2021/09/14

Post #1723

 エマニュエル・トッドというフランスの家族統計学者がいる。近年、日本でもしばしば取り上げられるので、ご存じの方もたくさんおいでだろう。

この人は、旧ソビエトの乳児死亡率の高さなどから、社会の疲弊を読み取り、ソビエト連邦の崩壊を予言したことで一躍有名になった。データを集め、そこから社会の動向を読み解くわけだ。政治的に粉飾された言説と異なり、データを誤魔化すことは困難だ。

さらに、この人の初期の著作、『世界の多様性 家族構造と近代性』(邦訳2008年 藤原書店刊)は賛否両論を巻き起こした問題作となった。僕としては、高校生の頃読んだ吉本隆明の共同幻想論に匹敵する驚きだった。

鷗 Sweden

トッドはこの本で、人間の社会がどのような形態をとるかは、その社会の家族制度によって決まってくるという非常に大胆な仮説を立てた。

なぜ、マルクスが予言したように高度に発達した資本主義国家から共産革命が生じず、未だなかばアジア的な専制状態にあったロシアや中国で共産主義革命が成就したのかというのは、マルクス主義に対して突きつけられた大きな疑問だったわけだが、トッドはこれをロシアや中国の家族制度は外婚制共同体家族、つまり息子はすべて親元に残り、氏族の外部から配偶者を迎え、親は子に対して権威主義的、兄弟は平等に扱われるという家族形態だったため、共産主義的な社会システムを受容することができたと読み解いた。

トッドはこの本の中で、①絶対核家族、②平等主義核家族、③直系家族、④外婚制共同体家族、⑤内婚制共同体家族、⑥非対称共同体家族、⑦アノミー家族、⑧アフリカシステムに分け、これらの家族制度こそが、社会の価値観を生み出すのだと主張した。この辺りの説明は煩雑になるので、興味のある向きはWIKIでエマニュエル・トッドの項を検索してみてほしい。詳しく解説されている。エマニュエル・トッド Wiki

私たちの住む美しい国日本は、③直系家族に分類される。ドイツやオーストリア、スウェーデンやスイス、カタルニア地方や朝鮮半島、台湾などもこれに分類される。長男が相続権を持ち、兄弟の不平等は受容されるのだ。社会の秩序と安定を好む傾向が強い。自民党の皆さんが愛してやまない、日本の家族制度だ。いやむしろ、トッドに倣えばそんな日本の家族制度が、自民党的な社会を生み出し、受容していることになるだろう。

リベラルな意見を反日的と批判する言説もしばしば見受けられる。これも、当然だ。今日社会を席巻している自由や平等を信奉するリベラルな価値観というのは、男女が対等に扱われる①絶対核家族を形成しているイギリスやイギリス系のアメリカ人、カナダ人の価値観や、平等を志向する②平等主義核家族を形成するフランス人などの価値観の上に成り立っているのだから、それが日本人の家族制度(それがたとえ都市部において急速に核家族へと分解していっているとしても)と相反するものだから生じる軋轢だと考えることができる。

森喜朗の女性蔑視的な発言も、自民党のおじさんたちが繰り返す女性は生む機械的な発言も、介護や育児は家庭で行うのが正しい的な発言も、ウィシュマさん事件に見るような移民に不寛容な政策も、韓国人に対するヘイトクライムも、こういう視点から考えれば、なんとなくわかってくる。かつて日本を取り戻すと標榜していた自民党が取り戻したかった日本は、そんな日本だと思える。

そして、自分のように家族システムが崩壊し、限りなく核家族になっている日本人の価値観は、どんどん欧米人のようにリベラルなものになっていくだろう。

しかし、僕としては新自由主義経済のもと、自由な働き方の美名のもとに低賃金労働で搾取され、家族すら形成することができなかった同世代の多くの人々(それは具体的な顔と名前をもった友人たち、仕事仲間であった)のことを考えるとき、悔しさと悲しみ、そして社会に対する怒りを抱かずにはいられない。

かれらを置き去りにして平気なメンタリティもまた、長男のみに財産や農地を相続させてきた日本人の家族制度から生じる意識があるのではないだろうか?

(とはいえ、歴史学者網野善彦やそれに先行する宮本常一の研究にもあるように、より家父長制の強固な東日本と、共同体的な西日本という大きな二つの潮流がある。相続の形も、地域社会の構成も、東日本と西日本では大きく異なっていたことを、忘れてはいけない。この狭い日本列島ですら、単一起源の社会ではないのだ。)

中国でも、かつて共同体家族の父親が担っていた権威を中国共産党が肩代わりしたことで、家族制度が急速に解体したという。とりわけ、悪名高い一人っ子政策の下では、父親のもとに兄弟が団結するというかつての家族制度は、維持しようもない。国家という拡大家族に改修されつつも、現実的な家族自体は核家族になっていくという奇妙なねじれが生じているのだろう。いつか、臨界点を超えるときがやってくるだろう。それを押さえつけるために、習近平は香港の民主化弾圧(完全核家族のイギリスによって長年統治され、その価値観を根底から異にしてしまった香港人に対するものだ)から、巨大IT企業への締め付け、子供のゲーム時間の制限に至るまで、ありとあらゆることを統制しようとしている。

しかし、その根底に家族制度の変容があることがわかれば、いつか大きな変動が来るだろうことが僕には予想される。

2021/09/12

Post #1722

 今僕は、空港の中で工事をしている。

工具を持ち込むのには、厄介なセキュリティチェックが必要だ。工具がなくなったりしたら大騒ぎだ。見つかるまで、探し続けなけりゃ帰らせてもらえないんだ。

それというのも、20年前にアメリカで起こったような飛行機を使ったテロに、工具が使用されたり、液体爆弾が使用されたりするのを防ぐためだ。

一緒に仕事をしている青年は、僕より20歳ほど若く、あの大惨事があったことすらも、あまりはっきりと覚えていない。当然だ。この世知辛い世の中、個々の人間が生きていくには、自分が子供の頃や生まれる前におこった世界史的な出来事なんかに関わっている余裕はない。けれど、僕らは、その大きな潮流の中で生きている。これは間違いない。

僕らは幸い、小さなこの国が経済的に繁栄し、そこそこ安定した時期に生まれたので、この閉じた列島世界の中にいる限り、世界のどこかで起きているデカい事件とはかかわりなく暮らしていける。すくなくとも、そう感じている。

しかし、そうじゃない国は世界にたくさんある。アフガニスタンはその最たるものだろう。



Sweden

アメリカ同時多発テロは、ウサマ・ビン・ラーディン率いるイスラム組織アル・カイーダによって計画・実行された。ビン・ラーディンはサウジアラビアの富豪一族に連なるものだが、1979年のソビエト連邦によるアフガン侵攻に対するイスラム義勇兵つまりムジャヒディーンとして参戦し、アメリカの支援を受けながらソビエト軍と戦っていた。ソビエト軍が撤退した後、今度はアメリカを敵視するようになり、母国サウジアラビアを追放され、イスラム原理主義集団タリバーンが国土の大半を支配するアフガニスタンに身を寄せつつ、アメリカに対する様々なテロ攻撃を計画実行していた。その極めつけが、アメリカ同時多発テロだった。

当時のアメリカ大統領、ジョージ・W・ブッシュはビン・ラーディンを引き渡すようにタリバーン政権に申しいれたが、その証拠を示さないと引き渡さないとタリバーン政権は突っぱねた。ここから、アメリカはイギリスやオーストラリア、ドイツや日本などの有志連合を引き連れてアフガニスタンで戦争を始めた。

日本はもちろん、憲法の都合上集団的自衛権は行使できないけれど、ぶっちゃけ言って我が国はアメリカの属国だから、当時の小泉純一郎首相は早々にアメリカ支持を表明し、なんだかんだとお手伝いすることになる。

その昔湾岸戦争で金を出すことしかしないと、アメリカ様に酷評されたトラウマがあった。

それで、集団的自衛権を認めようとか憲法9条を骨抜きにしていこう、改憲して大っぴらにアメリカ様の戦争にお供できるようにしようという、近年の流れにつながっていくわけだ。

バーミヤンの大仏をぶっ壊したり、女性は頭から足先まですっぽり覆うブルカを着用し、ひとりで出歩くな、女子に教育なんか不要だと意気軒高、アメリカなんぼのもんじゃいと戦意旺盛であったタリバーン。同時多発テロの直前には、タリバーンの支配を寄せ付けない北部同盟の軍事指導者アフマド・シャー・マスード将軍を暗殺し、後顧の憂いものぞいたはずだったが、さすがに世界最強のアメリカ軍とその有志連合の攻撃の前には、タリバーンは一時期ほぼアフガニスタンから駆逐され、アル・カイーダもほぼ壊滅した。アフガニスタンには、国連の支援のもと新政権が作られ、大統領が選ばれた。ビン・ラーディンは2011年にパキスタンでアメリカ特殊部隊によって殺された。しかし、戦争は2021年8月31日まで続いた。それについては、また後日話そう。

アル・カイーダを支援していると疑われたイラクのサダム・フセインはとばっちりを受け、北朝鮮やイランなどと一緒くたに『悪の枢軸』と呼ばれた。

ちなみにかつては枢軸国とは、第二次世界大戦の際に、連合国と戦ったドイツ、イタリア、そしてわれらが祖国日本を意味していた。僕はブッシュの悪の枢軸という言葉を聞き、また同時多発テロが神風特攻隊を連想させるという欧米メディアの報道に、いささかうんざりした覚えがある。

挙句の果てには大量破壊兵器を開発しているという疑いだけで、アメリカ軍とイギリス軍にくそみそにやっつけられ、フセインは逃亡し、穴倉に隠れているところを引きずりだされて処刑された。疑惑の大量破壊兵器はどこにもなかった。我が国の隣国北朝鮮の指導者は、やっぱり核兵器を持っていないとアメリカにやられると悟り、核ミサイルの開発を最優先とした。

我が国の偉い政治家の皆さんは、これを契機に憲法9条を改めて、先制攻撃できるようにしたいと考えている。

独裁的ではあったが地域大国のイラクの政権が崩壊し、これまた独裁的な大統領が世襲しているシリアで内戦が勃発し、この地域にアルカイーダをはるかに凌ぐイスラムテロ組織、ISIL(Isramic State Of Iraq and The Levant)が台頭した。Levantとは、かつて人類最初の文明が花開いたとされる中東の肥沃な三日月地帯のことだ。

奴らはイラクからシリアにかけて支配地域を広げ、異教徒を虐殺し、女性をさらって性奴隷にした。イスラム教以前の遺跡を破壊しつくし、音楽もたばこもすべて禁止した。日本人も含めて、多くのジャーナリストなどがとらえられ、首を切り落とされ殺害された。まるでケンシロウのいない北斗の拳の世界だった。人権なんてものは、どこにもなかった。

こいつらとも、アメリカは戦わなきゃならなくなった。

地続きのヨーロッパはもちろん、アメリカやオーストラリアでも狂信的なイスラムテロ組織による、テロ事件は今日までやむことがない。

イスラームとは、平和を意味するにもかかわらず、穏健で平和を愛する多くのイスラム教徒が、世界中で差別され、ヘイトクライムの犠牲になった。アフリカではイスラム組織ボコ・ハラムが学校を襲い、女生徒を何百人も拉致したりしている。ミャンマーではイスラム教徒のロヒンギャ族が迫害され、ミャンマー国軍によって弾圧されている。

地獄の釜の蓋が開いたような21世紀だ。そして、イスラム教徒もキリスト教徒も、ヒンズー教徒も共産主義者も一切差別せず、まったく容赦しないコロナウィルスが、世界中で猛威を振るっている。

僕たちは、そんな時代に生きている。やれやれ。そうそう死んでたまるか。この世界の行く末を見定めてみたいもんだ。

今日も、耄碌して忘れてもいいように書いておいたのさ。お付き合いありがとう。

2021/09/11

Post #1721 あの日から20年たった

あの頃、俺は当時住んでたアパートの近所の通信工事屋で働いていた。 線路わきで通信ケーブルを引っ張ったり、天井裏に潜ってLANケーブルを引っ張ったり、地下鉄や高速道路の監視カメラを点検したりしていた。 今と変わらずあくせく働いていた。
その経験は、まったくもって今も無駄になっちゃいない。
今目の前にあることに、一生懸命に取り組まない限り、自分の道は拓けないんだ。
自由になるのに簡単な道はないのさ。
Hue、VietNam

しかし、そんな話は別の機会だ。
その日は、俺の住んでいる町から60キロくらい離れた町に行って、市の駐車場管理システムの点検をしていた。ほら、街中を走っているとどこそこの駐車場は空車で、どこそこは満車とかって表示してくれるのがあるでしょう、あれだよ。
町中を車で走り回っては、表示装置の脇に陣取って、制御装置のふたを開けて、電圧測定したり、点灯確認したり、なんやかんやするんだ。センターに詰めている奴らもいる。電話でやり取りしながら、テスト表示を確認したりしなけりゃならないんだ。
安い割に骨の折れる仕事だ。
仕事を終えて事務所に戻り、歩いて家に帰るころには、すっかり暗くなっていた。
家に入ろうと俺はポケットの中から鍵を出そうとしたんだが、鍵がない。
俺はかみさん(当時はまだ籍は入っていない)が仕事から帰ってくるのをぼさっと待っていたんだ。
当時の家は、新しく建ったばかりの2DKのアパートで、引っ越してそれほどの時間が過ぎたわけではなかったはずだ。鍵交換とかで、相場より割高な費用を請求されるのも癪だ。
かみさんが帰ってくると、仕事中に鍵を落としたことを伝え、当時乗っていた青いミニクーパーを転がして、遠路はるばる探しに行ったんだ。
記憶を掘り起こし、その日仕事で回った場所を一か所づつしらみつぶしに探してみた。
しかし、どこにも見つけられない。
諦めた帰り道、高速の手前の裏道の信号待ちで、後続の車に何かを手渡しに降りたことを思い出した。
そこに鍵はあった。
信号が変わる前に戻らなけりゃって、焦っていたんだろう。
俺はほっとして、満足感に浸りながら夜道を飛ばした。腹が減っていたんだ。
携帯電話が鳴った。かみさんからだった。
「どうした?鍵ならあったよ」
「いや、そんなことはいいけど、いまTVでやってるけどニューヨークで高層ビルに飛行機が突っ込んで大変なことになってるみたい」
なんだそりゃ?いったい何が起こってる?
「こわい・・・」
「いや、そんなのきっとなんか映画のワンシーンとかじゃないの?そんな馬鹿な事あるわけないだろ」
「あ、いま二機目が突っ込んだって。怖いから早く帰ってきて」
「わかった、急いで帰るよ」
俺は電話を切った。ハンドルを握りながら、何が起こっているのかさっぱりわからねぇ、まずは自分が電柱とかに突っ込まないようにするべきだと考えた。

家に帰って、TVを見ると、ニューヨークのワールドトレードセンターに二機の飛行機が突っ込み、ペンタゴンにもハイジャックされた飛行機が向かっているということだった。
冷戦は10年も前に終わり、アメリカは当時世界唯一のスーパーパワーだった。ソビエト崩壊後の混乱が続いていたロシア、今日ほどには国力を蓄えていなかった中国。誰も、アメリカには手出しできないはずだった。
イラクのサダム・フセインなんかが威勢よく吠えてみたところで、アメリカ本土にどんなダメージも与えることはできないことは、わかりきっていた。
アメリカの経済力と軍事力に対して、正面切って戦いを挑めるものはないと思っていた。
21世紀は始まったばかりで、戦争の20世紀は過去のものになり、人類は希望に満ちた時代を迎えたはずだった。
しかし、そうじゃなかった。アメリカの敵は、国家ですらなかった。

俺は思った。『世界がその凶暴で残酷な姿を、はっきりと現し始めたんだ。時代は変わったんだ』

あの日から20年たった。その日のことを忘れたくなくて記した。
以来、今日まで混乱は続いている。地獄の釜の蓋が開いたかのように。