ラベル Bruxelles の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Bruxelles の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015/11/18

Post #1680

Bruxelles
人生にウンザリしたら、日々の単調な暮らしに倦み疲れたら、旅に出るべきだ。
もしくは、誰かと恋におちるか?

どちらも、ある意味で未知との遭遇だ。

お互いに片言の英語を使って、何とか意志を通じ合わせるのは、愉しい。見知らぬ街の普通の人々がやってくるような飯屋で、なんとか注文し、うまいものにありついたあの瞬間の充実感!

今までの生きてきた道程も、人生観も違う異性と、心をより合わせていくのも愉しい。そういえば、男と女の間では、言葉が通じない国に行ったかのように、思いを伝えあうのは難しいしね。
言ってくれなきゃわかんないとか言いながら、言ってみたって本気にされなかったりもするしな!

そういえば、俺のことを『港みなとに女がいるタイプ』と評した人がいたけれど、いったい俺の何処がそう見えるのか?自分じゃぜんぜんピンとこない。まったくの謎だ。

どちらも、指先と心の乾ききった中年男性たる俺の心を、少年の頃のように瑞々しくさせるだろうよ。これ以上にワクワクすることなんか、世の中にあるとは思えないね。

ブラジル、ニューヨーク、インド、シベリア、ボルネオ、チベット、サハラ砂漠・・・。
俺は行ってみたい場所を次々思い浮かべる。

あぁ、本だのCDだの家財道具の一切を始末して、帰ってこない旅に出るのも、悪くないかもな。
おっと、冥途の旅路は御免蒙るぜ。
こればっかりはいつか必ず行く道だからな。急ぐこたぁねえのさ。

読者諸君、失礼する。旅行に行きたい。カメラをもって。できうればカミさん以外の素敵な女性と!(笑)

2015/07/25

Post #1571

Bruxelles,Belgium
Billy Bragg
The Milkman Of Human Kindness

If you're lonely, I will call
If you're poorly, I will send poetry

I love you, I am the milkman
Of human kindness
I'll leave an extra pint

If you're sleeping, I will wait
If your bed is wet, I will dry your tears

I love you, I am the milkman
Of human kindness
I'll leave an extra pint

Hold my hand for me, I'm waking up
Hold my hand for me, I'm waking up
Won't you hold my hand? I'm making up
Hold my hand for me, I'm making up

If you're falling, I'll put out my hands
If you feel bitter, I will understand

I love you, I am the milkman
Of human kindness
I'll leave an extra pint




I wanna be Your Milkman of Human Kindness.

My Dear, Good Night, Good Sleep.

2015/02/11

Post #1407

Bruxelles
差別的だと言って、事勿れ主義国家日本では闇に葬られた童話『ちびくろサンボ』に、虎バターって出て来たじゃない。
サンボが虎から逃げるために上った木の根元で、三匹の虎が相争ってグルグル回るうちに、溶け合ってバターになっちまうって奴だよ。
覚えてるかい?
俺はいつも思うんだけど、この人生ですっげー性的な女性に出会うことが出来たとして、それでもう、ベッドの上にウサギが20匹くらい跳ねまわってるくらいに、もうこれ以上は限界ってくらい頑張ったとするじゃないか?
その過程で、自分と相手の汗も血も、内臓も骨も、過去の嬉しかったことや悲しかったことも、すべてベッドの上にぶちまけて、意識も飛ぶようなスゲーのかますして交わることが出来たらなぁと、思い続けてるわけなんだ。

不謹慎だって?

この世の中でそれ以上に心躍ることなんて、そうそうないだろう?
ランボーの詩じゃないけれど、永遠と溶け合うような瞬間たぁ、自分の殻がはじけたときにやってくるんじゃないの?今のこの瞬間を、すなわちたちまち『永遠』にするわけよ。
とはいえ、そういうのまたすぐやりたくなっちまうんだろうけどな。
夢を見るくらい、イイじゃないかよ。
で、その挙句に相手の女性と、『ちびくろサンボ』の虎バターみたいに溶け合ったような意識になれたら、互いの存在がお互いのなかに繰り込まれて、楔のように抜きがたいつながりが出来たなら、
そりゃもう死んでも悔いはないって思えるよ。
離れていても、お互いのことを身近に感じることが出来るくらいにね。
そうなりゃ、真っ暗な夜道も、独りきりで戦うことも、きっと怖くはないのさ。

読者諸君、失礼する。そんなの一生に一回と言わず、せめて月に一回くらいはあるとしあわせだよなぁ・・・。男冥利に尽きるぜ。

2015/01/20

Post #1385

Bruxelles
ヨーロッパの各地で、反イスラムのデモが起こっている。
ドイツ東部では、数万人規模のデモが起こっているという。
俺は、悲しいような気分になる。思わず荒野に立ちすくんでいるかのようなさみしさだ。

ヨーロッパの歴史は、古くはウマイヤ朝によるイベリア半島占領から始まって、千年以上にわたってイスラム勢力圏とのせめぎあいの歴史だ。ウィーンはオスマントルコに包囲されたこともあるし、ハンガリーやギリシャはオスマン帝国領だった時期もある。また、中世にはエルサレム奪還を目指して、多くのヨーロッパ諸国が中東に兵を送り、当時はヨーロッパよりも進んだ文化を持っていたイスラム教徒と激しい戦闘を繰り広げた。ちなみに、その頃のイスラム教徒は、古代ギリシャ文明を継承し、その自然科学や哲学を発展させることで、キリスト教会のもとでそれらを破棄してしまったヨーロッパ人よりも、はるかに進んだ文化を持っていたんだ。
ちなみにヨーロッパに、古代ギリシャの文化的態度が復活するのには、ルネッサンスまで待たねばならなかった。

そして、現代では多くの北アフリカやトルコ、中東出身者が移民としてヨーロッパに定着しており、その比率が増していけばいくほど、社会に軋轢が生じている。
実際に、ヨーロッパの国々の街角を歩いてみれば、明らかにイスラム教徒といった人々を、容易に目にすることが出来る。フランスやベルギーでは、北アフリカから来たとおぼしき人々の姿をしばしば目にする。
これが、ドイツになると、行ったことはないのだが、トルコ系の人々を多く見ることが出来ることだろう。

俺たち人間というのは、違う価値観を持つ者をなかなか理解しようとはしない。
理解することなく、単に外見や習慣の違いから誤解を深め、溝を深めていく。それに経済的な格差や教育の機会の不均衡が加われば、溝はますます広がっていく。

日本でも、かつて日系ブラジル人のコミュニティーと地元住民の軋轢が報じられたりした。また現在でも、在日韓国及び朝鮮人に対するヘイトスピーチが問題になっているが、ヨーロッパの問題の根は、イスラム教とキリスト教の長年にわたる抗争の歴史があるため、より根深いんじゃないかなと容易に想像できる。
誰だって、自分の属する文化がサイコーだって思っているはずだ。
身近に目を向けてみれば、今の日本には、日本人は素晴らしい、日本はサイコーだといった類の本が溢れている。けれど、俺にはそれは、自信の無さの裏返しに見える。


俺は、自分の抱いている遠大な理想と理念、そして現実の間に横たわるギャップに、呆然とするんだ。
ほとんどアンドロメダ星雲に向けて、自転車かなにかで出発したような気分だ。


俺がインドネシアやモロッコやトルコで出会ったイスラム教徒の人々の多くは、人懐っこく、誠実な人々だった。俺が片言のアラビア語で話しかけると、とても嬉しそうに笑うんだ。
礼拝の時間を告げるアザーンは、力強く、かつ美しい旋律と響きを持っていた。

モロッコのホテルで出会った写真の彼らは言っていた。
ヨーロッパ人は、決してアラビア語を話して接しようとはしない。その態度は自分たちを一段低く見ているように感じると俺には聞こえた。まるで、召使に接するように振る舞うヨーロッパ人だっているんだろう。
君たち日本人が、こうしてアラビア語を使って話しかけてくれることは、とてもうれしいと彼らは言ってくれた。そしてまた、あなたたちは友達だ、と彼らは言ってくれた。
Marrakech,Morocco
ひとりひとりの人間に、一個の人間として向き合えば、そして互いにそれぞれの文化を理解し、尊重する姿勢を持っていれば、きっとお互いに違いを見出すことよりも、共通するところを見出すこと多いはずだ。
だって、考えてみてくれ、どんな文化に属する人間だって、嬉しいときには笑い、悲しいときには涙を流すんだぜ。頭に来た時には、怒った顔になるもんだ。不思議じゃないか?
けど、それが人間なんだ。みんな同じ赤い血が流れてるんだ。
きっと分かり合えるさ。

そして、俺はそういうことが出来る人間の方が、異物を排除する人間よりも、面白い人生が送れるように思うし、より強く、より優しい人間だと思う。
それは何も、違う民族、異なる文化に属する人々の間の問題だけに関する話じゃない。
同じ日本でも、くだらない差別が、今でもたくさんある。
性、職業、階層、資産、出身、血筋、学歴、身体的な諸問題。
表面的になくなったように見えても、それは巧妙に隠されているがゆえに、より深く根腐れている。

俺は無力な一個人だ。
出来る事なんて、ほんと何もないに等しい。
けれど、一つだけ君たちに言えることがある。

まずは、自分の目の前の人間に、誠実に接することから始めよう。
相手を一人のかけがえのない人間として、理解しようと努めよう。
すべてはそれからだ。

とても大事なことだから、もう一回行くぜ!

目の前の人に、誠実に接することから始めようぜ!

読者諸君、失礼する。誤解が解けたら、理解を深めよう。

2015/01/19

Post #1384

Bruxelles
サザンの桑田が、紫綬褒章を貰って、それを聴衆の前で披露して、オークションにかけるようなふりをして批判されている。
俺は、サザンに興味がないので、それに関してどうこう言う立場ではない。
けど、桑田自身、たんなる演出ですと言いながら、オーディエンスの前にちょび髭をつけて出てきてみたり、政府の安全保障政策を皮肉っていると取られるような歌詞を紅白で歌ってみたりと、最近面白いことをやっているなぁと思っていたのに、なんだか残念な気もする。
もっとも、俺の愛する今は亡き忌野清志郎なら、そもそも紫綬褒章なんてもらえる訳もないし、貰えることになっても、辞退していただろう。
ロックとは、反体制の音楽であったはずなのに、体制に認められてしまったなら、権力者のポチに成り下がってしまうじゃないの。すくなくとも、自分が批判し続けてきた相手に、名誉な賞を与えられるというのは、俺なら御免だ。権力者の皆さんには、ぜひとも目の上のたんこぶのように鬱陶しく思って欲しい。
ロックは昔は、不良の音楽だった。ロックなんか聞いてる奴はロクでもない奴だった。俺の周りにもそんなロックなロクでなしはたくさんいた。
愛すべき馬鹿野郎たちだった。
きっと、桑田はロックではなくて、ポップミュージック、つまり大衆音楽だったということだと思うことにしておこう。なにしろ名誉ある紫綬褒章だからな。国家権力のお墨付きなんだ。
ロック60年の歴史で、ロックが体制にすんなり取り込まれてしまったことで、そのエネルギーは明らかに減衰している。
悲しいことだ。
実際、俺が好んで聞くのは60年代から70年代にかけての、ロックの黄金時代の曲ばかりだ。
ロックよ、長生きするんだ!

かつて、イギリスの首相だったトニー・ブレアが、ザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガーに、ナイトの称号を与えたことがあった。2003年のことだ。ストーンズの活動40周年を機に送られたという。
授与理由は長年にわたる『ポピュラー音楽への貢献』だ。ポピュラー音楽だ。
もう一度言おう、ポピュラー音楽だ。

これに対して、ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズは猛反対した。
キースの言い分はこうだ。
『俺は勲章の授与なんて馬鹿げたことだと思ったよ。そんなことはストーンズらしくないぜ、だろう?俺はクソ忌々しい冠をつけて、きざなアーミン(オコジョのことだよ)の白い毛皮をまとった誰かさんと、ステージに上がるのなんて御免だね。俺はミックに言ってやったよ。「そいつは糞喰らえの無価値な名誉だ」ってね。』

これに対して、ミックは『キースはアイスクリームが欲しくて泣き叫ぶ子供だ。彼も本当は欲しいのさ』と反論していたという。

確かにミックとキースのグリマーツインズは、コインの裏と表のような関係だ。ミックはまさにポップだし、キースはロックを体現したかのような人物だ。
どちらの言い分が正しいかは、それぞれの考えることだろう。
そして、このやり取りは今回の一連の出来事のよしあしを、もう少し深く掘り下げてみる材料になるようにも思うんだけど、どうかな?

名誉ねぇ・・・。俺にとって、名誉だと思えるのは今まで縁のあった人たちが、とりわけ関わりのあった女の子たちが、俺のことをいつまでも忘れず、出来たら大切な思い出にしていてくれることだね。それに尽きるよ。君たちに愛される一匹の風来坊で無頼漢でいたいのさ。

読者諸君、失礼する。
まぁ、俺が何を言おうが、やっかみにしか思われないってのが寂しいところなんだけどね。

2014/12/24

Post #1358

Bruxelles.Belgique
世間では、今日はクリスマスイブだ。
しかし、悲しいかな、店舗屋稼業の俺には、全く関わりのねぇことでござんす。
当然のように、今夜も明日の夜も、夜通し仕事なんだ。
子供もいないし、今更かみさんにプレゼントを渡すなんてのもないんであります。
侘しいものでござんすねぇ・・・。

クリスマスにちなんで、気の利いたことの一つでも言えたらいいのだが、俺にはそんな才覚もありゃしない。そもそも、イエス様のこともろくに知らないくせに、クリスマスだなんだって大騒ぎする日本人の風潮が、俺には鼻持ちならないんだ。勝手にしろって言いたい。イエス様を商売のネタにしてほしくない。申し訳なくて、泣けてくる。

こう見えて、俺はキリスト教系の幼稚園に通っていた。キリスト教徒ではないけれどね。
そのおかげで、あまりよくわからないなりに、幼心に旧約聖書のさまざまなストーリーや、新約聖書に記されているイエス様の生涯が、自分の根深いところに刻印されている。
強い向かい風の中を歩むときには、必ず子供の頃に見た「イエスの復活を聞いて、イエスの墓地に確かめに向かう使徒」を描いた銅版画が脳裏によぎる。すでに40年も経つというのに、忘れることはできない。

イエス様の言葉では、山上の垂訓が好きだ。
キリスト教徒でない人には、馴染みが薄いだろうからその出だしだけでも書いておこう。
とんでもなく有名なあれだ。

『こころの貧しい人たちは、さいわいである。
  天国は彼らのものである。
悲しんでいる人たちは、さいわいである。
  彼らは慰められるであろう。
柔和な人たちは、さいわいである。
  彼らは地を受け継ぐであろう。
義に飢えかわいている人たちは、さいわいである。
  彼らは飽き足りるようになるであろう。
あわれみ深い人たちは、さいわいである。
  彼らはあわれみをうけるであろう。
心の清い人たちは、さいわいである。
  彼らは神を見るであろう。
平和をつくり出す人たちは、さいわいである。
  彼らは神の子と呼ばれるであろう。
義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである。
  天国は彼らのものである。』

この山上の垂訓の中には、有名な右の頬を打たれたら、左の頬も、とか汝の敵を愛せとか、善行を他人の目の前で行うなとか、イエス様の教えのエッセンスが凝縮されている。マタイによる福音書、第5章から7章にある。
クリスマスだと言って、浮かれているだけでなく、一度君も読んでみるとイイだろう。
それは君の人生を、より深いものにしてくれるだろう。
間違いない、約束するぜ。
俺は、こんな罪業深重な自分ではあるけれど、それが故に、ふとイエス様のお言葉を想い出し、罪業深重なるがゆえに、ふとした折に、イエス様が俺のそばにいるような気配を感じる。きっと、子供のころ、クリスマスには『♪わたしは小さな羊飼い・・・』と歌っていた頃から、イエス様は俺のことを御存じでいらっしゃるのさ。
イエス様は、教会の祭壇のなかにいるのではないのだ。
俺や君のようなごく普通の、心貧しい人の、悲しみにくれる人のすぐそばに、そっと寄り添っているのだ。
(今回の引用は日本聖書協会の1984年版から行った。)


読者諸君、失礼する。よいクリスマスイブを過ごしておくれ。俺は相も変わらず愛も分からず、夜の百貨店で男祭りさ。

2014/09/25

Post #1268

Bruxelles
お喋りするのは退屈で、物の本質を誤らせるだけだと思えるときがある。

せめて地に足の着いたことを話すべきだ。

そう思えるということは、このブログも、そろそろ曲がり角なのか。

読者諸君、失礼する。今から車を転がして、男の仕事に出撃せねばならないんだ。

2014/07/04

Post #1185

Bruxelles
先日の東京都議会での野次の一件で、政治家のセンセーってのは、時代錯誤もはなはだしいというか、下らない奴らだというのが再認識されたわけだが、兵庫では300万円もの使途不明金がありながら、日帰り出張をしたと称し、一枚の領収書も残していなかった議員のセンセーが、カメラの前で号泣しながら大声を張り上げて、身の潔白を叫んでいた。

普通の会社でなら、領収書もナシで旅費交通費は清算してはもらえない。券売機などで領収書が出ないのなら、しっかり出金伝票を書き起こして請求しなければ、一円だって貰えないだろう。

税務署に査察されたりしないんだから、金銭の管理をおろそかにするような人間に、たとえ県政とはいえ、政治をゆだねてもいいものだろうか?
しかし、そんな奴は日本全国津々浦々にごまんといるだろう。
彼らの報酬や活動費は、トーゼンのように我々の税金から出ている。
多くの市民の税金を使って活動しているんだから、単なる報酬だと思わず、一円たりともおろそかにしてはいけないと、肝に銘じてもらいたいもんだな。
何しろ、あのサルコジだって、疑わしいところがあるってんで、拘束されちまったんだぜ。ビシビシ厳しくやってもらいたいもんだ。

とかく政治家のセンセー方には、世間一般の常識を持ち合わせていない手合いが多いように見受けられる。おかげで、日ごろ付き合いのある、大企業の偉いさんたちの顔色を窺ってばかりで、庶民の暮らしぶりに対する、知識も共感もありゃしないんだろう。

こんなくだらない話は聞きたくないんで、とっととあらゆる政治家に対して、会計士とか税理士の監査を義務付けてほしいものだ。
人格低劣で、なおかつ金をちょろまかす。そういうのを世間では泥棒というのさ。

読者諸君、失礼する。日本の政治家は、どいつもこいつも世間知らずで、不勉強だ。

2014/05/04

Post #1125

Bruxelles
本日、写真のみ。
読者諸君、失礼する。フィルムがなくなったら、写真なんてきっぱりやめようと思う。

2014/03/11

Post #1071

Bruxelles
今日は何を言っても、嘘くさくなりそうで、写真のみ。
俺には、何かを言う資格もないと思える。
読者諸君、失礼する。

2014/03/08

Post #1069

Bruxelles
ブリュッセル、アルベルティ―ヌ広場に、マドレーヌ通りが交わる交差点。
少女が、足にコーラの空き缶をはめて、カポカポ言わせながら遊んでいた。
子供らしい無邪気な遊びに興じているのか。
それとも、年の割には大人びて見える表情のままに、内心すでにあらゆるものに倦みつかれていたのか。
過ぎ去った春の夕暮れ。ふと懐かしく俺は思い出す。
読者諸君、失礼する。アマゾンで買った印画紙と定着液が届いたんだ。そろそろ、本気を出して写真に取り組むか。くだらない仕事には、見切をつけるとするかな。

2014/02/12

Post #1045

Bruxelles
本日、写真のみで失礼いたす。
例によって寝起きで頭が全然回っていないのだ。これといって、憤慨するようなこともなけりゃ、とやかく俺がいうべきこともない。そもそも、そんなことをしたってごまめの歯ぎしりだ。大勢に影響なしだ。
読者諸君、失礼するぜ。俺は自分の人生を無駄遣いしてるのさ。生きるためとはいえ、そんな生活、生きているという実感が薄いな。

2013/10/25

Post #978

Bruxelles
Hope I die before get old

from"My Generation" The Who

読者諸君、失礼する。人生五十年だ。

2013/10/17

Post #970

Bruxelles
台風が来るごとに、秋らしくなっていくことだろう。
秋の頃の女の子のファッションが俺には好ましいのさ。
夏は露出が多すぎて、想像力の働く余地がない。
冬は誰しもすっかりコートで覆われて、面白くない。
春より秋の色使いのほうが、内に秘めた官能性を感じる。
そんなわけで、やはり秋だな。
それはそうと、ヨーロッパのおねーちゃんは、日本人のおねーちゃんと違って、なんだか足腰たくましいぜ。肉がパンッと詰まって張ってる感じがするぜ。

読者諸君、失礼する。まぁ、どうでもいいことか?

2013/04/22

Post #791 最近俺、忍耐力がついてきたよ!

Bruxelles
仕事で不愉快きわまることがあった。
不愉快なことはいつものことだ。しかし、不愉快きわまることはごく稀にしかない。何があったかは言わないし、言っても仕方ない。君たちには何ら関係の無いことだ。
しかし、日本のサラリーマンのおっさんには、クソみたいな人間がいるということを、嫌という程見せつけられた。自分の言葉に、何の責任も負わず、言いたい放題間違ったことを言ってのける。ほとんど、罵倒する勢いでだ。
そして、自分の非が明らかになっても、謝ることもしない。
何事もなかったかのように、平然としている。
俺のカミさんの推計によれば、そんなクソみたいなオッサンは、日本中に1000万人いるだろうってことだ。そんなに少ないのか?俺には3000万人くらいいるんじゃないかって実感があるぜ。
俺は、腹の中が怒りで煮えくり返っている。図面を握りしめる手には、リンゴをジュースに出来そうなほどの握力が込められている。そのまま、そいつの顔にめり込ませてやりたいほどだ。つま先に鉄芯の入った安全靴を、減らず口に蹴り込んで、その歯を全て叩き折ってやりたいほどだ。そいつの口を、血塗れの穴にしてやりたい。二度と舐めた口がきけなくなるように。
しかし、俺はこう見えても大人だ。何でもなかったような顔をして、そうですかとその場を切り抜けよう。
高校生の頃なら、躊躇せずやっていたかもしれない。俺はあの頃から、そんな大人を軽蔑し、毛嫌いしてきた。ちくしょうめ!せいぜい会社っていう小さな村社会での出世を気にしてるがいいさ。そんな人間性じゃ、あんたの人生、課長どまりさ!毎週毎週、週刊ポストか週刊現代でも読んで、毎朝毎朝、日経読んで世の中のことがわかってるような顔をしてるがいいさ!
ケッ、小さな人間だ。小さすぎて話しにもならねぇ。
虫けらを叩き潰すように、叩きのめしてやりたい。
しかし、44歳にもなったら、我慢も必要だ。第一、自分の内なる声に従っていたら、とっくに刑務所行きか、自殺してるだろう。
抑えるんだ、俺。
俺の目は、怒りに染まっている。血走り、眉間には皺が寄り、唇は噛みしめられ、歯型が刻み込まれている。激しい怒りのあまり、目の奥が痛くなってきた。脳溢血になりそうだ。

一つだけ言えることは、俺は生涯、そいつの勤める会社の商品だけは、絶対に買わないってことだ!
自分とこの商品の収まりすらわからないような奴が、デカい顔をしているデカい会社だ。
憶えてろよ、バカヤロー!
俺は生涯、今日のことは忘れないぞ!

読者諸君、失礼する。 

2013/03/14

Post #752 いい女を見ると口より先に・・・

Bruxelles
むかし、鮎川誠(若い人は知らないかもしれないな、福岡出身のいかしたロックミュージシャンだよ)のシーナ&ロケッツの歌に、
♫Oh Yeah!俺はバックドアマン、ヤバいことが大好きさ
 いい娘見つけりゃ、口より先に、マジックサムが踊り出す・・・、♫
なんて歌があった。もう何十年も聴いていないので、多少間違ってるかもしれない。
しかし、一体ぜんたい、あのLPはどこに行ってしまったんだろう?
もう30年くらい前に出たアルバム、ニュー・ヒッピーズに入っていた曲だった。今じゃ当然廃盤だろうよ。残念だ。あんなすばらしいバンドのLPが売っていないなんて、日本はどうなってるんだ。
その当時は、マジックサムっていまいちピンとこなかったが、充分すぎるほど大人になってしまった今の俺には、それがチンだってことがよく解る。
で、俺の場合はいい女を見ると、口より先にカメラが動き出すってことさ。
カメラを持ってないと、どうにもこうにも落ち着かないよ。きっと、チンを家に置き忘れてきたら、どうにもこうにも落ち着かないってのと同じなんだろうな。いや、もちろんチンは脱着可能じゃないけどね。
それにしても、あのシーナ&ロケッツのアルバム、いったいどこに行っちまったんだろうなぁ?無性にもう一回聞きたいもんだ。
♫あなたに飛べる羽根がないなら、僕のスペアを一つあげよう♫
なんてべったべたの歌詞を、博多弁なまりなのか、独特のスタイルで歌う鮎川真のヴォーカルが、無性に懐かしいんだけどね。

読者諸君、失礼する。そろそろ仕事に出かけなくちゃならないのさ。

2013/03/02

Post #741 時間だけが過ぎてゆく

Bruxelles

3か月分の伝票をパソコンに入力するだけで、一日が暮れた。
やらねばならないことは、山ほどあるはずなんだが、どこか漠然としているんだ。どうも夜の仕事が続いたおかげさんで、体内時計がおかしくなっているような気がする。集中力が保てないんだ。こんな夢か現かわからないような調子では、まったくだめなんだ。もっとも、そんなに仕事如きに集中して取り組みたいと思っているわけでもないんだがね。
また、月曜日から殺人的なスケジュールで仕事が始まる。そうなるとまた、一か月休みなしだ。ほとんどが夜仕事だろう。
ゆっくりプリントってのは、まだ当分お預けってことだ。やれやれ。
いったい俺は、どうしちまったんだ?
少なくともいえることは、仕事のし過ぎってことだな。

読者諸君、失礼する。

2013/02/09

Post #722 Catch The Cold

Grand Place,Bruxelles
風邪をひいてしまった・・・。
休みになると必ず体調を崩すのは、一体全体どうしたことだろう。昨日、風呂のなかでうっかり眠ってしまって、お湯が冷めきってしまったのが良くなかったのか?しかもそのあと、ふと気になって、ネットで∀ガンダム第一話を見ていたのがいけなかったのか?
気が付いたら朝の6時だったしな・・・。
人生が台無しなカンジがする。イロイロやりたいことも、やっておかねばならないことも山積みだというのに。
まったく、悲しくなってくるぜ。

読者諸君、失礼する。とっとと休ませていただくぜ。

2013/02/04

Post #717 Rue de Bouchers,Bruxelles

Bruxelles
今日は目が疲れた。一日中パソコンを見て働いていた。世間のサラリーマン、OLの皆さんのご苦労がしのばれる。みんな、大変だよね、ほんと。こんなことばかりやってちゃ、そのうち遠近両用メガネのお世話になるようになりかねん。格好悪いったらないぜ。
唐突ではあるが、実は俺、歌舞伎の見得を真似することが好きなんだ。
今日は市川団十郎が死んだこともあって、TVで在りし日の団十郎が大見得をきるシーンが流れるたびに、目をカッと見開いて鼻の頭を見る要領で寄せ、両手を開いて首を曲げ、見得を切ってみたりしていた。まぁ、50回くらいはやっただろうか。うちのカミさんにはズイブンと鬱陶しがられたが、俺は生憎、鬱陶しがられると、思わず調子にのってやり続けるという性質を持っているために、うちのカミさん、終いには怒ってたな。
まぁ、イイ。見得を切るのは俺の108の必殺技の一つなんだからな。
そのうち仕事で、値切るように言われたときに、一丁、大見得を切ってやろうかと画策しているんだが、楽しみなこった。
そうこうしていたら、目もほぐれたし、肩こりもずいぶんと楽になったぜ。
君もオフィスワークに疲れ果てたら、事務所で見得でも切ってみるってのはどうだろうかねぇ?

読者諸君、失礼する。とっとと切り上げないと、風呂に入れって怒られちまうぜ。

2012/12/07

Post #663 俺達国民が試されているんだ

日本全国が国政選挙で沸き返っている。
候補者は旧態依然のスタイルで、街宣車で街を走り回り、各種団体に支持を訴え、何とか当選しようと躍起だ。しかし、その言葉はなかなか俺達国民の心には届かない。耳に虚しく響くだけだ。
俺達国民の間には、どうせ誰に政権を任せても同じだという諦めがわだかまったいる。
けれど、今本当に試されているのは、俺達国民のひとりひとりだということだ。
俺達は既に政権交代も経験した。そして、それに伴う失望も味わった。何より、去年の震災によって、この日本はすでにもう震災以前には戻ることのできない歴史的なステージに踏み込んでいるっていることを、漠然と感じている。
どんな政党を選び、誰に今後の日本のかじ取りをゆだねるのか?それは政治屋さんにかかっているのではないんだぜ。圧倒的多数の無名の国民一人一人に与えられた、唯一の政治参加の機会、つまり選挙権の行使によって、俺達国民一人一人が選んでゆくことなんだ。
そうだろう?違うのかい?それが世界の常識だぜ。
俺の好きなアメリカの無頼派作家ブコウスキーは『この世の中には2種類の政府しかない。悪い政府ともっと悪い政府だ』と、とことん政治に絶望した事を言っていた。
残念ながら、俺もそう思う。
けれど、その絶望と諦めの中からも、真剣に考え、何かを選び、自分たちの社会の方向性を、俺たち自身の手で決めてゆかねばならないんだ。
そう、本当に試されているのは政党や政治家ではない。
俺達国民の一人一人が、どんな未来を望んでいるかということだ。
目の前の甘い話に踊らされることなく、耳に心地よい勇ましい発言に流されることなく、真剣に未来と向き合ったうえで、今回の選挙に投票してほしい。
Bruxelles

新聞等の報道を見れば、自民党が、クソッ!あの日本最強の利権集団・自民党が最も国民に支持されているという。
呆れてものが言えないぜ。
こんな日本に誰がしたのか、みんなもう一度考えてみようや。
赤字国債を永年にわたってバンバン発行しまくり、公共事業と称してゼネコン土建屋建築業者ばかりに金をばらまいてきたのは、自民党の皆様方なんだぜ。しかし、もうそんな時代じゃない。
今の時代は、人間が人間に対して、サービスすることが産業の主体になってゆく時代に差し掛かっている。例えば、介護や教育なんかは、その最たるものだろう。モノを作っては壊し、壊してはまた作るという、資源の無駄使い的なことではなく、人間が人間に対して奉仕してゆく、それによって生計を立ててゆくという時代が来ていると俺は感じているわけだ。
つまり、よく言われる(だけの)ことだけど、世の中とっくにハードから、ソフトの時代になっているんだよ。
彼ら政治屋さんには、そんなことは分かっていないんだろうか。性懲りもなく、今また選挙戦では、景気を良くするために、やるべき公共事業はやって行くと言っている。やるべき公共事業ってなんなのさ?
それだけじゃない。かつて首相の重責に耐え切れず、鬱病になってその重責を投げ出したボンボン政治屋を党首に据えた自民党は、憲法改正、自衛隊から国防軍への改組などきな臭い主張を繰り広げている。俺は憲法9条を護るべきだという政治的な信念を持っているので、彼らの主張には、絶対に反対だ。
いいかいみんな、一度自分たちの身の回りに引き寄せて考えてみろよ。押し入れに日本刀なんか隠し持っていて、隣近所ともめごとがあったら、すぐにそれをちらつかせたり、振り回したりするよう物騒な奴とは付き合いたくないだろう。そいつの隣近所は、庭の境界線を少しづつ動かして、自分の家の庭先を、掠め取っていくような奴だとしても、いきなり日本刀をぶら下げて出てって、『ごらぁ、何しとんじゃ、わりゃ』って怒声を浴びせるってのかい?
子供向けのマンガなら、それもありだろう。しかし、もめごとがあっても、辛抱強く交渉し、お互いの接点妥協点を探り、円満に解決してゆくのが大人の発想だ。
勇ましい発言は、不景気で抑圧された俺達国民には、心地よく響くかもしれないが、俺自身は、その手の発言には、とんでもないきな臭さ、危うさを感じているんだ。世間知らずのボンボンに、危ないおもちゃを与えてはいけない。
日本人は外交下手だ。江戸時代に長いこと引き籠っていたからだろうか。言わなくても分かるというような島国根性のなせる業かもしれないが、21世紀にそげなこと言うとっちゃあかんとです。
尖閣、竹島、北方領土、日本を取り巻く辺境には、領土問題が山積している。だからと言って、武力でカタを付けるってのは、地廻りの田舎ヤクザと何ら変わりがない。とことん話し合って解決するしかないでしょう。
また、近年の自民党の路線からすれば、彼らが政権を奪回すれば、母子家庭や低所得者など、弱者に対する行政支援は削減されていくことだろう。自助自立というのはたやすいが、それがままならない世の中にいったい誰がしたのかと言いたい。
政治のもっとも大きな役割は富の再分配だ。それを忘れてしまえば、それはすでに民主主義国家ではない。地主と小作人、女工哀史や蟹工船の世界だ。時計の針を逆さに回していくようなことは納得できないぜ。
その点は、橋下氏が率いる日本維新も同じようなもので、規制緩和によって景気を浮上させると言っているが、その規制緩和の中には、最低賃金の撤廃ってのも入っているそうだ。
絶句するしかない。
既に最低賃金が生活保護費を下回っている地域すらあるというのに。最低賃金を撤廃すれば、低賃金でも働こうという人間は、中国人とかばかりになってしまうことだろう。現にいまコンビニやファストフードの飯屋なんかに行ってみろ、店員は中国人ばかりだ。日本人はますます貧しく、ますます怠惰になってしまうぜ。俺はむしろ、最低賃金を引き上げ、雇用条件や性別年齢にかかわらず、同一労働同一賃金という、国際的には標準的になりつつあるルールに則って労働市場を整備するべきだと思うが、いかがなものかな。
そして、原発だ。今回の選挙で大きな争点になるのはエネルギー政策だ。
それは単に脱原発だの、原発維持だのということではなく、俺達一人一人の国民が、どのようなライフスタイルをもって生きてゆくかを選択することだ。
はっきりしているのは、もう原子力には頼れないってことだ。知ってるかい、この日本やアメリカの生活レベルを世界中に広めると、地球の資源は全く足りないんだぜ。地球があと6つくらい必要なほど、俺達は無駄使いしてるんだ。発展途上国の人々が、憤慨するのも分かるってもんだ。
景気を良くするのはいいけれど、俺たちの住むこの地球がダメになってまで景気を良くしても、意味がないだろう?かといって、江戸時代には戻れない。なら、どうするべきなのか?政治家を選ぶってことは、そんな大きな選択にもつながっていくことなんだ。
どうせ何も変わらないなんて、無力感にとらわれていたり、無関心でやり過ごしたりしてはいけない。自分自身や子供たちの世代のために、真剣に考えていかねばならないんだ。
俺ははっきり言って自民党には任せておけない。何故なら、かつて政権にあった自民党が、永年にわたってどれだけ好き放題やってきたか、その都度呆れ、憤慨してきたからだ。それでいて、責任政党だとは笑わせるぜ。笑止千万だ。責任を取らない責任者ってのは、俺のまわりにもよくいるが、責任を取らない責任政党なんて、冗談じゃないぜ。そんなことだから、政治に対して、誰も期待しなくなってしまうのさ。どうせ、誰を選んでもダメだって。
だから、のど元過ぎれば、熱さを忘れる的な自民党への支持率の高さが、日本の行く末を誤らせることになるんではないかと、本当に心配しているんだ。
皆の衆、もっと自分自身の考えで、将来を選んでくれ。選挙は政治家を選ぶことじゃない。自分たちの未来を選ぶことなんだ。よく考えてくれ!そう、とんでもないのを選んでみようぜ!
常識外れでも構わない。20世紀の常識はこの21世紀には通用しないんだ!
明日の常識は今日の非常識だ。俺達は大きな時代の曲がり角に立っているんだよ。
いっそ、俺が出てみればよかったかな?その時は読者諸君、応援よろしく!