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2026/10/28

POST#1993 油断してでも歩ける平和な日常の価値


今日も厭きずにカニでもどうぞ。今日は京都寺町通のかに道楽。どうしてかに料理は皆これなのか?
今日は朝までたっぷり仕事をしたのに、息子の小学校の運動会があるんだ。
ほんとは先週末だったんだが、雨で延期になったのさ。
俺はいつ眠ればいい?

さて、前回の続きだ。少なくとも今の日本では、スリに会うってうこと自体があんまりないよね。

俺はいつも仕事の際に、ノースフェイスのヒューズボックス(ほら、高校生とか若い子がみんなしょってる長方形のリュックだよ)のチャックを面倒くさくて開けたまま歩いてるけど、中のものが取られたことは一度もないよ。

そもそもからして、中にはそんなに大事なものも入っていないがね。誰が必要にしてるのかわからないような書類とノートパソコンくらいさ。

京都で仕事をしていた時には、観光で来ている善良な外国人に注意されることしばしばだった。彼らは血相変えて注意してくるんだ。その度に、俺は笑ってこういったものさ。

サンキュー、ノープロブレムだ。日本は平和なんだ。

それは世界の皆さんからすれば、本当に驚くことらしい。何より今の日本の「他者を信頼できる治安の良さ」を象徴する、これ以上ない生々しい実体験になることだろう。

バックパックのチャックを開けたまま歩いていても、中身が無事というのは、海外の主要都市(特にスリが横行するヨーロッパの観光地や、アメリカの地下鉄など)の感覚からすると、「奇跡」を通り越して「都市伝説」と言われるレベルの安全さらしい。大袈裟なと呆れるが、それがグローバルスタンダードだ。世界の定説だ。

つまり、「油断して歩ける」という究極の贅沢なんだ。

世界の大方の国では、カバンのチャックを閉めて前に抱え、手で押さえて歩くのが「最低限のマナーというか自衛」とされている。

チャックが開いているバッグというのは、泥棒からすれば「どうぞ盗んでください」というサインでしかないんだそうだ。じゃあ、チャックの空いてるズボンは?(笑)

ほんの数秒、スマホに目を落とした隙や、後ろからすれ違った瞬間に、財布や貴重品は綺麗に消え去ってしまうだろう。

それに対して、日本社会では「他人のカバンが開いていても、誰も盗もうとしない(むしろ『開いてますよ』と教えてくれる親切さがある)」という、凄まじく高いレベルの「相互信頼(ソーシャルキャピタル)」が機能している。それどころか、誰も彼もがスマートフォンを見つめながら歩いている。

これがアメリカだったら、あっという間にノックアウトされて身ぐるみ剥がされることもあり得るんだ。ウルトラアリエールだ。

さて、ここで考えておきたいのが「盗まれない社会」を維持するコストだ。

日本でスリや置き引きが劇的に少ないのは、もちろん警察の優秀さもあるだろう。が、何よりも「わざわざ他人のものを盗む必要がないという社会のポテンシャルがあり、あるいは『盗むのは恥ずべきことだ』という高い規範意識が全員に共有されているからなんだ

そう、これこそ前回君たちと話し合った豊臣秀吉の刀狩りから始まり、江戸時代の朱子学によって「己を律する」ことを骨の髄まで叩き込まれてきた、歴史の地続きにあるリアリティそのものなんだ。

中国のように、お上がカメラで24時間監視しなくても、市民が「お天道様が見ている」「他人に迷惑をかけてはいけない」という内面的なブレーキを持っているからこそ、俺のノースフェイスのバッグの中身は守られているわけさ。

そして、ここに現実の重みを知らない人々との決定的な断絶がある。フォッサマグナみたいな断絶だ、

もし、海外の「ポリコレの皆さん」が俺のノースフェイスのバックパックのはなしを聞いたら、十中八九「いくらなんでもそりゃ嘘だ、そんな社会があるわけないだろ」と否定するか、「それは単一民族的で閉鎖的な特権社会だから成立しているんだ」といった、別のいちゃもんをつけてくるかもしれない。

しかし、彼らがどう言おうと、「チャックを開けたまま歩いても何も盗まれない」というのは、俺が今生きている日本の「紛れもない現実」なんだ。

なにしろ今日も全開だったしな。

この卑近で平穏な現実のありがたみを知っているからこそ、俺たちは「現実を無視した綺麗な空言」の胡散臭さにすぐ気づくこともできる。

そして日本のアニメが描く「何気ない、普通の高校生たちの日常」に、何百年もの歴史が紡いできた本物のリアリティと価値を感じることができるんだ。

もっと話を掘り下げてみよう。

右派の皆さんがなにを言おうが、既に日本社会は多様な民族構成で成り立ってる。息子の小学校にも、ムスリムの子、日系ブラジル人の子、お母さんがトルコ人と再婚し、ハーフの弟のいる子がいる。

だけど、日本に来た日系ブラジル人やトルコ人、イラク人とかネパール人、タイやミャンマーやフィリピン人とかベトナム人とか、とにかく世界の皆さんは、まぁはじめのうちは、文化の違い(あって当然だ。なきゃ面白くないだろ!)からくる多少のトラブルはある。あったとしても、しかし急速に日本人の文化に馴染んでいく。

そして、それが当たり前だと思えるようになってくんだよね。そしてついには本国に帰りたくないと思うようになるのさ。だってここは、お花畑だからな。

こいつは移民や多文化共生をめぐる議論において、非常に本質的で、現場のリアリティに根ざしたどえりゃあ重要な現実なんだ。

だいたい移民てのは、フランスのように同化を強いられるか、移民集団として社会の1階層を作って隔離されるかだ。いずれにせよ、そこには軋轢と葛藤、排除と衝突がある。

欧米の批評家の一部は「日本の治安の良さは単一民族的(排他的)だから維持できている特権だ」と片付けたがる傾向があるようだ。

しかし、現実は違う。

日系ブラジル人、イラク人、ネパール人、ベトナム人、トルコ人など、異なる文化的背景を持つ人々であっても、日本で暮らすうちに「日本の安全や快適さというリアリティ」を当たり前として受け入れ、その文化に急速に馴染んでいくというのは、日本各地の移民コミュニティで実際に起きている強力な現象だ。

特に「子どもはもう本国に戻せない」という親世代の切実な実感には、日本の社会システムが持つ圧倒的な「包摂力(インクルージョン)」が現れていると見ることができるだろう。なぜ?

まず第一に、「安全と平穏」という、人間にとって本能的な心地よさがあるだろう。

秀吉や家康、綱吉たちが長い歴史をかけて作った「銃がなく、夜中に歩けて、カバンのチャックを開けていても盗まれない社会」の快適さは、人種や国籍に関係なく、すべての人間にとって本能的に「圧倒的に心地よいもの」のはずだ。しかも、言いたいことを言っても、秘密警察にパクられたりすることもない。どこに行ってもAIカメラで監視されてることもない。黒人だからという理由で、拘束されたりすることもない。

本国では常に張り詰めていなければならなかった「防犯の緊張感」から解放され、肩の力を抜いて生きられる心地よさを一度知ってしまうと、人間はわざわざ過酷な環境へと戻りたくなくなるというものだ。

ゴミ問題や宗教慣習上のトラブルや言語の壁があっても、「ここなら命の危険がなく、普通に働いて、普通に暮らせる」という事実は、誰にとっても何よりも強力な日本の魅力なんだ。

そして「子どもを本国に戻せない」という親のリアリティ。

特に日本で生まれ育った外国籍の「子ども世代」にとって、日本のリアリティはそのまま彼らの「日常(アイデンティティ)」になる。

まずは治安のギャップがあるだろう。日本の学校に通い、友達と放課後にのんびり遊び、夜にコンビニに行くのが「普通」になった子どもにとって、銃社会や強盗・スリが日常にある本国の治安環境は、あまりにも危険で適応が難しくなるというもんさ。

そして教育環境と将来設計だ。まず、学校に銃がない、いや、街を歩く誰もが、まず銃を持っていない。

たとえいじめがあっても命の奪い合いにまでは発展しない、とは言わないが、必ずリンチを食らうわけでもない。教育、医療、交通、上下水道などのインフラが整っているという環境は、親からすれば「子どもを安全に育てられる唯一無二の場所」に映るのかもしれない。だからこそ、親たちは「もう本国には戻せない、ここで生きていこう」と決意することになるのさ。

そしてなにより、日本の「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」の強力な同化作用だ。

日本の文化や地域社会には、新しく入ってきた人々を、お説教やポリコレのルールで縛るのではなく、「日々の生活のルール(ゴミ出し、挨拶、マナー)」を通じて、じわじわと日本のリアリティの中に巻き込んでいく独自の同化力がある。ちゃんと挨拶して、ゴミ出しのルールを守れば(日本人でも、守れないやつはゴマンといるさ)、コミュニティに受け入れられる。黒人でも、ムスリムでもだ。

さっきも少し触れたけど、欧米の「多文化主義」てのは、耳には気持ちよく響くけれど、実質は人種ごとにコミュニティを完全に分断(セグリゲーション)させることが多い。結果として治安の悪いスラム(ゲットー)を生み、いつどんなきっかけで暴動が起こるのか、毎日が黒ひげ危機一発状態だ。

一方で日本は、地域社会(自治会や学校など)が「日本の普通の暮らしのルール」を共有することを求めるため、最初は衝突やトラブル(文化摩擦)があっても、次第に外国人住民も「ルールを守る側=日本の日常を維持する側」へと変わっていくという、奇妙な、それでいてプラグマティックな包摂システムがあるように見受けられるのさ。

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海外のポリコレ活動家たちは、日本のアニメに「黒人やラテン系を入れろ」と要求しているようだけど、知らんがな。彼らは「多様な人々が、日本の平穏なリアリティ(ルール)に自ら進んで馴染み、その日常の守り手になっている」という、日本の草の根のリアルな共生など見えてないんだ。

確かに日本もいじめはあるし、差別だってないとは言わない。だけど、これって圧倒的に社会のレベルが高いんじゃないかっていう気がするんだよね。

俺は今まで、いろんなところ、まあ、ユーラシアのエッサウィラから台湾までずっといろんなところを回ったけど、うーん、これに匹敵できるのは台湾ぐらいかなっていう感じだよ。

なぁ、日本社会はほんとうに没落してるのか?

俺たちは惨めな生を空費しているのか?

違うだろ?どうにも腑に落ちないぜ。

なにはともあれ、技術も社会システムも、失われたら二度とはもどならいんだ。

2026/10/27

POST#1992 秀吉の刀狩りと家康の銃規制が今の日本社会を生み出したんだ

今日もカニでも食らえ。これは静岡のかに本家だ!ファニーだな(笑)

 俺の生まれた愛知県江南市後飛保🔗って土地は、最新の歴史学研究では、あの木下藤吉郎こと後の豊臣秀吉が生まれた場所なんじゃないかという説があるらしい。奈良大学の河内将芳🔗教授が提唱しているようだ。
秀吉が生きていた時代(秀吉が関白になる際)に側近の大村由己が書かせた『天正記』内の『関白任官記』(任官之記)にある「尾張国飛保村雲」という記述を根拠としているそうだ。定説では、尾張中村つまり今の名古屋市中村区出身とされている。がしかし、もしそうだったら、木曽川の流れの生み出した自然堤防が現在の道となっているため、まっすぐ直行する道の少ない俺の生まれ故郷のうら寂しい一帯が、ちょっと面白く見えてくるってもんだ。

さて、閑話休題。

現代の日本の高いソーシャルキャピタル(社会関係資本)や「深夜3時でも安全」というリアリティは、一朝一夕でできたものでない。数秒の誤差もなく定刻に到着し出発する電車なんかもそうだ。そんなもの、世界的に見て、非常に珍しい代物だ。こんなものが、一朝一夕にできると思う方がどうかしてる。

日本のソーシャルキャピタルが、世界的に見てこれほど異常なレベルで高く維持されてきた原因の1つは、すごく遠くにあると俺はにらんでる。

そう、冒頭に話した豊臣秀吉が断行した刀狩りや、徳川家康が断行した厳格な銃規制。そこに因縁があると俺は思ってるんだ。

何百年も前に遡る豊臣秀吉の「刀狩り」と徳川家康(および江戸幕府)による徹底した「銃・武器規制」こそが、日本人の「非武装の文化」と「お互いを信頼する社会構造」の決定的なターニングポイントになったという説は、歴史学や社会学の観点からも非常に強く支持されています。

なぜその400年以上前の政策が、現代の日本の治安の良さにダイレクトに繋がっているのか、その因果関係を紐解いてみよまい。

秀吉の「刀狩り」。それは暴力の独占と「民衆の非武装化」だったんだ。

秀吉が1588年に断行した「刀狩り」の最大の功績は、「民間人が武器を持って自らを守る(自力救済の)時代」に終止符を打ったことだ。

マックス・ヴェーバー🔗が国家とは暴力の独占機構だと喝破する300年も前に、武装=暴力を権力に一元化しやがったわけだ。時代感覚が狂ってるぜ。世界には今でも住民が銃を持つことが合法とされている国はゴマンとある。

中央アジアから中近東にかけて、対テロ戦争という終わりのない戦いに挑んだアメリカは、現地の民兵に苦しめられた。そして、そのアメリカ自体も、何度学校に無差別銃撃が起こっても、国民が銃で自衛する権利を手放そうとしない。煎じ詰めればヴァイオレンスでしかヴァイオレンスを抑制できないと信じている国民性なんだ。

じゃあ、それまでの日本、つまり室町戦国時代の日本がどんな有様だったかって?

みんな黒澤明の七人の侍なんか思い浮かべるかもしれないな。無法な野武士たちの略奪にさらされ、領主からは年貢を搾り取られながらも、安全保障など期待できず、怯えながら生きる、それでいてしたたかな連中の姿だ。

しかし、現実は違ったんだ。

 農民も商人も全員が武器を持ち、村同士の境界線争いや水争いは、自分たちの武力で解決するのが当たり前だった。

清水克之🔗の『室町は今日もハードボイルド🔗』を読めば、そんな実例が詳細に記されている。わずかな土地と利権をめぐって、隣接する村落が、局地戦を繰り広げる。守護大名が配下の守護代に鎮圧を命じる。派遣された武士団とも衝突する逞しいったらありゃしない民だ。守護代は自らの手勢だけでは抑えきれず、血縁を頼って遠国より応援を呼んで、何とか仲裁・鎮圧するというほどのヴァイオレンスぶりだったわけだ。

これは現在の「誰もが銃を持って自衛するアメリカ」の構造と全く同じだ。いや、それ以上のものがある。懐かしい永井豪の漫画、バイオレンスジャック🔗や原哲夫の北斗の拳🔗みたいな世界だ。モヒカンでどこから調達したか不明なガソリンで動くバイクに乗ったならず者はいないが、ちょんまげに槍や日本刀で武装した百姓町民がそこいらでちゃんちゃんバラバラやっていたんだ。

そんな状況に終止符を打ったのが、日本全国の武力による統一を成し遂げた豊臣秀吉だ。

刀狩り以降: 武器を持つ権利を「侍(お上の警察力・軍事力)」だけに制限し、民衆から「暴力という手段」を物理的に奪いました。

それだけにとどまらず、総無事令や喧嘩停止令を発布し、武力衝突で争い、シロクロつけることを禁止したんだ。

いいかい、それは戦国時代の終わりを告げるものだったんだぜ。戦国時代の大きな特徴は、「自分の身や土地は、自分の武力で守る(自力救済)」という文化だった。秀吉はこれを法律で禁止したわけだ。今のアメリカよりも遥かに進んでいる。

惣無事令は、大名同士の私闘を禁止する命令だ。「大名間の領土争いは、戦ではなく天下人(秀吉)の裁定に委ねよ」と命じ、これに違反した島津氏や北条氏を討伐する大義名分としたわけだ。つまり、俺の言うとおりにしないと、日本中を敵に回すぞってことだ。

一方で喧嘩停止令は、 百姓・村同士の武力衝突を禁止する命令だ。山や水を巡る村同士の日常的な争いに対し、武器を使って解決しようとした者は厳罰に処されることになったわけだ。

これにより、トラブルが起きた際に「力で解決する」のではなく、「行政や話し合いで解決する」という社会的ルール(法治の基礎)へ移行する道筋が日本社会に生まれたといっても過言ではないだろう。

そして、この秀吉の敷いたレールをさらに延伸したのが徳川家康の『銃規制』だ。これこそ、世界でも類を見ない「銃の放棄」だ。

戦国時代の日本は、実は世界で最も鉄砲(火縄銃)を多く所有・製造していた「超・銃社会」だった。当時のヨーロッパ全土にあるよりも優れた銃がより多く存在していたんだ。織田信長が組織的な銃の戦術的使用を極限まで推し進めたおかげさまだ。

しかし、豊臣家を滅ぼし、元和偃武を成し遂げた徳川家康とその後の江戸幕府は、世界史でも奇跡と言われる「国家規模での鉄砲の廃絶・徹底規制」を成功させちまったんだ。

それを可能にしたのは徹底した一元管理システムだ。幕府は鉄砲の製造場所(国友や堺など)を完全にコントロールし、許可なき製造・所持を厳罰に処すとしたんだ。

また、大名といえど、江戸に鉄砲を持ち込むことは許されなかった。

250年以上続いた江戸時代を通じて、日本人は「日常空間に飛び道具(銃)が存在しない社会」を当たり前のリアリティとして骨の髄まで染み込ませてきたわけだ。そう、「銃を持たない日常」の定着だ、

この歴史的経験があるからこそ、明治維新で近代化(廃刀令など)し、戦後に銃刀法が制定された際も、日本人は大きな抵抗なく「民間人は武器を持たない」というルールを受け入れることができたわけだ。

ここに、現代のアメリカとの決定的な違いがある。

アメリカがなぜ「誰もが銃を持てる社会」から抜け出せないかと言えば、彼らの建国の歴史が「民衆が自前の銃を持ってイギリス王室(国家の暴政)と戦い、勝ち取った国」だという建国のナラティブがあるからだ。

だからこそ、これが合衆国憲法修正第2条の根拠となってるんだ。

彼らにとって、銃を捨てることは「自由の放棄」を意味するため、現実から一歩を踏み出すための歴史的土台が日本とは根本的に異なっているんだ。

銃で意見の異なる者を撃ち倒す。その考えが社会の根底にあるんだ。そして、人は必ずしも、善良ではない。だから、その銃で自らの悪をなす自由を行使して、他者を害する者は絶えない。そんな社会で、夜中の3時に若い女の子がループで都心を駆け回ることができるとお思いか?

一方で日本は、秀吉や家康という強力な統治者によって、400年も前に「民間人は武器を持たず、お互いに不意打ちで殺される恐怖のない空間」の土台が完成していたんだ。

一朝一夕ではないってのは、そういうことさ。

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「自分の身は自分で武器を持って守る」という過酷なリアリティを背負い続けているアメリカと、400年かけて「武器を持たない、他者を信頼する」というリアリティを熟成させてきた日本。

この社会の相違は、秀吉の刀狩りや家康の銃規制という歴史の超長期的な社会運営があるからこそ、「武器を持たない丸腰の女の子が、夜中に1人で出歩ける」という、世界中が嫉妬するほどのソーシャルキャピタルが今なお維持されているんだ。

これに加えて江戸時代、5代将軍綱吉などが積極的に取り組んだ朱子学の社会への復旧が、日本人の気性を決定的に変えた。

それまでは戦国の荒々しい気風を残した社会だったのが、これでがらりと変わってしまったわけだ。

『生類憐みの令🔗』で悪名たかい徳川綱吉🔗の時代における「武断政治から文治政治への大転換」と朱子学(儒教)の本格的な社会浸透こそが、日本人の気性を戦国・荒野の気風から、現代に続く「極めて道徳的で平穏な気風」へとドラスティックに変えた決定的な出来事だ。

そう、武士は戦士からサラリーマン的な官僚へと、変わったわけだ。

秀吉の刀狩りや家康の武器規制が「物理的な武装解除」だったとすれば、綱吉たちの政策は「精神的な武装解除」でだったわけだ。それまでの日本社会は「戦国の余韻」が色濃く残り、博打、辻斬り、誘拐、盗賊、そして暴力による自己主張(かぶき者など)が横行する、非常に血生臭いリアリティの中にありました。

この野蛮とも言える戦国気質が、なぜ綱吉の時代を境に「ガラリと変わった」のか?

綱吉は「戦国気質」の解体という大仕事に挑んだんだ。

5代将軍・徳川綱吉は、歴史の教科書では「生類憐みの令」の悪政ばかりが強調されがちだか、それはステレオタイプなものの見方だ。木を見て森を見ずって奴だ。

近年の歴史研究では「日本の治安と道徳観を近代レベルにまで引き上げた名君」として非常に高く再評価されているんだぜ。

命を軽視する風潮の撲滅: 当時はまだ「気に入らない奴は斬る」「行き倒れの人間や老親は捨てる」「生まれたばかりの間引き(嬰児殺し)は日常茶飯事」という、命を極めて軽く扱う戦国のリアリティが生きていた。

綱吉は「生類憐みの令」によって、動物だけでなく、捨て子、病人、老人、妊婦の保護を徹底的に義務付け、「命を大切にする」という当たり前の倫理を国家権力で人々に強制学習させたわけだ。賢人君主だな。

その一方で暴力への徹底的な処罰を推し進めたんだ。路上での喧嘩や博打、辻斬りに対して厳罰を科し、「力で物事を解決する男らしさ(=戦国価値観)」というマッチョイズムを犯罪化して、社会から徹底的に排除していったんだ。

そしてその思想的バックボーンとして、朱子学🔗(儒教)の浸透を推進して、道徳のシステム化を目論み、見事成功させたんだ。

綱吉は自ら熱心に『論語』や『易経』を講義するほどの学問の徒だった。湯島聖堂(のちの昌平坂学問所、さらに後の東京大学)を建てるなどして、朱子学🔗を統治の基本イデオロギーとして社会の隅々まで普及させたんだ。

朱子学が日本人に教え込んだのは、今も日本社会に息づく平和な「社会のリアリティ」だ。

まず秩序と役職(名分論)だ。

朱子学は、というか幕府はというべきか、親は親らしく、子は子らしく、自分の社会的立場を守り、他者と調和することを掲げた。

そして克己、つまり自己コントロールの大切さを人々に植え付けた。これによって、 己の欲望や暴力的な衝動を抑え、理性的(つまり道徳的)であることを促したんだ。

これが、武士階級だけでなく、都市の町人や農村の指導者層(名主など)を通じて文字通り「日本人のOS(基本OS)」としてインストールされて現在に至るわけだ。

この結果、日本人は「他者の目を気にし、社会のルールを守り、お互いを尊重し合う」という極めて高い社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の精神的土台を手に入れたんだ。

そして、その歴史の地続きにある「今の日本の普通」だ。

この「物理的(刀狩り・銃規制)」かつ「精神的(文治政治・朱子学)」な二段階の武装解除があったからこそ、日本は世界でも類を見ない「市民が自警団を作ったり武器を持ったりしなくても、お互いを信頼して平穏に暮らせる社会」になったわけだ。

アメリカのポリコレ活動家が「多様性がない、お花畑だ」と叩く、いじめはあっても差別はない、銃の乱射もない日本の学園アニメのあの平穏な世界も、深夜3時に女性が1人でキックボードに乗って走れる、今の日本の大通りも、その淵源は400年前の施策にあるんだ。

これらは、決してアメリカ人が妄想するような「空虚なファンタジー」などではなく、秀吉、家康、そして綱吉たちが数百年の時間をかけて人々の肉体と精神から戦国の暴力を抜き取り、血を流しながら構築してきた「現実(リアリティ)」そのものなんだぜ。

まぁだからこそ、日本人は同調圧力が強くて、お上頼みで、フランス人のように暴動を起こしてまで政府に物申したり、イギリス人のように連帯して政治を動かそうとはしないというキックバックもあるんだけどね。一言でいえば自主独立の気風を奪われたんだよ。

それに加えて、社会的な立場ある人を盲目的に支持したり、個人の自由や、人々の間の人間そのものとしての平等性に対する感性も要求も乏しくなった。悪くいえば、社会的に家畜化されたんだと言えるだろうな。

とはいえ、この安全で安定した社会の価値は世界に誇るべきものだし、失われたとされる低成長のこの30年でも、まったく損なわれていないことは、驚くべきことだし、もっと評価されるべきことだと思うぜ。

2026/10/22

POST#1990 北朝鮮は大日本帝国のデッドコピーなんじゃないかな

 

ネパール カトマンズ郊外のパタンのクマリが人々に祝福を与える

死後との、いや仕事の山を一つ越えた。気が楽になったぜ。疲労が消えるわけではないがね。しかし、心は少し軽くなったのは事実だ。まったく、小市民だな。我ながら呆れるぜ。

金正恩の妹の金与正🔗が38度線付近で、北朝鮮の兵士が韓国の兵士から攻撃を受けているとか、南朝鮮=韓国の為政者の化けの皮がはがれたとか主張し、この上は北朝鮮の主張を大音量で放送するアジテーションを再開すると、いつものように冷酷に鼻息荒く宣言している。

ネットでは、金正恩🔗が脳梗塞で死亡し、金与正が権力を握ったというデマが世界を駆け巡ったが、これはいつものように、こうだったらいいのになぁっていうデマだ。金正恩だっていつかは死ぬが、それは今じゃないんだろう。そんなもんだ。
俺は常々、日本の皆様が、世界に誇る万世一系(とされるナラティブを持つ)天皇っていう存在は、世界に広く確認される『生き神様信仰🔗』のヴァリエーションの一つだと考えてる。他にはダライ・ラマ🔗とか、ネパールのクマリ🔗とかなんかもこのカテゴリーに入れることになるよね。ここまでは世間でも一般的で、神社本庁や右翼の皆さん界隈以外ではおおむね肯定される意見だろう。
ここからが、俺の独自の思考跳躍だ。
日本の仮想敵国No.ONEであり、トランプ大統領のお気に入りのリトルロケットマンの君臨する北朝鮮の金王朝だって、あれは生き神様信仰の萌芽が見られると思うんだ。

北朝鮮の金王朝の首領崇拝を、日本の「天皇(特に近代の現人神思想)」や、ネパールの「クマリ(生き女神)」と並ぶ「生き神様信仰(現人神・現身の神)」のバリエーションとして捉える視点は、宗教人類学や比較政治社会学において最も核心を思わずずぶりとついちゃったんじゃないかな。(笑)

どれほど国家の側が「万世一系」や「世界で唯一の歴史と血統」という、検証不可能な物語を演出してもだ、煎じ詰めてその心理的・構造的な仕組みを剥ぎ取ってみれば、そこにあるのは「人間の肉体を器として、そこに絶対的な超越性や理想のシンボルを宿らせようとする、人類共通の精神システム=共同幻想」に他ならないんだから、尊厳も何もあったもんだにゃあわな。

この「生き神様信仰」という対称的なフレームワークから、ちょいと考察をひろげてみるぜ。皆の衆、いい加減忙しいとは思うが、退屈してるんならさあご一緒に!俺は面白くてためになるブログを標榜してるんだ。

まず、一番プリミティブなネパールの「クマリ」の純粋な「祝福のシステム」を見てみようか。ネパールのクマリ(Kumari)は、幼い少女の肉体にヒンドゥー教の女神ドゥルガー🔗が宿ると信じられている生き女神信仰だ。俺自身もかつて、カトマンズ郊外のパタンでクマリの祝福を与えられたことがある。こうして今も生きて大口をたたいていられるのも楚の御蔭かもな。

クマリの本質は、人々に「法律」や「命令」を下して支配することではないんだ。彼女がなすのは、ただ民衆を眺め、微笑み、「祝福(恩寵)」を与えることだ。ただそれだけだ。権力なんかない。神社の氏神様が身体を持っていたら、ただ氏子を眺め、微笑み、その営みに祝福を授けるだけだというのに等しいだろう。

かつてネパールの国王すらもクマリの前に膝を折り、その祝福を受けることで自らの王権を承認(正当化)されていたんだ。まるで、征夷大将軍を任命し、その支配権を承認していた中近世の天皇のようだな。

宗教人類学者や我が心の師・吉本隆明らが指摘したように、日本の天皇制、特に政治的な実権(軍事力や法律の制定)を握る前の古代(6世紀以前など)の天皇や后(神功皇后など)の本来のあり方は、まさにこのクマリに近い「純粋な祭祀王(神の依り代)」だったんじゃないかとも推論されている。

国家のトップに「権力を持たない、ただ祝福を授けるだけの生き神(アバター)」を置くことで、共同体の精神的な安定と秩序(平和)を維持しようとする、高度なアニミズムの知恵だったと言えるだろうな。

これが、西洋の大国からの開国要求を受け、尊王攘夷だ開国だとすったもんだして日本全国南から北の五稜郭までひっくり返して明治維新を成し遂げたとき、その錦の御旗の天皇を、国家の根本原理として「現人神」としたわけだ。この原初的でフラットだったはずの「生き神様信仰」を、近代国家の「軍事・支配の道具」として強引にハックして利用したのが、明治以降の大日本帝国における「現人神(あらひとがみ)」思想であり、それを第二次大戦後にそっくりそのままデッドコピーしたのが、現在の北朝鮮の「金王朝(白頭の血統)」だという俺の見立てさ。どうよ、このシステムにハッキングされた狂気!

権力と神格化の最悪の合体だ。 本来、クマリのように政治権力から遠ざけられているべき「生き神の依り代」に対して、近代の国家は「軍隊の統帥権(大元帥)」や「憲法上の絶対権力」を合体させて、人々の遥か頭上に君臨する超越的な現人神に祭り上げちまったわけだ。

 これによって、人間(天皇や首領)が発する個人的な命令や政治的決断が、そのまま「神の意志」へとすり替わるんだ。

恐ろしいことだぜ。

国民は自分で深く考えること(ロゴス)を奪われ、「天皇陛下(あるいはその劣化コピーの首領様)のために死ぬことは、神聖な義務である」という集団催眠に搦め取られ、結果として無謀な戦争や凄惨な人権侵害(焦土化や身分制)を心理的抵抗なく受け入れる「不思考の家畜」へと仕立て上げられてしまったわけだ。戦前の社会を美化する者が、往々にして北朝鮮を批判し、この世の地獄のようにそしるのは、自らの歴史にあまりに疎いのではないかと健忘症を心配してしまうほどだ。

それじゃなぜ、俺たち人間は「生き神様」のようなおかしなものを必要とするのかな?

うむ、それがし思うに、人間は、天の上にいる抽象的な「一神教の神」を信じるだけでも飽き足らず、「今、自分たちの目の前に生きて存在している、肉体を持った人間」を神として崇めたいという、強烈な実存の弱さ(超越性への渇望)を持っているんじゃないかな。

普通の車よりフェラーリみたいな超越性を持った車にあこがれるみたいに?ちょっと違うかな?(笑)

自分と同じように飯を食い、老い、傷つく生身の人間をあえて「生き神」という記号に祭り上げることで、人々は分解してゆく一方の社会の中でバラバラに孤立した不安(モナド化)から逃れ、「私たちはこの偉大な存在のパーツなのだ」という安易な連帯感に浸ることができるわけだ。そして、安易なものは往々にして空疎なものだぜ。愛は厳しいのさ(笑)。

日本人がいまだに天皇家の物語を信じ込もうとし、北朝鮮の民衆が首領を涙を流して崇める心理の根底にあるのは、まったく同じ「自分の足で立ち、自分の頭で考えることの恐怖」からの逃走に他ならない。ハンナ・アーレントは、『考えないことが罪』だと説いたがね。

日本の天皇制も、北朝鮮の独裁も、ネパールの少女信仰も、すべては「人間が自らの弱さと孤独を埋めるために作り出した、生き神様という名の共同幻想」の具現化であり、その本質に上下も貴賤も、変わりはない。十把一絡げだ。

と言うか、北朝鮮の金王朝自身が、えー、日本の天皇制をコピーしたとしか俺には思えないんだけどな。

これは実は、ほんとのことのようだ。

歴史的な事実として、北朝鮮の金王朝(金日成体制)の個人崇拝や国家の仕組みは、かつて彼らが統治されていた「近代日本の天皇制(大日本帝国の国体)」をそっくりそのままコピー(模倣)して作られたものだそうだ。マジかよ。だとしたら、あのリトルロケットマンの国は、貧しい民衆の姿は、マシンガンで処刑される人々の姿は戦争が終わっていなかった世界線の日本の姿だってことだ。勘弁してくれよ。俺は眼を背けたいけれど、背けてはいけない。目を見開いて、考えるんだ。

残念なことに、これは単なる俺の根拠のない推測ではなく、近年の歴史学や中東・アジアの比較政治社会学においても「首領制(金日成体制)のルーツは、戦前の昭和天皇制(絶対主義的天皇制)の国体思想にある」として深く研究され、実証されている事実なんだとよ!

「社会主義」という世俗的で近代的な上着を羽織ってはいるものの、その中身がなぜこれほどまでに歪な「生き神様信仰の封建国家」になってしまったんだ?

そして彼ら金一族がいかに日本の天皇制をコピーしたのか、共通点を通して、そのデッドコピーというか劣化コピーの痕跡をたどろうぜ。

1. 「万世一系」をコピーした「白頭の血統」

日本の天皇制を支える最大の柱は、天照大神から地続きで一度も途切れたことがないとされる「万世一系」という血統の神話=ナラティブだ。

金正恩の戦争上手なじいさんの金日成は、自分の権力基盤を盤石にするために、この万世一系システムをハックしたんだ。。白頭山(ペクトゥサン)神話の捏造: 金日成は、自らの独裁を永久化するために、これと全く同じシステムを作り上げたんだ。

それが「白頭の血統」というやつだ。なんだそれ?北朝鮮の建国神話の聖地である白頭山に金一族のルーツを重ね合わせ、金日成🔗、金正日🔗、金正恩へと「神聖な血」が受け継がれているというナラティブは、日本の天孫降臨や皇統のコピーそのものだろう。そう、北朝鮮版の天孫降臨の里・高千穂だ。よく研究してるぜ、まったく。なんせ、終戦までは彼は一応日本人だからな。

2. 「現人神(大元帥)」をコピーした「首領(総書記)」

戦前の日本において、昭和天皇は「現人神」であると同時に、大日本帝国陸海軍を率いる最高指揮官(大元帥)だった。宗教的な神格性と、軍事的な最高権力を一人の肉体に合体させることで、国民に「命を捧げる不思考の義務」を強いたわけだ。最強だ。このご意向に逆らうのは生半可な覚悟じゃ無理だ。

金王朝が完成させたシステムもまさにこれなんだ。戦争上手な金日成や映画監督になりたかった金正日は「首領(最高尊厳)」という生き神でありながら、同時に軍の最高司令官(大元帥)として君臨していたんだ。国民を「一億総特攻(銃爆弾となれ)」と駆り立てた戦前日本の精神構造が、現在の北朝鮮の「先軍政治」や「最高尊厳のために爆弾となれ」というスローガンの中に、100%そのまま息づいているんだ。知れば知るほど、憂鬱になれるな。もう一錠レクサプロを飲んどくか?

それだけじゃないぜ!高市総理も大好きな「教育勅語」をコピーした「唯一思想体系」なんてのもある!もう、憂鬱を通り越して、へらへらした笑いが止まらないぜ。

戦前の日本人は、学校で「教育勅語」を暗唱させられ、天皇を中心とする家族国家観(国体)を徹底的に脳内に刷り込まれたのは、ご存じの通り。それを現代によみがえらせようとしたのが懐かしい森友学園だというのも皆さまお忘れでしょうか(笑)。

これと全く同じことを、北朝鮮ではやっているのさ。

北朝鮮の民衆が毎日暗唱させられ、生活を縛られている「党の唯一思想体系確立の十大原則」は、まさにその教育勅語の現代版だ。

そこには「首領様を天のように崇め、その命令には無条件で服従せよ」という、かつての「滅私奉公」や「忠君愛国」のロジックが、一言一句同じ精神性で複製されています。そいつに、『欲しがりません勝つまでは』とか『鬼畜米帝』とか書いてあっても俺はもうおどろかないぜ。

かつて日本は「西洋の野蛮な近代の植民地主義」に対抗するために、独自の生き神様システム(現人神・大元帥)を急拵えし、国民を不思考の兵士に仕立て上げて朝鮮、中国、東南アジアなどの周辺国を蹂躙しまくった。みんな無謀な戦争に駆り出され、マラリアになったりワニに食われたりした挙句、武器もないのに特攻し玉砕した。

そして、その日本から解放されたはずの北朝鮮を率いた金日成が、今度は「アメリカという現代の十字軍」から自分たちの権力を守るための防壁として、最も憎むべき敵であったはずの「日本の天皇制のOS(支配システム)」をまるごとデッドコピーし、自分たちの都合の良いようにして21世紀にまで生き残らせたって筋書きだ。

金日成以来、金日成、金正恩そして娘のジュエ様🔗に至るまで、すでに四代、このままじゃ。日本が女性天皇を持つより早く、ジュエ様が後を継いじゃうな。国連にも女性の人権に配慮してると評価されるかもしれないな。

それまた、ブラックジョークだぜ。勘弁してほしいぜ。

2026/08/09

POST#1933 盛夏、百花繚乱その5

京都五条、槿

明けがた、帰り道にラーメン屋に行こうとしていたのだが、仕事が終わった時点ですでに朝の6時前。国道沿いのラーメン屋は5時で閉店だ。仕方ない。松屋で牛カルビ定食でも食らうか。渡邊英理という方が書いた『中上健次 路地のヴィジョン🔗』を読みながら、ペラペラのカルビ肉を噛み、その肉から染み出すうまみを味わう。

目を閉じて、遠くに咲く花を思い浮かべ、そこにそよぐ風を想う。

芙蓉かと思っていたら、これは槿だった。

中上健次🔗の小説、『千年の愉楽🔗』では、主人公である路地の産婆にして語り部のオリュウノオバが、夏芙蓉の花の香りに誘われて、寝たきりのまま、かつて自らが取り上げ、生の盛りで断ち切られるようにその命を断たれた若者たちのことを思い出すシーンがあることを思い出しながら、牛カルビ定食をほおばる。ソースはバーベキューソースだ。

ご存じない方のばかりだろうから、記しておく。路地は紀州熊野新宮の被差別部落だ。

オリュウノオバは、文盲だが産婆として取り上げた路地の一人一人の人生を地母神のように自らの内に刻み込んでいる。文字にして外在化しないがゆえに、未開部族の語り部のように自らの内面に、人々の生のディテールを細大漏らさず刻み込んでいく。

オリュウノオバの旦那の礼如さんは、村にただ一人の毛坊主、つまり在俗で寺住ではない僧侶だ。路地のものが死ぬと、礼如さんは念仏を唱え、死者を弔う。文盲のオリュウノオバはその誕生日と命日を、すべて諳んじている。彼女にとっては、毎日が迂遠の何者かを取り上げた日であり、その誰かが死んでいった日なのだ。

オリュウノオバと礼如さんは、路地の人々がこの世に生を享け、その生を終えて彼岸に渡るという流れの両端に位置している。路地の者たちの卑小なる生は、この二人の存在によって円環を成し、永劫回帰する聖なる存在へと昇華していくように俺には思える。

俺に言わせれば『千年の愉楽🔗』は、まさに現代の『古事記🔗』なんだ。

中上健次の小説には、人類学や社会学の様々な構造が、見事に嵌め込まれていることが、『中上健次 路地のヴィジョン』を読んでいるとわかる。レヴィ・ストロース🔗、網野善彦🔗、コモンズの思想、そしてJ・C・スコット🔗によって展開されるゾミア🔗的な思考。

それは、かつての俺を、無意識のうちに現在の地平へといざなってくれたものだと痛感する。

今もどこかで暑い風に、花がそよいでいる。

久々に食った牛カルビ定食は、肉ダブルでもよかったかもな。

2026/07/30

POST#1923 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第9章

かつての近江商人の発祥地の一つ近江八幡にて
さて、以前も第2章で財政的な話はした。

しかし、あれはほんの小手調べ。おさわり程度だ。今日はもう少し突っ込んで考えてみよう。

もちろん俺は行財政の専門家ではないので、まったく見当違いのことを考えてしまう可能性もある。それは許してほしい。なんてったって、俺は単なる道楽人=ディレッタントなんだから。

2026/07/15

POST#1908 民主主義というひ弱なバラ

尾鷲かな熊野かな

勉強をめぐって、子どもとカミさんの間で、熾烈な争いが勃発している。

俺は無学だから勉強は教えられないと韜晦しているんだが、仲裁はしないといけない。それが厄介だけど、父親の務めだ。この暑い中、まったくご苦労なこったぜ。

2026/07/11

POST#1904 中国のシステムをいいとこどりした日本

熊野 七里ヶ浜
中国の「纏足🔗」や「宦官🔗」という狂気じみた遊牧民OSに基づく人間家畜化システムを、一衣帯水の目と鼻の先にいた日本人が歴史上、ただの一度も模倣しなかった最大の理由は、いったい何だろう。日本人は大陸から文字や儒教文化をはじめ、様々な文化を移入し、現地最適化してきたというのに。

この制度や習慣を日本人が模倣しなかったのは、古代は双系核家族、中世からは直系家族であったから、そもそも女性の地位が相対的に高かったし、そもそもの社会の基盤が遊牧民的な共同体家族システムではなったかからだろう。

一言で言えば、日本人はつまるところズバリ倭人だったからだろうね。

この「なぜ日本は人間家畜化OSを拒絶できたのか」という、日中の分裂生成過程の決定的な分岐点をまとめてみよう。

*そういえば、その日本で日本人を劣等人種として徹底的に肉体改造する猟奇SF小説『家畜人ヤプー🔗』が書かれたのは、この肉体改造による管理って考えが、日本人にとっては徹底的に相いれないものだったからかもしれないな。

1. 「古代の双系核家族」が守った女性の自律性と地位

中国が周・漢の時代からコツコツ強化し続けた強固な共同体家族システム社会となり、女性を「男の家系を維持するための繁殖用の資源(家畜)」とみなしていったのに対し、古代の日本(倭人🔗社会)は「双系核家族」だったのは、すでに以前、読者諸兄諸姉と話し合った通り。

そこは、男女がフラットな「双系」の倫理が息づく社会だったんだ。
父方も母方も平等に親族とみなす双系社会では、女性は男性の家に「所有」される存在ではなかったのは言うまでもない。しかし、あえて書いちゃおう。
平安時代まで続いた「婿入り婚(妻問婚)」のもと、子どもは母方で育てられていたのは言うまでもないだろう。
アマテラスと推古天皇の精神
皇祖神話の最高神としてアマテラスという女神が君臨し、推古天皇や持統天皇をはじめとする歴代の女帝がごく自然に国を治めていた古代日本において、「女性の足を砕いて(纏足🔗)、家に監禁して管理する」などという発想は、社会の基本OS(双系)と根底から拒絶反応(バグ)を起こすため、逆立ちしても受け入れられなかったのは言うまでもないわな。

だから、昨今の自民党を中心とした右派政治家が、男系男子、男系男子って念仏のように主張するのには、日本の伝統を何も理解していないんじゃないかと心配になるんだ。
むしろ、彼らの言う日本の伝統は、明治期に同じ直系家族国家であったプロイセンから影響を受けた大日本帝国憲法に基盤を置いているんだけど、そのプロイセンが王位の男子相続にこだわっていたのは、6世紀のヨーロッパで成立したとされるサリカ法典🔗の影響なんじゃないかと俺は疑っている。というか確信している。まったく、本末転倒だ。

2. 「中世の直系家族」への移行:家の「継続性」を支えるパートナー

中世(鎌倉・室町時代)以降、日本はトッドの言う「直系家族システム」へと移行しますが、ここでも中国の共同体家族のような「人間家畜化」へは向かわなかった。ついでに言えば、凶暴な首狩り狂戦士・鎌倉武士たちが鋸挽🔗のような、なかなかエグい刑罰を考案しても、中国の凌遅刑🔗の凄まじさには全くかなわなかったしね。

西日本のほとんども直系家族システムに移行していた最中の中世後期にも、女性は女性だけで旅をすることができたことを、ヨーロッパから来た宣教師たちが驚きを以て伝えている。
つまり、当時のヨーロッパにも女性にはそんな自由はなかったんだ。
中世には駆け込み寺という言葉が残っているように、寺の境内に女性が駆け込めば、俗世との縁が断ち切られ、離婚が成立する縁切寺🔗というシステムもあった。江戸時代にも幕府によって規制され、大きく数を減らしつつも消滅することなく存続したんだ。これも女性の地位がかなり重視されていた例証だろう。
つまり直系家族システムが江戸幕府が推進した檀家制度によって、社会の末端まで確立しつつあった江戸時代でも、女性が自ら財産(土地や家)を相続したり所有できたり、離婚に際して自らの財産を主張する権利を持っていたわけだ。

「家(継続性)」を最優先する合理主義と主婦(かかあ天下)という経営者
日本の直系家族の目的は、血筋の純血性ではなく、「家名や家業(土地・インフラ)を、次世代へ確実に不滅のまま引き継ぐこと」にある。
そのため、長男が無能であれば、有能な「婿養子」を他所から連れてきて家を継がせるという、中国(男系絶対主義)では絶対にあり得ない柔軟なシステムも発達させた。
皇族に男子がいなかったら、600年前に別れた分家から養子を持ってくればいいという発想はこの辺に由来してたのか!
この直系家族において、妻(主婦)は男の性奴隷や家畜ではなく、「家という経営体を男と共に切り盛りする、きわめて地位の高い共同経営者(パートナー)」だったわけだ。
武家の妻が留守中の城や家政を完全に仕切り、農家や商家の妻が労働と財布の紐を握るという、いわゆる嬶天下がスタンダードな日本社会において、女性の肉体を破壊して歩けなくする纏足🔗などという行為は、「家の経営=労働力と持続性を自ら破壊する最も愚かな行為」として、合理性の面からハナっから考慮されることもなかったんだ。

3. 「百越(倭人)」のレガシー:自然(野生)との融和

そして最も深い本原論の核心が、日本人のルーツの双系社会的な氏族社会だったと推測される縄文の人々と混交していったのが、西方や北方の遊牧民の社会システムを実装した漢民族ではなく、長江流域から海を渡ってきた「百越🔗(ひゃくえつ)」に極めて近い倭人であったという点だ。

家畜管理をしない「農耕・海民」の視線と身体の野生(自律性)の死守
植物を慈しみ育てる稲作民や、黒潮の海を自在に駆けた百越の系譜につながる海民にとって、自然とは「去勢し、囲い込んで力でねじ伏せ、家畜化する対象」ではなく、「その恵みに感謝し、野生の生命力と融和・共生するもの」だった。
彼らの精神からは、男を去勢してロボットにする「宦官🔗」や、女の足を折る「纏足🔗」といった、スーパードライな遊牧民的なブリーディングの狂気は生まれないわな。:
日本人は、中国から漢字(文字)や律令(法律)といった「便利な道具・上表のOS」は大量にインポートしたけれど、その根底にある「人間を家畜として管理する、中原の冷徹な精神の核、つまり共同家族システムに息づく遊牧民OS」だけは、自分たちの倭人≒百越的な野生の感性によって、1滴たりとも体内に入れさせなかったちゅうことだね。

2026/07/07

POST#1900 日本古来の柔軟な双系社会の上に、直系家族システムがのっかっているんだ。

白菜・近江八幡

さて、仕事が暇だから今のうちにせっせと進めよう。人生は意外と短いんだ。

武家政治による「直系家族」の西日本席巻

鎌倉幕府の成立(1192年)と、それに続く「承久の乱(1221年)」こそが、この関東発の直系家族システムが西日本を肉体的に席巻していく決定的な契機だったことは昨日話した通りだね。

この承久の乱を境にして西日本を支配していた朝廷側に勝利した鎌倉幕府は、西日本の数千箇所にのぼる没収領地に、関東の御家人🔗たちを「地頭🔗」として大量に送り込んだんだ。これを『西国補任』というんだけれど、これによって流動的でアノミーだった西日本の貴族社会・農民社会の上に、自分たちの生み出した直系家族システムのOSを西日本にインストールすることになったって寸法だ。

その後、室町・戦国時代を経て、江戸時代に施行された檀家制度🔗、明治の旧民法🔗の家父長制🔗で、この武家型直系家族システムが日本全国の「スタンダード」へと定着していくことになったわけだ。もちろんこれはアウトラインをなぞるだけの大雑把な言説だとは理解しておいてほしい。あくまでフレームワークだ。俺は学者先生じゃないんでね。

日本独自の「ハイブリッド直系」

中国が「秦によるスキタイ起源の遊牧民の家族システム導入」によってキメラ🔗=饕餮🔗化したのに対し、日本は「関東武士という内部のフロンティア」から湧き上がった直系家族のエネルギーが、西日本のアノミーな古代社会を征服・統合していくという独自のプロセスをたどってきた。

だからこそ日本の直系家族は、朱子学🔗による純粋培養の直系社会の朝鮮とは異なり、血統の純血性よりも「イエ」という経営体の存続を最優先し、優秀な養子を柔軟に受け入れるという、西日本的なアノミー・流動性のDNAを内包した「独特の強靭な直系家族」として完成したと言えるだろう。

この独自の着地を遂げたからこそ、日本はのちに西欧(こちらも直系ないし核家族の系譜)と同様に、単独相続による資本の本源的蓄積や、老舗企業の多さにもみられる家業の永続性、そして近代化へのスムーズな適応力を手に入れることができたと考えることができるだろう。

おそらくそれは、もともとのアノミーな土台があったからこその『ご都合主義的なアレンジ』だったんだろう。つまり本来が「流動的で柔軟な双系社会」であったからこそ、日本は大陸のイデオロギーを都合よく取捨選択し、血縁に縛られない「経営体としての直系家族(イエ)」という独自のシステムを構築・着地させることができたちゅうことだわ。

もし、日本が最初から強力な父系原理を持っていたら、大陸の儒教を教条主義的に—それこそ朝鮮半島のように極端な形で—受け入れるしかなかっただろう。

けれども、縄文+百越🔗の双系核家族の柔軟な土台があったからこそ、日本はきわめてプラグマティック(実利主義的)な大改造を行えたんだと俺は考えているんだ。

1. 血縁の「ゆるさ」がもたらした柔軟性

古代日本の双系社会では、血統は父からも母からも辿れる曖昧なものだったんだ。つまり、「血統の純血性」に対する執着が、大陸や半島に比べて最初から圧倒的に希薄だったんだ。

だからこそ、中世に「単独相続の直系家族」へシフトする際、「血のつながった実子」がいなければ、他所から優秀な人間を連れてきて「養子」にすればいいという、とんでもなくドラスティックな割り切りが可能になったんだな。

天皇家に後継ぎがいなかったら、600年も前に分かれた分家から養子を連れてこればいいって考えとどこか通じるなぁ。

もしこれが、血縁を絶対視する強固な父系社会であれば、血の混じらない養子は一族の祭祀を汚すものとして絶対に許されないだろう。というか、そんなもの、発想さえされないだろう。実際に韓国や中国では、一族以外の養子は厳しく排除されていた。諸葛孔明🔗も、敵対する呉に仕えていた兄の諸葛瑾🔗のもとから次男を養子を迎えているんだ。

2. 「双系」から「単独相続」への構造変換

双系的な核家族社会における平行・交叉いとこ婚の頻発は、「身内だけで財産や権力を囲い込む」ための防衛策でもあったわけだ。余談ながら俺の親類にも母方交叉いとこ婚の家庭があるけど、別に財産も権力もない。ただ、その受容をめぐって、容認派と否認派の断絶が数十年続いているだけだ。

この現状に、大陸から入ってきた「一系に絞る直系家族システム」という観念が結合した時、東国で過酷な現実と格闘する武士たちは気づいちゃったんだろうな。「いとこ婚で必死になって掴んだ財産をこねくり回すより、優秀な一人の後継者に全財産を単独相続させ、残りの兄弟は外に出したり、家臣にする方が、組織としてイケてるんじゃね?」って。

このダイナミックな方向転換ができたのは、古い血縁ルールが双系的で固定化されていなかったからだって言えるだろう。

3. 「神道(アニミズム)」という混沌なOSの持続

精神性の面でも、アノミーな土台は生き続けた。

中国の儒教は「先祖の血(祖先崇拝)」を絶対的な宗教としたけども、日本は大陸の儒教や仏教を入れつつも、土着の「神道(八百万の神)」という、ほとんど無秩序で何でもありの多中心的な宗教観を捨てなかったんだ。

おかげさんで、社会が「儒教の教え(=血縁絶対主義)」に100%染まることもなかったし、儒教の「直系・長幼の序」という便利な『統治の型』だけを道具として利用し、中身は日本独自の「家の存続第一主義」にカスタマイズすることができたという筋書きだ。

もっと突っ込んで言えば、分裂生成って考えがここでも作動してるんだ。

つまり、朝鮮半島や中国南部との差異化を図るために、あえてその融通性の高いシステムを採用したとも考えられるだろうな。『俺たちは、一応文明人だけど、あいつらとは一味違うんだ』って奴だ。

4.家督の単独相続と分家という名の細胞分裂

中国の共同体家族は、息子全員に財産を分けるため、一族の土地がどんどん細分化され、全員が貧窮化するか、あるいは巨大な宗族の中に留まり続けるしかなかったんだ。共同体家族システムそのものだ。

一方で、日本の「アノミーから着地した直系家族」は、驚くほどシステマチックに社会を新陳代謝させることに成功したんだ。

後継者(主に長男)が「家」の苗字と財産を丸ごと継承する。次男以下は、そのまま家に残れば「家臣」や「使用人」あるいは「部屋住み」ってニートみたいなもんになるしかないんだけど、経済的余裕があれば、新しい土地で「新しい苗字」を名乗って独立、つまり分家することもできたんだ。ラーメン屋ののれん分けみたいなもんだ。

しかも、こうして分家した瞬間、なんと元の本家とは「別の直系家族」としてカウントされ始めるんだ。この「苗字による分化 = 新しい直系家族の誕生」というプロセスが無限に繰り返され、社会全体が自立した中小の「経営体(イエ)」の集合体へと再編されていったわけだ。

2026/07/04

POST#1897 いきなりですが、中上健次と日本神話の時間です!

熊野速玉大社 大楠
 唐突だけれど、俺は中上健次🔗の小説が好きだ。全集でそろえているのは中上健次だけだといっても過言じゃない。まだ若く貧乏だったころ、地元の古本屋の出物を無理して買ったものだ。俺は若い頃、中上健次の墓に参って、その敷石を一つ持ってきたことすらある。そのすべすべした石は、今も俺の家にあるんだ。内緒だぜ。

すでに亡くなって30年以上になるが、彼を超えるような作家はもう出てこないんじゃないかと思っている。とりわけ、『岬🔗』、『枯木灘🔗』、『地の果て 至上の時🔗』、『千年の愉楽🔗』などの路地サーガともいうべき、熊野の被差別部落・路地を舞台にした一連の作品群は、重金属を無理やり飲み込まされるような強烈な世界観を持っている。

中上健二の路地サーガに出てくる主人公の秋幸は、『茨の龍』といわれた悪党・浜村龍蔵という無頼漢の息子だ。しかし、母親は龍蔵に他の女がいたため、父親のちがう兄や姉たちを連れて、別の男と所帯を持つ。これは昨日話した、現在進行形の日本の家族形態の崩壊状況とそっくりだな。この一連の路地サーガ、特に『岬』『枯木灘』『地の果て至上の時』は中上健次自身の人生を下敷きにしている話だとされているんだけれど、主人公の秋幸は、この町を陰から支配する蠅の王とも呼ばれる本当の父親に反発しつつ、否応なくその人生と絡み合って物語を織りなしてゆく。

そして秋幸は、第一作『岬』では、娼婦としてはたらく腹違いの妹さと子と交わる。第二作の『枯木灘』では腹違いの弟である龍蔵の息子を殺す。さらに第三作目では、父親である龍蔵を自殺に追い込み、自らの出自であった被差別部落の跡地に火をつけ、煙のように消えてしまう。

この陰惨で豪壮な神話的なエピソードは、俺には太古の家族構造を反映してるように思われる。

とりわけ、主人公・秋幸が実父である浜村龍造に、腹違い(異母)の妹・さと子と関係を持ったことを告げ、復讐したような気分になったとき、龍蔵自身は、そんなことをまったく気にする風でもない。まさに古代日本の「同母不婚・異母可婚」という、混沌とも言える太古の家族構造・神話的タブーの記憶を完璧に反映し、現代に召喚した文学的トポスだ。

ここに俺は、日本神話の原型を見る。

古事記に描かれた国生みだ。伊弉諾(イザナギ)と伊弉冉(イザナミ)は、その名前の相似形から兄妹神と考えて間違いないだろう。『古事記』はイザナミの呼称を「妹」と記すんだけれど、「妹」という文字は「イモ」と読み、上代日本語では愛しい女性への呼称とされているよね。だが、碩学西郷信綱🔗先生は『近親相姦と神話—イザナキ・イザナミのこと』(『古事記研究』、1973年)で、これは文字通り解するべきであり、日本は兄妹の近親相姦によって創造されたとする記録なのではないかと論じているんだ。ほかにもこの説を補強する研究はあるんだけれど、煩雑になるのでここでは端折っておこう。

イザナギとイザナミの神話は、比較神話学において「洪水型兄妹始祖神話🔗」、あるいは大洪水に限らない広義の「兄妹婚型始祖神話🔗」という世界的な神話類型に深く合致しているとされているんだ。この類型に当てはまる具体的な根拠と共通点は以下の通りだ。

1. 世界の混沌・未完成状態からの出発

多くの兄妹始祖神話では、大洪水などの災害で人類が滅亡し、生き残った兄妹だけが取り残された状態から始まるとされる。

『古事記』では大洪水こそ起きていないが、世界はまだ固まっておらず「漂える脂のよう」な混沌とした状態だったわけだ。そこに二神だけが降り立ち、国造りを始めるという状況設定が共通しているといえるだろう。

2. 「近親相姦(兄妹婚)」のタブーと儀礼

人類が兄妹しかいないため、世界の再生には兄妹での婚姻(近親婚)が不可避となる。これは仕方ないな。

しかし、ここには強いタブーが伴うんだ。

神話の共通パターン:としては、兄妹が結婚しようとする際、天の意志を確かめる儀礼やテスト(山を回る、火を飛び越えるなど)が行われるんだ。イザナギ・イザナミの例でいえば、 二神は「天の御柱(みはしら)」を左右から回って出会うという儀礼を行うことになってるんだよね。このパターンにばっちりだ。

3. 最初の失敗(不完全な子の誕生)

兄妹婚のタブーを犯したり、儀礼の手順を誤ったりすることで、最初に「不完全な子供」が生まれてしまう点もこの類型の大きな特徴だ。

世界各地の神話:では肉の塊や、手足のない子が生まれて川に流す描写が多く見られる。

イザナギ・イザナミの例では、女神であるイザナミから先に声をかけたため、不完全な子である「蛭子🔗(ヒルコ)」や「淡島(アワシマ)=淡路島」が生まれちまったんで、葦の船に乗せて流してしまう事になるんだ。この蛭子こそ、大漁の神様七福神でおなじみの恵比寿🔗さんだ。蛭子能収🔗じゃないぜ。

4. 儀礼のやり直しと世界の繁栄

占いや天神の教えによって儀礼を正しくやり直し、そこからようやく五体満足な子(=新しい人類や豊かな国土)が生まれて世界が再生に向かうことになるんだ。

イザナギとイザナミも、男神から声をかける形に修正したことで、大八島(日本列島)や様々な神々を無事に生むことができたわけだ。

2018/03/26

Post #1705 僕は、自分自身のために、この人生という泥沼の局地戦を戦っていきたい

2001年12月、どこかで。
人の一生は、それは短く儚いもので、如何様に成功し、あるいは失敗したとしても、それは単なる局地戦でしかありえないものだとも思える。
仮令、人類史上に燦然たる足跡を遺そうとも、それとても時間の流れの前では瞬く間に陳腐なものとなり、ほどなく忘却されるのは、論を待たないであろう。
ピラミッドのように、数千年遺る仕事を成し遂げたとて、悠久なる時間の流れは、個々の人間の存在など、大河の一滴のように押し流していってしまう。
いわんや、一人の人間の運命と決断が、この銀河系宇宙の趨勢を決するなど、スターウォーズの中くらいしか、あり得ないだろう。

この世の中を基準にしている限り、自分の人生は、虚しい局地戦でしかない。

『マッチ擦る つかのま海に 霧深し 身捨つるほどの 祖国はありや』寺山修司

ふと、そんな短歌を口ずさむ。

自分自身は、自分にとって、国家よりも社会よりも大きな存在だ。

これは僕にとって、自明の理だ。しかし、そう思っていない人たちも、たくさんおいでなんだと思う。OK、それはそれでノー・プロブレムだ。しかし、自分を棚上げして、地に足のつかない言説を弄する様を見ているのは、気が滅入る。どうせ、本気なわけでもあるまいに。

僕は、自分自身のために、この人生という泥沼の局地戦を戦っていきたい。

2015/11/20

Post #1683 選択の自由

何事も、選択の自由というものが必要ではなかろうか?
とはいえ、人は往々にして、水が低きに流れるように、安楽な途を選ぶものだけれど。
読者諸君、失礼する。願わくば、自分の前途に艱難辛苦と波乱万丈、疾風怒濤と痛快無比なる後半生があらんことを!

2015/11/17

Post #1679 何時だって、死ぬにはもってこいの日だ


もし、今日という日が、人生最後の一日だとしたら、僕はどう生きるだろう?

朝、仕事に向かう道すがら、毎日眺める風景を見ながら、ふとそんな事を思う。
このいつでも目にしている風景が、今日で見納めだとしたら?
愛している人たちとも、今日でお別れだとしたら?
手掛けている仕事も、将来に抱いている夢も、すべて途中で放り出さなければならないとしたら?

くだらないことで、いさかったりしている訳にはいかない。つまらない意地をはって、自分自身の気持ちを偽る訳にはいかない。
人生最後の仕事を、適当に流す訳にもいかない。
大切なひとに、誠意と愛情を注がずに過ごす訳にはいかない。
たとえ、身も心もガタガタでも、唇を噛みしめて、すくっと立って最後の一日を生き抜かない訳にはいかない。

人生最後の日は、いつくるかわからない。それは今日かもしれない。
だから、この何気ない毎日を自分自身のかけがえのない人生として、考えないと本当に生きていることにはならないと思える。

読者諸君、失礼する。何時だって、死ぬにはもってこいの日だ。

2015/03/05

Post #1429  仕事とロックと、どっちが大切だと思ってるんだ? ロックが大切に決まってるだろう!

大昔に金沢で・・・。
朝の5時半まで働いて、家に帰ってすやすやと気持ちよく眠っていたら、銀行からの電話で起こされた。
俺はATMの窓口に通帳を忘れていたらしい。まいったな。
俺は一度起こされると、眠れなくなるので、これは有難迷惑な話だ。
しみったれた金しか入っていない通帳よりも、今日の睡眠の方が大切なのに。

しかも、今日の今日、いつもならまだゴロゴロしているような時間に、急遽現場の手直しをすることになったから行ってくれないかという。
渋りながらOKしたんだが、当然今夜も夜勤だ。そうすると、14時間も拘束されてしまう。そうでなくても、いろいろとやるべきことは山盛りなのに。

畜生め!今日はアマゾンから待ちに待ったノエル・ギャラガーのCDが届くことになっていたんだが、そんなことしていたら今日、そのCDを聴けないじゃないか!
仕事とロックと、どっちが大切だと思ってるんだ?
ロックが大切に決まってるだろう!

まったく憤懣やるかたない。

仕方ない。しっかり請求させてもらうぜ。一日いくらで契約してても、一日の作業には限度があるのさ。俺だって、マシンじゃないんだ。
睡眠時間を削って、女の子と遊んでみたり、プリントに没頭してみたりするのは全然苦にならないんだが、こういうのは本当に堪えるぜ。

こんな時、携帯電話を叩き壊したくなる。
実は以前にも一度、現場で電話していて、あんまりにも腹が立ったんで、思わず携帯電話を叩き壊したことがあったな。携帯電話屋がどうやったらこんなふうに壊れるのか、不思議がっていたぜ。

出来る事なら、このひも付きの生活を見直したいものだ。

睡眠が必要なんだ。そうじゃなかったら、ヒロポンとか打たないとやってられないよ。ヒロポンってのは覚醒剤だ。現場で歳食った職人さんなんかと話していると、大昔は突貫工事の時なんか、みんなヒロポンを薬局で買ってきて、打ちまくって仕事していたそうだ。
スゲー時代があったもんだ。癖になったら大変だぜ。
因みに、戦争中の日本軍は、このヒロポンを打ちまくって戦争していたらしい。そりゃ、残虐行為もへっちゃらになっちまうだろうよ。

ザ・ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズは9日間眠らなかったことがあるそうだ。
そんな不滅な体力が欲しいが、かみさんに話したら、そんなのシャブやってるに決まってるって一蹴されたぜ。
なんといっても、キースは身体から覚醒剤だのコカインだのの成分を抜くために、スイスの血液銀行で血液を総入れ替えしたっていう伝説があるくらいの奴だからな。しかも、その後に言った言葉が振るっていやがる。『これでまたシャブが楽しめる!』ときたもんだ。本当か嘘かわからないけれど、キースならあり得ると思えるところがいいところだ。

クソ!もう今日は眠るのはやめだ。このままシャワーを浴びて起きていることにするぜ。

読者諸君、失礼する。眠らないで済む秘訣は、飯を食わないことさ。道理で最近体重が減りまくるわ、立ちくらみはするわ、白髪は増えるわだ。たまらないぜ。

2015/01/02

Post #1367 素戔嗚こそ傾奇者のアーキタイプか

八坂神社、京都
平穏安穏に見える元旦で、目を引いたのは京都で58年ぶりだかの大雪で、積雪16センチというものだった。
それくらいの雪なら、俺の棲んでる尾張でも2、3年に一度は降る。驚きはしないさ。つい先日もドカ雪だったしな。今日初詣に行ってきた岐阜の山の中の寺も、まるっきり雪国だった。いつものことだ。
むしろ、京都の冬というと、雪のなかにたたずむ神社仏閣をイメージしていたが、それこそ俺が勝手に思い込んでいた風呂屋の書割的なイメージだったのだなぁと、納得反省する次第だ。
まぁ、そんなことでずいぶん昔にふらりと立ち寄った八坂神社の狛犬の写真で行ってみよう。今見ると、もっと空をググッと焼きこんどけばよかったな。画面が締まるというものだ。締まっていいのはアレばかりじゃないのさ。

八坂神社は明治の廃仏毀釈までは仏教の護法神で疫神でもあった牛頭天王を祀っていた。それが廃仏毀釈で神社に仏教の神様ちゅうのは具合が悪いってんで、牛頭天王=蘇民将来伝説の武塔天神=素戔嗚尊ということになったわけだ。
スサノオ、素戔嗚尊。
俺が神様としてまず思い浮かべるのは素戔嗚尊だ。
母を亡くして泣き叫び、山々の木々を枯渇させる神。
天照大神に反発し、乱暴狼藉し、追放される神。
八岐大蛇を倒し、妻を得て、初めて和歌を作る神。
さまざまな樹木を生み出し、その用途を教え示す神。
俺がしばしば参拝しに行く、熊野本宮の祭神、家都美御子大神も素戔嗚尊と同一だという説もある。
スサノオの神話は広く知られているだろうから割愛するが、俺には、その神話は、漢としての生き様の祖型(アーキタイプ)だと思える。いうなれば元祖男一匹だ。
原哲夫のマンガ『花の慶次』の原作、隆慶一郎の『一夢庵風流記』は、俺の座右の書と言っても過言ではないんだが、漢とは何か、漢らしく生きるとはどういうことかということを、これでもかというほど示してくれる。心が塞いだとき、何度も読み返すのだ。
この本の没頭に、スサノオと傾奇者について触れた一文がある。俺が大好きな文章だ。少し長いが、引用してみよう。休みだから時間があるのさ。



 『かぶき者』はまた『傾き者』、『傾奇者』とも書く。最後の書き方が最も端的に言葉の内容を示しているように思われる。ほかに『傾く』という動詞や、『傾いた』という形容詞もある。
 つまりは異風の姿形を好み、異様な振る舞いで人を驚かすのを愛することを『傾く』と云ったのである。
 久しい以前から、この言葉が、私の胸の中で格別に大きな位置を占めるようになって来ていた。


(中略)


『傾奇者』はいつの世にもいる。
 室町時代の『ばさら』と呼ばれた佐々木道誉、戦国期の織田信長、慶長の大鳥逸兵衛、明暦の水野十郎左衛門。数えあげればきりがない。
 彼らは一様にきらびやかに生き、一抹の悲しさと涼やかさを残して、速やかに死んでいった。ほとんどの男が終りを全うしていない。
 『傾奇者』にとっては、その悲惨さが栄光のあかしだったのではあるまいか。
 彼らはまた一様に、高度の文化的素養の持主だった。時に野蛮とも思われる乱暴狼藉に隠れてはいるが、大方が時代の文化の先端をゆく男たちなのである。田夫野人とは程遠い生きものであり、秘かに繊細な美意識を育てていたように見える。それがまた一様に『滅びの美学』だったのではあるまいか。
 そして最後に、彼等は一様に世人から不当な評価を受けているように思われる。或いは我から望んでそうした評価を受けようとした節さえ見られる。なんとも奇妙な心情であるが、彼等はそこに世の常とは違って、一種の栄光を見ていたような気がする。それこそ滅びの美意識の最たるものではないか。私は彼等の中に正しく『日本書紀』に書かれた素戔嗚尊の後裔を見る。

『故れ天上に住む可からず。亦葦原中国に居る可からず。宜しく急に底根国に適ねといひて、乃ち共に神降去りき(Sparks註。高天原で乱暴狼藉があったので、天上にも地上にも住んではならないとして、速やかに地の底の国に去れと追放されたのである)』
 これが神々の素戔嗚尊に下した宣告である。

『時に霖(ながあめ)ふる。素戔嗚尊青草を結ひ束ねて、蓑笠と為し、宿を衆神(かみがみ)に乞ふ。衆神曰さく。汝は此れ躬(み)の行濁悪しく(おこないけがらわしく)して、遂謫め(やらいせめ=追放刑に処される)らるる者なり。如何にぞ宿を我に乞ふぞといひて、遂に同に距ぐ(ともにふせぐ=つまりだれも宿を貸さなかった)。是を以て風雨甚しと雖も、留り休むことを得ず。辛苦(たしな)みつつ降りき』

 私はこの『辛苦みつつ降りき』という言葉が好きだ。学者はここに人間のために苦悩する神、堕ちた神の姿を見るが、私は単に一箇の真の男の姿を見る。それで満足である。『辛苦みつつ降』ることも出来ない奴が、何が男かと思う。そして数多くの『傾奇者』たちは、素戔嗚尊を知ると知らざるに拘らず、揃って一言半句の苦情も云うことなく、霖の中を『辛苦みつつ降』っていった男たちだったように思う。
(隆慶一郎 『一夢庵風流記』新潮文庫版9~13頁)

男なら、斯くの如くありたいというものだ。
きっとそういう馬鹿野郎は、少数派なんだろう。
まず、まっとうな勤め人には傾くことは許されないのが、この日本の社会だ。けれど、俺は今まで自分の趣味を貫き通すためだけに、仕事に打ち込んできた。その挙句、事なかれ主義の連中からは、理解不能な変人とされてきた。おかげさまで今では性質の悪い一匹狼だ。
凶暴性と知性教養を同居させ、秘かに独自の美意識を育みたい。そして、自分の生き様によって招いた困難を、自らの宿命として黙って受け入れていきたい。
俺の写真も言うまでもなく、自分の持つ美意識の発露以外の何物でもない。
また、俺が奇抜な風体を好むのも、自ら傾奇者の系譜に繋がるものでありたいとの願いの現れだ。
万人に理解されなくても致し方、ござらぬ。
今更自分を曲げる訳にはまいらぬでな。
艱難辛苦、かかってこいやぁ!だ。
それこそが男の生きる道だろう?まったくロックンロールだ。

読者諸君、失礼する。京都の雪の話から、ずいぶん脱線してしまったなぁ。しかし、俺の頭の中はいつもこんな調子でグルグル回転してるのさ。

2014/09/27

Post #1270

木曽福島 御嶽教教会にて
子供のころから見慣れている御岳山が噴火した。
俺の育った濃尾平野から、少し小高いところに登れば、東北方面に御岳山や恵那山が、西北方面には伊吹山が遠望できた。だから、何となく親しみを持っている。
御岳山の噴火自体は、俺の人生で何回か起こっているが、今回は規模も大きそうだ。死者や行方不明者も出ているようだ。折からの登山ブームで多くの人々が山頂付近にとり遺されているという。速やかに救出されるよう、願うばかりだ。

写真は、ずいぶん昔にリバーサルフィルムで撮ったもので、御岳山のふもと木曽福島にある御嶽教の教会に祀られている神々の像だ。
中央に鎮座し、目が三つあるのが國常立尊、左右が大己貴命、少彦名命だろう。そして全面中央に杖を突いて座っているのは、御岳登拝を拓いた覚明行者であろう。

國常立尊は、日本書紀では最も初めに現れた神だと言われている。
大本教では開祖出口なおに神懸った『艮の金神』こそが、この國常立尊とされている。それによれば、かつて神界を治めていたのだが、その統治に不満を持つ神々に、鬼門の方角である艮に封印されていた神であるされている。
いずれにしても、古い荒ぶる神なのだ。
それは、この像のどことなく不気味で威圧感のある容貌からも、なんとなく伺えるような気がする。
荒ぶる自然のエッセンスが込められているようだ。そう、八百万の神々は、ほとんどが自然現象の擬人化された姿なのだ。

読者諸君、失礼する。自然の力は、人間には抗うことなんか出来やしない。

2014/09/21

Post #1264

加古川
久々に家に帰ってみると、市役所から市県民税の督促状が届いていた。
33000円。
がっくりだ。
俺の棲む町の収税課の小役人は、いつも言うように、納税者が首をつろうがどうしようがお構いなしっていう、酷薄な奴らなんだ。それを思うと、むかっ腹が立ってくる。しかし、仕方ない。いまから銀行に行って金を引き出して、コンビニで払ってくるとするか。

読者諸君、失礼する。俺はいつも、役人をぎゃふんと言わせてやりたいと思ってるんだけどな。

2014/08/06

Post #1218

Hiroshima
ロング・タイム・アゴー、69年前

 原子爆弾が落ちてきて

 何十万人もの人が死んでいったのさ


ロング・タイム・アゴー 69年前

 8月6日の朝 8時15分

 何の罪もない人が死んでいったのさ


ロング・タイム・アゴー 69年前

 人間の歴史で初めてのことさ

 この日本の国に、原子爆弾が落ちたのさ


知ってるだろ?

美少女も美男子も

たった一発

顔は焼け爛れ髪の毛抜け

血を吐きながら死んでいくのさ


ロング・タイム・アゴー 69年経った今

 まだ苦しんでる人がいるのに

 どうして原子力がそんなに大事なんだろう?



原子爆弾ブルース!



ロング・タイム・アゴー 69年前

 原子爆弾が落ちてきたことを

 日本のお偉い人は

 いったいどう考えてるんだろう?

ロング・タイム・アゴー 69年経った今

 原子爆弾と同じようなものが

 おんなじこの国に

 つぎつぎとできている。
(The Timers 『LONG TIME AGO』)


今日は広島の原爆忌。
忌野清志郎が、こう歌ってから25年。本来は44年前だ。そのころは俺も浮ついた若者だった。
そして、4分の1世紀がたったいま、世の中ますますとんでもないことになってる。広島だけじゃなく、福島だって今でも苦しんでる人がたくさんいる。どうして原子力がそんなに大事なんだろう?
いったいぜんたい、にっぽんのお偉い人は、どう考えてるんだろう?
いったいぜんたい、にっぽんの庶民の皆さんは、どう考えてるんだろう?

読者諸君、失礼する。二度とそういうことが起こらないように、戦争のできる軍隊を持とうって考えてるんだろうか?もちろん、あの時も疲弊し切ってはいたが、軍隊はあったよ。

2014/07/19

Post #1200

加古川、兵庫県
最近、ずっと心の中に響いている、忌野清志郎の言葉

『Yeah、熱いぜ Baby!

Woo,Alright 渋谷公会堂Baby、Alright

今日はこんなにビシビシ盛り上がってくれて、どうもありがとう!どうもありがとう!

Got!OK,感謝します!

Got 感謝 For You!

Got 感謝 For You You You YOU!

Got 感謝 For You!Baby

Got 感謝 感謝、もう、二階で見てるBaby!

Oh,Yeah!後ろで見てるBaby!

前のほうで騒いでるBaby Baby Baby!

Ok,Baby 今日はどうもありがとう!

もう俺たち最後の曲になっちゃいました!

Got!もう俺たち最後の曲になっちゃいました!

三拍子でやると、もう、最後の曲に、なっちゃった!

みたいな?みたいな?みたいなみたいな?

Ok,Baby、今日はどうもありがとう。ゴキゲンだぜ、こんなに盛り上がってくれて。

Alright! 


じゃぁもう、もう、みんなに訊きたいことがあるんだ。

今夜みんなに訊きたいことがあるんだ。Yeah!

今、この国はおかしくなってる。

世界中がおかしくなってる。

戦争ばっかりだ。

21世紀になったら平和な世界が来ると信じていたのに、前より酷くなってる。

この国もおかしくなってる。

戦争に加担して、いずれ軍事政権を作ろうとしてるんだ。

いずれ軍隊を持とうとしてるんだ、Yeah!

世の中物騒だ、不景気だ!不景気だ、不況だ。

すっと続いてる。ずっと不景気が続いてると、政治家の奴らは必ず戦争をやりたがるんだ。

Alright、Yeah !

殺伐としてる。

世の中殺伐としてる!

政治家は戦争をやろうとしてる!

Yeah!

だから今夜、みんなに訊きたいことがあるんだ。



愛・し・合・っ・て・る・か・い?


愛し合ってるかい!

愛し合ってるかぁーい!?



Oh Yeah! 

Oh  Yeah! 

Alright!

Woo!

OK Baby,OK Baby ゴキゲンだぜ!Yeah

ゴキゲンだぜ!Yeah

俺の目に狂いはなかった。愛し合ってる奴らがこんなに来てる。

愛し合ってる奴らがこんな集まってるんだ!

OK Baby!

じゃぁ、もう最後に、特別なラブソングをやります!

そりゃもう、そりゃもう熱いラブソング、ビシビシ熱いラブソング!

熱い、熱い、熱い、熱い、ラァーアァーブソング!

ドシドシぶあつい、ラァーアーブソング!

ドシドシ熱い ラブソング!

Yeah! 

For My Baby!

Got LOVE SONG For My Baby !

For My Sweet Little Baby!

For My Sweet Little 渋谷 Baby!

Alright!

お送りしよう!

それは、熱いラブソング、“Baby 何もかも!”』

読者諸君、失礼する。殺しあうよりも、憎みあうよりも、けなしあうよりも、愛し合う方が絶対に大切だ。ロックが俺たちに教えてくれる。愛し合ってるかい?

2014/06/12

Post #1164


根尾村水鳥
誰だって、最後は煙突から立ち上る煙となって消えてしまう。
もちろん、俺も、君も、どいつもこいつも。
なんだか憂鬱になってきたぜ。
ここんところ、何もやる気がしないのは、このせいか。それとも一年続いた夜勤のおかげさんで、身体の芯まで疲れ切っているのか。
プリントすらやる気にならねぇよ。どうしちまったんだ、まったく。

俺がいつか死んだら、まぁ、そん時はちょいとそこらに棄てといてくれ。あっと、それじゃ死体遺棄でお縄になっちまうのか。面倒くせぇ世の中だなぁ。
根尾村水鳥
人間が一人死んだことを、知ってか知らずか、ネコはのんきなものさ。

読者諸君、失礼する。このシリーズはもう今日でやめるぜ。辛気臭くなっちまうってもんだ。しかし、一体ぜんたい、俺たちの人生ってのには、どんな意味があるんだ?