2012/08/27
2012/08/26
Post #609 写真×パンクロック もしくは写真の金玉
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| Kyoto |
赤道直下のシンガポールのほうが、よほど涼しかったぜ。
俺はちびまる子ちゃんの舞台になった清水に仕事で来ている。例によってビジネスホテル暮らしだ。日本のいわゆるビジネスホテルってのは、つまらないこと限りない。どこも同じだ。記憶にサッパリ残らない。そんなもんさ。
で、明日は現場が休工日なんで、俺は暇を持て余していた。写真を撮りに出歩こうか?いい雰囲気の飲み屋があったら、久々に一杯、キンキンに冷えたジンなんかにありつくのもいいかもしれないなぁ。イカシタおねーさんが怪しい瞳で俺に微笑みかけたりするのさ。きっとケツの毛まで抜かれちまうだろう。たまらないぜ。
が、ココ清水にはそんな雰囲気もない。とっくに現地調査済みだ。さすがは日本中の子供たちを魅了してやまない『ちびまる子ちゃん』の舞台だけある。そこら辺の爺さんが友蔵に見えてくるってもんだ。健全だ。健全きわまる。人間が人間らしく生きるためには、多少の悪徳も必要だというのに。
致し方あるまい。
最近余りの反響の無さになんだか情熱を陰らせているブログでも久々に更新してみるとするか。
今日もクソ暑かった。俺の働く工事現場には、当然クーラーなんて気の利いたものはありはしない。それどころか、風の通るような窓すらない。劣悪な労働環境だ。昭和なカンジだ。しかも、今日は思いっきりの肉体労働だった。疲労困憊だ。若いときに怠けていた報いを、今こうして受けているのだ。ざまぁみろ。
あぁ、脱いだ衣服から悲しくなってくるような臭いが漂ってくる。しかし、写真のような女性の場合は、そんな臭いどころか、きっと甘やかな匂いが漂ってくることだろう。素晴らしい・・・。俺はいくつになっても女性には幻想を抱いていたい。真実が残酷だとしてもね。
強い光が、輪郭を溶解させるような写真は、それはそれで好きだ。
その瞬間の光の強さが、生理的に感じることができる。光の熱さすら、思い出してしまう。それは遠赤外線だろうか。モノクロ印画紙は赤色光線には感光しないはずだがなぁ。
色彩豊かで、上手でキレーな写真に興味のある方は、納得いかないどころか、ご不満かもしれないな。いや、その手の向きは、はなっから俺のことはスルーだろう。いや、スルーちゅうのは、目には留まってるということなので、俺のような映像的クズ拾いのことは、見つけることすらできないだろう。写真の世界のアリですらない、水虫菌のようなものだ、クソっ!
まぁ、このあたりに、俺のやる気を減衰させる要因が潜んでいるのだが、今それをぐだぐだいっても始まらない。今は、このハイキーな写真の話しだ。
時折出現するハイキーな写真は、俺自身も最初はどうにも納得がいかなかったんだが、何時しかそれはそれとして受け入れることにした。
自分の暗室技術の未熟さと根気の無さによる結果を、むしろ一つの個性として俺は受容したんだ。
そこに、写真におけるパンクロック魂が見え隠れするわけだ。
つまり、3コードしか弾けなくても、OK。
音痴でも、がなってるだけでもゼンゼンOK。
ルールや世間の価値観なんか無視してやりたいようにやってOK!
欠点を受け入れることで、自分の個性とするという大胆な発想の転換。ポジティブシンキングだ。
フレーミング、テキトーでOK!
アレ、ブレ、ピンボケ、全然OK!
プリント、下手糞で真っ黒、真っ白でOK!
肖像権、無視でOK!
色?コダックのリバーサルが無くなった時点で、無くてもOK!
カメラ、ホントのところは写るんですで充分!しかし、それでは舐められるのでもうちょっとまともなものを使っておくことにするか。
むしろ、誰が撮ってもお上手に写真が撮れるようなカメラがジャンジャン市場に出回っている今だからこそ、天邪鬼な俺にはこのスタイルが似合ってるというものさ。
そう、誰が撮っても撮れるんなら、俺じゃなくってもイイんだからな。
俺がそんな写真を撮ってみたって、まったくのところ去勢された馬みたいなもんだ。物足りないったらありゃしないぜ。
正直言って、俺は俺の写真が大好きなんだ。毎日見ていても飽きることが無い。
去勢どころか、写真に金玉がぶら下がってるように感じるぜ。
それはどんな感じかって?
頭の中で、ウィリアム・クラインとジョニー・ロットンという二つのタマタマがブラブラ揺れながら、一つの袋に入ってセッションしているような感じだよう!
そういえば、ストーンズの『メインストリートのならず者』のジャケ写真はロバート・フランクだったなぁ。あれもよかったな。いかん、また脱線だ。
写真×パンクロック
ふとそれこそが、自分の原点だと思いつくわけだ。だから、巧くなくていいのさ。そういうのが好きな人には、もっと上手い人たちがキレーな写真を撮っているだろう。ブブ漬けでも食って、さっさとそっちに行っておくれやす。そもそも俺は女子供が喜ぶような写真を撮る気ははなからありゃしねぇんだ。はなからちょうちんさ。
思い出した。俺は俺の好きな写真を撮りたいだけなんだ!はなから自己満足じゃないか?まいったなぁ。
読者諸君、余りの暑さと反響の無さにすっかりやる気を喪失しているこの俺に、励ましのコメントでもくれないか?あぁ、ただしいつものホモはくれなくっていいぜ。俺のケツを貸してやる気はサラサラないんだ。俺はこの写真を見ても分かるように、女好きで通ってるんだ。
明日は暇潰しに静岡にでも行ってみるかな。失礼する。
2012/08/22
Post #608 あの角を曲がれば
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| Kuta,Bali,Indonesia |
飛行機を乗り継いで、バリ島、ジャワ島のジョグジャカルタ、そしてシンガポールにも足を延ばしてきた。
モノクロフィルムを31本、リバーサルを4本、締めて1300カットほど撮ってきた。まだ、現像は上がってきてはいない。例によって上りが楽しみだ。またもや自分の天才を確信することになるんだろう、なんてね。
今回も毎日、南国の照りつける太陽の下を、ひたすら歩いた。歩かないと写真はとれない。高速で移動することによって、どれほどの風景を掴み取ることができるというのだ?写真はやはり、歩かないと撮れないものだ。御苦労なことだ。熱中症になるんじゃないかとも思えたが、この日本なんかより全然過ごしやすいんだぜ。夜なんか一枚余分に羽織っていないと肌寒いくらいだった。まったく、この日本ちゅう国はどうかしてるぜ。
時折、写真を撮って歩き続けていると、ふと、こんなこと、単なる自己満足にしか過ぎないんじゃないかって思えてくる時がある。意味の無いことに、貴重な時間と無駄な労力を費やし、写真を撮り続けていることが、単なる難行苦行のよう感じる。ほら、インドなんかにいるだろう?40年以上もずっと手を上にあげている苦行者とかさ。それと大差ないような気になってくるんだよ。このデジカメ全盛の時代に、モノクロフィルムだなんて、時代錯誤も甚だしいとすら思えてくる。
また、どれほどシャッターを切ってみても、自分が目にしたものすべてを、世界の全てを写真にすることなど、出来るはずもない。どれだけシャッターを切り続けてみても、所詮は同じようなイメージの繰り返しなんじゃないかって、ふとネガティブに冷めてしまう一瞬が来るんだ。
けれど、もしかしたら、そこの角を曲がったところに、美しい女性が佇んでいるかもしれないし、見たこともないようなモノが、俺を待っているかもしれない。
いつだって、その角を曲がったところに、何かがあるかもしれないと自分自身に言い聞かせるようにして、写真を撮り続けています。
そして、これからもまぁ、相も変わらずなことでしょうよ。
しかし、今回の写真をはやくプリントしてみたいもんだなぁ。とはいえ、まだ当分家には帰れないんだろうけど。
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