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2015/09/26

Post #1635

Bhaktapur Nepal
オトナが楽しそうに笑っていない社会では、子供は大人になることは、なんてつまらない事なんだろうって思ってしまうに違いない。
自分がもし、いま12歳の子供で、朝夕の通勤電車に紛れ込んでみたら、大人になるってことは、ひどく憂鬱なことだと思ってしまうに違いない。

だからせめて、僕は楽しそうに振る舞っていたい。

へヴィーな状況に直面しても、それを難易度の高いゲームのように楽しんでいたい。
実際に愉しいからね。
気分の赴くままに、ステップを踏むように軽やかに歩んでいきたい。
愉しいときにはたからかに笑い声を響かせていたい。
思いが溢れてきたときには、涙を流していたい。
誰とでも分け隔てなく、打ち解けていたい。

大人しく振る舞うなんて、家畜じゃないんだぜ。

そんな僕の姿を見た子供たちが、大人になるって、あんなに楽しそうなことなんだって、ワクワクするように。

読者諸君、失礼する。体調は全然万全じゃないけれど、今から東京に出かけて、夜の工事をしてくるつもりさ。口元に笑みを浮かべながらね。

2015/09/14

Post #1623

Bhaktapur,Nepal
今日は充実した一日だった。
腰の痛みに耐えかねて朝の6時に目を覚まし、コーヒーとパンの朝食をとるやいなや、洗濯、ゴミ出し、帳簿付けをサクサクこなし、朝からかかりつけの病院に行き、風邪の薬を処方してもらってきた。明日からの仕事に備えて定期券も買っておいたし、家の近所の神社で、猫と遊んだりもした。

今日は忙しかったんだ。高校時代の友人(女性というか、強烈なパワーのおばちゃん)と昼食を共にする約束をしていたんだ。なにしろ、こいつと会うのは20年以上ぶりだ。お互い、騒がしいもの同士だ。長年のブランクなんてへいちゃらだ。

こじゃれた昼飯を食いながら、俺は今日がたまたま母校の学園祭だってことに気が付いた。
どうだい、今から行ってみないか?って振ってみると、友人はぱっくん食いついてきた。
OK、いいだろう。行ってみようじゃないか。
俺たちは食事を終えると、中年お騒がせカップルといった風情で二人で車に乗り込み、懐かしい道のりをひた走ったのさ。

なにしろ、卒業したのが昭和62年だからな。どんな大昔だよ。
懐かしいッたらない。
父兄も高校生や中学生の皆の衆も、大声でしゃべりながら、我が物顔で校内を歩き回る俺たちに、不審と好奇の入り混じった視線をそそぐ。
なぁに、構うもんか。
ただし、警察呼ぶのは面倒だからやめてくれよ。見てくれほど悪い奴じゃないんだぜ。
笑いたければ笑ってくれていいぜ。ニンゲン、笑っていたほうが幸せだ。君たちがそれで幸せなら、もっと面白くしてやるさ。
俺はそんな視線には馴れているので、かまわず校長いるかい?とノックして校長室を覗きこむ。
昔ながらの生徒会室に勝手に入り込んで、現役の生徒会長君に『やぁ、俺が大昔の生徒会副会長さ、よろしくな!がんばってくれよ!ガッハッハ』とか言って回ったりしたのさ。

いったい何様だ?強いて言えば、俺様だってところだな。

かつて、俺のことを知らなければ、この学校の教師ではないとまで言われた問題児のことも、今や知る者はいないのだ。残念!
私立の中高一貫校とはいえ、先生たちもすっかり爺さんになり、一線を引いていた。
老兵はただ去るのみだ。
わずかに残っている先生の頭にも、髪はまったく残っちゃいなかった。
体育館では、イケメンコンテストなんてやっていたから、俺も乱入すればよかったぜ。
さすがにそいつは、友人に止められちまったわ!

すっかり様変わりした学校は、どこか寂しいものがあった。
今振り返ると、あれはとても大切な時間だったようにおもえるよ。
けどまぁ、今更戻りたいとも思わないけどな。ときおり、旧友と顔を合わせ、懐かしみ、自分のいまの立ち位置を確認するくらいがちょうどいいのさ。

愉しかったぜ。

15日から新しい仕事だ。体調は万全にほど遠いが、気合入れていくかな。
俺は何時だってフルスロットルだ。

母校の文化祭を覗いてみてノリノリの俺

2015/05/24

Post #1509

Bremen,Germany 久々にこんなのを焼いてみた。
同窓会に行ってきた。

そもそもあまり乗り気ではなかったんだが、今回はしぶしぶながら行ってみることにした。なにしろ、俺の通っていた高校は、中高一貫の私立学校で、同級生は医者の倅だの結構な会社の社長だのなんだのかんだのって、羽振りのよさそうな連中が勢ぞろいだ。
そんな連中の中に、地虫のように世間を這い回ってきた俺がのこのこ顔を出しても、扇風機に糞をぶっつけたような気分を味わうことになるんじゃないかと思っていたのさ。

一応、俺だって社長なんだけどな。社員は俺しかいないけど・・・。

そんなわけで、気後れというか、世界が違うっていうか、そんな思いが先行してたんで、まったく乗り気じゃなかった。そんなに会いたい奴もいないし、そもそも俺、同級生のこと、ほとんど覚えちゃいないしな。卒業アルバムすら、若い時期のどさくさで失われてしまったんだ。

仕方ないだろう、高校を出たのが、1987年だぜ。
世界はまだ冷戦構造末期だった。ソ連があったし、ドイツは東西に分かれていた、そんな大昔だ。以来、ほとんどの同級生とあったことはない。
そういえば、卒業式も寝坊して、しかも雪が舞っていたんで、そのまま欠席した覚えがあるな。
いまさら、どうだってイイと思っていたんだ。
けれど、すっかり爺さんばあさんになった先生方が、一番印象に残ってるのは俺ということで、ずいぶん会いたがってると聞いたんで、仕方ない、冥途の土産に出かけてくるぜってことにしたんだ。

普段着でイイって聞いたんで、俺はいつものようにヒョウ柄の薄手のカットソーに、スキニーパンツ、パイソン柄の型押しを施した黒の革ジャン、そしてピンクのパイソン柄の横着そうな靴を履いて出かけたんだが、はめられた・・・。
こんな格好の奴は他には一人もいなかった。たいていどいつもこいつも、ジャケット姿だ。百貨店の紳士服売り場の広告に載ってるような、俺からすれば野暮ったい格好だ。日曜日のおじさん候だ。中にはスーツの奴もいる。

誰だよ、普段着でイイって言ったのは!もっとも、俺がスーツを着てきても、絶対にカタギの世界の人間に見えないからな。これでよかったのかもしれないな。まぁ、誰もかれも、俺のスタイルは、俺らしいといって受け入れてくれたからよかったがな。

結論から言うと、俺は死んだっていう噂が立っていた。冗談じゃないぜ。
これは、おもに女性たちの間でまことしやかに信じられてきたようだ。
もう一つの噂は、俺が作家になったっていう話だ。こっちは野郎どもの間にささやかれていたようだ。
どいつもこいつも、今の俺が、30年前のイメージと体型のまま現れて、いったい何をして暮らしているのかさっぱりわからなかったようだ。俺は職業を尋ねられると、『あててごらんよ?職務質問されると、おまわりはバンドマンか?美容師か?って聞いてくるけどね』ってはぐらかしてたからな。

一通り、名前と顔が一致する奴、向こうは俺を覚えてるけど、俺はすっかり忘れ去っている奴と挨拶をかわし、ホテルの11階の窓から外を眺めていた。
すると、誰かがすごい勢いで近づいてくる気配を感じて、俺は振り向いた。

そこには、小学校から同級生だったK子が、嬉しそうに立っていた。そうして、すごくうれしそうに俺が同窓会に来たことを喜んでくれている。俺は、女性にこんな風に扱われるのに慣れていないんで、きっと頓馬な表情で彼女を見つめていたんだろう。

相変わらず、可愛らしい。
へんに老け込んでなく、昔の少女時代のイメージのまま大人になっている。他のおっさんどもはわからなくても、この人だけはわかる。笑顔も、えくぼも、少し茶色いきれいな瞳も、昔のままだ。肌だって、きれいだ。
俺は世間の塵芥にまみれて、こんな体たらくだというのに・・・。

高校を卒業して、彼女はすぐに結婚したと聞いていた。今は東京に住んでいるという。
もう30年近く思い出すことすらなかった人なのに、も・の・す・ご・く、切ないような、照れくさいような思いが胸の奥から瞬間的に吹き上がってきて、俺は思わず一歩、二歩と距離をおいてしまう。
すると彼女はその距離を、一歩、二歩と詰めてくる。俺はまたまた一歩、二歩と動くが、それすらも彼女は詰めてくるんだ。いや、そんなに喜んでもらえると、ますます照れくさいじゃないか・・。
まだ素面だったんだが、何をしゃべったかまったく記憶にないくらいだ。まったく、この俺をそんな風にしちまうなんて、彼女は素敵な女性だってことだ。素敵な女性には、歳なんてカンケーないんだぜ。

他の同級生の女性には、軽口だってぶちかませる。けど、彼女にだけはちょっと照れくさくて、なんにも言えなくなってしまう。
俺にとっては別格の存在なんだ。
そもそも、俺が中学受験することにしたのは、この学校の数学教師の娘である彼女が受験するってんで、俺もその気になったわけだ。そう考えれば、彼女は今日の俺を作ったキーパーソンだ。

う~む、まいったなぁ・・・。こんなこと、予想してなかったぞ、俺。
俺は、照れくさく、会が始まっても、彼女から離れて座り、素面じゃやってられないぜって風情で焼酎をロックでガンガン飲み続け、誰よりも大騒ぎ、ゲラゲラ高笑いして、何度も椅子から転げ落ちていた。
まぁ、いつもの仲間うちの飲み会のノリ、そのままってこった。金回りでは負けてても、ノリにおいて俺の右に出るもの無しだ。俺自体が別格の存在だ。圧倒的なプレゼンスだ。良識ある人々には、まったく顰蹙ものだな。司会をやってた同級生に、名指しで注意されちまったよ。

他の同級生の女の子が、K子と話しておいでよって、何度も言ってくれたけれど、俺は恥ずかしいから、無理!って言って、焼酎をロックで飲み続けた。

会が終わって、一言二言彼女と言葉を交わした。ついでに携帯の番号も交換したけどな。
何とも言えない、恥ずかしいような、有り難いような、切ないような感情がこみあげてきて、泣きそうになっちまったよ。これから先、逢う機会なんてあるのかな?
やっぱり、もっと話しておけば良かったな・・・。

彼女たちは、女性だけでお茶をしに行くと言って帰って行った。
俺は二次会にもゆかず、一人電車に乗って帰った。
電車を降りて駅舎を出た途端、猛烈な吐き気に見舞われて、ロータリーの雨水マスのグレージングに反吐をぶちまけた。そうして、よろよろとタクシーに乗り込み、動き出したとたん、再度吐き気に見舞われて、車を止めてゲロはいた。

そうしてさっきまで、ひっくり返ってねむっていたのさ。あぁ、腹がすいて眠れないぜ。

読者諸君、失礼する。どうせ俺にはこんなのがお似合いさ。ロマンチックの欠片もないのさ。昔の彼女に反吐が出るって言われたことすらあるくらいだからな。

2015/05/21

Post #1506

Bremen,Germany
昨日は打ち合わせを二件こなすくらいしかやることのない一日だった。
仕事が暇だと、そんなことでもないと他人とほとんど話さないありさまだ。
こりゃ、偏屈で寂しい老後を迎えることになるだろう。間違いないぜ。
こんな俺をわざわざ訪ねてくるのは、生命保険のセールスのおばちゃんくらいだ。相変わらずおばちゃんには大人気だけどな。
こんな時に、君が訪ねてきてくれたなら、どんなに楽しい時間を過ごせるだろうか?
若い頃から俺はずっと反体制でやってきた。だから、俺には友人が少ないのさ。仕方ないぜ。何しろ俺は上っ面の話題だけが上滑りするような友人じゃ、退屈しちまうからな。本音の話で盛り上がりたいのさ。
昨日は初夏の陽気だったなとか、アマゾンからCDが届いたんだなんて話をしても仕方ないだろう。俺がする話じゃないのさ。だれか別の人にお任せしよう。

そうだなぁ、何か話題になるようなことはないかなぁ・・・。

そうそう、実は今度の土曜日に、高校時代の同窓会があるんだが、イマイチ気乗りしないながらも、つい出ることにしちまったんだ。まったくもって、金と時間を無駄にしにゆくのさ。会いたい奴もそうはいないし、俺の高校は男女の比率が7対3くらいだったから、集まるのはおっさんばかりだ。さえないぜ。
だいたい、何十年もあっていない奴らと話をしたって、お互い話題もないだろうよ。
なにしろ、俺の通っていた高校の連中ときたら、医者の倅とか、とにかくやたら金持ちのボンボンばかりだったからな。今となっては、反体制でドロップアウトの俺とは、まったく住む世界が違うのさ。
こりゃ、天気の話でもするしかなさそうだな。やれやれ・・・。それについては、また話す機会もあるだろうよ。

毎日なにか面白おかしいことがないとな。人生が萎れちまうぜ。
しかし、そんなことを言っていられるのも今のうちだけだ。俺にははっきりわかってる。今は自分を休ませて充電する時期だって。そんなときもないとな。

なにしろ7月になれば、長期出張ででかい現場が俺を持っているんだ。
漢の仕事だ。浮ついた奴なんてついてこれないぜ。
未だかつてない重責なんだ。しびれまくること請け合いだ。正直、今の俺の実力でやり切れるか不安で仕方ないけれど、こいつをやり遂げれば、俺の仕事のレベルはまた何段かステップアップすること間違いないだろう。七転八倒してピンチを切り抜けるのが楽しみだ。
ワクワクするぜ。
だから、いま大してすることがなくったって、その長丁場を思えば、その手持無沙汰を愉しめばいいってことがよくわかる。これでいいのさ。

まぁ、どこでどんな現場と格闘することになるかなんてことは、ここには書けないけどな。こう見えて俺にだって、仕事上の守秘義務ってのがあるのさ。
そして、その現場を何とか切り抜けることができたなら、そのあとは息継ぎする間もなく、来年の3月まで、次の仕事が固まっているんだ。走り出したら気を抜く暇なんてありゃしないさ。

俺はいつも思ってることがあるんだ。
何をって?
そう、どんな仕事でも、目の前のことに精一杯取り組まない限り、次のステップに進めないんだってことさ。俺はそれをいつも自分に言い聞かせてるんだ。
だってそうだろう?どんなにでっかい夢を抱いていても、目の前のことに真剣に取り組まない限り、前には進めないんだぜ。当然、その夢に行きつくことなんてできっこないさ。

言ってみれば、説教好きな親父が、居酒屋で一杯やりながら言いそうなくらい月並みなことだけど、それが間違いないってことが、俺には経験的にわかってる。どうしてって聞かれると、苦労自慢みたいになるから、あえて言いたくないけどね。だって、過ぎてみれば、どんな苦労も笑い話だから。そうじゃないかい?

読者諸君、失礼する。今日はなんだか散漫な話になってすまない。まぁ、そんなときもあるってことさ。

2015/05/18

Post #1503

Bremen,Germany
昨日の夕方、久々に事故ってしまった。
ここ2年くらい無事故でなんとか乗り切ってきたんだが・・・。痛恨の極みだ。
あぁ、凹むわぁ・・・。

コンビニの駐車場で。車を出そうと1メートルくらいバックしたら、駐車してる車のすぐ後ろを走ってきた車の横っ腹に、ドンとぶつけてしまったのだ。マジかよ。
まったく、よりによってどうしてそんなところを走ってるんだよ。駐車場なんだから、バックしてくる奴がいるのは当然だろう・・・。俺も確かに確認不足だったんだろうけど・・・、まぁ、まいったなぁ・・・。あと5秒タイミングがずれていたら、どうってことなかったんだが。事故とはまぁ、そんな風にして起きるものだ。

幸いなことに誰も怪我などしちゃいないんで、物損扱いで済んだのだが、そりゃもう、かなり気落ちするぜ。ついこの間も任意保険の更新の際に、2年前に起こした追突事故のおかげで、等級が下がって保険料が何万円も上がったと、カミさんに小言を言われてうんざりしていたというのに・・・。

さらに幸いなことに、現場は警察署の真ん前んで、事故の届けもあっという間だったし、うちの車の破損もバンパーに傷がついたくらいで済んだんだ。かまやしねぇよ、所詮はバンパーだもん。

しかし、そんな幸いは焼け石に水だ。カミさんは、もっと大きな災難に合うはずが、これで済んだのかもしれないよなんて、気休めを言ってくれているが、とてもそんな気分にはなれないよ。

おかしい。今年は大吉だったはずだ。なのにここにきて仕事はピタリと停滞しているし、子供も授かる様子もない。カミさんとの間にも、先行き微妙な風が吹いている。挙句の果てにこの事故かよ。まったく、踏んだり蹴ったりだ。

仕方ない。秘蔵のカメラの売却を検討するか。とはいえ、いまさらフィルムカメラなんか、ろくな値段つきゃしないよなぁ。

どうにも最近ついてないな。
いや、思えば俺の人生、いつだってついてなかったような気がしてきたぞ。いつだって七転八倒、右往左往だ。そうして年だけ食っちまった。
まったくたまらないぜ。泣けてくるとはこのことだ。

読者諸君、失礼する。

2015/05/17

Post #1502

Copenhagen,Denmark
うむ、身体が重い。昨日は久々に夜飲みに行ってきた。
俺が仕事もせずに、学校なしの小学生のように鬱屈して暮らしているのを見かねた兄貴分のYさんが誘ってくれたのだ。
ジンとワインの大漁節であった。
おかげさんで、今朝は身体がどんよりと重い。
まぁ、たまにはそんな日もあってもイイだろう。
中世イランの科学者にして詩人、オマル・ハイヤームの詩にもこんなのがあるぞ。

『酒をのめ、これこそが永遠の生命、
 青春の果実なのだ。
 バラと、酒と、友の酔う季節に、
 幸福のこの一瞬を味わえ、これこそが人生』
(平凡社ライブラリー刊 オマル・ハイヤーム『ルーバイヤート』岡田恵美子訳P163より)

ポールダンスのショーをやってる店に行き、兄貴と二人、仕事の事や女の事やらを肴に盛り上がり、楽しいひと時を過ごしてきたんだ。その様子はこんな感じ。百聞は一見に如かずだ。
こっちは兄貴分のYさん撮影だよ。

お楽しみのショータイムだ!
あぁ、またこんなもんばっか撮ってるやん俺、反省!
男ってのは、いくつになってもホントに阿呆だな。
しかし、楽しいんだから仕方ない。若いおねーちゃんの肌はきれいだしな。
けどまぁ、若い女は侘びサビを知らねぇから、俺の魅力には気が付かないもんだ。

しかし、俺、この日に限って珍しく、いつも使ってる愛機CONTAX T3を持たずにのこのこ出かけていたんだな。

不覚!

これはもう、はっきり言って武士が刀を忘れて外出したり、サザエさんが財布を忘れて買い物に行くようなもんだ。
去勢された馬でもレースでは突っ走るかもしれないが、カメラがないと人生が物足りないのだ。つまり、古いモノクロカメラは俺の人生のタマタマだってことだ。そういやレンズのことをタマっていうしな。
大いに反省だ。こんな写真はもういいやって思ってたけど、やっぱりこういうところに行くと、見たものすべてモノクロ写真にしたくなるんだ。

それはおれの性だから仕方ないぜ。しかし、済んだことを悔やんでも、どうしようもない。また、小遣いを握りしめてリベンジするだけのことだ。ポールダンスのおねーさんにあげるチップも忘れずにな。

帰りの地下鉄には、佐賀と新潟から来たミュージシャンの若者たちと遭遇し、本の5分ほどの間、アコースティックギターを抱えた若者たちと音楽について語り合ったりもした。たまに外出すると、面白いぜ。

最後にもう一丁、オマル・ハイヤームの詩をあげておこう。こういうのが好きなんだよ。俺はインテリだからな。インテリアじゃないぜ。間違えんなよ。

『大地を駆ける白黒の馬の背に酔いどれを見た。
 異教もイスラームも、憂き世も信仰も、
 神も真理も、聖法も信念も念頭にないありさま。
 二つの世において、これ以上の勇者がいようか。』
注釈:白黒の馬は昼と夜からなる日常の世界の比喩。二つの世とはあの世とこの世を意味する。
(前掲書、P133より)


読者諸君、失礼する。しかし、どうして電車の中で俺が座ってる隣には、誰も座ろうとしないんだ?俺は酔っぱらったおねーさんに、そっと肩を貸してやったりしたかったのに!こんな破格の男を、どうして世の中のおねーさんたちは放っておくんだ?まったく意味が解らないぜ!
どうなってるんだ、まったく!世の中どっかおかしいぜ!

2015/05/11

Post #1496

田県神社奥宮
今日は、特別篇だ。
モノクロ写真は一切出てこない。難しい話もなしだ。
その代り、インパクトは絶大絶倫だ。覚悟して読んでくれ。

昨日は母の日だったそうだが、母のいない俺には全く関係ない。ガキの頃から、この日は嫌いだ。
そこで、カミさんを連れて子宝祈願のために、神社に行ってきた。
愛知県の大県神社と田県神社だ。
まずは大県神社。
ここで子宝守り、2個ペア2,000円也を購入し、姫宮にお参りだ。
大県神社

姫の宮の姫石をやさしくタッチする俺。我ながらいかがわしい雰囲気が漂っている。
姫の宮の奥には姫石がある。これがこの神社の目玉だ。手荒く触っちゃいけないぜ。やさしくタッチするんだ。そうして、子供ができるように祈るんだ。OK、わかったかい?
大県神社は愛知県犬山市楽田にある。梅の季節には、梅園が素晴らしい。しかし、いまは栗の花が満開で、なんだか精液みたいな匂いがただよっているのさ。それもなかなか乙なもんだぜ。

そして、ここでの参拝を終えたら、車に乗って5分ほどの田県神社にお参りだ。
ここは、ストレートで強烈だ。
俺の知る限り、ここに匹敵するのは奈良は飛鳥の明日香坐神社くらいしか思いつかない。
祈祷をおっこなっている拝殿には、右にも左にも長さ2メートル、直径60センチ、重さ250キロという巨大なちんが鎮座している。見るがイイ。


実に、頼もしい限りだ。ガンガン子供が出来そうだ。このちんは毎年3月に行われる祭りのたびに新たに作られ、歳男たちによって神輿に担がれて、のどかな田舎町を練り歩くのだ。
すんげー、楽しそうじゃないか?熱狂の祭りだぜ!
玉垣だって、このありさまだ!ちんがにょきにょき生えてる感じだ。
恥ずかしいを通り越して、もう笑うしかないだろう!

絵馬だってこれだ!もちろん願い事は子宝祈願だ!
笑いがこみあげてくるぜ!
なんだか男の自信が湧いてくるってもんだ。マカだとかバイアグラなんて、全く必要ないって感じだろう?
左側のお守りも、小粒ながらきらりと光る逸品だ。
金色のちんとまんが収められているんだぜ。君にも一つプレゼントしてやりたいくらいさ。さっそく俺は財布の中に持ち歩くようにしてるんだ。カミさん以外にも方々に子供が出来ちまうんじゃないかって、心配になってくるぜ。

奥宮に行くと、これまた強烈だ。

賽銭箱のすぐ横に、これだ!長年みんなが触りまくって、黒光りしてやがる。注連縄がいい味出してるぜ。

神前にもこれだ!反り具合がなかなかに頼もしい!

社頭の鈴だって、この凝りようだ。
なかなかにリアル感がある。

勘違いされると困るが、この田県神社の神様は、ちんそのものってわけじゃないんだ。
スサノオノミコトの孫にあたる御歳神という歴とした由緒正しい神様をお祭りしているんだ。

そして、この神様は五穀豊穣の神様なんで、豊穣のシンボルとして、人間の命のもとであるちんを、神前にお供えするようになったという話だ。

ちんが豊穣のシンボルだってのは、世界中に見られるんだ。なにもここだけじゃない。
古代ローマ人だって、インド人だって、ちんを豊穣のシンボルや魔除けにしていたんだぜ。

人類の文化の、すごく古いところに根差している由緒正しい信仰なんだ。
君、馬鹿にしちゃいけないよ。
何しろ、男だったらたいていは一本持ってる普遍的なもんなんだからね。

日本でも、縄文時代あたりには、こういう信仰が確立していたんじゃないかと俺はにらんでるんだ。

俺たち現代に生きる人間が、どうにも息苦しい想いを抱えて生きていかねばならないのは、こういうおおらかな人間性を肯定することを忘れて、教育によくないとか、恥ずかしいとか言ってるからじゃないのか?
そんなこったから、いつまでたっても少子高齢化にストップがかからないんだ。ここでも俺は世を憂いてしまうぜ。

そして田県神社の参拝のお土産には、必ずこれをゲットしないとな。

田県神社名物、授かり飴だ。

税金の関係で、境内では売ってない。欲しい奴は神社のすぐ裏にあるスーパーの売店に行くんだ。俺も危うく見逃すところだった。

マツタケみたいなのはもちろんちんだよ!
セットになってるほうには、ピンク色のおまんこを象った飴も入ってる。これは俺が食わなけりゃな。カミさんは当然、ちんのほうをしゃぶってもらうのさ。

高校生の時、一つ下の女の子に貰って食ったことがあるんだ。いや、誤解すんなよ、そいつとは何もなかったけどな。

ちんのほうは、話のネタにと、調子に乗って大サイズと特大サイズをもゲットしてしまったぜ。
どうするんだ、これ?正気に返ってみると、処置に困るな。
誰か欲しいひと、いますかねぇ?
欲しい人はコメントじゃ恥ずかしいだろうから、横のメールボックスから、俺に直接メールしてくれても構わないぜ。

ちなみに、売店のおばちゃんの話では、この授かり飴を作ってる職人さんは、息子が飴屋を継いでくれないらしいので、このストロングな飴は、その職人さんが引退してしまったら、もうこの世からなくなってしまうらしい。
惜しい!
しかし、その息子の気持ちも、わからなくはない。人に職業を説明しにくいッたらないもんな。
俺もいっそ現場監督なんて商売やめて、飴屋になろうかとも思ったくらい惜しいぜ。なんせ、こんな飴、そうそうありゃしないからな。オンリーワンだ。

そういえば、何かの小説で若き日の織田信長が、舅の斎藤道三に面会しに行った道すがら、背中に金箔で巨大なちんを描いた羽織を着ていたってのを読んだことがあるが、そんなの俺も欲しくなってくるぜ。道三じゃなくたって、誰しも俺のことを尾張の大うつけ(=大馬鹿野郎)って納得してくれるだろう。人生傾いてなんぼだ。また職質されること間違いないだろうがな。だっはっは!

読者諸君、くだらないと思ってるかもしれないが、神の力を侮っちゃいけないぜ。なんせうちのカミさん、参拝してからなんだかおなかのあたりが、ホカホカ暖かい気がしてきたって言ってるくらいだからな。
困ったときは神頼みだ。
ちなみに、俺が引いたおみくじには、困った時だけ神様神様と頼りにするな!平素から神を信心して、正しい行いを心がけるようにとの神示があった。
ごもっともだな!

読者諸君、失礼する。こんな馬鹿げたことばかりやって、さも楽しく暮らしているようにみええるけど、これでも内心はいろいろあるのさ。

2015/05/10

Post #1495

HongKong
どうしようもないくらい暇だ。
閑古鳥が鳴き喚いてる。いったいどうしたというんだ?思わず憂鬱になってくる。
仕方ない、人生はロックンロールだ。ロックンロールには泥水を飲まねばならない時だってある。今がその時だってことだ。
しかし、ここ何年かこんなに暇だったことはない。今なら、猫のしりふき時給1500円、三食昼寝付なんてバイトでも喜んでやらせてもらうぜ。飼い主が素敵な女性だったらなおヨシだ!
だはっはっは!
うなるほど金があれば、こんなの屁でもないが、口座にはすかしっ屁くらいしか金はないんだぜ。まるで黒ひげ危機一髪だ。まぁいい、ここはどっしり構えよう。人生には仕事以外にもやるべきことはあるはずだ。今がそのときってことだ。金にはならないがね。人はパンのみにて生きるにあらずと親愛なるイエス様も言っておいでだ。最悪、秘蔵のカメラでも売りさばいてこようじゃないか。

そんなことはただの前振りだ。金がないのはいつものことだ。金儲けのためにこの世に生まれたわけじゃない。人生を愉しむために、俺はこの糞溜めみたいな惑星にやってきたんだ。
で、いま俺の人生はちょっと面白いことになってるのさ。

先日、俺は自分の親父に海外旅行の土産を私に行ったんだ。親父は75歳、やもめの独居老人だからな。それぐらいのことはしてやらないと、寂しさのあまり、また新しい彼女とか作りかねないんだ。世話が焼けるぜ。

俺はブレーメンで買った世界遺産ローランドの像の、フィギュアというかミニチュアを土産にしたんだ。かみさんは、そんなもの喜ぶわけないじゃないって言ってたが、おっさんというのはそういうわけのわからんものが大好きだ。。とりわけ、男というのはフィギュアとかミニチュアとかいった類のものが大好きだ。北海道名産、鮭を咥えた熊の彫りもんとかな。
なぁに、俺も親父も男同士だ。気が合わなくったて、その辺の感覚はツーと言えばカーだぜ。
案の定、親父は大喜びだったぜ。せいぜい長生きしてくれよ、俺よりもな。俺はヨイヨイの爺さんになる前にとっととこの世からトンずらするつもりだからな。

すると、いきなり親父(くどいようだが75歳の独居老人だ)が予想もしないことを言い出した。
『忌野清志郎ってのは、スゲーな。』

はぁ、今なんつった?清志郎って言わなんだか?
すごくて当然だ。あれはロックの神の使徒だ。俺的には、忌野清志郎こそ俺の人生の師だ。
俺が会社を辞めて独立したのも、彼の『ロックで独立する方法』という本を読んで決意したくらいだ。
彼がいなければ、今日の俺はないと言えるほどだ。
まったく清志郎こそ、日本が生んだロックの聖人だ。誰が何と言おうと、俺は断言するよ。

『この間、NHKで忌野清志郎の番組見てな、感心したんだ』
そ、それは結構だな。30年遅いがな。
『30年前は、俺はそんなもん、糞みたいなもんだと思っとった。けど、聴いてみると実に素晴らしいなぁ』このじじい、感性だけは衰えていないな。嬉しそうに得意になって話してやがるぜ。

俺は心底驚いたよ。

『で、近所のブックオフに行って、中古のCDを探してみたんだが、なかなかなくて、一枚だけあったがずいぶん高いんだ。』
当然だ。B’zだのAKBだのとちがって、清志郎のソロのCDなんて、そもそもプレス枚数が少ないんだ。しかも、好きな奴しか買わないから、よほどのことがないと手放さないんだ。俺も絶対手放さないぜ。つまり、ロックな心を持った、選ばれた民のための真のブルースであり、ロックンロールなんだ。品薄でも当然だろう。

『世の中が悪くなっていくとか、ニワトリがどこうこうしたとか歌が入っとる奴だわ』
うむ、俺にはそれがどのアルバムかすぐに分かった。何しろ俺は清志郎のアルバムはほぼコンプリート、そしてほとんどすべての曲を歌えるからな。しかも、極上に上手い。君にもサイコ―のラブソングを歌ってやりたいよ。
どうやら親父は、そのCDを買って、毎日のように車の中で聞いているらしい。

はっはっは!ファンキーな糞じじいだ。
それでこそ俺の親父として合格だ!
まったく、人生ってのは予想がつかないもんだな。おもしれーぜ!ゴキゲンだぜィ!

父よ、俺が高校生の時にそう言ってくれていれば、俺とあんたの確執はもっと小さなものになっていただろうよ。
俺は次の日、忌野清志郎の珠玉のオールタイムベストを親父に貸してやった。
親父はいたくご満悦だったぜ。
何しろ、俺が地球にやってきて46年と4か月にして、初めて共通の話題ができたんだからな。

これは楽しみだ。これで俺に子供が出来たら、親子三代でロックンロールだ。頑張って夜ごと種付けしてる間に、親父にももっとロックンロールを仕込んでやるぜ。
なんだかワクワクしてくるぜ。くそじじい、頑張ってガキを作ってやるから、それまで精々長生きしやがれ!そうしたら3人でロックするんだ。ロックンロールが心のなかに鳴ってる限り、俺たちは負けることはないのさ。

Oh Yeah!読者諸君、愛し合ってるかい?俺は君のことを、ずっと愛してるのさ。おっと、俺はホモじゃないから誤解はするな。失礼する、またあおう。

2015/05/09

Post #1494

HongKong 路傍のおばあさん
唐突だけど、俺は実はニーチェにかなり影響を受けているんだ。
ニーチェって誰だよ?って思う人もいるだろう。
昔のドイツの哲学者だよ。『神は死んだ』って、その作品の中で高らかに宣言した哲学者だよ。
とはいえ、その著作は『ツァラツストラはかく語りき』くらいしか読んじゃいないんだけどね。
けどまぁ、俺にはこれ一冊で十分と言えば十分だ。学者になりたいわけじゃないんだ。よりよく人生を生き抜きたいだけなんだ。

もちろん、俺は哲学者じゃない市井の一無頼漢だから、自分の胸に響くことだけを刻んでいるだけだよ。それを自分の生き方やモノの見方に応用してるだけなんだ。
それを、かっこよく言うと生きる糧にするというのだぜ。
そういうことがわからない人には、本を読んだりするのは時間の無駄だろう。
若いころ、土方をやってた時期があったんだが、そんな時でも休憩時間には本を読んでいた。
2tトラックに4tくらい砕石を積んで走っているときも、傍らに本を置き、信号待ちのたびに読んでいた。これは今でもよくやるな。
その時、土方の掘方のおっさんに、『おめぇ、本なんか読んだって、腹もふくれねぇし、金がもうかるわけでもないだろう、無駄だ、無駄!』と言われたことがあった。
そんなものの見方をするニンゲンがいることが、俺には大きな驚きだった。
世の中ってのは、自分で体験してみないとわからないものだ。
もちろん、本を読んだって空腹が満たされるわけでも、金儲けが上手くなるわけでもない。けれど、本を読むことは、自分の世界を広げることだ。経験の意味や世界そのものを理解する基準を、自分のなかに作ることだ。
俺は、そう思っている。だから、くだらない本は読みたくない。それこそ、時間と金の無駄だ。

そんなおっさんたちに、長い間しごかれてきたので、若い衆の辛さはよくわかる。現場仕事の世界には、未だに見て覚えろ、仕事は盗むものという風潮が残っている。しかし、意味の分からないことをやらされるのは、若者でなくても辛いと思う。
俺は、自分がされて嫌だったことは、人にはしたくない。
これも論語の中にある一節から学んだことでもある。『汝の欲せざるところ、人に施すなかれ』というやつだ。単なる知識を、自分の体験に即して、自分の胸に刻み込み、自分の倫理を作っていくんだ。
だから俺は、若い衆に何かを教えるとき、なぜこれをやらねばならないのか、これをやればどうなるのか、そしてなおかつ、具体的な方法をやって見せ、やらせて見せるようにしている。
もちろん、先輩だからって横柄な態度はとりたくない。
ただ、同じ人間としてフラットに接するようにしているんだ。おかげさんで、若い衆にはなつかれる。うれしいことだよ。若い女になつかれるのは厄介だけどな。

仕事に慣れていない若い衆から、他の先輩の態度が我慢できないという話も時折耳にする。若者たちは、例の見て覚えろ的な偏固な職人さんからの扱いにウンザリしてるのさ。
よくわかる。俺もそうだった。

そこで、ニーチェの出番だ。
ニーチェは、人生をラクダの時代と獅子の時代、そして嬰児の時代の三つに分けた。

俺は若い衆に穏やかに語り掛ける。

『いいか、君たちはまだラクダの時代なんだ。君たちにとってこの社会って奴は砂漠も同然なんだ。そこで、重い荷物を背負わされ、飢えと渇きに苦しんで進むしか道はないのさ。そうして今は、社会や仕事について必要なスキルを身に着けるべき時期なんだ。不満があるのはよくわかるけど、そいつはある意味当然さ。俺だって、そんな時代があったんだ。スコップで殴られたことすらあったな。けど、それはいつまでも続くわけじゃない。』

若い衆はじっと聞いている。

『君が30くらいまで我慢して、自信と技術を身に着けたなら、新しい時代が始まるのさ。それは獅子の時代だ。獅子は草原で獲物を狩るように、既成の価値観や体制に、旧世代の人間に戦いを挑むんだ。もちろん、いつも勝てるわけじゃない。
けれど、戦いを通じて、自分を確立していくべき時期なのさ。
俺だって、必死に戦ったよ。社長となぐり合ったり、先輩と競い合ったり、組合や上司や役員全部を敵に回して、たった一人で会社の中で戦った時代もあったさ。
もちろん、負け戦だってあったが、無駄な戦いじゃなかった。
その闘いの日々を通じて、自分ってものがしっかりと築きあげられたのさ。
その日のために、今を耐え忍ぶことが必要だ。未来は君たちのものさ。』

若い衆は目を輝かせて聞き入る。その復讐と勝利の日々を夢見ているに違いない。俺は続ける。

『けれど、戦いの時代はいつまでも続かない。戦いは不毛なんだ。
どこまで倒しても終わりなんかないんだ。
じゃぁ、どうする。そう、戦いの時代は30代でやめておこうよ。
そこから先は、戦う必要なんてない。20代の修行と30代の闘争で、自分のなかに培ったものを糧にして、自由に創造する時代がやってくるんだ。
もちろん仕事だけじゃない。それは人生そのものに関しても言えることだ。
自分の中から、価値あるものを、世界の何もかもが新鮮な赤ん坊のように、思うがままに生み出していけばいいのさ。自分ってものを打ち立てたら、戦いなんて、不毛なんだ。
俺はだから、もう下らない戦いはしないよ。人生を愉しむのさ。』

若い衆には、まだその地平は見えてないけれど、そんな世界があることだけは示せたかな。

そんな話を、現場の休憩時間にしたりする。
なんて楽しいんだ。
いつも俺は思うよ。自分が得たものを、まるでコップからコップに水を移し替えるように、この目の前の若者に伝えることができたならって。そうしたら、この若者は、俺よりも早く、今俺がいるところまでたどり着くことができるだろう。
そうすれば、俺よりももっと高いところまで、はるかに遠いところまで到達することができるだろうって思うのさ。出来ることなら、俺よりも大きな人間に育ってほしいと、若い衆に希望を託さずにはいられない。もちろん、これもニーチェの思想の影響だな。

読者諸君、失礼する。今日はなんだかまじめな話になったな。けど、これはフィクションではないんだぜ。俺はそういう男なのさ。俺についてこい!って感じだぜ。

2015/05/07

Post #1492

Bhaktapur,Nepal
思いっきり、暇でござる。
日本に帰ってきてから、仕事の風がぴたりとやんだ。当てにしていた仕事も延期になった。こんな時は悪あがきせずに、内心の動揺不安を抑え込んで、どっしり構えていたほうがイイ。
慌てる乞食は貰いが少ないって奴だ。果報は寝て待てだ。
できればこんな時こそ、君がすぐそばにいてくれて、いろいろと話し合ったりできたらイイのにとは思うけれどね。


さて、承前。

どうにも最近、このブログが私小説的になっているように思うが、どんなもんだろう。
自分でも、こんなに赤裸々にいろいろ書いていいものかなとも思うが、まぁ、手を付けちゃったんだから進めるしかないだろう?君だって、気になるんじゃないのかい?

とはいえ、内容が内容だけに、書きにくいッたらないな。

カミさんは俺に涙ながらに訴えるんだ。
『子供を作れなければ、生きている意味なんてない。それに誰の子供でもいいって言ってるわけじゃないでしょ』
うむむ・・・。
『私は何年も前から子供が欲しいって言ってるのに、』
えっ、俺は何もきいてないぜ。そんなこと言ってたっけ?
『あんた、いつも夜勤や出張ばっかりだし・・・。だから、たまに家にいるときにそれとなく誘ってみても、あんたはもう寝なさい、明日も仕事なんだからとかいうばっかりだし・・・』
うむむ・・・。
『法事とかでもあんたは、おばさんたちにうちは子供は作らないことに決めてるんだとかぬけぬけと言ってたし…』
確かに言ったな・・・。
しかしですねぇ、俺の商売なんてまったく先の見えない博打みたいなもんだしなぁ・・・。
『わたし、子供の養育費くらいしっかり貯めてるし・・・経済的にも不安なんてないんだって・・・』
えっ、そうなの?いつの間に?
『会社だって、産休制度とか育児休暇とかしっかりとれるところで働いてるんだから、子供作っても、経済的に何の不安もないよぉ・・・市の保育制度だって、3か月から預かってくれるし・・・』
うむむ・・・。どれも返す言葉もない。

『それに、あんただって、子供がいたほうが絶対かっこいいって・・・そう思うもん・・・』

そういうもんかねぇ…。
ここまで自分の女に言われてぐずぐず言ってるのは、男としてそうとう格好悪いぜ。

俺は、天然パーマの子供を引き連れた自分の姿を想像してみた。

相変わらずのロック野郎な男伊達、もじゃもじゃした長髪を風になびかせながら夕日の街をそぞろ歩くと、これまたくりくりした髪の毛の子供がおぼつかない足取りで後をついてくるんだ。
時折抱き上げ、肩に乗せる。
急いでるときには、その小僧をわきに抱えて走るんだ。小僧は面白がって、ころころ笑うだろう。
子守唄はロックンロールだ、英才教育だ。
あえて危険なことを面白がってやらせてみたりするんだ。もちろん、ほんとに危ないときにはがっしりと鷲掴みして護ってやるのさ。それは俺の役目だ。
ユニクロの服を着たそこらのお父さんとは、一味もふた味も違うだろう。

俺以上にとんでもないニンゲンを作り出して、この退屈な世の中に解き放ってやるんだ。
さんざん苦労すればイイ。そのほうが味わい深い奴になる。
悪いけど、子供は男の子しか想像できないぜ。

悪くない。全然悪くない。いやむしろ超かっこE!

『分かった。よくわかった。わかったからもう泣くな。そして、パンツを脱げ!今から作るぞ。』

人生、先はどうなるか分かったもんじゃない。けれど、大事なのは今だってことだ。あたりまえのことだ。先々、自分がどうなっても、カミさんはきちんと育て上げてくれるだろうよ。それでこそ、俺のカミさんだ。俺以上に信用できる。俺はまったく信用ならないろくでなしだ。

ことが終わったとき、俺の頭に電光のようにひらめいた。
子供の名前がスパークしたんだ。

命名、麒麟児。これしかない。

どうだ、スゲーだろう。こいつはそこいらに溢れるキラキラネームとはわけが違うぜ。由緒正しく格調高いんだ。まるで大昔の相撲取りみたいだ。
新明解国語辞典によれば、麒麟児とは技芸才能がすぐれていて、将来が期待できる少年とあるんだぜ。昔神童、今不良と言われる俺の子供にもってこいだ。
一言言っておくと、麒麟ってのは、動物園にいるキリンじゃないぜ。
キリンビールのラベルに書かれている麒麟だ。
あれは古代中国で、聖人が生まれ、王道が行われているときに現れるとされていた霊獣だ。
つまり平和の象徴なんだ。けっしてアル中になってほしいわけじゃないんだぜ。
素っ頓狂な名前のようだが、カミさんもどうやら気に入ってくれたみたいだ。
もっとも、テストの時に名前を書くのが億劫ではあるよな。
織田信長の長男の信忠は、その幼名を奇妙丸と言った。生まれたばかりの顔が奇妙だったから信長が名づけたそうだが、それにも引けを取らないイカれたセンスだな。

以来、俺は気を取り直して頑張ってる。
ウサギが20匹、ベッドの上で跳ね回ってるみたいだ。
名前は決まった。俺は目には見えない命の海から、この麒麟児(仮)を召喚して、破天荒なとんでもない奴に育て上げるんだ。くそ、目にもの見せてやるぜ。

麒麟児、早く俺のところにやってこい!
どんな女よりも可愛がってやるぜ。

読者諸君、失礼する。この件に関して、あんまり口外しないでくれよ。カミさんにばれたら最後、ぶっ殺されちまうぜ。でも、女の子が生まれてきたら麒麟児はまずいな。そん時はまた考えるか?

2015/05/06

Post #1491

HongKong
今回の旅行の間にも、いろんなことがあった。
内縁のカミさんとのことだ。

内縁のカミさんが、子供を作りたがっているという話は、ずいぶん前に書いた。彼女はもう42歳で、年齢的には限界だろう。その話が出てから、何度もトライしているんだが、なかなか簡単にはことは進まない。最初は勢いで乗り気になった俺だが、なかなかうまくいかないと、心中焦ってもくるし、また疑念も起こってくる。正直、何回か受精はしても、子宮内に着床する前に流れてしまったんではないかってこともあったようだ。
おまけに、年齢的に不具や障害児が生まれてくる可能性だって高いから、血のつながった子供は諦めて、養子をもらったらどうかという、一見真っ当そうでいて、すごく失礼なことを言われたりもした。理念としては正しくても、情念として納得いかないこともあるのさ、人間だもの。

子供を持つことを考えると、自分が真っ暗な闇の中、断崖絶壁の端に風に煽られながら立ちすくんでいるような気分になる。

自分の人生の可能性が、それで狭まってしまうのではという、懼れのような感覚だ。

誰しも普通にやっていることが、俺にはどうにも取り返しのつかない道に、一歩を踏み出すような恐ろしいことに感じられる。

親愛なる読者諸君、君たちはひょっとしたら気が付いてるかもしれないけれど、俺はどこか尋常の人間とは違う、何か「だいそれたこと」に心捉われている人間だと、自分のことが思える。
その尋常でない「だいそれたこと」ってのが何なのか、自分でもはっきり言えないけれど、生とか死とかいう抜き差しならないことや、他人を愛すること、社会とどうかかわるかってことにかかわっているように思える。
それは、ある意味ですべて幻想かもしれない。いやむしろ、俺という一人の人間が病理のように抱え込んでいる妄想と言ったほうがイイかもしれない。
そんなことを思うのが、自分でも大人になり切っていないと感じるけれど、それが俺に文章を書かせたり、狂ったように写真に向かわせたりする。
そして、その「だいそれたこと」に近づいて行こうと足掻くとき、その俺の姿は、世の中の常識や倫理から逸脱したものに見えるかもしない。その表面的なあらわれだけをみて、反吐が出るって吐き捨てるように切り捨てられることすらあるだろう。

けれど、俺はいつだって、至って真剣なんだ。わかってほしい。

今回の旅の間、カミさんは子供を作るために、あれをせがんできた。

俺は決してアレが嫌いなわけじゃない。むしろ、お好きな部類だと思う。
けれど、俺は、子供を作るためにするってのが、どうにも本末転倒な気がして、ふさぎ込み、途中でやめてしまった。
そういうもんじゃないだろうって思ったのさ。俺はカトリックの信者じゃないんだからな。
それに、俺の残り少なげな人生、ひょっとしたら他の女性に心奪われて、今のカミさんと別れてしまう可能性だって、ゼロじゃないんだから…。
こればかりは、男と女のことだから、まったくわからない。人の縁というやつは、どこでどうつながっているのか、皆目見当もつかない。
そうなったとき、自分の子供がいることが自分にとっても、彼女にとっても、そして当の子供にとっても良いことなのか、どうにも判断出来なかった。

籍も入れずに彼女とは20年連れ添ってきた。それがすでに尋常じゃないってのは理解してるつもりだ。それが良かったのか、悪かったのか。
その間に、どうして子供を作らなかったのかと、詰るように問われるかもしれない。
けれど、それには自分なりの葛藤だってあったし、経済的な不安もあった。
自分が母親とは早くに死に別れ、父親とは一言では説明できない根深い葛藤だってあったから、家族ってものに対して、嫌悪感のようなものを抱いていたのかもしれない。
だから、その点で俺を責めないでほしい。誰にだって事情はある。
過ぎてしまった時間を取り戻すことは、俺にだって君にだって出来やしないのだから。
俺たちにできるのは、それを受け入れて、最善だと思えることをするだけだろう?違うかい?

なにより俺は、自分が世界で一番信用できない。
これは勝手な男の、勝手な言いぐさかもしれない。
けれど、自分自身に可能な限り誠実に対したとき、それこそ真っ暗闇のなか、険しく細い尾根を手探りで歩いているような恐ろしさを感じたんだ。
どうか君には解ってほしい。

それから二日ほど、自分とカミさんは日中別行動で、俺は独りで電車に乗って、まったく見知らぬ北欧の街をカメラ片手にさまよっていた。写真を撮りながら、食事もとらず、強い海風に煽られ、時折降る雨にも傘すらささず、ひたすら自分を罰するように歩き続けた。
そして、この旅から帰ったら、カミさんと別れることすら考えた。
どうしても子供が欲しいのなら、他の人と作ってもらってもイイんじゃないかってことだ。俺みたいな訳のわからん非常識な人間の子供なんて、考えただけでも大変な人生を強いられるのは間違いないからな。

で、ある晩のこと、カミさんは泣きながら訴えてきた。

『自分の人生は、子供を作れなければ、何の意味もない』って。

読者諸君、今日はここまでにしておこうよ。自分で書いてても、なかなかに厳しい話題なんだ。のろけを書いてるつもりはまったくないんだぜ。自分の中ではギリギリのことを絞り出すように書いているつもりなんだ。心が落ち着かないんで、あてもなく車を転がしたい気分さ。
失礼する。

2015/04/18

Post #1473

Essaouira,Morocco
今夜はプリントしたいので、手短に済まそうか。

自分にとって、大切な人が悲しみにくれているときに、俺にはその悲しみを癒してやることはできない。
俺は神様でも仏様でもないので、起きてしまったことを、そしていずれ必ず起きることを、どうしてあげることもできない。どれだけ何とかしてあげたくても、俺もまた無力な人間に過ぎないからだ。

当然のことだ。

けれど、せめてその悲しみを理解し、その人の心に寄り添っていられるような人間でいたい。
その悲しみの幾分かを、ともに分け持って、担うことできる人間でいたい。
口元を一文字に結んで、嘆き悲しむ人のそばに、寄り添っていたい。
それで何か、俺に得があるわけでもない。自分がそうしたいから、そうするだけだ。
できることなら、その人が喜んでいるときに、その喜びをともに感じることができたなら、なおヨシだ。
人生の意味は、そこにある。資産を増やすことなんかには、人生の意味なんかない。

そんな人間で、俺はいたい。
それが俺の小さな願いだ。
けれど煩悩深重な我が身を省みると、それすらも大きすぎる願いに思える。

もっとも、人によってはそんな願いを持ってる俺に、反吐が出るというだろうがね。
もちろん、そういうことをあえて言ってしまう自分自身が、とんでもない偽善者に思えて、不愉快にもなる。
けど、言いたいから言っているのさ。

読者諸君、失礼する。俺はまともなニンゲンになりたいと願っているんだけど、そう願えば願うほど、世間の常識から離れていき、ろくでなしのように扱われるのさ。そんなもんさ。

2015/04/17

Post #1472

Helsinki
人生に、もっと冒険が欲しいものだ。
安定なんて、退屈じゃないかい?
毎日まいにち、同じ電車に乗って、同じデスクに座り、仕事をして何十年なんて、考えただけでもぞっとしちまう俺なのさ。
人生が、パソコンやスマートフォンの画面の上だけで進んでいくなんてのは、御免こうむる。

自分の足で、どこか見知らぬ土地に出かけ、見も知らない人と出会いたい。
毎日、いろんな考えの人と話し合ってみたい。
その人たちに、世界がどう見えているのか、知りたいし、理解したい。
花の香りに誘われていたい。
人々の声に耳をそばだてていたい。
美しい女性に目を奪われていたい。

思い描く世界は発見に満ちている。
まだ見ぬ人々は、俺をワクワクさせてくれる。

けれど、実際には毎日が物足りなくて仕方ない。
あんまり物足りないんで、たまには紛争地帯にでも行ってみたくなるし、鬱病のパイロットの操縦する飛行機に乗ってみたくもなる。もちろん、ブルース・ウィルスやスタローンみたいに、そんなピンチをギリギリで切り抜けたりして、笑い話にしてやるのさ。

さてと、今日で、しばらく仕事からは解放だ。
もちろん、打ち合わせだの、請求書だの帳簿だの、次の仕事の営業活動なんかは、やっぱりやらないとヤバいんだが、とりあえず自由な時間が手に入るのさ。誰も俺には構っちゃくれないから、一人で家に引きこもるのさ。

今年も俺が、年明けからほとんど休みなく突っ走ってきたのは、お馴染みの読者諸君はご承知のこったろう。店舗内装の現場監督って仕事は、決して嫌いなわけでもないけど、これだけやってて年老いて死んでいくのは、退屈でしょうがないのさ。

君は、みんなそうして生きているっていうんだろう?
冗談じゃないぜ。
こう見えて俺は、生まれついての道楽者なのさ。
歌い踊ることが大好きだし、本を読み耽ることも大好きだ。そして、もちろん写真を撮ってプリントするのが大好きだ。ついでに言えば、女の子も大好きだ。向こうはそうでもないみたいだがね。

しかも奇遇にも、明日からはカミさんは仕事で出張だ。しばらくは俺一人の生活だ。
心置きなくプリントでもさせてもらうとしようかな。

読者諸君、失礼する。こうしちゃいられないぜ。さっさと眠るさ。なんせ、今日で仕事が一区切りなんだからな。

2015/04/16

Post #1471


Hong Kong
先日、自分のFBにUPしたブログの更新記事のコメントに、古い知り合いの女性から、痛烈なお言葉を賜った。Post #1458に関するものだ。

彼女曰く『よその女に子供を作らせて、自分の奥さんに育てさせるなんて寝ぼけたこと言ってる奴に反吐が出るね!』だそうだ。
参考までに付け加えると、この寝ぼけた奴とは、他でもない俺のことだ。

まったく、返す言葉もないくらいだ。俺は、気の利いたちょっとダーティーなユーモアのつもりだったんだがね。

俺の下らないユーモアで、ご気分を害されたようだから、この場を借りて謝るよ。
陳謝する。反省するよ。
今後はもう少し控えめにさせてもらうよ。反吐が出ないくらいにね。
きっと、俺の文章の面白さは当社比―50%くらいにはなるだろうけれど。

俺は人間を46年ほどやらせてもらってますが、反吐が出るなんて言われたことは、なかなかに無い。面と向かって言われたわけではないけれど、精神的になかなか堪えるものがあるな。

実生活でも、世間様から図太いとか、心臓に毛が生えているとかさんざん言われる俺だけれど、こうして真正面から反吐が出るなんて言われると、なんともやり切れない気分になるよ。

俺自身、自分の言っていることが、時に世間の常識から逸脱したことを言ってるという、確かな手ごたえを持っているんだが、今回の件は俺としちゃ、ちょっと実際にカミさんとの間で交わされた際どい冗談を、そのまま書き記したつもりなんだ。

結果人間のクズ呼ばわりされたしまったわけだ。
自分にとって、どうだってイイ人間に、どれだけクズ呼ばわりされようが構わないけれど、そうそうお会いすることもないけれど、自分としては確かに大切な人からクズ呼ばわりされるのは、かなりキツイ。

俺としちゃ、悪気なんかさらさらない、ちょっとしたユーモアのつもりだったんですがねぇ・・・。やっぱり、いけませんかねぇ・・・?

俺ははたと考え込んでしまう。

こいつは俺の個人的なブログでの発言だし、たとえそうではなくて私小説かなんかだったとしようよ。
で、俺は社会常識に抵触しない、毒にも薬にもならないことしか言うべきじゃないのかな。
考えてみたり、書いたりしただけで、実際にはそんなことしちゃいないのに、実際にやったかのようにクズ呼ばわりされるものだろうか?
まぁ、親愛なるイエス様は、『OK、その通りだよ。考えたらやったもおんなじだもの』と言うだろうが。

万一、実際にそんなことがあったとしたら、なかなか洒落にならないんで、決してここに書くことはないだろう、・・・たぶん、・・・書くかもしれないが。

俺のことだ、なんとも言いかねるな。
何しろ、俺は自分自身のことが世界で一番信用できないんだ。俺の予想を超えることを、俺はいつだって軽々とやってのけてしまうからな。
いつだって、逸脱してるんだ、おっ、ダジャレだ!

俺はここで決して、道徳の教科書みたいなものをやりたいわけじゃないし、どこか戯作者的に自分の考えや生活を、冗談めかして描いてみたいと思ってるんだ。
政治的、倫理的、社会通念的に正しいことしか言わない奴なんて、俺は友達になりたくないもんな。

正直に言って俺は、自分が実像等身大よりも高級な人間に思われたりするよりも、実際よりも軽く見られて、君たちの失笑を買っているほうが望ましいと思ってるのさ。

俺が素晴らしい奴だとか、イイやつだとか、まかり間違って思われちまった日には、うっかり羽目も外せないだろう。

健康で正しいということほど、人間を無情にすることはない。

金子光晴もそう詩に書いていたっけ。

俺は不健康で、悪いってことに、寛容でありたい。
そして、望むと望まざるにかかわらず、そう生きざるを得ない人間の性に対して、俺は興味と感心を持っているんだ。
世間の常識や法律の話をしているんじゃないんだよ。
いやむしろ、光に憧れながら、闇の中をさ迷い歩くしかできないようなものこそが、人間の姿だとすら思えるよ。
人間の本質ってのは、世間の常識良識、法律なんかとは、ぜんぜん違うものだと思えるんだよ。
それをひっくるめて、人間を理解したいと俺は思ってるし、世間の良識常識なんか屁とも思わないような人間でいたいと思ってるんだ。

俺自身は、自分の趣味に合わないスノッブな奴をこき下ろすのはやぶさかではないけれど、基本的には、どんな人間に対しても、一人の裸の人間として、率直でユーモアをもって接していきたいと思っているんだけどな。

けどまぁ、今更何を言っても弁解がましくなるだけか・・・。

読者諸君、失礼する。何が言いたかったかっていえば、自分の軽口のせいで、大切な友人を一人失ったってことさ。そんなものさ。かまやしないさ、どうせ死ぬときは一人っきりなんだからな。

2015/04/14

Post #1469

Helsinki
意を決して、かかりつけ病院に行ってきた。
もちろん、ケツから血がブリブリ出てる件だよ!
大腸癌だか直腸癌だったらたまらないからな!
そんなフツーなくたばり方は、御免こうむるぜ。
ダイナマイトで自爆とかさ、もうちょっと世間にご迷惑というか、あっと言わせるような死に方がしたいんだよ!
もちろん、男の仕事が俺を待っていたんだが、ケツから血が出てるのに、気になって仕事なんて手につかないだろう。
俺は、仕事仲間に電話をして、ケツから血が出るんで、病院に行ってから現場に向かうと伝えたんだ。

まだ診察の始まっていない時間に受付を済ませると、先生の奥さんが出てきて、また風邪でも引いたのか?と聞いてきた。
俺はケツから赤い血が出るんだと伝えた。
すると、先生が受付の窓から顔をだし、肛門科の病院に行けっていうんだ。
もっともだ。しかし、俺はこう見えて人見知りだ。会ったこともないような医者に、花も恥じらうような俺のケツの穴を見せて診察されるなんて、考えただけでもぞっとするぜ。

で、俺は毎度おなじみのかかりつけの先生に診てもらうことにしたのさ。

いろいろと受付で質問されたおかげさんで、診察室に呼ばれたとたんに、俺はケツを出して診察台に横になるように言われたよ。
先生は、ゴムの手袋をはめている。
おいおい、何するつもりだよ。
触診だ。俺のケツの穴に指を突っ込んで触って調べるのさ。
かんべんしてくれよ、俺は女の子のおしりに突っ込むのは嫌いじゃないけど、自分が突っ込まれるのは好きじゃないんだ。俺は先生や顔なじみの看護婦さんたちに、実際にそういって与太を飛ばしてやったぜ。

ホモのF社さんよ、よく覚えておけ!俺はケツに突っ込まれるのは、御免なんだ!

俺はカーテンの中で先生と二人っきりだ。
ズボンを脱いでケツの穴を先生に向けながら、なおも往生際悪く言ってやってよ。

癖になったら困るなぁ・・・ってな!

無情にも、先生の指がケツの穴にずぶずぶぶっこまれる。おいおい、ローションとかつけてくれないのかよ?せめて、潤滑剤のついたコンドームとかにしてくれよ!
摩擦係数の高いゴムの手袋が、俺の健康な括約筋を、無理やり押し広げるようにして、奥へ奥へと突っ込まれ、なおかつ何かを探るようにもぞもぞしてるんだ。

いやぁ、もう無理にこんなことしようとはしませんから、神様、俺をこの屈辱的な状況から解放してくれよ!

すると、何かしこりのようなものがケツに突っ込まれた指に当たったような感覚があった。
先生が、「お、あったぞ」とか言っている。やはり直腸癌か?

『痔だな、内痔核。座薬出しとくから、一日2回使うように。とりあえず、それで様子見て、それで改善しなかったら肛門科に行くように』

えっ!?痔?
何それ、俺まだ死なないのけ?
俺、せっかく腹くくったってのに‼

最悪の展開だ。大山鳴動ネズミ一匹だ。
とはいえ、ケツからは血が出ているのに変わりはないんだが。

そういえば、ここ一年くらい、時折ケツの奥のほうで、疼くような圧迫感というか痛みが走ることがあったな。あれは痔だったってこと?
そういえば、ここ最近、残便感を感じることがよくあったな。あれは糞じゃなくて、痔だったってことかよ!
けっ、俺はちっとも嬉しくないぜ!
正直に言って、痔って格好悪いぜ。若ハゲや水虫並に格好悪いぜ。

俺は、座薬を処方されて仕事に向かったんだ。看護婦さんが、その場で座薬入れようかって訊いてきたけど、さすがに丁重にお断りしたよ。そんなプレーはお断りだからな。
現場につくと、俺がケツから血が出ている話を、全員が知っていやがった。
俺が連絡した仲間が、朝礼で俺の勝から血が出てるんで、病院によってからくると、ご丁寧に発表してくれていたんだ。お気遣いありがとう、心配かけてすまなかったな!畜生!
みんなにゲラゲラ大笑いされちまったよ!

カミさんは、俺がほんとにヤバい病気になったもんだと思っていたんだが、俺が痔だと聞いて、大喜びしやがった。俺は大切にされているんだぜ、これでも。

しかし、痔だからって喜ばれるって、何なのさ?
昔々、大昔の中国じゃ、痔の人間は河の神の生贄にするために、生きながら黄河に放り込まれるという名誉?にあずかることができなかったそうだ。痔の人間は神様が喜ばないってこった。荘子にそう書いてある。生贄にされるくらいなら、痔になったほうがよっぽどイイって話だったな。

読者諸君、どうやら、俺はまだまだ死にそうにないようだ。心配かけてすまなかった。っけど、ケツから血の塊は出てるし、ケツを拭くとピンク色ってのは、結構焦るもんだぜ。君も痔になってみれば、きっとわかるさ。

読者諸君、失礼する。まったく、穴があったら入りたいぜ。きっとその穴の中には、痔があるんだろうけどな。生きるってのは、恥ずかしいもんだな。

2015/04/13

Post #1468

Zagreb,Croatia 鷹匠のおじさん
生きすぎたりや、46年。

赤裸々な官能的な写真の数々を世に送り出した不出世の写真家ロバート・メイプルソープは『自分の栄光を見届けるまでは死ねない』と言いながら、名声と孤独感のうちに、エイズでやせ衰えて死んだ。42歳だった。

戦争写真家として世界を股にかけ、報道写真家集団マグナムを創設したロバーート・キャパは、ベトナムでインドシナ戦争を取材中に、地雷を踏んで吹き飛ばされて死んだ。40歳だった。

俺は、自分が無駄に長生きしているように感じるよ。

偉大なソウルシンガー、オーティス・レディングは自家用飛行機で墜落し、キャリアの絶頂で死んだ。26歳だった。

天才ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスは大量のワインを飲み、吐瀉物で窒息して死んだ。27歳だった。

偉大なるロック詩人ジム・モリソンはパリのアパートのバスタブの中で死んでいた。27歳だった。

魂の歌声を持っていたジャニス・ジョプリンは、高純度のヘロイン摂取で死んだ。27歳だった。

ローリング・ストーンズの創設者ブライアン・ジョーンズは、ストーンズを追われ、自宅のプールの底に沈んで死んでいた。27歳だった。

我が愛すべき天才ドラマー、キース・ムーンは致死量を超えるアルコール依存症の治療薬を飲み、死亡。32歳だった。

もう一人の天才ドラマー、ジョン・ボーナムは大量の酒を飲みすぎ、肺水腫をおこして死んだ。32歳だった。

パンクの精神を体現したシド・ヴィシャスは、母親にせがんで与えられたヘロインを大量摂取し、死亡した。21歳だった。

ジョーイ・ラモーン、リンパ腺癌で死亡。49歳だった。

ジョニー・ラモーン、前立腺癌により死亡。55歳。

ディー・ディー・ラモーン、ヘロインの過剰摂取により、49歳で死亡。

カート・コバーン。鬱病と薬物中毒の果てに、ショットガンで頭を打ち抜き死亡。27歳だった。

天才ベーシスト、ジョン・エントウィッスル。ハリウッドのホテルで、ライブの前夜、コカインをきめて売春婦にフェラチオされている最中に、心臓発作で死亡。57歳。サイコ―だ。

そしてジョン・レノン。ファンの手により射殺される。40歳。これも伝説的だ。

愛すべき忌野清志郎。咽頭癌のために死亡。58歳。これは悲しかった。

織田信長、49歳。人生50年だ。

小説家、中上健次、46歳で腎臓癌のため死亡。俺と同じ年だ。

俺は今、46歳。いつお迎えが来ても、おかしくはないだろう。正直言って、この不正義と無法が横行し、人々は互いに分かり合ったり、共感したりしようとしない世の中に、そんなに未練もない俺さ。

読者諸君、失礼する。いつ人間が死んじまうのか、そんなの誰にもわかりゃしないぜ。俺はいつだって、覚悟はしてるんだ。好き勝手やっていたからな。思い残すことなんて、そんなにないぜ。

2015/04/01

Post #1456

やあ、こんばんわ。Sparksです。
今日は少し趣向を変えてみた。
なんといっても、エイプリルフールだしな。
俺は46歳だけど、まだまだこんなんだ。
とんでもない馬鹿野郎なんだ。並の男じゃない。
自分でも呆れるぜ。
けど、この退屈な日本に、こんな奴が一人や二人いたって、かまわないだろう?
そうは思わないかい?

若いころ、ずっと憧れのロックスターみたいになりたいと思っていた。もう30年も前のことだ。
けれどある時、ここまで歩いてきて、あっちに頭をぶつけ、こっちに足を取られしてきて、ふと気が付くと、自分は自分自身にしかなれなかったことに気が付いた。

それでいいのだ。

そう気が付いたら、他人に対しても寛容になれたような気がする。

さて、俺のことを左翼と呼ぶ奴が多い。
俺自身は、中道左派だと思ってはいるが、極左とか左翼とか言われるのは心外だ。
共産党は選挙のたびに投票しているけれど、たまたま俺の考えに近いというだけで、共産主義者になったことはないつもりだ。
俺はどちらかといえば、無政府主義者だし、コスモポリタンでありたいと思っているんだ。
もし俺が、左翼だ、共産主義者だといわれるのなら、俺の好きなカート・ヴォネガットの小説の一説を引用したい。

『そう、ぼくの考えていることは、大多数の人たちにいわせれば、たぶん共産主義思想ということになるでしょうね』エリオットは無邪気に答えた。『だってそうじゃないですか、おとうさん。貧乏人の中で働いていれば、だれだってときにはカール・マルクスにかぶれずにはいられませんよ。―そうでなければ、いっそ聖書にかぶれるかだ。ぼくはそう思うんですが、この国の人たちが平等に物を分け合わないのは恐ろしいことです。こっちの赤ん坊は、このぼくがそうでしたが、広大な地所を持って生まれてくるのに、あっちの赤ん坊はなんにも持たずに生まれてくる―そんなことを許しておく政府は、不人情な政府です。ぼくにいわせれば、いやしくも政府と名がつく以上、せめて赤ん坊にだけは公平に物を分配してやるべきです。それでなくても人生は苦しいのに、貧乏人はそのうえお金のことで病気になるほど心配しなくちゃならない。もっとうまく分配をしさえすれば、だれにもたっぷりゆきわたるだけの品物が、この国にはあるんですよ』
(『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』早川文庫刊 浅倉久志訳 P137)

俺は、長い間、貧乏な連中のなかで暮らしていた。
今もなお、そうかもしれない。ルイヴィトンやシャネルやフェラーリになんか、まったく縁がない。まぁ、君もそうだろうとは思うけれど。それどころか、自分の家も、ローンもない。銀行が相手にしてくれないからだ。

けれど、かまわない。

そうやって、俺は俺になったのだから。
考えなしに浮かれまくって勇ましいことを言い、戦争になったら真っ先にひどい目にあうのがこの貧乏人だ。だから、平和がイイと思っているのさ。
なにしろ貧乏人は、政府からも見放されている。貧乏人は、じぶんよりひどい境遇の人間を見つけて、優越感と安心感に浸るしかない。

さみしい世の中だ。
そんな世の中が、面白くないと思っているから、俺は世間から左翼呼ばわりされてしまうのだ。

ほんとの俺は、そんなイデオロギーなんかに振り回されたくないし、どんな組織にも属したくない。
個人で独立して世間に対峙してゆきたいと願っている一人のおっさんなんだ。

それを強いて名づけるなら、Free Thinker、自由思想家さ。

読者諸君、失礼する。

2015/03/21

Post #1445

Luxembourg Garden,Paris
春分の日だ。
春らしい雰囲気の写真をお送りしよう。
パリのリュクサンブール公園だ。季節は春。マロニエが咲き誇っていた。
俺は、うららかなパリの一日を想い出すのさ。スノッブな奴なのさ。

かつて、遥かな昔。まだこのクニがヤマトと呼ばれていた昔、春分の日には、女たちは日の出から太陽を目指して東へ歩き、正午にいたって陽が中天に差し掛かると、踵を返して、太陽の沈む西に向けて歩いて一日を送る習いだったという。
折口信夫の民俗学の本で読んだように記憶しているが、ずいぶん前のことでもあるし、またそれを探して蔵書の山に分け入っていくのも、難儀なことなので、そんな雅でおおらかな風習が、この国にはかつてあったそうだくらいの話でとどめておいてほしい。
政治家や右翼の人々がいう我が国の固有の文化など、折口信夫が、我々に残された僅かな文献から描き出して見せた、古代の習俗文化からすれば、実に最近の事ばかりであり、政治家のセンセー方の不勉強なことがわかるというものだ。
いずれにせよ、今日を境にいよいよ本格的に春がやってくるのだ。

朝、近所の小川から物音がするので覗き込むと、黒々とした鯉が何匹も泳いでいる。
メスとおぼしき一匹の後を、五匹ほどのオスがついて泳ぎ、求愛しているのだ。
魚すらも恋する季節か!

その一方で、ひとり夜明けの道を歩みながら、俺は自分を持て余し、ふさぎ込んでいる。
花は去年と同じでも、俺は去年より一つ年を取り、死に近づいている。俺に残された時間は確実に減っているのだ。俺は自分がまだ生きていることを確かめるように、息を深く吸い、花の香りを味わう。

俺は秘かに、何らかの使命を帯びてこの世に生まれたはずなのに、その使命をすっかり忘れて、身過ぎ世過ぎのちんけな仕事と、ささやかな道楽、うたかたの恋に幾年月費やしたことだろうかと、自問自答しながら一歩、また一歩と家路をたどるのさ。

しかし、そもそも俺にそんな使命があったものだろうか?

もちろん、そんなものはありはしないだろう。
生まれちまったから、今日も生きているというのが、俺たちの人生の究極の在り様だ。

けれど、俺はこんな年になっちまっても、まだ何か俺には使命があるような気がしてならないんだ。
ただ、堅実安楽に暮らし、小金を貯めて、年老いて死ぬために生まれてきたわけでもあるまいし!
けれど、春が来るごとに、一日一日を過ごすごとに、俺に残された時間は減っているのだと思うと、思わず叫び出したくなってくる。こうしちゃいられないと、力強く駆け出したくなってくる。
そんなわけで、俺は今日も、自分の身の内に滾る力と方向性のない意志を持て余して、内心では悶々としているのさ。

読者諸君、失礼する。俺は赤々とした太い火柱が立つように生きていたいんだ。一瞬だって、手を抜いちゃいられないぜ。

2015/03/18

Post #1442

Praha,Czech
道端の木蓮の蕾がふくらんできた。
もう少しで、俺の好きな木蓮の花が咲くだろう。
白い木蓮は、ヴェルヴェットのような花びらが、清楚な女性の姿のようで、大好きだ。
紫色の木蓮も、艶やかでいながらも、少し人見知りな女性のような可愛らしさがある。
俺は、桜のこれでもっかっていう美しさより、木蓮の大振りだけれど、それでいてひっそりとしたたたずまいが好きなんだ。

やっと、春が来る。

暖かな日差しの中、昨日はアパートの階段の踊り場で、煙草を吹かしながら口笛を吹いていた。
心地いいのさ。
実は俺、口笛の名手なんだ。息を吐いても、息を吸っても、自在に音が出せる。そういえば、口笛を吹いて歩いてる奴なんて、俺以外に見たことがないな。たぶん、みんな俺のように自由自在に吹くことが出来ないんだろう。人生の楽しみ、半減だ。
いつだって、心の中に流れる旋律を、俺は自分の体一つで奏でることが出来るのさ。
そうして手を叩けば、リズムが生まれるんだ。
俺の頭の中には、いつだってゴキゲンなロックが流れているんだぜ。
そいつが俺を躍らせるんだ。
先日出たばかりのノエル・ギャラガーのアルバムの中から、お気に入りの曲を吹いていたのさ。
いつだって、渦巻く思いは、大好きなロックの形を借りて、俺のなかから吹き上がるのさ。
自然と腰も動いちゃうってものさ。

すると、どこからか『こんにちは』って小さな声がする。

俺は周囲を見渡した。
俺の目は近視で乱視で老眼+1だそうだが、心の目が肉体の欠陥を補って余りあるのさ。
声の主は、すぐに見つかった。
俺のアパートの向かいのアパート、一本道を挟んだ向う側の二階の部屋。
その部屋の窓に、小学三年生くらいの小さな女の子が、俺をじっと見ているんだ。
俺も『こんにちは』って手を振ってやったら、彼女も小さく手を振った。
嬉しそうに笑っているのがわかる。
しばしばおっかなそうなおかあちゃんに、叱られている女の子だ。何度か見たことがあるぜ。

俺はいつだって、子供たちの興味の的なのさ。
どうやら俺のようなロックでファンキーな大人は、そうそういないみたいだからな。
ひょっとしたら、子供たちには、大人には見えない何かが、俺の身体から陽炎のように立ち上ってるのが見えるのかもしれないぜ。

彼女は、イイ年をしたおじさんが、口笛を吹いて、独りで愉しそうにしているのが、よほど不思議なんだろう。
けど、何の不思議もないんだぜ。
心の中でロックが鳴っているときには、俺はいつだってゴキゲンなのさ。
俺には、俺以外のおっさんたちが、ちっともゴキゲンそうに見えなくて、いつも疲れた顔をしていることの方が、よほど不思議さ。
せっかくの人生がしおれてるぜ。
俺はそんな生き方は御免蒙る。
いつだって、サイコーな俺でいたいんだ。
第一、そんなふうにしおれていちゃ、君に申し訳がないぜ。恥ずかしいことさ。

俺はにっこりと笑ってから、口笛に合わせて手を叩き、リズムをとってみた。
ちょっと子供には複雑なリズムだ。ついて来れるかな?

すると彼女も、見よう見まねで手を叩く。

楽しそうだ。いいぞ。

俺の中からは、クラッシュやキンクスとか、懐かしいブリティッシュ・ロックが次々溢れてくる。俺はそのメロディーを口笛で奏で、手を打ち鳴らし、ステップを踏み、リズムを表現する。
春の風にのって、俺の口笛は通りをどこまでも流れていく。
女の子は、つられるように手を叩く。

OK、心の中にグルーヴがあれば、水に入っても濡れることもない。これはP-FUNKの総帥、ジョージ・クリントンの名言だ。
小さな君に、俺のグルーブを分けてあげよう。これはどんなに分け与えても、一向に減らないものなのさ。物理法則を超越してるんだ。
君がこれから生きていくあいだ、くじけそうになったって、心の中にグルーヴさえあれば、心が折れる事なんてないはずだ。
さぁ、その小さな手を叩け!

俺は今朝も、その子にあったぜ。学校に出かけるところだったんだろう。俺は雪駄を履いて、不燃ごみを捨てに行った帰り。
彼女は『おはよう』と手を振っていた。俺も手を振って『おはよう!』って挨拶したのさ。

読者諸君、失礼する。今日は15時から打合せがあるんだ。それまでにしっかりと眠って、連日の夜勤で摩耗した肉体を、しっかり休めなけりゃならないんだ。けれど、どれだけ疲れ果てていたって、胸のなかにはグルーヴがとぐろを巻いているのさ。君にも分け与えてあげたいよ。

2015/03/13

Post #1437

Taipei,Taiwan
一晩中、腰に道具を一式巻き付けて、夜の百貨店のそこそこ広い現場の中を歩き回っている。現場は仮設照明しかなく、薄暗い。俺は夜行性の獣のようだ。
朝日が昇る頃、家に帰りつき、疲れ果てて眠っても、足の筋肉が引き攣る痛みで、のたうつようにして目を覚ます。そうして、夜更けに自動更新するために、このブログを書いている。

いつだって、君が見ていても恥じることのないように、おしりの筋肉に力を籠め、背筋を伸ばし、胸を張って堂々と歩いているのさ。
こうして骨盤を引き締めると、自然と背筋が伸びてくるんだ。
なんだって、土台が大切なんだよ。君も試してみるがいい。
疲れ切っていても、ダラダラと足をひきずるように歩いたりしたくない。年相応なんて糞喰らえだ。
そんなの一騎当千の漢にふさわしくないだろう。
俺がどんなに疲れていたって、落ち込んでいたって、何故か仲間たちは、俺が元気だと驚き呆れているのさ。どうしていつも、そんなに元気なんだって、みんなに訊かれるよ。
俺はいつだって、こんなのフツーだよって笑ってごまかすのさ。
どいつもこいつも、俺がベッドの中で痛みのために眠れないでいることなど、知りもしないだろうよ。

けれど、本当は俺と他の男とは、決定的な違いがあるんだ。

それは、俺の心の中には、いつだってロックが響いているからさ。

俺の友人は、かつて楽器を弾けない俺を評して、『ロックンロールを、生き方そのもので表現する男』と言ってくれた。
最高のほめ言葉だとおもう。
残念ながらその友人とは、仕事上の上司部下の関係になり、お互いの立場の違いから、袂を分かつことになってしまったけれど・・・。それもまた人生だ、ロックンロールだ。バンドで言えば、方向性の違いから解散だ。人生はいつだってそんなもんさ。

読者諸君、失礼する。どうせ歩き疲れるのなら、カメラを持って昼も夜も、まだ見ぬ瞬間を求めて街を彷徨い歩いて、疲れ果てたいんだがなぁ。
人間の欲望が渦巻いている、その真ん中を歩いて・・・。