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| 奈良、十津川村にて 俺の人生いつだってこんな感じさ |
親父のことは思い出したくもないが、これでも俺は町一番の孝行息子といわれている。四月からは町内会の班長だし子供会の副会長だ。一応、父親のことは気にかけておいてやらないといけないんだ。たとえ俺が鬼子だとしてもね。
ちょうど一年ほど前の1月30日に、親父は菌血症の治療のために転院になった。
市民病院の支払いは、市役所に行ってあらかじめ高額医療費請求の手続きをしていたから10万ちょっとで済んだが、貧しい労働者階級の俺にはこれまた痛い出費だ。
俺の親父には、そんな金はない。
金欠症の治療で俺が入院したいぜ。
さて、その転院先の病院は、俺もその前の年に腎臓結石と菌血症で入院していたことがあるんだ。ほかにも交通事故で大腿骨をへし折ったときとか、働きすぎで帯状疱疹になり、医者から強制的に入院させられたときとか。いつもお世話になってる。
死んだ祖母のノブちゃんも、救急搬送されたときには、旦那の庄六さんが死んだ市民病院を、死人病院だけはやめてくれと言っていたな。我が家の皆さんには鬼門だ。
担当医師は俺のちんこの先から膀胱までカテーテルを挿入する手術を執刀してくれた美熟女の女医さんだった。
あれは、思い返しても恥ずかしいな。お粗末なものしか持ち合わせていないんでね
で、2月の頭だ。俺は近く(といっても車で10分くらいか)に住んでるすぐ下の弟と一緒に、何件かサービス付き高齢者住宅を見に回った。親父に借金の保証人されて苦しんだ奴だ。俺たちは最初、レオパレスでも借りて放り込んでやろうかと考えていたんだが、どうせまた好き放題食い散らかし、金もないのに余計なものを買い込んで碌なことにならないと断念したんだ。
素敵なことに、入院していた市民病院の担当医は、俺の父は要支援も要介護も必要ない!と太鼓判を押してくれたんだ。うれしくてハラワタがちぎれそうだぜ。
だから、自然と補助がないので月々の支払いも多くなる。あと、あまり俺の家から遠いと何かと不便だし、そうなると条件は限られる。
いっそ橋の下にでも住んでくれるくらい根性座ってるんだったら話は早いが、終戦直後じゃないんだから、そういうわけにもいかない。(とはいえ、俺は近所の川にナマズを釣りに行ったとき、橋の下に誰かが住んでる痕跡を見つけ驚いたことがある)
一件目は、俺の家から歩いて行っても5分10分ほどのところで、町の中心部にも近く日当たりもよかったが、あいにく空きがなかった。
親父にそのことを告げると、「あそこは昔、繊維の商売をやっていた知り合いの系列だから惨めな思いをしたくないので嫌だから、空きがなくてよかった」だとさ。
この野郎!もうとっくに惨めなんだよ!
二件目はカミさんと二人で、車で15分ほどのところを見に行った。
そこは高い。まるでセキュリティ付きのマンションだ。敷地内には小ぶりな平屋の戸建てもある。老夫婦で住むってことだろう。
そりゃ結構なところだ。できたばかりだし、内装のセンスも素敵だ。ってことは金がかかってる。ってことは、投資を回収するためには、勢い月々の支払いも高くなるってことだ。案の定、月々に20万以上が必要だ。
空いているのでいつでもどうぞといわれたが、その金額じゃ空いててもおかしくないぜ。俺はしがない労働者階級なんだ。勘弁してくれよ。この借金だるまのくそじじいに、そんな月々金は払えないぜ。
俺たちはにこにこして話を聞き、パンフレットだけもらってかえったんだ。
そして、三件目。あまり期待していなかったけれど、もう少し手ごろな値段で入れそうなところを見に行った。少し街はずれだけれど、幹線道路を通れば俺の家から5分ほど。市内を走る私鉄電車の小さな駅にも近く、目の前にはコミュニティーバスのバス停もある。悪くない立地だ。
俺たちを迎えてくれたのは、とんでもなく腹の出た中年のにこやかな男で、仮に山ちゃんと呼んでおく。山ちゃんは、太りすぎて移動するのがしんどいのか、老人がリハビリに使う歩行器のようなものに両肘を預けて、よちよちと動き回ってる。彼の両肘は、その体重が預けられているせいで、タコになっている。そして、関西訛りの大きな声でしゃべり、よく笑う。
面白いな。キャラが立っている。ここにするか。
一階は食堂とラウンジ、二階がそれぞれの個室でトイレと洗面所、電磁調理器が付いている。風呂は一階に温泉みたいな素敵な浴場が付いている。あのくそじじいにはもったいなくらいだ。しかも、今部屋の空きがあるという。かつては満室だったが、コロナ禍の時に男性の入居者のうちの何人かが、感染対策などの煩わしさを嫌ったのだろう、出て行ってから満室になることがない状態なんだそうな。
北側の部屋は目の前に川が流れていて遠くに美濃の山々が見える。しかし、北側は埋まっているんだと山ちゃんは残念そうに言った。とはいえ、冬の北向きの部屋は陽が当たらなくて冷えるしな。南でも西でも何でもいいさ。
西側の部屋は夏、西日が入って暑いのと、見える景色が電車の高架と隣の家の壁。それを山ちゃんは残念そうに言うんだけれど、何の問題もない。
十分だ。何の問題もない。俺たちは即決した。
さて、気になるお値段は・・・月々15万くらいだ。これなら年金と俺たちが出し合った金で何とかなる。兄弟が四人いるとこういう時に助かるぜ。即決だ即断だ。
親父が退院してくるのがおそらく2月の半ば。山ちゃんは部屋の清掃や準備があるから再そっくで2月18日の契約になるって言うから、俺たちは2月の18日から入居ということで契約した。
先払いの家賃と敷金、食費、共益費等こみこみでおおよそ21万円。
俺たち兄弟は金を出し合い、親父用の口座で管理することにして、その金を払ったんだ。
| 新しいオヤジの部屋 |
衣装ケースや三段ケース、小さな冷蔵庫、タオルやトイレットペーパーなど生活に必要なものは俺が買いそろえた。ここでも出費がかさむぜ。
電子レンジは、俺が現場で弁当を温めるために倉庫に保管していたものを持ち込んだ。テレビとミニコンポは、親父が使っていたものだ。取っておいてよかったぜ。
やれやれ、これで住むところの問題は解決だ。
後は退院してきた親父をここに放り込んだら、衣食住は一丁あがりだ。さすが、町一番の孝行息子と言われるだけあるな。
しかし、気の重い問題がまだ残っている。借金がどれだけあるのかを調査して、弁護士に頼んで自己破産させるという重大な問題だ。

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