2012/09/06

Post #619 久々の休日

Paris
昨日の夜遅く、出張から帰ってきて、今日は久々の休日だった。うちのつれあいも会社を休んだので、およそ2週間ぶりにゆったり暮らしたんだ。そう、美術館にいってみたり、買い物をしてみたりしてね。俺は、先日の旅行でしこたま撮ってきたフィルムを行きつけのカメラ屋に撮りに行った。
モノクロ31本、リバーサル4本で〆て2万円ほど。痛い出費だ。しかし、これをデジカメに置き換えるわけにはいかない。俺としては、デジタルの写真とフィルムからプリントした写真は全くの別物なんだ。こだわりってのがあるということだ。こだわりこそ、人生に奥行をもたらすんだ。こだわりの無い人生なんて、去勢された馬のようなものさ。物足りないったらありゃしないぜ。
他にも、パイプ煙草の葉、CDなんかを買ってしまった。いろいろと物入りだ。こだわりの人生も楽じゃないぜ。
そうこうしていると、いつもブログにいちゃもん同様のコメントを送りつけてくる知人から、不愉快な内容文面のメールが送りつけられてくる。昨日の投稿が気に入らなかったようだ。
不快だ。速攻スパムにして処理する。
すると、こいつは俺の痴人、いや知人なんで、俺のケータイに言いたい放題メールを送りつけてくる。昨日の外国人街の話しが心底気に入らなかったようだ。
日本は鎖国すべきだとか時代錯誤も甚だしいことを言っている。適当にイナしておくと、竹島や尖閣諸島の話しを持ち出して来て、中国や韓国とは国交断絶、開戦しかないとか鼻息の荒いことを垂れ流す始末。しかしながら、果たして彼は戦争になった時、自分が最前線で戦うという覚悟があるのだろうか?そんな覚悟もなく、そんなことを言うもんではないだろう。毅然として振る舞っていればいいだけのことだ。感情的になっても、何も解決はしない。それが世の中だ。
しかも、挙句の果てには、政治関係の話題を街角ブログ(なんだそれ?)で扱うのはやめろと、貴重なご意見を賜る羽目になった。
俺は、憲法で保障されている俺の言論の自由を行使しているだけだ。
彼にとやかく言われる筋合いはない。俺は俺の自由(な発言や思考)を妨げようとする人間には、絶対に妥協したくないと思っている。幸い、今の日本では、言いたい事を言ったからといって、特高警察に逮捕され、拷問の挙句に、秘密裏に殺害されることもない。しかし、かつては本当にそんな暗黒の時代がこの日本にもあったのだ。その人々の犠牲のもとに成り立っている言論の自由だ。大切に護らせて頂くぜ。脅しのようなものに屈するわけにはいかない。男がすたるわ。
真っ当な見識を持った人間なら、時に政治的な見解を披歴することも当然のことだと思っている。それが気に入らなければ、俺のブログにアクセスしてくれなくて、一向に構わない。
言いたいことも言えないようなブログなら、さっさとやめてしまおうか。しかし、俺はやめる気はサラサラない。こんな目にあえばあうほど、やる気が湧き上がってくる。知力、体力、能力、識見、それら全てを総動員して俺に挑んでくるがいいと思う。戦闘的な受動性が俺には備わっているのだ。

きっと、こんな手合いの人間が先の大戦の時も、日本は東洋の盟主だ、鬼畜米英をアジアから叩きだして大東亜共栄圏を確立しろという、勝算も出口戦略もない無謀極る軍部の愚行に拍手喝采し、自分たちと意見の異なる者を非国民扱いしたのだろうと思うと虫唾が走る。そして、天皇陛下万歳と唱えて、自分の隣人友人が戦場に送り込まれることを喜び、自分が戦場に行かずに済んだことを、内心で喜んでいたんだろう。
俺は、子供の頃から毎晩のように、今年92歳になる祖母から、戦争によってどれだけ多くの人々が不幸になったか聞かされて育った。
軍人が威張り散らし、言いたいことも言えない嫌な時代だったと、繰り返し聞かされてきた。
戦争に負けて、そんな時代が終わったことがどれほど嬉しかったか、まだ小学生になるかならないかの頃から聞かされて育った。
戦争は人間を不幸にしかしない、それは俺の骨身にしみている。
俺の祖父は、大陸で日本軍の軍馬に与える飼料を扱っていた。戦争商人だったのだ。その屋敷には、当時2000人もの中国人の労働者が住んでいたという。祖父は、中国人に対して傲慢にふるまうことなく、中国人たちとも仲良くやっていた。祖母は、日本の息苦しい雰囲気を嫌い、中国に職を求め、そこで妻と死に別れていた祖父と出会い結婚したという。
戦争が終わった時、祖父母は中国の友人たちから、中国に留まって暮らしていくことも打診されたという。しかし、祖父母は幼い子供たちを連れて、必死の思いで日本に引き揚げてきた。
その後の生活は苦しかったが、祖父は残された子供たちだけが自分たちの宝だと言って、中国で築いた財産や広大な屋敷などには何の未練も示さなかったという。祖父は、貧しいながらも潔癖に暮らし、自分よりも困窮しているニンゲンには惜しみなく金品を与えるような人だった。きっと戦争体験によって、自分の中の基準が大きく変わってしまったのだろう。祖母は、そんなお人よしの祖父に呆れながらも、行商や手内職をして家計を支え、6人の子供を育て上げた。
俺は、そんな祖父や祖母を誇りに思っているんだ。
中国や韓国の人々といがみ合っても、何も解決しない。
問題があった時、感情的になってしまっては、問題の解決はできない。
毅然とした態度で根気よく話し合いを重ねて、お互いが納得したり我慢したりできる妥協点を見い出し、解決を図ってゆくべきなのだ。イタズラに相手に対する憎しみをあおり、過激な行動に拍手喝采し、戦争によって問題を解決しようと考えるなど、愚の骨頂だ。
俺は、人類の歴史の向かう必然として、今日の民族国家という段階はあくまで過渡的なモノであり、いつの日か国家はその役割を終え、世界は大きなブロックに統合され、最終的には地球単位の政府のようなものが出現するだろうと確信している。
それはもちろん、俺達の生きている時代のことではなく、千年単位の未来のこととなるだろう。俺はいつだって、そのはるかな射程を持つ夢のような理想を踏まえて、言いたいことを言っている。近視眼的に言っているのではないのだ。ジョン・レノン先生も言っている。夢かもしれない、その夢を見てるのは君ひとりじゃないと。

そんなメールが来たことによって、俺の貴重な休日は、どこか後味の悪いものになってしまった。
まったくもって、世の中上手くいかないものだ。戦争しても意味ないぜ。
読者諸君、失礼する。

2012/09/05

Post #618 夜市、もしくは銀座通りの衰退

Fes,Morocco
俺が今出張している、清水の町は夜が早い。7時ごろには銀座通り(銀座通りという地名はどこにでもある。これには食傷気味だ。東京の銀座は、銀座のインフレに悩まされてはいないのだろうか?そう思いたくなくるほど、どこに行っても銀座通りってのはある。それはたいていの場合、アーケードの下、昼間でも多くの店のシャッターが閉じられたうら寂しいものだ。)のたいていの店は、シャッターを閉めている。居酒屋のチェーン店がぽつぽつ営業しているくらいだが、毎晩居酒屋で飯を食う訳にはいかないぜ。痛風になっちまうし、金が懸って仕方ないだろう。もちろん、飲み屋もありゃしない。俺は毎晩のようにコンビニか西友の弁当を喰っていた。寂しいものだ。
照明によって明るく照らされたアーケード街を行くものはほとんどいない。電気の無駄だとはこのことだ。ここは清水だから、人々は『ちびまる子ちゃん』に出てくるような一家団欒を愉しむ地域文化をお持ちで、家族とちゃぶ台を囲みTVのバラエティを見るために、とっとと帰ってしまうのだろうか?しかし、日曜日に歩いてみたところ、昼間もさほど人が歩いている気配がなかったが・・・、大丈夫か清水?
かつて訪れたモロッコのフェスでは、迷路のように広がる路地をグングン進んでいった先にある庶民の暮らすエリアに路上マーケットがあり、曜日にもよるんだろうが、かなり夜遅くまでにぎわっていたっけな。俺はふと懐かしく思い出したよ。
こっちで言えば、百円均一で売っているような雑貨や、しまむらで売ってるような日常衣料、つま先の尖ったサンダル・バブーシュ、子供だましのおもちゃ、電化製品、そしてさまざまな食い物、そんな雑多なものを扱う屋台が、道の右にも左にも真ん中にも、無秩序なまでに立ち並び、活況を呈していた。もちろん、何だかよく訳の分からんものを食べるのにも事欠かない。人ごみでスリに会うんじゃないかって心配になるほど、人出が多かったな。あぁ、あれはなかなかに楽しかったぜ。忘れられない夜だ。
ひるがえって、わが祖国日本、そしてその日本全国津々浦々にある銀座通りの惨状たるや寂しさを通り越して、危機感を抱かざるを得ん。
どうしてしまったのか?
日本全国津々浦々という程各地に行ったわけでもないが、そんな寂しい商店街はあちらこちらで見かける。大抵は活性化の為と称して、やたら小綺麗に整備されていたりする。そうだな、例をあげれば、電線を地中化したり、アーケードのペンキを塗りなおしたり、アスファルトを剥がして、美しいタイルを敷き詰めてみたりしている。しかし、そんなんで商売繁盛するのなら苦労はいらないだろう。それでウハウハしてんのは土建屋だけだ。
地方都市では、誰も彼もが車に乗って、郊外のイオンに行ってしまう。その方が便利だし、欲しいものを見つけられる可能性が高いからな。
行政は、分かっていないのか?それとも、地方交付金を使うためだけに、誰も来ないような商店街に、多額の資金を注ぎ込みつづけるのか?はなはだ疑問だ。
人びとは商店街がきれいだから集まるわけではない。そんなにじゃぶじゃぶ税金を使ってシャッター通りを整備するもんだから、海外から来た人々は、日本は異常なほどキレイだと感じるわけだ。まぁ、実際キレイなんだがね。
俺がいつも考えているのは、街の中心のシャッター銀座に、外国人街を誘致するというアイディアだ。意外かもしれないが、なかなかおもしろそうだと思うぜ。
なにしろ俺達の人生はやたらとコストがかかるんで、少子高齢化が甚だしい。シャッター通りになるのは、客の減少だけが原因じゃなくて、商店主の高齢化による面も多いだろう。人間は誰しも年を取る。年をとっても元気な人もいるが、大抵はそうじゃない。病気がちになったり、寝たきりになったり、ってのがリアルなところだろう。自分の身体もままならないのに、移り変わりの激しい世の中で、商売を続けていくのは大変だ。閉店したくもなるってもんだ。そして、人間は例外なく年を取っていく。これじゃ、街はいずれ西部劇に出てくるゴーストタウンのようになっちまうだろう。そのためには、外から人間を呼び込んでみるのも、なかなかイイアイディアかもしれないぜってことさ。
海外からやってくる労働者の多くは、単純労働で安い賃金でこき使われているから、移動手段は徒歩、電車、自転車に限られる。根性と暇がないと、郊外のイオンとかには遠征しないだろう。また、安くてうまいエスニックフードが食えるようになるだろう。
こういった人々が集まれば、街ににぎわいが出る。そして、日本中どこでも同じような銀座通りが、それぞれの国の言葉が日本語とともに交わされる中華街や、ブラジル人街なんかになっていくんだ。その土地ならではのご当地グルメや土産物もできることだろう。面白そうだ。
例えばだ、俺の住んでいる町では、中国人労働者が多いので、中国人向けの商品なんかを扱う店や、中華料理屋をいくつかそこに呼び込んでみるんだ。商売が軌道に乗ってくると、人間ってのは精神的な満足を求めるってのは世界共通だ。てなわけで、彼ら自身の手によって、関帝廟なんかが作られるようになれば、その町に今までとは一味違う名所が出来たようなものだ。当然、他の地域で暮らす中国人も集まってくるだろうし、にぎわいにつられた日本人も、興味本位で足を運ぶことだろう。全国的に見分けもつかないような没個性的な駅前銀座よ、さようならだ。
ブラジル人の多い町もあることだろう。インド人街とかアラブ人街なんてのもあっても面白いが、それは今後の日本の行く末次第だろう。俺自身は、日本は海外から移民を入れたりしないと、そろそろやって行けなくなっちまうって、真剣に考えているんだ。俺はこれをニッポンコスモポリス構想と名付けているんだがね。
しかしまぁ、愛想はいいけれど、内心では排他的な日本人(それは田舎者ということと同じだ)が多いんで、こんな独自の政策を掲げるような市長さんが現れることはないだろうな。第一、選挙で当選しないか。
今日はなんだか、意外な方向に話がながれちまったなぁ・・・。まぁ、いいか。

読者諸君、失礼する。

2012/09/04

Post #617 自画自賛、そして俺の好きなトーン

Bruxelles
かつての森山大道や中藤毅彦のような、増感してざらりと荒れたような粒子感のある写真が好きだった。いや、今でも好きだ。どこか絵画のようですらあるそんな銀塩写真に憧れていた。
随分長いこと写真をやってきたが、結局そういう写真のトーンを自分のものにすることはできなかった。それは自分の技量の無さもあるし、自分の臆病さからきているのかもしれない。
その代りに、硬調でぬっぺりと黒がのっている写真が自分のスタイルになったんじゃないかなって思う。仕方ない。俺は森山大道の映画『≒森山大道』を見て、プリントのやり方を学んだというくらいテキトーな男なんだ。
それが結果的に、好むと好まざるとに関わらず、自分のスタイル、自分のトーンになってしまったという訳だ。
おかげさんで、最近のデジカメについている、アートモノクロモードみたいな、やたらとざらりとした写真とは、少し方向性が違うわけで、今思えばよかったんじゃないかなと思う。
俺の写真を特徴づけるものがあるとしたら、俺はこのシングルグレード印画紙4号を使い、黒っぽく焼きこんだトーンに最大の特徴があると思う。
たまに反動のように白っぽいハイキーなものも出現するが、先日も言ったようにそれはそれで好きだ。矛盾しているようだが、黒と白の両極端に振幅のデカいカンジこそが、如何にも自分らしくて好感が持てる。
両極端を抑えていれば、その中間のどこかにあるはずの中庸もしっかりそこに内包されているはずだからな。もし自分に偏ったところがあると思うなら、真逆のことをやってみればいい。周囲はあきれてあいつは両極端でよくわからないというかもしれないが、自分の中ではバランスを取ることができるだろう。
俺はそれをロックから、もっと端的に言うとThe Whoから教わった。繊細さと凶暴さ、知性と暴力性、そんな正反対のものが奏でるハーモニーちゅうやつを。余談ながらね。
俺の写真を特徴づけるモノの中には、もちろん、トーン以外にも被写体との距離感や適当なフレーミングちゅうのもあるだろう。けれど、やはり自分の写真の特徴は、このぬめっと黒っぽいトーンだと思う。
このブログを読んでくれている人の中には、俺の写真が好きだという人もいるかもしれない。(もちろん、いてくれると有難いが。)けど、一番俺の写真を好きだってのは、間違いなく俺だと思うよ。言うたらまぁ、自画自賛ってところだな。

読者諸君、失礼する。今日は仕事の最終決戦、いうたらハルマゲドンか関ヶ原みたいな日だからね。しっかり眠っておかないとね。夜中に後味の悪い夢を見て目を覚ましたからって、こんなことばかりやっていてはいけない。人間、深い休息が無ければ、フルで活動することなんてできはしないんだ。もう一度言おう、失礼する。