ニッポンの偉大な写真家、アラーキーこと荒木経惟の写真集に、『東京は秋』という素晴らしい写真集がある。
天下の電通の雇われカメラマンを、訳あり自己都合退職した直後、毎日当てもなく三脚とペンタックスの67を担いで東京を歩き回って撮影された、モノクロの小さな写真集だ。
もちろんここには、みなさんご存じの大股開きのヌードや緊縛写真なんかは一枚も出てこない。
仕事を失った寂寥感と、将来に対する漠然とした不安感が入り混じっているような印象すら受ける。このころ、荒木経惟は、結婚して間もない妻・陽子の貯金で食いつないでいたという。
エラい!
これが並みの女なら、土方でも職安でも行きやがれ!ととんでもないことになるだろう。この奥さんがいなかったら、きっと今日の天才アラーキーは存在していないだろう。
撮影されたのは、1972年の9月から1973年の8月にかけて。まだ、天才アラーキーになっていない頃の、荒木経惟だ。当時、彼は自らを、19世紀末『芸術家のための資料』と称して失われゆく古いパリの街並みを写し続けてウージェーヌ・アッジェになぞらえて、東京アッジェと気取っていたという。
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| Bruxelles |
この写真集は、もうすでに失われて久しい東京をノスタルジックに回顧するような造りになっている。
というのも、見開きの左側には写真が、右側にはその写真を見て語り合う、荒木経惟とその妻・陽子の会話が収められているからだ。その対話は、撮影から10年を経た83年の12月と84年の6月だった。ここに、写真の本質にはノスタルジーなものであるということが見て取れる。
この年、この写真集は三省堂から刊行され、失業者時代の荒木経惟の写真が明らかにされたという訳だ。
私の持っている版は筑摩書房から1992年に復刊されたものだ。この時には、既に荒木経惟の愛妻・陽子は子宮癌の為、他界している。通常この手の写真集が復刊されることはあまりないのだが、この場合には、荒木経惟自身が、妻・陽子との思いで・メモリアル(それは極めて写真の本質に近しいものだ)として、強く復刊を望んだのではないかと俺は邪推する。
ココには、三省堂版にはなかったあとがきが記されている。
全文引用してみよう。
『こんなふーに写真を話す相手がいなくなってしまった。実は、写真てーのは写すことより写したものを見せて話すほーが楽しいのだ。
もー妻はいない。
でも、妻はチロを残してくれた。最近チロは写真を見せると、イイにゃあと言うようになった。
1992年 東京は、初秋』
このチロすらも、既に去年他界してしまった2012年の今日から見ると、この写真集は、私たちがそれを見ている現在—チロの死んだ昨年—妻・陽子の死んだ1992年—写真をはさんで荒木経惟と陽子が語り合った83,4年—写真が撮影された72,3年というように、思い出によって紡がれる世界がまとりょーしかのような入れ子構造になって広がっていくのが感じられるはずだ。
さて、どうして今回この写真集の話しを唐突にしたかというと、この写真集が、素晴らしくなおかつお手頃な写真集であるということだけでなく、俺のとても好きな写真集だという理由だけでもなく、先に引用した『あとがき』に、写真の楽しみのエッセンスが詰まっているからだ。
正直言って、俺は、君達読者の諸君と、そんな語らいの場を持ってみたかったんだが、空気の読めない野郎のおかげさんで、コメントの受け入れを中断している。それに加えて、心中密かにコメントの再開を期して臨んだアンケートには、投票総数1という盛り上がらなさだった。
がっくりだよ。
アラーキーの言葉を借りれば、こんなところだ。
『こんなふーに写真を話す相手がいなくなってしまった。実は、写真てーのは写すことより写したものを見せて話すほーが楽しいのだ。もーコメントはこない。』
写真ってのは、やっぱり見ながらワイワイ言ったりするのが、楽しいし、その方が世界が広がるような気がするんだが、どうだろうねぇ。それとも、写真を趣味にしている人たちは、シャイな人が多いのかい?俺のブログを見てくれてるはずの友人たちは、俺のやっぱり写真になんか興味が無いんだろうか?ただ、上手いねぇとか、キレイだねぇとかで終わるようなもんじゃないだろう。
どの写真に写っている瞬間も、もうすでに二度とは戻ってこない時間を切り取ったものだし、写っている人は、いつか必ずこの世からいなくなってしまうんだぜ?そして何より、写真を見せてる俺も、写真を見てる君も、何時かはこの世から消え去ってしまうんだ。これだけは間違いない。絶対の真理だ。だからこそ、俺は君たちと話し合いたいと思っていたのにね、残念だ。残念きわまるとはこのことだよ。
OK、もっと見たことの世界や、会ったこともないような他人に興味を持ってもいいんじゃないのかい?いい年こいて金儲けと放射能、芸能人の恋愛話や政治家のスキャンダル、そしてTVのドラマやB級グルメにしか興味が無いなんて、つまらないと思わないかい?俺は、ホントは写真について、あるいは写真をネタにして君たちと、この世の中のことを、俺自身や君自身の事を、いろいろと話し合ってみたかったんだがね。
ううっ、この冬一番の寒さが、俺の心の寒々しさに呼応するようにも感じるぜ。
読者諸君、そんなわけで失礼するぜ。君もホントは、自分の写真に関して誰かともっと話してみたりしたいんじゃないのかい?どうなんだい?しかし、そう問いかけても、コメントできないから、誰も答えてはくれんだろうな。やれやれ、嫌になっちまうぜ。