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2016/01/11

Post #1688 47歳になっても自由な風に吹かれていたい

蝶は誰か死者の魂が、私の前に現れたもののように感じる
もう、写真にも倦み疲れた。どこまでやってもきりがない。
誰が読むのかわからない文章を書き綴る事にも厭き厭きした。
直接誰かの心に届く言葉を、確かな手応えがかえってくる言葉を紡ぎたいとねがった。

だから、日銭稼ぎの仕事に専念し、こいつは放り出しておいたのさ。



先日、ふと今は亡き東松照明の傑作写真集『太陽の鉛筆』が復刊されていることを知り、無性にほしくなって、その日のうちに手入れた。

斜めに走る水平線の上に、青い空、そしてその空と海のはざまに浮かぶ白い雲。
あまりにも有名なこの一枚の写真で、この写真集は広く知られていた。
僕の部屋にも、その写真のポスターが貼られている。

本土復帰前後の沖縄の、そしてその辺境たる宮古島の、およそ40年前の人々の姿が、そこにはあった。
東松照明の視線は、島から島を伝うように、最南端の波照間島を経由して、台湾、フィリピン、マレーシア、シンガポール、バリ島へと伸びていく。民族が海流に乗って拡散していった道をたどるようにして。

その写真集をしげしげとながめ、目には見ることのできない国境や、自ら選ぶことのできない民族的な出自など、意に介することもなく軽々と越境し、自由に吹き渡る風が自分の心に吹き付けてくることを感じていた。

誰しもが情報を発信しうる現代、誰もが自らの主張の正しさを掲げ、異なる意見の者を認めようとはしない。誰しもが、自分こそ絶対だと信じているかのように見える。

しかし、それは所詮、相対的な世界の出来事でしかないように思える。
民族、国家、文化、言語、宗教、習俗、思想、貧富・・・・。
それがどうした?
正直、どれもこれもどうでもいい。しょせんはみんな相対的なものだ。

自分自身が、今ここで、現実の世界に直接対峙したときに感じる何かとは、まったく関わりのないものだと思える。
相対的なものを、相反するものを、等しく受け入れ、包摂するようなおおらかな思考の営みを持つことはできないだろうか?


気が付くと、47歳になってしまっていた。

1969年1月11日、午前2時36分、出生。以来47年。
ふと、金子光晴の詩が頭をよぎる。
こんな詩だ

南方詩集
           この詩集を東南亜細亜民族混血児の諸君にささげる。

神経をもたぬ人間になりたいな。
本の名など忘れてしまひたいな。

女たちももうたくさん。
僕はもう四十七歳で
近々と太陽にあたりたいのだ。

軍艦鳥が波にゆられてゐる。
香料列島がながし目を送る。

珊瑚礁の水が
舟の甲板を洗ふ。

人間のゐないところへゆきたいな。
もう一度二十歳になれるところへ。

かへつてこないマストのうへで
日本のことを考へてみたいな。

高橋源一郎 編 金子光晴詩集『女たちへのいたみうた』(集英社文庫刊)92頁

Ubud,Bali
誰しもが人と人の間に線を引き、自分は他とは違うことを必死に言い募る営みよりも、自分と他人の間に共通点を見出して笑顔を交わし、大地や海上にひかれた目に見えない線を、風がわたるように易々と踏み越えていくていくような、おおらかな営みのほうが、僕は好きだ。
そう、たとえ愚かだと言われようとも。

世界はもっと、豊かで驚きに満ちているはずだ。
美しいはずだ。

僕はそう、信じたい。

また、旅がしたいな。カメラを手にして。

2014/08/25

Post #1237

Singapore
華僑が祀る祠の前に、インド系の男が座り電話している。
古い信仰と新しい技術が交錯し、その発祥の地を遠く離れた異なる文化と血脈が、熱帯の太陽のしたで交わる。
それがいつか混じり会おうとも、異物のままだろうとも、なるようにしかならないので、その瞬間しか立ち会えない俺には、どちらもなるべくしてなることなので、好ましく思える。
できうれば、互いに侵しあうことなく、互いを尊重してくれればよいのにと思う。
熱帯の森林のように、あらゆるものが豊穣にあってくれればよいのにと、俺は思わずにいられない。

読者諸君、失礼する。寛容さに支えられた多様性というのは、俺の理想とするところなんだ。

2014/08/18

Post #1230

Singapore
ゲリラ豪雨が収まったと思ったら、夏が戻ってきた。
尋常じゃない暑さで、眠ってなんかいられない。
こりゃいつまでも感傷にひたっているわけにはいかないぜ。
ちっとも眠れないが、今日も仕事に出撃しなけりゃならないんだ。

そうこうしているうちに、アマゾンから先日注文しておいたジョセフ・クーデルカの『ROMA』(名作ジプシーズのドイツ語版だ) が届いた。
ゆっくり落ち着いて見たいが、汗まみれの寝起きの身体で見る気にはなれず、シャワーを浴びてぱらぱらとみてみる。
解説はほとんどない。あってもドイツ語なんで、全くわからない。仕方ないぜ。しかし、力のある写真にぐいぐい引き込まれる。カメラは確かエキザクタにレンズはカール・ツァイス・イエナのフレクトゴン25㎜だったはずだ。コントラスト高め。
俺好みだ。
長年、絶版品切れだったんだけれど、たまたまアマゾンで覗いてみたら、一冊だけ在庫があったんで、速攻入手したんだが、間違いはなかったぜ。

読者諸君、失礼する。そろそろプリントがしたいけれど、この暑さじゃ無理だな。

2014/08/01

Post #1213

Singapore
暑いだの忙しいだの、眠いだの、どうでもイイことをほざいているうちに、あっという間に8月になってしまった。
今夜は夜勤なので、昼間のうちに髪を切ってこようと美容院に行ってきた俺さ。すっきりしたぜ。
病院に美容院に、何かと忙しい俺なのさ。死ぬ思いで稼いだ金を、こうしてせっせと世間に還流してやらないとな、日本経済は停滞してしまうんだ。

俺の親父が、固定資産税を何百万も滞納しているらしい。
最近、そんなことが発覚した。
親父から、それについて話し合いたいと俺に電話が来たんだが、君も知ってのとおり、仕事が忙しくってそれどころじゃないって放ってあるわけだ。
第一、肩代わりしてくれなんて言われても、そんな金はどこにもない。
俺は若いころ、親父にかなり煮え湯を飲まされているので、今更金銭的に助けてやろうなんて親孝行は、選択肢にも浮かんでこない。
さっさと資産を整理して、分相応にダウンサイジングするしかないだろう。

はっきり言って、俺の住んでる愛知県一宮市の収税課の職員というのは、どこでもそうだと思うが、市民が税金さえ払ってくれれば、首をつろうが、路頭に迷おうが、どうだってイイという連中だ。
市民へのサービスだのなんだのは、他の部署に任せておけばイイということなんだろう。
俺は、今まで清く貧しくつつましい暮らしを、薄みっともなく続けてきたおかげで、市役所の連中の貧乏人に対する仕打ちにを何度か目にしてきた。
思い出すだけで、本当に腹が立つ。
しかし、それ以上に腹が立つのは、簡単な損得勘定もできない俺のクソおやじだ。
しかも、開き直って自己破産したりする度胸もない。もちろんどこにも金もない。
出来るのは、誰かに何とかしてもらおうと、憐れみたっぷりに声をかけることぐらいだ。

そんなオヤジに俺ができる事なんて、正直言って、ロープか練炭火鉢を買ってやるくらいのものさ。
けど、さすがにそんなことすると、自殺幇助だとか人非人だとか、君たちはもちろん、親戚連中をはじめ世間様から非難囂々なのは間違いない。

しかも、これで俺の親父が行き詰って死んだりすると、俺が真っ先に疑われることになるのは、まぁ間違いないな。
しかし、安心だ。何の問題もない。俺の親父は、自殺するほどの勇気もない、まことにうじうじした男なんだ。

読者諸君、失礼する。人生の幕引きというのは難しいものだ。ましてや、収入の少なくなった老後に、長年払ったローンを終えた自宅の固定資産税がのしかかると思うと、やりきれないものだな。

2014/07/20

Post #1201

Singapore
誰もかれも、知っているのは生きる手段に関することばかりで、生きる目的について知っている奴はいない。
如何にして仕事のスキルを上げるのか、如何にしてより多くの利益を得るのか、そして、それによって得る、快楽や安穏な生活の事。
俺の接するたいていの人々は、そんなことぐらいしか考えてはいない。
一言で言えば、価値という概念に立脚していることばかりだ。

それは、乗ってる車のスペックや燃費を如何にあげるのかということばかり考え、どこに向かうのか知らないという状況と似ているような気がする。
俺は価値という考えは、総じてどこか、功利主義的な卑しさを感じる。

俺が本当に知りたいこと。それは、俺たちの魂の行方だ。

振り返ってみれば、高校生くらいの頃から、俺の興味関心は、突き詰めればその一点だったようにも思う。

学校でも実社会でも、誰も教えてはくれない。
これはどうしたことだろう。
それとも、そんなことを考えても、百害あって一利なしといったところなのだろうか。
実際、そんなことをつらつら考えても、金ももうからんし、下手すると自殺なんかする奴が出てきたりするかもしれないしな。

正直言って、誰もかれもが、生まれちゃったから仕方なく生きているというのが、ぎりぎりの真実って気もするぜ。

そんな由無しごとを考えながら、毎朝、夜勤明けの肉体を引きずるようにして歩き、家に帰ってくる俺のなのさ。

読者諸君、失礼する。そろそろ梅雨明けだ。今日の空は青い。

2014/02/21

Post #1054

Little India,Singapore
せっかくの休みだというのに、ほぼ一日眠って過ごしてしまった。
なんてこった。部屋の隅では溜りに溜まったネガフィルムが、唸りをあげているというのに。
まいったなぁ・・。誰か俺の代わりに働いてくれないかなぁ・・。働くのって、あんまり好きじゃないんだよね。
読者諸君、失礼する。もっとも、この時期寒くてプリントするのもしんどいんだけどね。

2014/02/01

Post #1034

Singapore
十年ぶりくらいに、39度まで熱が上がって、ここ何日も苦しんでいた。
ブログの更新どころの騒ぎじゃなかったぜ。
服を着替えて、タクシーを呼び、医者に行くまでに2時間もかかる有様だったんだ。
俺の周りには、インフルエンザで斃れた奴も何人もいるから、てっきり俺もインフルエンザかと思ったんだが、残念ながらインフルエンザではなかった。どうなってるんだ?
いつまでも丸太の様に眠っていては、他の仕事仲間に迷惑なので、昨日の夜、這うようにして仕事に行ったんだが、案の定辛くて仕方がなかったぜ。
もちろん今夜も仕事に行かなけりゃならないんだが、億劫でたまらないぜ。
いっそ、インフルエンザだったら、熱が引いた後、家で静かにプリントとかして、人生を有意義に使うことができただろうに。

俺は今の仕事の契約を更新するのは止めることにした。熱にうなされた頭で考えたのさ。
もうやってられないぜ。自分の人生が誰かのために使い潰されちまう。これじゃ青春ていうのには年を食いすぎてるが、人生が台無しだ。何のために会社を辞めて、フリーで仕事をするようになったのか、分かりゃしないぜ。
俺は会社員をやってた時の口癖を思い出したよ。
『俺は奴隷じゃねぇ!』

安定よりも、自由だ。
俺は江戸時代の百姓じゃねぇんだよ。生かさぬように、殺さぬようにってか?
誰かの言うなりでクソ真面目に、毎晩12時間も13時間も働いてちゃ、そのうち本当に殺されちまうぜ。それでもドバドバ儲かってるんなら、まだっ辛抱もできそうだが、お生憎様、ちっとも儲からないんだぜ。
フリーで働いてる最大のポイントはここだ。
嫌な仕事からは、撤退できる。そのあとの稼ぎは自分の努力次第ってことだ。何にも心配ない。今までだっていつだって金には縁がなかったんだ。なるようになるさ。

読者諸君、失礼する。この仕事を止めたら、駅前で写真を並べて、『僕の写真、買ってください』とかやってみるか?その時は是非君も買ってくれたまえ。

2014/01/24

Post #1029

Singapore

昨日、仕事に向かう電車の中で、ドイツの出版社タッシェンから来たメールにほだされて、ついついまた写真集をオーダーしてしまった。
ヘルムート・ニュートンの“World without Men”
送料込みで39.99ドル。Helmut Newton. World without Men. TASCHEN Books

ヘルムート・ニュートンはずっと気にしていたんだけど、俺の写真の方向性とは、ずいぶんかけ離れているんで、今まで購入する機会がなかった。けど、タッシェンのWebにのっていた写真を見て、どうしても欲しくなったんだ。君も興味があったら、見てみてくれ。

いつ届く事やら。楽しみだ。

届いたら、ジェームス・ブラウンの名曲、“It's A Man's Man's Man's World”でも聴きながら見てみることにしよう。
このひねくれた諧謔、君にわかってもらえるだろうか?


人生の意味なんて言葉を聞いてしまうと、つい、そんなものは無いんだぜ、って言いたくなる。
神とか仏とか霊魂だとか、この人間の人生のサイクルを超えた超越的な存在を、幻想として持たない限り、人生の意味なんてのは、なかなかに見出しがたいように感じる。
ただ、その瞬間その瞬間、自分の流儀に従って、精一杯生きて、時間が来れば、死ぬだけだ。
そう思い定めることができたならば、矢のように真っ直ぐ生きることもできるのだろうが、生きるということの難しさ、瞬間的にはそう思い定めても、次の瞬間には老後のことをくよくよと思い悩んだりするというものだ。

だからと言って、お国のために命をささげるなんて幻想に身をゆだねるのは、まっぴらごめんだ。
ましてや、仕事なんて、命を懸ける値打もない。
心筋梗塞で入院した同僚のおじさんを、本当に気の毒に思うぜ。

読者諸君、失礼する。俺が自分で、命を懸ける値打があると思えるのは、道楽だけだ。

2013/12/12

Post #995

Singapore
もっと時間が欲しい。
もしくは、眠らなくても平気な体力が欲しい。
のんべんだらりと暮らすには、人生は長すぎるけれど、
何かに打ち込もうと思うならば、人生は短すぎる。

読者諸君、失礼する。

2013/11/25

Post #988

Singapore
雨が吹き荒れている。もう少し寒ければ、これが雪になるのだろう。

俺は常夏の国への旅を思い出す。

まったくの偶然で、この日本に生まれて、ここで生計を立てて生きている。
選んで望んでここに生まれてき訳でもないので、日本人が良いの悪いのととやかく言う筋合いでもない。たまたまさ。

時折、日本の社会の息苦しさにうんざりしては、ふらりと旅に出る。
旅に出れば、それは自分の生活にも自分の社会に対しても、ある意味で無責任な状態なので、無重力状態のように、気楽に過ごすことができるし、言葉も通じぬ見知らぬ街を気に入ったりもする。
けれど、そこを自分の安住の地とすることができるかというと、なかなかそうもいかないのさ。

そうなったとたんに、社会と自分の生活に対する責任が強力な重力でもって、俺を捕らえにかかることだろう。無責任な旅人の目には見えなかったあれやこれやが、目をつぶっても見えるくらいになってくることだろう。それできっと、その街も人々も、嫌になってしまうことだろう。

だとすると、ジプシーのように、一所に定住することなく、漂泊し続けるしかないのかもしれないが、それとて苛烈な営みで、日々の糧を得るのにも、日毎夜毎の骨折り損のくたびれもうけだ。

自由になるのに簡単な道なんて、どこにもないのさ。

読者諸君、失礼する。今年の年末にはちょっと台湾に行ってこようかと思ってるんだ。決して儲かっているわけではないがね。

2013/10/03

Post #956

Singapore
荷台に乗って、どこに行くのか。
ふと、本宮ひろしの昔のマンガを思い出した。

読者諸君、失礼する。秋になると、何だかいつも憂鬱だ。

2013/09/25

Post #948

Singapore
シンガポールの中華街

路上で華人の老人たちが、髪の乏しい額を突き合わせるようにして、額を彫っている

職人であろう老人は鑿と金槌

見守る二人の老人は、依頼主であろうか

それとも額に揮毫した書家であろうか

はたまた近所の茶飲み友達か

汗ばむような日差しを避けるようにして、

風の抜ける回廊でのんびりと刻んでいく

おそらくは、この老人たちが世を去った後も残るであろう扁額を


それはアジア風な優雅な営み

千年前とて、同じような光景を目にすることが出来たであろうよ

既に我が東方神州日本國では、この手の額は機械が刻む

コンピューターで制御され、納期厳守の味気なさ

風の中に槌音が響くこともない

人の手はすでに、道具を介して素材と語り合うことを忘れてしまった

技術は不要とされ、人間は誰も皆、生きてるだけで穀潰しの厄介者

否、ひたすらに世界を使い潰すだけの虚しい消費者


読者諸君、失礼する。世の中そんなもんさ。

俺が暗室にこだわる理由も、このあたりにあると想うのは、君の考え過ぎだろうよ。

2013/07/18

Post #879

Little India,Singapore
明日から(日付の上では今日からか)毎日夜勤だ。家庭崩壊の予感すら漂うってもんだ。
資産家ではない俺は、生きていくためには、働かねばならぬのが道理だが、どうにも本末転倒な気がしないでもない。しかし、しっかり稼がねぇとな、フィルムの現像代だってバカにならんし、印画紙だってタダじゃないんだ。
仕方ない。
丁度いま、かみさんは東京に出張しているし、今夜はさほど暑くもない。ここは一丁、朝までプリントでもしてみるかな?そう、この間の旅行の写真だ。
現地でフィルムが足らなくなって、仕方なく買ったKodakのCN400BWが2本だけ、現像が上がってきてるんだ。このフィルムは、カラーネガと同様にC-41処理ができるので、街の写真屋さんですぐに現像できる。Tmaxにしようか迷ったんだけれど、Tmaxは現像料金がバカ高いので、仕方なくプラハのお土産屋兼写真屋で、こいつを買ったわけだ。
連日の暑さに俺は疲れている、ような気がする。けど、道楽の道はいばらの道なのだ。ほとんどマゾじゃねぇかってくらいだ。
マゾ体質じゃなけりゃ、モノクロ写真なんて今時やっちゃいられねぇよ。
さてと、そうと決まればこうしちゃいられない。読者諸君、失礼いたす。

2013/07/17

Post #878

Singapore
ファインダーも見ずに撮った写真が、ズバリと決まっていた時の手応え感ちゅうのは、どうにもたまらないものがある。
ただ、自分がズバリと決まってるぜと思っても、世間の皆さんがそれを見てキマッテルと思うかどうかは別のことだ。これが職業写真家だと、死活問題となるんだろうが、こちとら道楽でやってるだけの遊び人なんで、自分が良ければ何でもイイという訳さ。
このばあい、左側のおっさんの横顔がイイと思うんだけどな。

昨日の帰り、近所の行きつけの中華料理屋で油淋鶏定食780円を喰っていたら、向かいの席に座っていたおじいさんが、喰いさしのどんぶりを持ったまま、フラフラ外に出て行ってしまった。
俺は食い逃げか痴呆老人かと思い、店の人に『おじいさん、どんぶりもったままフラフラ出て言っちゃったけど、イイの?』と訊くと、おじいさんはお店のすぐ近所に一人で住んでいて、一人前のご飯が食べきれないんで、自分の飼ってる犬のえさにするために、いつもああして食事しながら出ていくんだそうだ。
しばらくするとじいさん、どんぶりを持って帰ってきて、時折せき込みながら食事を続けていた。

人生には、面白いことが結構あるものだなぁと思ったぜ。俺が自分の写真に感じる手応えなんてのも、しょせんはその程度の面白さみたいなものかもしれないな。

まぁ、どうでもイイと言えばどうでもイイことなんだけどね。
読者諸君、失礼する。働いて、飯を食い、年老いて、死んでいく。大方の人生はそんなもんさ。

2013/07/09

Post #870

Singapore
今日もまだまだ旅行中。よって写真だけお送りしよう。
読者諸君、失礼する。

2013/07/08

Post #869

Singapore
今日もまだまだ旅の空。よって写真だけお届けしよう。
読者諸君、失礼する。きっとまた俺は旅先で、いい女を見ると反射的に写真を撮っているこったろうよ。

2013/07/06

Post #867

Singapore
今日も懲りずに旅行中につき、写真だけお届けしよう。
読者諸君、失礼する。

2013/07/05

Post #866

Singapore
今日もまた、俺は旅の空の下、写真だけお送りしよう。
読者諸君、失礼する。

2013/05/27

Post #827

Little India,Singapore
ふと、思いついてカミさんと犬山までドライブした。俺の家からはほんの20キロほどだ。近いんだけど、何年も行っていないからな。
近年すっかり整備された感のある城下町をぶらつき、菜飯田楽なんか喰ったりした。面白い爺さんにとっ捕まって、ながなが話を聞かされたり、『殿ォ~!一大事でござる』とか言いながら、犬山城を駆け上り、駆け下りで、なんだかすっかり疲れたよ。
写真はもちろん、犬山ではない。シンガポールのリトル・インディアだ。写真は挿絵ではないので、問題ない。二つのメディアがあるのに、どうして同じことを伝えにゃならないんだ?
読者諸君、失礼する。

2013/05/25

Post #825 徒労感にまみれる

Singapore
車の保険の免責10万円を払いに行こうと車に乗り込むと、うんともすんとも言わない。
バッテリーがダメになってしまっているようだ。
ついてないぜ、まったく。
弱り目に祟り目だ。
不本意ながら、バッテリーを交換する。
請求書を見て、腰が抜けそうになる。気になるお値段、工賃込の36,000円!
このおれの人生、いつだって、金策に走り回る羽目になるものさ。
まるで、落語の熊さん八つぁんみたいだ。冗談じゃないぜ。
そんなイロイロをかたずけて、心底うんざりし、家に引きこもり、プリントをする。
平日の昼間から引き籠ってプリントしているってことが、即ちヒマだってことだ。
それは、いずれ資金繰りが悪化するということに他ならない・・・。
それを考えると、不安になってくるが、風が凪いでいる時に、舟をこぎ出しても仕方がないんだと、自分に言い聞かせる。
旅行に備えて、フィルムだって結構な本数揃えておく必要があるというのに・・・。
そろそろ、市県民税も払わなけりゃならんしな・・・。
まいったなぁ・・・・。
そもそも、こんなプリントしたって、誰が見てるんだよ・・・。
ブログのPVは、ロシアやポーランド、ウクライナだの殻のリファラースパムばかりだ。
追跡すると、もれなく名古屋の欲求不満の女と、ライブチャットが楽しめるという素敵なご案内だ、クソッ!
そんなことを考えながら、41カット。
ふと、暗室の中、我に返り、そもそもこの営みそのものが徒労なんじゃないかって、思う。
まぁ、どうでもイイか。写真も人生も、どうせ暇潰しだ。

読者諸君、失礼する。