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2015/09/02

Post #1611

VietNam
贅沢な話だけれど、自分の趣味の時間が欲しい。
確かに仕事は今までになかったくらい充実している。日に日に自分が成長してゆくのを感じる。
手ごたえがあるんだ。結構なこった。もちろん、それに比例して肉体はボロボロになっていく。それも、鈍かったり鋭かったりする様々な痛みで、痛感する。

仕事は好きし、楽しい。自分が自分の思い描く男として存分に振る舞えるのが、心地よい。自分にまだまだ伸びしろがあり、一日一日成長するごとに、その伸びしろはどんどん大きくなっていくのがわかる。つまり、昨日まで見えていなかったことが、今日は見えるようになっているってことだ。

けど、そんなことはどうでもいい。

暗室に独り閉じこもり、赤い暗室照明に照らされながら、白黒反転した死後の世界の様なネガを見つめていたい。そして、それを印画紙の上に焼き付けて、新しい写真を生み出したい。

いままで撮りためてきた写真が、どれもつまらなく見えて仕方ない。

自分でつまらなく見えるのなら、君たちにつまらなく見えてしまったとしても、仕方ないだろう?

そうして、暗く小さな一人きりの部屋のなかで、自分がこの目で見てきた世界そのものに対峙したいんだ。

それは愉しくもあり、苦しくもある営みだ。
けれど、そんな時間こそ、ほんとうに自分が自分に向き合っていられる時間なんだ。そこには、君だって立ち入ることはできないさ。何しろ、とんでもなく狭いからね。

読者諸君、失礼する。いったいいつになったら、そんな孤独で豊穣な時間をもつことができるのかしら?

2013/03/04

Post #743 Midnight Bikers

VietNam
南の国に行きたいな。

おおらかに、のびのびと生きられるところに行きたいな。

どうにも最近、ケツの穴の小さな奴ばかりが、俺のまわりに現れるんで、すっかり嫌気がさしているのさ。
失礼する。

2013/01/19

Post #702 Wires and Wired

VietNam
今まで泊まったたいていのビジネスホテルには、たいてい無難なカンジの水色のUTPケーブルが伸びていて、それでLANにつながっている。モロッコやバリ島では、たいてい無線LANだったのに。だから、ノートパソコンはOKだけど、Wi-Fiモデルのタブレットはつながらない。サミシーことだ。
で、その水色のケーブルを見ながら、ぼんやり考えたのさ。
日本の景気回復のために、行政は電線地中化というのをよくやっている。
ヨーロッパなんか行くと、街の景観を守るために、たいてい電線は地下に埋められていて、職人さんはまず、敷石を剥がして、穴掘りから始めている。御苦労なこった。
しかし、日本の空は、電線がないと、物足りない。
アジアじゃ、町の美観なんてこと考えずに、ガンガン電線をひきまわしている。
極東アジアの日本の町の景観の重要にして欠かすべからざるポイントだ。俺はそう思っている。
電線地中化工事の終わった後の、スカスカした景色を見ると、そこからは人間の営みの痕跡がかき消されてしまったように味気なく感じる。
ヨーロッパは石造りの建物に刻まれた歳月の重みが、人間の営みを感じさせるけれど、ニッポンの新建材とガラスで出来た清潔で安っぽい建物から電線を消し去ると、なんだか現実感というか生活感が失われ、風景そのものが舞台の書割のように感じられる。
いや、俺だけだろうか。
駅前から電線を消し去り、喫煙者を締め出し、明るく清潔なだけで深みの無い街が増えているように俺には思えるんだ。どうだろう、君の街はどうだい。
薄暗い小路に時代遅れの小さな飲み屋が並んだような、生活感が腋臭のように匂い立つ横丁はは残っているかい?
駅前の電線に、夕暮れ時に集まり、ネオンに惑っていつまでも鳴きやまない雀の群れはいるかい?
薄暗い高架脇の電柱に、痴漢に注意の看板が張り付けられているかい?
どこの駅前も、同じようなロータリー、同じようなチェーン店の居酒屋、そしてマクドナルド。
退屈しちまうぜ。
俺が写真に撮りたいのは、人間の気配がムンムン漂う景色。それはいつかはなくなってしまうような景色だ。俺は清潔なだけで人間臭さの無い街は物足りないのさ。
少なくとも、写真を撮るとき、電線がないと少し物足りないってものさ。

読者諸君、失礼する。よい週末の夜を過ごしてくれ。俺は今夜もビジネスホテルで一人さ。退屈だよ、まったく。

2012/09/07

Post #620 どうしてこうも小忙しいのか

VietNam
歯医者に打ち合わせに、夜は夜とて浜松まで車を飛ばしてひと仕事。明日も明後日も仕事。俺には日曜日も何もカンケーないのさ。家庭サービスがおろそかになっちまうぜ。
まったく、プリントする時間なんてないッたらない。ネガをまじまじ見る時間すらない。どうなってるんだ?まいっちゃうぜ。
まぁ、正直言って、次々予定をぶっこみ過ぎる自分自身の不徳の致すところなんだけれどね。
ベトナムののんびりした男たちのように、日がな一日ぼーっとして暮らす日は来るのだろうか?
読者諸君、忙しいから失礼する。

2011/06/24

Post #223 ジンジャーエールはウィルキンソンに限るぜ

まだ6月だというのに、暑い日が続いている。本来なら、昨日で仕事がひと段落して、4日ほどうっくりできるはずだったのに、甘かった。プリントでもしながら、優雅に暮らしたかったが、それは7月の上旬までお預けだ。しかし、もし、俺のもくろみ通り何日か仕事から開放されたとしても、この暑さだ。締め切った暗室でプリントなんかしていたら、熱中症で救急車を呼ぶ羽目になってしまううだろう。俺の家は、連れ合いがクーラー嫌いなこともあって、よほどの暑さでもない限り、クーラーをかけない。こうしていても、熱をはらんだねっとりとした空気が体にまとわりつく。冷えたビールでも九いっとやるのがイイんだろうが、生憎俺は痛風もちだ。調子に乗ってビールを飲むと、痛みに転げまわることになる。それはゴメンこうむる。
VietNam
だから俺は、ビールの代わりにジンジャーエールを飲むんだ。カナダドライの甘いジンジャーエールよりも、ウィルキンソンのあの辛い奴だ。独特のガラスのビンもイイ味を醸してやがる。なかなか売っていないのが、難点だが、この夏はコンビニでウィルキンソンのジンジャーエールが売られている。
いい時代になったもんだ。もっとも、あの印象的なガラス瓶ではなく、ごく一般的なペットボトルに入っているのが残念だが、ビンを飲むわけじゃないから良しとしておこうぜ。銀行と税務署に行った帰り道、行きつけのコンビニでこいつを見つけた俺は、思わず『おお!ウィルキンソン!』と叫んでしまった。行きつけだから、お店の人もさして驚きもしないぜ。俺は近所で評判の愉快な男なんだ。
俺の友人の伊佐地の話によれば、炭酸飲料は、炭酸の働きで体の中の熱をとってくれるらしい、本当かどうかは知らないが、ジンジャーエールやコカコーラは、やはり暑いときのほうが旨く感じるもんな、一理あるのかもしれないぜ。

VietNam
この暑さは俺に、以前訪れたベトナムを思い出させる。
暑さの厳しい日中、男たちは木陰で、よれたランニング一枚で椅子に座り、涼を求めている。
日が暮れてくると、心地よい風が街路を吹き渡る。たとえその風に原付の排気の匂いが混じっていたとしても、何とも言えない気持ちの良さだ。
人々は、決して清潔とは言い難いような屋台で、楽しげに食事をとりはじめる。
男も女も、バイクに乗って夜の繁華街をクルージングしている。狭い家の中でじっとしているよりも、バイクで走り回ったほうが涼しいのだろうか?そうかもしれないな、ベトナムの庶民の家にクーラーがついてるとも思えないしな。ベトナムの皆さんのご家庭にクーラーをつけるとしたら、ベトナムに原子力発電所をガンガンおっ建てないといけないんだろう。それは、いかがなモノかな。それくらいなら、原付ナイトクルージングも悪くないんじゃないかな。
日本じゃヤンキーしかやらないような、原付2人乗りは当たり前、なかには3人乗りなんて強者もいる。繁華街のメインストリートは、あまりにたくさんのバイクが走っているため、歩いたほうが早いくらいだ。それでも、老若男女問わず、誰もかれもが夜の道をバイクで走っているようだ。そして、ヤモリも街路樹の、なぜだか白く塗られた根元を駆け回るんだ。
VietNam
また、行きたいもんだぜ。あのユルさがたまらないのさ。日本人も少しはあんなユルサを持った方がいいかもしれないな。俺はいつもそう思ってるんだ。どうにも俺たち日本人は、生真面目すぎるんだ。どうしてこんなに生真面目な国民性になっちまったんだろう…。
まぁ、そんなことはどうでもイイ。熱くて頭がぼうっとして、そんなことは考えたくもないぜ。さっぱりと風呂にでも入って眠るとするかな。
読者諸君、ごきげんよう。失礼させてもらうぜ。

2011/06/12

Post #212 Naked Eye #5

最近、つまらん!という評価が多いので、今日は写真だけ。
写真だけと言ったら写真だけ。
それじゃ、行くぜ。
Barcelona
HomeTown
HongKong
Amsterdam
Osaka
Paris
Tokyo
Turk
VietNam

Fukuoka
どうだった?つまんなかったかな?
俺は自分ではいつも面白おかしく書いているんだけどね。
それでは、読者諸君、そのうちにまた会おう。

2011/05/14

Post #182 Fragment Of Fragments #17

読者諸君、昨日はBloggerの不具合で更新できなかったんだ。今年になって毎日忙しくても更新という目標を自分自身に課していたんだが、どうしようもない。しかし、読者諸君のおかげで、ささやかながら5,000PVを達成することができたんだ。どーもありがとう!これからもどーぞよろしく!
VietNam
とはいえ、昨日は久々に早朝から仕事だったおかげさんで、夜、家に帰って来たときにはふらふらに疲れきっていたんだ。とてもブログなんて作っていられない程、疲れきっていたんだ。倒れそうだ。そう、ある意味好都合だ。こんなんじゃいずれ死んじまうぜ。俺も原子力とかで身体が動くよーな不滅のボディーがほしーぜ。鉄腕アトムみたいでイカすだろう?しこたま水を飲んでメルトダウンを防がないとな。そうすりゃ、痛風や結石の発作もおこりにくいだろうよ。
そう、俺はすっかり夜行性になっているんだ。最近じゃ、どうも午前中はチョーシが悪い。きっと血圧も低いことだろう。ますますゲージュツ家のようだ。明るい太陽たまに見るっていきおいだ。身体を壊して技に磨きがかかるってもんか。クールビズだのサマータイムだの世間は大騒ぎだというのに、困ったもんだ。
今回の震災がおこる少し前に、日本政府が産業界とタッグを組んでベトナムに原子力発電所を売り付けたそうなんだが、ベトナム人もクーラーのガンガン効いた部屋で暮らすようになるのだろうか?
それを彼の国の人々が望んでいるのなら、我々には、そんなの資源が足らなくなるから、ガマンしろよだの、日本の原発は危険だからお止めなさいなんて言う資格はないんだなぁ。まずは、自分たちのムダだらけのセーカツをリストラクションしねーと、そんな一見ごもっともだが、自分たちさえ快適なら他の連中は、どーだっていいんだって偽善まるだしの態度は人としていかがなもんだろうか?
暑い日中だからこそ、日が傾いてきたころ、街を吹き抜ける風は、涼しく感じられ心地よいのさ。たとえその風にブンブン走り回るバイクの排ガス臭が混じっていてもね。
俺はホーチミンの黄昏時を思い出す。
日が暮れ、街に夜が訪れると、メインストリートというメインストリートは二人乗りのバイクで埋まる。凄まじい排ガスと、エンジン音だ。
VietNam
熱気ムンムンだ。しかし、家の中にいても、糞っ垂れな我が国のようにクーラーがガンガン効いてて快適に眠れないんだろう。きっと下らないバラエティーなんてやってないんだろう。
凄い台数のバイクが濁流のように大通りを流れている。とてもソーカイにバイクを飛ばしているとは言い難いぜ。たいていみんなノーヘルだ。しかし、どいつもこいつも、イキイキした顔でバイクを転がしている。
そんな夏の夜の過ごし方も、たまには面白いぜ。とは言え、この世知辛い日本でやったら、スグにヤンキーと間違えられて、お巡りに追いかけられちまうぜ。
読者諸君、また会おう。よい週末を過ごしてくれ。

2011/05/08

Post #177 Fragment Of Fragments #16

本日、これといって、事も無し。
VietNam
次の旅行はインドにするのか?インド旅行は危険ではないのか?それともベトナムにした方がいいんではないのか?と家庭内で会議。呑気なものといえば呑気なものだ。しかし、これは俺と連れ合いにとっては、ヒジョーに重要な議題なんだ。ここ何日も、それに関して討議されているんだ。今夜の食事は近所のインド料理屋に行って、カレーとナンを食ってみて、もし印度旅行に行ってたとして、約1週間、朝昼晩カレーでも大丈夫かどーか検証してみたりしたんだ。何しろ俺はこう見えて、辛いものが苦手なんだ。俺の住んでる街には、カレーチェーン店ココ壱番屋の本社があるんだが、ココ壱に行けば、必ず甘口を注文する。とにかく汗がドバドバ出てきて大変なのさ。

HongKong
それはそうと、昨日の夜、闇の中車を飛ばして帰ってきたら、フロントガラスが虫の死骸だらけになっちまった。仕方がない、スタンドに行って洗車するかってんで、洗車機に車を突っ込み、連日の黄砂ですっかり薄汚れた車を小奇麗にした。車がキレーになると気分がイイってことに、自分が日本人だなぁと実感するぜ。俺の見た限り、日本人ほど車をピカピカにしたがる民族はいない。水も豊富だしな。世界には車をキレーにしたくても、おいそれとはできないところがたくさんある。車なんて単に道具だから、汚くっても気にしないってところもあるだろう。それ以前に、車そのものを以てない国のほうが、実は圧倒的に多い。
俺達日本人は、なんだかんだ言って世界で最もゼータクな暮らしをしているのさ。アメリカほどじゃないかもしれないけどね。世界中が車を持ちたがり、毎週車を洗車しようもんなら、地球の資源も水も、あっという間に底をついちまうぜ。とはいえ、車なしじゃ、今更商売できないしな。困ったもんだ。
読者諸君、また会おう。いずれにせよ俺の中では、次はアジア方面に行ってみようという流れが出来ているんだ。どこか君たちがお勧めの場所があったら、俺に教えてくれないか?

2011/05/07

Post #176 Tales from Riverside Of Mekong

総理が浜岡原発の停止を要請し、俺の住む中部地方の連中は戸惑っている。俺は賛成だが、中には景気に影響するとか心配する声もある。首都圏はとっくに計画停電を経験し、すっかり薄暗いというのに、自分たちさえよけりゃいいのか?少し暗くなったくらいで、財布のひもが固くなるなんて、まるで家畜や電照菊みたいだな。光合成でもしてんのかい?そろそろ俺たちのライフスタイルを見直す時期が来たってのが、分かってないなぁ。だいたい真夏にネクタイをするなんて、正気の沙汰とも思えないぜ。昔は開襟シャツとかあったんだけどな。パリッと糊のきいた開襟シャツに、扇子ってのも、粋なもんだぜ。
そもそも、世界中の人々が日本やアメリカの生活レベルを求めだしたなら、どうやってもエネルギーは資源は、喰いもんは足らないんだ。地球が5つはいるくらいだって言われてる。

俺は、何年も前に行ったベトナムを思い出す。
Mekong River,VietNam
ホーチミンの街の真ん中を流れるメコン川。
その西岸には、結構な都市化が進んでおり、高層ビルも立ち並び、かつてフランスによって植民地にされていた頃に、ヨーロッパのような都市計画がされていたこともあり、異国情緒が漂う。
しかし、メコン川の川端では、子供がフルチンで泳いでいたりする。カメラを向けるとにっこり笑って、飛び込んでくれたりしたっけ。
VietNam
船着き場で、フェリーに乗って、東岸にわたってみるとイイ。一回5円ほどで乗れるフェリーには、エンジンをかけたままのカブやスクーターが満載だ。排気ガスとアイドリングの音で、むせ返っている。
これが船の上だなんて、信じられないくらいだ。
徒歩の俺たちは、細い階段を上って、2階席に乗るんだ。バイクを見下ろして、川面を渡る風に、暑さを忘れるんだ。
俺は、のんびりと時間が過ぎていく感じがして、船は好きなんだ。特に渡し船ってのはいいもんだ。

そうして、風に吹かれていると、人間は、きっと温かいところで生まれたに違いないぜって思えてくる。ダラダラ汗をかきながらも、リラックスして生きていけそうだ。大昔の人間はその辺になっている果物でも食いながら、結構楽しくやっていたんだろうなんて、想像してしまうぜ。
実際に、ヨーロッパ人が、大航海時代にカリブ海だかで見つけた現地人たちには、労働という概念がなかった。
あこぎな文明人たちがそんな彼らに規律を教え、労働を仕込んで、奴隷にしようとたくらんだところ、その人々はうんざりして、子供を作るのをやめちまったり、原因不明の病気になったりして、一人残らず死に絶えてしまってて話を聞いたことがあったな。

フェリーが東岸につくや否や、エンジンをかけたままのバイクやスクーターは、一斉に飛び出してゆく。ほとんど舗装もされていないような道を、砂埃を巻き上げながら、爆走していくんだ。まるで、オートレースのスタートのフラッグが振り下ろされた瞬間のようだ。
うろうろ歩いていると轢かれてしまうぜ。
Leftbank of Mekong,VietNam
そこは、本当にタイムスリップしたんじゃないかって疑いたくなるような、素敵な村だった。
未舗装の道の両側に、粗末なバラック建てのような商店や住宅が並び、そのすぐ裏手には、緑豊かな森が横たわっている。ところどころに、南国特有のとぷんとした小川が流れている。川面には棕櫚のような木々の葉が影を落とし、その隙間から差し込んだ光が、きらきらと反射している。
時折、極彩色に彩られた小さな寺院が目に入る。
道端では、よれたランニングシャツを着たおじさんが、椅子を出して座っている。俺達の姿を見ると、何故だか軍隊式の敬礼してくれたっけ。ひょっとしたらこのおじさんはベトナム戦争の時の戦士だったのかもしれない。

子供たちの歓声が聞こえてくるので、ふと目をやると、何もないような空き地で、小学生くらいの子供たちがバトミントンをしている。
幸せそうだ。俺達からしたらとんでもなく貧乏なんだろうけど、スゲー幸せそうだ。こんなに幸せそうに遊ぶ子供を、日本ではすっかり見なくなったような気がするぜ。
俺は、なんだか涙が出てくるほどに感動してしまったのさ。その、幸せな風景に。何もないけれど、ここには幸せに暮らしている人がたくさんいるってね。
俺達は、なんでも欲しがる。1億2千万人の日本人が、飯を食っていくために、あくせく働き、必要ないものも必要だと思い込み、稼いだ金でそのガラクタを買うために、必死になって働いてる。真面目なふりを装うために、真夏でもネクタイを締めてみたりする。そして、そのために電気をガンガン使って、冷房をガンガンに効かせるんだ。OK、原発は必要なんだろう?そうやって俺たちが暮らしていくためには。けれど、そうして、死ぬほど働いて手に入れた快適な暮らし、その先にあるのは幸せなのかい?それとも、さらに何かを求める欠乏感なのかい?人間の欲望には、まったく限りがないんだぜ。バラックに住めとは言わないが、もう少し俺たちは自分自身のライフスタイルを見直してもいいんじゃないのかい?
おっと、もうこんな時間だ。さっさと飯を食って、仕事に出かけなけりゃな。そんなことほざいてる俺自身が、風邪気味の体に鞭打って働かなきゃならないとは、まったく因果なもんだぜ。
それでは読者諸君、また会おう。君たちがこれを目にする頃、俺は真っ暗な道で、車を飛ばしているだろうか?

2011/03/05

Post #111 Allergy

VietNam
本日もアレルギーと悪寒で、大事をとらせていただきます。
皆さんには、よい週末を過ごして貰いたいぜ。

2011/01/25

Post #68 世界の中心、世界の涯

君は世界の中心がどこか知っているだろうか?

別にそこで愛を叫びたいわけではないんだぜ。ただ、ちょっと聞いてみただけさ。

VietNam
どうだろう?君の頭の中には、ニューヨークとかトーキョーとかパリとか、世界中のコスモポリスの名前が浮かんでくるのだろうか?きらびやかで、富と名声に溢れた人々が、世界の行く末を議論しているようなイメージだろうか?そして、自分たちの日々の営みは、世界の中心から遠く隔たった、いわゆるヘンキョーで、どことなく卑小で、しみったれて、なんとなくみすぼらしく感じられてしまうのだろうか?もしそうだとしたら、それはとてもさみしーこったな。
それとも、この宇宙で、かつてビックバンが起こった時空を思い浮かべるのだろうか?

では、世界の涯は?

南極とか、北極とか、リスボンとかイースター島とかが浮かぶのだろうか。人の姿もないような、荒涼としたさみしー世界を思い浮かべるのだろうか。荒れ果てた大地に、高い波が打ち寄せるような、冷たい風が吹き付けるようなところをイメージするのだろうか?
それとも、光の速さで膨張してゆく宇宙の涯を想うのだろうか?

俺は世界の中心がどこにあるのか、実は気が付いているのさ。何年も前からね。必然的に世界の涯もどこにあるのか知っているのさ。

俺は写真を撮りながら、何時だって世界の中心を、世界の涯を意識しているんだ。そう、ビンビンに意識しているんだ。どうだい、スゲーだろ?

君は知っているかい?世界の中心がどこか、世界の涯がどこにあるのかを?

世界の中心は、俺が立っているまさにここなのさ。俺にとってはね。
モスクワや上海でどんな事件が起こっていようと、ニューヨークやパリで世界の行く末や最先端の文化についての議論されていたとしても、ロンドンやトーキョーで世界を揺るがすような経済取引が行われた板としても、俺にはゼンゼン関係ない。

ホント、どこ吹く風さ。カンケーないぜってカンジだぜ。
AirPort
そして、君にとっては、君が今立っているまさにそここそが、君の世界の中心、ド真ん中だ!
いいかい、どんなに世界が広大でも、俺や君の限定された意識が接することのできる世界は、君や俺の周囲にしかないんだぜ。今、ここにリアリティーを持って生きていなかったら、俺たちは世界の片隅で、パンくずでも拾ってカツカツ生きているような気分になっちまうぜ。
大事なことだから、もう一度、言わせてもらうぜ。
世界の中心は、俺や君が立っている、まさにここなんだ。

そして、世界の涯は?

賢明な諸君はもう気づいているだろう?
世界の涯とは、君や俺のすぐ横に立っている、俺や君なんだ。手を伸ばせば触れることができるすぐ身近な人々だ。どうしてかって?わかってるだろう?俺たちの住んでるこの地球は、スイカみたいに丸いんだぜ。君の気の向いた方角に向かってずっと歩いて行ってみなよ。もう気が付いたかい?
世界の涯は、地球をくるりと回った君のすぐ隣なのさ。君の大切な人が立っている君のすぐ隣こそ、世界の涯なんだ。

俺たちは、かつてないほどの情報の海に漂っているんだ。だけれど、この世界の、つまりこの人生で、実際に認識可能な世界の主人公は、いつだって自分自身だってことを、忘れちゃいけないぜ。そして、探求に値する世界の涯は、君のすぐそばにいるはずだ。声をかけてみようぜ。その人のことをもっと知ってみようぜ。心の中まで、しっかりすっかり探検してみようぜ。

OK、世界の中心から、世界の涯に向けて、レンズを向けよう。

俺たちの探求には、宇宙船もジェット機も必要ないのさ。世界の中心で、しっかり立ってる自分自身と、周囲の人や物に対する好奇心があればいいのさ。
世界はきっと驚きに満ちているぜ。

2011/01/24

Post #67 Fragment Of Fragments #11

本日、またもや多忙に付き、写真のUPのみ。
手抜きではないんだけどね…。
眠る暇すらないくらいなんで、勘弁願いたいもんだぜ。全て寝る間も惜しんで働かざるを得ない、俺の中途半端な貧しさが悪いんだ!赤貧とまではいかない。ピンク貧くらいの中途半端な貧しさだよ!
VietNam
誰か教えてくれ!この貧しさは罪なのか?
それとも何かの罰なのか?
それとも、これで俺に金がガバガバあったなら、ドバドバ使っちまって、自分も周囲も大変なことになっちまうに違いないから、これはこれで、ある種の救いなのか?
天国のお母さん、あなたからはこんな働き蜂のような僕が、どんな風に見えているのでしょうか?

2011/01/05

Post #47 Sound Of Music をみて、思い出に浸るのさ


VietNam
俺はまずは、皆さんに謝らなけりゃならない。今日はプリントして、ニューハーフ嬢の写真をお送りするつもりだったのに、諸般の事情により、プリントしなかったんだ!すんません!
正月三ケ日も終わって、俺はふと仕事の事を考えて見た。そうそう、請求書を作らないとな。12月の帳簿もまだしめていなかった。それどころか、今月末は納税の期限じゃないか!決算準備表を作らないとな。う〜ん、45万の赤字だ!まいったなぁ…。これで法人税は払わなくてすむが、書類は作らないとな。俺は零細事業主だから、税理士さんにお願いする金なんかねぇのさ。Do It Myself だ。マサにPunk Rock の精神だ。たったの3コードで人生を乗り切るんだ!そうそう、年末に届いた書類に目を通さないとな…。なんだこりゃ、さっぱり解らねぇ…。

まいったなぁ…。煮詰まってしまったから、連れ合いの自転車のカゴでも替えてやるか。傷んで錆だらけだ。新しいのは是非ともステンレス製だ。うん、最高だぜ、ついでにチェーンに油でも注してやるか。素晴らしい。乗ってみな。なに?違いがわからん?なんてこった!

もうダメだ。今日はここまでにしておこう。明日か明後日、税務署に行って、税務署員聞きながらやろう。昔から俺は、能力はあるんだ。だけど、やる気になるのも能力のうちだと、しばしば諭されてきたんだ。ケツに火が着かないと、エンジンがかからないんだ。
仕様がない。TVでも見るか。おっと、Sound Of Muric がやっているぜ。高校生の頃、付き合ってた娘が好きだった映画だ。当時の俺には、ロックンロールしか頭になかったから、興味もなかったが…。そういえば、その娘は、俺のすぐ下の弟の嫁さんと顔見知りだったな。風の噂に結婚したと、随分前に聞いたけれど、幸せに暮らしているだろうか?そう、前にも書いたことがある、5万で買ったビートルで、海に行った女の子だ。もし、今会うことがあったなら、なんて言われるだろう。幸い俺はハゲてもいないし、体型だって、変わっていない。しかし、目尻や眉間には、浮世の風が長年刻んだシワがあるぜ。あんた、みっともなく老いぼれたねなんて言われたら、かなりショックだ。
女性に対して、そんなのお互い様だろうなんて、言えないしな。
VietNam
連れ合いと一緒にメシを食いながら、Sound Of Muric を見つつ、俺はそんなことを思い出していた。
そうこうしていると、年賀状を送った知り合いから、電話なんかかかって来て、なんだかんだ話しこんでいたんだ。大体今どき年賀状のやり取りするのは、取引先か普段疎遠な人ばかりだ。彼女(言い忘れてたが女性からだった)は、俺の事は忘れられないっていうんだ。いやいや、けっして昔の彼女とかじゃない。彼女に以前話した俺のずっこけ話が忘れられないっていうんだ。
去年の冬の事だ、男の仕事をしているとなんだかケツが寒いんだ。冷えてきた、スースーするぜ。やっぱり冬でも下着はTバックってのはまずいかなと思いきや、作業服のズボンのケツが、なんとぱっくり破れていたって話しだ!俺はとっくにそんなの忘れていたぜ!その程度の事は、日常茶飯事だろう?いつまでもおぼえているような事かな?まぁそんときは、ケツにガムテープを貼って一日しのいだぜ。もちろん、そのズボンは自分で繕って今でも使っているぜ。俺はビートルズの名曲エリナ・リグビーに出てくるファーザー・マッケンジーみたいに、そう、靴下の穴を繕うあの神父さんみたいに、涙ぐましい程につましい男なのさ。
あぁ、こんなんで今日はプリント出来なかったって訳だ。
皆さん、ごめんなさい。俺は何時だって現行不一致な政治家みたいなダメな男なんだ!許してくれ!          

2010/12/14

Post #25 Don't Forget To Bring Your Wallet!

Viet Nam
寒中水泳ではない。フルチンで川遊びだ
冷たい雨が降っていた。今日は寒かったぜ。しかし、冬の北海道ウラジオストックに行ってみたいという野望に燃える俺は、この程度の寒さに負けるわけにはいかない。熱いコーヒーでも飲んで、頑張るしかないのだ。
そんな俺も、今日は寝坊してしまった。遅くまでブログを作り込み過ぎた。なんせ昨日はスライドショーを増設したからな。とはいえ、9時から男の現場だったのに、起きたのが9時23分だったてのは、いくらなんでもありえない。寝坊なんて何年振りだろう。コーヒーを飲む間もなく、仕事に出かけたぜ。
しかも、元請のさっさんと昼飯を食いにいたっとき、さらに笑えることが起っちまった。俺たちは、現場のそばのラーメン屋にいっしょに行ったんだ。男同士で連れ立って飯を食いに行くなんて、プライベートならホモのカップルと間違えられるのであまりやらないようにしている。しかし、仕事は別だ。
北海道への熱い熱い未練たらたらの俺は、迷わず塩ラーメンにコーン&バタートッピングをオーダーした。熱いラーメンで心も体も温めたかったのさ。さっさんは(彼はねずみ男みたいな風貌の電気屋さんなんだが、自分を俺のブログに出せといつも言うんだ。まいったなぁ)ラーメン+唐揚げセットにするといっていたのに、俺が塩ラーメン+コーン&バターをオーダーすると、すかさず自分も同じものをオーダーしやがった。俺は思わず、『あんた、自分の意思はないのかよ?』なんてお客に対する言葉としては、一般的にきわめて不適切なセリフを吐いちまったぜ。まぁ、気にすんな、いつもこんな調子さ。

Viet Nam
俺たちはがつがつズルズルとラーメンを食ったぜ。さっさんはよせばいいのに、しこたまにんにくを自分のラーメンの中に放り込みやがった。俺の車に乗って息を吐くんじゃないぜと思ったものさ。そして食い終わった時、俺は今朝、財布を持って出た記憶がないことに気付いた。俺はそもそも、かつてバルセロナの地下鉄でアコーディオン弾きを装ったスリに財布をすられて以来、財布は持たないようにしている。マネークリップと小銭入れ、そしてクレジットカードと名刺を入れるカードケースは、お出かけ3点セットなんだが、昨日の夜出かけたときに着ていたヒョウ柄のジャンパーのポケットの中に入れていて、出した記憶がない。しかも、3点セットを持って出た記憶もない。俺はポケットを探しまくった。ない。やっぱりない。寝坊してしまったために、持って出るのを忘れてしまったんだ。ヤバイ。食い逃げするか?しかし、社会人としてはどーよ?困ったなぁ・・。
俺はさっさんに切り出した。『悪いんだけど、俺、寝坊したついでに財布もわすれちゃったみたいなんで・・、金貸してくんない?』
さっさんは笑って奢ってくれたが、しっかり『人に自分の意思のない奴だとかいっときながら、奢ってもらうとは・・』って、呆れたようにヒヒヒッて笑っていたぜ。まるでねずみ男みたいにね。まぁ、そのあと食後のコーヒーも奢らせたけどね。ものはついでってやつだな。しかし、さっさんと一緒でよかったよ。でなきゃ今頃、ラーメン屋で皿洗いをしてるところだった。まいったぜ、ホント。
君たちも出かけるときには財布を確認したほうがいい。そのためには寝坊しないようにすることだ。OK?くれぐれも俺みたいにグデグデな一日を送ってはいけないぜ。まぁ、それも人生で、ロックンロールなカンジだと言えないこともないんだけれどね。
今日は寒かったから、常夏の国、ベトナムの写真をお送りしておこう。経済発展著しいベトナムだ。こんな風景はいずれ見られなくなることだろう。きっと、100メートルに一軒づつコンビニが並び、くそ暑くても、男たちはネクタイをするようになる日も近いだろう、この日本のようにね。そんな時が来る前に、またベトナムに行きたいもんだぜ。
君も一緒にどうだい?寒いところもロマンがあっていいけれど、暑いところも、それはそれで面白いもんだぜ。

2010/12/06

Post #18 Standing On The Shoulder Of Giants

君たちはよい週末を送ることができただろうか。俺はそこそこ充実していたぜ。家の掃除もしっかりしたしね。写真にはホコリは大敵なのさ。何故ってプリントする際に、画面にホコリが写り込んでしまうだろう。目に見えるか見えないかの小さなホコリでも、プリントするとスクラッチのように見えたりスネゲがついてんじゃないの?みたいなカンジになってしまうんだ。どんなにいい写真でも最悪だ。だから、掃除は欠かせないのさ。こう見えて、結構繊細なんだぜ、俺は。

しかも、先日出張中に、新品のフィルムを使おうと箱から出したら、パトローネ(フィルム自体が入っている円筒形の筒のこと)が凹んでいて、使えない奴があったんだ。これを販売店に持って行ったところ、新品に交換してくれたんだ。しかも、不良は1本だけだったというのに、3本パックのものと交換してくれたんだ。迷惑料代わりだって。有難いことだ。銀塩写真にとってフィルムは酸素みたいに欠かせないものだからね。これがなかったら、カラのカメラで一眼ならぬ肉眼レフと洒落込まねばならないぜ。洒落ているだけならいいが、それでは君たちに写真をお届けすることができない。だからフィルムは有難いのさ。俺の愛用してるKodak TX-400は最近では売っているところも減ってきたしな。ついてるぜ。今日の占いでラッキーアイテムはロングブーツってあったんで、Dr. Martensの14ホールを履いていったのが良かったんだな、きっと。

俺は今日は目的があって出かけたんだ。
細江英公“鎌鼬”、森山大道“THE TROPICS”
そしてOASIS“Standing On The Shoulder Of Giants”
写真集を買いに行ったんだ。森山大道“THE TROPICS"。今年の夏に出た写真集なんだが、いろいろと物入りで予算がつけられなかったんだ。まぁ、出張して酒飲んでたり、パイソンの靴を買ったり、コートを買ったりとかどうでもいいような、しかしロックンロールライフには欠かせないことばかりだ。
人はよく、俺の写真を見ると、『こういう写真は自分には撮れない』とか『これは君にしか撮れない類の写真だ』とか言ってくれるんだが、俺は自分の写真は最も簡単な写真だと思っているんだ。謙遜とか皮肉とか逆説とかじゃなくて、ホントーにそう思っているんだ。
簡単だ。コードを3つ知っているだけで、ロックができるみたいに簡単だ。セックス・ピストルズのようにね。
君がもし僕の言うことを半分でも信じてくれるのなら、カメラを持って、外に出てみようぜ。
そして目に留まったものを、構図とかなんかは深く考えず、オートフォーカス、プログラムAEで撮ってみればいいんだ。ただ、それだけだ。
お、かわいらしいネコがこっちを見ている。そっとカメラを向けて、静かにシャッターを押してごらんよ。
向こうからいい女が歩いてくる、町一番の美女だ。今、シャッターをきるんだ。Ok?とれたかい?
次は?お、あんなところに面白いフォルムの看板がある、あれ行っておこう・・・。
こんな調子さ。誰にでもとれる。あとは人の密度、場所の選定。常に周囲に目配りして、自分が興味を持ったり欲望を感じたりするものにカメラを向け、そっと、できれば気付かれないようにシャッターをきればいい。デジカメはダメだろう。音が出る。昔流行った高級コンパクトがいい。なんなら貸してあげるよ。
たったこれだけだ。とりあえず、写真を撮って、あとは暗室で構図を整えるんだ。
OK?どうやら出来そうだろう。世間の皆さんがとっている、花だの山だの祭りだののほうが、よほど難しいんだ。

しかし、それでも俺の写真が君たちが撮る写真と違うとすれば、それは俺が巨人の肩の上に乗っているからだろう。これはアイザック・ニュートンが1676年に友人のロバート・フックに書き送った『もし私が他の人よりも遠くを見ていたとしたら、それは巨人の肩の上に立っていたからだ』という言葉がオリジナルだ。イギリスでは2ポンド硬貨に刻まれている。オアシスは自分たちの音楽が、過去にイギリスで生み出されたロックを否定するのではなく、ロックの巨人たちの功績の上に成り立つものだという意味を込めて、そんな“Standing On The Shoulder Of Giants"ってアルバムを作ったっけ。
Viet Nam
俺の写真が、同じ場所で、同じものを見て撮った人の写真と違うとすれば、過去の巨人たちの写真を見てるか、見ていないかじゃないかな。森山大道、中平卓馬、荒木経惟、東松照明、深瀬昌久、北島敬三、渡辺克巳、中藤毅彦、ウィリアム・クライン、ロバート・フランク、エド・ヴァンデル・エルスケン、そしてロバート・キャパ。俺は、少ない稼ぎの中から、そんな巨人たちの写真集を買い集めたぜ。今じゃそこいらの本屋なんかよりもよっぽど充実しているぜ、俺の本棚は。君が興味があるんなら、連絡してくれ。見せてあげるよ。俺はその間、別の部屋でプリントしているから好きに見ていてくれて構わないぜ。コーヒーくらいは出してあげるよ。
つまり、俺が言いたいのは、我流でも独学でもいい。古いものをしっかりとリスペクトしていかなきゃならないんじゃないか。それを踏まえたうえで自分のスタイルを構築していかなけりゃならないんだって、ことなんだ。ほら、いい言葉があるじゃないか『古きを温ずねて、新しきを知る』ってやつだよ。
音楽でも写真でも、大抵のことはもう誰かがやっているのさ。何も知らずに思いつきでやってもだめなんだ。底の浅いものになっちまうだろう。
俺は、自分の写真にガッカリしたくない。それに何より、うまい写真を、カッコE写真を見ると、楽しくなるんだ。ワクワクするんだ。
だから、写真集を買いに出かけるのさ。俺がよく行く美術館に併設されたアートショップのおねーさんは、頼んでもないのに、俺の好きそうな写真集をキープしてくれる。しゃーないわな。買わないかんわ。
THE TROPICSは森山大道が80年代に、タイやラオス、ベトナムに通って撮りためたまま、今日まで発表されていなかった写真をまとめた写真集だ。俺は、何年か前に行ったベトナムの日差しを思い出した。汗ばむようなねっとりとした大気を思い出した。夜更けまで行先もなく走り回るバイクの大群の騒音を思い出した。君がこの写真集を見れば、もし行ったことがなくても、それら全てを幾分かは感じることができるだろう。いい写真集だ。7500円+TAXだが、その印刷の美しさを見れば、その値段が充分にお釣りの来るものだってのがわかるだろう。
そして何より、俺自身が気がつく前から、そう森山大道の写真を知る前からずっと、俺が森山大道の肩の上に乗っていたことが君にもわかるだろう。真似してるわけじゃないぜ。リスペクトって言ってほしいぜ、せめて。モノクロで、街で、気になるものを撮影していれば、自ずとそういうものになってしまうものなんだ。
勢い余って、森山大道の師匠筋にあたる細江英公の“鎌鼬”の復刻版も買ってしまった。これも凄い。日本の写真史上に残る写真集だ。細江のイメージに応えて、舞踏家土方巽が奇怪な鳥のように跳び、走り、舞う。動画のように見えるほどの疾走感。画面から立ち昇るこの禍々しさ。そして、彫刻のように刻み込まれた孤独感。
ずっと欲しかったんだ、この写真集。ついに買ったぜ。君にも見せてあげたいぜ。きっともっと写真を好きになってくれるだろう。
また会おう。もう眠るぜ。明日の男の仕事に差し支えるのさ。
そうだ、たまには君もコメントを入れてくれないか。
俺は君の言葉を聴きたいんだ。