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2026/07/30

POST#1923 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第9章

かつての近江商人の発祥地の一つ近江八幡にて
さて、以前も第2章で財政的な話はした。

しかし、あれはほんの小手調べ。おさわり程度だ。今日はもう少し突っ込んで考えてみよう。

もちろん俺は行財政の専門家ではないので、まったく見当違いのことを考えてしまう可能性もある。それは許してほしい。なんてったって、俺は単なる道楽人=ディレッタントなんだから。

2026/07/15

POST#1908 民主主義というひ弱なバラ

尾鷲かな熊野かな

勉強をめぐって、子どもとカミさんの間で、熾烈な争いが勃発している。

俺は無学だから勉強は教えられないと韜晦しているんだが、仲裁はしないといけない。それが厄介だけど、父親の務めだ。この暑い中、まったくご苦労なこったぜ。

2026/07/11

POST#1904 中国のシステムをいいとこどりした日本

熊野 七里ヶ浜
中国の「纏足🔗」や「宦官🔗」という狂気じみた遊牧民OSに基づく人間家畜化システムを、一衣帯水の目と鼻の先にいた日本人が歴史上、ただの一度も模倣しなかった最大の理由は、いったい何だろう。日本人は大陸から文字や儒教文化をはじめ、様々な文化を移入し、現地最適化してきたというのに。

この制度や習慣を日本人が模倣しなかったのは、古代は双系核家族、中世からは直系家族であったから、そもそも女性の地位が相対的に高かったし、そもそもの社会の基盤が遊牧民的な共同体家族システムではなったかからだろう。

一言で言えば、日本人はつまるところズバリ倭人だったからだろうね。

この「なぜ日本は人間家畜化OSを拒絶できたのか」という、日中の分裂生成過程の決定的な分岐点をまとめてみよう。

*そういえば、その日本で日本人を劣等人種として徹底的に肉体改造する猟奇SF小説『家畜人ヤプー🔗』が書かれたのは、この肉体改造による管理って考えが、日本人にとっては徹底的に相いれないものだったからかもしれないな。

1. 「古代の双系核家族」が守った女性の自律性と地位

中国が周・漢の時代からコツコツ強化し続けた強固な共同体家族システム社会となり、女性を「男の家系を維持するための繁殖用の資源(家畜)」とみなしていったのに対し、古代の日本(倭人🔗社会)は「双系核家族」だったのは、すでに以前、読者諸兄諸姉と話し合った通り。

そこは、男女がフラットな「双系」の倫理が息づく社会だったんだ。
父方も母方も平等に親族とみなす双系社会では、女性は男性の家に「所有」される存在ではなかったのは言うまでもない。しかし、あえて書いちゃおう。
平安時代まで続いた「婿入り婚(妻問婚)」のもと、子どもは母方で育てられていたのは言うまでもないだろう。
アマテラスと推古天皇の精神
皇祖神話の最高神としてアマテラスという女神が君臨し、推古天皇や持統天皇をはじめとする歴代の女帝がごく自然に国を治めていた古代日本において、「女性の足を砕いて(纏足🔗)、家に監禁して管理する」などという発想は、社会の基本OS(双系)と根底から拒絶反応(バグ)を起こすため、逆立ちしても受け入れられなかったのは言うまでもないわな。

だから、昨今の自民党を中心とした右派政治家が、男系男子、男系男子って念仏のように主張するのには、日本の伝統を何も理解していないんじゃないかと心配になるんだ。
むしろ、彼らの言う日本の伝統は、明治期に同じ直系家族国家であったプロイセンから影響を受けた大日本帝国憲法に基盤を置いているんだけど、そのプロイセンが王位の男子相続にこだわっていたのは、6世紀のヨーロッパで成立したとされるサリカ法典🔗の影響なんじゃないかと俺は疑っている。というか確信している。まったく、本末転倒だ。

2. 「中世の直系家族」への移行:家の「継続性」を支えるパートナー

中世(鎌倉・室町時代)以降、日本はトッドの言う「直系家族システム」へと移行しますが、ここでも中国の共同体家族のような「人間家畜化」へは向かわなかった。ついでに言えば、凶暴な首狩り狂戦士・鎌倉武士たちが鋸挽🔗のような、なかなかエグい刑罰を考案しても、中国の凌遅刑🔗の凄まじさには全くかなわなかったしね。

西日本のほとんども直系家族システムに移行していた最中の中世後期にも、女性は女性だけで旅をすることができたことを、ヨーロッパから来た宣教師たちが驚きを以て伝えている。
つまり、当時のヨーロッパにも女性にはそんな自由はなかったんだ。
中世には駆け込み寺という言葉が残っているように、寺の境内に女性が駆け込めば、俗世との縁が断ち切られ、離婚が成立する縁切寺🔗というシステムもあった。江戸時代にも幕府によって規制され、大きく数を減らしつつも消滅することなく存続したんだ。これも女性の地位がかなり重視されていた例証だろう。
つまり直系家族システムが江戸幕府が推進した檀家制度によって、社会の末端まで確立しつつあった江戸時代でも、女性が自ら財産(土地や家)を相続したり所有できたり、離婚に際して自らの財産を主張する権利を持っていたわけだ。

「家(継続性)」を最優先する合理主義と主婦(かかあ天下)という経営者
日本の直系家族の目的は、血筋の純血性ではなく、「家名や家業(土地・インフラ)を、次世代へ確実に不滅のまま引き継ぐこと」にある。
そのため、長男が無能であれば、有能な「婿養子」を他所から連れてきて家を継がせるという、中国(男系絶対主義)では絶対にあり得ない柔軟なシステムも発達させた。
皇族に男子がいなかったら、600年前に別れた分家から養子を持ってくればいいという発想はこの辺に由来してたのか!
この直系家族において、妻(主婦)は男の性奴隷や家畜ではなく、「家という経営体を男と共に切り盛りする、きわめて地位の高い共同経営者(パートナー)」だったわけだ。
武家の妻が留守中の城や家政を完全に仕切り、農家や商家の妻が労働と財布の紐を握るという、いわゆる嬶天下がスタンダードな日本社会において、女性の肉体を破壊して歩けなくする纏足🔗などという行為は、「家の経営=労働力と持続性を自ら破壊する最も愚かな行為」として、合理性の面からハナっから考慮されることもなかったんだ。

3. 「百越(倭人)」のレガシー:自然(野生)との融和

そして最も深い本原論の核心が、日本人のルーツの双系社会的な氏族社会だったと推測される縄文の人々と混交していったのが、西方や北方の遊牧民の社会システムを実装した漢民族ではなく、長江流域から海を渡ってきた百越🔗(ひゃくえつ)」に極めて近い倭人であったという点だ。

家畜管理をしない「農耕・海民」の視線身体の野生(自律性)の死守
植物を慈しみ育てる稲作民や、黒潮の海を自在に駆けた百越の系譜につながる海民にとって、自然とは「去勢し、囲い込んで力でねじ伏せ、家畜化する対象」ではなく、「その恵みに感謝し、野生の生命力と融和・共生するもの」だった。
彼らの精神からは、男を去勢してロボットにする「宦官🔗」や、女の足を折る「纏足🔗」といった、スーパードライな遊牧民的なブリーディングの狂気は生まれないわな。:
日本人は、中国から漢字(文字)や律令(法律)といった「便利な道具・上表のOS」は大量にインポートしたけれど、その根底にある「人間を家畜として管理する、中原の冷徹な精神の核、つまり共同家族システムに息づく遊牧民OS」だけは、自分たちの倭人≒百越的な野生の感性によって、1滴たりとも体内に入れさせなかったちゅうことだね

2026/07/07

POST#1900 日本古来の柔軟な双系社会の上に、直系家族システムがのっかっているんだ。

白菜・近江八幡

さて、仕事が暇だから今のうちにせっせと進めよう。人生は意外と短いんだ。

武家政治による「直系家族」の西日本席巻

鎌倉幕府の成立(1192年)と、それに続く「承久の乱(1221年)」こそが、この関東発の直系家族システムが西日本を肉体的に席巻していく決定的な契機だったことは昨日話した通りだね。

この承久の乱を境にして西日本を支配していた朝廷側に勝利した鎌倉幕府は、西日本の数千箇所にのぼる没収領地に、関東の御家人🔗たちを「地頭🔗」として大量に送り込んだんだ。これを『西国補任』というんだけれど、これによって流動的でアノミーだった西日本の貴族社会・農民社会の上に、自分たちの生み出した直系家族システムのOSを西日本にインストールすることになったって寸法だ。

その後、室町・戦国時代を経て、江戸時代に施行された檀家制度🔗、明治の旧民法🔗家父長制🔗で、この武家型直系家族システムが日本全国の「スタンダード」へと定着していくことになったわけだ。もちろんこれはアウトラインをなぞるだけの大雑把な言説だとは理解しておいてほしい。あくまでフレームワークだ。俺は学者先生じゃないんでね。

日本独自の「ハイブリッド直系」

中国が「秦によるスキタイ起源の遊牧民の家族システム導入」によってキメラ🔗饕餮🔗化したのに対し、日本は「関東武士という内部のフロンティア」から湧き上がった直系家族のエネルギーが、西日本のアノミーな古代社会を征服・統合していくという独自のプロセスをたどってきた。

だからこそ日本の直系家族は、朱子学🔗による純粋培養の直系社会の朝鮮とは異なり、血統の純血性よりも「イエ」という経営体の存続を最優先し、優秀な養子を柔軟に受け入れるという、西日本的なアノミー・流動性のDNAを内包した「独特の強靭な直系家族」として完成したと言えるだろう。

この独自の着地を遂げたからこそ、日本はのちに西欧(こちらも直系ないし核家族の系譜)と同様に、単独相続による資本の本源的蓄積や、老舗企業の多さにもみられる家業の永続性、そして近代化へのスムーズな適応力を手に入れることができたと考えることができるだろう。

おそらくそれは、もともとのアノミーな土台があったからこその『ご都合主義的なアレンジ』だったんだろう。つまり本来が「流動的で柔軟な双系社会」であったからこそ、日本は大陸のイデオロギーを都合よく取捨選択し、血縁に縛られない「経営体としての直系家族(イエ)」という独自のシステムを構築・着地させることができたちゅうことだわ。

もし、日本が最初から強力な父系原理を持っていたら、大陸の儒教を教条主義的に—それこそ朝鮮半島のように極端な形で—受け入れるしかなかっただろう。

けれども、縄文+百越🔗の双系核家族の柔軟な土台があったからこそ、日本はきわめてプラグマティック(実利主義的)な大改造を行えたんだと俺は考えているんだ。

1. 血縁の「ゆるさ」がもたらした柔軟性

古代日本の双系社会では、血統は父からも母からも辿れる曖昧なものだったんだ。つまり、「血統の純血性」に対する執着が、大陸や半島に比べて最初から圧倒的に希薄だったんだ。

だからこそ、中世に単独相続の直系家族」へシフトする際、「血のつながった実子」がいなければ、他所から優秀な人間を連れてきて「養子」にすればいいという、とんでもなくドラスティックな割り切りが可能になったんだな。

天皇家に後継ぎがいなかったら、600年も前に分かれた分家から養子を連れてこればいいって考えとどこか通じるなぁ。

もしこれが、血縁を絶対視する強固な父系社会であれば、血の混じらない養子は一族の祭祀を汚すものとして絶対に許されないだろう。というか、そんなもの、発想さえされないだろう。実際に韓国や中国では、一族以外の養子は厳しく排除されていた。諸葛孔明🔗も、敵対する呉に仕えていた兄の諸葛瑾🔗のもとから次男を養子を迎えているんだ。

2. 「双系」から「単独相続」への構造変換

双系的な核家族社会における平行・交叉いとこ婚の頻発は、「身内だけで財産や権力を囲い込む」ための防衛策でもあったわけだ。余談ながら俺の親類にも母方交叉いとこ婚の家庭があるけど、別に財産も権力もない。ただ、その受容をめぐって、容認派と否認派の断絶が数十年続いているだけだ。

この現状に、大陸から入ってきた「一系に絞る直系家族システム」という観念が結合した時、東国で過酷な現実と格闘する武士たちは気づいちゃったんだろうな。「いとこ婚で必死になって掴んだ財産をこねくり回すより、優秀な一人の後継者に全財産を単独相続させ、残りの兄弟は外に出したり、家臣にする方が、組織としてイケてるんじゃね?」って。

このダイナミックな方向転換ができたのは、古い血縁ルールが双系的で固定化されていなかったからだって言えるだろう。

3. 「神道(アニミズム)」という混沌なOSの持続

精神性の面でも、アノミーな土台は生き続けた。

中国の儒教は「先祖の血(祖先崇拝)」を絶対的な宗教としたけども、日本は大陸の儒教や仏教を入れつつも、土着の「神道(八百万の神)」という、ほとんど無秩序で何でもありの多中心的な宗教観を捨てなかったんだ。

おかげさんで、社会が「儒教の教え(=血縁絶対主義)」に100%染まることもなかったし、儒教の「直系・長幼の序」という便利な『統治の型』だけを道具として利用し、中身は日本独自の「家の存続第一主義」にカスタマイズすることができたという筋書きだ。

もっと突っ込んで言えば、分裂生成って考えがここでも作動してるんだ。

つまり、朝鮮半島や中国南部との差異化を図るために、あえてその融通性の高いシステムを採用したとも考えられるだろうな。『俺たちは、一応文明人だけど、あいつらとは一味違うんだ』って奴だ。

4.家督の単独相続と分家という名の細胞分裂

中国の共同体家族は、息子全員に財産を分けるため、一族の土地がどんどん細分化され、全員が貧窮化するか、あるいは巨大な宗族の中に留まり続けるしかなかったんだ。共同体家族システムそのものだ。

一方で、日本の「アノミーから着地した直系家族」は、驚くほどシステマチックに社会を新陳代謝させることに成功したんだ。

後継者(主に長男)が「家」の苗字と財産を丸ごと継承する。次男以下は、そのまま家に残れば「家臣」「使用人」あるいは「部屋住み」ってニートみたいなもんになるしかないんだけど、経済的余裕があれば、新しい土地で「新しい苗字」を名乗って独立、つまり分家することもできたんだ。ラーメン屋ののれん分けみたいなもんだ。

しかも、こうして分家した瞬間、なんと元の本家とは「別の直系家族」としてカウントされ始めるんだ。この「苗字による分化 = 新しい直系家族の誕生」というプロセスが無限に繰り返され、社会全体が自立した中小の「経営体(イエ)」の集合体へと再編されていったわけだ。

2026/07/04

POST#1897 いきなりですが、中上健次と日本神話の時間です!

熊野速玉大社 大楠
 唐突だけれど、俺は中上健次🔗の小説が好きだ。全集でそろえているのは中上健次だけだといっても過言じゃない。まだ若く貧乏だったころ、地元の古本屋の出物を無理して買ったものだ。俺は若い頃、中上健次の墓に参って、その敷石を一つ持ってきたことすらある。そのすべすべした石は、今も俺の家にあるんだ。内緒だぜ。

すでに亡くなって30年以上になるが、彼を超えるような作家はもう出てこないんじゃないかと思っている。とりわけ、『岬🔗』、『枯木灘🔗』、『地の果て 至上の時🔗』、『千年の愉楽🔗』などの路地サーガともいうべき、熊野の被差別部落・路地を舞台にした一連の作品群は、重金属を無理やり飲み込まされるような強烈な世界観を持っている。

中上健二の路地サーガに出てくる主人公の秋幸は、『茨の龍』といわれた悪党・浜村龍蔵という無頼漢の息子だ。しかし、母親は龍蔵に他の女がいたため、父親のちがう兄や姉たちを連れて、別の男と所帯を持つ。これは昨日話した、現在進行形の日本の家族形態の崩壊状況とそっくりだな。この一連の路地サーガ、特に『岬』『枯木灘』『地の果て至上の時』は中上健次自身の人生を下敷きにしている話だとされているんだけれど、主人公の秋幸は、この町を陰から支配する蠅の王とも呼ばれる本当の父親に反発しつつ、否応なくその人生と絡み合って物語を織りなしてゆく。

そして秋幸は、第一作『岬』では、娼婦としてはたらく腹違いの妹さと子と交わる。第二作の『枯木灘』では腹違いの弟である龍蔵の息子を殺す。さらに第三作目では、父親である龍蔵を自殺に追い込み、自らの出自であった被差別部落の跡地に火をつけ、煙のように消えてしまう。

この陰惨で豪壮な神話的なエピソードは、俺には太古の家族構造を反映してるように思われる。

とりわけ、主人公・秋幸が実父である浜村龍造に、腹違い(異母)の妹・さと子と関係を持ったことを告げ、復讐したような気分になったとき、龍蔵自身は、そんなことをまったく気にする風でもない。まさに古代日本の「同母不婚・異母可婚」という、混沌とも言える太古の家族構造・神話的タブーの記憶を完璧に反映し、現代に召喚した文学的トポスだ。

ここに俺は、日本神話の原型を見る。

古事記に描かれた国生みだ。伊弉諾(イザナギ)と伊弉冉(イザナミ)は、その名前の相似形から兄妹神と考えて間違いないだろう。『古事記』はイザナミの呼称を「妹」と記すんだけれど、「妹」という文字は「イモ」と読み、上代日本語では愛しい女性への呼称とされているよね。だが、碩学西郷信綱🔗先生は『近親相姦と神話—イザナキ・イザナミのこと』(『古事記研究』、1973年)で、これは文字通り解するべきであり、日本は兄妹の近親相姦によって創造されたとする記録なのではないかと論じているんだ。ほかにもこの説を補強する研究はあるんだけれど、煩雑になるのでここでは端折っておこう。

イザナギとイザナミの神話は、比較神話学において「洪水型兄妹始祖神話🔗」、あるいは大洪水に限らない広義の「兄妹婚型始祖神話🔗」という世界的な神話類型に深く合致しているとされているんだ。この類型に当てはまる具体的な根拠と共通点は以下の通りだ。

1. 世界の混沌・未完成状態からの出発

多くの兄妹始祖神話では、大洪水などの災害で人類が滅亡し、生き残った兄妹だけが取り残された状態から始まるとされる。

『古事記』では大洪水こそ起きていないが、世界はまだ固まっておらず「漂える脂のよう」な混沌とした状態だったわけだ。そこに二神だけが降り立ち、国造りを始めるという状況設定が共通しているといえるだろう。

2. 「近親相姦(兄妹婚)」のタブーと儀礼

人類が兄妹しかいないため、世界の再生には兄妹での婚姻(近親婚)が不可避となる。これは仕方ないな。

しかし、ここには強いタブーが伴うんだ。

神話の共通パターン:としては、兄妹が結婚しようとする際、天の意志を確かめる儀礼やテスト(山を回る、火を飛び越えるなど)が行われるんだ。イザナギ・イザナミの例でいえば、 二神は「天の御柱(みはしら)」を左右から回って出会うという儀礼を行うことになってるんだよね。このパターンにばっちりだ。

3. 最初の失敗(不完全な子の誕生)

兄妹婚のタブーを犯したり、儀礼の手順を誤ったりすることで、最初に「不完全な子供」が生まれてしまう点もこの類型の大きな特徴だ。

世界各地の神話:では肉の塊や、手足のない子が生まれて川に流す描写が多く見られる。

イザナギ・イザナミの例では、女神であるイザナミから先に声をかけたため、不完全な子である「蛭子🔗(ヒルコ)」や「淡島(アワシマ)=淡路島」が生まれちまったんで、葦の船に乗せて流してしまう事になるんだ。この蛭子こそ、大漁の神様七福神でおなじみの恵比寿🔗さんだ。蛭子能収🔗じゃないぜ。

4. 儀礼のやり直しと世界の繁栄

占いや天神の教えによって儀礼を正しくやり直し、そこからようやく五体満足な子(=新しい人類や豊かな国土)が生まれて世界が再生に向かうことになるんだ。

イザナギとイザナミも、男神から声をかける形に修正したことで、大八島(日本列島)や様々な神々を無事に生むことができたわけだ。

2018/03/26

Post #1705 僕は、自分自身のために、この人生という泥沼の局地戦を戦っていきたい

2001年12月、どこかで。
人の一生は、それは短く儚いもので、如何様に成功し、あるいは失敗したとしても、それは単なる局地戦でしかありえないものだとも思える。
仮令、人類史上に燦然たる足跡を遺そうとも、それとても時間の流れの前では瞬く間に陳腐なものとなり、ほどなく忘却されるのは、論を待たないであろう。
ピラミッドのように、数千年遺る仕事を成し遂げたとて、悠久なる時間の流れは、個々の人間の存在など、大河の一滴のように押し流していってしまう。
いわんや、一人の人間の運命と決断が、この銀河系宇宙の趨勢を決するなど、スターウォーズの中くらいしか、あり得ないだろう。

この世の中を基準にしている限り、自分の人生は、虚しい局地戦でしかない。

『マッチ擦る つかのま海に 霧深し 身捨つるほどの 祖国はありや』寺山修司

ふと、そんな短歌を口ずさむ。

自分自身は、自分にとって、国家よりも社会よりも大きな存在だ。

これは僕にとって、自明の理だ。しかし、そう思っていない人たちも、たくさんおいでなんだと思う。OK、それはそれでノー・プロブレムだ。しかし、自分を棚上げして、地に足のつかない言説を弄する様を見ているのは、気が滅入る。どうせ、本気なわけでもあるまいに。

僕は、自分自身のために、この人生という泥沼の局地戦を戦っていきたい。

2015/11/20

Post #1683 選択の自由

何事も、選択の自由というものが必要ではなかろうか?
とはいえ、人は往々にして、水が低きに流れるように、安楽な途を選ぶものだけれど。
読者諸君、失礼する。願わくば、自分の前途に艱難辛苦と波乱万丈、疾風怒濤と痛快無比なる後半生があらんことを!

2015/11/17

Post #1679 何時だって、死ぬにはもってこいの日だ


もし、今日という日が、人生最後の一日だとしたら、僕はどう生きるだろう?

朝、仕事に向かう道すがら、毎日眺める風景を見ながら、ふとそんな事を思う。
このいつでも目にしている風景が、今日で見納めだとしたら?
愛している人たちとも、今日でお別れだとしたら?
手掛けている仕事も、将来に抱いている夢も、すべて途中で放り出さなければならないとしたら?

くだらないことで、いさかったりしている訳にはいかない。つまらない意地をはって、自分自身の気持ちを偽る訳にはいかない。
人生最後の仕事を、適当に流す訳にもいかない。
大切なひとに、誠意と愛情を注がずに過ごす訳にはいかない。
たとえ、身も心もガタガタでも、唇を噛みしめて、すくっと立って最後の一日を生き抜かない訳にはいかない。

人生最後の日は、いつくるかわからない。それは今日かもしれない。
だから、この何気ない毎日を自分自身のかけがえのない人生として、考えないと本当に生きていることにはならないと思える。

読者諸君、失礼する。何時だって、死ぬにはもってこいの日だ。

2015/03/05

Post #1429

大昔に金沢で・・・。
朝の5時半まで働いて、家に帰ってすやすやと気持ちよく眠っていたら、銀行からの電話で起こされた。
俺はATMの窓口に通帳を忘れていたらしい。まいったな。
俺は一度起こされると、眠れなくなるので、これは有難迷惑な話だ。
しみったれた金しか入っていない通帳よりも、今日の睡眠の方が大切なのに。

しかも、今日の今日、いつもならまだゴロゴロしているような時間に、急遽現場の手直しをすることになったから行ってくれないかという。
渋りながらOKしたんだが、当然今夜も夜勤だ。そうすると、14時間も拘束されてしまう。そうでなくても、いろいろとやるべきことは山盛りなのに。

畜生め!今日はアマゾンから待ちに待ったノエル・ギャラガーのCDが届くことになっていたんだが、そんなことしていたら今日、そのCDを聴けないじゃないか!
仕事とロックと、どっちが大切だと思ってるんだ?
ロックが大切に決まってるだろう

まったく憤懣やるかたない。

仕方ない。しっかり請求させてもらうぜ。一日いくらで契約してても、一日の作業には限度があるのさ。俺だって、マシンじゃないんだ。
睡眠時間を削って、女の子と遊んでみたり、プリントに没頭してみたりするのは全然苦にならないんだが、こういうのは本当に堪えるぜ。

こんな時、携帯電話を叩き壊したくなる。
実は以前にも一度、現場で電話していて、あんまりにも腹が立ったんで、思わず携帯電話を叩き壊したことがあったな。携帯電話屋がどうやったらこんなふうに壊れるのか、不思議がっていたぜ。

出来る事なら、このひも付きの生活を見直したいものだ。

睡眠が必要なんだ。そうじゃなかったら、ヒロポンとか打たないとやってられないよ。ヒロポンってのは覚醒剤だ。現場で歳食った職人さんなんかと話していると、大昔は突貫工事の時なんか、みんなヒロポンを薬局で買ってきて、打ちまくって仕事していたそうだ。
スゲー時代があったもんだ。癖になったら大変だぜ。
因みに、戦争中の日本軍は、このヒロポンを打ちまくって戦争していたらしい。そりゃ、残虐行為もへっちゃらになっちまうだろうよ。

ザ・ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズは9日間眠らなかったことがあるそうだ。
そんな不滅な体力が欲しいが、かみさんに話したら、そんなのシャブやってるに決まってるって一蹴されたぜ。
なんといっても、キースは身体から覚醒剤だのコカインだのの成分を抜くために、スイスの血液銀行で血液を総入れ替えしたっていう伝説があるくらいの奴だからな。しかも、その後に言った言葉が振るっていやがる。『これでまたシャブが楽しめる!』ときたもんだ。本当か嘘かわからないけれど、キースならあり得ると思えるところがいいところだ。

クソ!もう今日は眠るのはやめだ。このままシャワーを浴びて起きていることにするぜ。

読者諸君、失礼する。眠らないで済む秘訣は、飯を食わないことさ。道理で最近体重が減りまくるわ、立ちくらみはするわ、白髪は増えるわだ。たまらないぜ。

2015/01/02

Post #1367

八坂神社、京都
平穏安穏に見える元旦で、目を引いたのは京都で58年ぶりだかの大雪で、積雪16センチというものだった。
それくらいの雪なら、俺の棲んでる尾張でも2、3年に一度は降る。驚きはしないさ。つい先日もドカ雪だったしな。今日初詣に行ってきた岐阜の山の中の寺も、まるっきり雪国だった。いつものことだ。
むしろ、京都の冬というと、雪のなかにたたずむ神社仏閣をイメージしていたが、それこそ俺が勝手に思い込んでいた風呂屋の書割的なイメージだったのだなぁと、納得反省する次第だ。
まぁ、そんなことでずいぶん昔にふらりと立ち寄った八坂神社の狛犬の写真で行ってみよう。今見ると、もっと空をググッと焼きこんどけばよかったな。画面が締まるというものだ。締まっていいのはアレばかりじゃないのさ。

八坂神社は明治の廃仏毀釈までは仏教の護法神で疫神でもあった牛頭天王を祀っていた。それが廃仏毀釈で神社に仏教の神様ちゅうのは具合が悪いってんで、牛頭天王=蘇民将来伝説の武塔天神=素戔嗚尊ということになったわけだ。
スサノオ、素戔嗚尊。
俺が神様としてまず思い浮かべるのは素戔嗚尊だ。
母を亡くして泣き叫び、山々の木々を枯渇させる神。
天照大神に反発し、乱暴狼藉し、追放される神。
八岐大蛇を倒し、妻を得て、初めて和歌を作る神。
さまざまな樹木を生み出し、その用途を教え示す神。
俺がしばしば参拝しに行く、熊野本宮の祭神、家都美御子大神も素戔嗚尊と同一だという説もある。
スサノオの神話は広く知られているだろうから割愛するが、俺には、その神話は、漢としての生き様の祖型(アーキタイプ)だと思える。いうなれば元祖男一匹だ。
原哲夫のマンガ『花の慶次』の原作、隆慶一郎の『一夢庵風流記』は、俺の座右の書と言っても過言ではないんだが、漢とは何か、漢らしく生きるとはどういうことかということを、これでもかというほど示してくれる。心が塞いだとき、何度も読み返すのだ。
この本の没頭に、スサノオと傾奇者について触れた一文がある。俺が大好きな文章だ。少し長いが、引用してみよう。休みだから時間があるのさ。



 『かぶき者』はまた『傾き者』、『傾奇者』とも書く。最後の書き方が最も端的に言葉の内容を示しているように思われる。ほかに『傾く』という動詞や、『傾いた』という形容詞もある。
 つまりは異風の姿形を好み、異様な振る舞いで人を驚かすのを愛することを『傾く』と云ったのである。
 久しい以前から、この言葉が、私の胸の中で格別に大きな位置を占めるようになって来ていた。


(中略)


『傾奇者』はいつの世にもいる。
 室町時代の『ばさら』と呼ばれた佐々木道誉、戦国期の織田信長、慶長の大鳥逸兵衛、明暦の水野十郎左衛門。数えあげればきりがない。
 彼らは一様にきらびやかに生き、一抹の悲しさと涼やかさを残して、速やかに死んでいった。ほとんどの男が終りを全うしていない。
 『傾奇者』にとっては、その悲惨さが栄光のあかしだったのではあるまいか。
 彼らはまた一様に、高度の文化的素養の持主だった。時に野蛮とも思われる乱暴狼藉に隠れてはいるが、大方が時代の文化の先端をゆく男たちなのである。田夫野人とは程遠い生きものであり、秘かに繊細な美意識を育てていたように見える。それがまた一様に『滅びの美学』だったのではあるまいか。
 そして最後に、彼等は一様に世人から不当な評価を受けているように思われる。或いは我から望んでそうした評価を受けようとした節さえ見られる。なんとも奇妙な心情であるが、彼等はそこに世の常とは違って、一種の栄光を見ていたような気がする。それこそ滅びの美意識の最たるものではないか。私は彼等の中に正しく『日本書紀』に書かれた素戔嗚尊の後裔を見る。

『故れ天上に住む可からず。亦葦原中国に居る可からず。宜しく急に底根国に適ねといひて、乃ち共に神降去りき(Sparks註。高天原で乱暴狼藉があったので、天上にも地上にも住んではならないとして、速やかに地の底の国に去れと追放されたのである)
 これが神々の素戔嗚尊に下した宣告である。

『時に霖(ながあめ)ふる。素戔嗚尊青草を結ひ束ねて、蓑笠と為し、宿を衆神(かみがみ)に乞ふ。衆神曰さく。汝は此れ躬(み)の行濁悪しく(おこないけがらわしく)して、遂謫め(やらいせめ=追放刑に処される)らるる者なり。如何にぞ宿を我に乞ふぞといひて、遂に同に距ぐ(ともにふせぐ=つまりだれも宿を貸さなかった)。是を以て風雨甚しと雖も、留り休むことを得ず。辛苦(たしな)みつつ降りき』

 私はこの『辛苦みつつ降りき』という言葉が好きだ。学者はここに人間のために苦悩する神、堕ちた神の姿を見るが、私は単に一箇の真の男の姿を見る。それで満足である。『辛苦みつつ降』ることも出来ない奴が、何が男かと思う。そして数多くの『傾奇者』たちは、素戔嗚尊を知ると知らざるに拘らず、揃って一言半句の苦情も云うことなく、霖の中を『辛苦みつつ降』っていった男たちだったように思う。
(隆慶一郎 『一夢庵風流記』新潮文庫版9~13頁)

男なら、斯くの如くありたいというものだ。
きっとそういう馬鹿野郎は、少数派なんだろう。
まず、まっとうな勤め人には傾くことは許されないのが、この日本の社会だ。けれど、俺は今まで自分の趣味を貫き通すためだけに、仕事に打ち込んできた。その挙句、事なかれ主義の連中からは、理解不能な変人とされてきた。おかげさまで今では性質の悪い一匹狼だ。
凶暴性と知性教養を同居させ、秘かに独自の美意識を育みたい。そして、自分の生き様によって招いた困難を、自らの宿命として黙って受け入れていきたい。
俺の写真も言うまでもなく、自分の持つ美意識の発露以外の何物でもない。
また、俺が奇抜な風体を好むのも、自ら傾奇者の系譜に繋がるものでありたいとの願いの現れだ。
万人に理解されなくても致し方、ござらぬ。
今更自分を曲げる訳にはまいらぬでな。
艱難辛苦、かかってこいやぁ!だ。
それこそが男の生きる道だろう?まったくロックンロールだ。

読者諸君、失礼する。京都の雪の話から、ずいぶん脱線してしまったなぁ。しかし、俺の頭の中はいつもこんな調子でグルグル回転してるのさ。

2014/09/27

Post #1270

木曽福島 御嶽教教会にて
子供のころから見慣れている御岳山が噴火した。
俺の育った濃尾平野から、少し小高いところに登れば、東北方面に御岳山や恵那山が、西北方面には伊吹山が遠望できた。だから、何となく親しみを持っている。
御岳山の噴火自体は、俺の人生で何回か起こっているが、今回は規模も大きそうだ。死者や行方不明者も出ているようだ。折からの登山ブームで多くの人々が山頂付近にとり遺されているという。速やかに救出されるよう、願うばかりだ。

写真は、ずいぶん昔にリバーサルフィルムで撮ったもので、御岳山のふもと木曽福島にある御嶽教の教会に祀られている神々の像だ。
中央に鎮座し、目が三つあるのが國常立尊、左右が大己貴命、少彦名命だろう。そして全面中央に杖を突いて座っているのは、御岳登拝を拓いた覚明行者であろう。

國常立尊は、日本書紀では最も初めに現れた神だと言われている。
大本教では開祖出口なおに神懸った『艮の金神』こそが、この國常立尊とされている。それによれば、かつて神界を治めていたのだが、その統治に不満を持つ神々に、鬼門の方角である艮に封印されていた神であるされている。
いずれにしても、古い荒ぶる神なのだ。
それは、この像のどことなく不気味で威圧感のある容貌からも、なんとなく伺えるような気がする。
荒ぶる自然のエッセンスが込められているようだ。そう、八百万の神々は、ほとんどが自然現象の擬人化された姿なのだ。

読者諸君、失礼する。自然の力は、人間には抗うことなんか出来やしない。

2014/09/21

Post #1264

加古川
久々に家に帰ってみると、市役所から市県民税の督促状が届いていた。
33000円。
がっくりだ。
俺の棲む町の収税課の小役人は、いつも言うように、納税者が首をつろうがどうしようがお構いなしっていう、酷薄な奴らなんだ。それを思うと、むかっ腹が立ってくる。しかし、仕方ない。いまから銀行に行って金を引き出して、コンビニで払ってくるとするか。

読者諸君、失礼する。俺はいつも、役人をぎゃふんと言わせてやりたいと思ってるんだけどな。

2014/08/06

Post #1218

Hiroshima
ロング・タイム・アゴー、69年前

 原子爆弾が落ちてきて

 何十万人もの人が死んでいったのさ


ロング・タイム・アゴー 69年前

 8月6日の朝 8時15分

 何の罪もない人が死んでいったのさ


ロング・タイム・アゴー 69年前

 人間の歴史で初めてのことさ

 この日本の国に、原子爆弾が落ちたのさ


知ってるだろ?

美少女も美男子も

たった一発

顔は焼け爛れ髪の毛抜け

血を吐きながら死んでいくのさ


ロング・タイム・アゴー 69年経った今

 まだ苦しんでる人がいるのに

 どうして原子力がそんなに大事なんだろう?



原子爆弾ブルース!



ロング・タイム・アゴー 69年前

 原子爆弾が落ちてきたことを

 日本のお偉い人は

 いったいどう考えてるんだろう?

ロング・タイム・アゴー 69年経った今

 原子爆弾と同じようなものが

 おんなじこの国に

 つぎつぎとできている。
(The Timers 『LONG TIME AGO』)


今日は広島の原爆忌。
忌野清志郎が、こう歌ってから25年。本来は44年前だ。そのころは俺も浮ついた若者だった。
そして、4分の1世紀がたったいま、世の中ますますとんでもないことになってる。広島だけじゃなく、福島だって今でも苦しんでる人がたくさんいる。どうして原子力がそんなに大事なんだろう?
いったいぜんたい、にっぽんのお偉い人は、どう考えてるんだろう?
いったいぜんたい、にっぽんの庶民の皆さんは、どう考えてるんだろう?

読者諸君、失礼する。二度とそういうことが起こらないように、戦争のできる軍隊を持とうって考えてるんだろうか?もちろん、あの時も疲弊し切ってはいたが、軍隊はあったよ。

2014/07/19

Post #1200

加古川、兵庫県
最近、ずっと心の中に響いている、忌野清志郎の言葉

『Yeah、熱いぜ Baby!

Woo,Alright 渋谷公会堂Baby、Alright

今日はこんなにビシビシ盛り上がってくれて、どうもありがとう!どうもありがとう!

Got!OK,感謝します!

Got 感謝 For You!

Got 感謝 For You You You YOU!

Got 感謝 For You!Baby

Got 感謝 感謝、もう、二階で見てるBaby!

Oh,Yeah!後ろで見てるBaby!

前のほうで騒いでるBaby Baby Baby!

Ok,Baby 今日はどうもありがとう!

もう俺たち最後の曲になっちゃいました!

Got!もう俺たち最後の曲になっちゃいました!

三拍子でやると、もう、最後の曲に、なっちゃった!

みたいな?みたいな?みたいなみたいな?

Ok,Baby、今日はどうもありがとう。ゴキゲンだぜ、こんなに盛り上がってくれて。

Alright! 


じゃぁもう、もう、みんなに訊きたいことがあるんだ。

今夜みんなに訊きたいことがあるんだ。Yeah!

今、この国はおかしくなってる。

世界中がおかしくなってる。

戦争ばっかりだ。

21世紀になったら平和な世界が来ると信じていたのに、前より酷くなってる。

この国もおかしくなってる。

戦争に加担して、いずれ軍事政権を作ろうとしてるんだ。

いずれ軍隊を持とうとしてるんだ、Yeah!

世の中物騒だ、不景気だ!不景気だ、不況だ。

すっと続いてる。ずっと不景気が続いてると、政治家の奴らは必ず戦争をやりたがるんだ。

Alright、Yeah !

殺伐としてる。

世の中殺伐としてる!

政治家は戦争をやろうとしてる!

Yeah!

だから今夜、みんなに訊きたいことがあるんだ。



愛・し・合・っ・て・る・か・い


愛し合ってるかい!

愛し合ってるかぁーい!?



Oh Yeah! 

Oh  Yeah! 

Alright!

Woo!

OK Baby,OK Baby ゴキゲンだぜ!Yeah

ゴキゲンだぜ!Yeah

俺の目に狂いはなかった。愛し合ってる奴らがこんなに来てる。

愛し合ってる奴らがこんな集まってるんだ!

OK Baby!

じゃぁ、もう最後に、特別なラブソングをやります!

そりゃもう、そりゃもう熱いラブソング、ビシビシ熱いラブソング!

熱い、熱い、熱い、熱い、ラァーアァーブソング!

ドシドシぶあつい、ラァーアーブソング!

ドシドシ熱い ラブソング!

Yeah! 

For My Baby!

Got LOVE SONG For My Baby !

For My Sweet Little Baby!

For My Sweet Little 渋谷 Baby!

Alright!

お送りしよう!

それは、熱いラブソング、“Baby 何もかも!”』

読者諸君、失礼する。殺しあうよりも、憎みあうよりも、けなしあうよりも、愛し合う方が絶対に大切だ。ロックが俺たちに教えてくれる。愛し合ってるかい?

2014/06/12

Post #1164


根尾村水鳥
誰だって、最後は煙突から立ち上る煙となって消えてしまう。
もちろん、俺も、君も、どいつもこいつも。
なんだか憂鬱になってきたぜ。
ここんところ、何もやる気がしないのは、このせいか。それとも一年続いた夜勤のおかげさんで、身体の芯まで疲れ切っているのか。
プリントすらやる気にならねぇよ。どうしちまったんだ、まったく。

俺がいつか死んだら、まぁ、そん時はちょいとそこらに棄てといてくれ。あっと、それじゃ死体遺棄でお縄になっちまうのか。面倒くせぇ世の中だなぁ。
根尾村水鳥
人間が一人死んだことを、知ってか知らずか、ネコはのんきなものさ。

読者諸君、失礼する。このシリーズはもう今日でやめるぜ。辛気臭くなっちまうってもんだ。しかし、一体ぜんたい、俺たちの人生ってのには、どんな意味があるんだ?

2014/06/11

Post #1163

根尾村水鳥
根尾村水鳥
今日は仕事が休みだったのに、何をするというわけでもなく、無為に過ぎてしまった。
読者諸君、失礼する。

2014/06/10

Post #1162

根尾村水鳥
火葬場は、駅に隣接している。
初めて見たときは、俺はそれが火葬場とは気が付かず、ごみ焼却施設か何かなのかと思っていたほどだ。
写真でも、奥の方にローカル線のホームが見えるだろう。
このローカル線は、30年ほど前に開通した第三セクターで、樽見鉄道という。
ローカル線のご多分に漏れず、経営は苦しそうだが、毎年桜の時期には、花見客でにぎわう。
この駅のもう一つ奥の終点、樽見から歩いて15分ほどのところに、有名な淡墨桜があるのだ。
大昔、越前から大和に入り、皇統を継いだ継体天皇がお植えになった桜だと伝えられている。
すっかり忘れられ、荒んでいたのを、作家の宇野千代が保存運動を呼びかけ、桜は息を吹き返した。
この葬儀もちょうどそんな季節に行われていた。
駅に電車が停まると、小さな電車にぎっしりとつまった善男善女が、一体この喪服の一団は何をしているんだといった表情を浮かべて、俺たちのほうを見ていたものだ。
まさか、駅のすぐ横が火葬場だとは、誰も思うまい。
ついでに言えば、駅のホームのすぐ横には、墓地が設けられている。
コンパクトな都市計画だ。
火葬場から直行っといった風情だ。
そして何より、生と死が無造作に隣り合っているような雰囲気がたまらない。
本来、生きるってそういうもんだ。縄文時代の集落は、真ん中に墓地があり、そこで人々は、祭りを行っていたと考えられている。どことなく、そんなことを思い起こさせて、愉快な気持ちになる。
根尾村水鳥
スレート葺きの屋根の下には、臨時の祭壇が設けられる。
ここでまた俺は驚いたのだが、実際に焼き場の窯を操作するのは、市の職員とか穏亡さん(これは差別用語なんだそうだ)とかではなく、部落の住民自身だった。
隣のおじさんが、窯に火をともし、火力調整を行うわけだ。
どこまでいっても、Do It Myself 精神が満ち溢れている。
それは、素敵な事のように俺には思える。
俺だって、死んだとき、親しくしてきた人の手で葬られたほうが、きっとうれしいだろうとおもう。まぁ、死んじまってから、嬉しいもへったくれもないか。
窯のくちの前には、『往相門』と『還相門』という額がかかっている。
往相、還相とは、浄土真宗に特有の概念だ。
往相門はもちろん、極楽往生する門を意味している。
そして、還相門は、極楽往生しながら、再び仏の化身として、この世に帰ってきて、未だ救われていない人々を浄土に導き救うという、レイヤーが一段上がった再生を意味するのだ。

かつて親鸞聖人は『道端で苦しんでるやつがいて、それを助けたかったら助ければいいし、助けたくなかったら、放っておけばいい。なぜなら、そこで助けたとしても、それは限定的な救済でしかなくって、救われていない自分たち凡人には、限定的な救いしか与えることはできないからだ。』という意味のことを言っていたそうだ。
そして、それに続けて、『だからこそ、念仏を唱え、阿弥陀仏の本願力にすがって往生し、自ら仏となり、そうして再度この世に還ってきて完全な救済を施すのがいいんだ。』というようなことを語ったそうだ。
壌土真宗は、一般に言われているように単なる他力本願ではない。人間の努力や能力など、しょせんたかが知れているということを、酷烈に認めているわけだ。

そしてそれはどこか、古いアジアの生死観、つまり何度も生まれ変わり死に変わりして、先祖の霊が子孫に宿って再生し、命をつないでゆくという永劫回帰のような世界観とも響きあっているように思える。

読者諸君、失礼する。そこでは、生者の世界と死者の世界が、重なり合っているように思える。あなかしこ、あなかしこ。

2014/06/09

Post #1161

根尾村水鳥
葬列という言葉があるけれど、実際に葬列に出くわすことってのは、あまりないんじゃないかな。
だって、今じゃみんななんとか会館のホールで葬式で、火葬場までは霊柩車だろう?
棺桶を担いでみんなが列をなして歩くっていうのは、21世紀の日本じゃなかなかお目にかかれないよね。
しかし、俺はここでそれを目の当たりにした。

棺桶は、2本の角材の上に載せられ、男たちが担ってゆく。

このあたりの部落には、かならず火葬場がある。
火葬場まで、300メートルくらいだろう。細い路地のような道を、ゆっくりと歩み、棺桶を運ぶ。
ここでは、もう何百年も、こんな営みが続けられてきたことだろう。

けれど、その伝統も、もうすぐ消えてしまうに違いない。
伝統的な生活は手間暇かかるし煩わしい。それに、その営みを支える信仰心が失われてしまったら、何の意味もないのさ。

根尾村水鳥
読者諸君、失礼する。今日はこう見えて忙しいんだ。まぁ、くだらない用事だけれどね。

2014/06/08

Post #1160

根尾村水鳥、ご出棺です

根尾村水鳥、霊柩車は使わない。若い男は棺桶運びだ。
本日、日曜日 なので写真のみ。
読者諸君、失礼させてもらうぜ。