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2015/09/10

Post #1619

Osaka
昨日でこの現場から撤退だというのに、腰が痛くて呻いていた。
あまりに痛くて息をするのも辛いほどだった。
腰から下の右半身が痺れたような感覚に付きまとわれていたんだ。

で、自分にとって最終日だというのに無様に呻いた挙句、ハヤビキしてしまったのだ。

無念だ。きっと、きょうで最後と思うことで、今まで張りつめていた気が緩んだのだろう。
よくあることだ。むしろこの70日、大きく体調を崩すこともなくやってこれたものだ。
とはいえ、酷使した体はボロボロだ。あそこもここも痛みを感じるほどだ。いやぁ、参ったな。

けれど、今日まで自分の出来うる限りの力を尽くしてきたつもりだ。
君たちに恥じるところはどこにもない。

腰が痛いと言っても、まぁ良しとしようぜ。

読者諸君、失礼する。

2015/01/28

Post #1393

Osaka
ふと、気になって10年ほど前に初めてモノクロフィルムで撮影し、自分でプリントしてみた写真を引っ張り出してみた。
大阪駅の在来線の改札口だったと思う。
このころは、こんな感じの写真ばかりだったな。
今なら、気になる女の子を見かけたら、写真を撮るよりも他にやるべきことがあるだろうと思うようになったが、そう気づいた時には俺から若さが失われていた。
痛恨の極みだ。

Osaka
これも同じフィルムの中の一枚。
ヌメっとしたヘッドライトがポイントだ。やはり大阪駅の界隈。阪急東通り商店街の側だったかな。
今の自分の写真とは、同じようだけれど、ずいぶん違うなぁ・・・。
印画紙が今使っているものと違うので、黒の締まり具合が違う。言い方を変えれば、黒が重苦しくない。
印画紙によって違うのかと、お思いの貴兄貴女、アレの締まり具合だって人それぞれでござろう?
工業製品たる印画紙には、明明白白な違いがあったのでござるよ。
その個性を楽しんで選択する自由が、消費者に残されていた良い時代の最後の瞬間だったなぁ。

この頃使っていたのは、三菱製紙のRCペーパー『月光VR4』だったはずだ。
因みに4ってのは特別硬調って意味だ。コントラストが高いのだ。
モノクロ写真のマエストロ・森山大道が長年愛用し続けてきた印画紙だ。
森山大道信者だった俺は(今でも信者のつもりだが)、永年これしか使ってないって言ってたんで、迷わずこの印画紙に決めた。
月光はその名の通り、冴えた月の光のような青みがかった黒だった。
クールなカンジに仕上がるわけだ。月光のブルーブラックと称されていたっけな。
こういう色温度の低めの黒の調子を『冷黒調』というのだよ。
煙草で言ったらメンソールなカンジだなぁ。
大好きだったのだが、三菱製紙自体が写真印画紙から撤退してしまったのだから、どうしようもない。最後にけっこう買いだめたが、いつまでも持つようなものでもないのさ。
プリンター用写真用紙としては、GEKKOHの名前で一時期復活してたけど、いまどうなのさ?

たいして今使っているのは『純黒調』のフジのRCペーパーFM4。
かつてある人に、俺の写真の特徴は『べったりぬっぺりとした黒』と言われたが、その黒はこのフジの印画紙の黒の特徴だ。最初はずいぶん自分でも抵抗があったけど、いまじゃそれが自分のトーンだとわかる。
黒々とした黒なのだ。
煙草で言ったらこりゃ、そうだなぁ、ニコチンタールが盛りだくさんのピースみたいな味わいだな。
もっとも、画面がずんと沈んだ黒さに支配されているのは、俺の技術が未熟なせいであって、印画紙のせいではないだろう。
ましてや、俺の心が黒くにごっているからではないんだぜ。

読者諸君、失礼する。ふと、朝っぱらから過去を振り返ってしまった。女性に関することといい、写真に関することといい、俺はしばしば過去に捉われるのさ。今日も未来志向で頑張ろうかな・・・。

2014/09/19

Post #1262

大阪
写真のみで失礼する。まったくもって、退屈極まるぜ。

2014/08/24

Post #1236

Osaka
今日は忙しいのさ。
日曜日だからではないんだぜ、仕事が山場なんだ。大忙しなんだ。
夜勤で今朝も朝帰りだったのに、睡眠や休息もそこそこに、出撃しなけりゃならないんだ。
至極くだらない中年の身辺雑記を垂れ流している暇なんてどこにもない。

仕方ない。
君たちはあまりに具体的過ぎて、イマジネーションを働かせる余地もない大阪のストレートな看板でも見て、抽象思考の苦手な日本人について、思いを馳せていただくことにしよう。

イカだよイカ。

そういえば、むかし西ドイツのツァイス・イコン(カール・ツァイスの今は亡きカメラ部門だよ)からイカレックスというカメラが出ていたな。(ああ、このダジャレ感覚、日本人にしか通じないよな。英語でイカって言ったって、イカレックスとのあいだに、なんら音韻の響きあいが生じないんだからなぁ。)
正確には1956年に経営不振のフォクトレンダーの全株式を取得したカール・ツァイス財団のもと66年に設立された、ツァイス・イコン・フォクトレンダーから発売された中級一眼レフですわ。
フォクトレンダーのウルトロンF1.8や、ツァイスのテッサーF2.8が標準レンズとしてラインナップされていたわけです。

なんとなく名前的には、コンタレックスの廉価版のような位置づけだったんだろうけど、レンズマウントにはまったく互換性もないし、決して悪いカメラではなかったんだけど、コンタレックスが良すぎるもんだから、あからさまにグレードダウンという雰囲気が付きまとっていたっけな。中古市場でも不人気なのかあまり見かけなかったなぁ。まぁいうなれば、君たち、コンタレックスが買えないのなら、こっちの安物で我慢してくださいよ、ってな感じだ。なんかそんなこと言われたら、頑張ってコンタレックス買おうって無理したくなるのが人情だよな。

イカレックスのイカってのは、ツァイス・イコンのカメラ部門の元になった、1920年代のドイツの四つのカメラメーカー(エネルマン、ゲルツ、コンテッサ・ネッテル、そしてイカ)の一つの名前から取られているんだけどね。この合併は、日本で言ったらニコンとキャノンとオリンパスとリコーあたりが合併するようんもんだった。当時のオールスターチームだ。
このカール・ツァイス主導のカメラメーカーの大合併には、第一次世界大戦と、それに続くドイツのハイパーインフレが深くかかわっているんだが、そんなトリビアな話題に興味のある読者などいないだろうから、ちょいと匂わせておいて割愛するよ。知りたかったら、連絡してくれ。君だけにそっと教えよう。どんな出来事も、歴史の大きな潮流からは逃れて存在することはできないのだ。

というわけで、読者諸君、失礼する。俺が好きなイカは、イカの姿フライのイカか裂きイカだ。イカ焼きは苦手だぜ。ましてやイカそうめんなんて・・・。

2014/07/28

Post #1209

Osaka
TVのニュースを見ていると、心底憂鬱になる。
パレスチナ、ウクライナ、シリア、イラク、世界中あちこちで戦争が続いている。
多くの人々が今日も無慈悲に殺されていく。
そして、日本では意味の分からない凄惨な殺人事件。

人間に対して、絶望を感じないではいられないんだ。

そう、人間って、とてもバカな生き物なんじゃなかろうかって、真剣に悩んでしまうのさ。

死者何百人という表現の中には、何百人の人生がなんの意味もないもののように扱われ、それぞれの未来が握りつぶされているという重たい現実を、単なる無味乾燥な数字に還元してしまう力がある。
もっと、想像力を使おうじゃないか。
死んでいった人々の、人生に対して思いを馳せてみようじゃないか?

読者諸君、失礼する。写真は、人々を死から救い出す力を持っていると、俺は信じてる。何を信じるかは、勝手だろう。俺は写真を信じているのさ。

2013/10/18

Post #971

Osaka
久々にこの手の写真をお送りしよう。
読者諸君、失礼する。

2013/05/15

Post #815 男は軍隊、女は淫売!これで決まりだ!

Osaka
昨日は何だかんだ言って、42カットプリントした。まぁまぁだ。去年の夏のシンガポールだ。かつて日本軍がイギリスの植民地だったところに進攻して、統治したところだ。日本人の一部の人々は、それを解放と呼び、世界の人々は侵略と位置付ける。物事の見方は、自分自身の立ち位置で決まる。それを庶民の言葉で言えば、ご都合主義ということになる。我が国は資本主義国家である前に、ご都合主義国家というのは、世界の定説だ。

橋下市長さんの素晴らしい発言が続々と報道されている。いちいち彼のツイートをチェックするような暇人ではないのだが、新聞紙上で見かけて看過できない気がして、昨日に引き続いてネタにしてみよう。
本日5/15日付けの朝日新聞(俺は昔っから、試験に出る天声人語の朝日新聞だ。反日的新聞とバッシングされる朝日新聞だ)によれば、『貧困から風俗業で働かざるを得ないという女性はほぼ皆無。皆自由意思だ。だから積極活用すればいい』と、彼は強弁しているという。
本当にそうだろうか?
地方都市では、男は肉体労働、女は広い意味での風俗業しか働く場所がないという話を俺は聴いている。肉体労働の現場に立っている俺には、それがなんとなく実感できる。
シングルマザーで子持ちで、大企業やそこそこの中小企業でバリバリ働いて、子供を養って行ける女性が、どれほどの割合でいるというのか?そして、そういった能力の有る無しに関わらず、離婚するしかないっていう女性はいっぱいいるだろう。能力が無くても、人間は金を稼いで生きていかねばならない。持って生まれた器官が商売道具になるのなら、何の資本もいらない。それしか選択肢がないってことだ。
世間で見かける人妻ヘルスやデリヘルで働いている女性たちの中には、少なからずそういった境遇の女性もいるんじゃないだろうか?
そうでなくても、若者は仕事がない。
けれど、メディアによって煽りに煽られる欲望を満足させるためには、金が要る。
そう、大企業だって、しょせんは庶民の欲望を煽り、購買欲を刺激して、要らないモノにまで金を出させて、利益を生み出す仕組みになってるんだ。
俺達は、そんな社会の見えそうで見えないシステムのなかで、檻の中の鼠が滑車を回すように、金を稼いで、金を回し続けるしかない。
それが社会の仕組みだ、現実だ。
この素晴らしい現代社会では、金を多く持っている奴が英雄だ。
しかし、どいつもこいつももうすでに何でもかんでも持っている。
売れるモノは少ない。ましてや、もう何年も給料は下がり続けてきた。ジャンジャン物が売れる状況にはない。社会に金が回らなくなってきているのさ。
社会に金が回らないとなれば、マトモな働き口が潤沢にあるとは言えない状況だ。
だから若い女の子が、金を稼ぐ能力がなくたって、てっとり早く金を稼ぎたいとなったら、風俗業とかに足を踏み入れることになることを、止めることは出来ないだろう。俺は、自分には本当は〇〇になる夢があるんだけど・・・、という話を飲み屋の女の子から聞いたことは何度もある。

しかし、それは本当に自由意思なのか?
さまざまな社会的制度的な要因によって、エンクロージング、つまりそこに囲い込まれてしまっているだけじゃないのか?
そして、風俗業は日銭商売だ。
働き続けなければ、金は入ってこない。有給休暇も無けりゃ、雇用保険もない。そう、何の保証もない。一日に一人もお客が付かなくても、お金がもらえるってこともない。その代り、即金で金が手に入る。極端にキャッシュフローが悪い商売なのさ。つまり習慣性があるということだ。なかなか足抜けできない。
それは、一時期大流行した派遣業と同じだ。
俺も現場商売という商売柄、その世界のことはよく知っている。悪名高いグッドウィルに在籍していたこともある。社会の底辺で生きてきた。その頃、政治家は『若者が生き方を自由に選択できるようになった』と、派遣業を賛美していた。実際は、みんな見果てぬ夢を追いながら、生活のために昼夜を問わず働き、夢を見る余裕もないという有様だった。そして、もちろん自由意思の自己責任だ。
たった7500円の日銭のために、どいつもこいつも粉骨砕身していた。そして、その日の夕方に金を手にすると、飲み屋に行って、風俗に行って、有り金を使ってしまうような奴らだった。
よくできた仕組みだ。金は天下の回りものというが、下々の人間の稼いだ金は、社会の深層海洋水のように、底の方でぐるぐるとまわり続ける。よくできた仕組みだぜ、クソ!。
それは社会制度の問題が大きく関わっているはずなのに、自由意思だという言説がまかり通る。そして、自由意思であるからには、自己責任だと来るわけだ。自民党さんの大好きな国家は、その時人々を自己責任と無情に突き放す。大企業や大銀行には、ホイホイ経済支援してやるくせに。

俺はこの社会がユートピアだったとは端から思っちゃいないが、現実の人間に対する想像力を著しく欠いた政治家の発言は、ムカついて仕方ないんだ。悔しくて泣けてきそうだ。
アベノミクスだなんだっていっても、俺には朝三暮四で踊らされているようにしか見えないぜ。
政府の要人が靖国参拝したり、過去の侵略を否定するような発言を繰り返すのは、そういう社会の矛盾と不満から、自己責任の苛烈さから人々の目をそらしてるだけのように見えるのは、俺だけか?
それとも何かい、憲法を変えて、日陰者の自衛隊を軍隊にして、仕事の無い若い衆を兵士に仕立て上げるのかい?徴兵は国民の義務だとかいいだすんじゃないだろうな?
で、女の子は風俗業で、自由意思の慰安婦かよ?中国や韓国を挑発してナショナリズムを煽り、人びとの目をそらして行こうっていうのかい?
素晴らしい。素晴らしすぎて、笑いが止まらないぜ。笑わせんな、この野郎!
読者諸君、今日もプリントでもさせてもらうぜ。国に道無きときは巻懐孤高さ。 

2013/03/24

Post #762 庶民的な休日

Osaka
明日からまた、怒涛の勢いで現場が始まる。
単発の現場が一発と、その後一週間ほどの短期決戦の現場が2連チャンだ。4月の半ばまで休んでるような余裕は、無い。今年も花見で昼間から酒かっ喰らってなんてこととは、無縁だ。
だから今日は、カミさんと一緒にちょっと出かけて気分転換してきたわけだ。
車を転がして、織田信長の居城であった岐阜城に行ってきたんだ。
そう、片道大人一人600円のロープウェイで山頂迄登り、岐阜城(岐阜城ってのは金華山という山のてっぺんに聳えている山城です。ココからは濃尾平野が一望できます)の天守閣に登ったりしてきたんだ。
はい、これが岐阜城。鉄筋コンクリート4階建て
信長どて丼というB級グルメを展望レストランで食い、すっかりすれっからしのタイワンリスが放し飼いされているリス村で、丸々太ったでっかいタイワンリスを眺め、鶯の鳴く山道を、とろとろ歩いてふともも、じゃないふもとまで下ってきたって訳です。
まったく、絵にかいたような庶民の休日です。人間の営みなんて、こんなもんです。
そんなわけで、特にお話しするほどのこともありませんね。
本当は、毎日仕事をしながら、いろんな事を考えているわけなんですが、それはまた別の機会に譲りましょうかねぇ。なんたって、まとまった内容を書いていこうとすると、これでも結構時間もかかるし、大変なんですわ。
下手なこと書いて炎上しても困るし。とはいえ、そもそも炎上するほど、誰も見てないってのもありますがね。

しばしば、そんなに読んでくれる人もいないようだし、コメントを頂くこともマレだから、どうにも張り合いがないんでブログを止めてしまおうかと思うことがあるわけですよ。
賽の河原に石を積んでいるような徒労なんじゃないかって、思う訳です。
そう、こんな能天気な俺でも、弱気というか、何やってんだよ俺、って気になるときぐらいあるわなってこってす。ニンゲンだから、当然だろう。何といっても、揺れ動き、煩悶するのが、人間の醍醐味だよ。
とりわけ、体力、精神力の消耗が激しいときには、そういった後ろ向きな気分になっちまいがちです。それは、誰しもおんなじでしょ?
けれど、いつもそんな時に限って、読者の方からメールをもらったり、コメントを頂いたりして、励まされては、ここまでやってきたわけです。
つまり、あぁ、何処かに読んでくれる方がいるんだから、まぁ、ここは一丁、無理せずのんびりと、行けるとこまで行こうじゃないのって気になるわけです。
ここ最近も、忙しくってプリントもできないし、PVは減ってきてるし、なんだかそんな気分だったんですが、先日、Google+経由で、同年代の読者の方からメールをいただきまして、既にこのブログってのが、俺個人のものでありながら、熱心な読者の皆さんに支えられているというか、そんなコアな読者の皆の衆のものでもあるんだなぁと、実感した訳です。
まぁ、いつもながらなかなかにコメントに困るような文章だったり、決してイイとは言い難い写真ばかりなんですが、やはりこういった道楽を通じて、新たにご縁が出来たりするってのは、世の中まだまだ捨てたもんじゃないぜって気になります。仕事がハードになってくると、手抜きになったり、休んだりしてますが、止めるわけにはいかないぜ、こりゃってのが、正直な気持ちですね。
お名前をそれぞれにあげることは差し控えさせていただきますが、要は今読んでくれている読者諸姉諸兄、いつもありがとう。今後とも、一つよろしく。
失礼いたす。 

2013/03/21

Post #759 ばれない嘘をついておくれよ

Osaka
女の人の嘘には、時折驚かされます。

けれども、出来ることなら、女の人の嘘には寛大でありたいと思っています。
男の嘘には、同じ男として、許し難い憤りが迸ります。
一度裏切った奴を、二度と信用する気はありません。
おかげで、めっきり友達が少なくなって、寂しい中年になってしまいました。

それに比べて、女の人の嘘によって、世の中の『もののあはれ』が紡がれていくような気がします。
まぁ、それを言葉通りに信じてしまう男に非があるのかもしれません。

けれど、出来ることなら、死ぬまでばれないような嘘をついて欲しいと思います。

すぐに、馬脚を現すような嘘は、どうにもやりきれなくっていけません。
騙されたふりをするのも、おっくうなものです。
そして、どうしてそんな嘘をつかねばならなかったのだろうと、その人の境遇や生き様や、人間性について、どこか悲しい答えの出ない疑問を、随分と長い間持ち続けることになります。
ばれないウソは、そんなゴルディアンノットのような解けそうで解けない疑問を生じさせることもなく、お幸せな夢を見せてくれるでしょう。

なに、完全無欠でなくったってイイんです。
僕がこの世からいなくなるまでの、ほんの短い間、ばれないでいてくれたらいいんです。
どうせ人生は、不確かな未来と、あやふやになってゆく過去のはざま、捕まえようとするとするりと過去に過ぎ去ってしまう現在の連続体。どこか幻めいたものなんですから。

もちろん、写真の女性と、今日の文章の内容は、まったく関係ありません。
私の周りには、私に嘘をついてまで、私から何かを搾り取ろうとする女の人はいないからです。
何故って、私はすこぶる稼ぎが悪いからね。

それはそうと、今日David Bowieの10年ぶりのアルバム、The Next Dayを買ってしまいました。
10年ぶりのアルバムで、もう引退したと諦めていた人々は、奇跡を目にしたかのように喜ぶ一方、10年も沈黙していながら、変わり映えしないじゃないかという批判的な意見もあるようです。
そのどちらにもくみせず、純粋にCD屋で試聴してみて、気になって買った私ですが、これはこれでなかなかに素敵なアルバムだと思うけどね。
まぁ、David Bowie以外の何ものでもないってカンジだし。
だいたい、スゲー奴はいつだってマンネリなもんだと思うよ。

読者諸君、失礼する。

2013/03/12

Post #750 心のライバル

Osaka
ここだけの話し、俺は心中ひそかに、自分とほぼ同世代で、写真が趣味の福山雅治を、自分の終生のライバルと思っているんだが・・・、まぁ、もちろん彼は俺のことなんて、これっぽちも知らないと思うけどね。てへっ!

読者諸君、失礼いたす。

2013/03/01

Post #740 小説を読み始めると、何も手につかない

Osaka
小説を読み始めると、いつも何も手につかなくなる。
今は、小嵐九八郎の『天のお父っと なぜに見捨てる』を読みふけってる。500ページ余りの長編だ。おととい買ってきたんだが、こればっかり読んでいる。そうじゃなかったら、眠ってる。
今日もおきたら正午をとっくにまわっていた。そして小説を読み、溜まりに溜まった伝票をつけて・・・。
他愛もない一日だ。
この小説は、滅法面白い。勘のイイ読者諸兄諸姉ならば、『天のお父っと なぜに見捨てる』とは、十字架にかけられたイエス・キリストの最後の叫び、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』つまり、『神よ、なに故に我を見捨て給うや』だ。
近年エジプトでたまたま見つかった古代の写本を翻訳したという体裁を取っている。そして、それはイエスを裏切ったとされるユダの手記と、十二使徒の中でもあまり詳しく語られていない熱心党のシモンが、ひそかに教団の内情を報告する手紙とで、視点を変えつつも、イエスの伝道の日々と、その死と再生が語られる。
そして、当時のイスラエルでもど田舎扱いされていたガリラヤ地方の方言を、あえて日本の秋田弁で現して、今までにない、人間臭いイエスの生涯を描いているんだ。
誰が父親ともしれぬ不義の子として生を受けたイエス、大酒呑みで、金銭に無頓着で、女に弱いイエス、それでいて、人びとの生活の細部まで規定する律法に反発し、病人、貧者、売春婦、徴税人、罪人、役立たずといった、社会から疎外されている人々のために、必死に秋田弁で祈るイエス。その姿は、う~ん、なんつうか、2000年前の話しでありながら、現代もまったく変わらない切実な課題として、私どもの前にそびえている。俺にはそう思える。そこに描かれているさまざまな人間の姿ってのは、実に、今日的な問題で、人が生きている限り、逃れることのできない普遍的な問題なのだって思えるよ。

ひさびさに、読み応えのある小説を読んだって気がするよ。
読者諸君、失礼する。 

2013/02/22

Post #735

Osaka
道行くあの人この人にも、人には言えぬ悩みがあるのかと思うと、胸のつぶれるような思いがする。

2013/02/08

Post #721 俺を眠らせてくれないか?

Osaka
今夜は何も語りたくない。
何故って、眠くって仕方ないからだ。お客の事務所に通って、一日中パソコンを眺めていると、本当にうんざりするぜ。けど、世間一般の皆さん、フツーにそれをこなしてるんだろう?
いやぁ、まったく驚くべき忍耐力だ。
慣れないことをすると、疲れはひとしおだ。どうにも眠くって仕方がない。こういう時に起きていると、ロクでもない考えに取りつかれて、ネガティブな青い炎に俺はつつまれてしまうんだ。
だから諸君、俺はちょいと眠ることにするぜ。

失礼する。どうか諸君、よい週末を過ごしてくれたまえ。 

2013/02/01

Post #713 風通しが悪い

Osaka
社会の風通しが悪いような気がする。
陰湿化するいじめ、指導的な立場にある人々による体罰。大企業では、もう使い道のない人々を、追い出し部屋と呼ばれる部署に配置し、嫌がらせのようなことばかりさせて、自分から辞めるように追い詰めていく。貧乏人は顧みられることもなく、資産家はぶち殺されて、山に埋められる。挙句の果てには、男と付き合っていたことが発覚したアイドルが、自ら頭を丸めて、ネットで謝罪する。年頃の女の子が男と付き合うのが謝るべき罪だということを、俺は初めて知った。本人が好きでやってるんだったら、かまやしないけど、好きでやるのと、状況に追い詰められてやるのは、似て非なるものだとおもう。閉じた集団の中では、論理は容易に倒錯してしまい、人間は傍から見るとトチ狂ったようなことをしでかす。
痛々しい限りだ。いやむしろ、生理的な嫌悪感すら覚える。
偉大なる戦争写真家、ロバート・キャパの代表的な写真の中にも、頭を刈られた女が群衆に追い立てられる写真がある。
女は、ナチスドイツ軍によって占領されていたフランスのシャルトルに暮らしていた。そしてドイツ兵の愛人になり子供をもうけたのだが、連合軍によってドイツ兵が去っていくと、街の人々によって、その母親もろとも頭を刈られ、まだ赤ん坊に過ぎない子供を抱いたまま、人々の間を引き回され、さらし者にされたのだった。俺はふと、そんな写真を思い出し、嫌な気分になった。
体罰についても、俺は独自の見解を持っている。
アレはある意味、21世紀に生き延びた大日本帝国軍の亡霊なんじゃないかと思っている。上官同様、絶対的な権力を持った者が、抵抗できない者を、指導と称して痛めつける。戦争同様、試合に勝つために痛めつける。バカバカしくて腹が立つぜ。単に指導能力がないだけなのに、それを指導と勘違いしている。
そして、先輩は後輩を殴り飛ばし、後輩はじっと耐える。そしてその後輩がさらに後輩を持つことになった時、同じように後輩を殴り飛ばす。後輩は抵抗することも抗弁することも許されず、殴り飛ばされ、蹴り飛ばされ、罵詈雑言を浴びせかけられる。
しかし、そんな風に成長してきた体育会系の若者は、どうにも企業のお偉いさんの好むところだ。日本の社会そのものに、陰湿な暴力が満ち溢れて、蠢いている。能力の劣ったクソ野郎を踏みつけ、追いやり、軽蔑しながら金儲けできる厚顔無恥な奴らは企業の皆様にも大人気だ。根性があるということで引く手あまただったのさ。
まぁ、俺も若い頃は現場でさんざん殴られたもんだけ。そして、俺自身も舐めたことやってる若い衆に、30メートルの助走をつけて安全靴キックを思い切り喰らわせたこともある。あまり大きな声では批判できぬな。
けれど、この国はいつからこんなになっちまったんだ?冗談じゃないぜ。
このどこか風通しの悪い社会には、澱んだ空気が満ちている。まるで、どこかの国の大気汚染のように、見通しが立たない。しかし、そんな社会をつくったのは、他ならぬ俺たち自身だ。 

2013/01/22

Post #705 実は今、ちょいと困ってるんだよ

Osaka
私事で恐縮だが、と書いて、毎回必ず私事しか書いていないことに気づき、ちょいちょいっと面白くなる。
私事で恐縮だが、俺の93歳になる祖母が、危篤だ。
しかし、俺は出張で静岡だ。男一匹の渡世、まだ息があるうちに、ケツをまくるなんて無責任なこともできん、というのが実情だ。この商売に携わっている連中は、離婚や親の死に目に会えないといった事では、芸能人並だ。狂った業界なのさ。
とはいえ、仕事は一時のことに過ぎないが、人の生き死には必ずいつでも一回こっきりだ。離婚に関しては何回もできるけれどね。何度も死ぬなんて、ジャンプのマンガか、007くらいのものさ。その重要性は本来比べることもできない。
だからこそ、困っているんだ。
今まさに仕事は山場だ。ここで放り出すわけにはいかない。俺の仕事は信用信頼が第一だ。俺はなんの組織の後ろ盾もないんだ。自分のキャラクターだけが売り物なんだ。
一度放り出せば、理由の如何を問わず、この狭い業界では、今後商売ができなくなる。そうなれば、今度は俺が危篤だ。練炭を買う金も残っちゃいないってことになっちまうだろう。
この件については、もうしばらく悩んでいることにする。いよいよとなったら、決断する必要があるだろうけどな。

思えば、俺が戦争反対論者になったのも、リベラルな思想の持ち主になったのも、もとをただせば、この祖母の影響だ。
俺は子供の頃から、戦争中は軍人が威張って、嫌な世の中だったといった話をこの祖母から何度も聞かされて育った。言いたいことも言えない嫌な時代だったって、この祖母が本当に忌々しそうに語るのを、子供の頃から見て育った。
大陸で軍関係の商売でべらぼうに羽振りが良かった祖父と、小さな子供たちを連れて、命からがら日本に引き上げてきた話は、何度も聞かされた。祖父は、その時子供たちこそが自分の宝だといって、涙を流していたと、祖母から何度も聞かされた。その子供が長じて、嫁を迎え、ガキを孕ませて生まれてきたのがこの俺だから、この時大陸から上手いこと引き上げてこられなかったら、俺はきっとこの地上にいないわけだ。感謝。
戦後、祖母は祖父と子供たちを連れて、鹿児島の実家の弟のもとに頼って行ったそうだ。
素寒貧の引き揚げ者の祖父と、薩摩隼人の弟は、一緒に竹林に竹を伐りに行き、竹製定規の材料として売りさばいたという話を聞いたことがある。ずいぶんと時代を感じる話だ。竹の定規なんて、小学校の時以来、使ったこともないぜ。もちろん、そんなので家族が養えるわけもない。その生活を支えていたのは、祖母の行商だったそうだ。
この弟が共産党員だった。そして祖母は、自分は共産党員ちゅうわけではなかったが、政官業の利権構造に胡坐をかいた自民党が大嫌いだった。選挙はいつも共産党に入れていた。
俺の基礎は、思うにこの祖母によって方向付けされている。

だから、本当は帰りたい。しかし、帰ったからといって、何ができるだろう。俺はイエス様じゃないんだぜ・・・。写真を撮るくらいしか出来ないだろう?まぁ、それで充分と言えば充分なんだけどね。俺が写真を撮った人間は、実は皆、極楽往生間違いなしだと思ってるんだ。

電話越しに、祖母に声を掛けた。祖母の呼吸は、俺の声にこたえるように荒くなったという。意識もないのにだ。しかし、死の瞬間も、視力は無くなってしまっていても、聴力によって、人間はかなり細かく状況を把握しているという研究を読んだこともある。臨死体験なんかを事細かに見ていくと、そういうことらしい。ほら、あれだよ、自分を見下ろすような視点で、自分のまわりに取りすがる親族を見ているとかいうヴィジョンは、聴覚が脳内で視覚に返還されているってことらしい。するってぇと、やはり祖母は俺の声が聞こえて、応えようとしていたのだろう。
うむ、なんとか俺が仕事をやっつけて、帰ることができる日まで、もってほしいものだ。
だいたい93年も生きたんだから、あと1週間やそこら、待ってくれてもいいだろう?
頼む!
読者諸君、失礼する。 

2013/01/17

Post #700 Crane,Wire and Gloomy Sky!

Osaka
今回でこのクソったれなブログも700回だ。
我ながら飽きずによくやるぜ。そうそう暇人でもないのに、よくやるぜ、呆れるぜ。
UPした写真はとっくに千枚を超えている。
写真は一枚一枚でインパクトがあるのが望ましいのかもしれないが、ある一定の量に集積されると、質より量の領域に突入する。薄利多売だ。ちりも積もれば山となるだ。仕事といい、写真といい、それが俺のスタイルだ。

俺はたった一枚で、読者諸君を感心させるような、インパクトのある傑作を撮りたいわけじゃないんだ。それが出来れば、苦労しないよ。
俺の視点で切り取った写真を、グロスにして叩き売るようにして、イメージの集積によって描かれてゆく俺の世界を築き上げ、そこに君を招待したいのさ。
俺はいつも自分の写真のサムネイルを見て、目もくらむような想いを味わっている。
その世界では、パリもバリも、イスタンブールも大阪も、マラケシュも東京も、アムステルダムも俺の住む名古屋も、バルセロナも香港も、一つの地平にフラットに、隣り合わせに存在する。
そう、それが俺の世界なんだよ。
グローバルっていうのはちょっと薄っぺらだ。うむ、何といったらいいんだろう。そうだな、お気に入りの写真集や小説やカメラやCDが山積みの俺の部屋にいながら、世界のいろんなところに同時に存在しているような不思議な感覚にとらわれるんだ。

けっしてシャブ喰ってるわけじゃないぜ。

俺はランダムに並んでいる自分の写真を眺めていると、そんな不思議な気分になってくるっていうことさ。
そこは路上の世界でもある。何故なら俺の写真のほとんどは路上で歩きながら撮られているからだ。そう、まさにOn The Roadだ。
俺の撮りたいものは、全て路上に転がっている。
俺は今、富士山の見える町に来ているけれど、富士山を撮りたいなんて、ちっとも思わないぜ。そんなのケータイで撮って、友達に送るくらいの扱いでちょうどいいのさ。富士には、月見草がよく似合うBy太宰治の心意気だ。そもそも俺が撮らなくても、誰かがとっくに、もっと上手に撮ってるんだからな。
俺は昔から、その手の写真を風呂屋のタイル絵か、人畜無害のカレンダーみたいで、好きになれなかったんだ。そういうものは、自分の眼で見るに限る。それに、その手の万人受けする写真を撮りたいって人は、日本全国通津浦々、どこにだっている。
他人と同じことをしていちゃ、名もない群衆の中にうずもれてしまうぜ。そうだろう?
世界に70億人もいるのに、自分はたった一人なんだぜ?そんなのつまらなくないか?俺はひねくれ者なのさ。俺は俺の道を行かせてもらうぜ。

それよりも俺は、寂れた路地の看板や、道行く冴えないサラリーマンや、誰からも顧みられないようなポンコツな人々、そしてこの寒空の中、惜しげもなく足を晒して闊歩する御嬢さんたち、そんなものに心惹かれてるのさ。そいつらは、いつだって路上に転がっている。時折オマワリに職質されたりするのも路上だがね。仕方ない、俺はいつだって反体制だったんだからな。職質くらいされるってもんさ。OK、俺の魂の叫びを聴いてくれ!

ぐうぇあぁぁぁぁっ!
写真とりてぇぇぇぇ!
プリントしてぇぇぇぇ!

まだまだ君たちが見たことが無い写真が、山ほどある。それどころか、俺自身も見たことない写真が山ほどあるんだ。家に帰れば、プリントされてないネガの山が、ブンブンと唸りをあげているのさ。
マンネリでも飽きなきゃイイ。天才アラーキーもそういっている。
同じ道を歩いても、同じ人間に出くわしても、まったく同じ瞬間なんてない。
そして、その唯一無二の瞬間を切り取るのが写真だろう。
その意味において、飽きるわけがないだろう。
まぁ、忙しさにかまけて、心が折れるときはあるだろうけれどね。
OK、この44歳のファンキー・ガッツ・マンの冒険というか道楽に、これからも付き合ってくれる心の広い君たちよ。これからもよろしく頼む。
ほとんど反響もなくって、底なしの穴に毎日ひとつづつ小石を投げ込んでいるような寂しさも時には感じるが、まぁイイだろう。俺の話しが自己完結しすぎてて、突っ込みどころがないんだって思っておくよ。そう思い込んでいた方が、俺も君も幸せでいられるってもんだ。
とはいえ、時折コメントをくれる数少ない理解者の皆さん、本当にありがとう。個別に名前は挙げないが、宇宙に向けたメッセージに、何万光年も離れたところから返信があったように嬉しく思ってるぜ。君たちのおかげで、俺は今日もこうして、思い上がったくだらない駄文を書き連ね、へたっぴな写真を見せびらかすことができるってものさ。
おぉ、自分の才能の無さにひっくり返りそうだぜ。
君たちこそ、俺の支えなんだ、ありがとう。いつか君たちと、じかにお目にかかることのできる幸せな日の来ることを、俺はいつだって夢見ているよ。

読者諸君、失礼する。俺はシャワーを浴びて、飯を食いに出かけるのさ。御機嫌よう。 

2013/01/16

Post #699 すっかり疎遠な友人からの年賀状

Osaka
先日、大阪方面に住んでいる友人から年賀状が届いた。
友人といっても、もう何年も年賀状のやり取りしかしていない有様だ。そんな友人が、何人かいる。寂しいがそれが現実だ。年齢とともにだんだん疎遠になっていく。仕方ない、それぞれ生活を背負っているんだからな。訳の分からない道楽者のおっさんと遊んでいるヒマはなかなかないわな。
俺は、一度20歳の時にカルトな宗教にはまって、学校も辞め、家も飛び出してしまった経験がある。しかも25歳で見切りをつけ、そこから夜逃げして娑婆に戻ってきたから、若い頃の友人は、ほとんど皆縁が切れてしまっている。仕方ない、自業自得だ。仕事で付き合いがあるのは、あくまで仕事の付き合いで、心が通い合うことってのは、余りないってのが誰も彼もホントのことだろう。こう見えても人当たりがよくって、営業向きだと言われるが、自分を偽って人当たりをよくしているように感じているので、そんな言葉をかけられると、いつも意外に感じているくらいだ。
そう、俺は正直言って友人が少ない。ずっと反体制でやってきたから仕方がないか。
だから、年賀状だけでもやり取りしている友人すら、貴重だ。

そこには東松照明が死んで、何故だか俺の写真を思い出したと記されていた。
それはまた、光栄なことで。

狂ったように写真を撮っていたい。自分の眼玉そのものがカメラだったらとすら思う。
見慣れた町を歩いていても、地球を一周して辿り着いた見も知らぬアジアの町を彷徨っているようにして、写真を撮っていたい。
そして、引き籠って憑りつかれたように、プリントしていたい。
そして、それを他でもない君たちに見て欲しーのさ。
それこそが、自分が生きていた証しのような気がしているんだ。
しかし現実は、なかなかそうはいかないね。自分に残されてる時間がどれだけあるかわからないけれど、金が欲しくて働いて、眠るだけじゃ、人生物足りないからね。
読者諸君、失礼する。 

2013/01/05

Post #688 ビジネスホテルの小さな部屋で

Osaka
出張中のホテルの部屋で俺はブログを書いている。
今日は単に打合せだけだったから、夕方にはホテルに戻り、やることもこれと言ってない。しかも、明日は日曜なので、現場も休みだ。何をして暮らしたらいいんだ。
不要な散財をしないように、まわりに写真のような楽しげな界隈の無い良い子の住んでる良い街を選んだのさ。賢明な俺だ!なんといってもここはちびまるこの舞台となった清水だからな。そんな青少年によろしくないようなお店は、見当たらない。それどころか土曜日だというのに、夕方5時過ぎには商店街の人通りもまばらだ。退屈しのぎにカメラを持ってぶらついてみたが、何も撮ることなく、早々に西友によって弁当を買い込み、ホテルに戻ってがつがつと食うと、やることはもうなくなってしまった。味気ないとはこういうことだ。
これが大阪だの東京だと、思わずカメラを持って夜の繁華街をぶらつき、こんなおねーさんなんかを写真におさめ、ついでに一杯やって独りでどんちゃん騒ぎということにもなりかねんのだが、それで残るのは後悔と写真だけだ。
去年は赤字だったので、そんなことになったらダメージが大きすぎる。だからこそ、この街に宿を撮ることにしたのだ。おかげで、初日から夕食は西友の“満足洋食弁当、タイムサービス10%値引きします”だ。味気ないとはこういうことだ。
だから、夜は長い。TVをつけることもなく、ネットでニュースなんかを見ながら暮らしている。
本当は、やるべきことは山ほどなんだが、この旅先の部屋では何ともしようがない。
そんなものさ。
いつも、出張でみしらぬ街に泊まると、この街には一人の知己もいないことを思い知らされて、やるせないような寂しいような気分になる。そういうところは俺も人並みだ。俺がブログをはじめたのが、出張先のウィークリーマンションだったのもうなずけるというものだ。
ふと、すっかり暗くなった交差点を渡るとき、いったいぜんたい、俺はどうしてこんなところで、こんなことをしているのかって、悲しくなるような疑問が胸の奥から突き上げてくる。
いやぁ、それは仕事だからでしょ、とかいうことじゃなくって、その、なんだ、もっとこう根本的にですね、自分の人生に数々あったであろう分岐点をですねぇ、その都度その都度、成り行きと目先の利益に釣られて選んで、その挙句として、こんなところで侘しくあてどなく街をぶらつくようなおっさんに成り下がってしまったのかという、悔恨痛恨の思いがふつふつと胸の奥から湧いて出てくるのであるよ。
あぁ、高校生の頃は、自分はなんにでもなれると思っていた。世の中と人生を舐めていたんだ。
けれど、今思えばとんだ中二病だったと思えてくるぜ。なんてったって、バビル2世くらいは楽勝だと思っていたからな。未来は無限の可能性に満ちていたし、自分には何か才能があると楽観的に思い込んでいた。バブル景気真っ最中で、将来はバラ色や桃色に輝いているように感じていたぜ。
もっとも、当時からあんたはサラリーマンには向いてないねって言われていたけれど、まさかここまで向いていないとは思ってもみなかった。
その挙句が、これか・・・。
まぁ、今更やり直せるようなもんでもないけど、もうちょっと何とかしたいねぇ。忙しくっても儲からないしね。とはいえ、誰かの手下になってへいこらしてるわけじゃないからまだイイと言えばイイんだけどね。
うむ、この出張中、少しばかり自分がどこで道を誤ったのか、思い出してみるのもいいかもしれないな。とはいえ、後悔すれども反省せずの俺だから、単なる暇潰しになるのは目に見えているぜ。
読者諸君、失礼する。 

2012/12/04

Post #662 Snufkin In The 21st Century

夏の旅行から帰ってきてからこっち、死ぬ思いで働いていたら、何時の間にやら季節は冬になってしまっていた。俺の秋を返して欲しいものだ。
紅葉も、芸術も、食欲も、なんもかんもナシだぜ、生きているのに死んでるようなもんだ。おかげさんで体重はまた減った。ガツガツ食いまくっているというのに、ガンガン働いているおかげさんで、体重は減る一方だ。冗談じゃない。このペースで働いて行ったら、いずれ俺の身体は消えちまうんじゃないかってくらいだ。
時には、車を運転しながら、このまま事故って死んだ方が楽になるかもしれないなぁなんて、ぼんやり考えながら運転している自分に気が付き、恐ろしくなってしまった事もある。完全に欝病入ってるだろう?そんなになるまで働いても、たいして儲かりゃしないところが、これまた人生の味わい深さってものさ。そう、コツコツたまるのは疲労ばかりで、金は出ていく一方さ。俺は自分が底抜けの柄杓で水を汲み続ける船幽霊になってしまったようにすら感じるぜ。ハッハッハ!
毎日まいにち、コツコツと蓄積した疲労のおかげで、眠くて仕方がないんだ。昨日も歯医者で歯をジャンジャン削っているというのに、すやすやと眠ってしまったくらいだ。我ながら驚くぜ。
Osaka
唐突だけれど、実は俺は21世紀のスナフキンなのさ。驚いたかい?自由と孤独、そして音楽を愛する旅人なのさ。いつもパイプをくわえているしな。モノを所有するのを嫌う性格は、この資本主義の世の中の風潮に毒されて、すっかり変わってしまったがな。おかげで家の中はガラクタだらけさ。音楽だって、むかしは自分でハーモニカを吹いたりしてたのに、今じゃCDをしこたま持ってる。そして携帯の中に何千曲もぶち込んで、いつも聴いてるんだ。AKBとかじゃないぜ、昔ながらのロックやブラック・ミュージックだ。
この21世紀のスナフキンの身の上には、20世紀にダラダラと釣りをしたりハーモニカを吹いたりしてのんびり暮らしていたツケが、今巡ってきているのさ。なにせあんなふうに暮らしていた日には、浮浪者扱いされちまうぜ。表面的には真面目に働いて定住していないとな。行政サービスだって受けられやしないんだぜ。
21世紀になってもパイプを吹かすのは相変わらずだけど、釣りなんかもう何年も行ってないんだ。行ったとしても、仕事の合間に近所のドブ川で手軽にやれるナマズ釣りくらいのものさ。風情がないったらないぜ。いや、ミシシッピ川のあたりに住んでる黒人のおばちゃんが夕食のおかずにするためにナマズを釣ってるみたいでみたいで、それもまたいいものだろうか?ブルースが聞こえてきそうな気がするぜ。いや、むしろアル・グリーンやシル・ジョンソンみたいなHI RECORDSの泥臭いR&Bが心に響き渡るってもんだ。泥臭いナマズのフライでも作って、君に振る舞ってあげたいよ。
旅から旅の気儘な暮らしは、旅行の資金を稼ぐための日々の苛酷な労働に取って代わられた。いや、出張で結構あちこちに出歩いてはいるけれど、宿と現場の往復ばかりさ。たまに街をぶらついても、表面的な健康さと明るさの裏に、どうしようもないほどの倦怠と荒廃を感じ取ってしまうのさ。
まったく、21世紀は世知辛いことばかりだ。酷い時代なのさ。悪無限って奴だ。
しかし、俺達は誰も彼も、自分がいつどこに生まれてくるかを選ぶことはできないんだ。俺だって、楽しいムーミン谷とかに生まれた来たかってものさ、残念ながらね。まったく残念きわまる。
しかし、12月はやっと少し一息つけるようだ。束の間の休息だ。冬眠でもするか。まぁ、自転車操業の俺にとっては、うれしい反面、心が重い話だがな。
しかし、そんな間隙にこそ、人生を楽しもう。金がなくたって人生を楽しむことはできるはずだ。寒さに震えながら、プリントしよう。温かな南の島の思い出を形に残して、君たちにお届けするんだ。OK、やる気が出てきたぞ。やる気が出てきたところで眠るとするかな。

読者諸君、ずいぶん長いことほったらかしにして、心配をかけたことだろう。寂しい想いを抱いていた人すらいるかもしれない。なに、心配することはないさ、俺はいつでもここにいる。俺がここにいるうちは、この21世紀もまんざら捨てたもんじゃないってことさ。俺がこうして君たちと同じ時代を生きてる限り、君たちは全然大ジョーブだ。根拠は何もないけれど、そう思っておきなよ。その方がお互いのためさ。
またぼちぼちと更新していくことにするさ。楽しみにしていてくれ。失礼いたす。 

2012/10/19

Post #653

Osaka
追悼、若松孝二監督。遺作となった『千年の愉楽』、楽しみにしております。