偉大なるドラマー、チャーリー・ワッツが死んだ。俺がストーンズのメンバーのなかで、一番好きなのはチャーリーワッツだった。強烈キャラの持ち主が多い印象のドラマーの中で、誰よりもジェントルでスマートだった。
御年80歳。病気療養のためにツアーに参加しないというニュースを先日目にしたばかりだったが・・・。心から冥福を祈るばかりだ。
しかし、ロックはとっくの昔に死んでいた。The Whoが、奴らはロックなんて終わってるっていうけど、構うもんか、ロック万歳だ、長生きするんだ!と歌ったのは、もう50年も前だ。ロック界のレジェンド超人たちは、みんな年老いたか死んでしまった。
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| VietNam中部のどこか |
非難囂々のフジロックで、MISIAが君が代を歌ったことが、世間様の中では賛否両論だったらしい。それについて特に俺がどうこう言う立場にない。
ロック(なのかどうかは俺としてはよくわからないけど)が国家という体制に迎合したことへの失望の声、感動したという声。それに対して、ロックに対して反抗的だとか反骨だとかいうのがすでに時代遅れだという声。
あー、ロックはもうとっくに終わってるのさ。
次々に生み出されて、一般大衆に熱烈に受け入れら、ガツガツと消費され、すぐに忘れられてしまう商品ばかりだ。CDショップにはすでにろくなCDが売っていない。アルバムを作っても、もう利益が出ないんだそうだ。そう、ロックどころかロックビジネスもくたばりつつあるのさ。
どうせ商品だろ。いまどき反骨だとか反体制なんて言ったって、商品にはならないぜ。聞くほうもやるほうも、爺さんばっかりだしな。マイジェネレーションなんていっても、年金世代さ。
少年のころ、おじさんたちが50’sとか聴いているのを見て、どうしてこんな時代遅れの音楽をいつまでも聴いていやがるんだと思ったが、今じゃ俺の世代の連中はどいつもこいつも80年代のベストヒットとか聴いている。それと全く同じだったんだと、この年になって気が付く。うちのかみさんも、車の中でSpotifyでよく聴いている。懐かしくってセンチメンタルになるぜ。
ロックが反体制だ、反骨だというイメージを勝ち得たのは、その黎明期から黄金時代にかけてが、世代交代と価値観が刷新されていく時期に当たっていたからではないだろうか。
第二次大戦後に生まれたベビーブーマーが、人口の規模拡張に伴う経済成長と、その人口に物を言わせた圧力で、先行世代への異議申し立てと新たな価値観の提示を行っていく中で、ユースカルチャー自体が、旧来の文化や社会に対して、反体制で破壊的だと感じられたからなんじゃないかと、50を過ぎた私にはわかる。まぁ、若さとは、そーいうもんでありたい。
いずれにせよ、ロックはとっくに死んでいる。でなきゃ、デイサービスとかに通っている。
俺が私淑し続けている吉本隆明は、詩なんてものは自分の心に響いた一節を刻み、生きていく糧にすればいいようなものというようなことを言っていた。
出張中なので、きちんとした引用ができないが、吉本隆明の詩の一節を心に刻んで生きてきた人間がここにもいる。たとえばこんなんだ。
ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる
もたれあうことをきらった反抗がたおれる
これも、おれのなかではロックそのものだ。反抗だの反骨だの時代遅れとかいいたければ、言えばいい。俺は穏やかな家畜じゃないのさ。
ロックもそう、自分が気に入った曲を、心に刻み、逆境にある時、苦難の時、ひとり自分の心の中で反芻し、生きる糧としてあればいい。
偉大なるチャーリー・ワッツよ、やすらかに。

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