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| ハノイ、ヴェトナム |
2026/07/26
POST#1919 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第5章
2026/07/19
POST#1912 エルサルバドルの向こうにうっすらと中世日本が垣間見えるのは老眼のなせる業か?
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| ベトナム、ハノイ |
いいですか? まず、皆様に大人気の限定2100万枚のビットコインを、分割、分割、分割して、スマホで現金に変換するというわけだ。
そうすることによって、それをブロックチェーンで計算していく。何しろこの計算こそが、このビットコインの価値を担保してるんだからね。これをマイニングっていうんだろうけど、このプロセスはとんでもなく膨大なエネルギーを消費すると思うんだ。
地球温暖化だなんだって、ずっと揉めているのに、電力はこれでバンバン使われている。全世界の電力需要の0.5パーセントくらいが使われていると見積もられているらしい。
このコストは、実際に通貨として使える金額をはるかに上回ってしまうのではないだろうか?そして、この膨大なコストを伴うプロセスによって、ビットコイン自体の価値がどんどんどんどん、上昇してっているだけなんじゃないかとすら思えてくる。
ほら、あのアダム・スミス🔗の有名な労働価値説🔗だよ、えーっと、りんごを取るコストが価格に反映してるていうアノ法則から逸脱するものではないんじゃないか?
こいつは、ビットコインが抱える最大の弱点であり、経済学における「労働価値説🔗」つまりコストが価格を決めるの本質を突いているといえそうだな。
「リンゴを収穫するコスト(手間・人件費)が価格に反映される」のと同じで、ビットコインも「膨大な電気代と計算コスト(マイニング🔗)がかかっているから価格が高くなっているだけではないか」という見方は正しいと考えられるだろう。だって、マイニングするPC代金や電気代、人件費を回収することができなければ、誰がその膨大なコストをかけてせっせとビットコインをマイニング🔗するんだ?人はただでは指一本動かさないと話したよね。
この「莫大なエネルギー消費」と「通貨としての実用性」の矛盾について、経済学と技術の視点から考えてみるかい?OK、Ready GO!
1. 「ジュースを買う決済」に使うのはコスト的に不可能
ビットコインのブロックチェーンという基本システムを使って、スマホで数百円の現金をやり取りしたり、ジュースを買ったりするのはコストの観点から絶対に不可能だ。
昨日の話とは切り口が違うけれど、それはコインの裏表。じゃぁ、今日の理由は何かって?ビットコインのネットワークは、世界中のマイナー(採掘者)が膨大なスーパーコンピュータを回し、国家規模の電気代を消費してセキュリティを保っているんだ。あぁ、マイナーといっても、メジャーの反対のマイナーじゃないぜ。採掘、つまりマイニング🔗をする人さ。
ニールヤングの名曲『Heart Of Gold』にも出てくる穴掘って金を探してる鉱夫さ。もっとも、この曲とは探してるものの性質が正反対だけどな。
てことは結果的にどうなのよ。まったく割が合わないってことだ。2. 「リンゴのコスト」が価格を支える限界
経済学の視点から見ると、ビットコインはまさに「莫大な電気代」というコストが価格の下支えをしているわけだ。
そのからくりとしてはこういうことだ。マイナーは、電気代よりもビットコインの価格が安くなってしまうと赤字になり、現実世界で破産することになる。この破産は、仮想じゃないところがミソだ!じゃ、現実的な解としてはどうするか?
3. だからこそ「通貨」ではなく「デジタル・ゴールド」になった
このエネルギー問題があるため、ビットコインは「日常的に使う通貨」になることが完全に出来なくなったわけだ。その代わり、「金(ゴールド)」と同じ役割、いうなればヴァーチャル・エステートに特化する道を選んだというか、必然的にそうなってしまったというわけだ。
金(ゴールド)とビットコインの共通点はなにか?ビットコインも構造的にはまったく同じだ。
つまり、ビットコインは「少額でスマホでサクサク使う通貨」としては、エネルギー効率が悪すぎて完全に失格でござーます(笑)。
2026/07/17
POST#1910 現代貨幣理論でビットコインを解剖してみようぜ!
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| ハノイ |
近年、賛否両論巻き起こしている経済思想がある。
こいつはさかのぼれば金本位制🔗全盛の今から100年ほど前に考え出された、クナップ🔗の貨幣国定説🔗にまでさかのぼるだろう。
MMT🔗では、通貨の価値を生みだす源泉は、それが税金として支払うことができるというシステムに依存していると考えられているんだ。これは昨日の末尾でも少し触れたね。
この観点から見ると、ビットコインで税金を支払うことはできるだろうか?
結論から言えば、MMT(現代貨幣理論)の「租税貨幣論」の観点から見ても、一部の特例的な国や地域を除き、原則としてビットコインで直接税金を支払うことはできないんだな。
MMTの根幹にある「租税が貨幣に価値を与える」というロジックと、ビットコインの現状について、以下の3つのポイントに分けて考えてみよう。
1. MMT(租税貨幣論)における「通貨」の定義
MMT🔗では、国家が通貨を発行し、その通貨による「納税の義務」を国民に課すことで、初めてその通貨に強制的な価値が生まれると考ている。
政府が認めた通貨のみ2. ビットコインで税金が払えない理由
このMMTの観点に基づくと、ビットコインが「真の通貨」になれない理由が明確になるんだ。
政府が受取を拒否している日本円への換金が必要
ただし、世界の一部ではMMTの枠組みを揺るがす、あるいはそれを逆手に取った例外的な動きが存在することも付言しておかないと不公平だろう。
法定通貨化している国地方自治体の実験
MMT観点からの総括
2026/06/27
POST#1890 中国だってはじめから専制主義国家だったわけないんだ。ちゃんと訳があるんだぜ。
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| 越南、河内、百越の末裔たちがスクーターで疾走する |
現に昨日も13時20分から市の商工会議所で、年金事務所の電子申請の講習を受講することになっていたんだけど、目を覚ましたの13時という素晴らしいタイミングだった。何とか間に合ったものの、仕事を終えて寝落ちしていたので携帯電話の充電は切れていたという素晴らしさだ。おまけにその夜に仕事を終えて帰る時、車のルーフキャリアに脚立を乗せ、縛るのを忘れたまま帰途につき、走り出して1キロくらい行ったところで車の屋根から吹っ飛ばしてしまった。後続車がいたらと思うとぞっとするぜ。猫の子一匹もいない真っ暗な夜道でよかったよ。
そして這う這うの体で帰り着いてから、仕事のレポートをまとめてから歯医者に行ったんだ。あまりに疲労困憊してて、歯を削っても、歯の型を取ってもその間眠りまくっていたぜ。
スティーブ・マーティン🔗が、リトル・ショップ・オブ・ホラーズ🔗で演じたサディストの歯医者🔗だったらよかったな。
おまけに息子は40度まで発熱しひっくり返ってる。カミさんは指に鉛筆が刺さったので、その芯を切除してもらったおかげさんで、水仕事ができないという。ひどい有様だ。
さらに最悪なのは、七月は仕事があるからあけておいてといっていたお客が、例によってあるある詐欺だった。このままじゃ七月は読書週間だ。まぁ、それも悪くないけどね、お金さえあれば。俺のっ仕事は労多くして見返りの少ない仕事なのさ。おまけに、女房子供に老いた父親、どいつもこいつも俺の稼ぎを虎視眈々と狙っているんだ。たまらないぜ。
まぁ、愚痴はこんなもんにしよう。
ウィリアム・ブレイク🔗の『エルサレム🔗』の一節を思い出すんだ。
Bring me my Bow of burning gold:我が燃える黄金の弓を
Bring me my Arrows of desire:渇望の矢を
Bring me my Spear O clouds unfold:群雲の槍を
Bring me my Chariot of fire!炎の戦車を 与えよ!
I will not cease from Mental Fight,精神の闘いから ぼくは一歩も引く気はない
Nor shall my Sword sleep in my hand,この剣をぼくの手のなかで眠らせてもおかない
2026/05/30
POST#1863 何もかもが転倒した社会に俺たちは生きている
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| 河内、越南 |
俺はつねづね思ってるんだけどさ、経済の拡大(成長)という手段のために、人間や社会、そして地球環境という目的(土台)が従属させられ、使い潰されている現代の構造ってのは、完全に「主客が逆転した病理」ではないかな。
この転倒した世界を180度ひっくり返し、「人間と自然の生存(ウェルビーイング)のためにこそ、経済が従属すべきである」という本来の秩序を取り戻さないと、もうこの世界は持たないぜ。これだけは断言する。こんなのあと百年続けるつもりかい?POST#1774🔗を参照してみてほしい。
いま、俺や君がさっさと取り組まないと手遅れになるだろう思想的・実践的な転換点こんなところだ。よく考えてほしい。
1. 「経済」を最下層の「手段」へと引き戻す
経済思想家のカール・ポランニー🔗が指摘したように、本来の経済は社会や自然の中に「埋め込まれた(Embedded)」一部に過ぎなかったはずだ。しかし現代は、経済が社会のルールを規定する「市場社会」へと暴走している。すでに俺たちは、資本主義経済ってのシステム以外の生き方があることすら想像できない状態に陥ってる。思考停止状態なんだ。
本来あるべき順序(エコロジカル経済学の視点)ってのは、理性的に考えればこうだろう。
地球環境(自然):すべての生命の基盤(有限)
人間・社会:自然の中で営まれる共同体と尊厳
経済:社会を豊かにするための単なる道具・仕組み
しかし、現代世界では、すべてが転倒している。このピラミッドが逆転し、経済(GDPの数値)を維持・拡大するために、自然が破壊され、人間の精神と命が削られている。これって、本末転倒していないか?
2. 「資本の自己増殖」という宗教からの脱却
現在の資本主義システムは、自転車操業のように「前年比プラス」の成長を続けなければ破綻する構造(成長の呪縛)を持っている。しかし、もう『市民』に際限なく『広告』を浴びせ、皆の欲望をあおり、劣等感を刺激し、欠乏感を注ぎこみ、『市民』から『消費者』へと変貌させて、その自尊心を破壊し、不要なものを必要だと思わせ、人生は無限に続くと錯覚させて本当に大切なことを見失わせることで成り立つ経済は、もう限界なんじゃないか?
みんな気が付いていても、もうどうに止まれないってのが正直なところかもしれないがね。
人間を資源とみなす本質とは何か。
資本が自己増殖(投資して利益を得て、さらに再投資する)し続けるためには、自然環境からの収奪と、人間からの果てしない労働搾取(時間と精神の買い叩き)が必要不可欠になる。今から百年も前に、ジョン・メイナード・ケインズ🔗は、今から100年ほどたった自分たちの孫の世代には、労働生産性の向上で、週に15時間働けば生活できる社会が来ると予言していた。POST#1767🔗参照。しかし、そうなっていないのは、なぜか。株価は最高値を更新しても、納税額が史上最高になっても、なぜいつまでも追い立てられるように走り続けないといけないのか。それは、経済システム自体の維持が社会の目的になっているからだ。
「脱成長(Degrowth)」へのシフトが必要なんだ。
経済規模の拡大そのものを目的化するのをやめ、過剰な生産と消費をコントロールし、限られた資源を全員で分かち合う「定常型社会」への移行が、地球にとっても人間の尊厳にとっても唯一の生存戦略だ。実は、人類の社会は有史以前からつい最近の産業革命まで、ずっと定常型経済だった。その状態に戻れとは言わない。けれど、社会システムの維持のために人間が道具のように使い潰される、工場の部品のように教育される、そんな社会でいいのだろうか?スマホから目を離して考えてみるべきじゃないか?
3. 「生産性」から「ケア(生命の維持)」へ
成長至上主義が「役に立つ人間(=利益を生む機械)」を称賛する一方で、人間が生きていくために本当に必要な営みは常に軽視されてた。
保育を『だれでもできる仕事だから賃金が安いのは仕方ない』と言い放ったタレントだか経営者だか判然としない男もいた。『老人は集団自決したほうがいい』と言い放った若手経済学者がいた。俺は、生涯この手の発想をする人間と与するつもりもなければ、狎れ合うこともない。まぁ、向こうも俺のことなんか構っちゃいないだろうがね。
このGNP至上主義の過熱経済を、少しでも定常経済に近づけていくために必要なのは、ケア労働の復権だと俺は考えている。
子育て、介護、医療、教育、あるいは自然環境の保全など、生命を「ケア」する営みは、数値的な効率化(機械化)に馴染まない。それは地道で、華々しい技術革新とは縁遠い世界だ。だからこそ、そこに価値を見出し、それによって経済を回す。資本を流動させる。なにも浪費されるものはない。どうせ、今後社会のビジネスの大半は、AIに置き換わっていくだろう。その時、本当に価値を生むのは、人間が人間に対して共感し、ケアすることによって生み出されるものだ。
その時は、日々近づいている。今のうちに俺たち自身の価値観を反転させていかなければいけないだろう。
どれだけ金を稼いだかではなく、どれだけ他者や自然をケアし、自らも生を全うできたか。この「生命の再生産」を中心に据えた社会構造(ケア・エコノミー)へと180度転換する必要があるんだ。
いくら金を稼いだところで、ガソリンや電気をガバガバ消費するでかい車に乗り、ブランドのロゴの付いた服をアホみたいに高い金を払って買った挙句、自らあるく広告塔になったり、車が買えるほどの高級時計を身に着ける。そんなソースティン・ヴェブレン🔗が有閑階級の理論🔗で描いたような消費活動を世界中の人間がやっていたら、人間のどしょうもない見栄のために世界は破綻してしまうんだ。
子供たちが死を選び、或いはまた社会的な自殺を選んでいる現実は、そして地球が悲鳴を上げている現実は、この「経済のために人間と地球を差し出す」というシステムの物理的・精神的な限界を証明しているんじゃないか。
今、俺や君に、そして社会に求められているのは、経済の枠内での微修正ではなく、「経済を人間のコントロール下に奪い返す」という、文明史的なコペルニクス的転回だといえるだろう。
しかし、皆様お馴染みのダボス会議、つまり世界経済フォーラム🔗に集まる世界のエリートのお歴々には、そんなコペルニクス的な転換をやっちまったら、自分たちによる経済支配と割のいいビジネスが成り立たない。だから彼らは当たり障りのない耳障りのいい言葉を並べてやり過ごしている。これはあの連中に任せておいちゃ、先行きは暗いといわざるを得ないな。
社会の変動は、上から起きても碌な方向に行かない。自分たちの足場を固めて、自分たちのものの見方を変えてゆくことが先だ。俺や君たちは、その日々の営みの中で毎日歴史を紡いでいるんだ。
日本人が気づいていないか、気づいていないふりをしていることがある。
日本はすでに、先進国じゃない。低成長先進国で、なおかつ衰退途上国だということだ。
2026/05/22
POST#1855 誰かが社会を変えてくれることを待っていても、何も始まらない
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| 河内、越南 |
22世紀まで生きるであろう今の子どもたちのために、今を生きる俺たち大人ができることは何か?どうすれば、俺たちは グッドアンセスター🔗つまり良き祖先になれるだろうか?
教育や治安維持といった個別のアプローチだけでなく、若者が未来に投資したいと思えるような経済的分配、セーフティネットの再構築、そして「生きていてよい」と実感できるコミュニティの再生という、根本的な社会構造の改革が問われているんだよな。
問題はあまりに根深く多岐にわたっている。村上龍が希望の国のエクソダス🔗の中で、『この国には何でもあるが、希望だけがない』と登場人物に語らせてからすでに30年近くが流れた。その30年は日本の失われた30年そのものだったし、俺自身にとっても地を這うようにサバイブしてきた30年だったのは言うまでもない。
とても、次の世代のことを考える余裕なんかなかった。
多くの同世代の男女が、非正規労働やギグワーカー、あるいは風俗などのアンダーグラウンド経済で生き延びることを余儀なくされた。そして、社会の分断は進み、豊かな荒廃がどこまでも広がっている。
毎度おなじみの吉本隆明の共同幻想論(自己幻想・対幻想・共同幻想)の枠組みをベースに、現代の資本主義社会が抱える最深部の機能不全を考えてみようかな。
そんな世界に生まれ、成長してきた若者の自己幻想そのものが、社会からの従順な労働者へと家畜化せよという要請によって空洞化していることも致し方ないのかもしれない。そして、その自己幻想を涵養すべき家庭もとっくに対幻想が崩壊している。親族は他人の始まりというどうしようもない精神状態に置かれている。レヴィ=ストロースの『親族の基本構造🔗』を紐解くまでもなく、かつては婚姻によって血縁関係は広がり、それに応じて地縁血縁のセイフティーネットが拡張していったものだが、パパ・ママ・ボクというWe're A Happy Family🔗に分断化している。そしてそれに伴って地域社会もコモンズも根こそぎ荒廃している。
現在の日本社会は、個人の内面(自己幻想)、最小単位の共同体(対幻想としての家族)、そして中間共同体(地域社会やコモンズ)の3つの階層すべてが同時に崩壊・空洞化している「総崩れ」の状態にあると言えるだろう。
それぞれの階層で起きている構造的荒廃は、以下のように整理できます。
1. 自己幻想の空洞化:従順な「家畜(規格品労働者)」への要請
近代教育や資本主義システムは、個人の固有の固有性(純粋な自己幻想)を認めず、市場で流通可能な「従順で代替可能な労働力」に最適化することを若者に要求し続けている。
いわば家畜化だ。
俺が子供のころから比べても、小学校で教わる内容は高度化している。また、産業界からの要請によってカリキュラムは増え続ける。神からの授かりものである人間がヒューマンいソース=人材という資源に作り替えられていくんだ。
しかし俺自身は、本当は10歳くらいまでのこどもは、ケモノのように純粋に生きることを愉しんで遊びまわればいいと思っているんだ。それによってこそ、他人を思いやる社会性や、肉体への物理的な干渉による痛み、人間関係の難しさと大切さ、そして何より見守られつつ奔放に生きることが許されることで育まれる『自己肯定感』。これらこそが、本来どんな状況に陥っても、自分を圧殺することのない自己幻想を育むんだ。
しかし、現実は残念ながら、まったく逆の方向に進んでいる。
その結果、子どもたち、そしてかつて子どもたちだった大人の内面は去勢されたようになってる。過度な管理教育、就職活動におけるマニュアル化、そして「市場価値(タイパ・コスパ)」の強要により、独自の美意識や倫理観を育むべき自己幻想が徹底的に去勢されるんだ。
君も見たことがあるだろう。大学生の頃はおかしな格好をして髪の毛を染め、ピアス丸家だった若者が、就職活動を始めた途端、ファシストの制服ような地味なスーツを着てぞろぞろ歩いている姿を。あれを見るたびに心がつぶれるような痛ましさを感じるのは俺だけか?
しかし、そうやってシステムの中に歯車として居場所を見つけることができた奴はまだラッキーだ。そこに至るまでの様々な教育課程でのふるい落としで落とされたものは、どうなる?ふるい落とされないための教育などの投資を享けられなかったものはどうなる?
その挙句の空虚な暴発だ。
自己が「社会のパーツ」としてしか定義されないため、そこからあぶれた若者は自らの存在証明を失ってしまう。その空虚さを埋めるために、闇バイトのような刹那的な犯罪=社会的な自殺への加担や、自傷行為や自己破壊=自殺へと直走ることになってしまうんだ。
2. 対幻想の崩壊:セーフティネットとしての家庭の消滅
本来、社会(共同幻想)の過酷さから個人を匿い、無条件の肯定を与える場であるはずの「対幻想(男女、親子などの親密な関係性)」が機能しなくなっている。
新自由主義の社会抑圧がこの30年続いている。労働生産性の向上に伴う利益が、内部留保として社内の口座に溜められ、株主や経営者にドバドバ注ぎ込まれるのに対して、労働者には分配されなかった。
その結果としての経済的困窮と孤立だ。家族そのものが経済的・時間的余裕を失い、互いをケアする余裕がありません。家庭は「逃げ場」ではなく、むしろ教育虐待やDV、機能不全といった「最初の抑圧の場」に変質している。
さらにそれに拍車をかけているのが、関係性の市場化だ。
マッチングアプリに象徴されるように、対幻想の領域にまで「条件による選別(市場の論理)」が浸入した結果、無条件の結びつきを結ぶことが困難になっている。
無理もない。職場や取引先なんかで見初めた女性にアプローチしようとすれば、即セクハラ認定されて、既定のルートから排除されてしまうのだ。
人と人との直接的な関係性の構築が抑圧され、排除されている中で、どうして自分を機械して受け止めてくれる伴侶を見つけることができるだろう。理解しあう前に、ハラスメント認定されるのが関の山だ。
その一方で、レールから外れたもの同士が短絡的に結びつき、所帯を作り、子どもを成し、その挙句離婚するというプロセスも、俺は実際にたくさん見てきた。そして、その構造が子供の世代にも再生産されるのもたくさん見てきた。この社会の理不尽を見続けて濁りきった二つの目玉で見てきたんだ。
こんな状況で家庭がシェルターになるわけがないだろう。まったくGimme shelter🔗って叫びたくなるぜ。
3. 地域社会・コモンズの荒廃:共同幻想の暴走と中間組織の消滅
かつて国家(大きな共同幻想)と個人(自己幻想)の間を仲介し、相互扶助の役割を果たしていた「コモンズ(共有財・地縁・祝祭などの中間共同体)」は、新自由主義的な市場化によって根こそぎ解体された。そのあとには、モナド化された個人がただ近くに暮らしているだけという、荒涼とした地域(それはもう地域社会とは言えないだろう)が広がっているんだ。
そこにはむき出しの個人しか存在していない。人々を結び付け物は交換によって流通する貨幣だけだ。社会を喪失した場所では、贈与も再分配も機能していないんだ。
個人を保護するクッション(地域、サークル、労働組合など)が消滅したため、若者は強力な「国家の要請・資本の論理」に、たった一人で生身で向き合わざるを得なくなっている。そして、たった一人で「国家の要請・資本の論理」に抗することは不可能だ。
それを逆手にとって、ハックして生きるには、とんでもない覚悟とすべての能力の動員が必要になる。意識的に経験を積んできた大人ならともかく、社会に順応することしか教育されていない子どもや、子どもから大人になったばかりの若者には難しい。なんといっても、レールから飛び降りる覚悟が必要だ。
そして、その間隙に忍び寄り、分断化された個人を絡めとるのが、トクリュウという「擬似コモンズ」だ。
本来の温かいコミュニティを奪われた若者が、SNS上のデジタルな暴力コミュニティ(闇バイト・トクリュウ)を、皮肉にも「一時的な帰属処(居場所)」として選択してしまう倒錯が起きているという、とんでもない構図だ。それは生身のコミュニケーションを伴わず、往々にしてSNS上だけでつながった幻想の『疑似コモンズ、いやむしろ偽コモンズ』だ。
こうして俺たちは包摂なき社会の着地点にたどり着く。
自己幻想が空洞化し、対幻想(家族)に拒絶され、コモンズ(地域)からも排除された人間は、もはや「社会の構成員」としての実感を持てない。社会とどうやってもつながっていない存在だ。社会とつながるのは商品を流通させるための貨幣と、実体のないSNS上でのいいね!だけだ。
現代社会は、こういった関係性という束縛からの自立こそが自由な人間だという言説を喧伝してきた。まるで神話のように。しかし、社会の関係性を持たないモナド化した人間は、いつの時代も奴隷狩りに狩り取られ、人間の尊厳を剥ぎ取られて生きることになるんだ。
ましてや、自己の中に倫理や自分の生きるマナー、つまりマイウェイという自己幻想を確立していないものは、絡めとられ、奴隷化されてしまったことにすら気が付かない。自分の意志で人生に立ち向かうんじゃなくて、ただ流されているだけなんだ。
この状態の若者にとって、社会のルールや他者の生命を守る動機(倫理)は完全に消失してしまうのも無理のないことだ。
なぜなら、「自分を大切にしてくれない社会や他者を、なぜ自分が大切にしなければならないのか」という、根源的な虚無と逆恨みが生まれるからだ。これこそが『刹那的な犯罪=社会的な自殺』の正体なんだ。
この「自己・対・共同」の全般的崩壊という、もはや一朝一夕の政策では修復不可能な段階において、俺たちはどこから、どのようにして「個人の聖域(自己幻想)」や「他者との結びつき」を取り戻すべきだろう?
まずは自分自身を社会に対して開いてゆこう。
それしかない。
誰かが社会を変えてくれることを待っていても、何も始まらない。
2026/04/01
POST#1806 実は世界にはアメリカにも中国にも戦争で勝ったすごい国がある
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| ホイアン、ベトナム |
当然その乱高下を狙ってぼろ儲けする奴もいる。トランプがSNSに事態の進展を書き込む直前に、原油市場で大商いする奴がいる。誰もがトランプにごく近い人間がからんだインサイダー取引を疑っている。まぁ、俺もトランプの放言のたびに原油価格が乱高下するんで、なんか臭いなと思ってはいたんだ。案の定さ。
挙句の果てには、ホルムズ海峡の安全はどうでもいいから、軍を撤収する時期が近いとかって植木等も驚くような究極の無責任男ぶりを発揮して世界の皆様をあきれさせてみたり、イランの石油集積基地のあるカーグ島に陸上部隊を投入して完全掌握してしまおうという支離滅裂なことを言っている。その発言で相場を乱高下させることが目的なんじゃないかって思えてくるくらいだ。
さて、今後もアメリカはドル覇権を維持するために、理念どころか恥も外聞もなく、さらなる軍事行動を展開してゆくことだろう。そしてますます世界を瓦礫だらけのくそダメへと不安定化させて行くだろう。
俺はそう予想してるんだ。何しろ建国以来、ほぼずっと戦争してござる国だからな。
歴史を振り返れば「通貨の覇権」と「軍事力」は切り離せない関係にある。スペイン然り、イギリス然りだ。
2026年現在の国際情勢においても、皆様ご存じの通りアメリカがドルの地位を守るために軍事的・政治的圧力を強める動きが顕著になっている。なんでこんな国を国連常任理事国にしておくのか不思議だ。まったく勝てば官軍だぜ。そろそろ80年経つんだから見直したらどうだい?それこそ戦後レジーム(by安倍晋三)からの決別だろうよ
「さらなる軍事行動と不安定化」という予測について、現在の具体的な動きと照らし合わせると以下の3つの視点が浮上してくる。
1. 「ドルの武器化」に伴う軍事的裏付け
アメリカが制裁(SWIFT排除など)を通じてドルを「武器」として使うほど、制裁を受ける側は脱ドルを急ぐだろう。実際にロシアは14年のクリミア半島奪取の際に欧米からの経済制裁を受けてから、着々とアメリカのドルとのデカップリング(分離ね)を進めていたため、ウクライナ戦争が始まってから、欧米の経済制裁が次々繰出され、SWIFTからの排除がなされても、ロシアは何とか持ちこたえて戦争を継続している。要は、ドル体制から離脱してるってことだ。
ペトロダラーの防衛
過去に石油決済をドル以外に切り替えようとした国々(イラクやリビアなど)に対し、アメリカが軍事介入した歴史は「ペトロダラー戦争理論」として議論されてきた。サダムフセインも、カダフィ大佐もドル以外に切り替えようとするまでは好き放題やるお目こぼしをいただいてたのに、哀れな最期をたどったぜ。逆らうやつは死あるのみだな。
現在の緊張
2026年3月現在、イラン情勢の緊迫化が石油市場を揺るがしているのは皆様ご存じの通り、これが結果的に「安全資産としてのドル」への回帰(皮肉なドル高)を招いています。
2. 軍事予算の膨張と「力による平和」
アメリカの国防予算は2026年度に1兆ドル(約150兆円)の大台を突破する見通しだ。どこから金が出てくるんだ。軍事費だけでもこの経済規模にビビるな。
軍産複合体の再活性化
「力による平和(Peace through Strength)」を掲げ、兵器生産の拡大や新型ミサイル防衛システム(ゴールデン・ドーム)への巨額投資が進んでいるそうな。
同盟国への負担増
日本を含む同盟国に対し、国防費をGDP比5%まで引き上げるよう要求するなど、世界的な軍備拡張の波を作っているのは皆様のご承知の通りだ。そのあおりを受けて、今日4月1日からたばこ税が増税されたんだ。まったく、喫煙者諸君にはとばっちりだな。
3. 不安定化がもたらす「消去法的なドル選択」
世界が不安定になればなるほど、日本も含めた他国(特に新興国)の通貨は暴落し、相対的に「米軍が守っている通貨=ドル」に資本が逃避するという皮肉な構造が維持されるというからくりだ。これに関してはほんと骨身にしみているぜ。
マッチポンプの構造
アメリカの介入が地域の緊張を生み、その緊張が「ドルの安全性」を再確認させるという循環は、まさに経済と軍事が一体となった生存戦略とも壮大なマッチポンプとも言えるだろう。
どれだけの子どもがミサイルでひき肉にされたり、男たちがハチの巣になったり、女たちがドローンで殺され続けたら平和な日が来るんだ?
ドルに支えられた世界経済へのいけにえなのか?
結論を言えば、アメリカにとってドル覇権の喪失は、巨額の財政赤字を維持できなくなる「国家存亡の危機」を意味するわけだ。(まぁ、ハイパーインフレを起こしてやれば、あっさり片付くんだろうけど、世界経済はこれ以上ないくらい混乱するだろうな、笑えるぜ。けど、ミサイルで虫けらのように殺されるよりはマシだぜ。)
そのため、なりふり構わず軍事力を行使してでも、決済通貨としてのドルの地位や、ドルを支えるエネルギー流通ルートと地政学的優位性(中東や西半球の安定など)を確保しようとする悪あがきは、今後さらに激化する可能性が高いんじゃないかな。不謹慎だけれど、今度はどこに飛び火するか、まるで黒ひげ危機一髪だ。
まぁ、今回のイランへの攻撃に関してはトランプ自身も率直に言って石油が欲しいみたいな本音を漏らしてる。エネルギーに関してもすべてアメリカが握ってないと不安なのか?まったく足るを知るという言葉を知らないんだな。
アメリカという国家は、広大な北アメリカ大陸にあり資源の窮乏という事態に直面したことがない。大規模な飢饉で国民の数が激減したこともない。だから、節約とかもったいないという発想が身についていないということをどこかで読んだ記憶がある。エマニュエル・トッドの本だったかな。
このように、「経済的崩壊を防ぐための軍事的冒険」が世界をより不安定にするという恐怖のシナリオは、現在の米国の国防戦略(2026 NDS)の文脈からも非常に説得力があるんだ。
こうした「力によるドルの維持」が続く中で、実物資産である「金(ゴールド)」が史上最高値を更新し続けていることは、市場がアメリカのこの手法に限界を感じ始めているサインかもしれないな。確かに、ルール無用で危なっかしくてドル建ててで資産を持っていていいのか不安になるかもしれないな。金(ゴールド)じゃ腹は膨れないというのに。おかげで新聞の折り込み広告には、買取業者が金のネックレスとかを買い取りますっていう広告が毎日入ってる。どっちにしても無産階級の俺にはかかわりのないことでやんす。そう、俺は二個しか持ってないないから売れないのさ(笑)。
この強力な軍事力に裏打ちされたドル体制に対抗できる勢力が、今後現れるとしたら中華人民共和く国の人民元だけだろうな。まぁ、俺が言うまでもなくみんなが思ってることだろうけどね。消去法で考えても、経済規模・軍事力・資源への影響力のすべてを兼ね備え、ドルに対抗しうる通貨は「人民元」だけだろう。
日本円はそもそもお呼びでない。ここんところ、やたら中国の不動産バブルがはじけたとか、EVが在庫の山だとか、深刻な不況だというニュースがネットを中心に流れてくるが、それは実際に現地を見てみないと本当のことはわからないだろう。また、中国の作った鉄道やインフラが全然だめだといった類のプロパガンダじみたショート動画もよく流れてくる。そんなものに自尊心をくすぐられて、いい気になって鵜呑みにしてはいけないだろう。
俺にはトランプがやらかすたびに、習近平が黙ってどっしり構えてるだけで、国際情勢が中国にとって都合がいいように展開していくように見えるぜ。専制国家のくせに、法理を守ってる秩序の番人のようにふるまえるしな。
現在の「元」の攻勢には、これまでの通貨とは違う強みがあるようだ。
実需に裏打ちされた決済
単なる投資対象ではなく、世界最大の製造業・貿易国として「モノ(製品や資源)」とセットで元決済を広げている。実際にモノを作っているから強いんだ。政府もこれとならいを定めると、けた違いの金をつぎ込んで産業育成してる。アメリカと違って、貿易黒字が積みあがってるんだ。
デジタル人民元(e-CNY)の先行
しかもSWIFTという既存のドル網を経由しない、独自の決済インフラを技術的に完成させているようだぜ。
金(ゴールド)の蓄積
中国は公的な金保有を猛烈な勢いで増やしており、「信用できないドル」に代わる裏付けを用意している。もともと中国人は金ぴかの光モノが大好きだからな。
アメリカが軍事力で現状維持を図ろうとするほど、中国は中東やアフリカ、東南アジアとの「ドル抜き経済圏」を固めていくだろう。
また、アメリカはウクライナへのロシアの侵攻は非難しつつも、イスラエルのガザ攻撃を支持し、イスラエルとともにイラクに先制攻撃を仕掛ける。そういう二重基準がアメリカに対する国際的な信用を心情的にも大きく損なっていると思うぜ。特にグローバルサウスの人たちには納得いかないだろう。
おまけに今回のイラクの件では、ヨーロッパのNATO諸国との間にも軋轢が生じている。で、陶のヨーロッパの国々も中国との関係改善に動いている。
まさに、物理的な衝突と通貨の覇権争いが表裏一体となっています。
とはいえ、米中がそれぞれの経済圏で「デカップリング(切り離し)」を極限まで進めた場合、世界は完全に二極化された経済システムへと突入するのかといえば、それはまだまだ難しいだろう。
世界的なサプライチェーンは、すでに分かちがたいものになっている。サプライチェーンの相互依存が深すぎるがゆえに、一気に「切断」することは自滅を意味します。だからこそ、決定的な国力の逆転、つまり「どちらが先に音を上げるか」という持久戦が続くことになります。決定的に国力の逆転が生じるまで、通貨覇権の争いは続くだろう。その過程で、台湾、北朝鮮、場合によっては日本やベトナム、フィリピンも物理的に不安定な情況に置かれ、紛争の危険にさらされることになるだろう。にっこり日の丸の出番は近いな。
その「国力の削り合い」の最前線として、東アジア一帯一路がターゲットになるリスクは極めて高いとだろうな。まぁ、それを見越してアメリカの盾になるために我が国はなりふり構わず防衛予算をつい増してるわけだが。しかし、これ以上税金とられたらやばいな俺たち。
1. 物理的な「不安定化」の狙い
シーレーンの封鎖
台湾、日本、フィリピン、ベトナムを結ぶラインは、東アジアの国々にとっても中国にとっても、エネルギーや物流の急所だ。ここを不安定にすることは、相手国の経済的な首を絞めることに直結するだろう。またぞろ我が国の勇ましい皆様が存立危機事態だといきり立つに違いない。というか、マラッカ海峡からこっちのここらあたりを抑えられることを想定しての存立危機事態なんだろうな。
米国の軍事的コミットメントの試行
北朝鮮や台湾海峡での緊張は、アメリカに「ドル覇権を維持するための軍事コスト」を強制的に支払わせ、その財政をさらに圧迫させる武器にもなり得る。つまり、中国がそのあたりでやる気を見せていると、実際にはやらなくても、アメリカの財政に地味にダメージを与えていくことになるって寸法だ。
2. 「代理戦争」とドルのジレンマ
アメリカがこれらの地域で紛争に関与せざるを得なくなれば、皮肉にも「有事のドル買い」で一時的にドルは上がるだろうが、それは同時に米国の戦費増大と債務膨張を加速させ、長期的にはドルの信用をさらに食いつぶす「毒薬」となるだろう。何しろ、米中激突もしくは代理戦争となれば、ある意味アメリカも総力戦を覚悟することになるだろうからな。
3. 日本の立ち位置
日本は、アメリカにとっては「ドル覇権を守るための不沈空母(かつ資金源)」であり、中国にとっては「ドル圏から引き剥がすべき鎖」だ。この両大国の衝突の「物理的な摩擦点」に置かれているのが、現在の日本の残酷なリアリティだ。
どうする日本!
中国と対話しようとするだけで媚中派とかくそみそに批判されるこの国で、中国とまともに外交交渉できる政治家はいるんだろうか?みんなトランプのご機嫌取りばかりじゃ、先行き真っ暗だ。リスクヘッジというのは片側だけにオッズを積み上げればいいってもんじゃないだろう。
通貨覇権という「見えない戦争」が、実体経済のサプライチェーンを人質に取り、最終的には特定の地域での「物理的な紛争」へと転嫁されていく。このシナリオは、単なる予測を超えて、すでに関連各国の軍事・経済戦略(2026年現在の安全保障政策)の前提となっているんだそうだ。
さて俺たちの日本は、すでにアメリカに骨までしゃぶられ、これ以上資金援助を続ければ、国力はますます疲弊し、国民にさらなる生活苦と絶望感を与えることになるだろう。
米中いずれにも敵対しない、独自外交を模索しないと国が滅びちまうぜ。
我に秘策あり。
それはそうと、アメリカにも中華人民共和国にも勝ったすごい国が世界には存在する。
どこだと思う?ベトナムだ。
2026/03/19
POST#1793 20世紀型の軍事的ゾーンと21世紀型の経済的ゾーン
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| ベトナム、フエ |
2026/02/28
POST#1774 夢の年間経済成長率3%!
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| ヴェトナム、ホイアン |
高度経済成長のころはよかったと思ってるご老人や政治家はたくさんおいでだ。
しかし、あれはほら、戦争で何もかも焼け野原になったから成長したに過ぎない。ひょっとしたら、この国の指導者たちは中国を挑発してもう一度この国を焦土にしてから、爆発的な経済成長をしようとたくらんでいるのかもしれない。ん、こんなこと言うのは不謹慎だが、今のガザやウクライナが今後そうなるだろうな。 トランプはガザで一儲けすることを狙ってるしな。ほんとに自分の利益にしか関心がない酷い男だ。
一般的に、資本の成長率(キャピタルゲイン)ってのは年間3%から5%と考えられているようだけれど、今の日本の有様からすれば夢のまた夢だ。総理大臣が、成長のスイッチを押して押して押して押して押しまくると絶叫するのもわからなくはない。
経済が成長しても、富裕層や大企業だけがホクホクで税収は伸びても、国民一人一人の実体が、豊かさを感じることがなければ、幸せを感じなければ、何の意味もないんだけどな。
経済とは『経世済民』つまり世の中を運営し、民を救済するということだ。大企業や超富裕層のためのものじゃない。
さて、そこで問題。
我が国の公的負債の額も皆さん心配だろうけれど、今の経済成長が世界的に3%をキープしていったとしたら、百年後には我々人類の経済規模は今の何倍になっているでしょうか?
わかるかな?そして百年後、僕たちが生存してゆくのに欠かせない地球環境と生態系は、存続可能だろうか?考えてみてほしい。
年率3%で経済成長が100年続いたら、経済規模は19倍になる。
19倍だ。大切なことだからもう一度言おう。19倍だ。率直に言って、現在の経済規模が19倍になったなら、この地球は持たない。火星に行くか?いいだろう。あんまり楽しいところじゃないぜ。自分は死んでいるから関係ない?僕らのこどもはきっと22世紀まで生きる。そしてひどい目に合うぜ?いいのかい?地球が金星みたいな灼熱の死の星になるかもしれないぜ。やめてくれよ子供たちのために、俺たちは良き祖先グッド・アンセスター🔗にならなきゃいけないんだよ。
結論から言えば、そんな成長は物理的に不可能だ。多くの科学者や経済学者はそう考えている。けれど、みんな知らない。理解しようとしない。
途切れたハイウェイを全速力で突っ走るように経済成長を追い求めてる。けど考えてほしい、もしエネルギー需要や資源採掘が経済規模の拡大と同じペースで拡大してゆくのなら、100年後には今の19倍の資源を掘り出し、19倍のエネルギーを使い、19倍のごみを出す。
きみはそれが可能だと思うかい?思うんだとしたら、とんでもないほどおめでたい奴だってことだ。そういえばアメリカには、掘って掘って掘りまくれといった景気のいい大統領もいたな。その手合いさ。
成長は可能だって人もいる。
まぁ産業革命まで、ほとんどの社会での成長率は今の日本くらいだったんだけどね。
しかし、そのためには経済を成長させながら、環境負荷を減らし、資源消費を減らしていく必要があるってことだ。つまり、成長と資源消費の切り離し(デカップリング)だ。成長スピードよりも資源効率の上昇やリサイクル率が上回ったり、経済は伸びるけれど資源消費は減らすという考え方の二本柱だ。
だけれど、それが今の段階では夢物語でしかないことは、君にもわかってるだろう。現実から目をそらしちゃだめだ。
それどころか、俺たちは地球の再生スピードをはるかに上回るペースで資源を消費しているんだ。
生物種の絶滅スピードは、自然状態に比べて100倍から1000倍のスピードで進行してる。
近いうちに、地球にはゴキブリとネズミと人間だけになるかもな。
また人間の腹を満たすためにドバドバ使われてる窒素やリンなどの化学肥料は、そのサイクルを破綻させて、土壌環境を破壊している。土地はどんどん痩せていくんだ。
また、どこかの大統領が躍起になって否定しまくってる地球温暖化は止まる気配もない。雨が降らず、夏には記録的な猛暑が日常になり、温暖化によってかえって降雪量が増える。君も感じているだろう。何かおかしいって。
それが百年続いたら、どうなってるかかんがえてみるのも、君の人生の暇つぶしにもってこいだ。そうだ、減速する素晴らしき世界🔗という本を読んでみるのも役に立つと思うよ。
2026/01/23
POST#1738 ノブちゃんの13回忌
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| 世界の街角から 今日はヴェトナム、ホイアンの街角から |
2021/09/11
Post #1721 あの日から20年たった
2021/08/26
Post #1720 チャーリー・ワッツよ、安らかに眠れ
偉大なるドラマー、チャーリー・ワッツが死んだ。俺がストーンズのメンバーのなかで、一番好きなのはチャーリーワッツだった。強烈キャラの持ち主が多い印象のドラマーの中で、誰よりもジェントルでスマートだった。
御年80歳。病気療養のためにツアーに参加しないというニュースを先日目にしたばかりだったが・・・。心から冥福を祈るばかりだ。
しかし、ロックはとっくの昔に死んでいた。The Whoが、奴らはロックなんて終わってるっていうけど、構うもんか、ロック万歳だ、長生きするんだ!と歌ったのは、もう50年も前だ。ロック界のレジェンド超人たちは、みんな年老いたか死んでしまった。
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| VietNam中部のどこか |
非難囂々のフジロックで、MISIAが君が代を歌ったことが、世間様の中では賛否両論だったらしい。それについて特に俺がどうこう言う立場にない。
ロック(なのかどうかは俺としてはよくわからないけど)が国家という体制に迎合したことへの失望の声、感動したという声。それに対して、ロックに対して反抗的だとか反骨だとかいうのがすでに時代遅れだという声。
あー、ロックはもうとっくに終わってるのさ。
次々に生み出されて、一般大衆に熱烈に受け入れら、ガツガツと消費され、すぐに忘れられてしまう商品ばかりだ。CDショップにはすでにろくなCDが売っていない。アルバムを作っても、もう利益が出ないんだそうだ。そう、ロックどころかロックビジネスもくたばりつつあるのさ。
どうせ商品だろ。いまどき反骨だとか反体制なんて言ったって、商品にはならないぜ。聞くほうもやるほうも、爺さんばっかりだしな。マイジェネレーションなんていっても、年金世代さ。
少年のころ、おじさんたちが50’sとか聴いているのを見て、どうしてこんな時代遅れの音楽をいつまでも聴いていやがるんだと思ったが、今じゃ俺の世代の連中はどいつもこいつも80年代のベストヒットとか聴いている。それと全く同じだったんだと、この年になって気が付く。うちのかみさんも、車の中でSpotifyでよく聴いている。懐かしくってセンチメンタルになるぜ。
ロックが反体制だ、反骨だというイメージを勝ち得たのは、その黎明期から黄金時代にかけてが、世代交代と価値観が刷新されていく時期に当たっていたからではないだろうか。
第二次大戦後に生まれたベビーブーマーが、人口の規模拡張に伴う経済成長と、その人口に物を言わせた圧力で、先行世代への異議申し立てと新たな価値観の提示を行っていく中で、ユースカルチャー自体が、旧来の文化や社会に対して、反体制で破壊的だと感じられたからなんじゃないかと、50を過ぎた私にはわかる。まぁ、若さとは、そーいうもんでありたい。
いずれにせよ、ロックはとっくに死んでいる。でなきゃ、デイサービスとかに通っている。
俺が私淑し続けている吉本隆明は、詩なんてものは自分の心に響いた一節を刻み、生きていく糧にすればいいようなものというようなことを言っていた。
出張中なので、きちんとした引用ができないが、吉本隆明の詩の一節を心に刻んで生きてきた人間がここにもいる。たとえばこんなんだ。
ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる
もたれあうことをきらった反抗がたおれる
これも、おれのなかではロックそのものだ。反抗だの反骨だの時代遅れとかいいたければ、言えばいい。俺は穏やかな家畜じゃないのさ。
ロックもそう、自分が気に入った曲を、心に刻み、逆境にある時、苦難の時、ひとり自分の心の中で反芻し、生きる糧としてあればいい。
偉大なるチャーリー・ワッツよ、やすらかに。
2019/02/06
Post #1714 世の中に満ち溢れる言説の大半は、あくまでも個人の感想です
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| Vietnam |
最近、それがわかってきた。
もちろん、これも個人の感想だよ。
客観的に物事を記しているように見えても、大抵の言説は、論者の立ち位置によって偏ってしまう。光が恒星の引力によって屈曲するように。
あったことのない誰かの個人的感想より、自分が見たこと、聴いたこと、触れたこと、そしてそこから考えたことこそが、自分には大切なのではなかろうか。
さらには、その個人的に体験を敷衍し、万人にとって普遍的な何物かを見いだしてゆくという、自分自身の経験に立脚した地に足のついた思考こそが、僕には必要だということだ。
まぁ、50にもなって、なにを今更だけどね。
2019/02/05
Post #1713 12年の歳月で何が変わったのか
2015/09/02
Post #1611
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| VietNam |
確かに仕事は今までになかったくらい充実している。日に日に自分が成長してゆくのを感じる。
手ごたえがあるんだ。結構なこった。もちろん、それに比例して肉体はボロボロになっていく。それも、鈍かったり鋭かったりする様々な痛みで、痛感する。
仕事は好きし、楽しい。自分が自分の思い描く男として存分に振る舞えるのが、心地よい。自分にまだまだ伸びしろがあり、一日一日成長するごとに、その伸びしろはどんどん大きくなっていくのがわかる。つまり、昨日まで見えていなかったことが、今日は見えるようになっているってことだ。
けど、そんなことはどうでもいい。
暗室に独り閉じこもり、赤い暗室照明に照らされながら、白黒反転した死後の世界の様なネガを見つめていたい。そして、それを印画紙の上に焼き付けて、新しい写真を生み出したい。
いままで撮りためてきた写真が、どれもつまらなく見えて仕方ない。
自分でつまらなく見えるのなら、君たちにつまらなく見えてしまったとしても、仕方ないだろう?
そうして、暗く小さな一人きりの部屋のなかで、自分がこの目で見てきた世界そのものに対峙したいんだ。
それは愉しくもあり、苦しくもある営みだ。
けれど、そんな時間こそ、ほんとうに自分が自分に向き合っていられる時間なんだ。そこには、君だって立ち入ることはできないさ。何しろ、とんでもなく狭いからね。
読者諸君、失礼する。いったいいつになったら、そんな孤独で豊穣な時間をもつことができるのかしら?
2013/03/04
2013/01/19
Post #702 Wires and Wired
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| VietNam |
で、その水色のケーブルを見ながら、ぼんやり考えたのさ。
日本の景気回復のために、行政は電線地中化というのをよくやっている。
ヨーロッパなんか行くと、街の景観を守るために、たいてい電線は地下に埋められていて、職人さんはまず、敷石を剥がして、穴掘りから始めている。御苦労なこった。
しかし、日本の空は、電線がないと、物足りない。
アジアじゃ、町の美観なんてこと考えずに、ガンガン電線をひきまわしている。
極東アジアの日本の町の景観の重要にして欠かすべからざるポイントだ。俺はそう思っている。
電線地中化工事の終わった後の、スカスカした景色を見ると、そこからは人間の営みの痕跡がかき消されてしまったように味気なく感じる。
ヨーロッパは石造りの建物に刻まれた歳月の重みが、人間の営みを感じさせるけれど、ニッポンの新建材とガラスで出来た清潔で安っぽい建物から電線を消し去ると、なんだか現実感というか生活感が失われ、風景そのものが舞台の書割のように感じられる。
いや、俺だけだろうか。
駅前から電線を消し去り、喫煙者を締め出し、明るく清潔なだけで深みの無い街が増えているように俺には思えるんだ。どうだろう、君の街はどうだい。
薄暗い小路に時代遅れの小さな飲み屋が並んだような、生活感が腋臭のように匂い立つ横丁はは残っているかい?
駅前の電線に、夕暮れ時に集まり、ネオンに惑っていつまでも鳴きやまない雀の群れはいるかい?
薄暗い高架脇の電柱に、痴漢に注意の看板が張り付けられているかい?
どこの駅前も、同じようなロータリー、同じようなチェーン店の居酒屋、そしてマクドナルド。
退屈しちまうぜ。
俺が写真に撮りたいのは、人間の気配がムンムン漂う景色。それはいつかはなくなってしまうような景色だ。俺は清潔なだけで人間臭さの無い街は物足りないのさ。
少なくとも、写真を撮るとき、電線がないと少し物足りないってものさ。
読者諸君、失礼する。よい週末の夜を過ごしてくれ。俺は今夜もビジネスホテルで一人さ。退屈だよ、まったく。
2012/09/07
2011/06/24
Post #223 ジンジャーエールはウィルキンソンに限るぜ
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| VietNam |
いい時代になったもんだ。もっとも、あの印象的なガラス瓶ではなく、ごく一般的なペットボトルに入っているのが残念だが、ビンを飲むわけじゃないから良しとしておこうぜ。銀行と税務署に行った帰り道、行きつけのコンビニでこいつを見つけた俺は、思わず『おお!ウィルキンソン!』と叫んでしまった。行きつけだから、お店の人もさして驚きもしないぜ。俺は近所で評判の愉快な男なんだ。
俺の友人の伊佐地の話によれば、炭酸飲料は、炭酸の働きで体の中の熱をとってくれるらしい、本当かどうかは知らないが、ジンジャーエールやコカコーラは、やはり暑いときのほうが旨く感じるもんな、一理あるのかもしれないぜ。
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| VietNam |
暑さの厳しい日中、男たちは木陰で、よれたランニング一枚で椅子に座り、涼を求めている。
日が暮れてくると、心地よい風が街路を吹き渡る。たとえその風に原付の排気の匂いが混じっていたとしても、何とも言えない気持ちの良さだ。
人々は、決して清潔とは言い難いような屋台で、楽しげに食事をとりはじめる。
男も女も、バイクに乗って夜の繁華街をクルージングしている。狭い家の中でじっとしているよりも、バイクで走り回ったほうが涼しいのだろうか?そうかもしれないな、ベトナムの庶民の家にクーラーがついてるとも思えないしな。ベトナムの皆さんのご家庭にクーラーをつけるとしたら、ベトナムに原子力発電所をガンガンおっ建てないといけないんだろう。それは、いかがなモノかな。それくらいなら、原付ナイトクルージングも悪くないんじゃないかな。
日本じゃヤンキーしかやらないような、原付2人乗りは当たり前、なかには3人乗りなんて強者もいる。繁華街のメインストリートは、あまりにたくさんのバイクが走っているため、歩いたほうが早いくらいだ。それでも、老若男女問わず、誰もかれもが夜の道をバイクで走っているようだ。そして、ヤモリも街路樹の、なぜだか白く塗られた根元を駆け回るんだ。
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