2011/05/14

Post #183 On the Wall #2

今日は体調がいまいちで、実は医者に行ったりして一日が暮れてしまった。俺の週末が台無しだぜ。ひとつ前の投稿は、病院の待合室で暇を持て余している間に作ったものだ。
しかし、昨日ブログをUPできなかった借りを今日のうちに返しておきたいもんだ。
今日はアムステルダムの壁シリーズ第二弾。ポスターとか、フライヤーとかが貼られた壁だ。
まぁ、体調もいまいちだから、能書きはほどほどにしておこうぜ。

On the Wall, Amsterdam
この写真を撮ったすぐそばにはThe Red Light District、日本語では『赤窓』エリアと呼ばれる一画のすぐそばだ。何とも怪しげなBANANASって店は、どうやらその『赤窓』エリアで営業中らしい。
『赤窓』エリアってのは、要は公認の売春街なんだが、そこのシステムが変わっているんだ。建物には幅90センチ、高さ2メートルほどの窓が並んでいて、その窓の中は小部屋になっている。赤いカーテンがかけられているんだ。そして、その窓の中には、マネキンのようにビキニ姿や、下着にロングブーツといった姿の売春婦のおねーさん、もしくはおばさんが前を通る男たちに微笑みかけているのさ。白人もいれば、黒人も、混血らしき人もいる。SMの女王様っぽい女もいれば、その辺にゐそうな優しそうな小太りの女もいる。若いのも、年食ったのも、太いのも痩せてるのも、いろんなタイプの女が売春している。そして、どんな女か一目瞭然なんで、日本でよくあるように、写真と実物がまるで違ってガックリというトラブルはなさそうだ。
ココは、明確に撮影禁止とされているので、さすがの俺も写真は撮ってないんだ。大麻の吸えるコーヒーショップと並んで、アムステルダムの名物の一つだ。君ももしアムステルダムに行く機会があったなら、行ってみるとイイ。面白いぜ。
On The Wall,Amsterdam
これも、赤窓のすぐそばで撮ったもの。こんなカンジでフライヤーが貼られているぐっちゃぐちゃ感はたまらないもんがあるんで、つい撮ってしまうね。分かるでしょ?解ってほしーね。
では、もう一丁!
On the Wall, Amsterdam
これも同じく。なんだかこんな退廃したような一面がアムステルダムにはあるように感じるぜ。いや、どんな街でも人間がいる限り退廃はあるんだろうが、それがむき出しになっている街だと言いたいわけさ。
OK、今日はこんなところさ。失礼させてもらうぜ。腹が減った。飯を食いに行きたいんだ。
今日のUPで、写真は300枚を超えたんだ。投稿記事の下にあるスライドショーで全部見ることが出来るだろう。読者の諸君、暇を持て余しているのなら、一度じっくり見てくれ。いろんな写真がフラットに展開している。このブログが続いている限り、この写真は増えていくんだ。楽しみにしていておくれ。では、失礼する!

Post #182 Fragment Of Fragments #17

読者諸君、昨日はBloggerの不具合で更新できなかったんだ。今年になって毎日忙しくても更新という目標を自分自身に課していたんだが、どうしようもない。しかし、読者諸君のおかげで、ささやかながら5,000PVを達成することができたんだ。どーもありがとう!これからもどーぞよろしく!
VietNam
とはいえ、昨日は久々に早朝から仕事だったおかげさんで、夜、家に帰って来たときにはふらふらに疲れきっていたんだ。とてもブログなんて作っていられない程、疲れきっていたんだ。倒れそうだ。そう、ある意味好都合だ。こんなんじゃいずれ死んじまうぜ。俺も原子力とかで身体が動くよーな不滅のボディーがほしーぜ。鉄腕アトムみたいでイカすだろう?しこたま水を飲んでメルトダウンを防がないとな。そうすりゃ、痛風や結石の発作もおこりにくいだろうよ。
そう、俺はすっかり夜行性になっているんだ。最近じゃ、どうも午前中はチョーシが悪い。きっと血圧も低いことだろう。ますますゲージュツ家のようだ。明るい太陽たまに見るっていきおいだ。身体を壊して技に磨きがかかるってもんか。クールビズだのサマータイムだの世間は大騒ぎだというのに、困ったもんだ。
今回の震災がおこる少し前に、日本政府が産業界とタッグを組んでベトナムに原子力発電所を売り付けたそうなんだが、ベトナム人もクーラーのガンガン効いた部屋で暮らすようになるのだろうか?
それを彼の国の人々が望んでいるのなら、我々には、そんなの資源が足らなくなるから、ガマンしろよだの、日本の原発は危険だからお止めなさいなんて言う資格はないんだなぁ。まずは、自分たちのムダだらけのセーカツをリストラクションしねーと、そんな一見ごもっともだが、自分たちさえ快適なら他の連中は、どーだっていいんだって偽善まるだしの態度は人としていかがなもんだろうか?
暑い日中だからこそ、日が傾いてきたころ、街を吹き抜ける風は、涼しく感じられ心地よいのさ。たとえその風にブンブン走り回るバイクの排ガス臭が混じっていてもね。
俺はホーチミンの黄昏時を思い出す。
日が暮れ、街に夜が訪れると、メインストリートというメインストリートは二人乗りのバイクで埋まる。凄まじい排ガスと、エンジン音だ。
VietNam
熱気ムンムンだ。しかし、家の中にいても、糞っ垂れな我が国のようにクーラーがガンガン効いてて快適に眠れないんだろう。きっと下らないバラエティーなんてやってないんだろう。
凄い台数のバイクが濁流のように大通りを流れている。とてもソーカイにバイクを飛ばしているとは言い難いぜ。たいていみんなノーヘルだ。しかし、どいつもこいつも、イキイキした顔でバイクを転がしている。
そんな夏の夜の過ごし方も、たまには面白いぜ。とは言え、この世知辛い日本でやったら、スグにヤンキーと間違えられて、お巡りに追いかけられちまうぜ。
読者諸君、また会おう。よい週末を過ごしてくれ。

2011/05/12

Post #181 On the Wall

今年は岡本太郎生誕百年ということで、世間では岡本太郎ブームのようだ。
新宿駅の通路に移転されている『明日の神話』に福島原発の事故を描いた落書き、というよりベニヤ板が付け足されていたってのも、記憶に新しいぜ。
Amsterdam
俺自身、岡本太郎は結構好きで、ご多聞に漏れず、あの有名な『芸術は爆発だ!』ってのにガキの時分にやられちまった口だ。しかし、岡本太郎が極めて知性派の芸術家だったことは、みんな知ってるかな?
岡本太郎は戦前(アフガン戦争じゃないぜ、第二次世界大戦だよ)にパリに渡り、ソルボンヌ大学で民族学をマルセル・モースから学び、哲学者のジョルジュ・バタイユと親友になり、彼の作った秘密結社の重要なメンバーの一人になったりしていたんだ。文化人だな、まったく。
パリでの岡本太郎は、そこそこに評判になっていたようだ。知ってるかい?ロバート・キャパの最初の彼女で、世界初の女性戦場カメラマンだったゲルダ・タローのタローというのは、岡本太郎からとられているんだぜ。
戦前のコスモポリス、文字通り世界の文化の最先端だったパリで岡本太郎の基礎は作られ、世界中から集まった若き芸術家と交流を持っていた。それは、絵画芸術だけじゃなくて、写真家の友人も多かったようだ。
ハンガリー生まれのユダヤ人の写真家ブラッサイも岡本太郎の友人の一人だ。

岡本太郎は、ブラッサイから写真の手ほどきを受けてたんだ。で、カメラマンってのも悪くないと思っていたようだぜ。事実、後に岡本太郎がニコンFを携えて日本中を巡り、撮影した写真は、とても画家の余芸とは思えないダイナミズムがある。太郎が日本に帰るとき、ブラッサイは太郎に愛用の引伸機を贈ってくれたそうだ。それは空襲によって燃え尽きてしまったそうだがね。

手元にあるブラッサイの写真集を見てみよう。霧に包まれたパリの夜景が、ホモセクシャルや娼館の娼婦たちなどの戦前の退廃的な風俗が、パリ市民の穏やかな日常と街並みとが、当時の芸術家や作家の肖像が、モノクロで捉えられている。どれもカッコいい写真だ。影響を受けずにはいられないほどだ。
Amsterdam
そんななかでも、ブラッサイは壁の落書きに執着していた。当時はスプレーなんかないから、釘か何かで石の壁を削った線刻の落書きだ。そんな落書きを、ブラッサイはこまめに撮影していたようだ。
別にブラッサイを気取るわけではないけれど、壁の落書きは、いつも見かけると撮ってしまう。日本の落書きは、ヒップホップ調のものがほとんどだけど、ヨーロッパに行くとさまざまなスタイルの落書きを見ることができるんだ。面白いもんだぜ。
もちろんヒップホップ調のものも多い。パリのメトロのトンネルの中は、いったいぜんたい、いつどうやって書いたのか分からないけれど、そんな落書きだらけだ。轢かれちまうぜ、まったく。
壁の落書きとか、べたべたと貼られたポスターを見ると、街が生きているのが感じられるんだ。だからいつも、見かけるたびについ撮ってしまうんだ。
落書きや何度もなんども貼ったり剥がされたりして、まるで地層のように成り果てたポスターは、俺にとってはサイコーのご馳走だ。
そう、あまり小奇麗な町では息がつまって仕方ないぜ。人の気配が感じられないのさ。神は細部に宿るっていうだろう。そんなディテールが人の住む町には必要なんだ。ガラス張りのビルとゴミひとつない街路じゃ、写真をとってもなんだか味気ないものさ。とはいえ、自分の家の壁に落書きされるのはゴメン蒙るがね。

OK、読者諸君。今日はこのくらいにしておこう。今夜は久々にお仕事なんでね。いつまでも遊んでばかりはいられないのさ。