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2018/12/02

Post #1712

東京2015
前回も書いたように、久々に出張して、首都圏で仕事をしている。
僕は食文化から商習慣まで、独特で排他的な中部圏の人間だ。赤だしの味噌汁が飲みたくて仕方ない。味覚のテイストが、ちょっと違うのだ。
同じように内装業界といっても、使っている材料、職方と職方の間の受け持ち範囲の微妙な違いなどに、地域性の違いを実感する。
なにより、建築現場で働く外国人労働者の比率の違いに、俺は驚かされる。

僕の住む名古屋界隈でも、ヴェトナム人や日系ブラジル人の職人はちらほら見かけた。日系ブラジル人は、リーマンショック以降めっきり少なくなったが、残った若者が、自動車業界の工場労働者になることを選ばず、建築業に参入してくるといった構図だった。
ヴェトナム人は、今、話題になっているいわゆる『技能実習生』といわれる人々がほとんどだった。
解体業者には、いつの頃からかトルコ人が進出していた。日本人の解体業者は、家屋解体などでは、彼らの単価に太刀打ちできないとこぼしていたものだ。
他にも、コンビニの店員には中国人はもちろん、ネパール人も多く見受けられた。

僕の住んでいる町は、かつて繊維産業で有名だったのだが、いまや価格的な競争力をなくし、ほとんどの工場が廃業してしまったのだが、わずかに生き残った工場で働くのは、中国人の女性たちだった。彼女たちが、小さな古い家で共同生活をしているのを、日常的に目にしていたのだ。そして、彼女たちがあり得ないほどの低賃金で働かされているというのは、公然の秘密だった。
同じような構図は、第一次産業、小規模な第二次産業によって地域経済をかろうじて延命させているような地域には、普遍的なものだと思う。

つまり、僕ら日本人の生活は、こうした外国人労働者の存在がなければ、成立しなくなっているということだ。そう、古代ギリシャやローマの奴隷制みたいにね。
仕方ない。日本人はもう、工場で何かを作ったり、農業や漁業をしたり、工事現場で働いたりすることなんかに価値や意味を見出せなくなっている。価値や意味を見出せないから、できるだけ金は払いたくない。金がもうからないから、人手不足になる。そこで、国を挙げて労働のアウトソーシングという流れになるわけだ。

まったくもって仕方ない。時代の流れなんだろうよ、仕方ない。

いつものことだが話がそれた。(しかし、それたところに実は本当に言いたいことが書いてあったりする場合もあるものだ。)
今回出張してみて実感したのは、首都圏の建築現場における、中国人、ヴェトナム人の比率の高さだ。何しろ、中国語やヴェトナム語の事故防止用啓発ポスターが貼ってあるくらいだ。俺が受け持っている現場には、常時15,6人の作業者が働いているが、その8割がたが中国人の若者たちだというのが現実だ。
こういった話をすると、こういう現実に縁のない読者の方々は、意思疎通もできず、単純労働に従事している外国人労働者というイメージを持つのかもしれない。
しかし、それは間違っていると断言しておこう。
彼らの中には、日本人よりも技能に優れた職人がたくさんいる。そうでなくても、一般的な同年代の日本人の職人さんの技量に、何ら劣るところはない。当たり前だろう、同じ人間なんだもの。
彼らは仲間同士、大きな声で話しながら仕事をしている。にぎやかで楽しそうだ。
(かつては僕たちも、仲間とにぎやかに冗談を言ったり、仕事のおさまりに関して言いあったりしながら陽気に仕事に取り組んでいた。しかし、いつしか仕事は細分化され、階層化され、協力して一つのものを作っていた仲間たちは、単なる賃労働者の寄せ集めに分断され、不機嫌に年を重ねてしまった。)
そういうと、こちらの作業指示もよくわからない外国人労働者ってのをイメージするかもしれないが、それは違う。彼らは僕らに対しては、日本語で話してくれる。多少怪しいところはあっても、日本人が話す英語だって怪しいもんだぜ、大目に見なけりゃ。それどころか、同じ日本人でも、何言ってるのかさっぱりわからない馬鹿野郎には、小生今日までお目通りかなったこと、実に多士済々という有様であった。
これが逆の立場だったら、どうだろう。必要だから身についた日本語だとしても、今の自分が、上海あたりにゆき、中国語で作業指示して仕事ができるかと自問すれば、彼らの優秀さは、自ずと理解できる。
僕はせめて、『你好』とか『早上好』といって挨拶をかわし、『明天見!』といって帰っていく彼らを送り出す。或いは『小心!』と声をかけて注意を促す。彼らはそんな僕のささやかなふるまいを人懐っこく笑って喜んでくれる。それはつまり、彼らに少しなりとも歩み寄ろうとする日本人が、どれほど少ないかという裏返しでもあるように思える。

こういうことを書くと、いろいろとご批判を頂戴することもある。
しかし、銀河系の中心から見れば、僕も、貴方も、彼らもみな、ひとしく辺境の野人に過ぎないという視点で、僕は物事を考えている。人間を同じ人間として遇したいだけである。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやである。

2015/12/02

Post #1687

夜に咲く花
ふと、目に留まり、無性に撮りたくなってしまった。
ただそれだけのことさ。

2015/11/21

Post #1684

アンディ・ウォーホールの描くヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコのアルバムジャケットを気取っているわけではない。
真夜中、小腹がすいたので、バナナわ食おうかどうしょうか、思案しているところなのだ。

これはあくまでも俺の個人的な見解なんだけど、バナナと女性は多少熟れてるほうが好きだな。
甘さがぐっとますし、柔らかくて舌に絡みつくような…。そばにおいておくだけで、甘い香りで胸いっぱいで、すぐにでも食べたくなる。いま、エッチな想像した人!妄想してちゃダメですよ!
だいたい、若い女はワビサビを知らないからな。つまらないぜ。ヴォジョレー・ヌーヴォー?あれもあんまり魅力を感じないな。
う~ん、俺もやはり年をとったということかな。みんな、もっと俺のことを気遣って欲しいぜ。

読者諸君、失礼する。人間、男も女も味わい深くなるには、ある程度の年月が必要だ。もっとも、そうなるためには、夜中にバナナを食べたりしないくらいの自己管理は必要だろうけどね。

2015/11/20

Post #1683

何事も、選択の自由というものが必要ではなかろうか?
とはいえ、人は往々にして、水が低きに流れるように、安楽な途を選ぶものだけれど。
読者諸君、失礼する。願わくば、自分の前途に艱難辛苦と波乱万丈、疾風怒濤と痛快無比なる後半生があらんことを!

2015/11/15

Post #1676

仕事の前に病院に行くのに、毎日同じ道ではつまらないので、いつもと違う道をあるいたら、変なものを見つけて撮ってみた。しかし、黒人の少年を象ったものだからか、こいつらは靴はもちろん、靴下すら履いていない。人種差別的なかおりがする。

どうでもいいといえばどうでもいい。
けど、どうでもイイ話で適当に流したって構わないだろう。どうせ人生の大半はすぐにわすれちゃうだろうしな

フランスのテロの話とか、安倍総理が万一の場合には、非常事態宣言を発して憲法を停止するとかいう、とんでもない寝言をほざいているという、大テーマを語るべきのような気もしないでもないけれど、そんなこと俺が言ったところで、誰も聞いちゃいないだろう。
なんのリアクションもないどころか、下手をすると炎上してしまう。俺と考えの合わない皆さんは、どうにも暇人が多いらしくて、そういうことを言うと、俺に噛みついてくる。
御苦労なことだ。俺のことなんか、放っておいたってかまわないじゃないか?面倒くせぇ。
炎上しても、PVが増えれば別にいいじゃないかって気もするが、別にPVの競争をしたいわけでもない。どうでもいい。しょせん、自分のためにやってることだ。
いうなればサルのせんずりだ。真面目にやるだけバカバカしいぜ。

誰も聞いちゃいないのに語るのは、時間と労力の無駄というものだ。

もちろん、俺はこう見えてこれでもイロイロ考えてはいるんだ。
考えているからって、君に話さなきゃいけないってもんでもないしな。
黙って考えて、この人生の最終回くらいで、指名打者みたいに自分の打席が回ってきたときに、密かに考え抜いてきた世界に対する認識と見識をもとに、自分ならこうするということを、実行すればいいだけなんだ。

まぁ、そんな日が来るとは思っちゃいないがね。なんだって、プロセスってもんがある。そんな打順が回ってくるんだったら、今頃もう何らかの兆しがあってもいい頃だろう。残念ながら、そんなもんはないのさ。暇つぶしに俺は世界のことや社会のことを考えてみる。けど、ここで君に言う気にはならないのさ。手間がかかりすぎるし、興味もないだろうしね。

世界のことや社会のことを考えるより、あのひとのことを考えてるほうが、ずっと楽しいのさ。悪いかい?

それになにより、ここでとやかく力んで言わなくたって、あのひとはいつだって俺のことをわかってくれているから、俺を誰よりも信頼してくれているから、ぜんぜん構わないのさ。

それにあと百日で、子供が生まれてくるんだ。自分じゃ何にもできないことをここで語るより、年末調整の書類をつくったり、おなかの子供に語り掛けてたりするほうが、よほど重要に思えるよ。

読者諸君、失礼する。今日は日が昇ったら法事に出かけなけりゃならないんだ。久しぶりにスーツを着ないとな。香典袋はどっかにあったはずだけどな。やれやれ面倒なことだぜ。

2015/11/14

Post #1675

雨の朝、仕事に向かう途上の、駅のホームで。
ふと、東海道本線上のこの線路は、西にも東にも繋がっていて、この線路に沿ってどこまでも歩いていくだけで、懐かしいあの人に逢うことができることに思いいたり、不思議な気分になる。

この冷たい雨のなか、あの人はどうしているだろう?
寒さに心まで冷えきっていないだろうか?
う~ん、気がかりだ。
読者諸君、失礼する。今日もそんなセンチメントなんて封印して、修羅の如くに働かねばならんのさ。

2015/11/12

Post #1674

秋桜を目にすると、コスモスを好きだと言っていたあのひとを思い出す。
それが路傍のショボくれたものであっても。
朝の光に伸びた影が、コスモスにかかると、現ではない想念の世界で、自分とそのひとがふれあったような気がして、すこしうれしく、また切ない気持ちになる。

読者諸君、失礼する。そのひとはきっと、一面のコスモスのなかで、にっこり微笑んでいるのがふさわしいとしても。

2015/11/11

Post #1673

サンパウロの森山大道をDVDで鑑賞
盲腸のおかげで、月見きしめんだの雑炊だの、なにやら頼りないものばかり食っている。
おかげでどうにも力が入らないが、力を振り絞って今日も働いてしまった。
おかしい。今日こそとっとととんずらして、療養させてもらうつもりだったのに。
まぁ、いい。今日も生きてる。どうってことないさ。

鳥雑炊を食いながら、日本が世界に誇る写真家・森山大道がブラジルのサン・パウロでストリートスナップをしているDVDを見る。

いいなぁ・・・。

あんなところを旅したら、360度、どこを向いても写真になってしまうだろう。とにかく、ニンゲンがうじゃうじゃしてる。それも、いろんな人種が入り混じって、カオスのようだ。
俺もブラジルには前々から写真を撮りに行きたいと思っていたんだ。
そう、中学生くらいから・・・。開高健の傑作ドキュメント『オーパ!』を読んだあのころから、ブラジルは、アマゾン川は俺の憧れの地なのさ。
マエストロ森山大道、悠然と写真を撮り歩く
う~ん、せせこましい日本の、これまたせせこましい仕事に忙殺されていると、どうにもここじゃないどこかにとんずらしたくなる。それは俺だけではあるまい。
しかし、大方の皆さんは思うだけで踏み出せず、毎日虚しく満員電車の座席を奪い合い、運よく座席にありつくと、眠りこけることになるのだ。あるいは、吊革につかまりながら、手にしたスマホでどうでもイイ情報を漁るかだ。

しかし、本当の人生はそげんところにはなかとですとよ!

今までいろんな国に行った。俺たちが考えもしなかったところにも、ニンゲンはうじゃうじゃ生きている。俺はそれが見てみたい。
言葉も通じぬ見知らぬ街を、カメラを片手に煙草をふかしながら、朝から晩まで歩き回ってみたい。
そうして、暗室に引きこもり、心安らぐほのかな赤い照明の中で、自分だけの街を印画紙の上に築き上げたい。

そうしているとき、俺は本当に自分が自分らしく存在しているって感じるよ。
見ていて思わず泣けてくるほどに、森山大道が羨ましい。俺の頬を伝った涙が、鳥雑炊の中におち、思わぬ隠し味になりそうだ。ふむ、それはそれでなかなか乙なもんだな。
写真についてぼそぼそと語る森山大道
読者諸君、失礼する。人生は、しょせん一つの長い旅路にすぎないのさ。

2015/11/10

Post #1672

近所の神社。桜の落ち葉から、桜餅の様な香りがする
やれやれ、虫垂炎で朝から点滴されて、家に帰って安静にしているようにきつく言われていたというのに、仕事が俺を離しちゃくれないんだ。女の子が俺をはなしちゃくれないとかなら、大喜びなんだが、あいにく俺の人生、付き合った女の子はどいつもこいつも、たいてい俺をあっさり手放してくれるんだ。それを想うと、泣けてくるけれど、今問題のなのはそこじゃない。

俺の腫れ上がった盲腸だ。

点滴打ってるあいだにも方々から電話がかかってきやがる。仕方ない。俺は電車にのって仕事に出かけたぜ。病院まで歩いてきたっていうだけで、馴染みの看護婦さんにはびっくりされてたってのに。安静に仕事をしてますとありえないことをテキトーにいってごまかしておいたぜ。

なにしろ現場は混乱を極めているんだ。毎日のようにわからんちんの施工業者が次々と参戦してくる。俺はそれをさばいていかなきゃならないんだ。力技だ。
家でぽんぽん痛いとか言って、布団にくるまってるわけにいかないんだ。
なにしろ、俺の社是は『倒れるまでやれ!倒れたら這ってでもやれ!』なんだ。
ここは迷わず行くしかないだろう。
仕事があるにも関わらず、俺が家で布団にくるまってるなんてことは、女の子に冷たくされた時くらいしかないのさ。ブログのバックナンバーを見て、この時はそれかぁ!とかチェックするのはやめてくれよな。
仕事帰りに。広角レンズは足が長く見えるものさ。
総理大臣の代わりはいても、俺の代わりはどこにもいない。
圧倒的な大声と、細かな気配り、そして絶対的な存在感だ。
どうしても欠かせないお昼の会議も、いつも通りに乗り切った。
誰も俺が腹の中に爆弾を抱えているなんてことには気づきもしない。

イイだろう、ここでもう一丁伝説を作ってやるのさ。レジェンド級超人の道は険しいんだ。

この会議だけ済ませて、さっさと帰って寝るつもりだったんだが、来客だ、会議だ、施工業者へのメール配信だの次から次へと仕事が押し寄せてくるんで、結局夜の七時前まで働いてしまったぜ。

さて、このまま上手いこと抗生物質だけで乗り切れるのか?
それとも、やっぱり一泊二日で手術をする羽目になるのか?
それとも、腹膜炎とかになって酷い目にあうことになるのか?
はたまた、敗血症とかおこして死んじまうなんて展開になるのか?

自分でも楽しみだな。リアル黒ひげ危機一髪の気分だぜ。死んだら死んだで関係ないさ。
安全牌きって生き延びることより、限界に挑んで伝説をつくるほうが俺にはふさわしいんじゃないか?

読者諸君、失礼する。どうでもいいけど、素うどんとかお茶漬けしか食わしてもらえないんで、腹が減ってかなわないぜ。

2015/11/09

Post #1671

Patan,Nepal
朝、仕事に行こうと最寄りの駅まで歩いていると、右の下っ腹になんだか鈍い痛みが走った。
しかし、俺は痛風だの結石だのをさんざん経験してきたおかげで痛いのにはすっかり慣れているのさ。だからこんなの、どうってことないぜってフツーに仕事に行ったのさ。こんな差し込み、すぐに治るだろうってね。

しかし、痛みは一向にひかない。現場に出て大音声を張り上げて忙しくしていると、これまた全然痛みを感じないんだ。脳内麻薬だ。けれど、事務所に戻ってくると、やはり痛い。

俺はさっさと早引きして医者に行くことにした。

診断結果は盲腸だった。素晴らしい!冗談じゃないぜ。

思わず笑えてきたぜ。こんなに元気なのに、なぜ病気だっていうんだ?確かに腹は痛いがな。笑いすぎても腹は痛くなるもんだ。

手術か薬か、それが問題だ。どっちが現場にはやく復帰できるかな?そこが焦点なんだ。

明日の朝も、点滴を打ちに来いとお医者さんには言われたが、そのあとさっさと仕事に行き、現場をうろついたり、名古屋の監督の中でもっともデカいと言われる声で、会議を切り盛りしたり、現場をおさめていくつもりなんだが。

カミさんは、腹膜炎になったら困るから、無理しないでくれという。
医者は、2,3日は安静にしろっていう。

冗談じゃない。今はそんなことしてられるような時期じゃない。

俺は行かなけりゃならないんだ。俺がやらなくて、誰がやるっていうんだ

こじらせて腹膜炎になったとしても、そん時はその時だ。大丈夫だ。俺には息子ができてるんだからな。死んだところでどうってことないさ。あとは息子に任せてりゃいいのさ。とはいえ、まだ妊娠7か月だけどな。

読者諸君、失礼する。今夜はとっとと眠るとするさ。