ。
それになにより、俺は俺を理解して、気に入ってくれる人と仕事がしたいんだ。
そういう人との仕事なら、金の話は二の次だ。どうせ儲けたって、税務署さんにがっぽり持っていかれるのが関の山だぜ。

別れ際、俺たちは地下鉄の改札で、がっちりと握手して別れた。
形式的なものじゃなく、熱と力のこもったイイ握手だ。
握手するときには、相手の目をしっかり見据える俺なんだ。

ホントに、ひたすら仕事に明け暮れてはいたけれど、いい夏だったよ。身体はくたくただけれどね。

読者諸君、失礼する。実は俺、握手とハグが好きなんだ。

2015/07/19

Post #1565

Praha,Czech
ここんところ、PVはウナギくだりだ。仕方ない。俺が下らない与太話ばかりしているからだ。身から出た錆だ。自業自得だ。
誰がどう考えても、俺のブログを覗くよりも、もっと有意義なことは世の中にごまんとある。

俺のことを見た目で判断して受け入れない奴は、世の中に多い。

別にかまわない。俺は芸人とかじゃないんでね。

このもじゃもじゃ頭は天然パーマだし、自分を曲げてまで受け入れてもらっても、おもしろくもねぇぜ。
なんてったって、これは俺の人生なんだからな。
誰かのルールに合わせて、自分を曲げるのは御免蒙るぜ。
甲本ヒロトも、大昔そう歌っていたな。

もっとも、俺の生業である建築内装業界には、変わりもんが多いから、俺のような風体の男だって、フツーに受け入れられているんだ。言うならば、トレードマークだ。
この自由なカンジがたまらないのさ。
なにしろ俺は、家の近所で解体作業をしていたトルコ人に、あんた日本人に見えないって言われたくらいだ。日本人の男がみんなちょんまげ結ってると思ったら、大間違いだぜ。

日本に暮らしていると、怪しいおっさん全開にみられる俺だが、こう見えても世界的には結構受け入れられているんだぜ。

2年前の夏のことだったっけ。
チェコの骸骨寺院と名高いセドレッツ納骨堂の前で、ロン毛でひげで半ズボンといったいでたちの、いかにもアメリカ西海岸からやってきたという雰囲気を漂わせた、屈強なアングロサクソンのあんちゃんに俺は呼び止められたことがある。

『ちょっといいかい、俺、あんたに聞きたいことがるんだ?』

おいおい、藪から棒になんだよって思ったが、これも何かの縁だ。おもしれーぜ。なんかようかい?

『あんたはロックミュージシャンかい?あんた、ロックミュージシャンにしか見えないぜ』とアングロサクソン。

『あはは、ミュージシャンじゃないけど、ロックンロール・フォトグラファーだよ』

『そいつはイイな!』

そんなやり取りをふと思い出した。英語圏じゃ『You Rock!』ってのは、スッゲーかっこいいぜって褒め言葉なんだぜ。Awesome!以上だ。光栄だぜ。

どんなに疲れているときでも、ハードなロックンロールを聴けば、元気が湧いてくる俺なのさ。
この糞ッ垂れな現実に立ち向かうための音楽ってのは、確かにある。
どんなに落ち込んでいるときでも、クールなダンスミュージックを聴けば、自然と手足が動く俺なのさ。
ますます怪しいぜ。なぁに、構うもんか。

忙しい忙しいと言いながらも、アマゾンでケミカル・ブラザーズのニューアルバムをゲットしてゴキゲンな俺なのさ。ウィークリーマンションのそばのコンビニで受け取ったのさ。
ノリノリだ。
思わず腰が動いちまう。思わず腰が動いてしまうのが、いい音楽の定義だ。
覚えといてくれ、これが世界の定説だ。

今年は政治はサイテーだけど、俺としては音楽の当たり年だ。ファンカデリック、ノエル・ギャラガー、ポール・ウェラー、ケミカル・ブラザーズ、そしてこれは去年出た奴だけど、元レッド・ツェッペリンのロバート・プラント。どれもサイコ―だ。

もちろん音楽で腹は膨れはしない。
俺や君の抱えるチンケな悩みが解決するわけでもない。
けれど、心を遠くまでぶっ飛ばす、カタパルトにはなってくれるさ。
イエス様も『人はパンのみにて生きるにあらず』と仰っておいでだ。

『ロックンロールは悩みを解決してはくれない。悩んだまま躍らせるんだ。』
偉大なギタリスト、ピート・タウンゼントはかつてそう語っていた。

『心にグルーブがある限り、水に入っても濡れることはない。(つまり、世間のつまらない常識にがんじがらめにされて自由な心を失うことはないってことだ)』と、P-FUNK軍団の総帥ジョージ・クリントンは歌っていた。

まったくその通りだと思うぜ。これは俺の座右の銘なのさ。

読者諸君、失礼する。できることなら、俺の写真も君たちにとって、そんなモノであってくれたなら・・・。あばよ。

2015/03/18

Post #1442

Praha,Czech
道端の木蓮の蕾がふくらんできた。
もう少しで、俺の好きな木蓮の花が咲くだろう。
白い木蓮は、ヴェルヴェットのような花びらが、清楚な女性の姿のようで、大好きだ。
紫色の木蓮も、艶やかでいながらも、少し人見知りな女性のような可愛らしさがある。
俺は、桜のこれでもっかっていう美しさより、木蓮の大振りだけれど、それでいてひっそりとしたたたずまいが好きなんだ。

やっと、春が来る。

暖かな日差しの中、昨日はアパートの階段の踊り場で、煙草を吹かしながら口笛を吹いていた。
心地いいのさ。
実は俺、口笛の名手なんだ。息を吐いても、息を吸っても、自在に音が出せる。そういえば、口笛を吹いて歩いてる奴なんて、俺以外に見たことがないな。たぶん、みんな俺のように自由自在に吹くことが出来ないんだろう。人生の楽しみ、半減だ。
いつだって、心の中に流れる旋律を、俺は自分の体一つで奏でることが出来るのさ。
そうして手を叩けば、リズムが生まれるんだ。
俺の頭の中には、いつだってゴキゲンなロックが流れているんだぜ。
そいつが俺を躍らせるんだ。
先日出たばかりのノエル・ギャラガーのアルバムの中から、お気に入りの曲を吹いていたのさ。
いつだって、渦巻く思いは、大好きなロックの形を借りて、俺のなかから吹き上がるのさ。
自然と腰も動いちゃうってものさ。

すると、どこからか『こんにちは』って小さな声がする。

俺は周囲を見渡した。
俺の目は近視で乱視で老眼+1だそうだが、心の目が肉体の欠陥を補って余りあるのさ。
声の主は、すぐに見つかった。
俺のアパートの向かいのアパート、一本道を挟んだ向う側の二階の部屋。
その部屋の窓に、小学三年生くらいの小さな女の子が、俺をじっと見ているんだ。
俺も『こんにちは』って手を振ってやったら、彼女も小さく手を振った。
嬉しそうに笑っているのがわかる。
しばしばおっかなそうなおかあちゃんに、叱られている女の子だ。何度か見たことがあるぜ。

俺はいつだって、子供たちの興味の的なのさ。
どうやら俺のようなロックでファンキーな大人は、そうそういないみたいだからな。
ひょっとしたら、子供たちには、大人には見えない何かが、俺の身体から陽炎のように立ち上ってるのが見えるのかもしれないぜ。

彼女は、イイ年をしたおじさんが、口笛を吹いて、独りで愉しそうにしているのが、よほど不思議なんだろう。
けど、何の不思議もないんだぜ。
心の中でロックが鳴っているときには、俺はいつだってゴキゲンなのさ。
俺には、俺以外のおっさんたちが、ちっともゴキゲンそうに見えなくて、いつも疲れた顔をしていることの方が、よほど不思議さ。
せっかくの人生がしおれてるぜ。
俺はそんな生き方は御免蒙る。
いつだって、サイコーな俺でいたいんだ。
第一、そんなふうにしおれていちゃ、君に申し訳がないぜ。恥ずかしいことさ。

俺はにっこりと笑ってから、口笛に合わせて手を叩き、リズムをとってみた。
ちょっと子供には複雑なリズムだ。ついて来れるかな?

すると彼女も、見よう見まねで手を叩く。

楽しそうだ。いいぞ。

俺の中からは、クラッシュやキンクスとか、懐かしいブリティッシュ・ロックが次々溢れてくる。俺はそのメロディーを口笛で奏で、手を打ち鳴らし、ステップを踏み、リズムを表現する。
春の風にのって、俺の口笛は通りをどこまでも流れていく。
女の子は、つられるように手を叩く。

OK、心の中にグルーヴがあれば、水に入っても濡れることもない。これはP-FUNKの総帥、ジョージ・クリントンの名言だ。
小さな君に、俺のグルーブを分けてあげよう。これはどんなに分け与えても、一向に減らないものなのさ。物理法則を超越してるんだ。
君がこれから生きていくあいだ、くじけそうになったって、心の中にグルーヴさえあれば、心が折れる事なんてないはずだ。
さぁ、その小さな手を叩け!

俺は今朝も、その子にあったぜ。学校に出かけるところだったんだろう。俺は雪駄を履いて、不燃ごみを捨てに行った帰り。
彼女は『おはよう』と手を振っていた。俺も手を振って『おはよう!』って挨拶したのさ。

読者諸君、失礼する。今日は15時から打合せがあるんだ。それまでにしっかりと眠って、連日の夜勤で摩耗した肉体を、しっかり休めなけりゃならないんだ。けれど、どれだけ疲れ果てていたって、胸のなかにはグルーヴがとぐろを巻いているのさ。君にも分け与えてあげたいよ。

2015/03/11

Post #1435

Praha,Czech
全ての日付に、何らかの意味がある。

誰かの生まれた日であり、誰かの死んでいった日でもある。
そして、忘れてはいけないことが起こった日でもある。


昨日は東京大空襲から70年だった。
アメリカ軍の大空襲によって、東京では10万人ともいわれる犠牲者が出た。
文字通り、焦土と化し、数多の焼死体が打ち捨てられていたという。
その局面だけを見れば、日本は被害者のように見えるけれど、中国や東南アジアで日本人が行った蛮行も、負けず劣らずだ。
俺たちは誰しも、過去から目を背けることはできない。


今日はあの震災から4年だ。

ほんとうに多くの方が亡くなった。
津波に追われ飲み込まれる人々の映像を、俺は忘れることが出来ない。
大切な人を亡くし、人生の喜びを失った人がいる。
未だに行方のわからない方もいる。

原子力発電所が爆発した日を忘れることが出来ない。
日本は、ほんとうに終わったと思った。
そして、未だに自分の家に帰ることすらできない人がいる。

仕事を、家庭を、友人を、家族を、故郷を失ってしまった多くの人たちがいる。
寂しさの中で、独りひっそりと死んでゆく人たちは今も絶えない。

そして、それに対して何もなしえない無力な自分がいる。

自分の生活で精一杯の無力な俺なのだ。
赦してほしい。
恥ずかしいことだ。

そんな状況なのに、政府は原子力をガンガン推進している。
そんな状況なのに、オリンピックのお祭り騒ぎで景気浮揚を図ろうとしている。
そんな状況に便乗して、日本全国で、わけの判らないことに税金は使われ続けている。

福島の惨状を見て、原子力発電から撤退を決めたドイツから、メルケル首相がやってきている。
彼我の政治家の、見識、理念、行動力、そしてあらゆる素質のレベルの違いに、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。
過去の過ちを直視し、進むべき未来を指し示し、人々の弱さや悲しみに寄り添ってくれるような政治家は、日本には現れないのだろうか。
全てを政治のせいにすることは、間違いなのはわかってるさ。
わかってはいるけれど・・・。

読者諸君、失礼する。今日は少し控え目にしておくことにするよ。
RIP

2015/02/21

Post #1417

Praha,Czech
"If she can find a reason to forgive
 Then I can find a reason to live


 Oh I believe in miracles
 Oh I believe in better world for me and you
 Oh-oh-oh, I believe in miracle
 Oh I believe in better world for me and you

 I close my eyes  and think how it might be
 The future's here today
 It's not too late
 It's not too late,no!

 Oh I believe in miracles
 Oh I believe in better world for me and you
 Oh-oh-oh, I believe in miracle
 Oh I believe in better world for me and you

The Ramones "I believe in miracles"

読者諸君、失礼する。俺はミラクルを信じてるぜ。

2015/02/12

Post #1408

Praha,Czech
今日は何がって訳じゃないけどイイ一日だった。
もっとも、これからまた夜の仕事が俺を待っているんだがな。

今日が人生で絶頂、クライマックス、俺史上最高だと思えているときは、何がどう転んでもいいものさ。

どんな困難も屁でもないって思えるぜ。
君の抱えている寂しさや悲しさも、まとめて俺が担ってあげることだって出来るように感じるよ。
要するに、何故だかハイになってるんだろうな。
まぁ、理由なんてどうでもイイのさ。問題なのはそこじゃない。

だから、今日はそれ以上特に書くこと無し。

読者諸君、失礼する。明日は明日の風が吹く。明日のことを思い患うなとイエス様もおっしゃっておいでだぞ。

2015/01/30

Post #1395

Czech
光の速さで思考したい

そして、世界の闇のなかに降りてゆく

まるで、堕ちていくかのように

道標は、自分の思念が描く光跡だけ



読者諸君、失礼する。

2014/12/25

Post #1359

Praha,Czech
日本ではあまりポピュラーではないけれど、有名なクリスマス・キャロルの一つに、“Good king Wenceslas”というのがある。日本では、『ウェンセスラスは良い王様』と呼ばれているそうだ。

このクリスマス・キャロルは、厳冬の12月26日、聖ステパノスの日に、城の物見台から王が雪の中薪を集める貧しい小作農を見つけることから始まる。
王は小姓を呼びつけると、『汝はあの者がどこに住む何者か知っておるか?』と尋ねた。
小姓は『あれは聖アグネスの泉のほとりに住む小作農であります』と答える。
すると王様『小姓よ、肉を持て、葡萄酒を持て、末の薪を持て、それらを背負いて我ら彼の貧しき者のもとに施しをもたらそうではないか』
というわけで、王様と小姓は冬の厳しい寒さの中、雪をかき分けて小作農のもとを目指すのだが、陽は暮れ、吹雪に道は閉ざされる。
小姓はたまらず『王様、日も暮れ風も厳しく、私の心は折れてしまい、もはやなす術とてありません』と泣き言を言い出す始末なんだが、そこは王様、『よし、小姓よ。我が先に道をゆき、雪を踏み固めてゆけば、いささか寒さもしのげよう。雄々しき心を奮い立たせて我についてこい!』と先を歩み始める。
すると、王様が踏むところ、雪はとけ、青々とした芝土が姿を現したという話だ。

つまり、富者は貧者に施しを与えることは、神の御心に沿う行いだと讃える歌詞で、締めくくられる。

このウェンセスラスには、モデルがいる。
ボヘミヤ公、ヴァーツラフⅠ世だ。
ボヘミヤとは、ほぼ現在のチェコのこと。そして、907年に生まれ、18歳で即位したヴァーツラフⅠ世は未だ伝統宗教が大勢を占めていたボヘミヤに、キリスト教を本格的に導入した若き王だった。
しかし、神聖ローマ帝国に臣従してすすめられたキリスト教化政策は、伝統宗教を信じる貴族たちの反発を買い、935年に暗殺されてしまう。

残念!

ヴァーツラフⅠ世は、こうして殉教した故に聖人とされ、次第にボヘミヤの人々に、ボヘミヤの守護聖人として信仰されるようになっていった。さらに人々は、彼を真のキリスト者にして、国と民族を護った理想の騎士だと考えるようになった。ボヘミヤの危機の時には、彼は甦り、国を救うとまで信じられていたほどだ。

写真は、彼の名を関したチェコの首都、プラハのヴァーツラフ広場に聳え立つヴァーツラフⅠ世の像だ。この広場は1968年のプラハの春の際には、ソ連軍の戦車に蹂躙され、1989年のビロード革命の際には、自由を求めるチェコ市民で埋め尽くされた。この時にも、人々はヴァーツラフⅠ世の名を脳裏に思い浮かべていたことだろう。


ビルゲイツなど、欧米の資産家には、しばしば慈善団体に巨額の寄付をしたり、非営利の慈善事業を起こす人も多いのだが、これはキリスト教文化に根差した伝統だ。マックス・ウェーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(岩波から出てますよ)を一読されたい。お勉強になるぜ。もっとも、そういったいわゆる慈善活動に、やっかみ交じりの批判も多いのは承知の上だが。
翻って日本の金持は、ただため込むだけ。
これでは、銀行に積み上がった金が泣いているぜ。
政府も、低所得者に対するアベノミクスの恩恵は、トリクルダウン、つまり富裕層から滴り落ちるおこぼれでいきわたるはずだと無責任に嘯きつつ、税金を上げ、福祉をカットしている。
まぁ、そんな政府を選んだのは、他ならぬワシら日本人の皆の衆なので、文句も言えまい。

しかし、ここで衝撃のお知らせ。
OECD(経済開発協力機構)は、先ごろ、このトリクルダウンってのは、実は歴史上一度たりとも実際に起こったことがないと発表した。

衝撃だなぁ、笑うしかない。この道しかないとか言っていたが、ますます怪しくなってきたぜ。

なんだか今日は、とりとめのない内容になってしまったなぁ。しかし、本当に活きたお金ってのは、誰かの幸せのために使わないといけないんだぜ。それが本当のプレゼントさ。

読者諸君、失礼する。メリー・クリスマス。この瞬間にも、世界には苦しんでる人がたくさんいるのさ。クリスマスで浮かれてるのはいいけれど、それを覚えていてほしい。

2014/11/29

Post #1333

Praha,Czech
今日は、11月29日。イイニク、つまりいい肉の日か。
滋賀に出張に来ているので、近江牛なんかにありつきたいと思ってるんだが、気が付けばコンビニ弁当か中華料理屋の定食だ。
寂しいものだ。
とはいえ、それで不便なことは何もない。
俺は最近、無欲なんだ。食うことにあまり金をかけない。世の中ではグルメ番組が大流行だってのにな。身体が動く分だけ、腹が膨れればそれでいいって感じだ。
着るモノだって、滅多に買わない。こいつに関しては、俺もそこそこ長生きしてるんで、不便を感じることもない。ストックがたくさんあるんだ。物持ちがイイのさ。今日着ているカットソーなんて、20年近くご愛用だ。
そもそも俺は、流行なんて気にしたことがないからな。踊らされてクジャクみたいに着飾る必要なんてないのさ。
服装ってのは、一種の自己表現なんだけど、俺はもうどうでもよくなってる。とはいえ、すっかり出来上がっちゃってるからどうでもイイのかもしれないな。いわゆる俺流って奴だ。
俺には俺のスタイルがあるんだ。どっかの誰かの言うことに踊らされてたまるか。
それどころか最近じゃ、仕事で着ている作業服でもイイんじゃないのってくらいだ。

そういえば、俺の大好きなイギリスのスーパー大御所ロックバンド、THE WHOのギタリスト、ピート・タウンゼントは、毎週ステージ衣装を買いに行くのが面倒だっていって、全盛期の70年ごろには、白の作業用のツナギを着て、作業用のブーツを履いていた。
その野暮ったいファッションで狂ったようにジャンプし、腕を風車のように振り回してギネスブック級の爆音でギターをかき鳴らし、ライブの最後には、ギターを叩きつけてぶち壊していた。
サイコーだ。男はこうでなくっちゃな!
因みにそのブーツがドクターマーチンだ。後にこれをパンクの連中が拝借し、今では普通のファッションになっているのさ。つまり、そのそもそもの始まりは、ピート・タウンゼントだったわけだ。

話がそれたなぁ。

正直言って、ここんところは自己表現なんてどうでもイイ。

そもそも俺には表現するほどの中身がないんだと思うぜ。

自分が見てきたものを、そのまま一枚の写真に封じ込めることができたら、それで十分だ。
それ以上のことはない。

読者諸君、失礼する。今頃俺は、深夜のショッピングセンターで仕事に忙殺されているはずさ。出来る事なら、素敵な女性に悩殺されてみたいものさ。けど、作業服じゃ難しいなぁ・・。

2014/09/14

Post #1257

Praha,Czech
俺が心中ひそかに抱き続けてきた長年の不思議。

洋の東西を問わず、どうしておばさんってのは、わけの判らないセンスの服を着たがるのか?
おしゃれ上級者とか甘辛ミックスコーデとか思い込んでいるんだろうか?

不思議だ。

読者諸君、失礼する。その心理を説明できるのなら、是が非でも俺に教えてほしいぜ。

2014/09/03

Post #1246

Praha,Czech
最近、疲れているのか、眠るとよく夢を見る。
先日は、森山大道が夢に出てきた。森山大道と一緒に、彼が昔訪ねた田舎の集落を訪れると、そこは見る影もなく荒廃し、人の棲まぬ廃村になっていたという夢だ。
森山大道は、「だから写真を撮っておかないとダメなんだよ・・・。』と煙草を吸いながら、俺に言った。

今さっき見た夢は、混乱していた。
曲がりくねった川が、眼下に見える。高楼のような建物に俺はいて、その川を眺めている。
二匹の象が、戯れながら川を渡っている。
俺は夢中でシャッターをきるが、フィルムがすぐになくなってしまう。
カバンの中から出てくるのは、既に撮影済みのフィルムだ。
見れば、川から象の姿は消えて、川の中を何匹もの大きな鮫やクジラが悠然と泳いでいる。
フィルムは見つからない。
俺は外に出る。
そこは日本庭園のようになっており、市民の憩いの場だ。
人々のかわす言葉から、そこが兵庫県にあるのだと直感するが、兵庫県には象はいないし、クジラやサメが泳いでいるような川もない。
俺は飛び石の上を飛び跳ねるようにして、庭園の中を走り抜けていく。

独りの子供連れの30過ぎの女性の姿が目に入った。
俺は思わずその女性の名を呼んだ!昔むかしに付き合っていた女性だと思った。しかし、何と名を呼んだのか、思い出せない。
俺の声に振り向いた女性は、きっと憎悪の視線で俺を見た。
いや、やめてくれ、俺は君に恨まれたりするようなことがあったのか。

しばらくして、俺は階段に座り込んでいる子供と話していた。さっきの女性の子供だ。俺の心には、もしかしてこの子は自分の血を引いているのではという思いがよぎる。

その子の顔は薄汚れていた。肌はカサカサして、皺っぽかった。子供のくせに爺さんみたいだ。
お腹がすいているという。今朝も薄い塩味のおかゆを母親と食べただけだという。
彼女たちは、どうにも貧しい暮らしぶりらしい。

俺は、その責任のすべてが自分にあるような気がして、自責の念に駆られる。

その皺坊ちゃんを、母親が呼ぶ。『知らない人と話してはダメ!』と。
明らかに、その女性が俺を誰かわかったうえで、俺の心を萎えさせるために言っているのがわかる。ますます俺は、その子供と俺とのつながりを確信したけれど、どう考えても、名前も思い出せない女性(しかも彼女は片足が悪く、びっこをひいていた)と関係のあった時期を考えると、それは間違っているような気がした。

そして、そんなときに目が覚めた。女性の名前も顔も、はっきりとは思い出せない。

読者諸君、失礼する。


2014/08/29

Post #1241

Czech
今日はまじで写真だけ!
しかし、中世のたたずまいの残るチェコの 街角で、エレクトリック・シタールとは渋い。渋すぎる。そして何より、この青年の口髭がこれまた渋い。
読者諸君、失礼する。どうせなら、他の人とは違った趣味を持っている方なイイな。俺ももう少しマニアックな道楽が良かったよ。

2014/08/28

Post #1240

Český Krumlov,Chech
今日は忙しいから、写真だけお送りしよう。

いつだって忙しいのだが、今日は予防接種を受けに行かねばならんのだ。
何故って?そのうち衛生環境の不十分なところに旅行にでかけるからさ。

読者諸君、失礼する。

2014/08/20

Post #1232

Praha,Czech
本日、いろいろあって眠いので、写真だけで失礼させてもらうぜ。
読者諸君、失礼する。

2014/08/16

Post #1228

Praha,Czech
時折、俺は俺の写真を見た人から脚フェチですねと言われる事がある。自分では生足よりもストッキングとかの方が好みだと思うが、そういわれたなら、肯定も否定もせずに、ニヤニヤとあいまあな笑みを浮かべる。
以前も触れたことがあるが、その源泉は幼少時に遡るんだろう。けど、それだけではなくて、もうひとつ思いあたる事がある。
あの人は、よくスパッツをはいていた。今から30年近く昔のことだ。
何年か前に、スパッツがレギンスとか名前を変えて大流行したときは、否が応でもあの人の事を思い出した。
あの人のほっそりと伸びた、それでいて決して骨ばったりしていない足は、今日まで俺のなかで確固たる好みとして残っている。
聖子ちゃんカットとかが巷を席巻していた頃、あの人は他人とは少し違う個性的なファッションセンスを持っていた。
まだ今のように。茶髪金髪が当たり前ではなかったあの頃に、フツーに金髪とかにしてたように記憶している。もっとも、それはあの人が高校を卒業してからだったと思うが。
今でも、個性的で大胆なファッションを周囲の目など気にせず楽しんでいる女の子を見ると、好ましく思う。どうぞ、そのまま自分の好みを貫いておくれって思わずにいられない。
タバコを吸う女の子も嫌いじゃない。この俺にタバコを教えてくれたのは、他ならぬあの人だった。MOREというメンソールの長くて細いタバコを物憂げに吸っていた。俺は初めてそのタバコを吸って、頭がクラクラして、あの人と遊びに出掛けていたのに、あの人をおいて帰ってしまったことがあった。遠い夏の事だった。

気がつくと俺が女性の写真ばかり撮っているのは、あの人の面影を探しているからかもしれない。単に女好きという説もあるが、それは当たらずも遠からずだ。

読者諸君、失恋する、いや失礼する。あの人の面影がまだ見つからないので、俺は写真を止められないのさ。

2014/07/24

Post #1205

Praha,Czech
ヨーロッパに行って、日本と文化が違うなぁと実感するものの一つに、アダルトグッズ店の店構えがある。
日本だと、どうにも日陰者なカンジで、いま一歩入りにくそうになっていたりするだろう?
けれど、ヨーロッパに行くと普通の商店の並びに、アダルトショップが普通にあって、なおかつ写真のように、外から中が丸見えだったりする。
日本で言えば、イオンモールみたいなショッピングセンターのなかに、堂々とアダルトショップが店を構えているのを見たこともある。

まぁ、言うたらオープンなんだろうな。
写真の彼女も、ちょっとした小物やアクセサリーか、ジョギングシューズでも選んでいるような顔で、バイブレーターを選んでいる。満面の笑みだ。きっと気に入った奴に出会えたんだろう。

日本で女性が、独りでこの態の店に入って、ニヤニヤしながらバイブレーターを選んでいたら、痴女とか変態とか思われちまうだろう。
何故だろう?女性が自ら快楽を追求しちゃいかんのかね?
そこで俺は考える。ふむ、この日本では、あくまでも女性は性行為に対して受動的なことが求められているんだろう。その証拠に、男がセックスを好きだと『好色』と言われるが、女の場合は『淫乱』とそしられる。淫乱な男なんて表現、寡聞にして聞いたことがないぜ。
女性は、性行為の主体、快楽追及の主体ではなく、男性の欲望の対象、男性の快楽追求のためのパートナー。そんなふうに思われているんじゃないのか?
そういえば、近年ホストクラブってのはあるけど、女性が行けるような女性向けの風俗店てのは聞いたこともないよな。

うむ、それはそれでいかんのじゃないか?女性だって男性だって、同じ人間じゃないか?

もっと考えると、女性のほうが男性よりも一段劣った存在という意識が、依然としてあるのかもしれないぞ。
先日の東京都議会でのセクハラ野次の件も、かつて自民党の偉いさんが、女性を『産む機械』と発言したこと然りだ。
臭う、臭うぜ。夜勤明けで、シャワーを浴びずに眠りこけていた俺の体がではない。
この日本の社会の根底に何やら女性を一段低く見る風潮が、蔓延っている気がするぜ。

日本の女性の社会進出の低さは、先進国中最低も最低だ。
世界全体でもかなり遅れているほうだ。
この国では女性の総理大臣なんて、当分出てきそうにない。
俺は女の人に任せた方が、世の中上手くまとまると信じているんだがな。

いやもっと普遍的に、日本の奥さん連中が配偶者を『旦那』とか『主人』とかって、何の抵抗もなくよんでいるわけだが、俺はいつも『おいあんた、奴隷じゃないんだからその呼び方やめろよ』って心の中で舌打するのさ。
寿退社、女性の再就職のしにくさ、専業主婦、何故かスーパーのレジはおばちゃんばかり。
同じ仕事をしていても、女性のほうがなぜか給料が低いとか、数え上げたらきりがないぜ。

うむ、日本人は女性を半人前にしか扱ってないってことか?

だとしたら、女性が一人でバイブレーターを買って楽しんだり、アダルトグッズを選んで使って、パートナーとの新しい楽しみを提案してみたりといった主体的な行いが、この日本ではなんとなく忌避されるんじゃないかって予想される(まぁ統計とったりしてないからね)のも、なんとなくうなづける。

しかし、ヨーロッパ人は全く違うな。ある意味、大したもんだぜ。
どっちが良いの悪いのってことじゃなく、このヨーロッパ人の平等さとあけすけさってのは、俺は結構好きだ。ことセックスに関しても、性にまつわる物事特有のじめっとした背徳感がなくて、むしろスポーツって感じがするよ。

海外でこういう店に出会うたびに、一度入って覗いてみたいなと思うけど、いつもカミサンが一緒なんで、なかなかおいそれと入りにくいものさ。
まぁ、そこいらあたりが、俺が日本人って証しなんだろうな。

読者諸君、失礼する。一枚の写真から、今日も妄想が広がってしまったぜ。世界は読み解かれるのを待っている。

2014/07/16

Post #1197

Praha,Czech
もうなんだか、無茶苦茶忙しんだよ。おちおち寝てる暇もないほどだ。FIXしなけりゃならないことが山盛りだ。
冗談じゃないぜ、こんなんじゃストレスで煙草の本数ばかり増えちまう。禁煙なんて夢のまた夢だ。

仕方ない、君たちにお送りできるのは写真だけだ。みんながおんなじ方向を見てると、ふと反対を向いて、そんなみんなの頓馬な姿を見てみたくなる俺なのさ。金子光晴のおっとせいという詩を思い出したよ。俺は反対を向いてるだけのおっとせいって奴だ。

読者諸君、失礼する。そういえば、精力剤で『おっとぴん』っていうのがあったなぁ。

2014/07/13

Post #1194

Praha,Czech
ビジリドゥー。

美尻どう?ではないぜ。

そのボエボエ・・という低く響いた音色を聴くと、誰もかれもやる気がなくなってしまうという不思議な楽器。
かつて、ソビエト軍の戦車によって蹂躙され、かつまた共産主義政権崩壊の日には、多くの熱狂的な市民によって埋まったバーツラフ広場に、ビジリドゥーの音色が響き渡る。

読者諸君、失礼する。俺も常々、こいつを一本欲しいと思っているんだ。真面目くさった奴らを、脱力させてやりたいのさ。

2014/07/12

Post #1193

Praha,Czech
ちょうど一年前、旅行でプラハにいた。
ブダペストから電車でプラハに行ったのだが、この移動中に愛用のタブレットを壊してしまった。
カバンの中に入れておいたら、いっしょに入れておいたペットボトルの口が緩んでいて、水浸しになり、水没状態になってしまったのだ。
それから一年。保障によって代替機に代わった俺のタブレットは、仕事に趣味にそこそこ健闘してくれていた。とりわけ、年齢とともに細かい字の見えにくくなった俺には、重宝すること限りないのだ。
何しろ、図面が見えないんだからな。3なのか8なのか、5なのか6なのか、薄暗い現場の中で、細かい寸法の並ぶ図面を見るのは、中年にはつらい。
そこでタブレットの出番だ。
PDFに変換した図面を、スイスイと拡大して寸法やおさまりを確認しているってわけだ。
老眼鏡かタブレットか。それが問題だ。
俺としては、老眼鏡なんてまだまだ御免蒙るぜ。如何に一昔前ならば初老という年齢に差し掛かったとはいえ、正直気が進まないぜ。
だから、そんなおれにタブレットは欠かせないんだ。マストアイテムだ。


因みに言っておくと、俺はいつだって反主流派だから、タブレットもiPadではない。
携帯もタブレットも、ソニーのエクスペリアだ。

みんなと同じじゃ、一般大衆に埋もれてしまうぜ。それは面白い事じゃないだろう。

未だにカメラだって、デジカメよりもフィルムだ。
そのフィルムカメラだって、多数派のライカではなく、通好みな反主流派の巨頭コンタックスだ。
好きな思想家は、反体制の巨頭と言われた市井の一大衆、吉本隆明だ。
好きなバンドは、ビートルズでもストーンズでもなく、ザ・フーだ。ちょっと古いか。
好きな政党は、圧倒多数の自民党では断じてなく、共産党だ。
多数派が民主主義を形成しているのではないんだぜ。多様な意見を持つ少数派の存在こそが、民主主義社会を支えているのだ。
そうじゃなかったら、一党独裁の中国共産党や、戦中のナチスや大政翼賛会になっちまうだろう。
少数派がその持つべき権利と尊厳を失わず、少数派たる矜持を持って生きていける社会こそ、真に民主的な社会だって言えるだろう。異論を排除してはいけない。しかし、日本の社会風土から、異論を認める寛大さが失われてきている。朝日新聞は、いつだって媚中派とか反日新聞と言って叩かれている。

勝ち戦の尻馬に乗るようなみっともない真似ができるかと、花の慶次こと前田慶次郎も言っていたぜ。そんなのは、玉無し野郎のするこった。俺のはデカいらしい。

タブレットの話から、ずいぶん風呂敷が広がってしまった。

そのご愛用のタブレットをですね、今朝、現場の机の上からコンクリートの床にしたたかに落としてしまった。使えることは使えるのだが、コーナーはへこみ、ガラスはひびが入っている。
いやぁ、まいったなぁ。さっそく修理の手配をしたぜ。

ちょうど一年前、ぶっ壊したんだよね。水没に落下。来年あたりは火だるまかもしれないな。ある意味、楽しみだな。

読者諸君、失礼する。やっぱり老眼鏡を買った方がイイってことかな。

2014/06/19

Post #1171

Praha,Czech
本日、28カットプリント。
毎日、引きこもってプリントしています。
昨日、スランプ気味と言っていたけれど、スランプなんてものは、しょせん無理矢理でも数をこなさないと、何ともなりはしないんだ。
読者諸君、失礼する。