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| 奈良・桜井、大神神社 大物主を祀るこの神社は三輪山そのものが神体だ。 |
この本に収められている『南島の継承祭儀についてー<沖縄>と<日本>の根底を結ぶもの』と題したテクスト(p229~)から、今日の話を進めよう。これは1971年に行われた隆明さんの講演を書き起こしたものだ。
『南東すなわち琉球、沖縄のノロの首長である聞得大君の就任儀式と、天皇の世襲祭儀である大嘗祭🔗との類似を探るということです。この二つは大変良く似ていて、同じところから発生しているいえると思います。この問題については重要であるにもかかわらず、まだ解明されていないところがたくさんあります。』と隆明さんは切り出す。
解明されていないのも当然だ。大嘗祭の祭儀そのものはいかなる高位高官であろうと大学者であろうと、数百年間一切公開されていない儀式だ。令和の大嘗祭においては、その神殿などは国民の理解を得るために広く公開されたので、ご覧になった方もおられるだろう。
しかし、その祭儀そのものは公開されない。
奥能登に伝わるアエノコト🔗と近いものではないかとも推測しうる。目には見えない神霊(アエノコトでは田の神)を迎え、饗応するという儀式だ。
『まず、天皇位の世襲に際して行われる宗教的な祭儀(大嘗祭があります)…中略…
二つの方位にある地域を占いできめまして、その卜定された田地から取れた稲を、収穫してきて、天皇位を継承する人物が食べるということが、その一つの構成要素です。喰べるということはどういうことかといいますと、これは共食するということで、部落中が一緒に食べるとか部落の主だったのが食事を共にするということとおなじで、天皇位をつぐ人物が神とともに食事をするという意味になります。共食というのは利害が同じだとか、血筋が同じだというマジックを成立させるのです。だから共食祭儀は世界のどこにもあるものです。この神との共食は天皇位の世襲祭儀の一つの大きな問題なのです。大嘗祭では、二つの方位のちがった地域から、田地をえらんで稲を持ってきますが、同じように二つの仮の小殿を建てます。それを悠忌殿(ゆきでん)・主基殿(すきでん)と言っています。そこを天皇位を継ぐ人物が巡廻するのです。そうして神との共食を行います。この神との共食は、農耕社会における国家権力という意味合いをもっていますが、宗教的権威・威力というのは、そういうところから選定された米を、神と一緒に喰べるということで、
つまり<権力であるぞ>という擬制が成立するのです。
もう一つの構成要素は、神と共に寝るという、性行為です。つまりセックスです。神と共にねることによって、神の威力を自分が受け取るという意味をもたせるわけです。
悠忌殿・主基殿の巡回あと、夜中すぎ午前三時頃に、天皇位を世襲する人物が、布団にくるまって寝るわけです。布団は二つ敷かれてあって、その一方に天皇が寝て、片一方に神が寝るということになっています。神と寝るといったって神はいないわけですから、ある時代には神の代わりに諸国の豪族の娘が、中央の宮殿にはべっていて神の代理として、実際、性的行為を行っていた時代もあります。いずれにしても神はいてもいなくてもいいわけで、要するに神と性的に寝るわけです。そして、そういうことによって神の威力が自分のところにふき込まれるというマジックが成立します。別の解釈をすれば、性的行為をしないで、ただ生殖行為をすることによって、その年の豊作を予祝するという祭が全国いたるところにありますが、それと同じで、農耕社会の豊作を生殖あるいは性行為によって象徴的に演じるという意味も多分にあります。』
この儀式を折口信夫🔗は、天孫降臨の際、天照大御神の孫にあたる瓊瓊杵尊🔗を地上に遣わす際にその実をくるんだ真床覆衾になぞらえ、天皇が大嘗祭で寝具(真床覆衾)にくるまることで「天皇霊」を身につけるという「秘儀」説を唱えて、長く定説となっていた。もちろん、この吉本隆明の公演が行われていた1970年代初期にも、それは定説と考えられていたのは付言しておこう。折口信夫などが提唱したこの「天皇霊」の概念は、肉体を超えて受け継がれる「霊的な力の源泉」だといえよう。大嘗祭という極めて密儀的なプロセスを経て、新しい天皇にその霊力が「着装」されるというイメージだ。
『これに対して、琉球、沖縄の聞得大君という最高位の巫女は—大体において当初国王の姉妹がなるわけですが—ノロという共同体の女祭司を体制的に編成したときの最高位の巫女です。もちろん現在とちがって、 宗教性が政治性よりも優位、あるいは根源におかれた古い時代では、聞得大君の御託神・御託宣によって実際の政治を行って、その兄弟である王が、国家・共同体を支配することが行われていました。この政治体制は一般的にヒメーヒコ性と呼ばれていますが、聞得大君は、そういう意味で体制化された最高の巫女であるということです。…中略…
ようするに聞得大君の御宣託によって、その兄弟が実際には政治権力を行使するという権力構造があったのです。その就任儀式を、南島では〈聞得大神の御新下り〉といっています。その「は大りといってます。その(下り)はどういう構造をもっているかというと、とよく似て〈御新下り〉はどういう構造を持っているかというと、天皇位の世襲大嘗祭とよく似ていて、構造からいえば、ほぼ同じといっていいのです。…中略…即位の祭は、大庫裡というところで行われます。どういう祭式かと申しますと、大庫裡で王冠を頭にかぶって一種のおまじないをするのです。それからもう一つユインチ、サングーイ(漢字で当てると寄満・三庫裡ですが)を順々に巡拝してゆく行事があります。天皇の大嘗祭でいえば、ユインチというのは、悠忌の国・悠忌殿といっているものに対応し、サングーイというのは、主基の国・主基殿といっているものに対応するとおもいます。そういう巡拝が終わると御待御殿(オマチオドン)といわれているところで—二つの布団が敷かれていて金の枕があるのですが、聞得大君がその一方に寝て、神がもう一方に寝るという儀式があります。神が寝るといってもいないじゃないかということがあります。天皇の場合だったら大体男性なので対手が女性であればいいのですが、聞得大君の場合は女性のなので、対手が男性でなければならないことになります。ここで様々な説があるわけです。』
これは、近世まで琉球=沖縄に保存されていたヒメ・ヒコ制なのだ。
男女が違うではないか、役割が違うんじゃないのか?と疑問を抱かれる向きもあるだろうけど、レヴィ=ストロースの構造主義🔗を援用して考えれば、男女という対になる項目が入れ替わっても、儀式構造とその根底にある神話構造には変わりはないといえるだろう。
では新たに即位した天皇や聞得大君が共食し、かつては同衾し儀礼的な性交することでミニに宿すと考えられていた神とは、いったい何なのだろうか?
吉本隆明の講演を続けて引用してみよう。
『ここでもう一つの問題は、天皇位の世襲大嘗祭の場合の〈神)とは何かということですが、それは天皇の先祖の神である神だというこじつけがあり、もう一つは天孫降臨という〈聖なるもの)としての帝王であるということがあります。また、大嘗祭というのは、各地の村落共同体にある、田の神祭等の豊作の神という解釈もつけられます。そういった解釈のいずれか一つというのではなくて、大嘗祭における神というのは、それらが複合したものとして神が存在するのであろうとおもわれます。それに対して〈聞得大君の御新下り〉の場合の対手方の神は何であるかというと、一つは穀霊神ですが、もう一つは種族の原点というか、故郷からやってくる神だというものとして神が存在するのであろうとおもわれます。勿論、ごくどこにでもある田んぼ神であるというようにも、意味づけられます。やっぱりそれらの複合として考えるのがよいと思います。以下略』(全南島論 P231~P235)
この日本民俗学の天才・折口信夫の提唱した「天皇霊(すめらみたま)継承説」は岡田莊司・國學院大學名誉教授によって、批判され、現在ではちょっと的外れなフィクションだよねという流れになっている。これは1990年(平成2年)の「平成の大嘗祭」を機に広く知られるようになったもので、大嘗祭の歴史的・実証的な姿を提示したものだとされている。
岡田説の核心は大嘗祭から「天皇霊」といった呪術的な神秘性を払しょくし「神秘的な霊の継承」ではなく、「古代以来の国家儀礼としての実像」として捉え直したものだという。
先にも述べたようにかつて折口信夫は、天皇が大嘗祭で寝具(真床覆衾)にくるまることで「天皇霊」を身につけるという「秘儀」説を唱えたが、岡田氏はこれに史料的根拠がないことを示した。そのうえで、岡田氏は、大嘗祭の核心は神秘的な「お籠り」ではなく、天皇が自ら神々に食事を供し、共に召し上がる「神饌供進(しんせんきょうぜん)・共食」の作法にあると論じているそうだ。
このような目に見えない神霊を迎え、ともに食事をとったりしてその霊威を蒙る儀礼は、先にあげた奥能登の「アエノコト」のように、かつては日本中に広く見られたものだ。
とはいえ、岡田氏の議論によれば、大嘗祭に神秘的な側面がないとされているわけではなく、「特定のタイミングで霊魂が乗り移る」という折口的な解釈が否定されていると理解するのが適切だという。
折口説は、記紀神話(天孫降臨)の記述を民俗学的な直感で結びつけた「学術的フィクション」としての側面が強く、(そこが折口信夫のダイナミックであるとともに文学的で、後学を魅了してやまない醍醐味なんだけれど)実証的な歴史学の立場からはその根拠が脆弱であるとされちゃったわけだ。
これに対し岡田氏は、大嘗祭を「天皇が即位後に初めて行う新嘗祭の拡大版」と位置づけ、皇祖神(天照大神)や天神地祇に対する感謝と報告の儀式であるという、より伝統的・形式的な側面を重視している。
1990年代の論争を通じ、宮内庁側も大嘗祭に「秘儀」としての要素(ふとんにくるまる等の所作)は存在しないことを公式に示唆する形となり、現在では、岡田氏の「神饌供進重視説」が学界の有力な見解となっている。
つまり大嘗祭は「神秘的な変身の儀式」から「至高の誠を捧げる祭祀」へと、解釈の重心が移っているとえるだろう。
う~ん、天皇霊ってマジカルな存在が二本という近代国家の最深部に存在しているってロマンがなくなっちゃうと、なんかつまんないですね。まぁ、だからといって俺の生活が何か変わるわけでもないけど…。
「天皇霊という神秘的な力が、代替わりの儀式を通じて受け継がれていく」という物語には、歴史の深みやロマンを感じさせる抗いがたい魅力がある。折口信夫の説がこれほどまでに長く人々の心に残り、語り継がれているのも、それが日本人の感性に訴えかける「美的な真実」を含んでいるからかもしれない。しかし、資料を逆さに振っても出てこないものは仕方ないないな。
史料に基づき、事実に忠実であろうとする岡田説。こちらは「大嘗祭がどう行われてきたか」を明らかにします。つまり「歴史学」としての正しさに立脚しているんだ。
しかし、折口→吉本ラインの『天皇霊継承説』は長らく人々の想像力を刺激し、天皇という存在の重みを表現しようとしていた。こちらは「文化・思想」としての豊かさとして「大嘗祭がどう感じられてきたか」を象徴しているわけだ。学術的に「根拠がない」とされたとしても、100年近く多くの人が「そうかもしれない」と信じてきたイメージ自体が、もはやひとつの現代の神話になっているとも言えるだろう。こっちのほうがたしかにワクワクするし、日本という国の神秘性が増すような気がするしな。
岡田莊司氏による「実証的な批判」が、吉本隆明の『共同幻想論』、特に天皇制の起源や本質を論じた部分にどう影響するか。吉本隆明に私淑するものとしては、大いに気になる。結論からいえば、「歴史的事実」のレベルでは解体される部分がありますが、「思想・構造の理論」としては必ずしも無効化されないという二段構えの解釈が一般的だとされているんだそうだ。ほっとしたぜ。
吉本隆明は『共同幻想論』の中で、折口信夫の『真床覆衾』などの説を援用し、天皇制を「根源的な呪力」や「国家という共同幻想の核心」として論じてきた。
岡田氏が指摘するように、もし大嘗祭に「霊の継承」という具体的な秘儀(ふとんにくるまる等)が歴史的に存在しなかったのだとすれば、吉本が前提とした「太古から続く具体的な呪術的プロセス」という記述は、歴史学的な根拠を失うことになるだろう。
しかし、隆明さんの理論の肝は、それが「事実かどうか」よりも、「人々がそれをどう信じ、共同体として共有しているかという共同幻想」という点にあります。隆明さんにとって重要なのは、実際の儀式の内容以上に、天皇制が日本人の精神構造において「共同幻想」として機能してきた事実そのものだ。
たとえ大嘗祭の実態がアエノコトのような単なる「神饌供進(食事の儀式)」であったとしても、人々がそこに「神秘的な継承」を読み取り、それが国家を統合する幻想として機能してきたのであれば、吉本の「共同幻想論」の枠組み自体は維持されるといえるだろう。
なんといっても、しょせん幻想なんだからな。
実際、吉本隆明は後年の対談などで、明治以降の天皇制儀礼が「作られた伝統」であるという指摘を受けた際、激しく拒絶したというエピソードがあるそうだ。まぁ俺も宗教をかじってたことがあって神社本庁から出たりしてた儀式に関する本を読んでいたから、中世の神仏習合🔗時代を経て、明治初期の廃仏毀釈🔗を経て再編され、純化された神道儀礼が、明治期をさかのぼるものではなく、遡ろうとしても、その古い儀式に関する記録を見出すことはできなかったことも知っているし、その間隙を突くように、様々な偽史古伝が出回り、さまざまな古神道が勃興したことも十分知っている。
そんなことは隆明さんも当然承知の助だったろうけれど、隆明さんは天皇制が持つ「数千年の時間の堆積」や「言葉にできない呪力」を直感的に重視しており、それを「実証主義」で解体しようとする動きに対しては、むしろ思想的な対抗心を持っていた節があるんだ。
岡田氏の論考によって、吉本の論考の「材料(折口学的な神話)」は確かに解体・修正を迫られるだろう。しかし、吉本の『共同幻想という構造の分析』は、むしろ『なぜ事実ではない神秘(幻想)がこれほどまでに力を持つのか』という新たな問いを立てることで、生き残り続けるとも言えるだろう。『事実はつまらないけれど、幻想には力がある』という、パラドックスがここにも存在している。
さて、なんだか専門的でよくわからん話になったが、今日はここまで。続きは明日。
明日の俺は、相反するテーゼとアンチテーゼを止揚してジンテーゼを打ち立てるつもりだぜ!天皇制の弁証法🔗だぜ!知のパルクールを見せてやるさ。













