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2015/11/22

Post #1685

Hamburg,Germany
たまの休みにカミさんと出かけてみたところ、地下鉄の中でばったり高校時代の同級生の女性に出会った。
こんなことってのは、ありそうでなかなかない。なんかバツが悪いような気がして、ちょっとあたふたしちまったよ。

降りる直前だったんで、ほんの二言三言言葉を交わしただけで別れたけれど、なんだか嬉しかったな。よく考えたら、お茶でも飲みに誘えばよかったよ。

読者諸君、失礼する。君と出会ったら、迷わずお茶を飲みに行こう。名古屋人は喫茶店が好きなのさ。

2015/10/30

Post #1668

Hamburg,Germany
企業の不祥事が続いている。
TVや新聞紙上では、普段偉そうにしているであろうおっさんたちが、神妙な顔つきで深々と頭を下げて、ご迷惑をおかけしましたとかいう姿を度々目にする。

それが今どきの責任を取るということなんだろうか?まぁ、きっとそうなんだろうな。
しかし、やってしまったことは、なかったことにはできない。当たり前のことだ。
それが人の生命にかかわることであったり、かけがえのない環境を、回復不能に汚損してしまうような出来事であったりした場合、いったいお偉いさんが頭を下げることに、どんな意味があるのだろう?
ぬるいなと、思う。

鹿児島県は阿久根市出身だった俺のお婆さんは、もうとっくに亡くなったんだけれど、俺が子供の頃に、いろんな話をしてくれた。それは、幼い頃の俺の心にしっかりと刻まれて、自分の人格形成の核になっている。
その中に、おばあさんのそのまたおじいさんの強烈な話があった。

このおじいさんは、当時村長だかなんだか、とにかく責任ある立場にあった人物だったのだが、自分の部下に当たる村の助役だかが密かに業者と結託し、村有林の木を勝手に切り倒し、売り飛ばし、利益を自分の懐に入れていたことが発覚したそうだ。

そこで、そのおじいさんはどうしただろう。このような不祥事を起こしたことを、深くお詫び申し上げますといって、村人に頭を下げたのだろうか。


薩摩隼人のそのおじいさんは、責任を取って切腹した。


簡単に切腹と書くが、実際にはまず短刀で腹を横に切り、次に刀を腹に刺したまま縦に切る。十文字だ。さらに短刀を引き抜いた後、臓物が飛び出してくるのを防ぐため、さらしまで巻いたというのだ。当然介錯、つまり時代劇なんかでよくあるように、腹に刀を突きさした途端、後ろから他の人間が日本刀で首を一気に切り落とすというのは、なかった。
しばらくの間、苦しみ悶えて死んだことだろう。

俺のおばあさんが生まれたばかりのころというから、それが本当なら大正時代の話だ。本当ならば、時代錯誤も甚だしい気がする。しかし、強烈な話だ。

こうして俺の子供心に、いささかの恐怖心とともに、男の責任の取り方の究極は、切腹であるという考えが、しっかりと叩き込まれた。そしてまた、自分自身のしでかしたことでなくても、自分の部下がしでかしたことの責任から、人は逃れられないということも。
物事がうまくいけば、自分を支えてくれた皆のおかげであり、うまくいかなければ責任者たる自分自身の責任だという考えも。

少し前にも、責任を取らない責任者という話を書いた。
だから俺は、その手のニンゲンが嫌いだ。甘ったれやがってと思う。
減俸?降格?辞任?
君たちはそんなにちょろい仕事しかしていないのかね?それとも、仕事を舐めてるのかね?って思うのさ。

俺にとって、自分の仕事の責任とは、非常に重いもので、期日内に満足のいくものができなかったとしたら、それは金銭的にも多大な迷惑を施主さんにかけることになるし、万一事故など起こしたら、取り返しなどつかない。
申し訳ありませんでしたと、額を地面に擦り付けるようにして謝ったととしても、それがいったいなんになるというのだ。
そんなことになれば、ごく狭い業界で、自分一人の信頼と実績だけで成り立っているチンケな俺の商売は、たちまち行き詰ってしまうだろうよ。
呑気そうに見えて、実は毎日が危うい綱渡りなのさ。

何事もなく、現場をおさめ、お客様に引き渡すこと。当たり前だけれども、それ以上の責任の取り方はない。なにしろ、そうそう切腹するわけにはいかないからな。

だから、企業のお偉いさんたちの振る舞いみていると、謝らないよりはましだとは思うけれど、なんの責任もとっちゃいないだろって思わずにはいられないんだ。

責任を自覚すれば、実はどんな仕事でも、命がけなんだ。俺はそう思ってる。

読者諸君、失礼する。俺は伊賀忍者の血筋に、薩摩隼人のスピリットが隠し味でブレンドされてるのさ。

2015/10/29

Post #1667

Hamburg,Germany
毎日のように、TVのニュースでヨーロッパに押し寄せる難民の姿を目にする。

難民というと、なにか特殊な人のように感じるが、その人たちの姿を目にすると、俺たちと何も変わらない普通の人々だとわかる。

幼子を抱いた母親、家族を気遣う父親、子供たちは無邪気にカメラに向けてピースをしていたりする。容姿は違えど、その振る舞いは俺たちと何も変わらない。
ただ、宗教や民族の相違に起因する様々な争いによって、自分たちの国から命からがら逃げださざるをえなくなったというだけだ。

なにも特別な人たちじゃない。自分と自分の大切な人の命を守りたいと願う普通の人々だ。そう、俺たちと何も変わらないんだ。
けれど、生きていくためには故郷も家も、仕事もなにもかも捨てて、見も知らぬ国に、命がけで逃げ出さねばならなかったというだけだ。

シリアを脱出した難民は、すでに400万人をこえたという。

この日本に暮らしていると、大方の人にとっては、そんな話は他人事というか、対岸の火事かもしれない。けれど、ほんの少し想像力を働かせてみて、それがどれほど辛くて困難なことなのか、想像してみてほしい。
それは別段難しい事じゃない。
自分が彼らの立場だったらどんな気分だろうかって考えてみるだけだ。
もし、少しでも興味があるのなら、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のホームページを見てほしい。(リンク➩UNHCR) なにが起きているか知ることは、何事においても大切な第一歩だ。そうじゃないかい?

いいかい君たち、戦争は不幸しか生み出さないんだぜ。
戦争で酷い目にあうのは、いつだって俺や君と同じような普通の人々だ。人を殺して英雄呼ばわりされるのなんて、恥ずかしいことだぜ。殺し合いに参加するんではなく、自分の家族を守るために、命がけで故郷を捨てた人々を、俺は尊敬せずにはいられないよ。
自分たちはカンケーないわけじゃない。この世界に生きている全てのニンゲンが、等しく考えていくべき問題だと、俺には思えてならないんだ。

どんなことも、もし自分が当事者だったら?って考えること。
それが俺の考えの基本方針なんだ。
なにが正しくて、誰が悪いのかなんて、興味はない。ただ、自分がその立場だったら、どう感じ、どう行動するだろうかって思うことが、大切なんじゃないかな?

読者諸君、失礼する。いい加減みんな平和に暮らそう。自分と違う人々を、受け入れよう。
俺はけっして、綺麗事を言ってるんじゃないんだぜ。

2015/10/28

Post #1666

Hamburg,Germany
久々に雨が降っている。
前にも書いたことがあるけれど、俺は傘がさすのが好きじゃない。手に何かを持つのが好きじゃないからってだけではないんだ。
人からなぜいつも傘を差さないのかって訊かれると、『ほら、ヨーロッパ人ってあんまりか差さないじゃない?肌が潤っていいんだよ』ってはぐらかしている。
けど、どうもそれだけじゃないんだ。カバンの中に折り畳み傘が入っていても、よほどの雨じゃないと傘は差さない俺なのさ。

自分でも何故だろうって考えて、思い至ったのはシーナ&ロケッツの歌だ。
作詞は今は亡き日本歌謡界の巨匠、阿久 悠。作曲はもちろん鮎川 誠だ。
それはこんな歌だった。


RAIN<突然雨が降ると>


突然雨が降ると 
人間の正体がわかる
突然雨が降ると 
人間の正体がわかる

恋人だって 先ず走り出し
それから慌てて手を差しのべて
急げという

濡れるから 濡れるから 
僕と同じスピードで走れという
ご親切に ご親切に 
あんたは心優しい人なのね

でもわたし あの一瞬 
あんたが一人で逃げ出したことを 
忘れやしない

雨だもの 濡れてあたりまえ
びっしょり濡れてしまおうと 
わたし言ってほしかった

突然雨が降ると 
人間の正体がわかる
突然雨が降ると 
人間の正体がわかる

しあわせだって転がり始め
話のつづきが見つからなくて 
またねという

傘がない 傘がない
なぜに傘がないか ぼやいて言う

運がない 運がない
あんたはいつもそういう人なのね

でもわたし 雨のまえ
あんたが言おうと思ってたこと
知りたくない

雨だもの 濡れて当たりまえ
一緒に濡れてしまおうと 
わたし言ってほしかった

はじめてこの曲を聴いたとき、ちょっとした衝撃だったのを覚えている。
このおれが、にわか雨で自分の恋人を置き去りにして、一目散に駆けだすような屁たれであっていいわけがない。そんなんじゃ、素敵な恋人に愛想を尽かされちまうだろう。冗談じゃない。たかがにわか雨くらいで、そんな目にあってたまるか!

そこで、俺は考えた。考えて考え抜いて、普段から傘をさす習慣をなくせば、そんな無様なことにはならないという結論に達したわけだ。
そう、雨だもの、濡れて当たり前。一緒に濡れてしまおうと言える男でありたいのさ。

もちろん、それは雨だけの話じゃない。避けられない人生のあれやこれやの話でもあるのは当然だ。そう思わないかい?

ロックンロールは時に、大切なことを教えてくれる。クレバーじゃなくても、人間味のある男でいるにはどうしたらいいかってことも。

読者諸君、失礼する。おかげでしばしば風邪をひく俺さ。

2015/10/21

Post #1659

Hamburg,Germany
本日、特にこれといって言うべきこともない。
けれど、人生の大半は、こんなどうっていうこともない日でできているという、あったりまえな事実に思い至り、唖然とする。

読者諸君、失礼する。そういえば流星群はあいにく、雲が多くて見えなかったな。

2015/10/20

Post #1658

Hamburg,Germany
昨日、仕事でいろいろと頭にくることがあって、やたらめったらカッカしていた。
朝起きてみると、左足にいつもお馴染みの痛風発作が起きていた。

やれやれ。またかよ…。

みんな俺を贅沢病というんだが、決してそうじゃない。
精神的なストレスで、俺は容易に痛風発作を引き起こす。見た目と違って繊細なのだ。というか、起こることによって、体の中のバランスが崩れてしまうのさ。
人間笑っているのが、一番ってこったろうな。

俺の眉間には、深い縦皺が彫刻刀で彫り込んだように刻まれている。

俺は先週身体の調子を崩して病院に行ったときに、血液検査のために採血されていたんで、仕事に遅刻して結果を聴きに行くことにしていたんだ。もちろん、仕事も休めない。

そこで、愛用の杖をついて、馴染みの病院に向かった。

診察室に入ると、先生はこっちも見ずに検査結果を見ながら『尿酸値が高いねぇ…』という。

俺は思わず苦笑いしながら、『はい、おかげさんで今日は痛風発作が出ています。』と答えたんだ。

診察室中がずっこけたぜ。まるで昭和のコントだぜ。

読者諸君、失礼する。どうして俺の人生は、こうコミカルになっちまうんだろうなぁ…。まぁ、なんとなく面白いからいいか。

2015/10/19

Post #1657

Hamburg,Germany
いろいろと思うところはある。
けれど、今日は考えがまとまらないんで、写真だけで失礼させて頂くぜ。

読者諸君、おやすみ。俺は遠くを見てるだけさ。

2015/10/18

Post #1656

Hamburg,Germany
少年時代からずっとお世話になっている師匠のもとに、カミさんを連れて子供ができたことを報告しに行った。
この師匠のうちこそ、実家と呼べる場所を喪った自分にとって、実家そのものだし、師匠とその奥さんこそ、自分の父母のように思って接してきた。
とはいえ、不肖の弟子だから、こっちが父母のようにおもっても、不肖の息子だわな。

想えばこの師匠との付き合いも長い。はじめてこの師匠に会ったとき、俺は中学一年生で、師匠は今の俺の歳よりも若かったはずだ。その師匠も今年喜寿。森山大道と同じ年だ。当時から白髪の長髪だった師匠の頭は、すっかり髪の量が減っている。耳には補聴器が。

しかし、お元気なうちに、この不肖の弟子も子供を持つにいたったことを報告出来てうれしい。

師匠は愛用のソファにどっかりあぐらをかきながら言った。
『子供ができたって話は、噂ではきいていたぞ。これまであえて作らなかったのに、よく決心したな。お前さんのことだ、よくよく悩んだことだろうよ。』 
さすがは俺の師匠、何もかもお見通しだ。
『はい。さすがに今回ばかりは腹括りました。腹括ってからは早かったんですがね』
俺は笑いながら答える。

『まぁ、頑張ってください。先は長いから』と師匠。
『まったくです。この年で子供をもうけたら、いったい幾つになるまで遮二無二働かなけりゃならんことか・・・。』俺は困ったように笑って見せる。

『で、男の子か女の子か、もうわかってるのかね?』師匠は重ねて訊く。
その問いにはカミさんが男の子だと答えた。そして俺にそっくりくせ毛の子供になるだろうとおもうと付け加えた。
その答えに、師匠は呆れたのか困ったのかしたように、顔をくしゃくしゃにして、くくくと笑って言った。
『やれやれ、奥さんも大変ですなぁ・・・』

なにしろ俺の子供は、おなかになかにいるくせに、もうロックと車が大好きだ。俺とおんなじだ。ついでに言うと、きっと女好きになることだろうよ。

俺たちと師匠ご夫婦は、日曜の昼時、温かく愉しいひと時を、家族のように過ごしたのさ。
『新婚さん、いらっしゃい』を見て、こいつはひでぇ夫婦だなとかいって笑い転げたりしながらね。
さて、そんなわけで師匠にはもうちょっと長生きしてもらわないとな。
俺の倅の成長を、見せてやりたいからな!
師匠と不肖の弟子のツーショット!
読者諸君、失礼する。さて、明日からまたわからず屋のとんちき共と戦うぞ!

2015/10/12

Post #1650

Hambug,Germany
先日、77歳を迎えられた森山大道に敬意を表して、その作品のパクリというか、オマージュというか、まぁ俺の腕前じゃ、パロディーが関の山か?

読者諸君、失礼する。芸術は、模倣に始まる。写真はそもそも現実世界をパクッテるに過ぎないのさ。

2015/10/06

Post #1644

Hamburg,Germany
仕事のほうは相変わらず絶好調だ。
取り巻く環境や見通しは暗雲が立ち込めてるがね。
俺が動けば、チームが動き出す。
俺が吠えれば、頑固な親父たちも纏まる。
俺はこう見えて、大胆にして繊細なんだ。つまり、間をとったらフツーだってことだ。
いつものことだ。どこに放り込まれたって、俺は自分のやることを全力で取り組むだけなんだ。
全力で取り組んで、絶好調じゃないなんてありえないぜ。

しかし、当面の問題はそこじゃない。プライベートだ。
これがなにかと緊迫している。
身から出た錆だ。不徳の致すところだ。悪いのは俺なんだから仕方ない。
子供ははなっから、女のものだと俺は思ってるから、それは仕方ない。
けど、妊娠6ヶ月っていう微妙な時期だ。流産とかされてもかなわないしな。
なにより胎教によくないんじゃないのか?

とりあえず、今日は一日何とか持ちこたえた。
明日はどうなるかわからないがね。
お互いに微妙な話題には触れないようにしていくしかないだろう?
そのほうが幸せに暮らせるってものさ。

まったく、人生ってのは面白いもんだな。

読者諸君、失礼する。ご心配いただき、恐縮です。

2015/10/03

Post #1641

Bremen,Grmany
今夜も写真だけで失礼する。
どれだけでも眠れるよ。

読者諸君、お休み。

2015/08/24

Post #1602

Bremen,Germany
ここんところ、とても眠たい。
流石に疲れがたまっているんだろうな。マカが欲しいとは思わないけれどね。
気が付くと眠ってしまっているんだ。
夜中にふっと目を覚ましてみると、ベッドのしたに先日買ったばかりのコンタックスⅡが転がっていたりするんで、目が飛び出しそうになる。
空シャッターを切ったりして、もてあそびながら、眠りこけてしまったんだろう。
ヤバいな。一度も使ってないうちにぶっ壊れるなんて、ちょっと切ないぞ。
レンズはついていないんでいいけれど、距離計の中のガラスユニットが割れてしまったら、ピント合わせが出来なくなってしまうじゃないか!
まぁ、どうせ俺のことだから目測でしょうけどね。

つまり、F8とかに絞っておいて、焦点距離は5メートルくらいにしておけば、3メートルから10メートルくらいはピントがあってくる。そうすれば、あとはシャッターを切っていくだけだ。あ、日陰に入ったら、シャッタースピードを遅くすることを忘れずに。

早くこのカメラを使って、街撮りしたいなぁ・・・。


読者諸君、失礼する。今日も朝早い俺なのさ。やれやれ。

2015/08/22

Post #1600

Hamburg,Germany
昨日、朝の四時から現場に乗り込み、大声で現場の男たちを叱咤激励しつづけ、職方同士の利害と意地とのもつれた糸を解きほぐし、或いはまた一刀両断、仕事を終えたときにはフラフラだったぜ。
おかげですっかり寝落ちしてこんな時間に書いている。今、深夜3時。

夜中の公園に行って煙草を吸う。止めたはずの煙草だが、あまりのストレスにまたぞろ復活してきているのさ。
すると、銀座の夜の女だろうか、若くてスゲーいい女がやってきて煙草を吸っていやがる。
俺は気の無いそぶりをするが、5メートル離れても鼻先に押し付けられるような香水の香りが、否が応でも感じられて、『畜生、そんなに自分を主張したいのかよ』って内心イラつくのさ。
見たくないものは目を閉じればすむ。聞きたくないものは耳をふさげばいい。けど、匂いはねぇ・・・。鼻つまむのも格好悪いというか頓馬だしね。相手がイイ女だと、尚更自分の頓馬さが引き立つというものさ。
俺は鼻がきくたちで、しかも匂いが空間的な拡がりとして感じられるので、いつも道ですれ違った人間の軌跡を感じるくらいなんだ。そう、それぞれのニンゲンの匂いが、空気の中に帯のように残っているのさ。だから、あんまりキツイ香水の香りは、暴力的に感じられるんで、好きじゃないんだ。若くて色気むんむんで、きれいな女だからって、どんなおじさんもくらくらすると思ったら大間違いだ。

久々にカメラを買ってしまった。


こいつだ。そう、ツァイス・イコンの名機、ContaxⅡだ。

まさにガレージのシャッターの様な金属製縦走りのシャッター。
とんでもなく長い基線長はピント精度の高さを雄弁に物語っている。
80年たっても輝きを失わない金属の光沢。
低速シャッターを切ったときに働く低速ガバナーがたてるネズミの鳴くような音。
ごつごつと男っぽい多角形のフォルム。
ライカだけがレンジ・ファインダーカメラだと思っていたら、大間違いだ。
なにしろ、こいつはあのロバート・キャパがアメリカ軍のノルマンディー上陸作戦に同行し、恐怖に震える手で写真を撮ったカメラなんだ。男のロマンが加速するんだ。なにしろ俺の人生はいつだって、ノルマンディー上陸作戦の様なものさ。

現場のすぐそばの中古カメラやのウィンドウにひっそりとたたずんでいたのさ。
流石は銀座だ。誘惑が多い。きれいなおねーさんだけが男を惑わすんじゃないんだぜ。キレ―なお姉さんには目もくれず、迷わずこいつに惚れ込んだのさ。

レンズはない。しかし、家に使えるものがある。問題ないぜ。
35ミリか21ミリのレンズをつけて、ピントは3~5メートルで固定焦点、シャッタースピードは適当に、ノーファインダーでつむじ風のように世界と切り結んでいくのさ。
なにしろ税込32,400円という嬉しい価格だ。経費でおとして買ったのは税務署さんには内緒だぜ。こいつは1936年発表の素晴らしいカメラだ。カメラだって、最新のものがイイと飛びつく奴ばかりだと思ったら大間違いだ。
ずっと探し求めていた。けれどどうしてもめぐり合うことができなかった。
それが、こんな激戦の真っただ中に見つけることがっできるなんてね。

まるで、ずっと心に思ってきた初恋の女性に巡り合い、その女性と結ばれたような気分だ。
これからこいつと一緒に、いろんな経験をするのさ。

読者諸君、失礼する。今日も朝早いのさ。

2015/08/17

Post #1595

Bremen.Germany
僕は、自分が何者なのかが知りたい。
この世界に、どんな使命をもってやってきたのかを知りたい。
それを求めるのは、矢を射られて傷ついた怪我人が、誰がどんな意図で矢を放ったのかわかるまで、矢を抜いて治療してはいけないというようなものかもしれない。そんなたとえをお釈迦様が語っていたのを読んだことがある。もっともだ。
それを知ることがなくても、正しく生きることはできるからだ。そして、その時々、精一杯生きていくうちに、自ずと見えてくるものなのかもしれない。
僕は、それを見出したい。

そんなものはない、人生に意味はないというのは容易い。
けれど、人生に意味を見出さないことから、人間性への軽視が芽生える。

意味のない生を貪っているのなら、さっさと死んだほうがイイという、明らかに誤った結論に、いずれはたどり着いてしまうのだから。
あるいはその手前で、ニンゲンを利益を生む肉でできた機械のように考えるようになってしまうかもしれない。
他人を、自らの快楽の道具としてしか考えない、嫌な人間へ歩みだしてしまうかもしれない。
人間の歴史にみられる、ありとあらゆる愚行に、人間性への無理解があると思える。
僕は、そんな愚か者の仲間には、なりたくはない。


昨日、公園で酔っぱらいの浮浪者と、なんだかわからない話をして笑いあった。
酔っぱらっているんで、何を言っているのかさっぱりわからないんだがね。しかし、わからないなりに、とにかく面白かったのさ。
この人の存在にも、なんらかの意味があり、その人が真っ直ぐ僕を目指して歩いてきて、語りだしたということにも、なにか意味があるように思える。

時に、地霊が浮浪者の姿を借りて、自分に縁を結びに来たように感じる事もある。
なにしろ、彼らは地面に直接身を横たえて眠り、地の気を濃厚に受けているのだから。

僕は蝶が舞い、鳥がさえずるとき、誰かの魂が蝶の姿をとって現われたように感じ、鳥のさえずりに何かのメッセージが込められているようにも感じる。

風が吹くとき、離れた懐かしい人の気配を、風が運んでくれるような気がする。

昇る朝日に向かう時、光そのものが一種の力となって、体に注がれるように感じる。


世界でも有数の文化都市東京に仮住まいしながらも、僕の中には未開の心性が息づいている。
自然と人間とが、神と精霊とが交わっていた、遙か太古の心性が自分の中に潜んでいる。
僕は自分でそう思う時がある。

読者諸君、失礼する。

2015/07/23

Post #1569

Bremen,Germany
仕事が過酷さを増してくると、何時しかなにも考えられなくなっていく。
戸板一枚向こうでは、きらびやかなショーウィンドウの前を、着飾った人々が愉しげに歩いているが、俺は埃まみれでコンクリートの床に、ベニア板を敷き、身体を横たえて細切れの睡眠をとっている有り様だ。それがなんと、坪単価一億円の一等地のことだから、ある意味豪奢なことだな。けど、坪単価一億円なんて、俺には関係のないことだ。

こうなると、仕事のことと自分がとりあえず生きているということ以外には、興味関心すらなくなる。
なにもかもが、そう、自分にとって大切だったはずの人たちまで、自分には縁のない遠い世界の話しのような気すらしてくる。
写真のことも、世界のことも、なにもかもが現実味を欠いた絵空事のような気すらしてくる。
銀座のど真ん中にいながら、月だか火星だかに、一人っきりで放り出されているような気がしてくるんだ。
そして、それでもゼンゼン問題ない気すらする。
だって、俺に興味関心のある人なんて、そうはいないんだろうから。
好意的なコメントを寄せてくれる少数精鋭の読者さんか、俺を凹まそうと目論む自意識過剰の奴くらいだろう。
どうせ、俺が自分の言葉を本当に届けたいと思っている人には、きっとなにも届いてはいないんだろうから。
月だか火星だかから、一人でせっせと信号を送っているような気分だ。
まさに駱駝のいない月の砂漠だ。

どこか、虚しい。

だから、このブログをある日突然、すべて消してしまっても、どうってことないような気すらする。

流れに身を任せるように、物言わぬ大衆の一人として、黙って生きていけばいい気もする。
俺がそう決めたところで、君に何かが変わるわけでもないし、君の生活から何かが失われる訳でもないだろう?
そんなもんさ。

俺自身は少し、退屈するようになるかもしれないけれど。こんなの所詮は暇つぶしなのさ。暇がなくなれば、やってる意味も半減だろう?無理をしてまで書くほどの内容でもないしな。

もう、やめよう。

けれど、そう思う時、いつも心の奥から湧き上がってくる言葉がある。
それは、自分の心にかかった雲を吹き払い、俺を照らしてくれる言葉だ。
俺をこの人間の世界に、大切な人たちに繋ぎ止めてくれる言葉だ。

なんという言葉でもない。シンプルで、ストレートな言葉だ。
それは以前、匿名の誰かさんから寄せられたコメントだ。
匿名さんなので、許しを得ることもできないが、ここに引用させてもらおう。


『いつもありがとう。時に勇気づけられ、時に笑い、時に泣いています。あなたのブログのあるおかげで私の人生が少し豊かになっています。』


今までもらったたくさんのコメントの中で、正直に言って、これがイチバン嬉しかったコメントだ。
俺はこのコメントを、旅先のスウェーデンで受け取った。
この時、俺がどんなに嬉しかったか、君にはけっして想像もつかないと思う。
こんな俺に、誰か見も知らぬ(ひょっとしたら知っている人なのかもしれないけれど)ひとの人生を、ほんの少しでも豊かにすることができたなんて、夢のようだよ。

この匿名のコメントに向かいあう度に、何度も心の中っでこの言葉を繰り返すんだ。
自分の心の折れそうな時にも、自分の胸の中でくりかえすんだ。
この名も知らない人のためにも、自分はこのブログを、故なくして放り出すことはできないと思うのさ。

だから、もう少し考えるんだ。ここで辞めちまってイイものかどうかを。一度投げ出してしまったら、何も残らない。それは残念なことだ。自分自身の歩みを、自分で否定することだ。
もう一度考えるんだ。へとへとに疲れ果てていても、眠る時間すら無くても、自分を曝け出し続けるべきかどうかを。

読者諸君、失礼する。俺がしんどいとき、君に助けてほしいとは、けっして言わないだろう。けど、この人の言葉に、俺がどれだけ助けられ、俺がどれほど感謝しているか、君にはわかっていてほしい。

2015/07/15

Post #1561

Hamburg,Germany
親愛なる読者諸君、今日も暑かったな。
しかし、馴染みの仲間と共に汗を流して順調に進んでいく仕事は、心地よい疲労感をもたらしてくれる。
なんだかんだ言って、俺は仕事が好きなんだろうな。
今日は猫の糞も踏んじゃいないしな。
順調だ。浜名湖の畔、森に面したリゾートホテルで仕事をしていると、銀座の現場の喧騒がうそのようだ。しかし、もう2,3日したら銀座に戻らなけりゃならないのさ。Fuck!

『都会は、人の住むところではありません』という言葉をどこかで読んだことがある。

街の好きな俺は、少し反発を覚えたもんだが、人間ってのはある一定の密度を超えると、精神的に不健康になるようにも思えるんだ。

かと言って、スウェーデンの町のように、森や林の中にポツポツと愉しい我が家が立っているようなのも、寒々しい気がして、落ち着かない。

ほどほどの規模の町がいいと思えるようになってきた俺なのさ。
歳をとったって、ことかな?

もしくは、人っ子一人姿も見えない大自然に、たった一人で対峙する・・・。

それが一番ニンゲンらしい姿の様な気もする。無力でいながら、生きる意志に満ち溢れ、他に比べる相手もいない一個の完結した人間として。

時折、そんなイメージが頭をよぎり、無性に憧れる。

大海原のど真ん中。
シベリアの針葉樹の森の中。
アマゾンの大河や森の奥。

いつか、そんな冒険がしてみたい俺なのさ。

読者諸君、失礼する。旅館のネット環境がイマイチなんで、長々くどくど書く気にもなりゃしないのさ。

2015/07/14

Post #1560

Hamburg,Germany
浜名湖の畔、舘山寺温泉のリゾートホテルの改修工事にきているんだ。
結構なホテルなんだが、改装休業中なんで、当然泊まれない。
仕方ないんで、近所の旅館に泊まっているんだが、これが21世紀にもなって、部屋にネット環境もないような旅館だ。
いろんな国を旅してきたが、ホテルの部屋にネット環境が整っていないようなのは、この日本だけだよ!
これまた仕方ないんで、携帯のWifiテザリングを使っているわけだ。
金さえ払えば、世の中便利になったもんだ。
だいたい、君たちに話す内容もマンネリだというのに、毎日飽きずに続けているおかげで、忙しさにかまけて、何日か更新せずに放置すると、『生きてますか?』とか『大丈夫ですか?』という安否確認のメールが届いたり、コメントが寄せられたりするから、意地でも続けないとな。

しかも、参ったことに、ホテルの砂利敷きの駐車場に車を停めて降りたところ、猫だか犬だかの糞を思いっきり踏んじまったんだ!しかも、両足!

俺の人生ときたら、いつもこんな事ばっかりだ!愛用の雪駄が糞まみれで、臭くてどうしようもないぜ!泣けてくるとはこのことだ!

車を降りるときは、足元に注意したほうがいい。それが今日得た教訓だ。

仕事はそこそこ順調だ。しかし、以前からオファーを受けてた仕事だからと人に任せて抜けてきた東京の仕事は、まだ始まって一週間だというのに、トラブル続きで、行く手には暗雲が垂れ込めている。今回ばかりは、マジでヤバい気がするんだ。
毎度毎度、命を削る思いで仕事をしているが、この調子じゃ、冗談抜きで過労死でもするんじゃないかってフラグが立っているんだ。

まぁ、子供が無事に生まれてくれるんなら、俺が死んでも悔いはないか。とはいえ、それは順調に進んだとしても、来年の2月の話だ。

読者諸君、失礼する。せいぜい熱い温泉でも楽しんでくるとするぜ。やってられないぜ。

それまでは死ぬに死ねない俺なのさ。

読者諸君、失礼する。



2015/07/07

Post #1553

Bremen,Germany
今日は七夕か?
新暦での七夕は梅雨真っ盛りで、天の川なんかにゃ、お目にかかることはできないんだ。こういった行事は、やはり旧暦じゃないとな。俺は君にお目にかかりたいもんだ。
日中は打ち合わせ、夜は現場と言う、仕事マゾ野郎にはうってつけの状況になってきつつある。
こんな調子で働き続けたら、あと5年くらいで見事に過労死できるだろうよ。
オリンピックにも、リニアモーターカーにも興味がないから、かまわないがね。

好きなように生きて、電池が切れるようにして死ねたなら、最高だ。

そんな無頼でノーフューチャーな俺でも、夜に備えてウィークリーマンションに戻り、昼寝をすることができるのは有り難いもんだ。
毎日雨が続いているおかげで、涼しくて眠りやすいのは実にありがたいんだが、ウィークリーマンションのエアコンが黴臭いのには閉口だ。本格的に暑くなるまえに、修理か交換してもらいたいもんだぜ。こんな黴臭い空気をベッドのすぐ上から吹き付けられたら、喘息だのアレルギーだのおこして、えらい目に合っちまうだろうよ。

しかも、素晴らしいことに、俺の借りている部屋の真下の部屋が、どうやら改装工事中で、バキッ!ギュルギュル!カンカンカン!とか、俺自身が仕事で毎度おなじみの、工具の奏でるノイズが響き渡っているんだ。
おかげさんで、おいそれとは昼寝もできないもんだ。
それどころか、音を聞いているだけで、何をやってるのか察しが付くくらいだ。
まったく、暇つぶしにはもってこいだな。
世の中、ほんとによくできてやがる。笑いが止まらないぜ。

そんな暮らしをしているおかげで、TVを見るわけでもなく、新聞を読むわけでもなく、すっかり世の中の動きに疎くなってしまう。
けれど、正直に言ってしまえば、それでも生きていくのに何の不都合もない。
確かに、ギリシャの国民投票が世界経済に及ぼす影響は、かなり気になる。
まぁ、それで損害を被るような金融資産なんか持っちゃいないから気楽なもんだがな。
糞ッ垂れな安保法制の、最終的には数で押し切られてしまうに違いない、単なる帳尻合わせの議論の行方も、おおいに気にはなる。
けれど、俺には自分の意見を持つこと以外、どうすることもできやしないんだ。もう、奴らを止められないのか?素晴らしき民主主義だ!

それよりも俺は、俺の大切な人たちが、今日も心安らかに暮らしているかどうか、それがなにより気にかかるのさ。
そう、残念ながら、俺はそばにはいてやれないけれど、それこそが俺にとっての一番の大問題だ。
なにか問題に直面して、苦しんでいたり、心を痛めていたとしても、仕事で東京に張り付いている自分には、さしあたって何もしてあげられないのが、歯がゆくて仕方がないんだ。もちろん、俺は神様じゃないんで、実際に問題を解決したりすることは難しいかもしれないけれどね。
あぁ、これじゃまるで、自分のことで手いっぱいな器の小さな奴みたいだ。

いい年こいて、自分のことで手いっぱいなんて、格好悪いはなしだな。
けど、そんなこと気にもしない奴よりかは、幾分はマシなつもりだ。

読者諸君、失礼する。俺はいつでも、よりマシな人間になりたいと思っているんだが、そう思えば思うほど、世の中から浮きまくってしまうのさ。どうしたもんかな?

2015/07/01

Post #1547

Bremen,Germany
まだまだ先だと思っていても、不思議と時間は進み、その時がやってきてしまう。
何時だってそうだ。
指折り数えるようにして待ちわびた逢瀬も、その時が来ると、あっという間に過ぎ去って、気が付けば過去の出来事になってしまっていたりする。あとはその記憶を味のしなくなったガムをかみ続けるように、愛おしんでゆくしかない。
まったく、時間ほど無情なものはないのさ。

もう、今年も折り返しを過ぎて、7月になってしまった。
窓の外では雨が降り続いている。朝になれば、この雨の中トランクを転がして出張しなければならないとは、なかなかに気が重い。

出張暮らしは、なにかとままならないもので、好きな本を手元に置いておくわけにもいかないし、食事だっていろいろと難しい。俺は生粋の尾張人なんで、味噌汁は赤だしじゃないと旨いとは思えないんだが、出張して関東なり関西にゆくと、まず赤だし味噌にありつくことはできないしな。
コーヒーだって、自分でドリップして淹れるわけにもいかないしな。間違いなくインスタントコーヒーばかりさ。

なにより、身の回りに女っ気がないのが、侘しくていけないぜ。

読者諸君、失礼する。俺は孤独ってのは好きじゃないんだ。ひとりでふざけてみても、寂しくなっちまうだろう?

2015/06/28

Post #1544

Hamburg,Germany
さて、今日は地元選出の自民党国会議員の事務所に行ってみようかとも思ったんだが、カミさんの体調もすぐれないので、メールを送ってみることにした。実際に乗り込んで一席ぶってやるよりも、インパクトとしては劣るけれど、言葉を選んで話すこともできるしな。それに俺の風体じゃ、不審者がやってきたって門前払いを喰らっちまうことになるに決まってるだろう?
今日は、俺がその国会議員さんのHPの連絡フォームから送ったメールの全文を掲載してみようかな。

『江崎鉄磨様

私は、一宮に住む一市民です。
昨今の安全保障法制をめぐる自民党の姿勢には、日本国憲法のもとで日本国民として生活している一市民として、三権分立と立憲主義の軽視が甚だしいと感じております。
私自身は、自民党の政策に日頃から違和感を持つものですが、古くからこの地で繊維業に携わる私の親族には、先代の真澄氏以来のあなたの支持者が何人もおります。このものたちですら、昨今の自民党の姿勢には、疑問と不快感を感じております。
とりわけ、先日の若手議員を中心とした懇話会での、報道言論の自由を軽視し、沖縄の人々を貶めるような発言には、憂慮とともに不快感を禁じ得ません。
ご自分たちは自由闊達な発言を行い、在野のマスコミが自分達の意図に反するような報道を自由闊達に展開すれば、弾圧も辞さないというような狭量なお考えの方々に、国の行く末を託すならば、我が国は再び道を誤り、本当のことを言えず、真実を知ることすら出来ない暗い時代へと逆行し、多くの国民が苦しむことになることでしょう。
内閣の見解で憲法の解釈が如何様にでも変更可能と自民党の皆さんがお考えならば、次の国政選挙では、私も私の親族も、自民党、そしてあなたに投票して、国政を委ねることは絶対にしたくはありません。
国民の範たるべき政治家が、国法の礎たるべき憲法を、自らの思惑で恣意的に解釈するならば、その政治家諸氏が議論して定めた法を遵守尊重する国民は、この日本からいなくなってしまうことでしょう。
今こそ、貴方の一政治家としての見識と器量が問われているのです。
そして、その結果如何によっては、私たちも貴方に対する立場を明らかにして、行動して行かねばなりません。
つまり、たとえ現在の自民党を中心とした安倍内閣によって、国民をアメリカの世界戦略の捨て石にするような安全保障法案が可決されたとしても、次の選挙では、もっと現行憲法の意義と精神を遵守し、憲法に反するような法を廃止してくれる政党、候補者に私たちの参政権を委ねるつもりです。
昨今の政党政治では、党議拘束が一般的であり、個々の政治家が自らの良心と見識、そして政事信条に基づいて行動することは、殆ど見受けられません。
しかし、今私たちは貴方も含めて、一人一人の政治家の振舞いを、今だかつてないほどの関心を以て注視しています。

とるに足らない一市民の声かも知れませんが、よくよくご勘案くださいますよう、お願いいたします。』

この後に、自分の名前と連絡先を記入してお送りさせていただいた。
どんな返事が返ってくるのか、楽しみだ。
まぁ、スルーってことも大いにあるだろうけどな。そん時は、覚えとけよ!

読者諸君、失礼する。俺は権力のある奴におもねったり、自分のゴールデン・ソウルが認めないことをするのは御免なんだ。君たちが誇れる無謀な野郎でいたいのさ。