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2026/02/02

POST#1748 日本ってなんなのか、ずっと考えてきた

京都市 政治的中立性かそれとも単なる無節操か
赤いポールスミスのショートトレンチはずいぶん前に買ったものだけど、たまに着たくなる。赤は血の色、命の色だ。

青いスーツも好きだ。クールな感じがするでしょ。

緑のネクタイも、オレンジの作業用の防寒着も好きだ。

けれど、どの色も政治的な主張と結び付けられてしまいそうでうんざりする。

いっそ、ブルースブラザーズのように真っ黒なスーツに白いシャツブラックタイ、しろいソックスに黒い靴、そんなモノトーンにしてしまいたくなる。

とりわけ、排外主義的な主張を垂れ流す政党のシンパだと思われるのは心外だ。

すでに俺たちの社会は外国人労働者なくして回らない。

いくら排除を訴えても、日本人はきつい現場仕事や、夜間のコンビニバイトをやりたがらない。便利さ、快適さは享受したい。けれど、自分たちはやりたくない。

まるで奴隷制の古代ギリシャやローマ人みたいだな。

しかし、もう何年かすると家も店舗もインフラも、建設できなくなるだろう。実際に現場で働く人間がいなくなるからだ。人間は老いる。技術を磨いても、いずれは一線を退く時が来る。実際に現場にでは50代以上のおっさんばかりだ。60歳以上は高所作業はしてはいけない建前になっているが、どいつもこいつもよじ登って仕事してるぜ。そんな有様なんだ。

そんなこと言ってたら誰が君たちのオフィスや家を作ることができる?

建築関係だけじゃないだろう。

医療看護、保育、農業、製造業、運送業、サービス業、実際に物質世界や人間そのものに働きかけることを生業とする人間は、どこも不足している。そしておおむねそういった仕事に携わる人々は賃金が安く、二級市民のように扱われている。誰がそんな扱いを望むだろう?誰が自分の子供に辛く見返りが少なく、尊敬されない仕事を勧めるだろう。

君は俺が極端なことを言っていると思うかもしれないが、自分自身に問いかけてみてほしい。

実際に日本人だけではもう社会を維持できないんだ。現実をしっかり見てほしい。

そして、それを支えている技能実習生と呼ばれる人たちも、私たちと同じ人間であることを思い出してほしい。少なくともこの国は奴隷制国家ではないのだから。

福井県では、日本は単一民族国家と選挙期間中に主張し、当選したとたんに言を翻す確信犯的な元外務官僚が知事に当選した。

そもそも日本てなんだ?

日本人って何者なんだ?

そして天皇ってなんなんだ?

この空気に流され、何もかもが論理的な話し合いと合意のないままに決まっていってしまう社会はなんなんだ?

象徴天皇制🔗における国民の統合の象徴たる天皇の意思とジャンジャック・ルソーのいう一般意思🔗はどう関係しているんだろう?

選挙権を持つ市民の半分くらいしか投票しない、つまり自らの意思を示さないこの国は、本当に民主国家なんだろうか?

 俺はもう何十年も、肉体労働をしつつ、そのことを考え続けてきた。答えが知りたくて我流で学び続けてきた。その間、この国はずっと停滞し没落してきた。

日本はすでに先進国なんじゃなくて、衰退途上国なんだ。日本はすごい、日本人は素晴らしいという言説や動画をうのみにせず、自分の生活実感から考えてみればわかるはずだ。

社会を包む空気や、威勢のいい言説に惑わさるることなく、どんな社会にしてゆきたいのか、自分の経験に即して自ら考え、そのうえで選挙に臨もう。

2026/02/01

POSR#1747 なぜマスコミは…

台湾、台南市、安平

大義無き選挙が真っ盛りだ。

チームみらいを除くほとんどの政党が減税を唱えている。

五公五民といわれて久しい我が国は数十年ぶりのインフレに悩まされている。

賃金ベースアップは、物価上昇に追い付いていない。我が国の労働者の皆さんは、気息奄々で自ら生産したものを購入するのはおろか、将来世代の労働者となるであろう子供を産み育てることまで躊躇せざるを得ない状況だ。マルクスが見たら小躍りして喜ぶことだろう。

自民党と連立解消した公明党が、通常国会冒頭の解散を見越して立憲民主党と合流し、新たに中道改革連合を立ち上げ、食料品の消費税撤廃を唱えると、すかさず自民党は2年間限定の食料品の消費税0%減税を掲げる。政治的な立ち位置以外は、どっちに転んでも庶民に大差はない、ように見える。我々国民は朝三暮四の猿のように、政治家や官僚から愚民とみられているのだ。

このような状況を受け、報道各社は食料品の消費税減税を行ったとして、それによって損なわれる税収の減少をどう補うか、その大盤振る舞いの財源はどうするのか?といった主張が多いように見受けられる。まるで財務省の官僚の見解を垂れ流しているようなものだ。それとも大政翼賛会か?

なぜ、逆累進性、つまり所得の低い人のほうが相対的な負担が大きくなる性向が強い消費税を推し、社会保障費が膨らみ続ける中、国民全体で支える消費税が重要だという論調の記事が多いように感じる。

なぜ、ここで我が国の高所得層上位1%、あるいは5%への所得課税を増やして消費税負担を減らすという論旨の記事は現れないのか?

なぜ、高資産保有者(所得が少なくても、資産は膨大に持っているひとだ)のもつ固定資産や債券、高額な美術品、暗号資産そういったものに課税強化して、税収を補うべきだという論旨の記事は掲載されないのか?

そして何より、紙幣の輪転機を回すまでもなく、コンピューター上の入力によって生み出される円という貨幣の本質と、その貨幣をいつでも生み出しうる国家の財政を、莫大なローンを抱えた家計と同じように危機的な状況だとあおるのか?お金は税金を払うことで国にもたらされるわけではなく、お金は国がその信用力で生み出しているんだぜ。一種の打出の小槌なんだ。

なぜ、国家の富、国家の価値、国家の将来性に対する見通しを表す円相場が安値安定でも、それを是正すべきだという力強い論調は生まれないのか?やはりこの国に希望と未来がないからか?しかし、あらゆるものを海外から輸入しないと何も生産できない小資源国の我が国での円安は、日本経済に致命的な打撃を与え続けているんじゃないのか?円安に安住して科価格競争力だけで勝負するなら、いずれジリ貧だ。一度安く売れば、次に高く売れる確証はない。むしろ、高品質、高付加価値なものを高値で売ることを考えてもいいんじゃないか?モノづくり大国とか豪語するなら、出来るはずだろう。違うのかい?それともあれは国内向けの景気づけのプロパガンダなのかい?そうかもしれない。

円が安いから、日本の労働は生産性が低いとされる。働けど、働けど、わが暮らし楽ならず。じっと手を見るだ。

俺が若いころ、円は1ドル90円だった。最近は少し持ち直したとはいえ150円台半ばをふらふらしている。俺が高校生のころアルバイトに行けば、1日一万円弁当付きだった。今はどうなんだ?

円が安ければ、日本で生産したものを海外で安く売って、シェアを確保できるってことなのかい?それとも、外国人にたくさん来てもらって、割安にお買い物していただきたいのかい?そのしわ寄せはどこに行くんだい?我が国の労働者の皆様じゃないのかい?俺が去年働いていた京都の百貨店は、次々と高級ブランドを拡充していた。買い物するのは外国人ばかりだ。

政府は莫大な借金をしていることになっている。どこに?

日本銀行だ。

で、日本銀行は100年たっても売りさばけないほどの日本企業の株を買い、挙句、株価が史上最高を記録とか御目出度いことをやってる。それはおかしくないか?企業は研究開発費に投資するよりも自社株買いで株価の時価総額を上げることを選ぶ。手軽だからだ。

みんな、よく考えてくれ。

俺たちが命を削って働いた金から徴収された税金が、より富んだ者たちに配分されている。

大企業には補助金が投入される。しかし、お上が期待して投資した巨額の補助金は、いつも成功するわけではない。むしろ、すぐに陳腐化し、収益は低下し、事業撤退となる。

国民の税金が無駄に食いつぶされている。国民はますます税金を払うことを求められる。しかし、上位1%の富裕層に課税強化すれば、彼らは日本を見限って、ドバイやシンガポールに行ってしまうというのか?日本のインフラを享受し、日本の税金を投入して育てられた労働者を安くこき使っておいて?

みんな、今回の選挙でどこに投票したらいいのか、自分自身でよく考えてくれないか。

もっと公正な社会を次の世代に残してゆこう。この国の主権者は天皇陛下でも、政治家でもない。俺たち国民一人一人なんだ。未来は僕らの手のなかって、昔ブルーハーツも歌ってたぜ。

俺はおかしなこと言ってるかい?

2015/10/29

Post #1667

Hamburg,Germany
毎日のように、TVのニュースでヨーロッパに押し寄せる難民の姿を目にする。

難民というと、なにか特殊な人のように感じるが、その人たちの姿を目にすると、俺たちと何も変わらない普通の人々だとわかる。

幼子を抱いた母親、家族を気遣う父親、子供たちは無邪気にカメラに向けてピースをしていたりする。容姿は違えど、その振る舞いは俺たちと何も変わらない。
ただ、宗教や民族の相違に起因する様々な争いによって、自分たちの国から命からがら逃げださざるをえなくなったというだけだ。

なにも特別な人たちじゃない。自分と自分の大切な人の命を守りたいと願う普通の人々だ。そう、俺たちと何も変わらないんだ。
けれど、生きていくためには故郷も家も、仕事もなにもかも捨てて、見も知らぬ国に、命がけで逃げ出さねばならなかったというだけだ。

シリアを脱出した難民は、すでに400万人をこえたという。

この日本に暮らしていると、大方の人にとっては、そんな話は他人事というか、対岸の火事かもしれない。けれど、ほんの少し想像力を働かせてみて、それがどれほど辛くて困難なことなのか、想像してみてほしい。
それは別段難しい事じゃない。
自分が彼らの立場だったらどんな気分だろうかって考えてみるだけだ。
もし、少しでも興味があるのなら、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のホームページを見てほしい。(リンク➩UNHCR) なにが起きているか知ることは、何事においても大切な第一歩だ。そうじゃないかい?

いいかい君たち、戦争は不幸しか生み出さないんだぜ。
戦争で酷い目にあうのは、いつだって俺や君と同じような普通の人々だ。人を殺して英雄呼ばわりされるのなんて、恥ずかしいことだぜ。殺し合いに参加するんではなく、自分の家族を守るために、命がけで故郷を捨てた人々を、俺は尊敬せずにはいられないよ。
自分たちはカンケーないわけじゃない。この世界に生きている全てのニンゲンが、等しく考えていくべき問題だと、俺には思えてならないんだ。

どんなことも、もし自分が当事者だったら?って考えること。
それが俺の考えの基本方針なんだ。
なにが正しくて、誰が悪いのかなんて、興味はない。ただ、自分がその立場だったら、どう感じ、どう行動するだろうかって思うことが、大切なんじゃないかな?

読者諸君、失礼する。いい加減みんな平和に暮らそう。自分と違う人々を、受け入れよう。
俺はけっして、綺麗事を言ってるんじゃないんだぜ。

2015/09/30

Post #1638

HomeTown/Nagoya
昨日はあまりにいろいろあって、ブログを更新できなかった。
けっして病気して、寝込んでいたり、車で事故ってあっけなく死んでいるわけじゃないので安心してほしい。

俺の終生のライバル福山雅治が吹石一恵と結婚したことに触れた菅義偉官房長官は、次の湯に語ったと今朝の新聞は報じている。
『この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思っています。たくさん産んで下さい。』

俺はふざけるなといいたい!

子供を産み育てることが国家に貢献するのではなく、国家こそが、子供たちや親たちに貢献するべきなのだ。

そもそも国家とは何なのだ?
国家とはどこにあるのだ?
それは与党政治家の集まりなのか?
それは官僚機構のことなのか?
天皇陛下を中心とした臣民の集まりのことなのか?
それとも法体系のことなのか?
其れとも、政財官の巨大な利権機構のことか?

国家なんてものは、幻想の産物に過ぎないんだぜ。幻みたいなものだ。誰も猫を捕まえるようにして、これが国家だなんて言うことはできない。概念であり、システムに過ぎないんだ。
強いて言えば、国家とは、俺たち一人ひとりの国民の意志の集合体である一般意思が契約によって生み出したものに過ぎない。

そんなものに貢献するために生きているつもりはないし、国家のために俺は子供を作ったつもりもない!
そもそも、かつて富国強兵を目指した旧大日本帝国では、産めよ増やせよと子作りが奨励された。
そう、子供たちを明日の兵士として、戦場で消費するために。
その手の人間を舐めた発想から、俺たちは脱却しなけりゃならないんだ。

国家のためだぁ?バカバカしい!

突き詰めていくとあやふやな存在である国家のために命を懸けるなんて、あほらしい。俺は自分の惚れた女のためになら、自分の子供のためになら、喜んで命を懸けるけど、女たちも子供も、俺が泥をすすっても生きるほうを望むだろうよ!

俺は自民党の諸君とは、方向性がまったく違う。国家のために国民がいるのではなく、市民に奉仕するために、国家という幻想のシステムが存在しているのだ。自民党の政治家は、なにもわかっていない。
戦争法案を強行採決したら、次は経済最優先?みんなの不満を市場に金をぶち込むことで解消しようっていう、姑息な手段だ。
子供を産んでくれと言うのなら、もっと保育や教育に予算をつぎ込み、そこで雇用を生むことくらい考えてもイイだろうに!

そんな俺を批判する奴だっているだろうが、その人たちが普段からどれだけ国家に対して忠誠とやらを誓って、国家に貢献するべく社会活動をし、国家の運営費たる税金を、できるだけたくさん払おうとしているか分かったものじゃないぜ!

読者諸君、失礼する。俺は間違っていない。間違ってるのは自民党の連中だ。みんな、口当たりのいい言葉に騙されるな。

2015/08/15

Post #1593

Tokyo

本日、8月15日は終戦記念日だ。

毎年、この終戦記念日という言葉に、引っかかる僕なのさ。
まるで、ごみ処理場をクリーン・センターって言い換えるようなもんだろう?クリーンセンターなんて言うだけで、僕達自身が出したくせえゴミの臭いがぷんぷんしてんのに、さも小綺麗な場所のように感じるだろ?そんな胡散臭さを感じるのさ。

今から70年前の今日、かつてアジアに存在した覇権国家、大日本帝国って国はアメリカやイギリスを中心とした連合国に敗北したんだ。
ちなみに、この連合国を英語で表すとThe United Nation、つまり皆さんお馴染みの国連そのものだ。
戦後レジームから脱却するというのは、世界の常識からすれば、国連から脱退し、いわゆるならず者国家になることを意味するのさ。そう、戦前の大日本帝国が、当時の国際連盟から脱退したようにね。
完膚なきまでに叩きのめされたあとで、皆様の安部ソーリがつまびらかに読んでいないといっていた『ポツダム宣言』を受諾し、ありていにいえば降参したんだ。
それまで、この大日本帝国という国は、西洋文明へのカウンターたらんとして、アジアの植民地解放を謳い、イギリスやオランダの植民地をぶん取り、中国大陸から欧米人を叩きだした。
そして、やったことと言えば、そこを大日本帝国の植民地とし、或いは傀儡政権をつくり、自分たちに協力しない現地の人々を、派手に弾圧した。
町の気のいい男たちは、赤紙一枚で戦場に送り込まれ、ヒロポンを打たれ、良心理性は摘み取られ、軍隊という組織に追い詰められた挙げ句に、方々でろくでもない残虐行為を行った。そして、その悔恨を胸の奥にしまいこんだまま、多くの人がこの世を去っていったに違いない。

証拠がない、資料がない、だからやってないなんてことは、日本のなかでしか通用しない話しだろう?中国や韓国、フィリピンやインドネシア、シンガポールやマレーシアに行って、そう主張してみればわかるだろう。
実際に中国では、日本軍は『東洋鬼=トンヤンクィ』と呼ばれて人々の憎悪の的になった。僕はそれを死んだお婆さんから、直に聞かされて育った。
彼女は戦時中大陸に暮らしていたのだ。実際に見てきた人間のいうことは信用に値するぜ。
この無謀な戦争に勝利するために、国民のあらゆる力は総動員された。しかし、豊富な物量と合理的で容赦のないアメリカの圧倒的な戦力の前に、大日本帝国は消耗し尽くしたあげく、無惨に敗北したんだ。
そして、大日本帝国という国はなくなり、アメリカを中心とした国連によって統治されたのちに、日本国という別の国家が生まれた。そう、ある意味で別の国なんだ。なぜって、国家と言うのは、国民の契約によって成立するものだから。憲法ってのは、その契約書みたいなもんだ。

かろうじて天皇制は残された。
陛下はおなくなりになるまで、戦争の犠牲者を弔い続けられた。それは大日本帝国で軍の総帥であった昭和大帝が自らに課した戦争責任の取り方であったと思う。その御心は今上の陛下にも明らかに継承されている。

憲法は変わった。戦争にうんざりしていた国民はもちろん、政治家もみな、今日の日本国憲法を歓迎した。だって、もうこの憲法があるかぎり、くだらない戦争で何百万にもの人々が、焼肉や挽き肉みたいな無惨で惨めな死を、押し付けられることがなくなったんだから。

戦争を知る人々が、世を去るにつれ、あの戦争には大義があったとかいう言説が飛び交い、再び日本が戦争の出来る国にしようという政治の動きに歯止めがかからない。

僕は、70年前に終わった戦争で亡くなった全ての人に申し訳ない。そんな思いで胸いっぱいだ。

僕には来年、子供が出来るだろう。
戦争中のプロパガンダに『名誉の戦死と喜ぶ老母』というものがあった。冗談じゃない。

僕は、自分の子供が戦争で死んでしまっても、喜んでいるように振る舞わなければならないような、嘘で塗り固めた嫌な社会は、僕は真っ平だ。

自分の良心が、到底受け入れられないことに異を唱えると、隣近所から非国民と謗られ、場合によっては投獄され処刑されるような暗い社会なんて、僕は真っ平だ。

国民同士が、互いの言葉に聞き耳をたてて、密告することが奨励されるような社会なんて、僕は真っ平だ。

ネットの社会では、すでに似たようなことがおこりつつあるように感じるけどね。みんなが、匿名の裁判官のように振る舞っている。ボブ・マーリーは、『誰かを指さして非難するのなら、自分の指が汚れていないか、まず確かめろ!』と言っていたけど、どんなもんかな。

若者たちが、日本とはまったく縁もゆかりもない国で、自分たちに関わりのない戦争の片棒を担がされた挙句、弾に当たって殺されてしまい、英霊としてどこやらの神社に祀られるような社会も、気に入らない。


僕は、生まれてくる子供に、そんな不幸な世の中で苦しんで欲しくはない。

だからせめて今日は、戦争によって絶ち切られた何百万人もの人々を悼もう。

戦争によって、人生を狂わされ、大切なものを奪われて、なおも生き続けなければならなかった人々の苦しみを偲ぼう。

そしてそれは日本人に限ったことではなく、全てのあの戦争で、命を落とし、また苦しんだ人達全てのために。

この日が、奇しくも死者があの世から帰ってくるというお盆の時期に当たることに、僕はいつも不思議な符号の様なものを感じるんだ。

読者諸君、失礼する。これについてとやかく言い合うつもりはない。僕は、黙って悼みたいんだ。

2015/08/06

Post #1584

Malmö,Sweden  かつての造船所は、風力発電のシャフトをガンガン製造している。
全ての日付には、何らかの意味がある。

今日は原爆忌だ。

70年前の今日、人類の歴史で初めて使われた原子爆弾によって、何万にもの人が、殺戮された日だ。その爆弾を落としたのは、日本が追従しているアメリカという戦争がたいそうお好きな国で、年がら年中、世界中のどこかで戦争をしている。
そのアメリカと言う国の戦争のお手伝いをできるようにする法律が、皆様の自民党の手で、国民の皆様がお選びになった安倍ソーリの主導のもとで、粛々と進められている。
答弁を聞いていると、頭が悪いとしか思えない防衛大臣は、この法案が成立すれば、アメリカ軍の核兵器を日本の自衛隊が、後方支援という美名のもと、運ぶことも可能だという。Yahoooooh!

これが、原爆で死んでいった数多くの広島の人々に対する侮辱でなくて、なんだというんだ?

俺たち日本人は、忘れっぽいのさ。そういえば、震災のことなんて、みんなすっかり忘れちまったんじゃないのかい?

銀座のど真ん中で働いていると、本当にそう思う。
ギラギラと照り付ける日差しのなかを歩いているときに、ふと百貨店やハイブランドやスーパーブランドのエントランスが開くと、冷気の塊がそこからどっと噴き出してくる。
寒気がするくらいだ。
冷房をいくらかけても、屋上にある室外機からは熱がどんどん発散し、気温は上昇してゆく。
なのに、サラリーマンはスーツを着ている。失礼だから?
まるで土人の掟だな。馬鹿じゃないかしら?

震災の後には、深刻な電力不足で、日本中が戦争中みたいな空気だったのに。
『欲しがりません、勝つまでは』なんてスローガンと同じように、節電が叫ばれていた。
あれは何だったんだ?
日本中が『絆』だとか『頑張ろう、東北!』とかいって、まるで『大政翼賛会』みたいに盛り上がっていたけれど、所詮あんなのは一過性のブームだったのか?

俺たちは、みんな忘れっぽい。

太陽光発電ブームがやってきて、知り合いの電気工事屋や屋根屋は、空前の利益を得ていたものさ。けれど、原発を再稼働させたい政府は、電力の買取り制度を改悪してしまった。
原子力がそんなに好きなら、いっそ東京湾とか大阪港あたりに原子力発電所を作ってみるってのはどうだい?安全なんだろう?それをやらないのは、本当は危険だからさ。

福島の原発は、未だに放射性物質をじゃんじゃん生み出しているというのに、政府はそれを完全にコントロールできているという。そして、世界で最も安全な基準に基づいているから、原子力発電所を各地で再稼働させようと、日夜努力している。それどころか、世界中に日本の原子力発電所を輸出しようとしている。意味が解らないぜ。

スウェーデンのマルメは、かつて世界でも有数の造船産業の街だった。

かつて鋼鉄製の巨大な船が作られてた工場では、今、風力発電のシャフトが大量に作られている。船を作っていた技術を転用しているんだ。
北欧からドイツあたりでは、海の上にずらりと巨大な風力発電の風車が並んでいる。
のどかな牧場や農場の向こう、地平線ににょきにょきと、巨大な風力発電の風車が並んでいる。

彼らにできて、どうして日本人には出来ないんだろう?未曽有の災害を経験したのに、忘れてしまったんだろうか?

忘れることは、死んでいった人たちに対する冒涜だと思う。俺は、わすれたくない。

読者諸君、失礼する。大事なことだから、もう一度言おう。今日は原爆忌だ。

2015/07/31

Post #1578

Bali, Indonesia
SUMMERTIME BLUES
Eddie Cochran/The Who


Well, I'm a gonna raise a fuss,
I'm a gonna raise a holler
I've been working all summer
just to try and earn a dollar
Well, I went to the boss,
said I got a date
The boss said "No Dice, son,
you gotta work late"
Sometimes I wonder,
what am I gonna do
There ain't no cure for the summertime blues


Well, my mom and poppa told me,
"Son you gotta earn some money
If you want to use the car
to go out next Sunday"
Well, I didn't go to work,
I told the boss I was sick
He said "You can't use the car
'cause you didn't work a lick"
Sometimes I wonder,
what am I gonna do
There ain't no cure for the summertime blues

Gonna take two weeks,
gonna have a fine vacation
Gonna take my problems
to the United Nations
Well, I went to my congressman, he said, quote
"I'd like to help you son but you're too young to vote"
Sometimes I wonder,
what am I gonna do
There ain't no cure for the summertime blues

21歳の若さで夭折したエディ・コクランの名曲、サマータイムブルース。
勤労少年が親方にこき使われて、デートにもいけないってことで、『夏の憂鬱』に治療薬なんかないのさと歌う。
まさに、今の俺だな。俺はとっくに若年労働者じゃないけれど、俺の業界は労働安全衛生法の遵守は求められても、労働基準法なんて洒落たもんは、守られることはない、真っ黒な業界だからな。

俺がこの曲を初めて知ったのは、エディ・コクランだったか、それともThe WHOの名盤”Live at Leeds”だったかな。おおらかなロックンロールナンバーのエディ・コクランの原曲も好きだけど、俺が好きなのはThe WHOの爆音ライブヴァージョンだ。少年の親方の声を、ベースのジョンがガラガラ声で歌うのが好きだな。

このロックンロールの名曲に、皮肉の利いた歌詞をつけたのが、RCサクセションの忌野清志郎だった。今から30年ほどまえ、物議を醸し、東芝EMIから発売を拒否されたいわくつきの曲だ。
その諧謔の利いた歌詞は、30年たっても未だに現代的な問題を突き付けてくる。

暑い夏がそこまで来てる
みんなが海に繰り出してゆく
ひとけのない所で泳いだら
原子力発電所が建っている
さっぱりわかんねぇ なんのため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

熱い炎が先っちょまで出てる
東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく
原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねぇ 誰のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

寒い冬がそこまで来てる
あんたもこのごろ抜け毛が多い
それでもTVは言っている
『日本の原発は安全です』
さっぱりわかんねぇ 根拠がねぇ
これが最後のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金とられ
たまのバカンス田舎に行けば
37個も建っている
原子力発電所がまだ増える
知らねぇうちに漏れていた
あきれたもんだな サマータイム・ブルース

電力は余ってる 要らねぇ
もう要らない
電力は余ってる 要らねぇ
欲しくない
原子力は要らない 危ねぇ
欲しくない
要らねぇ 要らねぇ
電力は余ってるってよ
要らねぇ 危ねぇ
 
(日本語作詞:忌野清志郎)

当時、RCサクセションは電気機器メーカー大手の東芝の子会社、東芝EMIからレコードを出していた。しかし、この曲が原発メーカー(そして巨額の粉飾決算で最近話題沸騰)の東芝の逆鱗に触れ、発売禁止になったのだ。結局、この曲を含む名盤『カヴァーズ』は古巣のキティレコードから配給され、世の中に出回ったんだ。

当時は誰も本気に取らなかった。
今、改めてこの歌詞を読み、口ずさんでみると、震災を経験した俺たちには、この歌は異様なリアリティーがあるってことがわかるだろう。
そう感じないのは、電力会社のお偉いさんか、日本を守ると言いながら戦争したくて仕方ないといった風情の安倍ソーリ率いる、皆様お馴染みの自民党の阿呆どもだけに違いないぜ。
そんなに安全なら、東京湾や大阪港のど真ん中に作ってみたらどうなんだい?世界サイコーの安全水準なんだろう?名古屋港には御免だぜ。
なに、大丈夫さ。実際に地震や津波でえらいことになっても、誰も責任とりゃしないんだからな。

どうして皆様の安倍ソーリは、原発再稼働と安全保障法案、つまり戦争法案の成立を急ぐのか?
決まってるじゃん、日本のソーリ大臣なんて、みんなアメリカのポチだからさ。言ってることとやってることがちぐはぐなのさ。

バカバカしいぜ。俺は安倍ソーリの政策法案には、これっぽっちも共感できないぜ。

読者諸君、失礼する。夏の憂鬱につける薬はないのさ。7月もやっと終わりか。

2015/07/17

Post #1563

Patan,Nepal
台風が近づいている中、俺は東京に戻ってきた。
その前に、自動車屋に事故の修理代を納め、道具を現場に送る手配をし、名古屋駅在来線1番ホームのかきつばたで、名古屋名物きつねきしめん一杯380円をしみじみ味わい、新幹線に乗り込んで築地のウィークリーマンションに帰ってきたのだ。

生活感のない、殺風景な部屋だ。包丁もまな板もない。ただ、シャワーを浴びて眠るだけの部屋だ。
人生には潤いが必要だ。俺はそう思う。
けれど、旅の空ではいかんともしがたいものさ。


俺は、いつでも自分がいまここにいて、何かをなしていることには、なにか人知を超えた意志が働いているんじゃないかって疑うようにしている。何も考えないより、退屈しないからな。
そうすると、偶然の出会いも、なにか意味があるように思えてきたりするし、そっから人生が思わぬ方向に転がりだして行ったりもするのさ。おもしろいものさ。

自分の身に起こることは、すべからく人知を超えた何者か、それを神と呼ぼうが世界そのものと呼ぼうが、なんとでも構わないんだけど、その何者かが俺に何かを伝えようとしているんじゃないかって考えるのさ。
まぁ、若い頃宗教にどっぷりはまってた名残で、そんなモノの見方をする習慣が染み付いて抜けないのさ。さすが、宗教は麻薬っていうだけあるぜ。


そういうことを言うと、無力な中年のくせに、世界を背負ったような口を利くなと言われそうだな。
面倒くせぇから、最初に謝っとくよ。はい、ごめんなさい。俺が調子にのってる男です。

けれど、だれだって、自分の肩に世界を背負っているはずだろう?自分の足で世界を踏み締めているんじゃないのかい?だったら、偉人や英雄でなくたって、世界のことを考えても悪くはないんじゃないのかい?少なくとも、もうこれ以上、偉い政治家のセンセーがたに任せてはおけないかならな。

今、この時期に東京にいること。それも、妊娠初期のカミさんを家に一人残して、ここにいること。
それには何か意味があるんじゃないかって思うのさ。

俺の好きな小説家、今は亡きカート・ヴォネガットの小説の中の一説に、人生の意味とは何だと問いかける様な落書きに対して、主人公が『神のよき目となり、耳となることだ、この馬鹿野郎』と答えるシーンがあった。

例の何者かは、俺に東京で、何かを見届けさせようと思っておいでなのに違いない。

それは、なにか?

その何者かの意図が分かったなら、どうやって行動すべきか分かるだろう。
けれどお願いだ神様、俺に国会占拠とかの大それたことの口火を切らせるようなことはやめてください。
お願いです、神様。俺にはじきに子供ができるんだ。そんなことして、おまわりにとっ捕まったり、機動隊に酷い目にあわされてカタワにされたりするのは、遠慮させていただきたいんだ。

けど、もしその何者かが、俺に、あるいは他の誰かに使命を下されたのなら、そしてそれにその人間が気付いてしまったのなら、いくら拒んだとしても、その命のままに振る舞うことになってしまうのかもしれないな。旧約聖書のヨナのように。

読者諸君、失礼する。まずは、自分の仕事に専念することだ。それが第一だな。これをやっつけなけりゃ、おまんまの食い上げだぜ。また会おう!

2015/07/16

Post #1562

Patan,Nepal  鳩が死んでいた。
与党自民党と公明党による、安全保障法案の強行採決は、許しがたい。

国際紛争の解決手段としては、武力を放棄すると定めた憲法に、明確に抵触している。
立法府が憲法を遵守しないのならば、国民は自ら法を守ろうとはしなくなってしまうだろう。
法に触れても、状況が変わったと強弁すれば、法に抵触しないことになってしまうのだから。
いくら法律など、幻想の一種に過ぎないとうそぶいてみても、誰もかれもが遵法意識をなくしてしまったら、社会は成り立たないのに。

自民党は、安倍政権は、この日本の社会に対して、悪しき規範を示したと言えるだろう。
もっとも、彼らの脳裏には、そんな考えは微塵も浮かびはしないだろうが。

すでにこの21世紀、紛争は国家対国家という、国際法上のルールに則ったものが主流ではなくなり、国家対非国家、国家対民族、民族対民族、宗教対国家、正規軍対非正規軍という複雑な図式になっているというのに、与党政治家の頭の中は、未だに国家対国家という、20世紀的なモデルパターンで動いているように見受けられる。
つまり、イスラム国の様な集団との戦いに、我が国はアメリカによって引き込まれていくに違いないんだ。
それは、この日本の国土と国民を、より大きな危険に晒すことになるだろう。

今日が、歴史のターニングポイントにならないことを祈っている。

失礼する。

2015/06/28

Post #1544

Hamburg,Germany
さて、今日は地元選出の自民党国会議員の事務所に行ってみようかとも思ったんだが、カミさんの体調もすぐれないので、メールを送ってみることにした。実際に乗り込んで一席ぶってやるよりも、インパクトとしては劣るけれど、言葉を選んで話すこともできるしな。それに俺の風体じゃ、不審者がやってきたって門前払いを喰らっちまうことになるに決まってるだろう?
今日は、俺がその国会議員さんのHPの連絡フォームから送ったメールの全文を掲載してみようかな。

『江崎鉄磨様

私は、一宮に住む一市民です。
昨今の安全保障法制をめぐる自民党の姿勢には、日本国憲法のもとで日本国民として生活している一市民として、三権分立と立憲主義の軽視が甚だしいと感じております。
私自身は、自民党の政策に日頃から違和感を持つものですが、古くからこの地で繊維業に携わる私の親族には、先代の真澄氏以来のあなたの支持者が何人もおります。このものたちですら、昨今の自民党の姿勢には、疑問と不快感を感じております。
とりわけ、先日の若手議員を中心とした懇話会での、報道言論の自由を軽視し、沖縄の人々を貶めるような発言には、憂慮とともに不快感を禁じ得ません。
ご自分たちは自由闊達な発言を行い、在野のマスコミが自分達の意図に反するような報道を自由闊達に展開すれば、弾圧も辞さないというような狭量なお考えの方々に、国の行く末を託すならば、我が国は再び道を誤り、本当のことを言えず、真実を知ることすら出来ない暗い時代へと逆行し、多くの国民が苦しむことになることでしょう。
内閣の見解で憲法の解釈が如何様にでも変更可能と自民党の皆さんがお考えならば、次の国政選挙では、私も私の親族も、自民党、そしてあなたに投票して、国政を委ねることは絶対にしたくはありません。
国民の範たるべき政治家が、国法の礎たるべき憲法を、自らの思惑で恣意的に解釈するならば、その政治家諸氏が議論して定めた法を遵守尊重する国民は、この日本からいなくなってしまうことでしょう。
今こそ、貴方の一政治家としての見識と器量が問われているのです。
そして、その結果如何によっては、私たちも貴方に対する立場を明らかにして、行動して行かねばなりません。
つまり、たとえ現在の自民党を中心とした安倍内閣によって、国民をアメリカの世界戦略の捨て石にするような安全保障法案が可決されたとしても、次の選挙では、もっと現行憲法の意義と精神を遵守し、憲法に反するような法を廃止してくれる政党、候補者に私たちの参政権を委ねるつもりです。
昨今の政党政治では、党議拘束が一般的であり、個々の政治家が自らの良心と見識、そして政事信条に基づいて行動することは、殆ど見受けられません。
しかし、今私たちは貴方も含めて、一人一人の政治家の振舞いを、今だかつてないほどの関心を以て注視しています。

とるに足らない一市民の声かも知れませんが、よくよくご勘案くださいますよう、お願いいたします。』

この後に、自分の名前と連絡先を記入してお送りさせていただいた。
どんな返事が返ってくるのか、楽しみだ。
まぁ、スルーってことも大いにあるだろうけどな。そん時は、覚えとけよ!

読者諸君、失礼する。俺は権力のある奴におもねったり、自分のゴールデン・ソウルが認めないことをするのは御免なんだ。君たちが誇れる無謀な野郎でいたいのさ。

2015/06/27

Post #1543

Malmö,Sweden
胃カメラを呑んできた。
下世話な話で恐縮だが、先日、トイレに行ってケツを拭いたら、紙に墨汁の様に真っ黒なのがついていたんで、これは胃潰瘍だか十二指腸潰瘍だかかもしれないと思い、検査することにしたのだ。
結果、俺の胃と十二指腸は処女のおまんこのように綺麗なもんだったぜ。
では、いったい何でそんなことになったのか。
思い当たる節はある。
俺はその前の晩、KAGOMEの『野菜生活100』っていう、ポリフェノールたっぷりで、紫色した野菜ジュースを、風呂上がりにぐびぐび何杯も飲んでいたのだ。
俺は思わず、お客様相談センターに電話して、そんなことってあるのかいって訊いちまったよ。
そうしたら、やはりメーカーでも、そういった事例は多々ございますとぬかしやがった。
冗談じゃないぜ。検査代4500円払ってもらいたいもんだぜ!
さすがにそこまで要求する気にはなれなかったが、ちゃんとパッケージに明記しておけよって言ってやったぜ。
ふん、これで俺も立派なクレーマーってことさ。

しかし、本当に俺がクレームをつけたいのは自民党のド腐れ集団だ。

日本各地で、自民党議員さんのもとに、地元の支援者から、安保法案可決に向けた傲慢きわまる国会運営に、非難GOGO!批判の声が寄せられているという。次の選挙では、あなたを支持しないという声が、自民党議員に次々寄せられているというのだ。
奴ら、先生とかいって偉そうにしているが、偉そうにさせてやっているのは、実は俺たち善良な市民の皆さんなんだ。もっとも、俺は共産党支持者だがね。だから、俺たち一人一人の市民が、議員たちに文句を言えば、奴らは落選=失業を恐れて、日和見だすに違いないぜ。

さぁ、君も君の町の自民党議員さんの事務所に出向いて、もう二度とあんたに投票しないって、はっきり言ってやろうぜ!

自民党の皆さんの増長はあまりにも目に余る。
今朝の朝日新聞の記事を見て、俺はひっくり返ったぜ。
見出しは「報道 広告主を通じて規制を」だ。リンクが貼ってあるからぜひ見てほしいが、大まかに言えば、安倍首相に近い若手議員が立ち上げた『文化芸術懇話会』なるお勉強会の会合で、議員たちは、『マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番。経団連に働きかけてほしい』とか、『悪影響を与えている番組を発表し、スポンサーを列挙すればいい』などという意見が出たそうだ。
これに奮発反発しないようメディアは、とっとと看板を下ろして廃業したほうがいいぜ。

もちろん、これは明確な憲法違反であることは、中学生でもわかる。
俺たちの国の政治を執り行っているのは、中学生以下の常識しかない阿呆どもだってことだ。
こりゃ、自民党議員さんの事務所に行って、絶縁状を叩きつけたくなるってもんだよな。

これって、いったいどこの国の話だよ。
報道の自由、言論の自由はこの国にはないのかい?
政権に都合の悪いニュースが突如カットされたりする中国や、プーチンを批判すると何者かに暗殺されるロシアと、何にも変わりはしないじゃないか?
この国は、ほんとうに民主国家なのか?
立憲主義はどうしちまったんだ?
それとも、政治家が居酒屋でくだをまくおっさんの様な無責任で見識のない発言をするのも、言論の自由だから、何を言っても勝手だってのか?
それは違うだろう?
政権に都合がイイのは、グルメ番組やくだらないバラエティー番組だっていうのかい?
そういうのを、愚民政治っていうんだぜ。

俺は昼飯を食いに入ったラーメン屋で、今度はこの記事に関する中日新聞の報道を見て、ラーメンを吹き出しそうになっちまった!

この会合には、講師役として作家の百田尚樹が出席していたんだが、彼はこの場で、『沖縄の二つの新聞は潰さないといけない。あってはならないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば、目を覚ますはずだ』とご高説を開陳なさったそうだ。
詳細はこちらライブドアニュース『百田氏「沖縄2紙つぶせ」発言は「雑談の中で冗談として言った」
しかも、自らのツイッターで、部屋の外からそれを盗み聞きしたマスコミを、卑劣だとこき下ろしている。
ちなみに、この懇話会の代表である木原稔自民党青年局長さんは、『ベストセラー作家から、改めて言葉の大切さを学びました』とかほざいているが、これはもう、苦笑いするしかないレベルだわ。

この一方で、自民党ハト派の『宏池会』の会合は、中止させられている。

あまりにひどい!

この件に関する、辻本清美の安倍総理に対する追及が傑作。政権寄りの報道でおなじみの政権の提灯持ち、産経新聞の記事のリンクも貼っておくかな。辻本氏「ソーリ 言い訳しないほうがいいですよ」に安倍首相逆ギレ!

読者諸君、失礼する。あまりのひどさに、開いた口がふさがらないぜ。俺はこの週末、俺の街出身の国会議員、江崎鉄磨の事務所に行ってみようかな。こいつの甥っ子とは高校時代、同級生だったからな。

2015/06/25

Post #1541

またもや、車で事故ってしまった。左折しようとして原付を巻き込んでしまったのだ。
ウンザリだ。それについては、もう書く気にもならないぜ。
まぁ、一言でいえば身から出た錆って奴だ。
Bremen,Germany
承前。
昨日の話の続きだから、昨日読んでいない君は昨日の記事を読んでからね。人生なんて、いつだってそんなもんだ。

声を合わせて移民排斥を訴えているらしいゲルマン民族の皆さんに、一人の男が我慢ならないといった風情で、歩み寄って行った。
その足取りは力強く、肩のあたりには言葉にならない怒りが立ち上っているように見える。
大柄なドイツ人の皆の衆に対して、彼は小柄で、薄汚れた身なりで、サンドバックの様な袋を肩にかけている。
トルコ系の男だろうか。
ひげを生やした顔に輝く眼は、怒りに燃えている。
多勢に無勢、しかし臆することなく向かっていく。なんて勇気があるんだ!
自分たちの権利と尊厳を、断固として守ろうという意思が感じられる。

しかし、勇敢な男がレイシストたちの胸ぐらをつかむ前に、屈強な武装警察官が2,3人、疾風のような勢いで走ってきて、彼を制止する。そして、何とか彼の歩みを阻止して、諍いがおこらないように俺たちが対岸の火事のように眺めている、大通りのこちらに連行してきた。
仕方ない。ここで小さなつかみ合いを発端にして、暴動みたいなことになったら大ごとだ。警察としては、止めるべきなんだろう。
それはわかる。
分かるんだけれど、心情的にまったく納得いかない。
つまり、俺の感じた思いはこういうことだよ!

おいおい、お巡りさん方よ、本当に黙らせるべきは、その勇気ある移民のおじさんじゃなくって、移民排斥を訴えて大盛り上がりの連中のほうだろう!違うのかい?どっちが正しいと思ってんだ?

そりゃ、言論の自由があるから移民の排斥を訴えたって、罰せられることはないだろうよ。

けれど、自由ってものには、節度ってものが必要だと俺は思うぜ?
Bremen,Germany
移民のおじさんの怒りはまったくやむことがない。
自分よりはるかに背が高く屈強な警察官たちに対して、厳しい表情で怒りをぶちまけている。
その剣幕に、応援が必要だと思ったのか、それともただ状況把握しておきたいだけなのかわからないが、さらに何人かの警察官がおじさんのもとに駆け寄ってくる。
おじさんは、終始ズボンのポケットに手を突っ込んでいたし、その袋の中も何が入っているかわからない。ポケットの中には、何らかの凶器が握られているかもしれないと警察官なら思うだろうし、おじさんの頭陀袋も、中にどんな武器弾薬が隠されているか、外からはわからない。
分からない以上は、万全を期すというのが、プロフェッショナルだ。

高校時代に、自転車泥棒と間違われて、10数人のお巡りと3台ほどのパトカーに包囲され、制圧されかかった経験のある俺は、こんないかつい武装警官が何人も取り囲んでいたら、さぞかし気持ちが萎縮するよなっておもったのさ。俺ならこの状況で自分を抑えずに振る舞うことは、難しいかもしれんな。
けれど、おじさんはひるまない。
いつまでも、警察官相手に思いのたけをぶちまけている。
俺が思うにきっと、ドイツ人に対する不満があるんだ。生粋のドイツ人は、自分たちがやりたがらないような低賃金で、肉体を酷使するような汚れ仕事は、移民の仕事だと思っているんだろう!とか言っているに違いない。
自分たちはそんな仕事には見向きもしない癖に、自分たちの仕事を、移民が奪っているというのは、まったくおかしいじゃないか?これを差別といわなくて何を差別っていうんだ?
俺たちは奴隷じゃないんだ!同じ人間だろう!

そんなことを言っているんだろうと、想像してみた。

俺は、ついさっき見かけた駅の掃除夫のおじさんのことを思い出していた。
生粋のドイツ人が、サッカーの試合に浮かれて、ゴミを投げ捨てたそばから、やるせないような悲しいような表情で、黙々と掃除をしていたおじさんの顔に刻まれていた皺を。日に焼けて鞣した革のようになった肌を。
言葉がわからなくても、国が違っても、自分の身に引き寄せて、彼の立場に立ってみて考えれば、何を言っているのか、容易に想像がつく。



Bremen,Germany
警官相手に思いのたけをぶちまけたおじさんは、憤懣やるかたないといった風情で、移民排斥を訴える連中の背後を通り、駅に消えていった。

俺は、自分の目の前で起きた出来事の意味を考えてみる。

正直に言って、移民排斥を唱える人々は、俺には何かを恐れているように見えた。
経済的に仕事を奪われることを恐れているというだけでなく、彼らがいままで思い描いてきた、ゲルマン人の住む国ドイツと言う共同体が、多くの移民を受け入れることで、その自己同一性を保てなくなることを恐れているように思えた。
つまり、ドイツがドイツでなくなってしまうことを恐れているように思えたんだ。浅黒い肌をしたドイツ人、黒い肌をしたドイツ人、黄色い肌をしたドイツ人。彼らはそれが一番恐ろしいのかもしれない。

ヨーロッパを旅してみれば、実に多種多様な民族が混交していることに気が付くだろう。
もともとヨーロッパに住んでいるコーカソイドだけでも、東西南北でずいぶん違う。文化も肌の色も、言葉も違う。
それに加えて、道義的な観点と植民地を持っていたという歴史的な因縁から、ヨーロッパは様々な地域から、様々な宗教、文化、民族に属する移民や難民を受け入れてきた。
アフリカ系、インド系、トルコ系、アラブ系、アジア系。実に様々だ。
それは、日本に暮らしていると、想像もつかない軋轢を生む社会だ。

どこの社会にも、人々の集団と集団の間には、絶望的な断絶が存在する。

だからこそ、たった一人のニンゲンとして、他者に真摯に向かい合い、相手のことを思いやるべきなんだと俺は思う。
その時、たった一瞬でも人は深い断絶の谷間に、想像力によって橋を架けることができる。
そして、私たちの間には、違いよりも、似通ったもののほうが多いはずだ。きっと。

俺はそう信じている。
俺は、差別する側と差別される側があるのなら、差別される側に与したい。
なぜって、差別し誰かを貶めようとする者は、自分が貶められることを認めているのと同じだからだ。
俺は、自分が大好きだし、自分を貶めることはしたくない。
俺は、自分と違う価値観のニンゲンを恐れて、遠ざけようとするような臆病者ではありたくない。
未知なものを受け入れ、違う価値観を理解し、より豊かな世界を見出したい。
そして、短いこの人生を、もっと楽しみたい。

読者諸君、失礼する。俺も考えるさ。君も考えろよ。

2015/06/24

Post #1540

Bremen,Germany
ブレーメンに泊まった日、春のヨーロッパの日没は遅い。
まだ十分明るいのだが、もう時刻は20時近かったと思う。
俺たちはぶらぶらと写真を撮り歩きながら、手ごろな食堂を探してブレーメンの中央駅のあたりまでやってきた。
サッカーの試合を終えて、はしゃぎながら駅に向かう屈強なドイツ人たちの姿が、あちこちに見受けられる。どこか浮かれたような、それでいて倦怠感を漂わせたような雰囲気だ。
それが、駅のすぐ手前に来ると、空気ががらりと変わった。
トラムの走る大通りのそこここに、重装備の警察官が険しい顔つきで立っている。
見渡せば、たくさんのパトカーや装甲車みたいな警察車両があちこちに停まり、その周りにも、屈強な機動隊員の様な警察官が何かを見張っている。
ピリピリした緊張感が辺りを包んでいる。
ひょっとしたら、サッカーの試合の成り行きが面白くなかった連中が、暴徒化する恐れがあるということで警戒しているのかと、俺は考えたんだ。そう、いわゆるフーリガンって奴だ。しかし、途中で見かけた連中は、確かにビールはしこたま飲んでいたようだが、そんなささくれた雰囲気ではなかった。腑に落ちん。
俺たちは、何があるのかよくわからないが、そもそもドイツ語を解さない悲しさ、なにもわからぬまま、信号無視とかで警察官に叱られないように、駅に向かって大通りを渡って行った。

すると、駅前広場でプラカードを掲げた人々が、集まっている。
Bremen,Germany
俺は、駅に用事があるような素振りで、その連中の前を通り過ぎながら、ノーファインダーで写真を撮る。警察官がこっちを見ている気配がする。
スーツにひげの男が見える。しかし、多くはフードのついたスポーティーな服を着た、見るからにワーキングクラスの若者たちだ。イギリスならCHAVと呼ばれ、この神州日本国ではヤンキーとカテゴライズされるような連中と、同じようなオーラを放ってる。

ヤバいな・・・。
こういう奴らが寄り集まると、ろくなことにはならないぞ。屈強な警察官たちが刺激しないように遠巻きに監視していたのは、職質キングの俺じゃなくて、奴らだったのか…。

しかし、写真に撮りたい。いったい何が起こってるんだ?

相変わらず何を主張しているのか、俺にはさっぱりわからないが。だがこの手の連中を刺激するのは、非常にまずい。何かあれば警察官が制止するだろうけれど、多勢に無勢だ。
連中の視線が、俺にまとわりつくように注がれているのを感じる。
俺は、それを振り切るように、さも何の興味関心もない風を装って、足早に通り過ぎる。とはいえ、しっかりシャッターを切りながらね。

さて、俺たちはなにか気の利いた店でもないものかと、駅のコンコースを物色してみたが、立ち食いのサンドイッチ屋みたいな店しかなかった。そこでは、地味なコートを着た、いかにも冗談の通じなさそうな顔のおじさんたちが、ビールを飲みながらもそもそと、さほど旨くもなさそうに口の中に食い物を押し込んでいる。
こんなところで晩飯を食うのは御免蒙るってもんだ。
仕方ない。もう一度駅を出て、街中で探すことにいたすか。
駅の外では、サッカーチームのサポーターたちが、浮かれた風情でビールを飲みながらよたよた歩き、飲み切った瓶をそこいらに投げ捨てている。あるいは、食い物の入っていた紙袋なんかをそこいらに放り投げる。そうしてゲラゲラ笑っている。それを横目に見ながら、速やかに掃除をしているのは、トルコ系だろうか、明らかに移民のおじさんだ。
汚れ仕事はやはり移民の仕事なのだ。
ドイツ人は白くてデカいをゆするようにして、オーレ、オレ、オレ、オレ!と陽気な太い声で歌っている。
小柄で痩せた移民のおじさんは、薄汚れた作業服を着て、やるせない表情を浮かべながら掃除を続ける。
そういえば、移民のサッカーファンなんて、見なかったな。みんなゲルマン民族だった。そういうもんだ。移民の皆さんには、そもそもサッカーなんか見に行くような休みはないんだろうよ。
Bremen,Germany
外に出ると、プラカードや横断幕を掲げたデモの連中は、大騒ぎしている。さっきよりも人数も増えてるし、みんなで声を合わせて何かを大声で叫んでいる。
拡声器で何かを叫び、アジテートしているんだが、声が割れてよくわからない。時折拡声器についている甲高いサイレンを鳴らしては、怪気炎を上げている。若者がにやついている。若い女の子もいる。
こいつらはいってぇ何を訴えてやがるんだ?
しかし、これだけ警察官が取り巻いてるってことは、ろくなことじゃないのは確かだ。
なぜか、そこに交じってる若い衆のにやけた笑顔に、不愉快な引っ掛かりを感じて、無性に腹が立った。
Bremen,Germany
俺は、大通りの反対側にわたり、少し離れたところから眺めてみることにした。
大方の人々は、ちらりと見るだけで、特に注意も払わずに歩き去ってゆく。
俺は、自分の隣に立って、同じようにデモを眺めているそこいらのおにいちゃんに、奴らはいったい何を訴えてるのか聞いてみた。彼はドイツ語しか分からないようだった。日本人と同じだな。
そのおにいちゃんも、あんまり頭が良くなさそうで、乏しい英語のボキャブラリーで、どう説明したものか困っている様子だったが、『奴らは、このドイツにアフリカやアジアから移民が働きに来ることに、反対してるんだべ。出て行けって言ってるんだべ。まったくクレージーだ』そういって、肩をすくめて困ったような顔をした。言葉に詰まりながら、なんとか状況を説明しようとしてくれたこのおにいちゃんの態度に、俺はすごく好感を持った。道の向こう側の連中とは、見た目やクラスは同じでも、その心は健康だった。俺は彼に心から感謝したよ。

そうか、つまり奴らは、レイシストだってこった。人種差別主義者だよ!
おぅ、なんてこった!
かつてユダヤ人を差別して、生きながら毒ガス室に送り込み、その髪の毛を刈り取って潜水艦の断熱材に使ったドイツにも、未だにこんなレイシストがいるなんて、俺には驚きだぜ。
反省が足りないのは、我が日本国だけではなかったんだ!

そして、俺には奴らが俺を見る目に、なにか不愉快な印象を感じた意味が、いまはっきり分かった。
そう、俺は誰がどう見てもバリバリの有色人種で、奴らがドイツから出て行けと糾弾している貧しい人々と、ドイツ人がやりたがらない汚れ仕事をやって、社会を底辺で支えている移民の皆さんと、まったく同じカテゴリーに属すると思われてたわけだ!
つまり、俺はここでは明らかに差別され、排斥される側のニンゲンだったわけだ。
BINGO!

やれやれ、参ったなぁ・・・。こんなところにきてまで、東方君子国が世界に誇る在特会みたいな連中に遭遇する羽目になるとはねぇ。FUCK OFF!

自分たちと違う集団に属する人間を差別し、自分たちの社会から追い出そうとする連中は、はっきりって世界中にいる。そんな手合いは、俺に言わせれば、ケツの穴の小さな田舎者だ。
俺は、人種や言葉、肌の色や宗教、性別や資産の多寡で人間を差別する行為には、いつだって反対だ。反中だの嫌韓だの言ってる奴らを見ると、不愉快になってくるんだ。
なにしろ俺はこの年まで、ずっとロックンロールでやってきたんだぜ。
俺が少年の頃は、まともなロックミュージシャンは、当時人種差別が大々的に行われていた南アフリカで、自分たちのアルバムを売ることを、きっぱりと拒否してきたんだ。ジャケットに必ず『アパルトヘイトの南アフリカでは、このアルバムは売らない』って書いてあったものさ。まだ、マンデラさんが牢屋にぶち込まれていた時代だよ。そのロックな精神は、俺の中で燃え立つ火柱のように、いまでも輝いてる。
俺はどんな差別もされたくないし、したくないのさ。
だってそうだろう?誰かを差別する人間は、誰かに差別されても文句は言えないんだぜ。自分がされて嫌なことは、人にもしちゃいけないぜ。
俺が人間を判断するのは、その人の行動によってだ。肌の色や国籍や性別、そして宗教なんかで判断するつもりはないのさ。それは恥ずかしいことだ。

読者諸君、失礼する。この話は、なんと次回に続く。

2015/06/23

Post #1539

Copenhagen,Denmark
先日、父の日だってんで俺はカミさんと自分の父親の三人で飯を食いに行ってきた。
親父のウォーキング仲間がやっているという古びた中華料理屋だ。
看板には昔懐かしい闘将ラーメンマンが描かれている。
若者にはラーメンマンなんて、なんだかさっぱりわからないだろう。

親父は寂しい独居老人なんで、俺に誘ってもらって大喜びでゴキゲンだった。ついでに言うと、俺の勘定で、自分の顔見知りにいい顔ができるってんだ、目じりも下がるってものさ。
餃子とチンジャオロース、酢豚にチャーハン、肉天に生中で〆て4900円だ。領収書を忘れるな!

ニンゲン、ゴキゲンになると、昔話に花が咲くもんだ。
そう、人間75歳にもなると、もう過去の追憶の中に生きるしかないのさ。そこでグダグダ文句をつけてはいけないよ。今更親父の人生を否定して、嫌な気分にすることもないだろう。あくまで今日は父の日なんだから。
確か、俺の親父と写真家の荒木経惟は同じ年に生まれていたはずだ。
ついでに言うと、ジョン・レノンも同じ1940年生まれだ!わお!
参考までに申し上げると、荒木経惟には、子供はいない。ジョン・レノンにはジュリアンとショーンがいる。俺の親父には俺を筆頭に四人の息子がいる。
さて、いつも同じ話で退屈極まりないが、辛抱して聞いてやるか。

そんな中で、戦争中、終戦後すぐの話が出てきた。
俺の親父は戦争中は爺さんと一緒に大陸にいたんじゃなかったかな。
引き揚げてきてからは、とにかく大変だったらしい。
ふと、親父は俺に『おまえ、戦争になったらどうするよ』と、ドロリとした酔眼で問いかけてきた。

酔っぱらいにしちゃ、鋭い質問だ。

『へん、俺は山にでも逃げるさ。兵隊になんかなるのは御免だしな』
俺は反射的にそう答えたけれど、果たしてそんなに簡単に逃げ切れるかな。
戦争になったら、いったいぜんたいどこに逃げるっていうんだ?
女や子供を連れて山のなかを彷徨うのか?勢いでそう答えたけど、そいつは無理だ。山の中にはコンビニもないしな。

海外に亡命するのか?しかし、この国はどこの国にわたるにも、海を越えてゆかねばならないんだぜ。しかも、日本の周りには仮想敵国の北朝鮮、アメリカの仮想敵国である中国、日本を仮想敵国だと想定し続けている韓国、おまけに領土的野心満々のロシアだの、なかなか錚々たるメンツがそろっている。
しかも、日本はなんだかんだ屁理屈をこねて、難民をまったく受け入れようとしない国なんだ。金だけ出してやるから、宗教や文化や人種の違う連中を、この島国に入れてくれるなってケツの穴の小さな国なのさ。そんな国のニンゲンが、いざ自分のところがヤバくなったからって、どこぞに受け入れてもらえるわけがないだろう?
そうさ、俺たちゃどこにも逃げられやしなのさ。

政府が、国が守ってくれるって?
先の戦争のとき、沖縄や満州で、一般市民がどんな酷い目にあったのか知らないのか?
いざという時にゃ、お上は国民を守ったりしちゃくれないんだぜ。現に今だって、福島の原発事故は収束していないのに、被災者への生活支援は打ち切られようとしている。そして、その人たちの暮らしていた町は、廃墟のように荒れ果てている。
歴史的な円安と張りぼての様な好景気?の裏では、女性や若者は派遣労働者という二級市民として、階級固定されようとしている。
生活保護は削られ、他人事のようにしか見ていない人々は、それを歓迎している。努力が足りないからだって。財務省が大喜びだ。
税金は引き上げられ、海外からの物資は円安のせいで値上がりを余儀なくされている。
人々は、なんだかカエルをゆでるみたいにして、気づかないうちに窮地に追い込まれていく。
そして今や、この国に生まれた子供たちは、その瞬間に一人あたり800万円もの借金を背負わされてる。この国の借金は、それほどに膨らんでいるのさ。

彼らが、君を助けてくれたことがあるのかい?

国家には、いや政治家や官僚には、一人一人のニンゲンの姿なんかまるで見えちゃいなんだ。
もちろん、未来のあるべき社会の姿なんか、これっぽっちも見えちゃいない。

だから、戦争が起こっても、けっして奴らは、助けてはくれない。

詩人の金子光晴は、戦争末期、自分の息子に召集令状、いわゆる赤紙が届いたとき、息子を裸同然の格好にして、何十キロもの荷物を背負わせ、雨のなかに放置したり、煙でいぶしたりして、無理やり病気にして、兵士にされないように徹底的に抵抗したんだ。
やるな、金子光晴。まったくアナーキーとはあんたのことさ。

俺は自分が殺されたり殺したりするのは、絶対に御免だが、自分の子供が兵隊にとられ、どこかで弾に当たって死んじまうってのも、絶対に納得いかねぇ。俺は断じて許せねぇ。

我らが安倍首相は『集団的自衛権の行使に際して、自衛隊にある程度のリスクがあるのはやむ得ない』といっているが、そのある程度のリスクとは、俺や君の大切な人かもしれない誰かが、弾に当たって、あるいは戦争中の日本軍みたいな自爆攻撃で、虫けらのようにぶち殺されるという危険があるということだ。

君は、死ぬのは自分じゃなけりゃ、お国のために自衛隊のニンゲンが死んでも構わないのかい?
君は、この日本がアメリカの戦争のお手伝いをすることで、国際的なテロ組織の標的にされ、自分たちの住む町で、報復テロが行われ、君の大切な人が巻き添えになって死んでも、かまわないのかい?勇ましいことを言うのは簡単だぜ。けど、失われた命は、もう二度とっもどってこないんだぜ。よく考えよう!

そして、それをあっさりと、リスクだなんて血の通っていない言葉で片付けてしまうのかい?

俺は絶対に納得いかねぇ。俺は下りるぜ。
亡命だ、とんずらだ。難民になるんだ。
頼んだぜUNHCR(国連高等難民弁務官事務所)
でも、どこへ?どうやって?

だから、俺は親父には、あっさりそう答えてお茶を濁しながら、心の中では、絶対にこの国を、戦争のできる国にしちゃいけないって思ったのさ。

いいかいみんな、何時だって、戦争したがる奴は、自分たちは平和を守ってるっていうんだ。
この国の皆の衆は、昔っから自分で考えるのが苦手だから、すぐにコロリと騙されちまうんだよ。
奴らが言う平和を守るってのは、自分たちのところにちょっかいをかけてくる奴らを、ゴキブリみたいに殺せってことだ。
しかし、ゴキブリは俺たちに対して、さほど脅威ではないけれど、戦争をやってる相手は、俺たちと同じニンゲンで、ろくでもない武器をしこたま持っていて、とびっきり残酷なことを考え出す優れた脳みそと、普通の市民をただの数字としか認識しない冷酷なハートを持っているんだ。
これが脅威でなくて何が脅威だ?

だから、戦争で物事にケリをつけるような国にしては、絶対にダメなんだ。

自民党や自称平和の党の公明党が進める、安全保障法制なんて、絶対に成立させちゃならない。あれはアリの一穴だ。せっかくの70年の平和が、そこから崩れて行ってしまうんだ。自分たちの好きなように憲法を捻じ曲げて、俺たちをたぶらかそうってしているのさ。
そして、いったん法律ができてしまったら、それに反対するものは、法律違反で豚箱行きだ!
そうなったら、この国のお偉いさんたちには、中国だとか、北朝鮮だとか、エジプトだとかのことを、とやかく言う資格はないぜ。

平和ボケ?何とでもいってくれよ。それともそういうことを言うあんたは、自分でアフガンだかシリアだかにいって、ランボーみたいに大暴れしてきた経験があるのかよ?
お国のためだとかいう大義名分を吹き込まれて、うっかり死んでる奴よりも、愉しく生きてて、あいつすっとぼけてるぜって、みんなから馬鹿にされるほうがよっぽどましだ。

それに、戦争や暴力で物事を解決しないってのは、すごく勇気のいることなんだぜ。
俺は大人だから、どっちが勇気が必要かって、分かっているんだ。

読者諸君、失礼する。君も自分で考えろよ。戦争がおこったら、君はどうするんだ?君の大切な人や、君の子供を、どうやって守るんだ。いいか、考えるんだ。自分自身の問題として。

2015/06/11

Post #1527

Hamburg,Germany
安保法制を巡る、防衛大臣だの官房長官だの、内閣法制局局長だのが抜けしゃあしゃあと垂れ流す、白いものを黒と言い張って憚らない態度に、呆れてものも言いたくないぜ。
国民を馬鹿にするのも大概にしてほしいぜ。
そういえば、馬鹿って言葉も、秦の始皇帝が死んだあと、大臣が二世皇帝の前に馬を引張て来て、あくまでこれは鹿だと言い張り、馬だという若い皇帝を、白痴のように扱って権力を自分のものにした話に由来してるんだ。
まさに、俺たち国民はアメリカの戦争のお手伝いをして誉められたい連中に、馬鹿扱いされているのさ。
言っとくけど、俺は政府与党のやり口には反対だ。三権分立も立憲主義もゼンゼン分かってないんだからな。

読者諸君、失礼する。バカバカしくてやってられないぜ。

2015/06/04

Post #1520

Copenhagen,Denmark
今日、6月4日は天安門事件から26年。
当時俺は20歳だった。
あのころ、中国で民主化を訴え戦った若者たちは、俺と同世代だろう。
君はタンクマンを知っているかい?未だに氏名不詳なその男は、人民解放軍の戦車の車列の前にたった一人で立ちはだかり、その進行を妨げた。名も無き英雄だ。当時、その姿はBBCなどによって世界に配信され、人々に大きな衝撃を与えたんだ。

さて、はたして今の俺に、圧倒的な力を持つ国家の非道に対して、徒手空拳で立ち向かうことはできるだろうか?
口先三寸の詭弁で国をミスリードしている政府に対して、徒手空拳で立ち向かうことができるだろうか?
一見民主的な手順を経ているように偽装されているがゆえに、その非道には正面から立ち向かうのは、なかなかに難しいよな。

けどまぁお調子者の俺のことだ、状況次第のその場のノリで、ついうっかりやっちまいそうな気がするな。

読者諸君、失礼する。

2015/05/12

Post #1497

HongKong
愚劣な政治が続いている。
まるで茶番劇だ。政治家や外務省は、日々勢力を増してゆく中国を恐れて、アメリカ様におもねることしか考えていない。
アメリカ様が口笛を吹いたら、世界中どこにでも犬のように走って駆け付け、アメリカ様のお手伝いができるように、法律が変えられようとしている。
国民には、なんだかさっぱり訳が分からないまま、意味のよくわからない議論だけが、国会ではなく自民党と公明党の間の話し合いだけで進行している。そこではまやかしの小難しい言葉と、へ理屈が飛び交っている。国民はもちろん、民主党だの共産党だのは、蚊帳の外だ。メンバーズオンリーだ。結論ありきだ。
仕方ない。連中に過半数をはるかに超える議席を与え、その権限を与えたのは、ほかならぬ俺たち国民の皆様なんだから。

俺たちがお茶の間で思っているほど、紛争の現場ってのは甘っちょろいもんじゃない。
かつて内戦のあったような国に旅行すると、車椅子に乗った不具の男性をよく見かける。
戦闘によってそうなってしまったのだろう。
勇ましことを言ってみても、政治家や外務省の官僚は、戦地にはいかない。
戦地に行くのはいつだって若者だ。
いずれ貧困家庭の子供たちは、自衛隊にスカウトされるようになるに違いない。アメリカみたいにね。きっとそれは母子家庭の子供とかだよ。親に負担をかけたくないと、自衛隊に入って、見も知らぬ国に派遣された挙句、カタワになってしまうのさ。弾に当たって死んじまうのさ。

そんな危険なところに自衛隊はいかないっていうのかい?
現代の紛争地帯は、どこからが戦闘地帯で、だれが敵なんて、さっぱりわからないんだぜ。
参考までに君も、クリント・イーストウッド監督の映画、『アメリカン・スナイパー』を見てみるがいい。
日本じゃ塾に通っているような年頃の子供が、装甲車に向けて対戦車手榴弾を投げつけてくるような世界だ。

後方支援とか何とか言ったって、相手からすれば戦闘行為に他ならないだろう?
弾を込めなきゃ、引き金を引いたって相手を殺せないんだからな。
それに、実際の戦争の場合、前線の敵を叩くのも重要だが、前線に兵站物資を補給するロジスティックを攻撃し、敵方の補給路を断つのは、紀元前から続く戦争の常道だぜ。自衛隊がやりますやりますって我が国のお偉いさん方が張り切ってる後方支援ってのは、まさにそのロジスティックだ。
カモがねぎしょって武器弾薬を運んでるようなものだ。
そうして、死者が出たら、また靖国神社に合祀するんだろう。
結構なことだ。
結構すぎて、笑えてくるぜ。

日本の報道機関は政府に睨まれ委縮して世界で起こってることを、ほとんど伝えない。政府のやってることに、異議を唱えるなんてもってのほかだ。
海外に行ってみろよ、CNNやアルジャジーラ、BBCやフランス2なんかの放送局が、危険な紛争地帯にもレポーターを派遣して、何が起こってるかを伝えているぜ。そして小さな途上国だって、その多面的な報道を、衛星放送で見ることができる。
それをその辺のおっちゃんやあんちゃんが食い入るように見つめているんだ。
俺たちが食い入るように見つめているのは、くだらないグルメ番組かバラエティーばかりだ。
政府に都合の悪いことを報道すれば、すぐに圧力がかけられて、プロデューサーの首が飛ぶんだ。いったいこれはどこの独裁国家だよ?中国あたりと大差ないぜ。

政治家は国民の権利を守るための法律を、自分たちが国民を締め付け、奴らのたくらみから国民の目を逸らすために捻じ曲げて解釈運用しているんだ。
冗談じゃないぜ。この国の政治家は、立憲主義の基本も知らないような二世議員、三世議員ばかりだ。やつらはまるで世襲の貴族のようだ。

俺は、俺の大切な君たちが、そんなインチキな奴らに惑わされてほしくないんだ。
一見極端で乱暴な俺の叫びに、耳を傾けて、自分の問題として考えてほしいんだ。
なぜって、君たちが大切だからさ。


こんなことを話題にすると、またきっと俺にムカついて噛みついてくる奴もいるだろう。
だけど、そんな人にこそ聞きたい。君は自分自身が、見たことも聞いたこともないような世界の果ての紛争地帯にいって、誰かを殺したり、誰かに殺されたりしたいのかいってことを。
俺は御免だし、俺の友人がそんな目に合うのも御免だ。ましてや俺たちの子供の世代がそんな目に合うのは、絶対に許せないぜ。

読者諸君、失礼する。この件に関しては、俺は絶対に一歩も譲るつもりはないぜ。戦争はごめんこうむるぜ。人を殺すより、女の子とイチャイチャしてたほうが絶対に幸せだ。さて、今日はプリントでもするかね。

2015/04/11

Post #1466

Home Town/Nagoya
先日、天皇陛下並びに美智子妃殿下が太平洋戦争の激戦地であったパラオをご訪問なされ、戦没者をお弔いになられた。
俺は決して右翼でもないし、天皇陛下こそ現人神だとか思っているような時代錯誤な人間でもないんだが、公のために自らの人生の全てを注いで、国民統合の象徴として困難な使命を背負っておいでの天皇陛下に対して、畏敬の念を忘れたことはない。

理屈でどうこう言ったところで、戦死者を弔い、震災の被災者を労われるお姿を拝すると、かたじけない思いが湧き上がってくる。私心を抱かれることもなく、ひたすらに人々の幸せを祈り、人々の苦難に寄りそってくださるお姿には、自ずと頭を下げたくなるのだ。

とはいえ、天皇陛下万歳とかいって、勝ち目のない戦いをするとか、自らの存在を抑圧するような形で生きることを強いられるのは、まっぴら御免だけどな。

さて、異例なことではあるが、陛下は近年、現行憲法を尊重するようにとのメッセージを出しておいでだ。そのようなメッセージをお発しになられることが、すでに憲法に触れるのではないかという危惧を、陛下御自らお持ちのようであったので、そのようなご発言をなさるのは、よくよくご決心なさってのことであろうと、選挙権を持ち、自分たちの手で政治家を選ぶことのできる国民の一人として、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

そして、この時期に、あえて陛下が遠くパラオまでお出かけになられ、戦没者の慰霊追悼をなさるのは、決して我が国の国家主義を高揚させるためではないと俺は信じている。
純粋に、日本人の、そして敵であったアメリカ人も含めて、パラオでの悲惨な戦闘で命を落とした犠牲者を悼み、二度とそのような惨禍を引き起こしてはならないという強いメッセージを、俺は陛下のお姿から、汲み取らせて頂いた。
陛下は、憲法によって政治的な一切の活動発言を禁じられている。
しかし、そのおふるまいから、陛下の大御心を僭越ながら推し量ることはできるはずだ。
君にもそれはわかるだろう。
今やこの国は、アメリカの戦争の下請けができるような国へと、粛々と舵を切っている。これも国民の皆様が熱烈に支持している安倍首相の努力の賜物だろうよ、まったくもって。
そのような世の流れの中で、あえてご自身のご高齢とご不便をおして、パラオまで赴かれた陛下の大御心を、無碍にするような真似をしてはならない。陛下のお心を悩ますようなことをしてはならない。
繰り返して言うが、陛下は日本が再び戦争ができる国になることを、決してお喜びにはならないだろう。

読者諸君、失礼する。俺は決して右翼ではないけれど、古代から連綿と続く、我が国の私心なき祭司王たる天皇陛下を、実は深く尊敬しているのさ。

2015/03/30

Post #1454

Pashupatinath,Nepal
昨日の晩、夜中の三時までかかって今期の帳簿だけ復旧した。
復旧といっても、残された税務書類や貸借対照表、損益計算書をもとに、レシートや通帳、おぼろげな記憶を頼りに、手入力していったということだ。

これはなかなかしんどい作業だったぜ。

人生はいつだって、一筋縄じゃいかない。でも、どうせ苦労するなら、もっと世の中のためになる苦労がしたいよ。それとも、気になる女の子の幸せにつながるような苦労がしてみたいよ。

さて、今朝の新聞報道によれば、我らが安倍内閣が、国民の不安をものともせず遮二無二突き進む自衛隊の活動方針の変更には、アメリカからのオーダーがあったということが発覚した。
具体的には、ジョセフ・ナイとかShow The FlagとかBoots On The Groundでお馴染みのアーミテージなんかが纏めたレポートに沿っているようだ。

常々、アメリカを中心とする連合国によって押し付けられた憲法だからよろしくないと仰っている自民党ですが、その現行憲法との整合性を無視してまでやりたいことというのが、アメリカの戦争のお手伝いとは、面妖なことであるな。

そこに何の理念も信念もないことがまるわかりだ。
アメリカ様の言うとおりに、正しくなくても論理的でなくてもひたすら推し進めるというわけだ。

俺にははっきりわかる。
奴ら自民党のくそ野郎どもは、国民の愛国心をくすぐるようなことを言いながら、国民の命を(自衛隊員だって、国民だからね)アメリカに売り渡す卑劣漢だってことがね。

アメリカ様の言う通り、TPPで拙速な市場開放し、日本の産業をアメリカさんに売り渡すのも自民党だ。

規制緩和でアメリカ企業の参入を容易にし、日本人の蓄えた金融資産や医療制度を、アメリカ様に好き放題切り取らせようとしているのも自民党だ。

そうとしか俺には見えないぜ。

そもそも、自民党ってのは、戦後この日本で、共産主義政党が政権を取って親ソ政権が出来るようなことがないように、CIAなんかを通じて資金や援助がじゃぶじゃぶ行われた政党だ。知っていたかい?日本の右翼も、同じようにアメリカから資金援助を受けていたので、中国や韓国の批判はしても、かつて日本を占領していたアメリカ様の批判はしないんだ。知ってたかい?
つまり、我が国の国民が支持してる自民党という政党は、アフガニスタンのカルザイ政権やイラクのマリキ政権のように、アメリカの傀儡として作り出された政党だってことだ。
日本人の命よりも、憲法よりも、アメリカ様の言うとおりに世界のどこへでも出かけて、貧乏だけどアメリカに従いたくないって奴らをぶっ殺す手伝いをすることのほうが大事だってことだ。
彼らがしきりに唱える国益ってのは、(卑しい言葉だな)アメリカの利益になるかどうかってことを言ってるわけで、日本の国民には関わりのない、もしくは非常に関わりの少ないことだってこった。

君たちに聞きたいよ。

アメリカの価値観ってのは、絶対の正義なのか?
マクドナルドとコカ・コーラ、そして人種差別を抱えた民主主義。
アメリカだって、様々な不正義と矛盾を抱えた国なんだぜ?

いずれにせよ、俺たちはスマホでゲームをやったり、くだらないバラエティー番組を見てるよりも、自分の頭で考えて、自分の意見を持ったほうがイイ!
まずはそこからさ。未来は僕らの手の中なんだぜ。たった一度の人生だ、誰かの意見に流され続けていちゃ、居心地いいかもしれないけれど、ほんとに生きてることにはなりゃしないぜ。

読者諸君、失礼する。

2015/03/27

Post #1451

Kathmandu,Nepal
我が国は、憲法によって『戦力はこれを保持しない』とされているのに、政府の一番お偉いさん自身が、わが軍とか抜かしている。

それで、野党も激しく追及しているような素振りもない。自民党内からも批判の声もない。
正面から正々堂々と議論して、皆の同意を得ることが難しいのがわかっているものだから、外堀を埋めるように、田圃のあぜを一寸ずつ動かして、土地を掠め取るように、奴らは俺たちが気が付かないうちに、この国の形を内側から蚕食するんだ。

そして、既成事実が積み重なり、誰もかれも何もおかしいと思わなくなったころ、現状に擦り合わせ、時代に即したものにすると言って、憲法も変えてしまうことだろう。

自分たちこそが、国民の代表であり、自分たちの考えこそが、大多数の国民の考えであるかのように振る舞って、この国の骨格をゆがめてしまうのだ。

俺は、幸い戦争に行かねばならんような年齢ではとっくになくなったけれど、戦争がそんなにいいものかね?

平穏に暮らしていた人々を、テロリストだゲリラだとラベルを貼って、虫けらの様に殺すのは、そんなにいいものかね?

何の関係もない人々が、家を焼かれ、目の前で家族を殺され、裸足で逃げて行かねばならなくなることが、そんなにいいことなのかね?

俺自身は、アメリカさんおよびその他大勢の側に立つよりも、戦争によって、家を焼かれ、家族を殺され、悲嘆にくれ、憎悪に燃え立つしかないような無辜の人々の側に立つ人間でいたいし、俺の国にも、黙ってそんな人々に手を差し伸べる国であってほしい。

第一、勝ち馬に乗るなんて、みっともなくないか?虎の威を駆る狐って風情だぜ。スネ夫かよ?

読者諸君、失礼する。俺は自衛隊を軍隊と言い間違えるくらいなら、国際救助隊とかって言い間違えたいぜ。懐かしのサンダーバードみたいで恰好イイぜ。